現実の時代考証的には有り得なくても、空想の世界ながらそれを可能にする異世界系や過去世界遡り系ジャンルを生んだ人々は本当に偉大だと思います。
○秦始皇8年(紀元前239年) 秦国北部 対趙国境付近 某戦場○
「「「「「ワアアアァアアァアアアアアアアァアア!!!!」」」」」
それは白漂が課論の練兵場でセレーナ達と睦言を交えつつ、練兵を終えて同地から朔方城への帰途についた日から数日後のことで、そこからそう遠くない秦領で秦と趙の小規模な合戦が行われていた。
但し、昨今の秦の北方での勢力拡張の影響で、趙側はほぼ飛び地となっていた山間の小城に籠っている状況であり、秦側が多数で攻めよせているという状況である。
また、現在進行形で秦軍に起きている変化の一つが如実に出ている場面の一つでもあった。
「ええい! くそぉ! 秦め北の野犬共を金で大勢掻き集めてきおって!!」
「前は荷を全て城に引き込んで立てこもっておれば何れは退いていったのに連中が城攻めの道具とか色々入れ知恵するからここまで攻めこまれて来たではないか!」
防衛戦で苦境に喘いでいるその趙兵達の罵り声が示す通り、今この地を攻めている秦軍は本陣当たりの正規兵や技術者に指揮官等を除けば、そのほとんどが金銭などの報酬で集められた北の民から集まってきた傭兵なのである。
何故、こうなったのかというと現在のモンゴル方面における秦の勢力拡張が根本にあった。
李牧に雁門で匈奴が大敗させられたことで同国による現モンゴル地域支配が多く揺らぎ、その隙を突いて秦が多くの地域で主導権を握ったわけだが、こうなると今までは匈奴など各部族による緩やかな統治の下で自由に出稼ぎ(中華圏への略奪)に出ていた人々は、秦というこの時代における世界各国の中でもとりわけ強力な中央集権体制国家に組み込まれて出来づらくなったのである。
当然、そのままにすればせっかく広がった領域は不安定になるので、秦側はその遊牧民の性質を生かして兵団に組み込んだり、羊毛など畜産物の大産地であることを生かした工場への投資に用いたり、農業技術の発達を生かした北での開拓に投じたり、モンゴル地域一帯の豊富で且つ採掘が容易な地下資源採掘に雇用したり、楊端和ら山界とも協力して中華外西方への交易の拡大などで労働人口の消化に勤しんでいたが、中には先祖代々に渡って中華圏への略奪を主とした戦闘行為が主業となって他の業種への転換が難しくて且つ一から十まで正規軍のように組織に縛られるのを疎むグループも少なくなかった。
そこで、今現在のこの地で見られるように秦各地の戦場で傭兵として雇う事が盛んになったのである。
統制や占領地での治安面など問題はないことはないが、それ以上に対西域貿易の黒字と、蜀南地域と現モンゴル地域での金山銀山開発で彼らに給料として支払う貨幣の原資には困らないので、秦国における貨幣経済の進歩と国外への秦国通貨の普及による他国への経済的影響力強化に大きく貢献していた。
「うぎアアアァ!?」
そうした状況もあって守備側である趙軍の苦境の要因が説明されている間に、亀甲衝車(衝車に防御用の盾などを取り付けたアップグレード版)によって遂に趙側小城の城門が破られてその煽りで城門を守っていた趙兵の一人が腹に大穴を開けられて打ち飛ばされた直後、そこへ戦慣れしている北の民で構成された傭兵たちが雪崩れ込み始めた。
『シャアア! 殆ど怪我や死人を出さずに城門を破れたぞ!』
『お先ぃ!』
『ああ! 待ちやがれ…!?』
流石にこの時代における民族単位で見れば最強角の一つといっていい所の出自である彼らは、瞬く間に城内へ躍り込んで浸食し始めていくが、当然それを防ごうとする気概のあるものが趙にもいるわけで、今も先頭を突き進んでいた傭兵の一人の首が勢いよく撥ねられた。
「ええい! 李牧様がいない間しか強く出れん獣共め―――」
「邪魔」
「―――えぶべぇ!?」
その首を刎ねた小柄な青年が次の標的に襲い掛かろうとするが、それは真横からいきなり飛ぶようにして豪速で現れた覆面の傭兵の膝蹴りで顔の左半分が拉げて左目が飛び出ながら飛んでいってその辺の壁に叩きつけられたことで叶わなかった。
「ば!? 馬風じ―――!?」
「邪魔だ!」
「―――い…様…!?」
それに青年の側近の一人が悲鳴を上げたところ、巨大な鉄塊が放つ鈍い銀色の輝きが彼の視界を遮った直後、その胴が紅い中身をまき散らしながら宙を舞った。
『うぉお! “血染めのセシル”だ!』
他の傭兵からその名を叫ばれた鉄塊を思わせる大剣を血に濡れた状態で担いでいるのは、赤を基調として黒も用いた目立つ自前の甲冑で包んだ170センチ台の筋肉質だが細い長躯と青黒い長髪に緑色の大きな瞳が特長的な剣士であった。
『え、ええい! あんな細身であんな大剣を早々に振り回せるか! さっさとやべぇ!?』
それに気後れしそうになった趙側の小隊長の一人が周りを叱咤しようとするが、その直後に彼の胴もまたそのセシルが大剣を棒切れのように降った事で周囲の衛兵ごと一瞬で刈り取られた。
『生憎細身のわりに人間じゃねえ力って言われながら育ってきたのでな…』
「うわ、あの人…前もそうでしたけど…今やすごい力持ちですねー」
「最近、報告書の名簿で活躍している傭兵の名前の中に知っている名の秦字の音読みでの音写語と思われるのがあったからまさかと思ったけど…やっぱりあの子―――」
「ガアアアアアアア!!」
その傭兵セシルに別の傭兵団を率いる覆面で隠した二人は驚いたり、懐かしそうな反応を見せながら裏返らせた声で会話するが、先ほど片方が飛び膝蹴りで吹き飛ばした青年が顔の左半分が潰れて左目が直視し辛いブランコ状態となりながらも背後から襲い掛かってきた。
「―――おってあ! 危ない!」
「え…ぬおおお!?」
急襲に気付いた覆面傭兵の片割れの声で気付いたもう片方はすんでのところで回避するが、その青年の振り下ろした剣で鎧の前面は縦の斜線上に切られ、肌に傷は付かなかった代わりにその鎧とサラシで抑え込まれていたであろう豊満すぎる巨乳がボンっと弾けるように外気へ曝け出された。
「…は―――!?」
「何すんですかー!? どうありゃー!!」
「―――あぎぃ!?」
それを見た重傷の青年趙兵は一瞬で右目をギョッとさせて頬に血を集め始めるが、その隙に顔を真っ赤にしたその傭兵が覆面でも僅かに見える目元を真っ赤にしながらも拳を撃ち出し、顔の残った右半分も背後の壁とその見た目によらない剛力を乗せた拳のサンドイッチで呆気なく拉げられた。
「あ、ヤバいホノカ、さっきの声で何人かがどっかで聞いたことがあるよーな声だなーみたいな顔をしたのが味方だけど何人かいた。バレる前に本営に戻ろう」
「…は!? りょ、了解したですよー」
「あーもう、傭兵で勇猛そうなのを自然体で見たいって理由で、思い付きで傭兵に扮して潜入なんてするからこんな事にー…」
そうして瀕死の虫みたいにピクピクと痙攣しながら横になった青年趙兵を残し、先ほど発した警告の声音で正体露見の切っ掛けに気付いた覆面傭兵改め白漂は、もう片割れの覆面傭兵で胸を曝け出されてしまったホノカを引き連れてその場を後にし、同じく傭兵に扮してこの戦地へ潜入していた白漂軍所属の味方もそそくさと退散していった。
『…先ほどのあの声…やはり―――』
『団長! さっきの間に他の連中がもう本丸の城門までとりついてるみてえだ!』
『―――! 分かった!』
その後姿にセシルはその声音が柳のようでありながらも芯の強さを感じさせる声を漏らすも、率いている部下の声でいつもの状態に戻るとその場から駆け出した。
今回、白漂達は傭兵達の中で有望そうなものを探す一環として、帰り道の途中で近づいたこの戦場に傭兵に扮して参加していた身であった。
○秦国北部 対趙国境付近某城砦 白漂軍野営地○
「…昼間に久々に見たセシルを始め、傭兵も多くなるとその中に有望そうなのが多くみられるようになったな…」
昼間で秦趙の国境線ではよく見られる(今の秦側には)小規模な戦闘の一つが起きてから日が暮れ始め、夕刻になってその近辺に設けられた城砦に仮設された本陣で、白漂は昼間で直接見た者らも含めて各所で名を上げ始めている傭兵達に付いての報告書に目を通していた。
こういう傭兵というのは正規兵と比べて補充のしやすさと切り離しが容易い反面、容易に所属先を変えられたり、間者の潜入先として容易なので注意が必要なのである。
(…有望なのは青田買いするのが一番なんだけど、北の出自に持つ傭兵は一カ所に留まるのを嫌うのも多いし、かといって放っておけば他所の…場合は敵国に抜かれる事もある。傭兵を正式雇用を多くするのは嫌だという正規兵もいるし、一番なのはこちらと組んでいるのが一番いいという状態を長らくさせてこちらに好意を抱かせつつ、正規兵達と慣れさせて自然に移籍させるのがいいんだけど…っ)
その時の白漂は一人で深く考えたいのもあって城砦近くの茂みを一人で散策していたのだが、そこで一陣の風が吹くと彼は瞬時に数メートルも勢いよく飛びあがり、その空いた空白を一瞬だがカマキリの鎌に似た大鎌が大きく走りぬけた。
「「「「?????」」」」」
直後に周囲の茂みは横一文字に真っ二つと化してその上が勢いよく宙を舞うが、それに全身を隠した不審者の首もまた鮮血を撒きながら混じっていた。
「…ちょっとー、護衛がいるのに気付いてるからって気を抜きすぎじゃない? 女の子をここまで働かせるのって男としてどーなのー?」
茂みの下の方には首を失った胴体がバタバタと倒れていったが、その中で唯一立っているのは四肢が異様に細長い全身甲冑で包んだ異形の武者で両腕がカマキリのような構造となっている異形の兵だが、その声は艶を帯びながらも十分に若い女性のそれである。
「そっちだってその新しい傀儡を試したかったくせに
「ベー」
白漂が真顔で問い掛けるとその異形の鎧武者の背中がセミの脱皮のように大きく割れ、それから一人の少女が飛び出て舌を見せた。
その結羅と呼ばれた少女は160センチ台の発育の良い肢体を十代後半と感じさせる白い素肌に包ませていて、おかっぱ頭を赤い紐で結って赤い瞳で小悪魔的な美貌を形作っていたが、その衣服はノースリーブに胸の深い谷間が丸見えで深いスリットが入ったミニスカートの黒いくノ一風衣装という非常に煽情的な格好をしていた。
「傀儡の中にこもることが多いからってそんな恰好までしてるくせに」
「そっちはこういうけしからん格好を夜の相手する子には着せる道楽成り上がり坊ちゃんの癖に。遠路はるばる東海方面から戻ってきたんだからもう少しねぎらってよ❤️ 紅華さんから私達にも夜のお務めの参加のお許しが出たとは言っても、私がそれを聞けたのはこっちへ戻ってくる最中の燕にいた時だったんだし」
明らかに身長とあってない大きな鎧を脱ぎ降ろした結羅は白漂に深く寄りそって、その背を傍らの樹木に押し付けさせる。
「そうは言っても(この世界での)“倭”の言葉を扱えて習俗に詳しいのは中華では東海三国を除けばそうそう多くないんだから仕方ないだろう。ここから先は寝床に戻ってから」
「はいはい、んっせと…」
自身の肌に心地よい感触を覚えさせる結羅の胸の感触を楽しみたくなりつつも、この場ではTPOを白漂は持ちだして城砦中心部に設けられた本陣へ戻り始め、離れさせられた結羅も先ほど脱ぎ降ろした大型鎧を着こなすと不気味な動きで付いていった。
(…この世界と僕が知る前の前の世界の歴史は似てる所がありつつも違う点も大分あるとは思うけど…僕が知る限りの中で、中華及びその周辺で一番前々世とは違うのが東海…それも、前々世の故郷で、前世の故国の源流に位置するだろう“倭”だろうな…)
今の仮宿へ向かっている先も白漂は思考を重ねているが、その中で彼が最も強い印象に残っているのが、中華と東海を挟んで脅威となっている東夷の最大勢力“倭”であった。
前世や前々世における東シナ海である東海は、前世と当世では資源地帯である島嶼軍を多く抱えており、燕斉楚の三国が海上覇権を巡って鎬を削る状況であるが、その三ヵ国にとって大脅威となっているのが倭である。
白漂が紫夏と共に中華中を行商として回っていた時期に、楚にも出向いていた時にはその倭に住まう倭人の海賊である“倭寇”の被害に遭った沿岸部の村落を目にしたことがあるが、その被害は匈奴の襲撃を受けた趙北部の僻地に引けを取らない被害であった。
燕を回っていた時期に出会い、今では同国の上級大臣をしている知人によれば、春秋で覇を競い合った呉越や、楽毅合従軍大戦時に斉から発生した大量の難民が流れ込んできたことで大幅に早く文明や技術レベルの進歩が起きたのではないかと考えられるが、それにしても情報を仕入れれば仕入れるほど早すぎる感じが否めなかった。
(…僕以外にもシルヴィアやミナイにジョゼのように、前々及び前の世界や他にも違う歴史を辿った時間軸に出自や前世を持つと思わしい子は確かにいるにはいる。そうした子がこちらの世界のあの国にも流れたりしたのか? 前の世界のあの国も鎖国…というか海禁された場合の世界に比べれば発展が早かったけど…、それでも新大陸まで早期に行って進出したのは異常だし…。何より、言語的には前々の世界はもちろん、前の世界の方の僕等がいたあの文化圏の公用語に、近代以降に欧州圏から入ってきた外来語が無いのを除けば近いし、何より、結羅達が持っていた技術等はこの時代の中華で失われた技術とかがあるのを考慮しても進み過ぎている面が多いし…)
その思考は鎧を着こんで共に歩きながら進んでいる結羅にも向けられていた。
彼女は主にこの世界の倭とは早期から友好関係を結んだ斉にある、両国人の雑居地に暮らしていた混血児の出自らしいが、幼少期に倭国の方に売られて前々の世界のこの時代にはまだないはずの“忍者”として養育されてきた身の上の一人である。
それからして、秦が朔方郡を置いた時期に養育していた倭国の隠里における権力争いで付いていた派閥が破れた巻き添えで粛清されるところを、所属時代に活動していた伝手で斉まで亡命した後、そこも追っ手が来るようになったので内陸部まで逃げた果てに、秦が朔方郡を置いた始皇3年(紀元前244年で現時点から5年前)に仲間達と共に行商を装って秦北部密入国した所で捕まるが、逆に技術者として売り込んだことで今は表向き侍女と行商(その裏は技術者で時々間者)を兼務して北中華を西は秦から東は燕斉の海岸部まで活動する諜報網の一翼を担っている。
ちなみに、結羅は彼女の育った地の読み方に従って“ユラ”と呼ばれているが、これも偽名で本名を知るのは彼女と共に亡命してきた同朋と受け入れた白漂ら数名だけである。
(…現在は北中華とモンゴル地域も含めた北方一帯を広く且つ深くカバーする諜報網を整備したことで、その責任者をしていた僕と管轄する中央の政達の所には他よりも早く且つ細かく東海一帯の情報も入ってくる。それを検証する限り…倭国の現在の状況は前々の世界における同地域の14世紀辺を基調としながらも軍事技術などは戦国を主体として一部はその更に先が混ざった混沌とした感じの状況らしい。西域でも前の世界で言うオリエント及び地中海世界辺りも前々の同時代よりも遥かに多数の勢力が並立した混沌として且つ争乱の激しい状況にあるらしいし…?)
白漂の思索がこれまで仕入れてきた情報の広さと深さもあって思考もより深みに浸かっていたその最中、彼の頬を微かにだが生温かい血が濡らした。
「…だーかーらー、姿と気配消してる護衛がいるのに気付いてるからってそんな隙ありと見られるようなぼさっとした顔で歩いているとこっちの仕事が増えるでしょ」
気付けば城砦の裏門が見えた所で、秘かに尾行していたのには気付いていた刺客らしい男が近づいてきたのだが、それは白漂が関心を向けようとしないのを隙と誤認して襲い掛かろうとしたところ、結羅が内部から動かす傀儡式甲冑の刃を生やした剛腕で白漂の背後で頭を瞬時に握り刻まれた事で彼の頬を濡らす血になったようである。
「…(明らかにこの子の見た目不相応な身体能力からして、前の世界にいたような人間以外の知覚種族の人達も過去に何度かこの世界に来てて子を残しているようだし…)そうだね、今はこれ以上考えてもそんな大きな手は打てない状況だから、今は君たちの好意にも乗りながら夜の仕事もしないとね…(この発言自体も前の世界の思い出せている記憶からして、フラグな気もするけど…高すぎる勘のおかげで警戒の念が強まっているだけと思いたい…)」
白漂は頬に流れる血の感触もあって直感が動いているのには気付いてはいるが、まだ秦では遠方過ぎる地の話なので、直感によるいつもの警戒だととりあえず片づけて裏門を潜った。
今回、出てきたのは筆者も含めて読者の皆さんの多くも当時にて性を目覚めさせられただろう“逆髪の結羅”ちゃん(の同位体?)です。