内容的にえぐいものがありますが、中国史の暴君エピソードや暴虐伝承にはもっとまずいものもございますので(さすがに創作も混じってるとは思いますが…)、覚悟を決めてお読みくださると幸いです。
○秦始皇8年(紀元前239年) 黒羊争奪戦二日目夜 趙国西部 黒羊 秦軍(白漂軍)右軍影響圏内某集落○
趙軍左翼紀彗軍副将劉冬との交戦で負傷し、部下達と逸れてしまった秦軍三千人将里了は横たわっていたが眼光は強まっていた。
今、自分が対峙している黒羊の集落の一つの長である講英の口から、この黒羊周辺一帯の城邑らの闇が語られようとしていたからだ。
「……始まりは、この地を今は治めておる趙国が生まれる前…まだ晋が形ながらも残っていた時期に遡る……」
「そこまで古く…?」
「姓が示す通り…黒羊の近くに位置する西貴を治める姫一族は元をたどれば春秋五覇にも数えられる文公に端を発する…晋王家の分家の一つじゃった。故に…三晋成立の時の内紛時は王家側についておったが、戦力差はいかんしがたく敗れ…助命こそされたが代わりに旧王家派を引き連れる形でこの地の周辺に追放となった」
「…よく取り潰しにされずに済みましたね?」
「当時の平民に落とされた晋王と違い、その頃の西貴姫家の当主は辺境の防衛戦で三晋も世話になっておった人望の厚い将じゃった。当時は主権と国を奪ったばかりの三晋は諸外国に介入される前に素早く国を固めたかったのじゃろう。只でさえ謀反人という微妙な状況で更に人望のあるものまで殺せば残った下の連中がどんな暴走をするかわからないしのう」
「それが西貴の始まりか…」
「…じゃが、時が経ち国も固まると邯鄲にとってそうした黒羊周辺城邑は邪魔になった」
「…っ、もしかして離眼と昔に地域の覇権を争っていたという暗何は…」
「ああ、邯鄲が適当に経った頃合いに送り込んで入植させた監視役じゃて。他にも黒羊周辺城邑が脅威になりそうになれば適当に理由を付けて圧制し弱らせるのも仕事に入っておった連中じゃ。長らく邯鄲に生殺与奪の権限を与えられていた連中の圧政に他の黒羊城邑が苦しめられていた所で、立ち上がった先代離眼城主紀昌殿の時に起きたのが離眼先代衆大火刑じゃよ」
そこまで重々しい空気で聞く一方だった里了だが、途中でふと思い出して趙右軍の方に触れる。
「それが先ほど聞いた姫柏の惨劇にどうつながるのですか?」
「今でこそ力関係では離眼が上で地位は対等じゃが…かつては旧王家筋である姫家がこの辺りの盟主で紀家は追放時に引き連れられて分封された家臣の家じゃ。実際、先代の紀昌様も含めて代々旧主筋として丁重に付き合ってきた。その付き合いで紀昌様の代で大人の大半を失った離眼にも西貴は惜しまず援助をしてきた。だが、それが暗何の怒りを買って邯鄲にある事が報告された」
「ある事とは?」
「先代西貴城主…姫柏が美男ということだけじゃ」
「…? それがどうして先の話に…あ…」
その思わぬ内容に里了は始め奇妙がるが、現在の趙王の他国まで伝わるその人間性を思い出してハッとする。
現趙王は美形の同性ばかりを愛でる歪んだ性格の暗君として有名であった。
「更にその時、実父が無くなり正式に西貴城主に任命してもらうべく邯鄲に姫柏は出向いておった。当時太子だった現趙王はあの者を見初めて寵臣となるように求めた」
「……先の話からして、当時の城主姫柏は……」
「ああ、現趙王を諫言して怒りを買って暗殺された。その時の西貴衆に同行していたのが今の西貴城主を務めている姫昭じゃ。まだ兄が死んだ事を知らされていない姫昭に肉料理が送られてきた。あの子がそれをある程度食べ進んだところで…あの子はその材料の一部を見せられた……」
「……まさか―――!?
「ああ、兄である姫柏の生首じゃった」
「―――!!」
余りに陰惨な真実に里了は思わず絶句する。
当時の中華には確かに
その没義道な所業を平時で、しかも次代の国権を預かるだろう太子がするなど言葉を失うのも無理はなかった。
「………そこまでされて…姫昭はよくも今まで生きてこれてますね…」
震撼を覚えると共に里了の表情に再び不可解そうな色が浮かぶ。
そのような所業をされれば姫昭も何らかの反抗を起こし、とうに粛清されているのが自然であろうが故の考察だ。
「亡くなった姫柏には当時乳飲み子の息子がおってな。正確にはその息子が正式な西貴城主で姫昭はその子が成人するまでの中継ぎなのじゃ。その子も当時の邯鄲に来ておって、留学という名目で今も人質として留め置かれておる」
「………成程…」
それに対する無理のない講英の話の続きに里了は納得の顔色を示し、続けて深い憂いの表情を趙軍右軍がいる方角に向けた。
○趙国西部 黒羊 中央丘趙側一角〇
「…伝令―! 右軍指揮官姫昭様がご到着されましたー!」
「……来たか―――」
「へっくち」
「―――?」
同時刻、中央丘趙側の周囲を見やすい高所にて慶舎たち趙軍の幕僚らが集っていたが、最後に到着した姫昭は彼の慶舎の視界に入った所でくしゃみをした。
「どうした? この戦況でまさか風邪でもひいたというではあるまいな?」
「いいえ、金毛殿そのようなわけでは…(何やら妙な悪寒がさっき……それにしても…先ほどの白漂のあれは……)」
周囲の困惑に答えつつ姫昭は軍議に加わる。
「…現在の戦況だが、まだ致命的というわけではないが想定とは違い不利になっている。先日の火計で岳嬰が討たれて軍も無視できん損害を受け、更に左軍の方も白漂の懐刀である信めの渡河を許してしまい、そこから大きく押し込まれ続けているのが現状だ。幸いなのは白漂本隊が大きな動きを見せていない事だが―――?」
だが、金毛が地図上を指さしながら現在の戦況解説をしだしたところで、姫昭の身から力が大分抜けて椅子からよろけそうになった。
「―――姫昭?」
「…い、いいえ、何でもありません…(…っ、まさか…ここで先ほど討ち取れるはずだった敵総大将の名を再び聞くことになるとは……何故あの時私は外した!?)」
それに対する周囲の戸惑いをごまかしながら姫昭は否応なしに回想に脳が入り始める。
実は数時間前、姫昭は秦軍影響圏内から帰る途中で同軍哨戒の軽口から白漂の居場所を秘かに聞き取り、そこを狙い撃とうとしていた所だったのだ。
その目論見は大きく進み、彼女は中央丘の味方に近い箇所の適当な高台に至り、そこから見下ろせる秦軍中央軍本陣天幕にいた白漂を発見した。
側近にいる中華十弓の一角から弓も習っていた姫昭にとって、まさしく千載一遇の好機であった。
但し、それは天幕の中で白漂がしていた事を見るまではの話であった。
(……まさか陣中で女性を抱こうとしていたんて…! こちらとは風習が違う北狄の者が多いからって……!!)
そう、姫昭が初めて見た白漂は、姫昭の気配に気づいて妻の一人である王京をその凶刃から避けさせようとしたときのものであった。
当然、王京を抱こうとしていた直前だったので夜ながらもその陽根を奮い立たせた状態で露出させていた。
陰惨な事件を過去に味わったとはいえ、高貴な出自にふさわしい性教育と生来の気質もあって真面目な性格に育った姫昭を赤面させてその弓矢を狂わせるには十分すぎた。
「………それではこれまでの戦況を踏まえて各隊の配置と役目を伝える。まずは…」
その痴態の記憶に悩まされる姫昭を交えつつ、慶舎は軍議を進めて明日の作戦を纏めていく。
○秦始皇8年(紀元前239年) 黒羊争奪戦三日目朝 趙国西部 黒羊 秦軍(白漂軍)右軍前線○
「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」」」
一夜明けて三日目の朝、黒羊は秦趙両軍各将に佳境がもう迫りつつある事を悟らせる熱気にあった。
渡河に成功した信隊が切り開いた突破口より、紅武率いる右軍が中間線を大きく超えて趙軍を押し込み続けていたのだ。
「…三日目にして早くも佳境に入りつつあるな…」
「ええ、そうね…ならば次は……」
それを白漂軍右軍指揮官紅武は剣を振りながら鋭敏に感じ取り、彼に続く形で高所より指揮を執るその軍師叙瑛の意識は中央丘へ向けられる。
そこへ嬴闘が彼女の背後に現れた。
「ハーハッハッハ! 叙瑛殿お呼びですかー?」
(((((…あ、暑苦しい…!!)))))
傍流の傍流とはいえ王族とは思えない脳筋武人の登場に、周囲の他の隊の者たちは内心がそう統一されて背が一様に仰け反った。
また、硬派な外見とは相反するその特徴的な喋り方がやけに印象に残る男でもある。
「これからこの戦況を右だけでなく中央丘にも広げるわ。あなたには昨晩伝えた通りに動いてもらいたいのだけど動けるかしら?」
「ご安心くださーい! 味方の背を守るのは私達の得意中の得意でーす!!」
即座に彼の背後に位置する重装歩兵達が整然と陣形変えを行いながら進軍を開始する。
その一体の生き物を思わせる統一感のある動きはまるで古代ギリシアのファランクスを思わせた。
「……ええい! 何だぁこの馬鹿みてえにかてぇ防陣はぁ!?」
それが見掛け倒しでないのは、趙左軍最前線で大斧を振るい続けるも未だに嬴闘隊前衛も突破できていない馬呈の苦闘する姿が示していた。
「ば、馬呈様ぁ! 右翼の方が別の秦軍に崩されそうでこのままだと右から挟撃されそうですぅ!!」
「くっそぉ! 前の連中が硬すぎるから横撃しようとすりゃあ別の連中がその時のこっちの脇や背を狙ってくるし! まずそいつらを潰そうと出向きゃあ今度は前にいる連中が押しつぶしに来やがる…! 攻めもだがそれ以上になんて躱しがうめえ連中ばかりだ…何処からどう攻めりゃあいいのか…!?」
馬呈が大斧を捌きながら眉間に皴を寄せていた時、彼の傍らに趙左軍を指揮すべきもう一人の男が馬を走らせてようやく戻ってきた。
「敵正面の隊の硬さに気を取られてここに固執しすぎだ。陣を五十歩後ろに動かして右は狭めて密度を高めろ」
「劉冬! ようやく戻ってきたが…顔色が……」
「案ずるな。指揮を執ることに集中していれば無茶にはならん…!?」
劉冬が周囲の案じる声を制しようとしたその直後、何度目かの伝令が彼らがいる本陣に駆け込んできた。
「報告ー! 秦右軍の相当数が右側に我が軍の攻撃圏内ギリギリをそれる形で移動を開始しましたー!」
「うおおお! 早速劉冬様の策で奴らの勢いが逸れ出した―――」
「そんな都合の良い訳ねえだろぉ劉冬?」
「ああ…連中め、このままの勢いで更にこちらにとっての悪手を畳みかけるようだ…!」
「―――!?」
その報告と馬呈達の会話で周囲の緊張が更に高まっていく。
○同時刻 趙国南部 王都邯鄲 宰相府○
趙国王都邯鄲は中華北部を縦貫する大道と、秦と斉を結び横断する大道が交わる経済的にも極めて大きい要所である。
当然、軍事的にも要地であり戦神と称されし秦の昭譲王が大軍を派遣して攻め落とそうとしたものの、一年に渡る包囲戦の末に敗れて撤退に追い込むまでの要害でもあった。
邯鄲は特殊な構造をしており、北側に庶民が暮らす大北城と、それからやや離れて“品”型に配置されて趙王城と総称される東城・西城・北城が城壁を接し合う形で成り立っていて、南側の城市に王や貴族らが住んでいた。
「何ぃ? それは真か!?」
当然、現趙王の寵愛を受けて国政を振るっている宰相郭開も南側に住んでおり、彼は宰相府で黒羊からの報告で喜色を見せていた。
「は、先日の初戦早々にて李牧子飼いで黒羊防衛軍司令官慶舎めの子飼い岳嬰が戦死した模様。更に嫌疑が強い離眼も白漂懐刀の信隊めに打ち負かされて大きく押し込まれている模様です」
「ほほう、そうかそうか…それで暗何に軍監の名目で忍ばせとる大王様親衛隊でわしに近しい者達からはどのような報告がもたらされておる?」
「現在、姫昭と紀彗めを中心に粗を探しておりますがまだ目立った報告はない模様ですが、いずれは時間の問題でしょう……」
「そうかそうか、それでは抜かりなく調査を続行せよ。それでは王宮に向かうぞ…」
腹心に納まっている秦国の間者姚賈と愉快そうに話しあった後、彼らは今の主の元へと足を更に急がせる。
「……そういうわけとのことです大王様」
「…ほー、李牧がごり押しで割り込ませてきたあの蜘蛛男がなぁ…」
数十分後、郭開は王宮大浴場にて湯船に浸かっている現趙王趙偃が歪んだ笑みを浮かべていた。
その周囲には裸体の美童が侍っており、何処か空虚な笑い声を上げながら彼の身に各々奉仕をしていた。
「…困ったものですなぁ。国家の要地である黒羊に身内を強引に配置しておきながら押されつつあるなど…これはまた厳罰ものかと…」
「ん~~~~~~~~~~…思いついたぞ郭開。もしも失敗した時の奴への処罰がな。確かこの前の地震で俺のお気に入りの灯篭が一部壊れてなぁ…」
趙偃が視線を転じると、その先には金銀も用いられて豪勢な装飾が施された灯篭があったが、その内部の火と外気を遮る薄膜が幾分か破れており、何処か陰鬱とした気配を纏っていた。
「おおーー、壊れていてなお雅な灯篭でございますなぁ。それであれを刑罰でどのように…?」
「もしも負ければ奴の子飼いのどいつかの皮を必要な分生き剥ぎにしてあれの修理に用いるのだ。なーに元から材料は見た目だけなら俺のお気に入りだった小僧だったから合うだろう」
(!? どういうことだ!? その言い方だとまるであの灯篭が人から作られたように……?)
灯篭に関する歪んだ会話に姚賈が何かしらの悪寒を感じるも、郭開はそんなことおくびにも出さず話を合わせ続ける。
「…そう言えば今の黒羊で李牧が押し込んできおった西貴の小僧はあの姫柏の弟だったなぁ。兄の息子で忘れ形見でもある
「ほほう? その辺りの話をより詳しく……」
さぞ妙案でもあるかのように自身の歪んだ裁定を口にしだす趙偃とそれに合わせ続ける郭開。
(こ、この男…ここまでとは…!? 直ちに殿達と前線の彼らに伝えねば……!!)
話がある程度進むと、礼で頭を大きく下げたままだったので周囲には見えなかった姚賈の表情が恐怖と嫌悪で大きく歪んでしまっていた。
次回は黒羊に戻りまして戦局が原作以上に多様に動く予定です。
果たして、慶舎君は生き残れるのか? そして彼の上司は職場復帰できるのでしょうか!?(棒)