※この作品はR-18です。

天下の大将軍になる!! ~夜の睦言~   作:oosima

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今回、秦楚二大国の運命を左右するやり取りと、前者の(元)仇敵国(に近年の成長差でなりつつある)あの国で生じだすゆがみの芽吹きが、言葉にて繰り広げられます。
それらに尺がとられて大人向けパートは今回はありません。


249 多くを手繰り寄せるのが言葉●

 ○秦始皇9年(紀元前238年)秦国使節団到着後6日目朝 中華南部 楚国北部 王都郢(旧名寿春) 某水上高楼旅館○

 

 楚での新たな重要人物から思わぬ接触を図られた晩が明け、早朝のまだ人気の少ない翌朝の時間帯のまだ開店していない旅館の一室に信達の姿があった。

 

「おい! 聞こえねえのか二人とも!」

「やかましい! こんなに急じゃこの部屋までしか近づけん!」

「そうだぞ隊長」

「…ねえ、あなた…あそこで盗み聞きしようとしてる彼や小川挟んだ隣の高楼でお話ししているあの人と長い付き合いなのでしょう? 友人として聞かせてほしいとは思わないの?」

「…これ以上聞くとこっちの首が十回は飛びそうなことになりそうだから聞きませーん…」

 

 同じ部屋には片耳にメガホン型盗聴器を装着している左慈と石がいて信にせっつかれており、秦への研修という名目で侍女や秘書などの仕事もやらされているが引きつった表情でお茶を運んでいる王元姫、彼女に問われつつも他所の方角を向いて関わりたくないオーラ全開の蒙恬の姿もあった。

 彼らがいる高楼と小川を挟んだ数十メートル離れた別の高楼の一室には、昨晩に秦側へ接触してきた李園、今は秦側の両丞相をしている昌文君と昌平君、二人と共に今回の密談を求められた白漂の姿があった。

 そうした視線があるのを承知の上で、秦楚両大国中枢の上役達は密談を始める。

 

「…此度の貴殿の接触と要望、時期からしても明らかに不明瞭すぎる。李園…なぜこの匙加減一つで首も危うくなるこの時期にこちらへ接触してきた?」

「…昌平君、楚王は貴(・)殿(・)を(・)置(・)い(・)て(・)帰(・)国(・)してから…長らく男(・)子(・)に恵まれなかった…」

「…それは知っている…」

「…その流れのままだと楚の方での王弟君が王位を継ぐのだが、その猟奇性を始めた異常さが王宮を大いに苦悩させていた…」

「………」

「そのまま行けば暗君を船長とするところで私の妹が身籠ったがゆえに、生まれた男子を王(・)子(・)としたのが王と春申君に私の苦肉の策だ」

「そこまでの話なら楽とはいかなくても苦肉の策とまではいかないだろう。まだ幼少の身で玉座に座って成人するまでは親戚が代理をするなんて中華では歴史書を読めば珍しい話じゃない」

 

 李園の言葉に時折混じる強い苦渋に白漂が何か引っかかるものを感じて問いに加わると、李園は視線を変える。

 

「…此度の王の危篤と余命の短さを受けて春申君達が玉座は王子ではなく王弟に継がせるべきと言い出した。暗君を出すよりも判断の意思もわからぬ幼王を出すことの方が国を不安定にさせると表(・)向(・)き(・)は…」

(…表向き?)

 

 王宮を見やりながら続く李園の言葉に混じるある単語に昌文君は何か引っかかるのを覚えるが、同じ反応を覚えつつも白漂がそれを口には出さず探るように質問を深めさせる。

 

「…で、そうなると王子の母である妹とその繋がりを持つ貴方達の身が危うくなるから…こちらに国外から王子を押す後ろ盾になってほしいと…?」

「何故嘲り試すように問う? 貴殿とて…それまでの全てを捨てる道を選んだ二人によって生まれたはずだ」

「「「「「!?」」」」」

 

 それに対する李園の答えで場は巨大な極寒の氷の刃がスッと至近から振り向けられたような、静かだが大きな殺気が満たし、離れた高楼から盗み聞きしようとする信達まで緊張が走る。

 

「「漂!」」

「…今のは少しビキッて来たなぁ…久々に米神が…」

 

 即座に両丞相が叱るように声を荒げるが、白漂は視線を合わせたものがぞっとするまでに感情を感じ取れないまでの無表情で背を向けている李園に見た目とは相反する負の激情を向けた。

 

「…すまない。ただ…今の君にもある…誰もが持つ肉親への情も今の私を必死にさせている理由だと知ってほしかった…」

「…だとしても今この状況でどうしてここまで急にこっちへ近づく? 今の楚王の詳細な残りが不明瞭な状況じゃこちらに近づいても王子派を追い詰めかねない材料になるだろ。余命の少なさが分かった時点から動いた方が自然だ」

 

 それを向けられても動じる様子を見せない李園に、いくらか落ち着きを取り戻した白漂は正論で安全策を進めてくる。

 

「…そんな普通の手では普(・)通(・)の(・)国(・)と(・)し(・)て(・)の(・)余(・)命(・)を(・)少(・)し(・)伸(・)ば(・)す(・)だけだ」

「「「……………」」」

「東海と東部それぞれの大将軍も言っていた。楚は中華最大の領域を持ちながらもその歴史からその力を真の意味で生かしきれず、それが中華全体の未来を狭めつつあると…」

((…紅剡と項燕か…))

 

 だが、李園が覚悟を決めた表情で振り向きなおすと、白漂はこの地で再会したあの女傑と行商をしていた時期に一度だけ接触した南の怪物の姿を同時に思い浮かべた。

 

「…あの二人がそう言ったのなら、貴殿らにも同様の未来は見えているはずだ」

 

 そうして重くなっていく秦側の間に李園は戻って問いを強める。

 

「すでに外部も巻き込んで苛烈さを強めていく中華の激動期にその未来図を途中までともに描き出してほしいのだ」

「「「………………」」」

「どうか道を違えるその時が来るまでは力を貸し合ってくれ」

 

 その李園の問いは三人の身に重く投げかけられていた。

 

 

 

 

 

 ○秦始皇9年(紀元前238年)秦国使節団到着後11日目朝 中華南部 楚国北部 王都郢(旧名寿春) 王宮○

 

 楚の令尹である春申君に次ぐ実質的な三番手と秦側両丞相たちとの間で密議が交わされ、秦楚両国の王都の間を伝書鳩が複数回行き来した五日間を挟んだ後、南の王宮の一角につながる門の前は人だかりが出来ていた。

 

「…お、おい…楚王の王子のもとへ繋がる区画に秦側の両丞相に二大将軍が…」

「あれだけの貢ぎ物…ただの挨拶ではないぞ…!」

「ここ最近は秦の連中がやけに楚王から呼ばれているが…」

「だとしたらもう秦は今の楚王の残りが長くないと見て王子の方に…?」

 

 その訪れている側と訪れている先の内容は周囲の人々を国籍問わず騒めかせるには十分すぎ、彼らの間の言葉を激しく行きかわせるのも自然であった。

 

「…この青臭さも感じさせるが嫌な早さ…秦王も鳥越しだが決断に加わったか…」

 

 それを見下ろす王宮側の別区画にある高楼より、春申君は険しさを隠さない表情で睨んでいた。

 

「…どうやら五日前に李園殿が秦側に接触し、詳細は不明ですが秦側から協力の約束を取り付けたようで…」

「内容の予想は付く。それよりもほかの連中の動きはどうなっている?」

「…はい、宗族側の方々が今回の動きを受けまして…」

 

 その春申君の周囲も同陣営の者たちが忙しく行きかっており、南の地の政争の混沌さがさらに増そうとしていった。

 

「…ん?」

 

 そうした周囲の視線と注目を浴びている秦側使節団の中でとりわけ自然体でいた康熙だが、そこで急に淀みを帯びた視線を感じて訝しんだ。

 

「ん? どうしたんだー康熙ー?」

「…いやー信くん、なんかすごく執着というか後ろめたさを帯びているような眼差しを向けられたようなー…気のせいだと思うけど…」

 

 一瞬だけ立ち止まって頭をきょろきょろとさせる康熙だが、すぐに歩みを再開して楚の王宮へと再び入る。

 

(…何故だ!? 何故…今この時期になって…彼(・)女(・)の(・)子(・)が…このような場で…!?)

 

 その視線を送ってきた楚の王宮にある趙の太子使節団が泊まる区画の高楼には、周囲に側近がいて不安を帯びた表情を彼らから向けられているにもかかわらず、深い焦燥と執着を隠せなくなっている李牧の姿があった。

 

 

 

 

 

 ○秦始皇9年(紀元前238年)秦国使節団到着後11日目夕刻 中華南部 楚国北部 王都郢(旧名寿春) 王宮 正門前○

 

「…あー、色々聞かれて疲れたねー。向こうに知られたらまずいことはうまく論点ずらしをして聞かれずに済んだけど…」

「医療系で向こうに色々聞かれるようにして適切な助言と説明をして信用自体は得られたしー…」

「つーか康熙さーあんた本当に何でも知ってるし深いなー。戦や政治だけじゃなく土木や医学まで強いって出来ないことを探すことの方が難しそうだな-…」

「失敬だなー信くん、僕だって人間だから苦手なもののくらいあるよ。例えばー…ん?」

 

 王宮に呼ばれた日の夕刻、秦側使節団はその日の用事も終えて自分たちの宿泊先へ戻ろうとしつつあったが、そこで行く手を因縁深い連中に遮られた。

 

「多くのものにはお初の目にかかる。私は趙国太子嘉。このように前触れもなく急に現れて失礼するがどうしても見えて言葉を交わしたいものがいた故…」

「「「「「!!???」」」」」

 

 仇敵国である趙の次期王にして、今現在の趙王と違い名君の器と評価が高い趙嘉とその一団の突然の出現に、秦側はその多くが驚き個人差はあれど身構える。

 

(…ん? なんだぁ…あのまともそうな趙の太子のすぐ斜め後ろに控えてるあいつの…見た目は普段通りにしてるけどなんかすごく久々に見た身内が不良やチンピラとつるんでるのを見たばっかで動揺してるのを隠してるのがまるわかりな気を発して―――)

「あれ? 何? 向こうの太子の斜め後ろに明るい茶髪で見た目は落ち着いた賢人な感じだけどなんか気は凄く久々に見た身内が商売敵の身内の不良若人とつるんでるのを見て動揺してるのがまるわかりな状態になっている中身は割とダメそうなおじさんは?」

「―――あっておいこらぁ満州女ぁ!? そいつは李牧だぞ! 何をこんな場でそんなあほなことをほざいてんだ!?」

 

 その数少ない例外の一人である信が久しぶりに目にした仇敵の思わぬ様子に色々不謹慎な内容も混じる不可解さを覚えるが、隣の康熙が“?”が浮かびそうな表情でズケズケと自分も思っていたことを言ってのけ、逆に礼のことで彼女へ声を荒げてしまうが、結局は彼も火に油を注ぐ内容も無意識に言葉へ含めてしまう。

 

「き、貴様ぁ! 李牧様を侮辱するかぁ!」

「蛮地の女の分際でよくもぉ! その首を切り飛ばしてくれるわぁ!」

「うわ、さっそく怒り出したよ。さすがは食客を笑われたというだけでその笑った侍女の首を切り落とした王族に好評と人が集まる国だけあって…」

「何を他人事みたいに言っとるんじゃあ! お前さんの幕僚の失言が招いたんじゃぞぉ!」

 

 この時代では生死に関わってもおかしくない康熙の失言を切っ掛けに、立ちふさがった趙側使節団の何名かが激高して中には剣まで抜くものまで現れ、そんな剣呑とした状況になっても呑気な態度を崩さない白漂に昌文君が唾を飛ばした。

 

「止めよ! 我々は剣を抜きに来たのではない! 我が国の英雄に勝った二人の傑物に敬意と挨拶を示しに来ただけだ!!」

 

 それを抑えにかかったのは趙嘉で自分たちが来た目的の一部を話す。

 

「敬意と挨拶? どういうおつもりですか?」

「…っすまない。見苦しい真似をした。そなたが康熙だな。雁門での捕虜交換の時以来だな。かつてあの雁門で李牧が匈奴を破る前、今は満州と称する当時の粛慎の諸民族を若くして纏めて李牧を一敗させ、今は秦に諸侯の一人として迎え入れられたほどの女傑と聞く」

「「「「「……………」」」」」

 

 その自国太子の叱責で言葉こそ止める趙側使節団だが、その彼とシレっと言葉を交わしだした身で自分たちの戦友を大勢屠った康熙に殺気と怒気を隠さない視線を向ける。

 

「…いや、そんな怨敵であるこの身に趙の太子様がわざわざ出向かれるなど何の用で…?」

「怨敵であろうと味方に変わるときがあるのは珍しくないのがこの戦国の世だ。今でこそ趙と秦は戦火を交えているがかつては王家が同族なのもあって友誼を結び、そなたら北の民とも趙はかつて武霊王の時代は誼を結んでいたと聞く。此度はこうして同じ都にいる身故に戦以外でも交われる道がないか模索したいが故、そなたたちにはこちらで開く宴席で招待をしたい」

「…む?」

「…それは…」

 

 そうして趙嘉が切りだした提案に、秦側両丞相が納得と違和感を同時に覚えた。

 この時代、敵対国であっても必要とあらば宴席の場を通じて関係の改善を企んだり、その場を通して相手の内情を探るのはよくあることだが、それとは別の何らかの違和感を覚えたのだ。

 

(…? あの太子と李牧の意識…何故だろう? 彼(・)女(・)にばかり向けられてる気が―――)

「申し訳ありません。他の方は参加したければ構いませんが僕はご遠慮させていただきますし出来ればこちら側の皆さんもご遠慮した方が良いとお話を進めるつもりです。何かそちらにいるその李牧殿は明らかに貴方様も含めて根っこでは周りを全然信用してないのが見えてそれで起きる内輪もめに巻き込まれそうな気がするので」

「―――あ…っ!?」

「「「「「!!!!!??????」」」」」

 

 その当然の空気の中に混じるある違和感に白漂は気づくが、それを向けられている対象である康熙がまたしても大失言を口にしてしまい、秦趙どちらも共学で強張らせてしまう。

 

「…き、貴様ぁ! 一度ならずに度までもぉ我らの主を侮辱しおってぇ!」

「もう許さん! 首を出せぇ!」

「ちょっとぉ! 康熙殿ぉ!」

「あなたぁこんな場でぇ何をそんな無茶苦茶なことばかりィ…!?」

 

 当然、趙側の何名かは激高して秦側から悲鳴交じりの非難が多数出てくるが、それは意外な人物によって止められてしまう。

 

「…あなたが満州の女統領…女傑と名高い康熙殿ですね…。確かに問題がある発言でしたが…それ以上に無視できないものがいくつか聞き受けられました…私が周りを信用していないとは…!?」

「「「「「!!!???」」」」」

 

 明らかに動揺が隠しきれていない、初めて目にする李牧の頼りないまま進み出てきたその姿に、周囲は所属問わず困惑を覚えて却って冷静さを取り戻していく。

 

「…いやねー、あなたのあの匈奴に大勝した雁門での戦勝を無駄にせざるを得なかった動きを見ればわかる話ですよ。ここからはこちらの殿の受け売りもだいぶ混じりますけど…あの時点で単于家が変わって西半分が実質離反して弱っていたとはいえ旧匈奴をあれだけ負かしたのは本当にすごいですよ。でもあれだけうまく勝利できたのなら旧匈奴内部にも内通者はいたのだし、匈奴自体も複合他民族だから当時の単于たちに不満を抱いている種族も知っておいででしょう。その方々を引き立てて傀儡政権を作るか服属させてその兵力をいくらか吸収できたでしょう。それなのに勝った直後のすぐに馬央に向かって対秦戦に向かったおかげで手に入れるはずだった戦力は丸ごと秦にとられちゃったじゃないですか」

「ふざけるなぁ! 怨敵である匈奴を迎え入れるなどそんな節操なしな真似など蛮人混じりの秦でもあるまいし出来るかぁ! 何より李牧様がそのような恥知らずな策を言われるはずがなかろうがぁ!」

「ほら、あなたみたいなのこそ李牧殿があなたたちを信用できない最大の理由ですよ」

「え?」

 

 それを突いて康熙はペラペラと持論を展開していって趙側の反発を所々で買うが、それすらも彼女は逆手に取っていく。

 

「…伝手の詳細は言わないでおくとして情報収集力は凄いですけど趙北部にとって基本は外様出身である李牧殿は功績を上げ続けてあなた達の支持を繋ぎ続けなければ権力を維持できない。だが、あなたみたいにさっきみたいなのを堂々と言える人が同地の要職を多く占めている状態では、先に述べた趙にとって最善の策を取ろうとしたら趙北部からめちゃくちゃ反発が出ます。下手すれば勝利の熱が終わって冷静に戻ればもう用済みみたいな感じで追い出される可能性だってわかっているはずです。だったら言えるわけがないでしょう。だーから李牧殿は貴方達を信用していない、いや、信用することなどできないのです。それだからこの前の靖涼の変でこっちが捕まえて今は燕国で働いてるあの明らかに北涼出身っぽい瞬水樹殿もあなたたちの目を気にして十分な手勢を付けてもらえなかったから失敗したんです」

「「「「「………………」」」」」

「本来ならその反発をなだめてその最善の策をとるために、何よりも太(・)子(・)様(・)の(・)お(・)立(・)場(・)のためにも李牧殿は貴方様に調停者として表に出てもらい、貴方様の功績という形で趙北部と旧匈奴失墜後の北方の講話を図るべきだった。そうすれば今(・)は(・)亡(・)き(・)お(・)母(・)上(・)の(・)出(・)自(・)から不安定である太子様のお立場は功績で確固たるものとなって今のようにいつ趙王に排斥されてもおかしくはない立場にはならなかったでしょうし、そうなれば今以上に支持者も集まってきて守りも厚くなりますから安全にもなっていましたよ。まーそれに紛れて怪しい人たちも大勢来るでしょうけどそのあたりは李牧殿の目なら見抜いて除くなんてのも難しくないでしょう」

「…それをするには…当時の嘉様はまだお若すぎで…」

「いや、この場合は言っては悪いですけど看板ですから年齢はそこまで問題はなりませんよ。実際、昭王がご存命だったころに秦王様の弟君である成蟜様はお母上の生国である韓へ派遣されてそこで名目ながら一時期宰相にまでなって、そう長くない任期中の間に、実質はお付きの方々がしたとはいえ四百里の土地を韓から秦へ割譲させるということもしています*1。すでに前例もあるのにそれをしなかったとなると…これはもう李牧殿…あなた様は年齢以前に太子様をそもそも頼りにならない存在と見ていると思われても無理はー…」

 

 それから続けられていく康熙の巧み且つ説得力のある弁舌に趙側は次第に押し黙っていき、何やら身内の間での微妙な空気や視線の向けあいに変わりまでしていく。

 

「…あ、あの李牧らが弁論の場でとはいえ丸め込まれておるぞ…」

「つか昌文君、俺としちゃーあの成蟜が根暗へそ曲がりボッチだった頃に両度割譲なんてことをほぼ人任せっつってもやってのけたことがすげえと思う…」

「領土割譲だから信、というか漂がいい感じに面白くなりそうだからしゃべらせ続けようって耳打ちしたけど…これは見た感じだが予想以上にこっちには都合が良さそう…!?」

 

 蒙恬が対峙している趙側使節団の中に生じだしている明るくない空気の正体に気付き始めていたその時、その場一帯の空気が銅鑼と化して叩き鳴らされたような轟音と揺れが辺りを包み込んだ。

 

「ひイイ!? な、なんだぁ!?」

「地、地震かぁ!?」

「ち、違う! この音は…あ(・)奴(・)ら(・)が来たんじゃあ!!」

 

 その轟音に秦趙両使節団だけでなく、その論争を物珍しそうに集まっていた周囲の群衆も多くが恐慌を起こす中、数少ない落ち着いた様子を浮かべる少数派に属している康熙は、彼女が趙側における不信の中心と選んだ男に絶対零度のごとき視線を向けてこう告げる。

 

「…李牧殿、あなたの耳の速さは本当に素晴らしい。だが…そのための取引先の一つとして選んだ相手に中華そのものが飲み込まれつつあるかもしれませんよ」

「…!!??」

 

 康熙が冷たく言葉を紡ぎながら親指を立てて指さした先の河の上には、ある黒き巨影が姿を見せて李牧はそれに理解が及ばないものに対する恐れが巻き起こる。

 

「…あれが、倭国の…“黒船(くろふね)”」

 

 その場で冷静な少数派に属する一人である白漂がそう口にした河に浮かぶそれらは、彼の記憶にある“教科書”にも出てくるそれそのものというべき巨艦で悠々とこの楚の都へ来訪した、中華東方最大の脅威と恐れられる倭国の使節団であった。

*1:
戦国策によると盛橋という人物がこれをしたが、この人物は成蟜のことを示しているという説がある。




何やら、とんでもない爆弾を知らない内に手繰り寄せていそうな現在の李牧氏。
果たしてこちらの世界の彼に未来はあるのか!?(棒)
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