それらに尺が取られて大人向けパートはりません。
○秦始皇9年(紀元前238年)秦国使節団到着後21日目夜 中華南部 楚国北部 王都郢(旧名寿春) 歓楽街○
「…世界でもっとも、“孤高”に見えて“孤高から縁遠い”存在です」
「…!?」
楚の王都にある歓楽街の一角のある店にて、白漂のその言葉は楚王に少なからぬ衝撃を与えていた。
今や楚と同等以上の広大な国土と多民族的な国民を治める秦王の影武者にして、最も信頼を受けている大将軍という肩書もあるが、その言葉の王という存在へのこれまでの楚王の認識を揺るがすには十分過ぎた。
「…どういう意味だ?」
「……………」
楚王の立場を最も近くから見てきた春申君はそれに不可解さを覚えるが、昌文君はそれを静かに見守る。
「…自分は、王とは“土の上に一人”というように、文字通り一人だけの視点を持たなければ務められない役目だと思っていました。それは、確かに
「つまり半分は違うと?」
「ええ、自分の夢を…他者の夢にも重ねて…束ね合わせ合うようにしてくれた…友の姿を目にしていますから…」
「つまり、その友は王とは…
「はい、王とは…“人ではない人”と“人と人を繋ぐ人”…この二つを内包しているのがあるべき姿だと」
「では、その二つはそれぞれどういうものか…言うてみよ」
そうして、楚王は興味を強めた表情で問いを重ね強める。
「…“土の上に一人”と書く通り、王とはその国という土の上でただ一人…人でありながら天と地を繋ぎ合う存在としての責任を担い、人を治めなくてはいけない立場です。そうなれば…まず人々に“公平さ”を何よりも求められます。それを徹するには人との縁を“しがらみ”として一旦排除し、それをなくした状態で人を見なくてはいけません。それを無情として避けていては現実における人を治めることは困難です。故に、王は“人ではない人”を人の身の内に秘めているのです」
「だが、それだけで王は成り立たぬ…否、それだけで王は成り立っているのではないと?」
「はい、人を治めるだけでなく…人を率いて共にあるため…もう一人…“人と人を繋ぐ人”というもう一人の自分が必要になってきます」
窓から見える星々を時折見ながら白漂は言葉を続けていく。
「…王が治める国とは、当然、王お一人だけで成り立つものではありません。過去の多くの祖先、その方々達が残していった国土…それに国民がいて、互いが相手を必要としあってこそ成り立つものです。そして、その国を過去から未来へ繋ぐことで…人と人の縁を増やし深めていくのが“人と人を繋ぐ人”たるのが王という存在です」
「………………」
「…そして、人と人の縁を持つことは…人を見ること、よく言えば自分を焦がれさせてくれる人を夢見ることが出来ることです。国が人々の過去と未来を繋ぐ今の存在である以上、今の時点を基本として未来を見てそれを見せれば、自然と王は自分と民が進むべき道…否、それと重ね合わせられる進みたい道を見出しやすくなると私は見せられました」
「…そうなると、公平な王として進むべき道と、人の中に混じって縁を取り持つことで人との縁が結ばれていく今を…民と共に重ね合わせられると…」
白漂の静かな夜の湖面に浮かぶ波紋のように、深く広く染み込んでいく言葉に楚王は自分の感情が自身の奥深くに進んでいく感覚に陥る
「…まあ、これまで培ってきた経験と考えを思いつきと勘で繋げたらこんな人に難しそうな顔ばかりさせる話になりましたけど、わかりやすく言うと人々と共に良い先を長く進める王というのは、長く売れ続けられる“
「…は? 落語家??」
だが、その心境は白漂本人が普段の砕けた感じになって始めた、良い感情を持てない国の言葉も混じるその例え話で戸惑い気味に揺れ始める。
「落語家ってのはこの人は面白い話を聞かせてくれそうだなと集まってくる人々が店に支払うお金で食べていってるんです。それで人々が笑える話を考え付くには実際に人々に色々聞いて回って何に笑ったのかってのを聞くんです。これを宮廷に例えれば王様が家臣達に今の国の状況や人々の流行りに必要としていることを確認しているのと同じです」
「………」
「それで聞き集めた話を落語家はお客さんたちに楽しんでもらおうと比べたり細かい点を色々変えたりするんです。ですけどここで従来のくせや考え方は邪魔になったりすることがるので、いったん頭を真っ白にして聞いてきた話をどれも比べたり想像しなおしたりするんです。この時はさっきの話で言う“土の上に一人”な状態の王様です」
「………」
「…その工程で“これ明らかにつまんねー”みたいな話を見つけたり考えたりするんですが、そういうのをしないと王様という落語家は国という自分の店の客である民たちを笑わせたり、“自分もこうなりたい”とか“こういう時はこういう風にしたら自分の生活も良くなりそうだ”って話がどれなのかわからなくなるし、そういう話を聞いた古なじみのお客さんのお喋りを聞いて新しいお客さんに来てもらうってことが出来なくなるんです」
「…………」
「そうなるとお店というのは正しいことしか言おうとしない、最近の“学問のための学問”しかできないほとんどの儒者の儒者による儒者のための私塾くらいにしかなりません。国の場合だと“正しいだけでしぼんでいくしかない国”になっちゃうんですよ」
「「「「「………………」」」」」
そうして、深い話だった頃に静かな空気は、周囲の護衛含めて落ち込んでいるのか微妙なのかよくわからないそれに変わってしまっていた。
(…あ、あ奴め…さっきまでいい感じだったのにそれを自ら台無しにするとは…肝心なところで蛇足な真似をしおって―――)
「ぶわっはっはっはっは!!」
「―――えってぅおお!?」
昌文君が母国も関係している故事成語付きで頭痛を覚えるが、それは
○中華南部 楚国北部 王都郢(旧名寿春) 秦国用迎賓館○
「…とまぁその最後の例え話が笑いのツボに入ったのか夜遊びは概ね好評に終わり、可能なら明日から帰りについてもいいと帰国許可が下りましたー」
「本当に聞けば聞くほどどうしてうまい感じに終わったのかわからない話ですね…」
十数分後、迎賓館に戻った白漂は紅華の眉間に皺を寄せたドアップ顔で出迎えられていた。
「…まあ、いざという時に備えて強硬手段も含めていつでも帰国の途につけるように準備を進めていましたが、穏便に帰国できるのなら越したことはありません。今はここ南よりも北の方が二か所くらいきな臭くなっています」
「…あー、あの先生のお父さんがなんか少し持ち直して大人しくしてれば一年くらいは伸びそうな感じらしいけど、何か北の方でー…?」
「ええ、趙最大の内憂になっている現趙王が今度はお先が長くなさそうな感じになっています」
「…え、マジで?」
その周囲が圧迫されるドアップ顔がもたらした凶報に、旦那は傍から見れば軽い感じだが本当に面倒くさそうな表情を浮かべ、周囲はそれに眉間の皺を増やした。
「…昌文君、確か今の趙王って今はここへあんたの兄貴の見舞いをしている趙の太子の親父さんで、それで李牧がここまで逃げる理由になったっつー…?」
「ああ、その通りじゃ信。姫昭の一族の話で分かる通り、性格が歪み切っていて臣民から早死にを願われている病弱王よ*1」
「それでその息子であるあの太子の方は確かー…」
「こっちにとって都合の悪いことにあの趙嘉は明君の器という噂しか聞かない。趙の真面な人材は彼の即位を待って地下に潜伏か、李牧みたいに国外脱出して帰国の機会をうかがっている状態だよ」
「っ!? てことは今の趙王が死んだらー…!?」
「ほぼ間違いなく趙は強く生まれ変わる。そうなるとまだ国内を纏めている途中の
「な!? やべえじゃねえか! すぐに戻らねえと…ってよくそんな状況で楚の王様からすぐ帰国の許可が出たなおい」
「うわ、信から真面で現実味のある悪い考察が出てる。これマジで現実になるんじゃー…」
「え、マジで蒙恬!?」
「こんな早い内から不吉な旗を立てるんじゃない二人とも、楚も楚でこちらとは今はもめ事を起こしたくないって事情が出来たからこっちの帰りを許したのが実情だろう。東から別にこっちにはまずい事態が起きた」
そこに若人も加わって周囲の緊張は強まっていくが、そこで白漂が別な方向に厄介な案件を持ち込んできた。
「まずい事態とは何じゃ?」
「斉は隠そうとしているけど第三王子嬴尚様の母方の御爺様がお亡くなりになりそうっぽい」
「「「「「……………………」」」」」
白漂がその東からの持ち込んだ、原作や正史と呼ばれる時間軸には無かったその報せは、周囲から言葉と血の気を奪うには十分過ぎた。
○秦始皇9年(紀元前238年)秦国使節団到着後23日目朝 中華東部 斉国 王都臨淄 王宮○
「…う、ううぅ…大王様ぁぁぁ!」
「う、嘘だぁぁ…!」
白漂の爆弾報告より二日後、斉国中は楽毅合従軍戦災の荒廃から国を立て直した名君としてこの世を去り、“文王”とこの世界の中華では最高クラスの諡号を送られた斉王田建の葬式を国中で上げており、悲しみの声が立ち昇っていた。
「…あの斉の王様がお亡くなりになられるなんて…」
「ああ、あの方は戦火のおかげで…故郷を追われて海を越えて逃げるほかなかった我々も受け入れてくださった…」
そうして悲しみに明け暮れている群衆の中に、人種は概ね斉人と同じモンゴロイド系だが、服装や訛りなどで彼らに似つつも異なる東洋系文化を感じさせる人々が少なからずいた。
「おい! ここ王都における
その彼らの元に斉国王宮直属の王都治安維持軍が駆けつけてきた。
「は、はい、私ですが何かー…え!? 何故…剣を抜いてー…!?」
王宮からの突然の訪問に彼らの長と思わしい初老の男性が進み出て戸惑いつつも問うが、それに返されたのは言葉ではなかった。
○秦始皇9年(紀元前238年)秦国使節団到着後25日目早朝 中華南部 楚国北部 王都郢(旧名寿春) 秦国用迎賓館○
「…こっちの荷造りは終わりました!」
「我々もいつでも帰国できますー」
「楚側からの謝礼の品も積み終えましたー」
斉国で起きた別時間軸には起きなかった訃報が切っ掛けとなった凶事が起きて二日後、まだ東の空に日が上ったばかりの時間帯で、秦国の楚王見舞い名目の使節団は今にも帰り道に出られる状態にあった。
「…しかしよぉ、あの蛇ばっか食う変人だけど政とは別な感じで凄い感じだったあの斉の王様が亡くなっちまうなんて…けれどもよこれっていくら何でも急ぎ過ぎじゃねえか!?」
「いや、今の状況からしてむしろもっと早く帰れる方が良いんだ信。今の斉の状況からして…」
その中で白漂を含めた上役達は表情こそいつも通りをよそっているが重い空気で周囲を急がせていた。
「今度の斉で立て続けに起きている凶事での悪影響が、秦を巻き込む形で中原にも及ぶ可能性が非常に強いんだ」
「も、蒙恬? どういう意味だ!?」
「斉の文王の急死を受けて斉王には嬴尚様の叔父君が跡を継いだんだが、この王様が超のつく異民族嫌いで今や斉中で血の雨が待っているらしいんだよ信」
「趙とは逆ってか…」
「それで
「っ!? ってことは楚の今まで東に寄ってた大軍が…!?」
「ああ、自由に動かせるようになる…ぅおお!?」
その中で若者組が慌てて帰りの準備を進めている中、彼らの真横を別の国の使節団が大急ぎで人通りが少ない通りを早馬で通り過ぎていく。
「…あ、あれはたしか韓の…!?」
「…あちらがここの王宮へ送った見舞いと先の什虎攻略での釈明の品が叩き返されて楚から早急に出るようにという命令を出されたというのは本当のようだな…」
蒙恬が険しい顔を見送ったその一団には、彼以上に険しい顔を浮かべている王元姫の姿があった。
「…先ほど、韓の使節団に続いて、秦の使節団も城外へ出た模様です…」
「…うむ」
数十分後、その報告が寄せられた王宮にて、楚王は重くうなずいており、そこにはかつて廷臣達の前で放っていた威圧感と同時に、それ以上のこれから起こすことへの高揚と決意による光が瞳に宿っていた。
「…大王、本当によろしいのですか? このまま安穏に過ごしても一年…ですがこれからの時期に直接出向かれるとなると…更に…」
「構わぬ、いや…どうかともに付き合ってくれ春申君…この、最後の時になって…本来なら取るに足らぬ若人の若さからの言葉で生まれた…死にゆく者の馬鹿な夢が…この国とこの者達の先へ繋がるようにするために…」
その身を最も強い信頼関係で結ばれた男が案じるが、楚王は王宮から見下ろせる増え始めた楚の民、特にそれに混じるあの人物を強く見やる。
「…特に、性別を間違って生まれてしまった…あの馬鹿娘が…儂の墓の前でも…苦虫を噛んでいるようでも…本当の笑顔を見せられるようにな…」
「…わかりました。大王のその決意…最後のご英断にすべく…非才の身ながら尽力いたしましょう」
そう言うと楚王は腰を上げて廷臣達が待つ本殿へ向かい、春申君は静かにうなずいて目じりより一粒の涙を零した。
「…者どもよ集まったか。それで、忘れてはおるまい…此度…この身が少しばかり病を得たのをいいことに、我らから奪った城を返さずにのうのうと見舞いの品などと称してのさばってきおった、身の程を知らぬ連中のことを…」
「「「「「………………」」」」」
数分後、廷臣達は玉座に座ったその楚王のかつての威圧感を伴いつつもそれだけではない、今は押し込められている高揚を感じてか、重く頭を下げつつも膝は今にも伸びそうな勢いでフルフルと震えていた。
「…それで、この前に忌々しい倭猿共がこれまでそれに阿ってきた斉の田建の死と共に噴き出たかの国の愚挙によって、我が国へ理不尽に向けてきた海の蝗どもを向かうべきところへ向けなおした」
「「「「「………………」」」」」
「これは今度こそ“楚の正しき怒りと責務”を果たせという時にほかならぬ!!」
「「「「「…!!!!!!!!」」」」」
そして、楚王が玉座に強く拳を振り上げて鳴らすと、廷臣達は息を飲みつつも顔を上げて緊張を増しつつも高揚も振り上げる。
「…だ、大王様! そ、それはつまり…!!」
「今度は忌々しい西戎共に尻尾を振って中原で喚き散らす青二才共を義憤で粉砕し! 今度こそ楚の武威で乱れた中原を鎮めて我らの名をとどろかせるのだ! 晋の残りかすである“韓”を生贄としてな!!」
その楚王の雷鳴のごとき激励を思わせる宣言は、原作や正史と飛ばれる時間軸になかった、こちら側での秦始皇9年(紀元前238年)の終わりごろに起きた二つの大戦の片割れ、“南原の戦い”の始まりであった。
次回、本当に久々でキングダム系作品で一番の醍醐味である合戦パートに入る予定です(作中世界で生きている人達のほとんどには醍醐味ではないでしょうが…)。