それらに尺がとられて大人向けシーンは無いです。
○秦始皇9年(紀元前238年)秦国使節団到着後4日目昼 中華南部 楚国北部 王都郢(旧名寿春) 廉頗邸宅○
「…いやー、危なかったねーあのお姉さん、目立つ外傷はなかったけど今の秦で流行ってる遊びのドミノ倒し*1みたいに押しつぶされてて内臓がいくらか内出血していたから、他の医者に見せてたら匙投げられて今頃死んでたよー」
趙国元三大天である廉頗の楚での館に訪問した日の翌日、訪れる前に起きた刺客による暗殺未遂に巻き込まれた怪我人の女性環の治療から壄瑮がいつもの軽い口調で(ただし血まみれ覆面白衣ながら)仮の手術室より出てきた。
「…それで容体は安定し始めたところで、王宮の方からやけに護衛が多めであそこの医師団が駆け込んできてな。彼女の様子を見て一安心しながらも大切に連れて行ったよ。正体は教えられなかったが様子からしてやはり無視はできん人物だったらしいな」
「…そうだね扁鵲、けれど何かもっと面倒くさそうなことに巻き込んでくる糸口だったかもしれないよ。あそこの窓辺から覗き込んできている廉頗将軍の何かこの後に起きることに心当たりがありそうなにやついている顔からして―――」
「ギャアアァアァアアアア!?」
その報せに一安心しつつも生来の勘の強さから白漂が表情を引きつらせていると、それを肯定するように館の正門より悲鳴が響いてきた。
「…ああ? 何じゃあ? この内臓ごとぶちまけそうな悲鳴はぁ…む?」
廉頗達がそれを訝しんで外に出ると、そこにはやつれ果てて生え際が大幅に後退している男が口元に何かを突っ込まされて悶絶している状態で倒れていた。
「お? 何で白漂がいるんだー? 儂は趙の連中が身代金を払わんから捕まえた連中が帰国できるように北海でカニ漁やらせてるんだがその一人の瞬水樹ってガキが逃げ出したから追いついて倭国で仕入れたクサヤを口元にぶん投げて止めたところなんだがー…」
(―――えってまたこの中華版両さんかい…)
そうしていると、海上ルートで遅れてやってきた梁魁が現れて白漂は乾いた笑みを浮かべるほかなかった。
○秦始皇9年(紀元前238年)秦国使節団到着後5日目朝 中華南部 楚国北部 王都郢(旧名寿春) 王宮○
「…やっぱり大変なことに巻き込まれる気配がプンプンしてきた…」
翌日、白漂は昨日に助けた美女の環が連れていかれたという楚の王宮へ案内されていた。
「おい、そんな情けない顔をするならもっとうまく情けない顔せんか。演技だとばれて余計に警戒されるぞ」
同行している者には案内役を命じられたとかいう廉頗も混じっているが、それ以外は白漂の側近や護衛がいるのは当然だが、なぜか昌文君や昌平君など上役の姿はなく、代わりに扁鵲など医師達の姿があった。
「…ふむ、急な呼び出しにもかかわらずよくぞすぐ来てくれた白漂よ」
そして、人気に制限を掛けられた副殿に到着した白漂を待ち受けていたのは楚王熊完であった。
「西の最果てより来たこの身にそのご尊顔を拝謁させていただきありがとうございます。ですが…両丞相閣下を差し置いて私ごときをお呼びするというのは…?」
「まあ、正確には儂は名を貸しただけで貴様らをここまで呼んだのは別だからな」
「…別? その方はいったい…!?」
そこで白漂は他には警備の気配しかなかったその場の人気に一人、けれどもこの場では警戒の念を掻き立てずにはいられないあの人物のそれが急に加わって身が固まる。
「私だ」
「…!? お前は確か昨日の時にザコ刺客の一人を壁に磔にした…!?」
副殿の柱の陰より現れたその気配の正体、紅剡を見て護衛の一人である信が思わず立ち上がりかけるが、隣に座っていた康熙の見た目に似合わぬ剛力で抑え込まれる。
「まー私も正確には友人の頼みでこの謁見を段取りしたんだが…」
「…………」
その紅剡の長躯の影より無言で現れたのは、昨日の一命をとりとめた直後に王宮へ連れていかれた、服の下に包帯があるのは見えて杖をつきつつも環が豪勢な衣服に身を包んだ姿であった。
ちなみに、彼女の傍には顔つきが似つつもどこか影を帯びているのも似ている男の姿もあった。
「…あ、あの姉ちゃん…何であんな格好でこんなところに…?」
「たしかー…二年位前に春申君から楚王に側室として後宮入りして…同じ年に王子を産んだ李環っていう女性がいたって聞いたけど…あの人だったんか!?」
「なぬぅ!? まじか康熙…もがぁ!?」
「騒ぐな。俺たちの首まで危なくなる」
それに訝しむ信が正体を知らされて思わずわめきそうになるも引きつった顔の蒙恬に口をふさがれたりもするが、楚王は意に介さずその李環に問いを放つ。
「…おい、どういうつもりだ? 黙しておらず言うてみよ」
「…! い、いいえ…その…決して大王様の意にそぐわないことではー…ただー…」
「…ただ…?」
「…死に瀕していた身から救われた身からして…失礼ながら大王様の今のお付きの医師団よりも…あの…白漂殿がお連れてしてきた…あの方々の方が…大王様の御体に良いことをなされるのではないかと…!?」
李環はしどろもどろになりつつも白漂一行を王宮へ呼び寄せた理由を説明するが、そこで別の大きな威圧感を添えて新たな影が姿を見せる。
「…李妃、正気か? 大王が他国のものにまで見せねばならんほどの状態と言うか?」
「……っ! それは…!?」
「「「「「!!!????」」」」」
楚王が座る玉座の傍の柱に隠れた隠し扉より現れた、楚の№2である春申君の険しさを隠さない表情とその問いに秦側は声こそ出さなかったが困惑と驚きを示す。
(……なるほど、やはり…今の楚王は…もう…)
その中でただ一人、凪に支配された湖面のような無表情を浮かべつつ、澄み切ってかえって底の伺い知れない瞳で、白漂は楚王の自然色にうまく見せられている化粧の下に隠された血色の悪い肌から、その命がもう長くはないことに気付いた。
○秦始皇9年(紀元前238年)秦国使節団到着後5日目夜 中華南部 楚国北部 王都郢(旧名寿春) 廉頗邸宅○
「…とまあ、そんな感じで今回の滞在期間中は楚側と楚王の診療及び治療法構築への協力のため、王宮へ毎日通うという約束をしなかったら出そうにありませんでしたので…」
「…もう先の龍城の件からお前の話ではもう驚かんと思ったが、あっさり塗り替えられたわ…」
楚王に王宮へ密かに呼ばれた日の晩、今回の謁見で決まった結果を報告する白漂に、昌文君は非常に微妙そうな顔を浮かべさせられた。
「…だが昌文君、これはまずい。楚王の命が長くないことは我々もここに来るまでは想定していて…それに応じて南方戦線再編の計画を進めていたのだが…。こうなったら下手な治療はできんがそれで寿命を延ばされたりしたら…」
「…あ、いやー…水を差すような話を持ち込んできた身で言うのはあれですけどそれはそこほど心配する話ではなさそうでー…どうやら(扁鵲も肺癌だろうって言ってたけどこの時代にそんな言葉はないしー…)肺の方に良くない感じの腫物が出来てて、それが深くてこっちでももう手術はできない、あとは長きにわたって薬を飲ませてなるべく安静にして残りの寿命をどうにか引き延ばすか百に一つくらいの幸運での治癒にかけるしかないってこっちの医師達は言ってました先生ー…いや、身内の訃報が近いって感じの話をその人にしてるのに寿命は長くなさそうだからそこまで心配はないって…僕は何を言ってるんだろう…?」
「おい、標よ見直したぞ。お前の頭の中に他人の身内の訃報を気に掛ける常識があるとは思わなかった…」
「昌文君、それってどういう意味?」
「…すみませーん。お茶が届きましたー…ってなんで私はここにいるのでしょう…??」
そのまま秦の両丞相と大将軍第三席の三者で職場及び師弟系漫才へ入ったところで、お茶と茶菓子を持ちつつも非常の理解に苦しんでいる表情の王元姫が入ってきた。
「いやー、昼間の内に韓の張宰相様や同国第三将の冬史様とお話しした時にー帰国のついでに秦へ嫁がせるのはほぼ決まってるから。楚での滞在中はそちらへ侍女見習いという形で通わせるからこっちの流儀を教えてやってくれって」
「いや、そんな正室が側室をこんな国家機密級の情報が市井のおしゃべりみたいな感じで飛び交う現場にぶち込むという状況に私はどう反応したらいいのですか紅華様!?」
そのまま現場の漫才時空に正室と側室候補による夫婦漫才的空気もぶち込まれて場はますます混沌としそうになり、それは彼女ら二人の亭主(の予定でもある)によってさらに加速させられる。
「…困ったなぁ。先生たちの私情にはあれだけど楚王にはあまり長生きされたら面倒になるけど、かといってすぐにぽっくり逝かれたら今の状況的にこっちが疑われるし、そうでなくも秦には地味だけど大きく痛いし…」
「…それは!?」
白漂の個人的理由を交えつつも国際情勢全体を忘れないその悩みに王元姫がその理由に勘づき始めると、彼女の背後にある大きな箪笥が開いた。
「…そうだろうのぉ、お前さんたちには目の前に御馳走があるのに自分らが手を出せない中で他が我先にと手を伸ばしていく場面が近づいてきているという状況だからのぉ」
「いやなんで趙国元三大天で今は楚で客将をしているあなたがそんな箪笥の中から横になった状態で現れるのですか!?」
「まーここは廉頗将軍の邸宅だから本人たちにしか知らない隠し通路を通ってきたと考えればー」
王元姫が一人だけ場の突飛且つ早すぎる展開に追いつけずにいる中、廉頗は箪笥の中から出ると密談(?)に何食わぬ顔で加わる。
「何十も超す言葉も考え方も違う他民族系中小国を多く飲み込んできた楚が大国としてその巨躯を維持してこられたのは楚王と春申君あってこそ。しかもやけに多い王族や宗族が権力と要職を多く占めるのが長く続いてきたこの国で、それに属さぬ春申君が敏腕を奮って実質超多国籍集団である朝廷を仕切れたのは今の楚王の後ろ盾があった。その楚王が今ぽっくり逝けば春申君も巻き添え失脚を起こして楚は船長を失った大船になるわい」
「そー、そうなったら本来ならその後に来る各国の楚領切り取り競争で
「あちこちに文官を走り回らせたりその護衛をしているおかげでなぁ。あんまり長い目で物事を見すぎた弊害が出たのぉ」
「おい、廉頗よどうやって知りおった?」
「ぬふふふ、あんだけ趙やその国境近くの僻地まで文官が忙しなく動き続けて人里を探し回っているのを何度も見たらおおむね予想がつくわい」
「それで
「五国にとっては絶好の攻め時が近づいてきておるわ。儂が趙で現役なら秦の戸籍作りで不利益を被る僻地の外様領主共を煽ってお主らを内輪もめで外へ動けなくしとる間に、魏と同盟し連合の大軍で南下して淮河流域を中心に領域を削れるだけ削り取るのう」
「「「「「……………………」」」」」
いろいろとギャグや冗談にしか外部が聞いても信じないだろう展開を挟みつつ、場はこれから来るだろう激動の未来に場が重くなるのを覚えて自然と静かになる。
「…そうなる前にたとえ楚王が近く崩御なされてもすぐ隙なく立て直せるように楚の朝廷を今のうちに再構築せねばならん」
「!? 誰!?」
「「「「「……………」」」」」
そこでまたしても新たな人物が部屋の片隅に置かれていた大きな置物の影より現れ、王元姫は驚きと警戒を隠さず、他も大きな反応は示さなかったが重い眼差しを見やる。
「あ! あんたは確か楚の朝廷で李環の傍にいた…!?」
「落ち着け、ほー、この場に臆さずにそんな登場をかますとは…しかも武官の類は心底嫌いっていう空気を堂々と放ってますなー」
「その通りだ白漂、私は武将の類が心底嫌いな人間だ」
信がその正体に気付いたその人物は周囲から注がれる値踏みと警戒に臆さず輪に入ってきた。
「しかし、国家崩壊及び大民族紛争の危機が近づきつつあるこの状況…それを避けるため私はたとえ売国奴として裁かれる危険があろうと貴殿らに頭を下げねばならぬ」
(頭を下げるじゃと!?)
「先の廉頗将軍が口にした未来で楚の次に不利益を被る秦、その貴殿らの第三将にして北部新領土の補助兵含めて把握している分だけで単独指揮下の軍としては同国最大規模の二十五万の軍団とそれを支える地盤を掌握しつつあり、大運河の影響でここ長江の地まで無視できなくなりつつある貴殿の力が不本意ながら必要だ」
「二十五万!?」
「………………」
その論に困惑する昌文君と驚く王元姫の前を男は素通り、白漂に近づくと頭を下げて言葉に強い気を宿らせて言い放つ。
「どうかその目指す地点の違いゆえに道を違えて刃を向けあうその時までは! 私と共に楚秦同盟を核として新たな中華の新体制を異なる国から再構築し維持しあう国外の後見人と成り合ってほしい! 白漂!!」
「「「「「!!!???」」」」」
そうして紡がれた男の強くかつ予想外のその提案に、周囲は言葉こそ出さなかったが大きく驚きを示し合う。
「…今この場でこの面子を相手にそれを言うということは…あなたは…まさか
「…ああ、私が春申君の食客筆頭で二年前にこの国の王子を産んだ李環の兄である李園だ」
「「「「「!!!!!!!!」」」」」
その提案をする大きな理由となった男の明かされた正体に、周囲は老若男女問わず言葉に出さない驚きと注視を向けた。
北の次に今度は南の方で大国の修羅場にまた巻き込まれつつある白漂。
そして、その中でも白漂がひっこめる気配のない白家ムーヴに、まだ慣れていないのに情け容赦なしに放り込まれてしまった王元姫の未来は如何に…!?