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〇秦始皇9年(紀元前238年) 什虎攻防戦五日目正午 楚国北西部 什虎地方 什虎城付近 白漂・桓騎両軍中間域激戦区域〇
「あのクソデカブツを殺せぇ!」
「応援は黒桜と白漂が止てんぞぉ!」
「The monkeys will fight back!!」
白漂が猩族の頂点を罠に嵌めた後、その箇所は桓騎軍強兵連合部隊と猩族最強部隊の怒号と悲鳴に血飛沫が絶えず飛び交う修羅場と化していた。
但し、白漂が仕掛けた罠仕込みの船を有刺鉄線併用の鎖で繋げた“船壁”と、投石機や孥砲で撃ち込まれた毒団の雨で戦況はある一点を除けば優勢と言えた。
「ハハハハハハハハ!!」
「「「「「ドバアアア!?」」」」」
猩族を率いて什虎を治めるアンドリューとその直属精鋭部隊は毒弾の直撃を受けていなかったこともあって、桓騎兵を細切れにしながら味方の所まで近づきつつあった。
「デ、デケェ!」
「あのゼノウが一回り小さく見える!」
「ブモオオオオオオオオ!!」
「「「「「ゴアアアアアア!!」」」」」
その光景に優勢なはずの桓騎兵達も前線に近い順に怯みそうに萎えるが、同軍で随一の戦狂いにして猛将ゼノウは怯まずアンドリューと正面から得物を打ち合い続け、その一家の者達も猩族精兵達と喰らい合い続けていた。
「ゼノウが正面から打ち合って止めている間に背後から猩兵共を切り潰してその背を丸裸にしろ!」
「とっくにやってますよ頭ぁ!」
「クソぉ! いつもなら凶弾一家の狙撃で崩れ出してる頃だってのに…!」
「…
その状況でも朱摩一家は冷静に戦況へ対処しつつ悪態を付くが、そこでパアンと大気を大きく直に叩いたような轟音が響き、それに一瞬だけだが周囲の両軍は顔をハッと上げた。
「…あぐ…」
その沈黙が生じた直後に起きた音は、胸から小さいが穴を開けてそこから血を勢いよく噴出させ、その手に持つ銃と共に樹上から落ちた凶弾一家の一員であった。
「…お、お頭…あの音」
「ああ、どーやらあの白豚共も、数はそう多くはねえようだがあるらしいな…タネガシマが…」
それに高台から桓騎は面白そうな笑みを浮かべるのに対し、摩論は引き攣った笑みを浮かべて冷や汗を垂らしていた。
「いやそんなのんきぶっこいてる場合っすか!? あいつを一発でも喰らうとまずいっすよ!」
そのやり取りに対して周囲は摩論と同じ意見なようで、桓騎を連れて姿が目立つ高台から非難従っていた。
「そんな狼狽えんじゃねえ馬鹿共、当分はあのガキがあいつらを大きく相手してっからなー」
「!!」
「「「「「ハアアアアアアアアアァアア」」」」」
「…んなぁ!?」
それに対し、桓騎が指さした方角で大きな気勢を添えて、対峙する猩兵を大量に切り飛ばしていっている味方側の一軍がおり、摩論は口が大きく開いた。
「右側の“A”の旗印をした一団を右横腹から食い破る! そうすれば後続の敵がそこでつっかえて動きが鈍り弓矢を当てやすくなる!」
「「「「「承知ぃ!!」」」」」
激化する戦況を受けて断崖絶壁を後方から降りて自軍に合流した白漂が、大部隊を先陣で率いて猩族のアンドリュー救援を目指す増援部隊を次々と切り裂きだしていた。
「す、すげえ! 先頭を行く銀色に青衣装の連中が全員強ぇが…あの先頭を行く白漂が段違いに強ぇ!?」
「あれがあの時にヘラってしてたガキ面かよ!?」
「あんだけ速く浅瀬から浅瀬へ走ったり馬で飛び越えたりしながら…」
「い、いやでもあの調子で目立ち続けると敵の方のタネガシマの的に…!?」
その十星戟を超高速且つ変則的に振るう白漂の姿に、始めて見るものが多い桓騎兵の多くが目を見張るが、今この状況におけるその弊害を摩論が口にした次の瞬間に彼らはもっと信じられないものを目にした。
「ッ!? チ!!」
「Gyaah!?」
ある遠くの茂みより白漂はきらりとした小さな光とそれが帯びている殺気を瞬時に感じると、十星戟を斜めに構えてそこへ飛んできた銃弾を得物に当てさせて曲線を生かして軌道を曲げ、変わった先にいた猩兵の一人の背中越しに心臓を撃ち抜かせた。
「…人間っすかあれ?」
「メジェドさんみたいなことをする人なんて初めて見ました…」
それに摩論達はあんぐりとした顔を浮かべるほかなかった。
「Why does he refuse to move even though he was hit by a bullet?!」
「My allies have been avoiding or deflecting the attacks for a while now and are dying!」
「Let's stop him for now! Shoot that big monkey first!」
その現象は戦場に存在する各所の茂みに潜む、数は多くはないが銃器を手に持ち猩族の狙撃兵達も確認しており、彼らは一旦狙撃の対象を白漂からゼノウに集め直そうとする。
「First, I'll use this to explode that bald monkey's brains...!?」
だが、彼らの一人がゼノウを射殺しようとしたその時、銃器がそれを持つ手ごと両断された。
「Gyaah?! Who is it?!」
それに驚いた他も含めて猩兵達が振り向いた次の瞬間、彼ら全員の首は半月状の形をした特徴的な斧の一閃で切り飛ばされた。
「うおお! こっちにもいたぜ!」
「残りもぶち殺してタネガシマとその道具を一つ残らず分捕れ!」
続けて他の桓騎兵達も乱入していって残りの猩兵達を皆殺しにし、その狙撃所を制圧した。
「………………」
それを無言で見つめているのは、頭から白い被り物をして長靴に包まれた足しか見えず、目に当たる部分に縫われた無機質的なその両眼風文様で表情が見えない長躯の男(?)であった。
布からは二本の手に当たる部分が布越しに伸びており、その手に持つ血に濡れた得物は古代エジプト系の巨大な半月斧となっている。
「メジェドさん! もうこの辺りに敵はいねえみたいっす!!」
周囲の桓騎兵から方向を受けるその人物の名はメジェド。
この世界における桓騎一家では最古参の一人で、戦時は一人で行動することが多いが非常に腕が立ち、それ以上に謎が多い人物として知られている。
『…そうか、じゃあ…次に向かうぞ』
そのメジェドは敵の血で半月斧にそう筆談で意思を伝えると、脱兎の如き勢いで次の怪しい茂みに向けて走り出した。
「…あの人、中にはマジで誰が入ってんだ…?」
「と、とりあえず今はあの人を追おうぜ…」
そうしたメジェドの行動を、桓騎兵達は何度も覚えた戸惑いや不気味さを覚えつつも必死に追っていった。
「…この辺りから僕らまで狙ってくる敵はもういないね…。まあ、あの覆面さんが片付けてくれたし…」
そうして猩族側の狙撃兵とその隠れ家が何箇所も潰されていき、生まれた死角の中にある茂みの中を康熙はライフル風の銃を構えていた。
その周囲には同様の銃器を何本も準備している八旗の隊員が何人も控えている。
「では父う…ではなくて姉上、あの猩族の頭を狙いますか?」
「まー跳弾を使えば楽に仕留められるけど…今はあの張献忠みたいな連中が病みつきになってるところで横から掻っ攫う真似すると面倒だから…、今回は向こうの顔を立てつつしっかとこっちの力量を見せることにしよう雍正」
康熙の銃口が狙う先は、今も暴れ続けているアンドリューとその精鋭達が暴れている箇所の頭上にある断崖の突き出た部分であった。
「クハハハハハハ!!」
「ちょ…これマジできついっすよ朱摩さん!?」
「ゼノウも少しですけどふらつき始めてますぜ!」
一方その頃、激戦区域では暴威を振るい続けて味方との距離を詰めつつあるアンドリュー達を前に、桓騎兵達の間から焦りが見え始めていた。
「大猿が! これで終わりよ―――!?」
だが、アンドリューがその下がり始めた敵の士気を更に押し下げるべく、ゼノウに大矛を振りおろそうとしたその時、彼の頭上に今までなかったレベルでの銃撃の着弾音が響いてきて、断崖の突出部分の根元に大きな丸い穴とそれを中心としたヒビが生じていく。
「ああ!?
「いや! さっきの爆ぜるような音は凶弾や猩の連中から鳴っていたのとは違う…!?」
それに桓騎兵からは怒号や戸惑いの声が上がるが、その彼らの声を遮るように断崖の突出した岩の根元に次々と銃弾が当たっていってヒビが急速に広がっていき、とうとう根元が完全に破壊して突出部分は断崖から離れた。
『…What…!?』
そうして生じた巨大落石の真下には、ちょうど今も奮戦中なアンドリューの直下兵の姿があり、彼らがそれに気づいて頭上を見上げた次の瞬間には彼らの身はあっさりと押しつぶされ、その破片や粉塵は周囲の猩兵達を巻き込んでいく。
「…な…!?」
「ブオオオオオオオ!!」
「今だ!」
「撃ち抜いてやる!」
それらはその周りで戦う桓騎兵達は巻き込まぬように調整されたようにも見え、アンドリューが初めて焦りを見せた瞬間に、ゼノウが下ろしていた大錘を横向きに振り、朱摩がとびかかって剣を振り下ろし、
「!?」
その結果、アンドリューは横っ腹からゼノウの大錘を直撃させられて内臓がつぶれ、朱摩の剣に袈裟懸けから心臓まで切り裂かれ、
「「「「「やったぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」」
それは待ち望んでいた敵大将討ち死にの確固たる報せで、周囲に秦兵隊は歓声を巻き起こした。
「うおおお! やりましたぞぉ! 白漂様ぁ!」
「ああ、そうだね。じゃーこのことを広めながら猩軍追撃を通して向こうの崩壊を後押ししよう…との名目で向こうから離れよう」
「え…向こうからって…!?」
だが、その歓声の中で白漂は冷静にやばいものを感じた表情を浮かべ、それに竜騎兵の一人が訝しんだ直後、彼の兜を流れ弾が揺らしてきた。
「ああ!? 馬鹿ぬかすんじゃねえぞこのガキャア共!! うちの頭の棍棒が先に決まってただろうがぁ!」
「きしょいのは見た目だけにしろやバケモン共! こっちの弾があのクソ豚の脳みそを真っ先にぶちまけさせたに決まってんだろ!」
「こっちの袈裟懸け切りが先にのデカブツの汚ねえ心臓をぶった切ったに決まってんじゃねえか!!」
絶命したアンドリューの死体を囲む形で、先ほどまでそれを討ち取るために協力し合っていたゼノウ・朱摩・凶弾と三つの一家が、誰がその手柄を上げたかで内ゲバを始めていたのである。
「あー!? あいつらまた誰が一番先に殺れたかでもめだしやがったぁ!!」
「…実際に敵と殺り合ってる時は封神演義に出てた念話の術でもしてるんじゃないかってくらいに言葉なしで協力し合うのに…それが過ぎると何でいつもああなるんでしょうか?」
「おもしれーけどまだ残りの敵に止め嬲りをしてねえからあいつらを黙らせて来いリン玉。さっさと残りのぶち殺しに取り掛からねえとお前らから細切れにすんぞってな」
「それを俺があのとち狂ったバケモン共の中で言うんすか!?」
「おー、アグリッパと一緒に行って駄目だったら死んで来い」
「あ、死んだ僕」
通常なら褒められない且つ多くはないその同士討ち寸前の状況だが、桓騎軍には見慣れた光景の一種なのはそのトップ及びその周辺は慌て方の違いはあっても戸惑いは見られなかった。
「…えっとー、何ですかあの三隊…? さっきまで凄く息が合ってたのに…?」
「もうこの辺では僕たちのやるべきことは終わったから次に行こう。あっちのあれはそう珍しいことではないようだから自然とその身内が収めてくれるさ」
桓騎軍で生じた内ゲバは結構な距離があるにもかかわらず、八旗の者達もその視力で見えて彼らを戸惑わせていたが、康熙が変わらない様子で踵を返すと彼らは即座にその後を追っていった。
康熙の馬の鞍には十本ほどのライフル風銃が括り付けられていたが、それらすべてからまだ真新しい煙が細くも登っていた。
〇秦始皇9年(紀元前238年) 什虎攻防戦五日目昼 楚国北西部 什虎地方 什虎城付近 青深湖・長江支流合流地点〇
「報告ー! 桓騎軍が什虎城主兼猩族首領のアンドリューを討ち取った模様ですー!」
「何ぃ!? それは本当かぁ!?」
アンドリュー戦士から数十分後、その報せは楚の増援が什虎城に入るためには避けられない、長江支流から青深湖に繋がる合流地点まで届き、そこで楚国水軍の増援を跳ね返し続けている堅陽水軍まで届いていた。
「今回の戦には外された千斗雲様が聞いたら嬉しさのあまりに踊りだして船から落ちたでしょうなー」
「いやー、あの
それを聞いた初老辺りの何か訳知り顔そうな参謀などが感慨を感じさせる顔を浮かべるが、その発言にはさらりととんでもない内容が混じっていた。
「…そ、それでこの担当の主将である柳宗将軍と副将の満羽将軍はどちらに―――?」
「「「「「ギャアアアアアアアアアア!!??」」」」」
報せに来た蒙武軍の連絡将校はそれに戸惑いつつも目当ての人物を訪ねるが、そこで水上の一角よりまた盛大に材木が破壊される轟音が、楚兵の悲鳴を連れて割り込んできた。
「―――いぃ!?」
「ぬううん!!」
連絡将校がその方角をギョッとした顔で見やると、本来の時間軸と違ってにやけたものではなく締まった表情をした満羽が、鎖に括り付けられた巨大な錨型大斧をぶん回して離れた楚国水軍の船の水面に近い横腹に次々と当てて大穴を開け、沈めていっている姿があった。
「よし! この辺りの敵船も沈めたから次は右の方に向かうぞー!」
「舵を切れー! 漕ぎ手は全力で足を回せー!」
「ひいいぃ! 今度はこっちにまたすごい速さで来たー!」
それは白漂達のアイディアも混じった快速船の速さと合わさって楚側で洒落にならない被害を生じさせてしまっており、勇猛で知られる楚兵達の声に怯えの色が滲み出ていた。
「…あ、相変わらずすごいですね堅陽軍は…」
「副将の満羽将軍のすさまじさにばかり目が行きがちになりますが…他の将兵達の武力や連携も凄い…」
「いや! やはりあの満羽将軍は常軌を逸している!」
「あ、ああ…体格だけでなく…あの武力は少なくとも蒙武様と互角だぞ!」
「い、いや…武力で言うなら積極的には表には出んが…!?」
蒙武軍から来ていた者達はそれに息を飲んでいたが、その内の一人が指先を変えた先には今も船上で車椅子に乗りつつも指揮を取る柳宗がいた。
「高間隊は角刺陣で敵右翼は左横腹から上下左右に寸断してね。その次に磨館隊は…」
「今だ!」
「死ねぇ!
そんな五体満足とは言えない身で柳宗は時おりだが前線に近いところまで指揮のため船を進ませることがあり、そこを狙ってくる楚兵もいて、今も同時に複数名が船からとびかかってきた。
「あ! 危ない―――!?」
それを見て蒙武軍将兵の一人が危機感を覚えるが、その身が動こうとした次の瞬間に彼の視界を一筋の細く美麗な線が走り抜けた。
「「「「「!!!??」」」」」
その一瞬後、柳宗が乗る船を取り囲むように襲い掛かってきた楚兵達は、上半身が下半身から離れ、何が起きたのかわからない表情を添えて上半身は水面に落ちた。
「…はあ、本当にめんどくさい…」
「……」
数秒後、鎖に繋がれた状態の巨大圈が高速で柳宗の手元に戻ってきて、彼女はそれを難なく受け止めるがその時も憂いを帯びた気怠そうな表情を変えず、巨大圈に付いている血糊を水面で洗い落とすだけだった。
「―――ぃ…って…あれで車椅子生活者って…」
その光景に蒙武軍の連絡将校達は我が目を疑う表情を浮かべるほかなかった。
次回、このままの秦側勝利の流れに見せて、猩側が…ここから先はネタバレになりますので次回を待っていただけると幸いです。