※この作品はR-18です。

天下の大将軍になる!! ~夜の睦言~   作:oosima

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今回、色々と主人公サイド、特に現時点での同盟国サイドがその能力に疑問符を付けれそうな描写が多めに感じられるかもしれません。


268 戦が映し出す国民性●

 ○秦始皇9年(紀元前238年)南原防衛戦八日目夕刻 中華中央部 韓国東部 環西道付近某山中○

 

「追えー! 今度こそ仕留めろー!」

「へ! 捕まるわけねだろボケェ!」

「…うわー、どんどん相手の術中に嵌りながらもぬかるみが増して抜けづらくなってきてるよー…途中で抜こうとしたらもっと酷くなるから抜けたくても抜けられない感じがするからま(・)だ(・)抜けられないけど…」

「漂様、わかっていてもそういうのはあまり軽々しく言うものではありませんぞー」

 

 紅剡が謎の鏑矢を放たせて十数分後、その彼女を探して追っている秦韓連合軍は韓東部のその地にて楚の各隊を見つけ次第その背を追い、それに混じる白漂はこの地一体の地図を馬上で読みながら軽い調子で愚痴り、自軍の第三将里甲に困った孫を躾ける祖父のような表情で叱られていた。

 

「洛亜完様! この先にある漢諾橋が打ち壊されてしまっています!」

「左の倫麻山道が崩されて通れないとのことで…!」

「またか…! 洛亜完様…これでは西の起銅山道を通らねばなりませんが…」

「他の進める道を潰されてやむなくここまで戻ってきた隊も多いですので、移動に時間がかかって通過も相応に…何よりこの開けた血は少ない今の状態で密集しておりますので身動きも…」

 

 但し、二人の瞳は気軽さのない重い色を宿し合っており、故に二人は周囲が気に掛けない(もしくは気に掛ける余裕がない)軽口の叩き合いの合間に密談を交わしていく。

 

「(…まずいなぁ。これは…もう味方の犠牲を上手く抑えながらでも勝てるという状況じゃない。最悪…味方が帰らなくなる可能性も…だが、このままいくと高い可能性でこっちが全滅…だったらー)ちょっと里甲、韓側にはまだ秘密で別働隊をこっそり出すよ」

「…この状況で兵力を分散させようとは…否、分散させねば更に危うくなる未来が見えましたかなー?」

「理解が早くて助かる。まず指揮官は康熙として参謀は蒙恬、それでその切込み役は信、それと蒼源と藍蘭たちに威力の高い弓矢と弾を与え、周囲の索敵に応じて周囲に散って回る隊という形でー…それで最終目的地はこの溜(・)池(・)にー…」

「は、それでしたらここはこのようにー…」

「そうか、ならー…」

 

 こうして楚側の目論見通りに進んでいるだろう状況で、白漂もまたそれに抗うべく密かにだが動き出した。

 

 

 

 

 

 ○秦始皇9年(紀元前238年)南原防衛戦九日目朝 中華中央部 韓国東部 環西道○

 

 韓の東部の西端に位置する主要な道である環西道は岩山が多い峻嶮な地を何本も上に進み、韓王都圏東側を守る環単城と韓東部を繋げる要衝である。

 

「……………」

 

 その環西道の東部側出入口の南側に位置する禿げた小山の上に布陣して、洛亜完はいつもの冷静な表情だが重い眼差しで、北に位置するその峻嶮な崖の中を何本も走る道の前に広がるその光景を見渡していた。

 

「…来たか。まあ…竹(・)千(・)代(・)同様に来るしかないだろうなぁ…」

 

 崖の中を登る道の一本の手前にて、紅剡は火がまだ灯されていない煙管を片手に悠々と笑みを浮かべ、その彼女の前面を中心に周囲を二十万の楚軍が布陣を終え、今先ほど到着したばかりの秦韓連合軍を待ち構えている姿を視認したためである。

 

「…白漂将軍と同じくらいの齢だろうに…ここまでの動きにあの布陣…何という手際の良さにして視野の広さ…」

「感心しておる場合ではないぞい隆国殿、向こうが精兵ばかりの二十万に対しこっちは緊急徴兵されたものが半分を占める十五万。しかもこの状態を聞いて散っている周囲の隊で大急ぎで駆けつけようとしている隊の数は向こうの方が多いとの報せも入っておる」

 

 里甲も昨日にて作っていたとはいえ軽い笑みを浮かべる余裕がなくなるまでになっており、それは楚側に遅れてぞろぞろと南側の森を抜けて姿を現している秦韓双方の将兵の表情にも表れている。

 

「…連合軍将兵全員よ聞け! あの楚軍のこちらの掌中にかかったのにも気づいていない間抜けな姿を!!」

「「「「「!!!!????」」」」」

 

 故に洛亜完は理詰めで味方を鼓舞し始めた。

 

「今この状況は形として見れば楚軍の誘導に我が軍が乗らされて正面での決戦寸前まで持ち込まれたというもの! だが! それは依然として奴らが戦略として見れば我が韓の内部で孤軍の状態であることに変わりがない故の苦肉の策である! そして! その策は実際にこの地で決戦となって奴らが我らを打ち破ってこそ成功といえる策なのだ!!」

「「「「「!!!!!」」」」」

 

 その洛亜完の理詰め主体の鼓舞は連合軍将兵にこの戦いにおける最良の勝利への道程をすぐに明示させる。

 今現在、楚軍は韓の南原より下の南部とここ東部の相当な面積を占領下においている状態だが、それはあくまでも彼我の戦力差から韓側の城の多くが被害を抑えるため面従腹背で降伏しているだけであり、楚側が不利なのがわかれば韓に戻るのが自然の流れで、そうなれば楚軍は本国との補給線を失って急速に飢えだすのは明らかである。

 故に、今この場で連合軍がすべきなのは決戦に持ち込ませず消耗戦を維持し、情報操作で韓の東部や南部の城を戻らせて自分達有利の状況になるまで待ち続けることであった。

 

「ぎゃあ!?」

「うわっぷ!?」

「お、大石が飛んできたと思ったら中から妙なにおいの粉末に布切れがたくさん…!?」

「…た、大将ー! 何か楚軍が床弩や投石機で何かを打ち出してきましたー!」

「…こ、この距離で…何という…だが威力は大したことではー…!」

「よし、連中も困惑して注目してきたからあ(・)れ(・)を見せてやれ」

 

 だが、楚軍、より正確に紅剡もそれは気づいていたようで、白漂軍から秦軍に広まっているその遠距離高威力攻撃を真似したかのような手段を用い、物理と精神の両方から揺さぶりをかけていく。

 

「…まあ、弩の性能と生産の向上で他国も同じようにしようとあれこれ手を伸ばしているというのは知っていたが…」

「…どういうことだ楚軍め。我が軍と同じような手段を手にしながらこんな悪ふざけのような真似をー…!?」

 

 撃ち込まれて砕けた弾の内部から舞い散ってきた布切れの一枚を隆国が手に取ったその時、楚側が布陣している崖に大きな文章付きの垂れ幕がするすると何枚も伸ばされてきた。

 その垂れ幕に書かれている文章の内容を要約するとこうなった。

 

『秦韓両軍の皆さんごきげんよう。ここまで来てくれたお礼に良いことを教えて差し上げましょう。今さっきそちらへ撃ち込んだ弾から飛び散った粉や布切れは、楚の辺境で流行りだした致死率の高い疫病にかかって死んだ患者の着ていた衣服を細かく切り刻んだりしたものです。触れたり近くにいたりした時点でかなりの確率で感染して数日以内に発症します。治療する手段とそれを扱える医師はこちらにいますので、我々に降伏して治療を受けるかこっちに戦で勝って奪い取るかしないと非常にまずいです』

「「「「「…んんなぁああああ!!??」」」」」

 

 そして、その内容が読み明かされていくにしたがって秦兵と韓兵の双方に動揺と恐れが広がった。

 先の函谷関合従軍戦で、韓側が猛毒兵器を用いていたこと、今は同盟を組んでいるが当時はそれに攻められる側で苦しめられていた秦側の双方には、楚側のその宣言は死の気配も伴った大きな説得力を抱かせたためである。

 

「…お! 落ち着けぇ! まだ連中のあの言葉が本物だという証拠はないのだ―――!」

「アアぁ!? 韓燃様ァ! 博王谷兵の部隊に先ほどの攻撃が集中し始めましたぁ!!」

「―――あって何ぃぃ!?」

 

 そして、その不安と危機感は今現在最大の自制力(博王谷)が不在となっている韓東部兵達に駄目だしを駆けてきた。

「…う、うわぁ!? 触れちまったぁ!」

「ひぃ! ち、近寄るな…あ、あれ? 何か書かれている札みたいなのも混じっているぞ…!?」

 

 それらの集中攻撃に混じっている無数の札には、要約すると以下のような内容が書き記されていた。

 その内容は安全上の理由で伝言ではあるが白漂にも届けられていた。

 

『実を言うとこれまでの韓東部での戦闘の影響で、先ほどの疫病間者の衣服の保管分がいくらか行方不明になりました。時期的に考えて一帯にばら撒かれて東部住民に広まっているのが自然なのでもうそろそろ発症してもおかしくないです』

「…うわー、本当に韓人の性格をよく調べてるわー。あのお(・)姫(・)様(・)…これをやられると韓人はマジで―――」

「そんな悠長なことを言ってる場合ですか朔方侯!? わかってるなら何とかしないと…ああーーーー!? 韓東部軍の結構な数の部隊が洛亜完軍の制止を無視して楚軍めがけて駆け出しましたー!!」

「―――えってやっぱ出たよ。おい、もう洛亜完軍も突撃するしかないからこっちも続いて支援できるように準備して」

 

 そんな状況でも白漂の口調は軽さの残る感じでそれが周囲の苛立ちや動揺を誘うが、思考は今この地に集う三か国の国民性も含めて冷(・)酷(・)さ(・)も(・)含(・)め(・)た(・)深(・)度(・)で軍を動かし始めた。

 秦と違って韓を含めた三晋は古くから中華において栄えていた豊かな中原に位置しており、長い歴史を紡いできた豊かな諸都市の連合体という性格が強い。

 そういった諸都市の将兵は元から豊かな生活をしているのが多いので外征には積極的ではないが、その豊かさ(既得権益)を守るための防衛戦では屈強さを発揮する。

 一方で、市民も都市も独立性が強く、国家が自分達を守ってくれないと判断すれば上党のように素早く国を変える切り替えの早さも持っていた。

 

「…全軍! 鋼矢の陣で紅剡が属する敵中央軍をまず狙うぞ!!」

 

 故に、洛亜完軍はこうして独断で動いたとはいえ東部系部隊を見捨てた場合の危険性をその頭脳で理解できるゆえ、この場での短期決戦に切り替えざるを得なかった。

 

「…韓軍の残りも動き出しましたぁ!」

「…戦略の不利を戦術の工夫でひっくり返してきましたなあの赤髪は…」

「ココココ、それでは我々も童漂(わらべひょう)の策を軸に動くとしましょう…我々は楚軍のここから見て左側より狙うぞ!!」

「大丈夫ですか騰将軍? 位置的に見て最悪の時の巻き添えを食いやすいのはあなた達になりますよ」

「ココココ、あんまりおじさんを舐めるものではありませんよ童漂(わらべひょう)。あなたはついさっき叶う可能性もそんな高くないと言った策を成功させることに集中なさい」

 

 そして当然、秦側もそれを放っておくわけにはいかず、今この状況での最良へ繋がる蜘蛛のごとき糸を掴むために動き出した。

 

「「「「「うおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」

 

 こうして始まった環西道の戦い、秦韓連合軍は中央を洛亜完、左翼は騰と白漂、右翼は博王谷軍の布陣で始まったが、意外にも一番押していたのはその右翼であった。

 

「行けぇぇ! 何としても紅剡の首を獲れぇ!!」

「馬鹿を言え! 討ち取るのは生け捕りにして治療法を吐かせてからだぁ!!」

「ぐおおお!? こ、こいつら本当にあの韓兵か!?」

「合従軍の時に見た感じとはもう別もんじゃねえか!!」

 

 楚の左軍は本気で驚いているものが少なくなく、その中に混じる項翼も莫邪刀で迫りくる韓兵を切り捨てつつも勢いには押されていた。

 

「…紅剡様! 左翼ですが韓軍右翼の勢いがこちらの想定以上に強いです! このままでは半刻も掛からずにこちらまで来るかと―――!」

「静かに、周瑜の学術を今は楽しめ」

「―――お…は! ははぁ!!」

 

 その動きは楚側の本陣にも視認できて見張りの一員が声を荒くするが、紅剡の静かに余裕を抱いた指示とその名で、落ち着きと安堵を取り戻して見張りに戻った。

 

「…なるほどな。紅剡め…もう早くもただ勝つだけでは満足できなくなったらしい。皆、“朏車(ひしゃ)”を使うぞ」

「ははぁ!」

 

 それを受けて楚軍の左翼を受け持つ周瑜達も冷静かつ即座に動き出し、楚の左軍も急速にその形を変えていった。

 まるでそれは上空から見ると、無数ある三日月が不規則的に折り重なったり、もしくは距離を開けているようであったが、その全体像が見えない韓右軍は体感できるある事実に意識を支配されるようになる。

 

「…うおおぉ! 押してる! 押してるぞ!」

「ようし! このまま紅剡がいる楚軍の本陣まで行くぞ! 続けぇ!」

 

 彼らは今現在の自分達の勢いを過信して一つ一つは薄くなった楚の左軍の各隊を貫いていき、大きく見えてくる楚の中央軍の横腹めがけて猛スピードで駆け抜けていく。

 

「…ようし! あの本陣の左脇腹を守る防陣を貫けばもう紅剡まで遮るものは―――!!」

「お前はあの赤髪を汚すには分不相応だ!! この世を去れぃ!!」

 

 故に、その先頭の中央を行く韓右軍指揮官で博王谷副将である壇屯がその岩山の陰からの凶刃に気付いた時には、その最先頭を行く巨大な血染めの拳とそれを固める旋棍が視界の真横の隅に映った時であった。

 

「―――アぶべぇ!?」

「だ、壇屯様ァアアアぁアアアァア!?」

 

 そうして現れた周泰の剛拳で壇屯だった脳漿と頭蓋の破片が鮮血と共に周囲へ飛び散り、韓右軍はそれまでの士気の高さに比例するように絶叫した。

 

「シャアア! 大将が言っていた通り周泰が敵の先駆けを潰したぁ!!」

「勢いの止まった韓の勢い馬鹿どもを細切れにして潰せぇ!!」

「「「「「うあぁアアアァアアアアアァ!?」」」」」

 

 それから今度は一気に韓の右軍が、それまで突き破られていた楚左軍の三日月状の陣形をとっていた各隊の飛び矢陣反撃を無数に受け、急速に右軍全体が崩壊し始めていく。

 

「…ご報告ー! 韓の右軍が先ほどこの地へ到着した楚側の剛将周泰に先方をを潰されて敵左翼深くで止まって細断されるように包囲されました! 洛亜完軍はそれを防ぐべく力を大きく咲かれて敵中央軍への攻勢が弱まった模様です!!」

「…やはり、この状況でも徹底して韓東部軍をこちらの弱みとして振り回すつもりか! まあ、こっちも同じ立場ならそうするが…」

 

 その連合軍右翼の危機的な状況は秦側にもすぐに伝わり、隆国は危機感を覚えつつも納得の色を浮かべるが、自然なこの流れに不気味な不安を覚える。

 

(この戦場の周囲に散っている両軍の各隊の数と兵力は、わかっている分だけでも楚側の方が多い以上は…奴らの方が早く戻ってくるのは予想できたが、いかんせん向こうにとってあの攻撃はちょうどが良すぎる…。いかんせんこの場で最も広い視野を確保できる高い崖上が連中によって先取りされているとはいえ―――)

「隆国様ぁ! お除けくださぁい!!」

「―――えってちいぃ!」

 

 隆国が今はまだ小さな不安に思考を深めようとしたその時、崖上の楚軍から床弩や投石機で大矢や石弾を撃ち込まれて来て、その内の何発かが自分にとっても危うい位置まで来るので、その思考は何度も遮られてしまう。

 

「…わかっていてもこ(・)の(・)場(・)だ(・)け(・)じゃあ戦局は五(・)分(・)近(・)く(・)まで見た感じは戻すのもほぼ無理か…。信…頼むぞ…それとしてナクタは百人率いて伍鬼の右脇を攻めてる隊を背から斬りつぶせ!」

「コココココ、次は干央と共に凌統さんにこの前のお返しをしましょうか…」

 

 その楚側の自分達から吸収しただろうアウトレンジ攻撃も多用する攻勢から自軍の纏まりを維持するため、早くも前線に立ってそれぞれの得物を振るいながら指揮を執る白漂と騰はその視線を左の岩山の向こう側に向けた。




次回、今回のこの戦場では姿が見えない本作主人公達の戦いに視点が変わる予定です。
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