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○秦始皇9年(紀元前238年) 什虎攻防戦三日目昼 楚国北西部 什虎地方 什虎城付近○
「な、何だぁあいつらはぁ!? 肌の色が白かったり…どす黒かったり…髪が金色だったり…人間かよ―――!?」
「Go! Kill them all!!」
項翼がその什虎城本城のある山の麓に集まる、同地を根城とした異民族
「道を開けなよぉ楚兵!!」
「―――おってのわああ!?」
それを見た墨字意匠の者達で引っ張られた項翼も含めて楚兵達が驚きつつも道を開けると、猩族は次々とこの時代にはない言語で敵意を現しながら秦軍目がけて駆け出した。
「んな!? あの断崖を馬上で!?」
「旧態が多い楚兵と違って鐙も用いている様子だからって何と言う馬術だ!」
蒙武軍はそれに驚きつつもさすがに歴戦の猛者が多いだけあって即座に反応し、直ちに陣形を整えながら彼らの先制をくじくべく突撃を開始した。
「驚きで気を抜くな! これまで相手にしてやってきた数任せの楚兵共とは違うぞ!」
「わかってますよっとぉ…!?」
蒙武が注意を促いして一番槍を買って出た隊がそれに気さくな返事を返した直後、彼らの頭上を多くの矢や石弾が通り越していった。
「Aah!?」
「Damn it!?」
それらは蒙武軍前衛と切り結ぼうとした猩族の先遣隊に降り注ぎ、悲鳴や罵声を上げさせながら倒れさせていく。
「何だよあいつら! すげえのはガタイだけかよ!?」
「待て! 多くは矢傷を負いながらも勢いをそのままに突き進んでるぞ項翼!」
そうして蒙武軍と猩軍の互いの先陣が切り結ぼうとしていた頃、その様子を近場の高台より見守っていた軍勢が姿を現した。
「…うわあ、何かいろんな意味で悪目立ちしそうな柄悪い人が…良くあの面子で異常に拘る楚が半ば放置していますねぇ…」
そう愚痴りながら現れた軍勢の先頭に立っていたのは、仮面越しでも非常に面倒くさそうな顔を浮かべているのが声音で丸わかりの白漂であった。
「ココココ、嘗て周辺の列強…特に楚が大苦戦していたという堅陽の皆さん達の嘗ての故国が急な疫病で弱っていたというところで、匿われていた所を裏切り分捕ってから話を付けに来たので表向き臣従させたって形ですからねぇ。あの国らしいいつもの対応です」
その白漂と共に並ぶ位置にいて王騎将軍みたいな話し方をしているのは、嘗てその副官で今ではその軍勢を率いる騰その人であった。
「うっわ、見た感じでもあの蒙武将軍の先陣と接近しさえすれば互角に張り合っているのがわかるのに、そんな悪知恵までもっているなんてますます面倒ですねぇ。そっちとこっちはそれぞれ三万くらいずつですし」
「ココココ、不安なら私と蒙武さん、それと後からくるあのお二人に任せてあなたはさっさと慣れている北へおかえりなさい」
「すみません、北に帰ってももっと面倒な激増机仕事が見えてますので少しでも長くこちらにいさせても貰います…さあ! 僕らも僕らの受け持ちから行くぞ!!」
「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」
騰との軽口に少し付き合った後、白漂は気怠そうな様子から一瞬で鋭い眼光に切り替わると、即座に軍勢ごと別の陸橋から攻め上がるべく移動を開始した。
「形だけでも亡き殿と同格になったから少しは成長したかと思ったがちっとも変っとらん」
「いや? 変わってないように見えてても成長するということはあるぞ。ほれ」
その様子に此度の遠征に参加した録嗚未は舌打ちするが、隆国はそれに頼もしさを感じさせる様子を浮かべると別の方角を見やる。
「!!!!」
「「「「「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!?!?!」」」」」
隆国の指さした方向では、無言だが口より大きく息を吐きながら大錘を振るって落雷が連発しているような破壊音を奏でている蒙武と、その前に悲鳴を上げながら次々と汚い花火へと変わっていってしまっている猩兵の姿があった。
「ウオオオオオ! いつも通り蒙武様に続けえええええ!!」
「どらああ!」
「うおらぁぁあ!」
それに続く蒙武の近辺の兵達もそれで士気を高めて実力以上の攻撃力をいつも通り発揮しており、蒙武軍担当の陸橋の方は中央辺りの方では押し続けていた。
「Crush it!」
「Torn to pieces!」
「ぐあああ!?」
「こ、こいつら! デカいだけじゃなくて速くて強いぞ!」
だが、その蒙武本人から離れている蒙武軍の左右両端ではその士気の向上は相対的に及びにくくなり、純粋に兵の自力では勝る猩軍が押しつつあった。
「…次は右に行くぞ。二百騎付いてこい」
「は!? ははぁ!!」
そのため、個人としては武力一辺倒だが軍そのものへの理解は深い蒙武自身はその重心の変化を感じ取って、時折左右両端へ加勢するようになっていき、次第に全体の戦況は落ち着いていって五分五分の状態へ近づきつつあった。
「お、おい! あの汗明様を討ちやがった蒙武軍全体の動きが留まりつつある!」
「さっきはじめくらいは出鼻をくじかれた感はあったけどもう左右の端くらいは押してる感じすら…アア!?」
それは蒙武軍側陸橋の猩軍側陣地に留まらされている項翼たちにも見えていたが、そこで合間を押し入るようにして更に大柄の猩兵が姿を現し、その中には青地の鎧に白い星がとりわけ多くつき、鬼のような巨躯で顔も右辺りが大きく剥げて一部頭蓋が見えている異形の男が姿を見せた。
「
(ブリタニア!?)
(猩の自称か?)
(大統領? 王の呼び名のことか?)
猩族の長にして什虎の現城主であるその男アンドリューの登場に、楚軍側は動揺と恐れを隠せなくなるがその傍らにいつの間にか墨字意匠の者達が控えていた。
「…あー、もう話はついたんでーこれから楚軍はーこれからこの什虎軍と連携して戦うことになりますー。そして楚軍側の代表は我々が務めることになりますー。はい、これが証拠の令尹印の付いた命令書ね」
「ああ!? お前ら何をそんな勝手に決めやが…って…こ、こいつは…!?」
その両者が一方的に出した通告に項翼など楚側の何人かが反発を見せるが、墨字意匠側の者達が見せた指令書を見て引きつりと共に黙ってしまう。
「…まーそういうわけでー、いつも通り
「知っておる。既にお前の別の同僚が知らせてきおった。だが、我らこそ
「…………」
「まがい物の見捨てられた黄色い猿共がいくら押し寄せて来ようとも全て豚の餌にしてくれるわ!!」
「「「「「……………」」」」」
そして、楚軍と墨字意匠の者達の前でアンドリューは人ではなく家畜を見下す表情で秦軍を見やった。
「…うわぁ! また伏兵だぁ!」
「こちら側ほどじゃないけど層も厚い!」
「こっちは咸陽行きへの護衛も兼ねて選りすぐりばっかだがその分どの隊も数は普段より少ないからあんま消耗は出来んぞ!」
一方、自分たちの受け持ち担当の陸橋を目指して騰軍と別れた白漂軍だが、質ではともかく地の利は向こう側にあるのもあって途中で度々待ち伏せや奇襲を受けていた。
「杏譚! 炳廷! ハイル! 左斜め先に見える山をあの竹林に隠れている細道を通って奪うぞ! 蒼源と藍蘭はそれを支援! こちらが占拠した後で伍鬼と杏橋は三番の袋と石撃をもって上ってきて拠点化!!」
「「「「「ハハァ!!」」」」」
だが、その状況でも白漂は冷静に敵の布陣の僅かな隙間を観察眼と勘で見抜くと即座に動き出す。
「Hey! That stupid monkey is coming here!」
「Cut off their heads first!」
「That guy is my prey...!?」
そうして山へ続く山道を囲む竹林の中で待ち構えていた猩族達はそれを見て嘲りの笑みを浮かべるが、そこで竹の僅かな合間を正確に狙う蒼源達の矢に陶弾*1が、わずかに姿を見せた彼らに痛撃を浴びせだした。
「このままの勢いで切り潰して奪うぞ!!」
「「「「「承知ぃ!!」」」」」
「Aaah?! 」
「Guh?!」
それで勢いをくじかれた猩族の待ち伏せ部隊は反撃する間もなく次々と白漂達に切り潰されていき、彼らの主力を見下ろせる山頂辺りは瞬く間に選挙された。
「こっちから見て左斜め下から窪地の道を通って奪い返そうとしに来てるぞ! 潰せぇ!!」
「「「「「オオオオオオオ!!」」」」」
「「「「「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?」」」」」
そこから見えてくる地形の特徴と敵の綻びを概ね把握すると、白漂はそこから勢いよく駆け下りて、奪還しようとしてくる猩族を次々と返り討ちにしていく。
そうして猩族側が奪還に手間取っている隙に、山頂へ後続の伍鬼隊や杏隊などが到着し、その見通しの良い高所からふもとに見える猩族の防衛隊主力を見下ろして矢や石弾に陶弾を次々と撃ち込んでいく。
「ッ! 今だ! 敵の綻びから一気にばらして各個に潰すぞ!!」
それを見て密林戦やそこでの騎乗戦に長けている事から連れてこられた紅武が、白漂軍の主力を率いて自分たちの受け持ち担当陸橋側の猩族軍の防衛線に穴を開けていって広げていった。
「…おーー、聞いていた情報の見立てよりも十歩以上は速いし強い。周り含めて出来ればーこっちに引き込みたい逸材だなー」
「のんきなことを言うな墨字猿、あいつとその女共は儂らの獲物だ」
「わーってるよ。だけどそっちで無理そうだったらすぐにこっちで潰すよ…?」
墨字意匠の者達はアンドリュー達と共に遠方ながらもその様子をつぶさに見て興味を強めるが、そこで別の視線を何処かから感じて顔をよその咆哮に向ける。
「…ほー、あそこが今では什虎とか名乗ってるっつー
その方角にある深山の茂みの一角より、出自を考えても相変わらず正規軍には見えない格好と雰囲気をした軍勢を率いる、冷たくもどこか懐かしさを薄っすらと滲ませつつも深い闇を覚えさせる笑みを浮かばせる桓騎が姿を現した。
「…
「…け、知るかよ」
桓騎の傍らには人体のパーツで構成された悍ましい装飾品を身に纏う灰色の被り物をした集団が姿を現すが、その彼らが触れたある者達に桓騎は何処か感じの悪そうな様子を一瞬だけだが見せた。
「シャアア! この調子で一気にこっち担当の島まで押し込むぞ―――」
「湖上から什虎側の
「―――おっておぉ!? あいつらが…!?」
その頃、信達が白漂軍担当陸橋の中間あたりまで進んできたその時、青深湖の高い葦に隠された箇所よりガレー船に似た大船団が姿を現した。
「あ、あれが楚の水軍も迂闊に手を出せんと言う什虎猩族の水軍か!!」
「うげ、まずい…あの進みから…陸橋のこっち側と真ん中の間くらいに上陸してくるつもりだ。このままだと信が下手しなくても一刻の4分の1もしないうちに囲まれて死ぬ」
「ええ!?」
姿を見せた敵方水軍の数と練度の高さを感じとって白漂軍の何割かが顔を強張らせるが、そこで白漂が面倒くさそうな顔でぼやいたその見立てで近くの者達は引き攣った。
「やばいですよ将軍! あのままだと普通に信達が陸橋の真ん中で孤立して全滅です!」
「あわてなくていい、予定と向こうからの書簡なら今日このあたりで
催促する味方の声にもさほど動揺しない白漂が湖上の一角を指さすと、そこから彼の記憶にあるジェットスキー程度の再度の小型船が、背後より猛烈な火を噴かせてそれを推進力として猛烈な勢いで突き進んでくる姿で現れた。
「What!? What is that ship!?」
それに白漂軍側陸橋を目指している什虎水軍も気づいて戸惑いを見せるが、彼らが対処を起こす前にその船団の先陣に次々と小型船は衝突していき、轟音を添えた爆炎を次々と巻き起こして彼らを巻き込んでいく。
「It's soooo hot!!」
「Wh, what is this flame!?」
次々と軍船や我が身を焼きながら包み込んでいく炎に猩兵達は恐れと困惑を見せ、我が身を見ずに投じて消そうとしても一向に消えず、恐怖と戸惑いを強めながら焼け死ぬか溺れ死んでいく。
「す、すげえ…」
「…あ! 何かさっきの燃える船が現れた小島の裏側から新たな船団が…」
「あ、あれは秦の旗のぉ…所属はぁ…!?」
それに助けられた形となった白漂軍に安堵と衝撃が浸透していく中、また新たな水軍が姿を現した。
「……まさかこんな形で再びここへ来ることになるとはな…先ほどの先手からして少しは前を再び向こうという気になれたか?」
その秦側で新たに姿を現した水軍の先頭を切る大型楼船の櫓より、懐かしくも重い表情を浮かべて什虎を見やったのは、別の時間軸では虚無感に支配されて妙なにやけ面が目立っていた満羽であった。
「…面倒だからさっさと早く終わらせて帰りたいだけだよ…」
傍らには車椅子に坐した状態で、以前に楚軍との戦場の混戦でも見せた時と変わらない気怠そうで且つ蔭を帯びた表情の堅陽城主である柳宗の姿もあった。
「今回はあっちに流れた方の
「だからなんで望遠鏡とかも無しでそんな遠くのがわかるんですか?」
柳宗は何処か他力本願な台詞を吐きながら別の方角を指さすと、水平線の向こう側から新たな大船団が姿を現した。
「………秦軍がもう既に始めたあとの模様です。そして、柳宗
「
その新たに姿を現した大船団の先陣を切る大型楼船の櫓より、少し苦虫をかんだ表情の冬史が、色素が薄くて銀色に輝いて見える長髪を揺らしつつも、中性的ながら鋭い面貌を浮かべると猩軍を指さして鋭い覇気を宿した声を放った。
色々と濃すぎる面子が多くなりすぎたこの世界の什虎戦ですが、果たしてどうなるでしょうか…?
次回は、主人公の悪知恵とあのお頭のちゃっかりっぷりが発揮されます。
それと、今回ので色々とシーンを先取りされた太行山脈のあの人達ですけど、彼らは今のところはあの眉毛が繋がるほど濃いあの人と絡ませて補う予定です。