246 揺れる南の王都
〇秦始皇9年(紀元前238年) 秦国中央部 王都咸陽 王宮〇
それは、白漂がパクラと逢瀬を重ねた夜が明けた次の日、朝早くからだが咸陽は彼にも届けたその情報への対応で重臣たちが勢ぞろいしていた。
「…それで例の人物の様子はどうなっておる!?」
「…は、意識は取り戻したようで徐々に持ち直しているようで…ですがまだ予断は許さないとのことで…」
「…しかしまさか…この情勢で楚王が危篤になるとは…」
秦の中枢はその南方から入ってきた異変に騒然となっていた。
「「…………………」」
その中で昌文君と昌平君はこの場に集ってからまだ一言も発しておらず、けれども最も複雑で重い表情を浮かべていた。
「…さてと、それで昌文君に昌平君、見舞いには何時頃出発する予定だ?」
「…あ、はい…出来れば早く―………は!?」
「「「「「!!!!!?????」」」」」
それを討ち破ったのは嬴政のいつもの静かな様子でシレっと放たれたその問いで、昌文君は初め呆けた様子で答えようとするが直ぐに顎が大きく開き、周囲の群臣は言葉も出せない驚きに襲われる。
「…ど、どういうおつもりですか大王様!?」
「いくらお二人が
「あの什虎戦が起きてからそう日にちが経ってない状況で向かったら普通に獄へ繋がれますぞ!」
数秒後、沈黙を討ち破って群臣から困惑や非難混じりの言葉が続々と出るが、それを遮るように王宮の本堂の扉が勢いよく開かれる。
「騒ぎ過ぎだ馬鹿共、そ奴の言葉や行動がいつも肝心なところで足りんせいもあるがな」
「な!? お、王弟殿下!」
先に入室していた群臣達と同じく戸籍調査による疲労は抜けていないが不敵な笑みを崩さない成蟜が姿を現した。
「あの大国の王がもう長くないとなればその様子を見ようと見舞いの名目で列国中から大勢客が集まってくる。そのような場で客人に対してそんな無粋な真似など出来んわ。ましてや身内の見舞いすらも拒否すれば向こうが信頼を堕とす」
「そ、そうは言っても影で何をしてくるかわからんであろうが!」
「だからこそ腕利き且つ目立つ護衛を付けれるだけ付けていけ。王族、ましてや王の危篤の見舞いなど示威には打って付けの場よ」
「「「「「……………」」」」」
成蟜の不敵な自信を隠さないその読みが、南の大国にて戦とは別の新たな波乱の混沌を更に深めようとしていった。
○秦始皇9年(紀元前238年)秦国使節団到着後1日目昼 中華南部 楚国北部 王都郢(旧名寿春)○
咸陽で嬴政の発言と成蟜の後押しから秦からも楚王の見舞い名目で大規模使節団を出すことが決まって数十日後、秦側代表団は郢の内部を縦横無尽に走る水路を楚側が用意した船団に乗って進んでいた。
「…あれが今では秦の丞相をしているという
「あれだけの
「…これだからこの国は…」
それを両岸に集う群衆は興味深く見ており、その大半を占めている楚人であるはずの幾割かは何処か秦側への羨望と自国への隔意や失望を滲ませていた。
「「「「「……………………」」」」」
その中で春申君を含めた高官及び武官とその関係者は群衆に混じって、大きな水路を進む各国使節団、特に此度の秦側の護衛責任者となっている蒙武と白漂を特に注視していた。
「…おい、項翼…」
「ああ、見りゃあわかる…合従軍の時に秦を諦めて反対の斉を攻めた時…その背を追って秦から斉まで来た野郎の姿を見たからな…」
「見た目は臨武君より少々背が高い程度だが…」
「…ああ、汗明様を始めて見た時のような…いや、それ以上に岩山を急に目の当たりにしたような大きな威圧感が…」
「それで隣の仮面を付けている長躯だが蒙武と違って細いのが白漂だが…」
「何と言うか…殺気はないのに…大気のように薄く…けれどよー…それのように幅が知れねえ大きな存在感が…まるで身の内側まで探っているような…!」
そうした秦への視線は受け入れる楚側だけでなく、共にお見舞いのあいさつ回りに来ている他国、特にその同盟国となっている韓側も向けていた。
「…あれが白漂…やはり、若いが今の感じきれる分だけでも…」
「「………………」」
その使節団の代表を務める韓国宰相張氏は深い眼差しを向け、その背より彼の護衛の一人となっている王元姫は彼との血を始めとした繋がりを感じさせる似通った眼差しを、韓の公主寧は強張りを隠せない表情を向けていた。
○中華南部 楚国北部 王都郢(旧名寿春) 秦国用迎賓館○
「…よーし、ようやっと到着して荷物も下ろしたし、さっそく最大仮想敵国王都の調査をついでとして観光に回ろ―――」
「はーい♪ 皆様分の変装用道具はこの譜孝が取り揃えてまーす」
「さっき水路に面していたデカい市場行こうぜー」
「少しは本音を隠さんかたわけぇ!!」
「―――おぶぅ!」
十数分後、秦国側使節団が今回滞在する館に着くと、さっそく白漂一行は9割以上観光客気分丸出しの態度になるが、
「…いったいな昌文君! どうせ敵国から来た身で警戒されているんだから調べられるだけ調べないと損でしょうが!」
「お前さんの場合はほぼ観光が目的なのを隠しもせんかっただろうが!」
そのまま秦の左丞相と大将軍の間でみっともない理由で取っ組み合いが始まろうとするが、そこで意外過ぎる男達が外へ出ようとしていた。
「ってお前がどうして出ようとしておる!?」
「そこの悪知恵小僧がわざわざみっともない役を演じて周りの目を惹きつけている間に、あいさつ回りに乗じてここ楚のめぼしい連中を見定めに行く。行くぞ」
驚き戸惑う面子を一瞥すると蒙武は堂々とした足取りで館の外へ出て、館の周りに集っていた群衆を騒めかせた。
「…それにさー…どの道ここ楚を攻略する時は正反対の北に位置する僕らも来ないといけないけど…如何せん相性が最悪なんだからは少しでも調べなくちゃいかんでしょー…」
「…はあ、まあ確かに単独の軍として見た場合は…秦軍で最大規模となっているお前の軍とこの国は得意不得意が全然違うからのう…」
それで怒りが静まった昌文君は白漂が上げた理屈に不承不承とした感じを残しつつも同意する。
元々は適材適所を意味する“南船北馬”という言葉が示す通り、中華における移動手段は平野が多い華北では馬を、長江を含め大規模河川が多い南部は船が主な移動手段となっており、戦もその影響を受けやすい。
北涼の騎馬遊牧民の多数派を傘下に置いた秦北部軍主力を占める白漂軍は、そのため地上戦が多い中華北部では強さを発揮しやすいが、逆に不安定な水上での戦いが多い中華南部ではその強みは生かしづらいのは明白なので、今回の訪問を契機に調べられるだけ調べたいのは当然だろう。
「…あー左丞相に右丞相、この人が脇道しそうなときは私が諫めてその本旨に引き戻し続けますのでどうかこの辺でご勘弁をー…」
「…紅華、こいつに秦国が更に成長させられるかもしくはそれを潰されるかはお前に掛かっておるから頼むぞ」
どうにか今この場で白漂の制御が上手い女傑の存在で何とか場は落ち着こうとしたが、如何せん警備の副責任者の普段の行動があれなので、警備の安全とは別に世間体的な意味で秦側一行の不安はぬぐえなかった。
○秦始皇9年(紀元前238年)秦国使節団到着後2日目朝 中華南部 楚国北部 王都郢(旧名寿春) 王宮○
「まずは秦国使節団がご到着されましたー」
「次に韓国ー…」
何やら到着して早々に秦側使節団内部で不安が漂いだしていた日の翌日、昨日のうちに揃った六国外交使節団はその王宮へ入る水門をまた船で潜っていた。
「…すごいなー楚の水利技術は…、嘗て祖父が攻略した
「おい、昨日、身内絡みでとんでもないことをやらかした身で何をそんなの無くなった風に他所の王都に魅入られておる!?」
そんな状況でも技術者視点で感心している白漂と昌文君は度々口喧嘩をしていた。
「…いや他所の王都って…、秦の生まれ育ちである先生と違って…こっちの爺様に落とされた時のとは別とはいえそっちの母国の都なんだから…あーこの辺はあそこと似てるなーって感じの懐かしさを見せても別に罰はー…」
「…未練を蘇らせるようなことを言うな。もう何十年も前の話じゃ」
「……………」
だが、昨日とは違って昌文君は口ぶりこそともかく、何処か瞳に薄っすらとした懐かしさを覚えているような色を浮かばせて落ち着いており、昌平君は迎賓館を出てからずっと言葉を発していなかった。
「…けれど、やっぱり超大国の都というだけあって…王宮もまるで水の上に浮かんでいる城のように幻想的で大きいなー…」
ちなみに、此度の秦国使節団護衛武官には蒙恬も参加しており、その王宮の本殿へ続く道は大きな人工湖に挟まれつつも六国の施設が同時に並んで進めるだけの幅があった。
「…こ、これが楚の王宮本殿の中…咸陽で再建工事中の本殿も前よりでかくなってるけど…」
そして、本殿へ入るとその内部のあまりの広さと豪華絢爛ぶりに信は原作時間軸での韓国王宮訪問の時よりも早く顎が大きく外れそうになっていた。
「…入りから威で来ておるな」
「ああ、特に
一方、秦の両丞相は冷静な表情で周囲を観察しており、特にここの玉座に座る楚王に対して意識の大半を割いている。
「…え、あれが楚の大王…垂れ幕の向こう側だけど…色々と見おぼえのある顔をしてるようなー…もが」
「あーもーそれ以上は口を開くな信、先生と漂にも恥を描かせるから…あ、そろそろ来そうだ…」
「それではお待たせした皆様、楚王完様へのご挨拶に移らせていただきます。それではまずは秦国の方々どうぞ…」
そうして垂れ幕が引き上げられると共に最初の拝謁の番が来た秦側使節団は楚の玉座に近づき、ついに三者の対面が始まる。
「第43代楚王熊完である」
(!? 威圧感そのものみてえにデケェ! 始めて長江を見た時みたいな感じでデケぇ! だ、だけどー…)
「秦国左丞相昌文君です」
「秦国右丞相昌平君です」
(…な、何かーやっぱこの三人…何か似てるようなー…)
初めて目の当たりにする楚王のあまりの存在感という意味での大きさと険しさに、信は緊張するがそれで冷静になるも、続けて自分達の前で挨拶のために一際前に出たその二人の姿と重ね合わせて思わず緩んでしまう。
「そりゃー似ていて当然でしょう。だって今の楚王って先生のお父さんにして昌文君のお兄さんだし」
「あー、道理でー納得ーーー………はぶ!?」
「ここでそれしたら打ち首もんだからねー」
その理由を白漂に継げられて信は最初あっさり納得という反応を示すが、途中で顎が外れんばかりの声量で驚きを示そうとしたところで蒙恬にやれやれと口を塞がれた。
○秦始皇9年(紀元前238年)秦国使節団到着後2日目夜 中華南部 楚国北部 王都郢(旧名寿春) 秦国用迎賓館○
「…あー、信が無礼討ちされずに済んで良かったー…」
「いや、その理由を作った身で言われても…」
そうして楚王への見舞い名目での謁見を済ませて日も沈んで夜も深くなったころ、白漂は滞在先の縁側で桶に張った水で足を冷やして安堵の息を吐きつつも護衛役のナクタにジト目を向けられていた。
「…それで先生方の護衛は?」
「紅華様や杏譚殿達が交代で着いている。私は明日の担当だな」
「北の地で魏亶達に預けているとはいえ、子供がいるのに熱心だね皆」
ー…」
「子供がいるからだ。その未来を守るために、あなたの手助けを少しでも多くしたいから皆はここまでついてきている。私も含めて…あ?」
そのナクタは白漂の横に同じく座っているが、そこで共に桶へ張られていた水で冷やされていた足に彼の手がそっと触れてきた。
「…そうか、じゃー君との子である詳も含めたあの子達への今回のお土産も持って帰らないとね…」
「…っ❤️ お言葉ですがそれは公務が終わってからにした方が…まさか…」
「今この場ですぐに用意できるお土産と言ったら…わかるよね?」
白漂の体温に安堵を覚えつつもさぼり癖がまた出たのかと心配になるナクタだが、そこで白漂の指が自身の足の付け根へ衣服越しながら近づくと、眉を顰めつつも頬の朱色を強めて自らの衣服に手を掛ける。
「あ、意外と早くて積極的…」
「…ここで私が断って、今夜の警備を担当している同性の仲間に手を付けようと邪魔になったら困るからな…あむ❤️」
真面目なナクタだが今この場は屁理屈をこねて敬愛する主君からの寵愛を貰うことにした、
(…ここが秦の迎賓館。同盟を結んでいる関係で出入り口の方はすんなりと通れたけど…やはり奥の方は普段の衣装のままでは通れなかったわね…)
それから十数分後、韓側使節団の護衛武官の一人という形で来楚していた王元姫が、秦側迎賓館にそこの下働きの女性に変装して潜入してきた。
(…昨日や今日の昼間に水路を共に通った時に見たあの白漂、確かに周囲に女兵の姿が何名か見られた。女を働かせて得た手柄で成りあがっただの、占領地の女性を嬲っているという悪い噂ばかりを趙方面から聞くが…それだけの男ではないのは昼間で感じとれた風のように広く周囲と共に包み込んで深くまで沁みて探ってくるような感じからも…いつまで居れるかわからない以上は今のうちに…)
そうして気配と足音を殺して闇に紛れ、自然と廊下を王元姫はゆっくりとだが着実に進んでいく。
「あ…んんん…❤️ 主…この場ではあまり強くは…んん❤️」
一方その頃、偶然だが王元姫が進んでいる先にある縁側では、ナクタがゆっさゆっさと揺れて普段は見せない甘くも耐えているような表情を浮かべて声を押し殺そうとしていた。
「…そう言う割に君は腕もここも僕を強く締めてきているけどね♪」
「っっ~~~~❣」
そのナクタの懇願は対面座位で彼女の耳元に囁かれる白漂の言葉と、何より彼の膝の上でユッサユッサと静かにだが深く揺れる尻の中で蠢く男根の感触で薄れつつあった。
実際、このいつ誰に気付かれるか、そしてこの地にいる理由のあまりの大きさはナクタに戦場とは別の緊張感と警戒心を与え、それがナクタの感覚を鋭くしていつもの互いの体力の多さや身の頑健さに任せた激しさと鋭さを持った交わりとは別の快楽を生じさせ、慣れないそれにナクタは必死にこらえている嬌声を今にも漏らしそうになる。
「…さあ、いつまで君の気の強さはここでは保たれてるかな―――」
「あまり虐めないで上げてください」
「同じ女性として羨ましくあると同時に可愛そうでもありますわよー」
それを普段とは別の怯えているような震えを帯びつつもいつも以上に強い締め付けを生じさせている肉壺で白漂は感じとってナクタへの言葉責めも続けるが、そこでジト目を添えた女性の羞恥と拗ねを持ちつつも慣れた感じの声が、ゴンっとした頭への結構重い衝撃と共に邪魔してきた。
「―――あう…!」
「もぐぅううぅぅ❣❓」
それで白漂は思わず跳ねて腰は突き上がって男根は不意に子宮口を穿ち抜いてしまい、それで飽きる気配のない子宮を頭上へ突き破られて上げられたような極みに陥ったナクタの口は塞がれて嬌声は口内に留まり、混濁したように密着した肉の繋ぎ目で理性を全て押しながす白濁の濁流が生じた。
「…っ~~~! ちょっと紅華に譜孝! この状況で不謹慎且つ無警戒なことしてるからって邪魔を…!?」
「…不謹慎なことをしている自覚はありつつもその第六感の鋭さはいつも通りなんですね…」
ナクタにドクドクと子種を吸い上げられている感覚でも消せない頭への痛みで白漂が涙目で背後を振り返るが、自身の後頭部へ一撃をお見舞いした紅華がそれに用いた自分の得物十星戟と、ナクタの嬌声を片手で塞いでいる譜孝がもう片手で持つナクタの得物である長剣、それらを持ち込まれた理由になっているある気配で痛みは即座に消えた。
(…先程聞いた使用人より聞いてこの先に白漂がいるのは明白。幸いにも桶に水を張ってそこに足を付けて涼んでいるという話も聞けたから替えのものを持ってきたという名目を取れる準備をしたわ。さてと…間近で見る白漂とは―――!?)
数十秒後、王元姫は実際にあっても怪しまれないようにするための準備も道中で済ませ、聞きだした目的地に繋がる通路の曲がり角を曲がったところだが、そこで予想の斜め上を行く光景を目にする。
「「!!」」
曲がり角を超えた瞬間に目にした縁側を背景にして、無言だが鋭く獲物を物理以外でも深く貫くような細い双眸を揃えた白漂とナクタが、血で濡れた十星戟と振りかぶった状態で飛び掛かってくる姿を王元姫は目の当たりにしてしまう。
「―――あ…え!?」
それを見た王元姫がまるで視界がスローモーションになったような感覚を覚えた直後、その身は血に振りかぶられて冷たく覆われる感触と、骨肉が拉げる音に襲われた。
何やら、今度は異国の地で秦韓同盟に波乱が起きそうな予感がしてきましたね。