〇秦始皇9年(紀元前238年) 秦国中北部 雁門郡 雁門関〇
「白漂様、林涼*1での戸籍及び住民調査は終わったと報告書が…」
「あそこは僕らがここを制圧した後で初めに恭順してくれた北の民だからね。今回のもの以前から調査や再編は進められていたから北で最初に終わるだろうと思っていたけど、こんなに早いとは思わなかったな…」
「泥竜から始まった屯田制で年少の内から地方役人に向いた人材を早く集められるようになりましたから、そのおかげもあるでしょうね」
趙側との捕虜交換を終えて数日後、嘗ては趙北部防衛線の要にして、今では秦北部軍による南下作戦の重要拠点となった雁門関の執務室で、白漂は机仕事に取り組んでいた。
「…白漂様、貨幣の鋳造所の銅蕨支部設置についてお話が…」
「先日に咸陽から朔方城に鉱石や冶金に関する担当の文官の増援が到着したからそこに回して。次はー…」
普段なら机仕事を嫌がる白漂だが、捕虜交換を終えてからの間はそれを迅速かつ適正に処理していっていた。
「…久々に漂が机仕事を真面目に進めているな…」
「…あの人が机へ真面目に座っている時は良くないことへの対処であることが多いから…あそこで見た趙の太子がそれほどの脅威になると見なしたのかしら…」
身内はそれに将来への警戒感を強めており、藍蘭と譜孝の会話にも現れていた。
「…それでも、あの人の事だから数日くらいで机仕事には飽きが出始めるわ…あ、あれを用いる時ね…」
その机仕事の合間に、正室だからこそわかる夫の微かな変化を見て紅華は自分の机仕事もこなしつつ、白漂が筆を走らせている机上に時おりある書類をさりげなく割り込ませていた。
「……っ!」
「…あ、何か昨日までと比べて今朝から少しだけ落ちていた筆を走らせる速さが再び昨日と同じくらいに…姫昭さん…いったい何が…?」
「あー庶徐さん、陵様の描かれたあの人の似顔絵や、陵様を含めたお子様方の様子を掻いた手紙を今現在は紅華様が中間から抑えていまして、白漂様にはお見せする代わりに机仕事へ集中させていることに成功していまして…まあ、事前に白漂様からご自分が机仕事を無意識に逃げないように手を打ってくれと頼まれて考えつかれた策のようですが…」
「そ、そこまでですか…ますますあの趙の太子に何かを感じられて―――」
「すみませーん! 咸陽から鉱山関係の書類が韓と絡めてまた来ましたー!」
「―――え…あ、はい…どうも…何か最近は多いですねー。韓からのものが…」
そんな状況でも時々見える今一つ締まりきれない白家クオリティが場の清涼剤にもなるが、そうした中でも情勢の変化とその速さは書類からも映し出されていた。
「あの国は七国で一番土地が少ない代わりに、中華中原の中心で且つ土地が非常に肥えているから人口密度が一番高くて商工業が最も発達しているからね。中華と大陸西方内部の異文明世界を交易で繋げる秦との安定的な繋がりは何としても維持したいところね。特にこの辺りは貨幣の原資にもなる金属が掘り出されるから中間加工貿易で生きるあの国は無視できない。咸陽も当面は外との大規模な交戦を避けたい以上は情報が最も出入りするあそことの関係はしばらく切れないし…」
「咸陽も含めて秦の各名家による姻戚構築による関係強化が両国合意で少しずつ推し進められているという話だからな紅華」
「ええ、そうなるとー…またあれがー…けれど今までとは大分異なるー…警戒も混じる形でうちの人の閨の人員がー…」
「…またですか…」
但し、シリアスさを増す材料が増えても、この時代のやり口とはいえ女としての矜持を微妙にしてくるあのイベントがまた近づいてきて、他所とは違って陰惨さはないがまた非常に微妙な空気に白家メンバーはなり始めた。
〇中華中央部 韓国 王都新鄭 宰相府〇
「…お孫様がご到着なされました」
「ああ、準備は出来ている。こちらまで通せ」
秦国の王都から離れた北の地でも昨今の情勢急変の影響が及んでいた頃、その原因となっている韓の中枢の一角で、同国宰相張氏がある客人を迎えようとしていた。
「お久しぶりです。張宰相閣下」
「今この場でそのような振舞はしなくてよい元姫。今日、儂はそなたに将校の一人王元姫ではなく、孫の元姫として来てもらっておる」
そうして張氏の前に姿を現したのは、水色基調の女性衣装と合わさった甲冑を身に纏っているが、その上からでもわかる豊満さと引き締まりの両立した肢体と、プラチナブロンドヘアーを一つ結びにし、大きな琥珀の瞳を中心にクールな瞳をした王元姫という美女。
張氏の庶子を母として、その母と韓の国での譜代名門武家の一つ王一族の一員との間に生まれた文武両道の才媛で、韓の第三将冬史の教え子で側近もしている若手将校である。
「やはり呼ばれた要件は…」
「うむ、まだ候補の一つという形だが、可能性からしてそなたが最も高い…」
「私としてはそうなったとしても構いません。ただ、問題がもうー…」
祖父の重い視線を前に王元姫は冷静な雰囲気を崩さずにいたが、そこで齢相応に少し顰めた表情になり、更に慌ただしい足音が近づいてきた。
「張宰相! あの秦の
(うっわ、一番面倒くさい子が一番来たわー…)
護衛すら置き去りにする駆け足で宰相府の廊下を突き進んで扉を慌ただしく開けた韓の公主寧の乱入に、王元姫は非常に引き攣った笑みを浮かべた。
〇秦国中北部 林涼領内 黒竜江支流域〇
「…林涼の次に東涼の方も秦から前より派遣されていた文官たちと彼らが育てた若手地方役人達で戸籍調査は終わりそうか…満州地方は元から役人関係が他の北の民に比べて中華並みに進んでいたからほぼ終わりつつある。これでー残りは匩涼とその傘下にあった諸民族の領内になりつつあるけど…、調査が深まるにつれて
韓の中枢でまた波乱(?)が起きてから数日後、その原因となっている白漂は車の中でも机仕事を急ぎつつ、次の場所へ向けて進んでいた。
「康熙殿、あの船はー…」
「ええ、
そんな中、白漂達の管轄下にあって秦国にとって重要性を増し続けている黒竜江の支流の水上を、秦国で主流になりつつあるジャンク戦や、満州族が用いるヴァイキング・シップ型船とは異なる、後世の和船に似つつもより進んだ構造をしているように見える東海の向こうの大国の船が進んでいるのが見えた。
「たしか倭国は、中華同様の数十の国…“
「姫昭さん、それはもう一昔前のお話。今はもう変わりつつあるよー」
その船を珍しがる周囲に対し、康熙は静かだが鋭い眼差しを向けていた。
「…そう言えば里甲は、匈奴時代の北の有力者…特に康熙の母方の親族を通して倭国の事情にも詳しかったね」
「ええ、あの国が持つ膨大な情報に比すれば一部ですが、他の者達よりかは知っているつもりです」
「それでは、倭国で実権を固めつつある例の男について知っている?」
「漂様、その名は?」
「
「…!!」
「「「「「!?」」」」」
それも絡めて白漂がこの場で最年長である里甲にその人物について尋ねると、彼の眼は細くなって身に纏う空気は密度を増して、周囲の目を見開かせた。
○中華南部 楚国北部 王都郢(旧名寿春)○
「…そうか、秦の各地…それも急に含まれたばかりの北狄共やこちらにも近い南蛮の連中の間でも文官共が走り回っていると…」
秦で白漂がある人物を取り上げていた頃、楚では令尹*2である春申君が、白漂も参加している戸籍大調査に苦い表情を浮かべていた。
(…連中はこちらが手を大きく出せない今のうちにその差を更に広げるつもりだ。その場しのぎの悪知恵ばかり利く腐れ儒者が多い韓は連中の好景気に食い込んで容易に滅ぼされんよう懐に近づいているから、あそこを介して邪魔する手は大きくはとれん…。何百年も中小の雑魚共を滅ぼしきらずに降伏させて飲み込んでここまで大きくなった楚では秦のような真似は出来ん。魏はそもそも昔の覇権国だった時期からは遠ざかり、燕は元から秦と関係が深いからもう前回の合従軍みたいな同盟は前回の失敗で取り込めん。本来なら一番邪魔に動くだろう趙は今の馬鹿王のせいで動かすこと自体は難しい。何より今の無駄飯食い化が進み続けているうちの居候共の頭であるあいつは様子が可笑しくなっていっている。どうしたものか…)
国内外どちらも手詰まり感が強まっている祖国の現状に、春申君が歯ぎしりを今にもしだしそうになったその時、それ以上の凶報が舞い込むことになった。
「令尹たたた大変です! 王宮の方でー…!!」
「…何だと!?」
その使用人の慌ただしくも届けた報告が、秦での嫪毐の乱、旧匈奴を分裂瓦解させた靖涼の変、斉でこれから起きる外交上大失策と並ぶ、紀元前238年の中華四大政変の一つにして最後を飾る楚での大政変の始まりを春申君に告げた。
〇秦国中北部 朔方郡 荒間 北部運河建設予定地〇
「…うおー、少し見ない間にすごく進んでいるじゃねーか」
楚の中枢で凶報が入ってから数日後、黒竜江支流網を生かして対趙前線付近から自分達の今の地盤へ戻った面子の一人信は、順調且つ素早く進んでいる運河の掘削工事の現場に喜色を見せていた。
「対楚戦線の安定もあって、南の繁恵渠工事で現場の纏めをしていた堅陽組がこっちに移って総指揮役になったから当然だろうな。現場に潜り込んで聞いても色々と細かく前よりも良くなったと言っているし―――」
「死ねえ! 白漂ーーー!」
「―――いって良いところなんだから邪魔しないでくれ」
「あー!?」
信と同じく工事現場を訪れていた白漂も、時折襲ってくる刺客をスルっと見向きもせずに避けてその背を蹴り飛ばして転落死させるなどはしているが、工事現場の好調さに感心しているのは動揺であった。
「じゃー俺らも久々に朔方城に帰って休みを―――」
「残念だけどそれは無理。この大運河工事でこの辺りの重要性がめっちゃ増したからここを守るために、趙との国境に近い順でもう始まっている軍事拠点再編作業にすぐ向かわないといけない」
「―――………」
目に映る景気の良さから信が皆の願望を代弁するが、それに心底同意している乾いた笑みを浮かべつつも白漂は非常な通達をした。
「…ぐげー…」
「…くぅウゥ…」
北部運河建設予定地の盛んな工事の音も日とともに沈んで休みの時に入り、一部の見張りを除いて皆が寝息と鼾を老若男女問わず上げる時間帯になった頃、白漂一行の多くは運河防衛のために築城中の山城の官舎で寝息を立てるようになっていた。
「…この夜中でも硝子灯を携えた見張りが大勢いるとは…。市井へ流れている石油由来の油の量も増えて値が昔よりも安くなっている…技術の進歩とは凄いな…ひう❣」
それから見える生活や時代の進歩に、自分達も関わっている事実にパクラは誇りを感じさせる微笑みを浮かべていたが、その彼女は短くも艶を帯びた悲鳴をあげそうになってしまう。
「…石油とそれを用いたものでは君達が最大の貢献者と言っていいだろうね…。そのご褒美を掴もうと君のここも強く締め付けてきてるし…ンン!」
「は、白漂様…❣ 貴方のお子の一人を貰えるのは私達も嬉しいですが…このような如何に夜でも…このような人目に付きそうな場所で…アウぅ❣❓」
ちなみに、そのパクラ本人はそうした硝子灯に根元を照らされている櫓の一つの上で、白漂に立ちバックの姿勢で責められており、彼の急所を正確に穿ち抜く焼けた鉄槍のような男根を味わいつつ、その半ば固まった油のように粘度が高くて厚い襞肉でそれを更に喜ばせて膨らませ、より堪えようとする嬌声が強まるのを感じとっていた。
「…まあ、まだこの辺りの野郎達を的にしたお水商売のお姉さん達もまだそんなに来てないらしいし…。まだ気づかれていないけどここで大将がそんなお仕事も兼ねてるとはいえふしだらなことをしているなんてしれたら多くの士気にかかわるから…もうそろそろ君の胎にも決めようか…!?」
そのパクラの迫りくる性の限界と対面も考え、白漂が陰嚢の栓を緩めて彼女の胎奥を突き上げる回数と深さを増させていった頃、彼の元に印からして咸陽からのものとわかる伝書鳩が飛び込んできた。
「…この印は…諸外国主体だけどこちらの国運にも関わる事態を示すもの…内容は…」
「~~~~~~❣❓」
白漂はその重要性に顔をしかめつつも腰を動かしておるが、それで生じた微妙な変化がパクラには胎内で擽るような感じを強めながら急に焦らしてくるような感覚に感じとれ、急に生じた腹をすかした子供のような心地で腰を彼に向けて動かし始めてしまう。
「………何だと―――!?」
「ひぐぅぅゥウゥウゥウゥ❣❣❓❓」
「―――おう…」
その内容を確認した白漂は驚愕のあまりに身がビクッと震えるが、その煽りで突きだされた腰によって男根が絶妙に焦らされていた子宮に叩きつけられたパクラは極みに達してしまい、その沸騰した油の塊に締め付けられるような肉壺の熱き心地よさを白漂は味わいつつも反射で彼女の嬌声を周囲に気付かれないようにその口元を塞いだ。
○中華南部 楚国北部 王都郢(旧名寿春)○
「…おい、今度は燕からも王族があの強欲巨漢の護衛付きで…!」
「斉からは現王の外戚筆頭である后勝殿が…」
パクラが極みに達して種を植え付けられただろう晩から数十日後、中華二大国の一角のその王都は、各国から集ってきた要人達の姿で城内の市民は騒然としていた。
「…これが今の楚の都か…」
「大きいが…見立て以上に動揺しているのが見えるな…」
一方、訪れていた各国の使節団も現地の揺れ動いている雰囲気に警戒の眼差しを向けており、各国の目利き役や間者達も既に動き出していた。
「…! おい! あの船は…!」
「かの国もやはり来たか…だが、代表や護衛はいったい誰が…!?」
そうした外交使節団の中で、とりわけ目立つ大きな船団が長江に繋がる支流に面した都の港に接舷するが、降りてきたその面子を目にして人々は驚きのあまり却って言葉を失う。
「…ここが今の楚の都か…。やはり…儂がまだ童だった頃のとは大分違うな…そもそもあの頃とは場所が違うのもあるが…」
「……………」
その最後に到着した使節団である、秦国の大船団からまず最初に降り立ったのは、同国の此度の代表にして文官最高位である昌文君と昌平君の二人であった。
「…ここが中華の
「……ふん、国が無駄にでかい図体の割に落ち着きのない都だ…」
そして、此度の秦国の対楚使節団の護衛における副責任者である白漂が少し顰めた顔で、普段と変わらぬ重厚な威圧感を隠さずにいる護衛責任者の蒙武が降り立った。
「…し、秦から両丞相に…あの汗明様を討った蒙武と…李牧を失脚に追いやって匈奴を崩壊させた男にして楚を恐怖させた白起の孫である白漂だと…!?」
「…あの両丞相の身内の見舞いだけと思いたいが…それだけでは済まぬだろうな…」
その此度の秦側代表の登場を受け、今回における楚の一大事が巻き起こす波乱の拡大の予感を、この都に集う者のほとんどが感じずにはいられなかった。
次回は、どうしてこんなことになったのかという説明が中心になる予定です。