※この作品はR-18です。

天下の大将軍になる!! ~夜の睦言~   作:oosima

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今回、中国史屈指のチート性能保持者(の関係者?)が色々と鍵になったりもするし、そうじゃないかもしれないなー的な展開が多いです。


272 剣戟交わさぬ戦いの深まり●

 ○秦始皇9年(紀元前238年)南原防衛戦十二日目夜 中華中央部 韓国南部 南原平原 楚軍本陣 捕虜収容区画○

 

「…まさか、こんな形で君と顔を合わせることになるとはなぁ…」

「いやー久しいねー。倭寇との人質交換のために東海群島の銀華島で同行した時以来かなー」

 

 韓の中枢の想定で最悪の事態の可能性がひしひしと強まり、白漂が普段は嫌がる机仕事に戦の主軸を移したその晩、楚軍に捕虜として捕まった(というより力技で投降した(?))康熙は檻に入れられながらもニヤニヤした顔で、楚軍の実質的総大将紅剡の副官で微妙そうな表情をした周瑜と敵同士とは思えない感じで雑談していた。

 

「…おい、何だあの秦将? あの洪水やら地震やらが同時に起きて無茶苦茶になったあの戦場で…たった十数騎であの血走った趙人共の集まりを突破して紅剡様を討ち取ろうとしたかと思えば…その眼前で白旗掲げて投降してきたといい…」

「あー、あの方は秦に恭順する前から粛慎の地で若くして頭角を現して満州って最大勢力を築き上げた康熙殿です。陸も強いですけど海の上だとー…対倭寇戦で協力したりしたことが何度かあって江東(こっち)には世話になった人が多いのでー…」

「まー、倭寇との矢面に立たされてばっかのこっちと違って、向こうは混血の人も多くて交戦よりも商売の比率が多いですから…人質交換や解放の仲介を引き受けてくださったりが多いですけどー…」

「それでも時々起きる諍いでは昼間みたいな人外の強さを見せて交渉を上手く進めたりもしてー…!?」

 

 その周囲で奇妙がる楚兵を訳知りの同僚がそんな状況を説明したりするが、その彼らの合間を一本の大矢が駆け抜けた。

 

「あ、あぶな」

 

 大矢は牢屋の中に囚われている康熙の首にあたろうとしたが、彼女は難なく指で摘まんで止めた。

 

「…え? な、何が起きて―――!?」

 

 それを物陰よりその大矢を放った弩を構えている趙からの亡命者は目を丸くするが、背後から急によく知る気配が陰惨な怒気と殺気を携えて近づいてきた。

 

「―――え…あ、貴方は!? たしかあの女に馬で背中を思いっきり踏まれて怪我をして…え!? 何で剣を抜いて…ギャアァアアアアアァ!!??」

 

 矢を放った本人がそれに恐怖と戸惑いを覚えて振り向いた次の瞬間、彼から血飛沫と悲鳴が上がった。

 

「!? 何だ!? さっき矢が飛んできた物陰より悲鳴が上がったぞ!」

「あの訛りは北の連中だ!」

「ちょっと調べてこい!」

 

 この一本の矢で生じた騒ぎが、今の戦の影で生じている新たな波乱の複雑さを増す要因になるのであった。

 

 

 

 

 

 ○秦始皇9年(紀元前238年)南原防衛戦十五日目朝 中華中央部 韓国南部 南原平原 荒巌山○

 

「…咸陽の状鍛様から手紙が届きましたー!」

「今現在の楚軍の情報ですがー…!」

 

 楚軍陣地で何か騒ぎが起きてから三日後、あれから派手に剣戟を打ち合うような戦は止まって表向きは睨み合うようになったその頃、合戦直後の混乱がある程度止んだ白漂は韓軍陣地から秦軍陣地に戻ったが、普段の姿を知るものはそれに信じられないものを見る眼差しを向けるか、以下のような反応を見せていた。

 

「…おい、漂が三日もずっと寝泊まりで机仕事に突っ込んでるぞ!」

「本当に呼んだ人かあっちの板に名前を書かれている人しか今の部屋には入れられてないし…」

「出入り許された紅華達も山ほどある書類を抱えて他の文官と一緒だし…中からは仕事の話と筆を走らせる音だけだし…」

「他の女達の部屋にも全く行かないし…」

「え? それって机仕事以外には(夜伽含めて)力割く余裕がないってこと!?」

「ここまで机仕事に取り組んでるのは合従軍の報せが入る前の晩くらいだぞ」

 

 地味にだが現状の深刻なやばさを白漂兵ほど深く感じるようになって、ひそひそ声でそれを確認しあうようになっていた。

 

「…でもさあ、何か向こうもんなんだかんだありつつもこの前も向こうが勝ったんだし…やけに大人しくなってないか?」

「あー、なんかさー向こうもお偉いさん…かどうかは今は微妙だけど…あの大物がやらかしたとかでー…それでこっちどころじゃなくなってるってー…」

「え? どいつだよそれ?」

「…それがさー…」

 

 但し、情報通が多い韓国を戦場としているためか、味方だけでなく敵の方からの不穏な報せも兵卒たちにまで届くようになっていた。

 

 

 

 

 

 ○中華中央部 中華中央部 韓国南部 南原平原 楚軍本陣○

 

「…………」

 

 秦軍側で色々な不安が兵卒に回りだしていた頃、それと対峙している楚軍本陣の一角を、観戦武官扱いで同行していた趙太子の趙嘉が憂鬱を帯びた表情で歩いていた。

 

「…おい、見ろよ…あの人…今の趙の太子の…」

「…あー、こっちに亡命中のあ(・)の(・)後(・)見(・)人(・)がトチ狂ったっていうあのー…」

「…まー、勝手に捕虜を…しかもこっちにとっても要人である人を殺そうとした部下を処罰したって話だけどー…」

「それで亡命組は凄く揉めたって話だよなー…」

「斬った本人はその場で今の秦趙の国力差を考えれば、秦のこれ以上の拡大を阻止するには荒れているあっちの北に手を出す必要があるから、その北の要人である康熙を確保するのが重要だからと最もらしいことを言ってたけどー…」

「あの時の血走った目と顔はもういっちまってたって話だぜー…」

「何かそれで趙は何か太子派が揺れてるって話だよなぁ」

「あー、それで今じゃー次男の方が前までは暗君だったから太子についてたって連中も、今の次男の良い変貌ぶりを受けて前から徐々に流れ始めてるってー…」

 

 その周囲は楚兵やその関係者の他国人が出歩いていたが、彼らは趙嘉を見かける度に不安視する内容のひそひそ声を漏らしており、それは彼にも聞こえていた。

 

「…ええい、どいつもこいつも好きに言いおって…!」

「あの方も何を考えておいでなのだ!? 捕虜を勝手に処分しようとする部下を罰するのはまだいいとしてその場で処刑までするなど…?」

 

 それを趙嘉の側近達は忌々しく思いつつも、それ以上に今は身内の不祥事に対する動揺と不可解さに悩んでいたが、そこで近く何やらガヤガヤとした悪くない感じの人だかりが出来ていることに気付く。

 

「…な、何だぁ?」

「…うう、そういうわけで料理がまずくなったとケチを付けられて…」

「あーそういう時なら煮干しは頭だけじゃなくはらわたまで取り除いて出汁にしてー、それで残った頭とはらわたも捨てるんじゃなくてー…」

「今後の北の樹蜜や建材の取引についてはー…」

「僕が死んでも後任に○○君がいるからーその子かその親戚にー…」

 

 趙人達が気にかかってそこに近づくと、そこには牢に入れられている状態だが周囲を楚人、正確には江東人達に囲まれているが、敵意ではなく親しみのある感じで相談を次々と寄せられてテキパキと応じている康熙の姿であった。

 

「何なんだこれはぁ!?」

「…うわ!? 何だよやかましいなー…ってあんたら趙からの居候組かよ」

「どういうことだこれは!? 何で敵の捕虜とこんな状況になっている!?」

「あー、あの人の今日の見張りが海難事故で救われたことのある人でーその縁でお喋りを楽しんでたらそれが通りかかった人にどんどん広まっていってー、今じゃー同じように恩がある人が中心になって集まって今じゃー相談会みたいになってー…」

「捕虜とはいえ敵に何をしとるんだここの連中はぁ!?」

「べ、別にいいじゃないっすか見張りはおいてるし、他の捕虜は別の所において逃げられないよう質にもしてるし、お互い機密は話してませんしー…」

「そういう話かぁ!? 太子様も何かおっしゃってくださー…!?」

 

 それに趙人達の多くは驚き謗るが、当の主の反応は予想にないものであった。

 

「…美しい…この状況で…何と美しく…強いんだ…」

「「「「「……は?????」」」」」

 

 その時の康熙に向けられている趙嘉の顔は憧憬と感嘆、尊敬に満ちているものだった。

 

「…楚兵に捕まったのならそこまで多分救助は急がなくていい。むしろ救助を強引にしようとしたら危ないから様子見で良いって言われたけど…本当に何やってんだ康熙?」

「とりあえず漂の言ってた通り心配は当分いらなさそうだから今日はこの辺にして帰るべ」

 

 その様子を物陰より微妙そうだが安堵も混じる顔で見ていた羌瘣と越は、周囲に敵が多すぎるのと敵地の深くという状況もあって、その場は一旦帰ることにした。

 

「…おい、趙嘉。あの康熙をここにいる間はお前の侍女として付けるから当分は私の天幕の近くで生活してあいつからいろいろ学べ」

「「「「「…は!!??」」」」」

 

 故に、少しして病衣を着て若干顔色が青いが面白そうなものを見つけた笑みの紅剡がスッと現れて出したその爆弾発言を秦側が知るのは、数日後のことであった。

 

 

 

 

 

 ○秦始皇9年(紀元前238年)南原防衛戦十五日目正午 中華中央部 韓国南部 南原平原 荒巌山○

 

「…とまあ、そんな感じでお前が言ってた通り、凌辱とか殺されたりとかされてる心配は見当たらなかったぞ」

「…そうか、それならいい…じゃ、こっちの手紙は班甲家に届けて」

「漂様、覚冏様にこの内容まで乗せるのは逆効果です。艦盤様へのはよろしいですがー…」

「え? マジで? 昨晩も徹夜でやっと書き上げたのにー…」

 

 数時間後、羌瘣達が戻ったその白漂の今の部屋は今も頻繁に出入りする大量の書類とその処理のための人員で埋め尽くされていた。

 

「…おい、漂…あのさぁ…」

「何だ本来なら今この部屋には入れられないけど机仕事があんまりにも重すぎるから清涼剤要員馬鹿として一時入室を許した信君」

「わけわかんねームズイ言葉にまでいちいち馬鹿ってつけんじゃねー。はっきり言って…今回の戦…最初から…負(・)け(・)る(・)の(・)は(・)わ(・)か(・)っ(・)て(・)た(・)か??」

「「「「「…………!?」」」」」

 

 そこを出入りしていた面々が心中で感じつつもまさかと内心言い聞かせて封じようとしていたその言葉を、もっとも言わないだろうと目していた人物の口から出たことに、周囲は少なからずどよめく。

 

「…最初から負けるためにやるくらいなら戦争なんて避けたいよ。まあ…少ない勝ち目を突きたかったのは確かだけど…それすら外した以上は、その前から練っていた“上手い負け”に持ち込むように務めるのも将軍の仕事の内だろう…偶然ながら今がその好機である以上は生かさないと…」

「「「「「…………」」」」」

「…たとえそれを進めようとしている当人が“ダサい”と周囲からみなされようともね。一人の体面より一人でも多く先が絶やされないように…」

 

 そのどよめきの後に自身へ注がれる重い沈黙の眼差しの中で、白漂は表情こそいつものだが重い眼差しで見下ろす書面に、戦場で振るう得物のような速さと正確さで筆を走らせ続けた。

 

 

 

 

 

 ○秦始皇9年(紀元前238年)南原防衛戦十五日目夕刻 中華西部 秦国中央部 王都咸陽 王宮○

 

「…対魏方面からはこれ以上兵を抜くのは無理だ! 呉鳳明が桓騎と対峙しつつ魏火龍最後の生き残り凱猛を別働軍として出して脇腹から突こうとして来ている!」

「蒙武軍も対峙している媧燐軍が兵力の増強を止めていないから動かせん!」

 

 前線でのそんなやり取りから数時間後、そこも含めた各所からの情報が集積している咸陽の中枢では激論が繰り返されているが、ほぼ詰みとなってこれ以上戦火を続ければこれまでの努力が搔っ攫われるという未来図が彼らの胸中で否応なしに大きくなっていた。

 

「今現在は韓軍が楚軍占領地の韓の南部と東部で降伏した城邑を幾つか再度寝返らせたようですが、すぐに鎮圧されたようで…!」

「これ以上続けば楚軍は平定した地を全て固めて新鄭攻略に取り掛かるのも時間の問題です!」

「そうなれば楚の脅威が東南部だけでなく中央からも直に浴びるようになるぞ!」

「……………」

 

 その状況で普段は冷静な顔で玉座から俯瞰して朝議を見ている嬴政も、深刻さが痛いほどわかるために群臣と混じって地図を、苦悶を滲ませた顔で見下ろしていた。

 

「…こ、こうなれば…やはり…例(・)の(・)二(・)軍(・)を動かすしか…」

「だがあの二者が素直に動くか!?」

「片方は合従軍の時に大きく活躍したとは言っても実態はほぼ他国だし、もう片方にこれ以上大きな権限を今の時点で与えるのはー…」

「何より今の趙王が暗愚で対外的に消極とはいえこれ以上北の国境から兵を削るのはやはり危険がー…」

 

 そうして耳へ直に入ってくる群臣の苦悩が脳髄へ集積して脳髄が回転していく嬴政は、その例の二軍へ意識が向けられていく。

 

「(…危険だが、やはりこの二軍に掛けるしかない! 今現在…韓を攻めている楚軍の名分と実質双方の大将の体調がよろしくない今の内にー…!)皆の衆、よく聞け…これからー…!!」

「「「「「!!!!」」」」」

 

 そして、嬴政が覚悟を決めた顔を上げると群臣の注目は一気に集まっていく。

 

「…我らはー…!!」

「「「「「………………」」」」」

 

 群臣たちの注目と覚悟が集まっていくのを感じ取り、嬴政は言葉が遅くなりつつもその先を宣言しようとする。

 

(…!? いや…待て! これは…勇敢ではなく無謀ではないか?)

 

 だが、正史や原作と呼ばれる時間軸には無かった出会いや経験を得ていたこの世界の嬴政は、現場から伝わる情報、特に己の半身というべき朋友からのそれらもあり、徹底抗戦の決意を吐こうとしたところで躊躇い、冷静さが強まりだした。

 

(…今この時…せっかく生まれ変われたこの国で芽吹いてくれた…大きな力になる多くの芽を…この者達を…失うだけになるのがほぼ見えているこの戦いで…潰えさせていいのか…!?)

「大王様がその御覚悟ならば我々は捨て駒になってでもそのお道を切り開く所存で―――!」

「あってそんなの良いわけなかろう!! その齢でももっと先を大事にしろ!!」

「―――えぐほぉ!?」

「「「「「えええええええええ!?」」」」」

 

 そうして黙っている嬴政に昌文君はまた一人で苦悩を抱え込もうとしていると感じると自分もそれを分かち合おうと名乗り出るが、その直後に主君からの思わぬ言葉とボディブローを受けて悲鳴を上げ、周囲は思わぬ展開にどよめいた。

 

「昌平君! 対魏方面は先の策通りで良いが対趙方面は今の状態のまま待機させろ!!」

「っ! 畏まりました!」

「蔡沢!」

「うひょ!?」

「お前は燕との関係も深いが倭寇対策絡みで同国通して楚とも関係が深いだろう! 楚に掛け合ってこれ以上こちらが削り取られない条件で和平交渉を持ち掛けろ!」

「…ひょひょ…毎日薬膳漬けでどうにか寿命を無理に伸ばしているこの身に…相国に負けず劣らずの無茶ぶりを…」

「成蟜! お前は実母が韓王室の出自でお前も向こうへ人質に行っていた時期に名目上だが宰相位に着けられていた経験で向こうとは伝手が多いだろう! 韓王と今の韓宰相張氏に掛け合って和平交渉に移して楚王と直に会談できるように段取りを付けろ!」

「!? 何を急にそんな無茶ぶりを…そもそも今の状況で楚が現状の占領地で満足するはずがないのは貴様とて理解できよ…っ!? 楚王との会談…だと…まさか!?」

 

 それから矢継ぎ早に下された王命とその内容は周囲、特に指名された二名を大きく動揺させるが、そこから下された結論は彼らの多くの予想を裏切るものであった。

 

「…ああ、ただの和平では向こうが飲むわけがない…だから! 俺が楚王の顔を直接立てに向かう!!」

「「「「「!!!!!?????」」」」」

 

 その王命の終わりは、先ほど和平を切り出された時とは比べ物にならない衝撃を周囲に及ぼした。




次回、別の時代及び地域を舞台にしたあの戦国漫画のオマージュが中心になる予定です。
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