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○秦始皇8年(紀元前239年) 秦国東北部 対趙国境付近 拡珉 白漂軍野営地○
「……………」
深夜になっても河了貂は遠征の為の事務処理に取り組んでおり、周囲には彼女と同じ甲や翟に叙瑛等といった軍師や参謀メンバーが書類の見直しをしていた。
(………明日早朝にはもう残りの部隊も到着して兵力は揃う。これから向かう戦場はこっちにとっても遊び場同然に感じるのが大勢いるだろう戦地。兵糧及びに装備の準備も万全…だが、やはり最大の懸念は…今回の戦が初の
書類上の準備は万全であるが、その最大の懸念に河了貂が理屈と勘の双方で懸念を表情に強く浮かばせた時、彼女たちがいるゲルのドアがノックされた。
「…ん、誰だ…………え、漂?」
「あー皆まだ起きてて良かった。もう紅武と郭備の了承は取り付けてて今年に将軍職に復帰して留守中の北を守備軍率いて守ってくれてる里甲の推薦状も貰ってる。後はここにいる面子に直接紹介して了承を得れば終わりだ」
ドアを開いて現れた白漂の背後には、彼女たちが見知っている顔や初めての顔が複数あった。
(秦北西部の王族傍流で大力士としても名高い剛将の
まず河了貂の目に留まったのは蒙武級の筋骨隆々とした巨躯をギリシア風の兜と鎧で固めた大男の嬴闘。
軍師たちの彼らに注ぐ視線の内容はバラバラで期待が多めであったが、一方で不安も多分に混じっているものであった。
(…その嬴闘殿の斜めすぐ後ろには匈奴より内紛で離反した大種族を男顔負けの豪傑である母の早逝と男兄弟がいないことで継いで五千の将となり若さに相反した勇武知略何方も感じさせる武功を上げつつもまだ戦い方が荒いバトゥ)
後者の視線を叙瑛がまず向けたのは、180近い長躯を黒の鳥風の衣装の兜に甲冑で固めた銀髪のまだ若さが残る女性バトゥ。
(他にも仁庇や猛氾は千人隊を率いていて防衛戦に長けているが…)
(他の戦い方がまだ発展途上だ。他にも磨き始めているが何れかでまだ欠点が目立つ者が多いが―――)
「そんなのまだ若いのが多い身で信陵君合従軍との戦いに加わってた僕らも同じだ」
「―――!?」
甲や翟が不安に傾きだしたその時、白漂はあか抜けた笑みで共通した不安を覚える二人の耳に囁き掛ける。
「その時の苦い経験を得た僕らと今度は昔の自分である彼らの眠ってる力の引き出し合いこそこれからの戦には必要だろ。ていうかもう何度も経験してきた道だよ」
「「「「「!!」」」」」
白漂の言葉に軍師達は過去の自らを思い出した表情になる。
「……うん、そうだったね…!!」
そして数秒の沈黙の後、河了貂が若さのわりに中々太々しい笑みを浮かべて最初に肯いた。
「…それじゃあ今からでも彼らを含めての軍の編成し直しを―――」
「あ、書類の方に資料があったからもう私が昼間に組んでたのを思い出したわ。後は遠征中は色事は程ほどにしかできないから、思う存分やりたい子は今晩の残りの内にね♪」
「―――おごぉ!?」
但し、それに続いて更に仕事を重ねようと立ち上がった河了貂であったが、叙瑛の一つ思い出した表情とその余裕ある煽情的な言葉に大きくよろめかされた。
「……ん? 何か胸が一瞬チクって痛みがしたぞ」
「…んんん…あー、私もなんだか胸が一つ締め付けられたような感じがするわ…」
同じ頃、その河了貂の恋人である信と、彼と柱にしがみ付いた立ちバックで繋がっている玲花が自分たちの天幕で怪訝な顔を浮かべた。
ちなみに、これからまた短くない実戦が続くのでその間は激しくは出来ない色事を、今のうちに恋人や妓女とヤリ溜めしておこうという考えの者は二人以外にも大勢いて、陣の各所から甘い嬌声と肌を打ち合う音が響いていた。
戦場という生死の境目が近づけば、人は子孫を残そうとする本能が強まるので強まることと、その衝動が民間人への犯罪に向かう可能性を考慮すればこれがそうしたリスクを少なくできる最適解の一つでもある。
「夜の時は張り合うことが多い…というか貂に張り合われることが多いけど昔通りに仲は良いよな玲花って…」
「まーね、初めての頃はぎくしゃくしてた感はあったけど…見方を変えれば共有財産を自由に使え合っ…子供の頃から同じ男を好いてきた同士だもの。仲悪くなることもあればよくなることもあっていいでしょう」
「おい、ちょっと待て。今さっき俺凄く貶された風な言い方しなかっ…うお!?」
その中で地域差はあれど男尊女卑が強い時代らしからぬ発言をかます玲花に信は眉を八の字に曲げるが、玲花は彼に振り向くと片足を大きく上に曲げて男根を大きく締め曲げ、更に曲げた方の爪先で信の無防備な背筋をなぞるという我が身の高い柔軟性を生かした愛撫を食らわせてきた。
「…んんんん…さあ、遠慮はいらないから腰をもっと激しくしてね…もうそろそろ歩哨に出てたステラと机仕事に回ってた貂も戻ってくるから…二人のための時間も用意しないとね…んん❣」
玲花がより男根との密着度を高めて凹凸に抉られる心地良さを求め、己が長足をより信の背筋に絡ませて肌の感触を楽しみ合いながら膣も捩じるような締め付けを生じさせたのと同時に、信も彼女のもう片方の足を抱き上げてより彼女の脳髄まで甘い稲妻上れさせられる膣奥を付けるようにする。
「…っっっっっっっっ!!」
「っっっっっっっあぁ❣❣」
そして、しばし互いの肌を打ち付けあったのち、二人は繋がりし最奥で生じた幾百度目かの爆ぜに、飽きようのない心地よき忘我の白光に満たされた天に突き上げられたかのごとき極みをに味わわされた。
○秦国中央部 王都咸陽 王宮○
「殿! 既に白漂軍はほぼ集結を終えて明日に拡珉を出陣できる見通しです!」
「おお! 対韓方面で桓騎将軍が大きく戦果を挙げているし、ここで白漂将軍ならあの李牧が復帰しきれていない今の趙国より大きく領土を削ぎ取れるだろう!」
夜遅くなった時間帯でも、王宮では昌文君を中心として高官達が秦軍の各戦線の確認をする大本営会議を開いており、その多くが景気の良さそうな声を上げていた。
「………………」
その中で数少ない不可解そうな顔色を浮かべている一人が昌文君であった。
「殿、やはりご懸念は拭えませんか?」
「ああ、呂不韋派が今回の指揮官の人選に邪魔をしなかった事が気になる。屯留で謀略を潰された後にしては妙に大人しい。もしかしたら既に別で動いている後かもしれん」
「左丞相、彼の地には秘かに大王様が久方ぶりに白漂の様子を見に出向かれている。傍らに配置している護衛には朱凶らも混じっておるから何か掴めるやもしれん…」
「そうだな肆氏。大王様が見送りたいと仰ったので護衛は多く配しておるが…」
開戦する前である現時点では至って順調であるがゆえに、昌文君らの懸念は却って晴れそうになかった。
○秦国東北部 対趙国境付近 拡珉 白漂軍野営地○
「「「「「………………」」」」」
河了貂達への新メンバーの本格的な紹介の翌日、集結し終えて休眠と朝食も済ませた白漂軍野営地が片付けられた地にて、整然と並びながらも沈黙を保って静寂とした畏怖を放つ白漂軍の姿があった。
その軍勢を見下ろす丘の中腹に、白漂軍の千人将以上の者全員が集って並んで彼らと共にある男の登場を待っていた。
「……朝早く良く集まってきたな皆!」
「「「「「「「「「「!!!!!!!!」」」」」」」」」」
そして、その待ちわびていた男である白漂の登場を確認するや否や全員に声なき緊張と高揚が走り抜ける。
(…断片的に思い出したあの赤壁に出陣する直前の孫権や周瑜もこんな気分だったかなー。いやまー時系列的には向こうが後世だけど…だが、心中だけでマネするのと現実にあやかるのは別だ…全ての創造は何かしらの模倣と何処かの破壊神の息子様も取り上げたし…なら、遠慮なく取り入れさせてもらう)
白漂は幾度かの夢で断片的に思い出した記憶を辿りつつも、現実には丘の中腹の最上層に馬上で止まると自らの意思をもって眼下の軍を見渡して静かだが遠くまで伝わる声音で問いを発する。
「僕は始めに皆に問いたい!」
「「「「「「「「「「………………!!」」」」」」」」」」
「この中華、否、天下で秦以上に猛者が集まる国は他に有るか!?」
「「「「「「「「「「否!!!!!!」」」」」」」」」」
そして、白漂の問いに対し全将兵が乱れ無き整然とした態度と渾身の叫びをもって返す。
「この中華で最も天下に近い国は秦以外に有るか!?」
「「「「「「「「「「否!!!!!!」」」」」」」」」」
「ならば…我らは東に進むべきか!?」
「「「「「「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオウウゥウ!!!!!!」」」」」」」」」」
問いが重なるのと比例して返される咆哮が最大限に達した直後、白漂は趙がある東を指さして号令を発した。
「…ならば、全軍出陣だ!!」
そして、再びの咆哮を背に白漂は趙への遠征に自軍を引き連れて出陣した。
「うおおおお! 遂に北の軍が出陣だ!」
「がんばれー草原の民ー!」
それを見下ろす丘の上に築かれていた新興の前線都市拡珉城の城壁と麓には、その出陣を一目見ようと群衆たちが集っていて、彼らもまた歓声を上げていた。
「ついにご出陣ですね」
「ああ、そうだな
その中には護衛達や耀と言う一人の女性と共に市井の者に変装した嬴政の姿もあった。
そして、壁上に立つ嬴政と丘を降りて軍の先頭に立った白漂はほぼ同時に互いの存在に気付いて視線を交わし合う。
(武運を祈る)
(そちらも)
言葉を交わさぬまま両者が礼を向けあった後、白漂軍八万六千は趙に向けて軍靴を向けた。
そして、この白漂軍による対趙国遠征の出発は当日のうちに各国へ諜報員による伝令鳥で伝えられ、少なからず衝撃を及ぼしていた。
○中華北東部 燕国○
「ぬあ~~~~に~~~!? 遂に白漂が一軍の大将で出陣だとぉ!?」
中華北東部に位置する燕国の現筆頭大将軍オルドがその報せを聞いて大仰にだが嬉しげに驚いて見せていた。
ちなみに今現在彼がいるのは、匈奴の衰退に伴い空白地となっていた現中国の内モンゴル東部辺りで、北の民の耳の速さを生かしてその報せを遠方ながらいち早く聞き入れたところであった。
「オルド様ー、やっぱ同じ華夏生まれなのに異境の地で身を立てた先達としちゃー興味津々っすか―?」
「おーうボジョクトー、それとー
「ばっちりっスよ~。こっちと同じ民族の兵が秦も大勢入るようになってるので~。ま~向こうも同じこと考えてるっすけどね~~」
「ぬあっはっはっは! 乱世とはいえ世知辛いものだな!」
歳に似合わぬ闊達で若人っぽいオルドの笑い声が、秦と同様に北で広がりを見せている燕の北辺でしばらく響いた。
○中華中央部 魏国西部 対秦国境地帯○
「…そうか、やはり李牧が戻り切れてない今の趙に間隔なく攻めに出るか…白漂…」
先の著雍攻防戦で大きく失点を負わされた呉鳳明もまた、著雍・山陽奪還のために詰めていた魏国西部前線の城でその報告を聞き入っていた。
「それで趙側の指揮官は…?」
「は、それが先の合従軍戦では白漂傘下に煮え湯を飲まされたものの、その後の対燕・斉戦で武功を積んで挽回した例の将です」
「…そうか、ならば前に負かされた経験がある以上は油断はすまいな」
「それでは鳳明様、我々が成すべきことは…!!」
側近らと共に北方に向けていた双眸を、眼前の遠方の丘に陣取る謄軍に呉鳳明は向け直す。
「……まだ結果は予測困難だが…例の李牧の腹心が白漂を討ちでもすれば同方面の立て直しに秦はその分力を割かれる。その際に速やかに眼前の騰軍を撃破して秦東部を切り取る準備に取り掛かれ」
「ははっ!」
魏軍もまたそこの戦況に応じていつでも動けるように再び大きく慌ただしくなりだした。
○中華南部 楚国北西部 対秦国境地帯○
「ほっほー、例の血走り目ん玉の孫がついに一軍の大将として動いたか―」
呉鳳明と同じく先の合従軍戦で名を挙げた身である、現在の楚軍二番手の大将軍たる女傑媧燐も、自身の今の赴任地で白漂軍出陣を愉快そうに聞き入っていた。
「嘗て楚の背骨を一度へし折りかけたあの白起の孫が遂に大将として出陣ですか。本人も先の合従軍戦で弱体化済みとはいえ匈奴を一戦で叩きのめして即座に秦まで戻り李牧の奥の手も潰して失敗させた点からして只者ではないのは確か。けれど大女を好むという奇妙な男らしいですがぶ!?」
その副官で雀斑顔にすきっぱが特徴的な副官バミュウが歴史も絡めて補足するが、最後の一言が今は亡き巨漢大将軍汗明に匹敵する長身の媧燐の勘気に触れて蹴り飛ばされた。
「確か例の俺らと同世代でもある玲花っつー女もいる軍が! あの玲花ってねーちゃんも曲芸師みたいなノッポ女っつー話だば!?」
ちなみに、媧燐がいる城壁の下には先の合従軍戦から彼女の下につくことが多くなった、信達と同世代にして若手有望である項翼もいたが、上から落ちて来たバミュウのクッションにされる形で激突されて二人そろって気絶した。
「…私の前で女の背丈に触れる話を次にしたら今度は蹴りで脳味噌ぶちまける。以上」
「「「「「は、はい…」」」」」
その光景と頭上から冷たい双眸で見下ろしてくる媧燐の能面に、周囲の衛兵たちは黙って肯く他なかった。
○中華北部 趙国西部 離眼○
「城主! 今朝の内に遂にあの秦の白漂がついに例の五丘地帯に向けて出陣した模様です!」
「…っ! 遂に動いたか…! お前たちもすぐに出陣準備に取り掛かれ」
これから秦趙両軍が衝突する予定の戦場より80㎞程離れた城邑離眼にて、同地の城主にして一帯を守備する離眼軍の指揮官たる精悍な男性紀彗が部下からのその報告に双眸が勢いよく開いた。
「城主、やはり例の晩の接触が気になりますか?」
彼の副官で離眼軍の参謀的位置づけである隻眼の男劉冬が周りに他の人がいないのを確認してから問い掛ける。
「…考えすぎじゃねーすか城主。確かにー俺らに気付かれずにあんたのとこまで忍び込んだのは只者じゃねーすけど、少数で敵地まで来るなんて半分自殺みてーなもんだしそんなあぶねー野郎の言に乗るなんざ―――?」
不審な表情を浮かべている劉冬以上に、副将で長柄大斧を担ぐ馬呈が困惑とした顔で決断を促そうとしたところで外壁より銅鑼が鳴らされた。
「―――あ、この銅鑼は…」
「どうやら我々の方も大将ともう一人の副将が着かれたようだな」
迷いを奥底に仕舞い引き締め直した表情で紀彗は腹心らを連れて城外に出る。
「…待っていたぞ、紀彗」
城外に出ると、そこには李牧の最側近で今回の趙側の総指揮官である慶舎が4万の自軍を引き連れた姿で現れていた。
「あ、あの市松模様の衣装の方が…」
「確か燕や斉との戦で武功を上げて最後の三大天の一席に一番近いって…」
「うお!? 見ろ! 西貴の姫昭様も…」
その慶舎軍と並ぶ位置で西貴軍2万も布陣しており、指揮官である姫昭は側近達と共に慶舎の斜め後ろに並ぶ位置で紀彗を出迎えた。
「…離眼・西貴共に揃って必要だと李牧様が述べられた意味が分かった」
「「光栄に…」」
慶舎は蜘蛛のように感情が読みづらい双眸で紀彗と姫昭を見やると、二人揃えてこう評する。
「…お前たちは傾向は違うが本質は私と同質の匂いを放っている…それぞれ左右の副将を任せるぞ」
「ハ…」
「…さあ、此度の得物…白漂とその軍を狩り潰しに行くぞ」
そのすぐ後、慶舎軍4万・離眼軍3万・西貴軍2万の趙軍計9万が此度の秦軍との決戦の地に向けて出陣した。
そこに、秦趙双方の運命を大きく揺らす転換点があるなど、この時点では誰も知る由がなかった。
ようやく、白漂の次のステージへの出発式を描けました。
次回は、ある意味でその彼と同じ立ち位置に位置する趙の市松氏の本格的な衝突に入ります。