〇秦始皇9年(紀元前238年) 秦国北部 北涼地方 林涼領内〇
「…おい、見てみるんじゃ。あれが秦の王様じゃよ」
「うわー、綺麗でかっこいい車がたくさんー」
朔方城を出発して新たな大規模土木事業候補地に立ち寄ってから数日後、秦王嬴政率いる巡行の一団は林涼の居住地内に入り、沿道には大勢の領民が華夏人*1や林涼など北涼諸民族問わず集まり、その姿を見ようと集まっていた。
「中華に北涼に西域…沿道に集まっているだけでも色々いるな。咸陽も多彩になっているが…」
「内陸の国において秦ほど色々珍妙な人種が見られる国は他におるまい。海辺まで含めると話は別だがな」
その様子を馬車より嬴政と表向きは友好国からの貴賓ということになっている斉王田建は誇りと安堵に興味が混じった顔で眺めていた。
「…だが、人が増えるということは、その出入り口が増えるというのはその力だけでなく、愚かさや危うさも増えるということだぞ」
「…その言葉、陸だけでなく海を通じて広く深く通じる国を立て直した王の言葉として大事に受け入れさせてもらう」
故に、田建の忠告は嬴政には重く響いていた。
「…うわー、でけーなー。これが倭人で使うって長弓の“倭弓”かー」
「これって全部金属と木材だけで出来てて、動物の骨肉は使ってないって話しだろー」
一方その頃、護衛を固める白漂軍の輸送車の中で主に信達が初めて目にする類の武器に面白そうな顔を寄せ合っていた。
「そうそう。僕の母親が作った形見の一つを改良加えながら使っている品だよ。色々と残されているけど僕はこれが一番好きだなー。あ、それと倭人って呼び名は向こうの人に嫌われるから“和人”って呼んでね。それとこれも正式名称は“和弓”だから」
その武器である和弓を見せて説明しているのは、此度の北の巡行で最東端地にして現秦国唯一の沿岸部となった沿海郡*2の有力者である康熙であった。
「でもさーこんな長すぎる弓さーあなた使えるの? 前に他の和弓を引いたことはあるけど威力は凄い代わりにめっちゃ引くのに力使うし」
「あー大丈夫、僕は普通に使えるから。ほれ」
その和弓とその使い手にマルタが疑わしそうな目を向けると、周りの前で康熙は普段だと均整に付いた筋骨で構成されているが細く長い腕に無数の太い青筋を浮かべて一回り太くしたように見せると、自身の得物である和弓をあっさりと、だけど優美にして無駄のない動作で上長下短に引き、窓から見える沿道に集う人々の中で抜き出ている松の木目がけて矢を放った。
「ギャアァアアア!?」
「「「「「ウワアアアァアアアア!?」」」」」
するとその矢は松の木の真ん中に的中するとその中心から幹を粉々に粉砕し、その上に乗っていた見物客の一人もろとも下に落として悲鳴を上げさせ、周囲を驚かせた。
「うわ! すげえ!?」
「普通の弓の最大射程の倍以上はあるぞ!?」
「いや! すげえけどそれどころじゃねえだろ!」
「この巡行中に何を考えてんだ!?」
それに周囲は驚くが輸送車にいた面子は状況もあって焦りと怒りを見せて康熙に詰め寄った。
「あーもーそんなに怖い顔しないでよ。今さっき松の木の上部分と共に落っこちたチャラい男を調べてみて」
康熙はそれに仰け反りつつもあまり動じない姿を見せて調査を求めた。
「…あ! こいつ確か倭人出身で趙からの間者である
「たしか国境地帯の城邑の城主の娘や妻とかを食い荒らしまくりながら聞きだしてた裏話を売り払ってたっていう!」
「それでうちの大将の大女の皮を被った化け物共が集う大将の閨の噂をガセとか言って他みたいに寝取ろうと潜り込もうとしたらそこでの乱闘に巻き込まれて金玉が一つ潰されたっていう!?」
「そんでその時の悶絶で身悶えしまくってたら衣服から盗んでいた機密文書が零れまくって間者なのが露見したという!?」
「更に取り調べしようと咸陽へ護送してたら逃げたって聞いたけどここに潜んでたのか!?」
「うわ、松の木の下敷きになって生きてるのは凄いけど…これさーもう残ってた金玉と棒もだめだなこりゃー」
数分後、白漂軍のその場に留まった将兵や、周囲の役所から駆けつけてきた捕吏による取り調べで、康熙の強弓による被害者だと思われていたその男が札付きなのが発覚した。
「…あんた、これ知っててやってた?」
「うん、朝に道中を遠目で見ていたら怪しい気配がしたから、手配書の人相書き集のと見比べたら一致したから、他への
ちなみに、その取り調べの現場には康熙及び彼女と和弓談議をしていた信達は息を飲んでいた。
「…こ、こいつはまたーうちの隊のも含めたうちの
「…お、重たい…この長弓…重い…」
「それに弦もめっちゃ堅いし…俺らじゃ三人がかりで少し引くのがやっとだ…」
「いやー、これでもさー前の前-…
「は?
「あ、いやーこっちがだいぶ前に仕事の都合で使っていた名前ー」
それだけで見えてくる康熙の常軌を逸した武力の片鱗にばかり信達は目を奪われていたが、その彼女がうっかりとしまったという表情でつぶやいた名前はある人物の注意を引いた。
(…え? 確か“
此度の北への巡行へ同行し、今は取り調べ現場に興味で残っていた嬴司雪は、康熙と彼女が使っていたというその名に色々な意味で懐かしさを覚えるが、自身の出自もあって思い立ったその可能性を無理やり振り切った。
〇秦国中北部 朔方郡 朔方城 内城〇
「…姉御達ー、北東の端から届いた新しい品だってよー」
嬴司雪が康熙にある可能性を思い浮かべるもすぐに否定してから数日後、後者の勢力圏内から送られてきたその品々をレキシントンが運んでいた。
「ちょっと、レキシントンさん身重の身でそんな大きな荷物を運ぶなんて…」
「大丈夫大丈夫、俺はまだそっちほど腹は膨れてはいないから」
その姿を今現在この朔方城での白家での責任を、奥の序列や出自に賢さなどから任されている魏亶は注意しており、彼女の腹部は同じく白漂の子を宿してこの城に残っている面々の中で最も膨らんでいた。
「…おー、これが沿海郡から届けられた毛皮類に魚介類に…この大きな壺の中に入っているのは何かしら?」
その魏亶達は送られてきた多くの品々に興味を浮かべ合っていたが、その中で特に厳重な封がされた幾つもの大きな壺が特に関心を引き寄せていた。
「…えーーっと、北の沿海の地で採れる調味料らしいです。味のほどはー…実際にお口でお楽しみにって書かれていますね…」
壺の封を開くと中には半透明状で濃い黄金色をした粘土の高い液体の姿があり、それに朔方城待機組女子は不安と好奇心を擽られる。
「何か妙に舐めて確かめたくなる文体で書かれていますね…何と言うか何十年と人をからかってそれが上手くなって趣味になった老人の手紙みたいと言うか…」
「まあ、向こうでは他所への贈り物やそこからのお客様を持て成す時にも使うものらしいですし、何より恭順を示した後でその先に呪いの品を送るような真似をする方には思えませんし…とりあえず今現在、この内城を預かっている身である私が…」
その品を送ってきた康熙の手紙の上手さもあって待機組は一様に興味を強めていき、魏亶が意を決した表情で壺の中身を掬い取って、まずは一滴を水が張られた桶へと垂らす。
「…オタマジャクシちゃんやメダカちゃんたちは何ともありませんね…」
「とりあえず即効性の毒物はないようですね…」
「じゃあ、まずはあたしが…っ!」
桶の中の生き物に数分間変化がないことを確認すると、待機組で妊娠が最も遅いレヴィが盃で壺の中の液体を掬って一気にグビって飲み込んだ。
「…レヴィさん…ど、どう―――?」
「んぐ!?」
「―――う!? な、何か身に異変が…!?」
その様子を周囲は緊張した面持ちで見守るが、レヴィは盃を落として胸倉を抑え始めて彼女達を強張らせた。
「…グビグビグビ!!」
だが、魏亶がその身に触れようとした時、レヴィは壺の中に頭を突っ込んで勢いよく喉を鳴らし始めた。
「あー! レヴィさん自分だけで全部飲み込むつもりですね!」
「くそ! 離せミナイ! こいつは毒なんかよりあぶねえ奴だ!」
「じゃあ、私はこの間に味見を…コクコク…甘い‥ですね」
「シャンディさんずるい!」
「机上では凛と、戦場では烈火の美を見せる皆さんが…こんな品もなく…」
「捷璘、そんな珍しくないわよこの程度」
「ナミ、どさくさに紛れてそっちの分も掬っといたぞ」
「あ、ありがとー薙鍛」
こうして、康熙が地元の沿海郡で集めて送ってきた、本来ならこの時代の中華や周辺地域にはまだないはずの、サトウカエデの樹液を煮詰めて作られたメープルシロップ、満州族の間では“樹蜜”と呼ばれる品は白家待機組に味覚破壊を齎した。
「…でもさー、これって手紙だとめっちゃ高い品のはずでしょー。これだけ集めて送ってくるなんてあの康熙って子は何者なわけ?」
「話じゃ李牧を大火災に見せかけて大負けさせたことがあるって言うけど…」
「何かここへあいさつ回りに来た時、旦那様とやけに親しそうに…けれど異性というよりかは同性の感じというか…」
「あーうん、何かガキの頃によく遊んでたけど長く別れてて、その後に再会できた男友達って感じだよなぁ…」
「何より、背は藍蘭さん並みに高いけど私達から見ても…凄くかっこいい美人だったね…美麗の青年というか…」
「じゃー、やっぱり率いてる地元の大きさからしてー…やっぱうちの旦那様の11番目の奥さ…」
「あー、それ本人はしないって言ってて旦那様もそれは絶対無理だって」
「紅華様は四千人将と私達の中では軍でも一番偉いけど、あの康熙って人は既に咸陽から諸侯の扱いで承知されて率いる兵力から将軍の位も貰ってるから逆にー…」
「あー、閨の序列と職場の位が逆ってなるとやり辛いわよねぇ…」
「でもさあ、あの康熙って人さ什虎でも見たけど、まるで何十年も戦歴重ねてきたような戦い方というかー…」
「その人が今はあの人の道案内を…」
「身の安全とかは大丈夫だろうけど…」
「なぜだろう? 何かあの人と旦那様が並んで歩くと…旦那様が二人に増えた様にその背が見える…」
「むしろ美人局が送られてもその子もめっちゃ顎が抜けそうなことを起こすか引き寄せそう…」
そして、それを成し遂げた康熙に女性達は畏敬と不安に近い感情を起こされるのであった。
〇秦始皇9年(紀元前238年) 秦国北部 北涼地方 林涼領内 黒竜江支流某水上〇
「…これが北で最大の黒竜江に流れ込む支流の一本か…水量では長江に及ばぬが…いや、あれが常軌を逸してるだけだが…水の豊かさでは劣らぬ…」
白家女性陣待機組がそのようなやり取りをした日の夜、昌文君は車から再び船に乗り継ぎ、初めて目にする北涼最大の大河に宿る養分の強さを、水面を掬うのに使った利き手の肌で感じ取っていた。
昌文君が乗るのは今の秦で主流になりつつあるジャンク船ではなく、この地の水運でも活躍しているという満州族が古くから使う形式の船で、欧州で言うヴァイキング・シップに近い構造をしていた。
「…左丞相閣下」
「…大王様が斉王の帰国の付き添いのためにまだ混乱が収まりきっていないこの北の地へ巡行を決められたのがわかる…。故に…この命を掛けてでも此度の巡行を成功させねば―――」
「…アア せ、政ぃぃぃぃぃ❤️ い、いけませえええ❤️ ま、周りに聞こえてしまいますぅぅ❤️」
「あ❤️ あなたアアアァアアァ❤️ こんなぁ大任でもぉぉもおおお元気すぎいいいい❤️」
「―――………」
その自分が乗る船とそれを浮かべる大河、そしてそれらが導く
「…ま、まあ…お二人ともそのお相手様もまだ若いですし…」
「どうした共召? この程度で声を我慢できないとは」
「紅華もこれくらいで周りが見えなくなるなんてまだまだだねぇ」
それを同じく聞いた白漂軍の兵が慣れた様子で頬をポリポリと搔いているが、そんなことに気付いているかはさておき、上階の主従は周りの耳に憚らない勢いでそれぞれの愛し交わる女性に言葉攻めをしていた。
嬴政の指を這わされて田共召の足の付け根はまだ包み込んでいるスカートに広い染みを生じさせるまで濡れ、紅華の胸は衣服の上からでも正確に揉み解していく白漂の手でわかるまでに服の上でもわかるまでに先端の赤い蕾をいきり立たせていく。
ちなみに、両カップルの部屋は影武者も含めた警備の観点から隣り合っており、異変が起きたらすぐ気づけるように壁も薄くできているので、自分の嬌声は隣に丸聞こえでそれが女性達の羞恥と性感を高めていってしまう。
「…アアアァ❤️ 私の尻に当てられているものがぁもうぅ…❤️」
「あなたぁ…もうぅ…私もぉぉ…❤️」
「襲撃だー!!」
だが、スカート越しながら尻の合間に挟み込まれている男根に、女性二人の理性がついに崩壊したところで邪魔が入った。
「大王様ー! まだ距離は相当遠いですが下流も水草群生地より賊が出てきたようで…!?」
それを受けて昌文君が上階に上がろうとしたところで、二つの人影が勢いよく降り立ってきた。
「巡行中で襲ってくるとは自身ありか世間知らずか…だが、どちらにしても秦の武威を北で示し直す機会の一つとすれば悪くはない」
「じゃあ、派手にやるとしましょうか」
宝剣に手を掛ける嬴政と十星戟を肩に遊ばせる白漂の瞳は、黒竜江の水平線から上がり始めた敵の姿を見捉えつつ、思考はその向こうに広がる新たな可能性の広がりと深まりを見逃していなかった。
お預けを喰らう形となった二人の愚息が衣服の上からでも大きなテントを張って、その先端部に先走り汁で染みが出来て、見る者には今一つしまらない格好となっているが、それはそれである。
血縁とは関係なく、容姿以外に何か近しい何かが深みにありそうですね。この世界のこの二人…。