○秦始皇10年(紀元前237年) 元陽暦1年3月11日深夜 中華西部 秦国北西部 西涼 某戦場○
「ぎ!?」
「ぐふ!?」
楊端和率いる山界からモリガン達が移籍してきた日の翌日の深夜と更に翌朝の狭間にある漆黒まで時が進んだ頃、先細くなっていく一方の反秦勢力の一つの拠点より、その首領やその取り巻き達から続々と声量を強めさせてもらえない断末魔の悲鳴が上がっていっていた。
「…あ、モリガン、その敵は死にかけのままで口と手足は縛って止めは刺さないようにしといて。それに昼の敵の指揮をしてもらったら色々面白そうだから」
「あ、なるほどねー」
その悲鳴を上げさせていっていた襲撃者たちの中に、モリガンと現代迷彩服風の隠密特殊部隊衣装の白漂の姿があり、その二人が最も多く血と悲鳴を敵にあげさせていっていた。
「こ、この化け物ー!」
「む」
そんな中でも何名かが襲い掛かってくるが、白漂は彼らをすぐに見やるも特に構えず無防備そうな姿を見せる。
「っ!? 何してんすか!?」
「ぎゃう!?」
「ぐえうぅ!?」
だが、その凶刃は触れる前に白漂が連れてきていた有望な若手達によって口を塞がれながら命もろとも断たれた。
「あれだけ素早く動いていてどうして今さっきはのんびりしてたんすか!?」
「そういうよくわからん隙も複数で補え合えば突かれる可能性も減るって話さ―――」
「死ねぇ…ぎ!?」
「―――あってほら、この通り」
「うわ!?」
当然、怒る若手の後ろからも次の新手が襲い掛かってくるが、白漂は若手の真後ろまで迫っていた敵を槍投げで仕留めて彼を驚かせた。
「…あれ? 何かあそこから悲鳴が聞こえてきたようなー…?」
「よし、もうそろそろ他所の配置の敵兵が集まってきそうねー。よし、適当に火を付けつつけれども敵の兵糧が全ては無くならないように加減しながら帰ろうか」
「は、はい!」
「皆ー、こういう時は向こうからの声や足音がしてくるところから火を付けてくとー…」
(…全て燃やしたら敵さんがやけっぱちになって分捕りに来ようと一か八かで攻めて来たり、もしくは勢力残したまま降服して内側の腫物になるってことを知り尽くしている動きねー。若い子達への助言や叱咤も適時適切でー、競争しつつも必要とあらば協力が自然と出来るように導いてて…、他にも珍しい道具や戦術を考えて現実に上手く用いる戦い方とか…。さらに成長しているしまだ幅もー…“つまらなかったら不幸な事故で別れて山界に戻る”ってのは無さそう…。昔からかっこいいとは思っていたけどー)
「あ、あの…西から来た姉ちゃんもすげー…」
「手を出すのは止めとけ、将軍のまた新しいこれ見たいらしいし…」
今回のこの動きもまた練兵の一つで、その此度の教官の一人にさっそく選ばれたモリガンはそれをこなしつつ、同じように若手の教育を(最近は優先で)している白漂に割と物騒なことを考えつつ、新人たちに教えながら共に撤退を進めていった。
○秦始皇10年(紀元前237年) 元陽暦1年3月12日昼 中華西部 秦国北西部 西涼 某戦場○
「「「「「ウオオオオオオオオ!!!!!」」」」」
白漂による若手教育(兼夜襲)の夜が明けて翌日、その続きであるここ最近にしては比較的大きな戦が起きていた。
その戦場に白漂軍と協力し合う形で西方山界軍の姿もあったが、その彼らにはかつてとは異なる変化があった。
『ウオオオオオオオオ! 畑を荒らさせるなー!』
『切り刻んで豚の餌か芋の肥やしにしろー!』
『く! くそぉぉおおお! 久々に御馳走を食えると思ったのにいいいい!』
『テ、テメエらばっか良い目しやが…ギャアァアア!?』
敵の視線の先には、嘗てはユーラシア内陸部にあることや乾燥地帯及び高山地帯に位置するため嘗てはほとんど荒れ地か雨期限定の牧草地であった、芋類を中心とする青々とした広大な田畑が広がっており、その地主である山の民は背を向けているそれらを守るため必死に戦っていた。
「…うーん、やっぱり“守るべきもの(土地)”が出来た時に人は一番強くなれるんだなー」
『『『『『ギャアァアアぁ!?』』』』』
その中で白漂は今年の主要な日課である練兵を今も行っており、その十星戟を巻き戻し機能付きロープで広範囲に円を描くように、けれども手元で細かい制御を加えることで変則的に刃をずらして、四方の敵を正確に首元から切り裂いて仕留め、あるいは目や手に太腿を潰して落馬させていく。
「…す、すげえ―――!」
『く、くそぉぉ! 貴様だけでも道連れだぁ!』
「死ねぇ!」
「―――えってぐはぁ!?」
その戦い方に新兵達は目を見張るが、その隙を突いて喉元から大量の血を噴出させつつも死に物狂いの勢いで何名かがその身を押しのけ、白漂に迫らんとする。
「ああ! 将軍危な…!?」
「「!?」」
「「ひでぶぅ!?」」
新兵がそれに悲鳴を上げそうになったその時、彼の頭上を二本の矢と二つの流星錘が通り過ぎ、矢は額に命中した相手を気付かぬ顔で絶命させて落馬させ、流星錘は最初に命中した頭を粉砕して脳漿を撒きながらその身を吹き飛ばしてビリヤードのような要領で後続も落馬させた。
(…今の攻撃、流星錘の一つはこっちのだけどー、残りは楊端和の方から共同前線を張るために送ってくれた
「将軍ー、今さっきー敵残党の本陣が降伏すると申し込んできましたー」
「…あ、それならいつも通りの手順で降伏後の処分を進めてー」
その攻撃に白漂が既視感を覚えていると、今日の戦が実質的に終わったことを知らされた。
○秦始皇10年(紀元前237年) 元陽暦1年3月12日夕刻 中華西部 秦国北西部 西涼 某植民市○
「…生糸はあるかー?」
「ああ、こっちに新しく仕入れたばかりのものがあるよー。一つあたり―…」
数時間後、戦後の死体の処理などが終わった頃合いにて、山の民が守っていた畑に近い別の田園地帯にあるその土塁と空堀に守られたその都市は、戦などなかったように交易の中継点として築かれた経緯もあって市場は色々な人種の商人や客で賑わっていた。
「…これまで西へ行く途中で通りかかった街と同じくここも小さいけど賑わってきているなー」
「それは貴方達が切り開いてくれた道のおかげで、このような土地でも豊富にとれる作物とそれを更に生かせる技術が流れ込んできたのでー…あ、これここで採れた木薯と甘蔗*1で作ったティピオカ*2入りの檸檬*3果実酒です。地下水で冷やしておいたのでー…」
「あ、ありがとうー。それでここも他に色々出来ているなー…」
その街の長の館の二階を借りて窓から白漂が眺めている先には、砂漠や草原が多い過酷なこの土地でも育つ、ナツメヤシや芋類に高粱などの他にも、それで良くなった地味や上がった収益を投資して伸ばされてきた用水路を用いて、甘藷や麦類などの畑も広がっており、それらを買い取って加工する工場も見えていた。
「ええ、貴方と楊端和様がより広い世界への道を切り開いてくれたのでー…それでお味はどうですか?」
「戦場で働いて今もその始末の机仕事部分をこなしている身にはこういう甘酸っぱいのは助かるよ。けれどお世話になるね。急にここへの襲撃の情報が入ったという報せが来たとはいえこんな大勢で急に駐屯して大丈夫かい?」
「いいえ、このくらいの数ならむしろ皆が良い客が大勢来たと嬉しい悲鳴を上げています。今は特に西方からの絹と香辛料を求めての隊商が増えていますのでその仕入れ資金が必要ですからー」
「ああ、あれかー…」
窓辺から見える光景に混じるこういう内陸交易都市で首位を争う稼ぎ頭である、秦を始めとする中華で製造される絹製品と、蒙武が切り開いた蜀南及びそのルートで流れてくる香辛料で人々が熱気を上げていた。
今現在、秦は戸籍調査を中心とした国内再編とそのための土木事業に国力を集中していたので、ユーラシア西部ほどでは無いが高値の香辛料や絹は買い手が減っていたので、商機に鋭い商人は余ったそれらを買い占めて西方に運んで売るという商売が流行っていたのである。
その道中にあるここのような西涼や北涼などの植民市はそれで好景気に乗れていた。
「君たちも鼻が高いだろうねー…え…ぐぅぅ…」
「いいえ、私はあなた方の手足としての余波を受けられただけで…あ」
その窓辺から見える忙しいが好景気な現状を眺めている最中に、白漂はうたた寝を始めてそのままパタンと壁に背を預けてズルズルと眠りが深くなった。
「…ヒッポリュテ様ー、貴方からもらった眠剤が上手く機能したようですー」
「敵意や害意には鬼みたいに鋭いのにそれが欠けると鈍くなるのは変わってないな。その辺はこっちで鍛えてしんぜようか…」
街の長が白漂の深い眠りを確認して後ろの扉を開くと、赤髪金瞳のその美女を含めて複数名が現れて彼の身を部屋から連れ出した。
○中華西部 秦国北部 涼湖郡 涼湖(テングリ湖)中南部 北涼府○
「…!?」
「どうなさいましたか?」
「…いや…何というか…またあの人絡みでー…、家臣としては嬉しいけど女としては複雑なことが起きた気がー…」
「あのふしだら将軍ではもう珍しくないかと」
「そんなのもうわかっているからいちいち言わなくていい…」
同じ頃、秦北部の新たな中心地として整備や拡張が現在進行形で進んでいるその地で、薙鍛が何かを感じつつもやや複雑そうな顔、普段通りの怜悧だが嘗てよりかは人間味な温かさを増している捷璘、艶と達観の混じる微笑みのシャンディがその臨月かそれに近いまでになっている腹部を揺らしながら編み物をしていた。
「…でも、何というかここは市井の他よりも手厚いというのもあるだろうが、あの人の子供達は凄いな。誰一人も欠けずに今年の冬を過ごすとは…」
「寒さが厳しい年には産まれた赤子の半分が冬を越せずに死ぬというのは珍しくありませんでしたね…」
「そういう時期は体を温める目的もありますが、悲しさを紛らわすために酒が良く売れました…今はあの方の子が腹にいますので禁酒されていますが…」
三人が居るのは白漂の子供達が纏められて昼寝している子供部屋だが、その室内は薄着でも済ませられるほど十分に暖かかった。
この子供部屋は後代のオンドルを参考にしつつ、この世界では西方からのローマ系移民がもたらしたローマン・コンクリートなど、最新の技術を生かして有毒ガスを通さないで子供部屋室内の空気を温められるようになっていた。
「あら、あなた達が先に入っていたのね」
「ああ、先に使用してすまない紅華殿」
「別にいいわよ。今はあなたのお腹の中にこの子の兄か姉が居るのだから。いくら丈夫なあの人の種でも最善の手を取れるなら取っておくことは無いし」
そのため、冬場のこの時期は子供以外にもその面倒を見る名目で、白家の女性達もここへ集まるようになっていた。
「…ううぅー…紅華さん早く中に入りましょうよ~。ここの生活に慣れた身じゃ冬の残りの寒さでも十分胎教に良くないですよ~」
「あーはいはい、そんなせっつかないのマルター」
「ふふふ、私達も春の雪解けがだいぶ進んだこの時期でも、寒さを嫌って暖かい石中心の部屋の中へ逃げられるなんて…中原の貴族の皆様みたいに贅沢癖がつきましたねー…!?」
今の平和と和やかさに捷璘が微笑みを浮かべたその時、彼女は下半身から未知の痛みを覚えて顔に苦悶の色が浮かんで蹲る。
「…え? ど、どうしたんだジークリ…!?」
薙鍛がそれに困惑して触れた瞬間、彼女も同様の感覚を覚えて芋虫のように丸まってしまう。
「…え? この反応はもしかして…えぐ!?」
それに見覚えがあったシャンディが二人の身を介抱しようとしたその時、彼女まで同じ感覚に襲われて片膝を付いてしまう。
「…あ、紅華さん…これー…あれですねー」
「ええー、そうね姫昭さん。捷璘は今辺りが臨月だし、薙鍛さんとシャンディちゃんはそれを過ぎていていつ来てもおかしくなかったからー…」
「先生達を呼んできてくれー」
紅華達は慣れからその理由に気付き、三人を介抱しつつ専門家の助けを選んだ。
○秦始皇10年(紀元前237年) 元陽暦1年3月12日夜 中華西部 秦国北西部 西涼 某植民市○
「…あ、あのー…悲しいことに見覚えのある光景なのですがー…一応ご用件はー…?」
居城で愛する妻達に女性にしか出来ない最大の仕事がまた来てから数時間後、白漂は駐屯地がある街の一角にある秘密倉庫に椅子へ縛られた状態でいた。
「ああ、この前の合従軍も含めたお礼、それ以降のいろいろ積み重なってきた貸しを返せるだけ返してもらおうと思ってな」
「紅華達とも話し合ったが、交易や協力の件でもっと関係を深め合いたくなったし」
「今でこそ秦王と“喧嘩できるほど仲が良い”な君も、いつ急に政争するようになって粛清されるかこんな時代ではわからんしな。いざという時のために別方面にも血筋を伸ばして亡命先も欲しいと向こうに頼まれたしな」
「女たらしだがその分以上にあんたは顔も頭も稼ぎも腕も器量もすごく良いしな」
「…え、えーーっと…色々とこんな時代だからこそーもっともらしい理屈ばかり出てるのですがー…そんな格好で僕を取り囲んで何をー…?」
そんな自分と何度か共闘したりもした面々も多いその女性達に、白漂はほぼその理由には勘付きつつも藁にも縋る思いで問う。
「子が必要だから君を抱かせろ白漂」
「いやそれ普通は男の言葉!! そんでお前はこんな状況でも元気だな馬鹿息子ちっくしょー!!」
シレっとそう言い放ち、自分を誘拐及び監禁した西方山界及び西涼諸都市の女性達が自らの衣服に手をかけ始めながら距離を詰めて自分の衣服にも手を掛けてくる状況と、その先を望んでボトムを突き破らんばかりのテントを張っている愚息に白漂は複雑な内心が伺える叫びを上げた。
次回、久々(?)の濃密な夜になる予定です。まだ誰を出すかは未定なので興味があればこちら(https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=280174&uid=48501)に意見を寄せてみてください。
それと今回、主人公が飲んでいた飲み物の参考にしたものはこちら(https://x.com/kaioosima/status/2069096861617811552)に載せています。