※この作品はR-18です。

天下の大将軍になる!! ~夜の睦言~   作:oosima

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今回、南の方での什虎戦であの面子を率いていた(?)あの南の子が登場する一方で、単純な性能なら君主として中国史首位争い常連(を起源とする?)あの北の子が活躍します。


244 政と女人はその実不可分●

 〇秦始皇9年(紀元前238年) 秦国中北部 朔方郡 荒間〇

 

「…全く、前回は什虎を一月以内に落とせだなんて無茶ぶりをしたら、今度は空いた穴には桓騎を向けるから、今度は北の方でも黄河と黒竜江を運河で繋げるための工事に参加しろとは…何処の大国の王都も無茶を言う…」

 

 朔方郡と突蕨郡の間に位置する鉱山開発予定地での諸整理に追われていた日より数日後、南方の堅陽から北での大運河開通のために派遣された高官の一人として寿胡王が抜けた表情で愚痴っていた。

 

「…まー、戦争じゃなくてこういう平和で建設的なものならむしろ良いでしょ。まーこれも次の大きな戦の準備の一環のためみたいなものだけど…平和なんて結局は次の戦争のための準備期間みたいなものとは言うけどさ…む」

 

 それとは対照的に暗く生気の抜けた表情のままだが、前回の戦の時よりは安堵の念が滲み出ている様子の技術者チーム責任者の一人である柳宗が車椅子で横にいたが、堤の一部として盛られて突き固められている土の一角に目を細めた。

 

「…え? 何だあの赤毛が混じるけどすごく綺麗な女はー…?」

「あ、確かー堅陽の女城主様だ。俺は以前に楚との戦で参加した時に見たことがある。色々隠されているけどめっちゃ強いぞー…!?」

 

 そして車椅子を回して工事現場に入っていく柳宗に周囲の労働者や警備兵は戸惑ったり注目したりするが、その彼女は堤の一角に近づくとその長躯ながらも細身に見える腕で叩き割って亀裂を広範囲に生じさせた。

 

「うわぁ!? 柳宗様ぁ何をなさってぇ…!?」

 

 それに驚く周囲に混じる警備兵の一人が詰め寄るが、柳宗が大きな槌の固まりを片手で取り除くとそちらに驚きが変わった。

 

「…これ、設計と違って竹筋*1が入ってないけど、この区域の責任者は誰?」

「! は! はい! すぐに呼び寄せます! おい! 感蓼は何処だー!?」

 

 柳宗の目元は暗いが普段の怠惰さすら混じる態度からは想像できない重いプレッシャーを添えたその問いを受け、手抜き工事の発覚とその深刻さに気付かされた警備兵達は即座に動き出した。

 

(…車椅子になってもこの力、足の方も怪我自体は治っていると衣(・)央(・)も言っていた…心の中でまだ燻ぶっている気力が残っていると思いたいが…)

 

 その様子に寿胡王は懐かしさと未練を強く滲ませた表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 〇秦国中北部 対趙北部国境線付近 缶幕〇

 

「…これが今の秦北部か…」

 

 荒間に到着した堅陽組が早々にその敏腕(?)を見せていた頃、現在の趙国太子にして趙北部軍の軍監を命じられた趙嘉の姿が近くに味方の城があるとはいえ秦領内にあった。

 李牧への刑の軽減と復帰を何度も父である趙王に諫言していた趙嘉は、それを疎んじられて名目上は秦の脅威に晒されている趙北部防衛のためとして形ばかりの軍観としてこの地へ追放されたのだ。

 

「た、太子…あまりこの地へ長居はなさらないでください。秦は続々とこの地へ兵や民を送り込んでいっている状態で、もし見つかりでもして太子が捕まってしまえばそれこそ趙は終わりです」

「…っ…ああ、諫言、ありがたい…だが、少しでも見ておきたかった…」

 

 側近らと共に味方の城に戻り始める趙嘉達だが、その後姿を小さくも見つめている存在が複数いた。

 

「…ほー、あれがここ最近になって邯鄲からここへ実質追放されたって言う趙の太子か…経験は薄そうだけど磨けば確かに良い王になりそう…」

「おい漂、お前はそれが無くてもあそこまで旗の字まで読めるくらい目が良いだろ。俺にも貸してくれよそれ」

 

 趙側がいた山地より見下ろせる秦側平原に設けられた練兵場より、彼らの小さくなる背を見られる望遠鏡を巡ってもめている白漂達である。

 

「でも大好機ですぜ将軍! 殺って趙共をビビらせますか!? それともとっ捕まえて趙側からたかりやすか!?」

「…んー、そうだなー…」

 

 周囲から上がる献策を受けて、白漂は望遠鏡を巡って信たちと揉めつつももっとあくどいことを考えついたニヤリとした表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 〇秦国中央部 王都咸陽 王宮〇

 

「…これは…」

 

 数日後、秦北部から伝書鳩で届けられた白漂からの報告と献策に、嬴政を含めて秦の高官達は唸っていた。

 

『今現在、軍監という名目で秦趙北部国境線付近に趙国太子が追放された模様。趙北部に限って全権を委任されている模様なので、この期の内に双方の捕虜交換を彼に申し込むべきかと存じます。秦が安心して力を磨げるよう、趙がそれにか関われない状態にするために』

「…漂、あの趙太子が来ているなら生け捕りか討伐かをして趙の再生を断てる好機なのはわからぬわけがあるまいに…今度はいかなる企みを…?」

「趙の内部抗争をより悪化させて続けさせるためだろう」

「「「「「!!??」」」」」

 

 その内容に昌文君をはじめ多くの廷臣は首をかしげるが、李斯はそれを小馬鹿にした風で言い当てて周囲をどよめかせる。

 

「はっきり言って今現在、趙の太子と今は楚に亡命中の李牧を中心とする趙の真っ当な連中の立場はもういつ潰されてもおかしくない状態だ。だが、そうなると少なくとも王は暗愚だがその寵臣で状況の危うさ自体は知る郭開が実権を寡占して体制自体は纏まる。そうなるとこっちの邪魔をしてくるだろうから、いっそのこと趙の太子に手柄を上げさせて立場を潰されん程度にまで補強して内輪もめを続けさせろと言う事だろう」

「「「「「…………」」」」」

 

 成蟜も李斯に同意して補足して周囲を納得させる。

 

「昌文君、昌平君、すぐに捕虜交換してもよい趙人の名簿を作成してくれ」

「は」

「かしこまりました」

「李斯、今の趙太子の立場からして受けるだろうが、向こうとて素直に感謝して捕らわれた者達を解放させるだけで終わらせるわけがない。帰還した捕虜たちの精査と整理に必要な人員も捻出してくれ。それと帰還した後も協力関係を続けられそうな趙兵捕虜達の把握もだ」

「は、今も困難な状況ですがそれを更に深められぬようにいたしましょう」

 

 白漂の検索とその問題点を整理しつつ咸陽も即座にそれを自分達に有利な現実へ具体化させるべく動き出した。

 

 

 

 

 

 〇秦国中北部 雁門郡 対趙北部国境線付近〇

 

 秦北部と咸陽で手紙によってそのようなやり取りがなされて数十日後、嘗ては趙領であったその地に秦趙双方の軍勢が捕虜の交換のために対峙する形で集っていた。

 

「…こんな形で雁門に戻る日が来るとは…」

「くそぉ、秦め当てつけしおって…!」

 

 此度の捕虜交換の趙側責任者である袁環と骨珉伯は屈辱に表情をゆがめていたが、向こうから戻ってくる同胞の姿とそれを引率する秦兵の姿を見ると表情を偽り、その真横を別の趙将が捕虜になった秦兵達を引き連れて通り抜けた。

 

「…初めまして、それでは先にそちらへ送った名簿に載った者達をお連れしました。新参ですが朔方侯の麾下に加えてもらった康熙です」

「此度の申し込みを感謝します。青歌より主君司馬尚の代理で来たカン・サロです。康熙殿、ここ雁門での趙匈大戦の前の粛慎の戦いを始めとした貴女のご活躍を耳にしています」

 

 そして、両軍の中間点にて秦趙双方の捕虜引率役の両将が挨拶を交わすが、その名を受けてそれを見守る両軍の将兵達が騒めき始める。

 

「!? あの女があの火計でこっちの味方を大勢仕留めたって言う満州の女首長!?」

「白漂以上に若いぞ!」

「…あれが李牧に三大天就任を求められるも病気を名目に断った司馬尚の側近であるカン・サロか…」

「少なくとも武力はうちの五将並みの気を発しているな」

「連れてきている兵も一人一人が相当にやる気配をしている…」

 

 そうして対峙している双方の有力な武将に秦趙双方の将兵は着目するが、趙側は動揺と困惑で落ち着きがないように見えるに対し、秦側は警戒こそすれど冷静さが目立っている。

 

「は、はは! 何だ! 北で強勢と言うがそんな女まで入れて数ばかり揃えているような連中ではないか!」

 

 そんな中で骨珉伯は無理やり嘲笑を行うが、それを待っていたかのようにあの男が秦側本軍より一人でヒョコッと出てくる。

 

「おい、趙の将軍よそれ以上は自分の主君を侮辱するのは止めておいた方が良い」

「え?」

「それ以上我が軍の兵士を男でないというだけで罵るということは、それに負けて国を追われた君達の主の器量はそれ以下だと暗に示しているようなものだよ」

「んなぁ!?」

 

 馬上で完全装備ながら竜騎含めた護衛も付けずに捕虜交換の場すら過ぎて趙側に近づいて、あっさりその論法を逆手にとって李牧の株を更に押し下げて骨珉伯の顔を真っ赤にさせた

 

「き、貴様ぁ!」

「そこまで怒るまでに忠義を向けているのなら、だったら我が国が生んだ春秋五覇の一人穆公を助けた当時の西方山界女王と同じ名を持つ女兵を側近にしている主君にこそ先の発言を諫言として言うべきだろう。まあ、実がある立場なら言わなくていい話だ。だが、そうするなら彼女を含めて我が軍の要職に男でない身の者達が含まれているのをとやかく言われる筋合いはない」

「…ぎ…ぎ…!」

 

 袁環も続けて顔を真っ赤にさせて視線で殺さんばかりの表情になるが、白漂のちゃんとした正論に歯ぎしりする一方になる。

 

「…君さー普段から今さっきみたいにしてくれれば自分達はもっと苦労しなくて済むのにって皆が愚痴っていたよ」

「だーからそれをしてたらいつも僕だよりになって僕がいなくなった時に困るでしょって何度も言ってるでしょうに…ほい」

 

 そんな趙将二人に無防備そうな背を見せているように白漂は康熙に近づいて、彼女の苦言に屁理屈で返すが、背後から飛んできた投げ槍を見向きもせずに十星戟の石突であっさり宙へ弾き上げた。

 

「ほれ、返すよ」

「ギャア!?」

「「「「「!!!???」」」」」

 

 その投げ槍が自身の目前に落ちると康熙は弭槍にて高速で弾き飛ばし、不意打ちの投げ槍をしたために得物が無くなっていた一趙兵の手を穿ち抜き、秦趙双方の将兵を驚かせた。

 

「…おい! 何ださっきのはぁ!?」

「今回は剣戟を交えない捕虜交換という条件を受け入れたんじゃないのかぁ!?」

「李牧は部下のしつけをどうしてるんだぁ!?」

「い、いや! さっきのは…!?」

 

 驚きの昂ぶりが過ぎると秦側から非難の声が続々と登りだし、趙側は返事に窮しだすが、その後者の陣中より数十騎ほどが飛び出てきた。

 

「な!? 何をするつもりだ!」

「お、おい! 止まらんか!」

「お止めしないでください! これ以上我らの故郷であのような言い分見過ごせません!」

 

 それは白漂に論破され続けて理性的な自制心をガリガリ削られていた所で、先ほど(不意打ち失敗による返り討ちだが)味方が討たれた(ように彼らには見える重傷にされた)ことで、とうとう激高して身が動き出した者達だ。

 趙側からは制止や自重を呼びかける声こそ上がるがそれ以上の行動を取るものは一人としていなかった。

 外交上極めて非礼なことだとは頭で理解できても、白漂は康熙と共に近くには味方がいない状況なので、もしやここで討ち取れるのではという欲が優っていたが故の無意識の停止であった。

 

「なぁ!? あいつら約定破りやがった!」

「我らも出るぞ! 我らが主君を殺させるな…!?」

 

 それを見た秦兵は驚いて主君を守らんと飛び出ようとするが、そこで大矛と長剣がガキンと交差して止めてきた。

 

「落ち着け、俺らの大将はああいう我慢も出来ねえ一部の馬鹿にやられるようなタマじゃねえ」

「それに、下手にここで軍を動かせば交渉飛び越えて戦争だしな…あ、あの二人も動いたぞ」

 

 その制止を掛けてきた信とナクタの視線の先で、自分達に遅いかかる暴走趙兵の一団を見て白漂と康熙は周囲の大半が想像しない行動を取る。

 

「あれくらいならここのがちょうどいいな」

「そうだね。距離もちょうどいいし」

 

 白漂と康熙は大きくても拳くらいの小石が無数の広がる砂利の上に馬上から降り立った。

 

「止まれー! 皆止まるんだー…!?」

 

 一方その現場へかけ続ける暴走趙兵一団を止めようと唯一行動に移った、馬風慈というなぜか頭を頭巾で隠している青年が彼らの先頭の前へ飛び出たその瞬間、肌全体を走り抜けて体温を下げる悪寒が走った。

 

「言っとくけど魔術の類いが殆ど使えない世界というのは忘れてないでしょ?」

「え? 実際にやる前から言い訳?」

 

 馬風慈が視線を向けた先には、十星戟を持つ白漂と、大太刀状弭槍が付いた和弓を携えた康熙が、ある海賊世界で海の皇帝とまで呼ばれる大海賊二名が協力技を放つ準備をしている時のような構えを取っていた。

 

「「…破嵐(はらん)!!」」

 

 そして、暴走趙兵一団との距離が10メートル未満まで縮まったその時、二人の身はまるで独楽の如く超高速で回転し、その得物は両者の間の地面を次々と深く抉りだし始めた。

 

「「「「「ギャアァアアァアアアアアアアァ!!??」」」」」

「「「「「ビヒいいいいいいいいいいイイィ!!??」」」」」

 

 そうして撃ち出された土煙と無数の砂利は暴走趙兵一団へ散弾銃の如く浴びせられ、露出していた肌は容易く破りぬかれて肉を深く抉って骨にヒビを入れ石弾のサイズによっては鎧ごとひしゃげさせて悲鳴を上げさせ、馬冑*2に守られていない彼らの馬は我が身の無数の傷を生じさせるその土煙の中で暴れ出して彼らを次々と振り落とし始める。

 

「アアアァ!? こ、こんなので死ぬほどやわな身ではー…!?」

 

 それに混じって地面へズタボロになった身を叩き落とされた馬風慈の眼に、得物を振りかぶった白漂と康熙の姿が映し出されるが、それはすぐに消えて代わりに赤い鮮血が視界を占めた。

 

「「「「「…!!!???」」」」」

 

 そして五秒が立つかどうかの間に、白漂と康熙は暴走趙兵一団を包み込む土煙に飛び込んでその反対側にバッと飛び出て、煙が晴れると姿を現した趙兵達から勢いよく鮮血が吹き出てその身は重力で地に引かれ落ちた。

 

「…う…ううぅ…」

「い、いでえ…」

「趙軍諸君! 先程の投げ槍と彼らの突出! 果たして彼らの独断か!? それとも貴君らの同意か!?」

「「「「「!!!!????」」」」」」

 

 その赤く染まって地面をイモムシのようにもぞもぞと蠢く暴走した趙兵を背景に、ゾッとするまでに鋭利且つ怜悧な眼光を添えた康熙のその大気を震わせる問いで、秦趙双方の将兵の意識は彼女に向けられた。

 

「…お! おお! その姉ちゃんの言うとおりだゴラァ!」

「自分達から申し込んだ約定を破るとはどういうつもりだぁ!」

「そいつらが勝手にやったのならそいつらの首で手打ちにしろぉ!」

「もしも命令した奴がいるならそいつの首を出せ!」

 

 数秒の間をおいて秦側から趙側への非難の叫びが続々と上がりだし、馬上へ戻った康熙はそれに押されるように今度は趙側に向けて馬を走らせた。

 

「!!」

「ひ、ひぃ! き、来たぁ!」

「ど、退けよ!」

「お、押すなって!」

 

 先ほどの一方的な戦闘の場面もあって趙兵達の大多数が彼女に向けて強い畏怖を覚えるようになり、味方も押しのける勢いで前衛に近い順から後ずさって背を仰け反らせ、康熙を中心として趙側最前線に半円状の窪みが出来る。

 

「………………」

「こ、こっちに来るぞ!」

「は、早く退けよ!」

「…あ、で、でも…すげえ…美女…」

 

 趙兵達は自分達を注視しながら馬を進ませていく康熙に、畏怖を抱きつつもその身に纏う若さに相反する威厳とそれらと調和し合う美貌もあって魅入られ始めてもいく。

 

「ちょっとちょっと、もう肝とかが色々と縮み上がっている向こうにこれ以上何をしようとしているんだ? これ以上の流血は蛇足だよ」

「!?」

「は、白漂!?」

 

 そうして康熙に趙側の意識が傾き続けようとしたその時、秦側の代表が彼女に寄り添う形で自分達の眼前まで近づいてきた。

 

「…故にこそ趙国太子殿! ここから先はこの陣中の何処かにいる貴方に対しての締めとさせていただく!!」

「!?」

「な、なぜその事を知っておる!」

 

 今度は白漂の言葉が趙側、特にその中枢を再び動揺させ始める。

 

「はっきり言って李牧はあの趙匈大戦で大勝を飾った後にそれまで旧匈奴が占めていた北の王者に趙を据えられて趙北双方に安寧と新たな盛況を齎せることに気付いていただろう! だがその趙国最善の策は先ほど見せた趙北部の将らの怨恨という本性によってなきものとされた!」

「「「「「…………」」」」」

 

 白漂の弁舌は秦趙双方を大きく押し黙らせ、それにダメ出しを白漂は掛けていく。

 

「貴方と李牧は既に信頼と忠義で結ばれているとこちらも聞いている! だが! それが本当なら李牧は先の趙による北方制覇と安定の策を貴方に打ち明けてその後ろ盾になるように求めていただろう! それをしなかったということは内心で貴方の事を頼りないとみなしていた証左だろう!」

「「「「「…!!??」」」」」

「あの時の貴方には北趙双方の民のその怨嗟を宥めて主を失った北涼の民を生まれ変わらせる王になるべき道があった! その道を進められればあなたは武霊王もかなえられなかった理想と武威を手に入れて今の趙王にも追放できぬ力をもってその愚策失政を改めさせられた! 更にその力をもって中華中原に武威を示して声高に唱える中華の安寧も実現させられた! だが! 現実としてその地位と勢力は秦の手にある!」

「「「「「………………」」」」」

「その失策の責任は趙側に目を向ければ誰にあるか明白なはず!!」

「「「「「………………」」」」」

 

 その白漂の大弁舌が終わった頃には、双方ともに沈黙が大半を支配していたが、秦側のそれが安堵や自信であるのに対し、趙側のそれは不安や不満が生じていたがそれはどちらかというと敵よりも身内であるはずの存在に向けられ始めていた。

 

「…た、確かに…ここ最近は失策続きなのは確かだし…」

「正直、匈奴に物資渡さないためってのはわかるけどさあ、北の連中との商いにもあそこまで制限を掛けるのはさあ…」

「こっちにはそういうので生活しているのだって大勢いるのにさあ…」

 

 しまいには趙側の各所より上司たちへの不満がヒソヒソと上がり始める始末である。

 

「…お、おのれぇ…! 好き勝手に言いおってぇ…!」

「い、今ならあいつらに護衛はない! 連中が追い付く前に囲みつくせばー…!?」

「そうだ! 今ここであいつを討ち取れば秦に奪われた北の精強さを奴らから切り離せ…!?」

 

 それが焦りも生んだのか趙側の主将や高官達は理屈もこねて黒い怒りや欲望を口にし始めるが、それは実行に移されることはなかった。

 

「止めよ! 此度の彼らとの会談の目的は捕虜の交換と帰国だけだ!」

「なっ!?」

「た、太子殿下!?」

 

 先ほどまで側近に引き止められていた本陣に居た趙嘉がその空気を感じ取り、前に出て待ったをかけてきたのである。

 

「そうだねぇ! 趙の今にも剣を抜いて馬をこちらへ走らせてきそうな諸君! 主君の間違いを諫言しなくてはいけないなら! 逆に主君が正しいことを言ったならそれを実行しなくてはいけない!」

「将軍! そんなのんきに弁舌している場合ですか!?」

「早く戻ってください!」

 

 そうして趙側の凶刃に何とか抑えが係ると、今になって秦側から何名かが現場に駆けつけて白漂の退き戻しに掛かった。

 

「そうだねぇ、今さっきので何とか抑え込まれた剣ももう少しで抜かれてもおかしくなさそうだ。これ以上この場に留まっても太子殿の顔に泥を塗りそうだからさっさと戻ろう」

 

 そうして白漂は自軍に振り向いて馬を走らせる。

 

「…いやあ、まさかあの場面で前に出て自軍を抑えるなんて…」

「まだ青さが強いけど中々育ちそうな実がありそうだね…ん?」

「どうした康熙?」

「…いや、何か…後ろから向けらている敵意やら何やらの視線に混じって…一人だけ妙なそれとは違う何かが来てるようなー…?」

「まー何万も揃っていたらそういう始めて覚える妙な視線の一つはあるだろう。それよりも秦の再編と改革…特に北のそれらを更に急ごう。あの太子…もしかしたら趙と共に大化けするかもしれない」

 

 そうして自軍を見据えている白漂達の両眼は、先を見る怜悧で深い光を宿していた。

 勿論、今回の数々の軽はずみな行為の件で白漂と康熙の二人はこってり怒られたのは言うまでもない。

*1:
竹を用いて作られた鉄筋の代替素材。実は戦前日本でも真面目に研究されて、その時に作られた竹筋製の構造物が残っているなど耐久性は意外と強い。この世界では柳宗が実用化させた

*2:
馬に着せられる鎧




今回のお話の元ネタ、もちろん蒼天航路における趙雲初登場回での劉備の演説です。
次回、今回は無かった大人向けシーンを出しつつ、次の章へのフラグが立ち始める予定です。
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