○秦始皇9年(紀元前238年)秦国使節団到着後19日目夜 中華南部 楚国北部 王都郢(旧名寿春) 王宮○
「きゃー! 助けてー!」
「うわー! 早く消すんだー!」
「無理だー! 火の手が強すぎるー!」
白漂達が夜中の鍛錬中に郢の異変に気付いて数十秒後、その中心にある楚国王宮の趙国使節団迎賓区画は業火に包まれてしまっていた。
「何が起きておるんじゃ!?」
「しょ、昌文君! それが―――!?」
「「僕たちにも何が起きたのかと今の状況を説明してくれ!」」
「―――あってのわぁ!?」
それで逃げ惑ったり留まって様子を見ている人々の中に秦側使節団の面々もいたが、そこで人混みを避けるべく道中は屋根伝いに駆けるかか飛び越えたりもした豪速で白漂と康熙も上から降り立つように戻ってきた。
「…ちょ…白漂将軍!? 信達はー!?」
「僕と康熙は屋根の上を走ったりその間を飛び越えたりして人混みを避けれたけど他の皆は普通に走って戻ってきてる最中だからー…」
「それよりもどうしてこのような状況になったのか説明して!」
「…それなんだけどー…色々と信じられない部分も多いけどー…」
蒙恬はそれに驚きつつも二人からの問いに促されて、現状に至るまでを思い出して口にし始める。
「…こんばんわー梁渓大臣。昨日にお約束した貴国へのお土産ですー」
「おおー、今晩もご苦労ですな蒙恬殿。こんな孝行孫を残されては天の白老様もご満足でしょう。うちのバカ息子もこれの十分の一くらいあれば…あ、これがそちらへのお土産です」
それは今から数分前の話、燕国側迎賓館で秦燕双方のお土産のプレゼント交換会が開かれていた時のことだった。
「おお、これは奇妙だが精緻そうな技を用いてそうなからくり箱が…(え、これって機械式の時け―――)」
「ええ、こちらは我が国でも最近出たばかりの時を図るからくり道具で“白鳴鐘”というものです。ばねや振り子に歯車と言ったからくりの動きで、これまでの日時計などとは違って夜や雨天の時でも段違いに一日の時間を図れるというもので、しかも所定の時間に内部に仕掛けてある小さな鐘を鳴らして目覚ましにも使える代物でー…」
「(―――いってそのまんまじゃろーが!? 儂が言うのもあれだけどなんかそっちにも転生者とかいるよね!?)おおー、これはまた珍しくも便利そうなものを…他にはこれはー?」
「はい、こちらは“花火”と言いまして火を用いると華麗な火炎を噴出させる玩具です。詳しい使用方法はこちらの書簡にも記してありますがー…?」
そこで梁渓は白漂にどこか似ている既視感からくる絶叫を心中でしつつも外面は穏やかなスマイルで接していたが、そこで今こう言う場には最も来てほしくない身内のドタバタとした足が近づいてきた。
「ぐぬぬぬぬ…あいつら何処に行きやがったぁ!? いつまでも身代金が向こうから来ないから早く解放してやろうと実入りの良い仕事を紹介してやっているというのにぃ! 今回も海辺が荒れ狂う東海に鯨油とかを取りに捕鯨に連れていってやってついでに主人の顔も久々に見せてやろうと鯨油を運ぶための人夫としてここまで連れてきてやったくせにぃ…!?」
今回の燕国使節団には本来紹介されなかったのに、口にした仕事のせいで倭国の海賊や密漁などを取り締まる水軍に追われ、それから逃げるために嵐の中に飛び込んでその風で楚まで流れ着いて、この際に鯨油を売りさばいて大儲けしようと川をさかのぼってここまで来てしまった梁魁である。
「おいバカ息子! 今回の不始末は上質な鯨油を多く持ってきたからそれで打ち消しにするゆえに人前に出るなと言っただろう!」
「んなことを言ってもなぁ親父! せっかく色々技を仕込んで使えるようになってきた頃合いなのに逃げられたら意味がないだろ…ん!?」
父に叱責されるも反発する梁魁だが、その途中で彼の表情は訝しむものになって父の傍にあるそれに向けられた。
それは元々梁魁が趙より生け捕りにしてきた
「そこだぁ!!」
梁魁はそれに何らかの気配を覚えるとためらいなく自分の蛇矛を遠慮なくぶん投げ、その風圧で壺の上を塞いでいた蓋を宙へ吹き飛ばした。
「「「「「!!!!????」」」」」
すると壺の中には鯨油のほかに、まるでこの世の終焉を見てしまったような絶望の表情を浮かべる、瞬水樹にカイネと言った趙人捕虜の姿があった。
「やっぱてめえらだったな! このまま秦への贈り物に紛れて脱出して途中で逃げようって魂胆だろうがそうはいかんぞ…!」
「「「「「ブモおおおおおおお!?」」」」」
それに梁魁は憤慨するがその怒気と殺気及び蛇矛が壁にめり込んだ轟音で驚いて牛が驚いて猛烈な逃げ足を見せ、それに括り付けられていた荷車は引きずられるようにして燕国側迎賓館を飛び出した。
「ぎゃあああああ!? 止めろぉおおお!?」
「馬鹿ぁ! 止めるなぁ! 止まったらあれに捕まるぞぉ!」
「こらー! 逃げるなー!」
「うわぁ!?」
「な、何だぁ!?」
その結果、郢の大通りで鯨油まみれになりつつも暴走荷車に乗せられて爆走しながら逃げる趙人捕虜たち、それを追う梁魁のデッドレースが始まり、通りで行きかう人々はそれに驚愕と恐怖の色を見せながら逃げ惑っていた。
やがて暴走荷車はある坂道を下っていくことでさらに加速していくが、その先はややスキージャンプ台になっており、さらに少し先には王宮の一区画があった。
(…まさか、あの時…ころ…死なせた彼女の子が生きていたとは…年齢と時期からしてほぼ間違いなく…しかも、よりにもよって秦側に…しかもあの白漂の側近という形で目の前に現れるとは…これは私の過去から来た業苦だとでもいうのか…!?)
一方その頃、王宮の一角にある趙国使節団用迎賓区画にある書斎で、あの男が戦場でも見せない酷い焦燥と混乱に苛まれた表情で頭を抱えていた。
その彼が肘をついている机上には、康熙の似顔絵が広げられており、その原因が彼女にあることは伺えた。
「…ぎゃああ!? 止めろおおお!?」
「宙に飛び出したのにどうやってぇ!?」
その憂鬱と後悔に支配された男のひと時に割り込んできたのは、正史と呼ばれる時間軸では彼にとって替え替えのない存在になりつつも、この世界では盛大な失策を嚙まされて敵国の捕虜となり、無意識のうちに彼の中の優先順位でも大幅に地位が落ちていた彼女のものが混じる外からの悲鳴であった。
「…っ!? 何事だ!? 私は考え事をして―――!?」
男がいら立ちを隠せない普段とは異なる口調で窓を見やるが、それで目にしたものは信じられないものを目にしてしまう。
「りりりり李牧様ぁぁぁ!? 助けてえええええええええええ!!??」
「―――え…!!!???」
窓の向こうに映し出されたのはスキージャンプをした直後のような状態でこちらに向けて重力に引かれて近づいてくる、悲鳴を上げるカイネ達を乗せた鯨油満載の暴走荷車の姿であった。
ちなみにその時、李牧の部屋には小さくも書類を夜でも見やすくするために灯りがともされている状態であった。
「…とまあそんな感じで、多分あそこにあった灯りにその鯨油満載の荷車が飛び込んで突っ込んじゃったことで…一気に油らと花火に火がついて今の大火災になったかとー…」
「「「「「………………」」」」」
時は現在へと戻った頃、周囲に盗み聞きをされそうにない火災現場に近い物陰で蒙恬は非常にひきつった笑み現状に至るまでの説明をし終えたが、それを聞いた白漂達は非常に微妙そうな表情を浮かべていた。
「(か、隠れながらとはいえ馬に乗っていたこちらよりも早くここへ着くとは…白漂とあの娘…康熙はどんな足を…!? いやいや今はそんなことはどうでもいい! 姿が見えないことからまだあの中に
「無理ですー! 火の手が強すぎで近づくのも…あちい!? そ、それ以上は近づいたら駄目です太…じゃなくて若様ぁ!!」
一方、その間も火災は強まり続けていて周囲の悲鳴や恐怖は増していき、特に趙側のそれは一番危機感がこもっていて、フードで身を隠していたその青年は消火活動と救助活動に発破をかけるが、あまりにもその身は火災に近づきすぎて周囲の身内に引き留められていた。
「…とりあえずー、生きててももうあの様子からして前ほどの脅威というか冷静さは残ってなさそうな例の人はどうでもいいとしてー…このまま火災が広がると面倒だから消火に移りますか…。皆ー、いつもみたいな感じで手を貸してー」
「「「「「承知ー」」」」」
それに気怠そうな表情を浮かべつつも白漂はここまで来る時も持っていたバッグから十星戟を取り出し、説明中に追いついてきた信達も含めた部下たちも似たような表情だが同じように習った。
「…な!? ちょっと待て漂! あれだけの火災など自然に収まるのを待つしかないぞ!?」
「あーもー心配しないで昌文君、北の方で色々なところの妨害の一環で火災は起こされててその対処で消火作業は嫌でも慣れてるんで…さー行くぞぉ皆!!」
それを周囲は慌てて止めようとするも、白漂は初め面倒くさそうな顔だがすぐにスッと冷静な表情になって、戦場での颯のごとき速さで業火へ駆け出した。
「…よし! こっちの柱は切り倒したぞ!」
「こいつも崩れるぞ!」
「中から出ろー!」
「あ、ああ!」
「崩れた瓦礫で木材とか燃えそうなのでまだ火がついてないのは火災から離せー!」
「動かせない可燃物は水をぶっかけて燃えないようにしろー!」
数分後、白漂は手勢だけ出なくその場にいた人々の相当数もいつの間にか巻き込んで消火に取り込み、大火が燃え広がらないようにその周囲の建築物を取り壊して可燃物を遠ざけるという、この時代で適切な消化方法を猛スピードで進めつつあった。
「す、すごいですな! やはりあの人はこういう危急の場だと!」
「よおし! さすがは殿の一番弟子!」
「誰かぁ! この方を助けてくれぇ!」
それに火災現場に遅れて到着した昌平君達も驚きと誇らしげな様子になるが、そこで燃え盛る高楼の最上階より頭から血を流している男を背負ったある傍仕えと思わしい少年が窓より姿を見せて助けを求めてきた。
「おい! あそこにまだ人がいるぞ!」
「駄目だ! 高すぎて火も強いから救えない…!?」
周囲にそれが新たな動揺を起こしたころ、ガラガラと大きな音を奏でて秦側のものと思わしいからくりを乗せた馬車が駆けつけてきた。
「申し訳ありません! これの初めての組み立てなので遅れましたが移動可能消火器“豪水一号”到着しましたー!!」
「でかしたパクラ! それと皆! 少し耳を貸して!」
その巨大な回転式ハンドルがついた機械に白漂は円を囲むように皆を集めて全員に耳打ちしていく。
「…はぁあ!? お前それ本気かよ!?」
「こんな時にまで冗談は言わない!」
「そういうわけでこっちの後はよろしくー!」
「ええー!? 行っちゃったよー!?」
「あああ!? もう皆でやるわよもうー!?」
それで聞かされた作戦に顎が外れんばかりに信が驚いて難色を示すが、白漂と康熙は縄を持つとその場を駆け出し、結局は紅華の号令を契機に周囲はほぼやけくそでその場での作戦実行に取り掛かった。
「…ま、まずい…もう逃げ道も火で塞がれ…だが、ここから飛び降りれば命はない…ど、どうすればー…!?」
数十秒後、自分達の背後にまで迫ってきた業火に男を担ぐ少年は苦悶の顔とそれを覆う汗を更に増していたが、その彼は自分達がいる高楼の前に聳え立つ別の高楼の上階にある二人の姿を見た。
「…よし、縄の長さは十分にある…腰にもしっかり結んだし…飛靴もしっかり履いたな」
「下の方はーーー…あ、もうパクラ達が消火器を川に管を繋いで車輪を回して溜め込んで…すぐに開けないと放出口の方が破れそうなまでにー…」
「よし! じゃー行くぞー!」
「承知ー!」
その高楼で自分の身や眼下の野次馬に混じる信たちの様子を確認したその二人である白漂と康熙は、次に信じられない行動に出た。
「「えい!!」」
「…んなぁ!?」
二人は軽く助走をつけて高楼からあろうことか宙に飛び出し、当然重力に引かれて下の十数メートル下にある野次馬に向けて落下しだし、燃え盛る現場にいた青年を驚かせた。
「き、来たぞー!」
「間違っても踏みつぶされるなよー!」
それを見た秦側は事前に聞かされていたものの顔を引きつらせつつ、二人の動きを支援すべく慌ただしそうに見えつつも素早く且つ正確に合わせて動いていく。
「んぐぅ!?」
「いいぃ!?」
信達が空けた地面のスペースに、白漂と康熙は性格に二の足で四股を踏むように着地し、そのあまりの衝撃と負荷に歯を食いしばらせるが、今現在履いている飛靴のホッピング機能もあってそれらを地面への反発力に変えていく。
「「…シャアアアアアァアアアアアァ!!!!」」
そして一秒にも満たない間の間に、全脚力も引き出して地面がひび割れえぐられるだけの勢いで、地面を蹴り立って宙高くへ飛び上がった。
「今だぁ! 二人を後押ししろー!!」
その小さくなっていく二人の背中めがけて、パクラ達は溜め込まれた水の力で今にも破裂しそうな豪水一号の放出口を全て向け、一気にその蓋を外して腕のように太くも鉄砲の如く勢いのある水流を解き放った。
「「はアアアァアアアアアァ!!」」
「「「「「ええええーーーーーーーーー!!??」」」」」
すると白漂と康熙は背でその水流を受けて跳躍力を増し、その勢いのままに燃え盛る高楼の最上階へ着地して見せ、そこにいる青年や眼下の人々を驚かせた。
「
「感動するのは後! ここに縄を括り付けてそれを頼りにこの二人を担いで下に降りる!」
「わかってるって! そこの君も死にたくないならしっかり背負うからしがみ付いて!」
「え!? あ、ああ!」
喚声を嬉しそうに浴びつつも白漂と康熙はまだ持ちそうな柱に縄を括り付け、助けを求めていた二人を背負うと、その縄を掴みつつも滑るように猛スピードで下へ降りていく。
「や、やった! 成功だ…!?」
それに火災の間近まで周囲の声を無視して近づいていたフードの青年が汗を流しつつも安堵の色を見せ始めるが、四人の身が縄を半分まで進んだところで、高楼がとうとう業火に耐え切れず崩壊しだした。
「いかん! 逃げろー!」
「「っっ!!」」
「「「「「うわああああああああああああああ!!??」」」」」
それを見た人々が一斉に背を向けて押し合うように火災現場から逃げだしたのと、白漂と康熙が難しそうな顔でフードの青年の傍の地面に着地した瞬間、高楼の燃え盛る最上階の屋根が地面に落ちたのはほぼ同時であった。
果たして、主人公とヒロイン(の一人)の運命は如何に!?
次回、久々に大人向けシーンを出せる予定です。