※この作品はR-18です。

天下の大将軍になる!! ~夜の睦言~   作:oosima

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今回、史実では色々評価が分かれるあの人の復帰と、それに絡んであのイケメン先生のお悩み相談容貌が違う内容で出てきます。
それに伴って今回も大人向けシーンはございません。


211 人事と方針転換に波乱はつきもの●

 ○秦始皇9年(紀元前238年) 秦国中央部 王都咸陽 某監獄 最深部○

 

「…話には聞いていたが…、本当にここでも筆を走らせるのをやめてはいないのだな…」

「…昌文君か…」

「久しいな…李斯」

 

 白漂が王宮で上奏して戻ってきた日の夜、嘗てそれぞれの主君に王権を握らせるべく相争った両者が、鉄格子越しに再び対峙した。

 

「…牢の中でも未だに法学書を読んで法案をかき続けているというのは聞いていたが…それが未だに実を結ぶと考えておるのか?」

「人が存在し続ける限り、それを自ら律するための存在として法もまたあり続ける。法家の役目はその時の情勢と人の在り方に応じ、人が必要とする法の再編や新編を進めることだ。俺の代で来ずとも…。それが呂氏四柱でなくなり“純粋な法家”に戻った俺の役目だ」

「…そのお前が手掛けている法だが…お前の代で日の目を見るやもしれん…」

「…何?」

 

 李斯の方は昌文君の姿を初めにを一瞥しただけで筆を走らせるのをやめなかったが、昌文君の言葉に心が揺れ始める。

 

「…先日、蔡沢様が斉王をお連れして秦に帰国なされ、その日に大王様との首脳会談が開かれたのだ」

「!?」

 

 だが、続きの内容は予想の範疇を超えて李斯から驚きで言葉を奪う。

 

「…その場で、大王様ご自身が言われたのだ…」

「………」

「中華統一後に秦は旧六国民も含めた“全国民の合意に基づく法”を基準として自らを律して権利と平等を得た全国民が政治に参加して平和を責任もって維持する“国民国家”に生まれ変わる!!」

「!?」

 

 そして、話が進むにつれて李斯は言葉こそ発しないが驚愕の高まりとともに関心もまた大きく高ぶっていく。

 

「…詳しく話せ」

「急かすな! じっくりすべて話す…まずは」

 

 静かにだが虚言や隠蔽を許さぬという李斯の眼光に、昌文君は臆さずに秦斉両王会談の内容を洗いざらい話し出した。

 

「…その大王様がおっしゃられていた国家像が今までこの中華が見いだせなかった長期太平に繋がる大いなる答えなのはわかる…だが、儂にはその新体制の詳細がいかなるものか…いかにすればそこへ至るのか片鱗も見えてこぬのだ!!」

 

 会談の内容の全てを話し終えた後、昌文君は苦悩を更に強めた表情で俯く。

 

「…全中華を対象とした法を基準とする全国民平等の国家…それはこれまでの法家がまだ不可能としながらも、秘かに追い求めてきた理想の真髄だ。お前を含めて他の連中の頭では思い描けぬのも無理はない…」

「…では、お前には見えているのか?」

「…まだぼんやりとした感じは否めんがな…」

「ならばそれでもいい! 今のお前は純粋な法家だろう!」

 

 その昌文君に時おり毒を吐きながらも李斯は答え始め、昌文君もまた続きを催促し始める。

 

「…その会談で出たその方策で秦が旧六国で占めていた分も含めた後釜にも上手く収まったとしても、その後の新体制作りで単純に国民が増えたという認識で法づくりに入ると確実に失敗する」

「…当然であろう…それまで敵国だった人間同士で簡単に上手くいくはずが…」

「それは表層的な問題にすぎん。根本は文化形成の違いだ」

「!?」

「七国それぞれに…いや、この秦も含めて同じ国でも地域によって度量衡が違う、貨幣も違えば言葉も文字も違う、善悪の基準…思想すらも違うのはざらだ」

「……思想……」

「特に全国民平等の国民国家を法でしようというなら、根本的に相いれないのが従来の身分制を基本とする“官尊民卑”を統治の基本とする儒家が厄介だ。その儒家は今現在の中華政経の中心たる中原を抑えて物理的にも障害になっている」

「…………」

「中華を法基準とする全国民平等の国民国家にするのなら…、“革新”と”守旧”の戦い…“法家”と“儒家”の思想戦と経済戦争も勃発する」

「…………」

「だがその儒家もこれまでの中華を広げて維持してきた要素の一つ。それにばかり気を取られていると他に足を掬われる。中華を纏める法とはここまで多彩且つ多様な異文化を持つ七国民の絶対多数派が合意できるものでなくてはならぬ」

「…………」

「故にお前に聞くぞ。そもそも“法”とは何だ?」

 

 李斯の言葉に押し黙っていた昌文君だが、その彼から放たれたその問いが言葉を取り戻させる。

 

「! 刑罰をもって…人を律し…纏め上げて…人を守るためのものだ…」

「刑罰など法のためにある手段で本質ではない!」

 

 だが、戻ってきた言葉は李斯のこの話が始まってそれまでなかった語気の強い言葉で否定された。

 

「!? それでは…法とは何だ!?」

 

 昌文君の重なる問いに、李斯は数秒目を瞑って黙して意識を済ませてから答えを返す。

 

「“法”とは契約、その時代の国と国民が互いに相手へ臨む理想の間で交わされた契約を形としたものだ!」

「!!」

「統一後、この全中華の人間にどうあってほしいのか!? その人間が統一後の国家に何を望むのか!? どこに向かってほしいのか思い描け!!」

「……………」

 

 その牢に繋がれた囚人と思えない、澄んで且つ気勢を宿した咆哮に、昌文君は力が縫えて自然と身が重力に引かれて姿勢が低くなっていく。

 

「それが出来れば自ずとあるべき法の姿が見えてくる。その先が困難だが…?」

 

 李斯の言葉はトーンこそ落ち着きつつも続いていくが、その事で何かが石畳の廊下に何かがコツンと落ちるのを耳にして、視線が書類から廊下へ向き直される。

 

「…蔡沢様があの場へ儂を呼ばれた理由が分かった…! 世が統一へ向かい…その後を失敗させぬためにはお前が…“法の番人”が必要なことを儂に気付かせるため…李斯!! お前が必要だ!!」

 

 その音の正体は、膝と手に額を廊下の床に打ち付けた昌文君の姿であった。

 

 

 

 

 

 ○秦国中央部 王都咸陽 王宮○

 

「「「「「………………」」」」」

 

 牢獄での密談より数日後、咸陽の王宮にある本殿はある人物に対する注目で沈黙に沈んでいた。

 その人物が周囲の注意を集めながら本殿にある玉座の面前で拱手して名乗り出る。

 

「元呂氏四柱が一人の李斯、復帰のお許しに感謝します」

「「「「「!!!!!」」」」」

 

 原作と呼ばれる時間軸と違って事前に知らされていた者達は初めこそ驚きはしても声に反発の色を乗せなかったが、それもそう持たなかった。

 

「…や、やはりこの男の復帰には反対です!」

「この男の暗躍でこちらにどれだけの犠牲が出たか!」

「四柱の他のお三方はまだしもこの男だけは受け入れられませぬ!!」

「俺もそう思う」

 

 次々と上がる反発の声が上がっていくが、その対象である李斯本人も軽い調子で同意する様子がその反発という火に油を注いだ。

 

「ならば早く牢に戻れぇ!!」

「だが、そうはいかん」

「「「「「!!!???」」」」」

 

 だが、その反発は李斯本人によっても否定される。

 

「中華統一の過程と統一後の国家体制及びその要となる法についても既に聞いた。それらはお前たちの手に負えるものではない。それらに着手できるのはこの中華広しといえど俺と韓非くらいだ」

「「「「「……‥………」」」」」

 

 その言葉は素人の耳には傲慢にしか聞こえないが、口にしている当人の能力と実績を知る本殿に集まる者達は押し黙る。

 

「皆の気持ちは当然だ。過去は無き物にはできないしなかったことにしてはならない。だが、中華統一後の国家とはそれまで敵対して滅びた国々の民と共に進むということだ。自国内の政争の怨恨すら乗り越えられねばそれは出来ぬぞ!!」

「「「「「ハ、ハハァ!!」」」」」

 

 それを見逃さない嬴政の叱咤と激励に、本殿に集う者達の意識はこの場では一体となる。

 

「ご英断です。李斯殿は策謀だけでなく政略の腕も尋常ではありません。むしろこれからすぐに執り行う大事業の数々を考えれば李斯殿の力は必要です。この方を中核としてこれまでの政争で弾かれた者達をその大事業に加えれば、統一事業に必要な国内統一体制が整います」

「介億殿!」

 

 李斯の復帰に嘗て同じ派閥に属していた者達を中心として賛同や喜色の色もまた露わになっていった。

 

「昌文君、朔方侯、お二方よくぞ動いてくださりました。かつて同じ呂氏派に属していた我らが李斯殿を押せば周囲に疑心を向けられるゆえに動けずにいました」

「…?」

 

 だが、流暢に言葉を続ける介億に比べて昌平君は黙ったままで、周囲の大半はそれを機に掛けないが仕事付き合いが長い李斯がその理由を大まかに察する。

 

「俺あたりの話はそこで良い。それより軍総司令がどの道を選択すればよいのか悩まされている大きな問題を抱えている珍しい表情をしている」

「?」

「え?」

「は?」

(ッ!? 昌平君はいつも通りの顔だが…?)

(…何かここに来てから先生から妙に感じていた嫌な予感が強まった感じが…)

 

 周囲は(外れより非常に微妙そうな顔を浮かべている白漂を除いて)困惑の顔を見せるが、そこで当の昌平君の口が開く。

 

「…大王様、人払いをお願いします。ごく少数で相談したきことが…」

「「「「!!!!????」」」」」

「…わかった。逆に誰を残せばいい?」

「それでは…まず大きな地図を、特に秦東部中央部及び東南国境地帯の地図を広く且つ詳細なものでお願いします」

 

 その昌文君の言葉に周囲は騒然となるが、彼の言葉から感じる重さに嬴政はその言を受け入れて話を進ませる。

 

「「「「「………………」」」」」

 

 数分後、本殿の室内は玉座に座ったままの嬴政、両丞相、李斯、白漂を含めた十数人ほどしか残ってない状態となり、彼らの中心には昌平君が先に発言した地域を中心とした大きな地図が広がっていた。

 

「…昌平君、このような大きな軍略に臨む気配を見せるとはどういうことだ? 先の内戦終結後に最低でも一年、可能ならば三年は大規模な外征は控えて国内再編に注力すべきと唱えたのは貴殿だし周りも納得している」

「…その内政ですが、その完成の要と言うべき例(・)の(・)大(・)土(・)木(・)事(・)業(・)が外圧という危機にさらされています」

「何!?」

 

 それに嬴政は初め疑問符を浮かべるが、昌平君がある単語も併せて口にしたその内容が彼の声を荒げさせた。

 

「例の大事業が技術の進歩と流民流入による労働力確保、鉱山開発による資金確保もありますがその地政学的理由から大きく進んでいるのは知っての通りですが…、楚が媧燐を対秦方面最高司令官に任じたことでその大事業の目的と自分たちから見た場合の脅威に気付き、大軍を集め始めております。さらに正面からだけでなく魏も呉鳳明を介して動かして多方面的にその大事業を破壊し、今現在の秦国内最大の地政学的弱点を決定的なものにしようとしているのです」

「何だと!?」

 

 昌平君はその理由の開設を続けるが、次に李斯が声を荒げた。

 

「地政学的弱点!? それが楚からの侵攻とどうつながるのだ!?」

「左丞相、この地図に載っている秦の領域を全体から見てください。何が特徴なのかわかりませんか?」

 

 話についていけていない昌文君が声を大きく荒げるが、他人の芽もあり一応丁寧語で白漂が口を挟んできた。

 

「何じゃと?」

「昔や他所に比べて秦の領域は何が違いますか?」

「…それは、南(・)北(・)に…縦(・)に…長く広がっていることじゃが…?」

「それだ」

 

 その指摘で昌文君は今の秦国土最大の特徴を口にしてもまだ話についていけていない感じだが、そこで呆れ顔の李斯が加わってきた。

 

「そう、物理的に見ても南北に長く伸びてしまっている秦は存在する資源がそれ相応以上に点在して偏り、それに加えて風土の違いで南北それぞれに人の気質に違いが大きすぎる。これが今の秦の国内地政学最大の弱点です」

「!?」

「!!」

 

 それを見て白漂が今の秦国土最大の問題を口にするも昌文君はまだついていけていない顔だったが、逆に嬴政は何かに気付くが瞬く間に表情が重くなっていく。

 白漂はそれを見て今度は嬴政に向き直る。

 

「大王様、今の秦国がこれほど南北に延びて広がった国土の内側に住む多様な人々を纏め上げられているのは何故ですか?」

「…それは秦が武力を保障として、国内の偏在している資源の惣流を保護して円滑に回しているからだ…」

「それでは、それがどうなったら回らなくなりますか?」

 

 白漂の静かだが重い問いに嬴政は視線を彼から外し、広げられた地図上に写る秦国の東部中央部国境地帯とそことつながる東南部国境地帯に重い眼差しで見やる。

 

「…地図に写るその国境地帯の巨(・)大(・)湖(・)を抑えて制水権を握り、その影響力を広げて秦を東部中央部から南北に分断する…」

「何じゃとぉ!?」

 

 事態の深刻さに気付いた昌文君が地図を大きく叩き揺らすまでに驚きを示した。

 

「今現在の楚の西部における人や物の流れ、魏との頻繁なやり取りを考慮すれば向こうの今の狙いはそれでしょう。そうなると今まで秦のその南北問題解消のために進めてきたあの大事業どころではなくなります。下手すれば経済崩壊しての分裂状態に陥りますよ。今この国は先の内戦の後始末に追われて、向こうのそれを防ぐための能動的大規模外征は出来ませんから受け身で対処するしかありません。ですけどそうなれば今現在の動かせる兵力差で楚に押し切られます」

「……………」

 

 白漂が駄目だしの補足も行ったことで昌文君は言葉を紡ぐことが出来なくなった。

 

「…でもまあ、そのあたりの対策を先生は既に考えておいでですけどそれが中々に難解そうなのでこの面子を集めていると言えるのですがー…」

「…え??」

 

 だが、そこで白漂が丁寧語のままだが救い船も出して昌平君に呆け気味だが言葉を取り戻させた。

 

「…今現在、魏と楚が進めている大規模戦略はその間にあるこ(・)の(・)国(・)が地理的に見て大きく関わっています」

 

 昌平君は地図の一角にあるある国を指さす。

 

「…従来通りの戦略であったならば、この国は三年間の再編期間終了後に趙と並ぶ優先攻略対象でした。ですが…先の会談で新たに見えた大戦略と、楚魏両国による南北分断侵攻政策を考えれば大きく事情が変わってきています」

「「「「「…………」」」」」

 

 その国を指さして続く昌平君の解説は周囲の注目を静かにだが深く集める。

 

「従来の武力制覇ならこの国を先に抑えた方が多方面的な進出と防衛を行えましたが、今現在の優先すべき課題である楚魏両国による秦南北分断戦略を考えれば、この国は当面それらと明白な敵対関係の状態において維持させた方が、向こうの注力を分散させてその戦略を大きく後退させることには地政学的に考えて極めて有効的です」

「! 俺をその場に残したのはそれが理由か」

 

 そこで李斯が心たりのある表情を浮かべたところで、昌平君はこの場での結論を遂に口にする。

 

「我々は韓と長期的同盟を結ぶべきです」

「「「「「!!!!!?????」」」」」

 

 それは、正史や原作と呼ばれる時間軸における歴史の流れとは大きく異なる展望の先触れとなるもので、本殿を周囲の驚愕で揺らすには十分過ぎた。




昌平君、まさかの戦国最弱国家存続支援宣言。
次回、そのより詳しい解説に入る予定です。
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