○秦始皇8年(紀元前239年) 黒羊争奪戦二十七日昼 秦国中央部 王都咸陽 王宮○
秦趙による黒羊攻防戦のその想定外且つ予想以上の結果は各国を驚かせたが、その報せを真っ先に聞いた当事国の片方の王宮は事態の把握が進むに連れて歓喜に傾きだしていた。
「……そういうわけで、白漂将軍は趙国西部の軍事的要地たる黒羊五丘樹海地帯の制圧に成功! それに伴い趙国三大天空席最有力候補慶舎の捕縛達成!! 更に付随して趙国内部における地域対立を利用する形で離眼及び西貴を中心として趙国西部国境地帯の相当数を離反させて制圧しましたー!!!」
「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!??」」」」」
現時点で纏められたその戦果報告に王宮に急遽集められた秦国中枢の要人達は大歓声を上げた。
「…な、何と…!!」
「せ、先せ…ではなくて総司令閣下!!」
「…………(よし!)」
その中で左丞相昌文君が人目である事も忘れかけて片膝が床に付きそうになり、白漂の弟弟子で蒙恬の実弟でもある蒙毅は顎が外れそうになり、彼に視線を向けられていた右丞相昌平君は表情こそ変化はないが内心で大きく息を飲んでいた。
「ぐ、軍総司令…当初の想定からは大きく外れている部分はありますが……」
「ええ、左丞相…」
「今回のこの結果…真に嬉しい計算外ですぞ……!」
そして、両丞相を中心に現状の細かい整理とこれからの対応に話が移り始める。
「……結論から言うと、白漂将軍の今回の働きは我々が進めている趙国攻略計画の大幅な前倒しを可能にした」
「前倒し!?」
「………………」
今回の戦果の本当の意味をまだ理解出来ないものが大勢いる中で、昌平君の解説に周囲の注目が集まる。
その中には、顎鬚で遊びながら無言の笑みを保ったままの呂不韋も混じっているが、それに構われることなく説明は続く。
「…知っての通り、邯鄲とそれを中心とした趙国王都圏は南で黄河に西は太行山脈と守るに容易い地形で我々には通常手段でこれを容易に攻略出来る道は無い。北の方は雁門攻略以降にて大きく我々が削った後だがもうこれ以上は同方面からでは早期の南下が困難な山岳地帯にまで接しており、趙もその事には気付いて各要所の防備を固めてしまった後だ。だが、今回の戦果はそれらを覆す楔になり得るのだ」
昌文君もいつもの渋い表情に戻って説明に加わり、周囲への理解の浸透は早まっていく。
「今回得た黒羊だけでもその樹海地帯でこちらの大軍運用の詳細を秘匿して趙国西部攻略を有利に進められたが、今回寝返らせた二城を中心とした地域は大きく趙国西部に割り込む形となっておる。近年、趙は太行山脈の西側に位置する自国西部の防衛線強化に取り組みだしていたが、それが進む前にこの二城を中心とした地域を抑えたことで奴らの西部防衛線の南北分断を可能とし、更にまだ防備が固まり切ってない太行山脈まで進出して邯鄲王都圏への再びの早期進出も夢ではなくなったのだ!」
「オオオオオオオ!?」
「な、何とぉ!?」
「左丞相が言われた通りです。故に、ここから先はここ咸陽の動きが重要になります」
昌文君が語るこれからの軍事侵攻の明るい展望で周囲が再び大きく沸くが、そこで昌平君がいつも通りの表情で場の引き締め直しにかかる。
「…今回の戦果を齎した白漂軍だが…そもそも同軍の目標は黒羊攻略及び同地の要塞化が任務であった。だが、現状の彼らの兵力ではそこまでが限界で、今回の戦果全てを考慮すると到底足りない」
「…うぐ…!」
「そ、それは…」
「現状の兵力のままだと、下手をすれば同地の防衛のために白漂軍が深入りした後に、周囲の趙軍が集結して包囲殲滅してくる可能性の方が高い。故に、我々が今すべきことは東北部の動かせる余剰兵力を早期に計算し捻出して同地に友軍として送る事だ」
「「「「「!!!!??」」」」」
そして、昌平君が言い放った現実的な考察に盛り上がっていた空気は一気に緊張感へ変えられ、次第にそれは視線へ上乗せされてある人物へ向けられ始める。
その中の一人である李斯も複雑な表情でその人物を見ていた。
(…これは難しい。ここで反対すればせっかく得た大勝をドブに捨てる真似として責任を追及される。だが、賛成すれば大王派の功績を大きく後押しすることに―――)
だが、その件の人物の口から出たのは誰しもが予想出来ないものだった。
「ふーむ、そうじゃな。早くそうした方が良かろうて」
「―――い…!?」
「「「「「!!!!!??」」」」」
一斉に集まってきた周囲の視線など無いかのごとく、呂不韋はあっさりと賛同の意を示し、李斯の口から間が抜けた声が漏れ、周囲は派閥問わず声すら出ない驚きを示した。
「…それでー軍総司令、現地の白漂将軍からは他には何か意見は無いかのう?」
「…そうですね。今回得た慶舎を含め大量の捕虜になった趙兵の処遇についてですが…」
そのような周囲に構うことなく呂不韋はいつも通りの無表情を保つ昌平君と仕事の話を進ませ始めた。
(…どういうつもりだ? まだ何枚も隠している手札は有るはず…なのに邪魔らしい邪魔を今回はせずに後押しすらするような動きまで…この程度で諦めるような男には思えん……)
そうした最大の政敵の不可解な動きに、急遽王宮に戻ってきていた嬴政はいつものポーカーフェイスの下で目を細めさせていた。
○趙国西部 西貴○
咸陽で不可解な動きが出ていたその頃、件の地の片割れである西貴は緊張に包まれていた。
理由は、数日前まで敵として戦争を繰り広げていた秦軍が急速な情勢変化で味方と言う事になり、今やその主将を含めた状態で城を取り囲んでいたためだ。
「お、おい、本当に大丈夫なのか…?」
「確かに一度目に中央軍に襲われたときは助けてくれたけど…」
城壁の上からは説明を聞かされても不安を隠し切れない住民達が彼らを見ていたが、当の本人達は別の問題で悩んでいた。
「……………………」
秦軍の西貴派遣軍の大本営天幕にて、今回の秦軍総大将である白漂が机仕事をしながらも真っ白な燃え尽きた状態で座していたためだ
「…軍師、え、えーーっと…な、何が起きたんですか…?」
「ここで言ったらもっと面倒くさくなるから聞かないで上げて…」
それに戸惑う周囲の衛兵を河了貂は宥めるが、当の彼女の脳裏にはこうなるに至る経緯の記憶がよみがえろうとしていた。
○二日前 秦始皇8年(紀元前239年) 黒羊争奪戦二十五日目昼 趙国西部 西貴○
「…そ、そういうわけでー我々は姫昭らめの裏切りとーにっくき秦の奴らに黒羊を奪われたせいで故郷である同地を追い出されたために―、ここまで逃げてきた身でして―、これらの貢物を捧げますのでどうかお慈悲をー…」
その日、王都からの監査役本隊に再占拠されてしまった西貴を、黒羊樹海地帯から落ち延びてきた難民達が押し寄せてきて、代表者である講英は恭しい様子で監査役達に挨拶していた。
「…ふーむ、それは災難であったな。それでは貢物を検分するので城内の正門裏広場に来るがよい」
「ありがとうございます。よーし、それでは皆のものー荷を持ってはいるのだー」
少々して、難民達が荷を携えた状態で続々と西貴城内へと入っていく。
「うほー、結構な上玉がいるじゃねえかー」
「田舎娘にしちゃー磨けば良さそうな娘がいるぜー」
その中には、女性も存在しており、市井で生活しているがために汚れが目立つため派手さは無いが監査役達の食指を動かせる娘も多数いた。
○秦始皇8年(紀元前239年) 黒羊争奪戦二十五日目深夜 趙国西部 西貴○
難民達が逃げ込んでから日も暮れた後、城内は彼らによって持ち込まれた酒やご馳走を用いて監査役達が酒宴を開いていた。
「ぐはははは! 離眼めにはぎりぎりで逃げられたが西貴には天罰を下せたわ!」
「全くですな! おーい、村娘よもっと酌をせーい!」
「はいはーい、どうぞどうぞ―(うわあ、マジでこいつらさっさと始末したい…)」
その中で相手をする女性達の多くが実は白漂軍で勤務していた女性が髪を染めたりなどして変装していたもので、何故かその中には絶妙な女装で傍目には長身美女にしか見えない白漂が内心で非常にうざったそうにしつつも営業スマイルで加わっていた。
「…うぐぐぐ…な、眠くなってきたのー…ぐーーー…」
「うぐぐぐ…お、女よー相手をせーい…むにゃあ」
だが、その宴の最中に酒宴を楽しんでいた監査役達を始めとして趙側の人間たちが猛烈な睡魔に襲われだして横になっていく。
更に、そうした光景は宴会場だけでなく城内の大半で見られていた。
「……うちの薬学部隊で開発した新型の遅効性睡眠薬が上手く効いたな。よーし、合図を出して」
それらを一通り確認した白漂の合図で、城内に忍び込んでいた女兵の一人が眠りこけている衛兵の一人から弓矢を奪って火矢を天高く打ち上げると、西貴を取り囲む城壁の何カ所かより多くのロープが垂らされた。
そうしたロープから西貴近隣の林に難民等に扮していた白漂兵達が城壁を上り、次々と城内への侵入を成功させていく。
「よし、漂、十分な数が入ったべ」
ある程度の秦兵が城内の中枢まで達したところで、変装などはせずに素で軽々と忍び込んでいた越が宴会場の影よりヌッと姿を現した。
「よし、姫昭が囚われている地下牢獄には羌瘣達が向かっている頃合いだ。僕たちはここにいる面子を始めとして城内の監査役要人達を拘束する。講英殿いいかな?」
「う、うーむ…儂らとしても姫昭達を救出するためならもうお主ら秦の側に着くのも構わん。じゃ、じゃが…何で総大将の貴殿が直々に女装なんぞまでして潜入されておるのじゃろうか?」
「…うぐ…そ、それは……」
悩ましそうな講英の問いに白漂は微妙に顔を引きつらせる。
五日前に白漂達は趙西部の調略のために、逃亡し降伏してきた西貴兵の懇願を受け入れて姫昭らの救出を決めたが、その際に協力を申し出てきたのが樹海内集落の一つで隠者として生活していた講英であった。
実は彼は姫昭の祖父で、以前から西貴はその出自から邯鄲に粛清されるだろうと予想していたが、身内の伝手で姫昭らの危機とその救出作戦を聞きつけるとそれ及び戦後の協力を申し出たのだ。
おかげで白漂達は趙軍も知らない趙国西部の秘密の近道から短時間で西貴までたどり着き、潜入することに成功できたのである。
その為に今現在同行している講英の存在に顔を引きつらせている白漂に助け舟が出された。
「…あー、それはですねー。こういう所へ潜入作戦するにはやはり―女性が一番良いのですけど―万が一のことを考えると―やはり腕利きの人を多くそろえた方が良かったのですが―、幾らウチでも急にそれだけの女人を集める場合には数が足りなかったのでー、それを補うために―旦那様も加わることになりましてー」
「…いや、そんな作戦じゃとそれこそ儂が心変わりするか含みがあってこっちまで誘い込んだ後で密告して一網打尽にする可能性だってあるじゃろうて。それなのに貴殿はどうしてこんな決断が出来たのじゃ? そしてお主らも主君の決断だからってどうしてこんな判断に自分達の命運も預けられたのじゃ?」
「(それはそうだけど初めは女性を連れてきた仲人業者を装うには顔が知られ過ぎてるから、代わりに素地が良いからと譜孝が寝ている間の僕に化粧しまくってこんな女装させてきたのが直接の要因だろうに…)まー、その辺の細かい事情は機密として…僕はこう見えても人を見る目には自信が有るぞ。そして将軍としてなら人望にも―――!?」
但し、今朝に気付いたら今の格好になってしまっていた理由と、その犯人にしてケケケと笑っている同じく変装中の譜孝の存在、本作戦及びぞれを受諾した自分への不安を隠さずに指摘する講英に、白漂は感謝よりも胃痛を先に覚えてしまっていたが、そこで彼は自分達以外の気配を宴会場に面した中庭より小さくも感じとる。
「―――誰!?」
「!?」
白漂が瞬時に宴会場を飛び出して中庭でその気配がした茂みに手を突っ込むが、引きずり出したのは無表情がちではあるが驚いた気配を発している小さな子供であった。
「………小さな子供か。悪いけど事が終わるまでは眠っててもらう…!?」
その姿に安堵しつつも必要な処置をしようとし始める白漂であったが、そこでその子供は彼の顔と胸元を何度か見比べた後、その胸元の着物の襟を勢いよく引っ張った。
当然、綿などで中から盛り上がった胸元のサラシが曝け出され、それに手を伸ばして感触を確かめた子供の次の一言はこうだった。
「…男の人なのに女の人の格好してる。変態…?」
「!!!!???」
無表情で心底不思議そうに言い放たれたその子供の言葉が、白漂の心にここ数年間覚えたことがない痛撃を与えた。
○現在 秦始皇8年(紀元前239年) 黒羊争奪戦二十七日昼 趙国西部 西貴○
「…白漂将軍、もうそろそろ西貴城主代行の姫昭殿との会談に入りますがー」
「……え…あ、あぁ…そうだね。しっかりしないとね…」
灰になるに至った原因に白漂が何度目かの回想に入っていたのがその時であったが、流石に参謀の一人から重要な予定を告げられると白漂の意識は現実に戻った。
「その調子のままで人前に出たら後の
「ハイ! 全力ヲ尽クシマス!!」
(((((奥方強すぎ!!)))))
だが、いま一つ締りが無かったので紅華が刺すような視線も添えて発破を掛けると、白漂は声こそ棒読みながらもバネ人形の如き勢いで立ち上がり、周囲の側近たちは白目を剥いた。
そして、数分後に臨時で設けられた会談の場で双方の代表者が出そろう。
その中で、身なりこそ整えているが生気が大きく削がれて憔悴が回復しきれていない姫昭が西貴側の中央に居り、すぐ皆斜め後ろに彼女の最側近で世話役も務めていた老将鋼仲もいた。
「…此度の秦国対趙遠征軍総大将白漂である」
「「「「「!!!!!!!」」」」」
それと正反対の席の中央に座る白漂が会談の場で第一声を放つと、身を貫く熱を宿した威風が放たれて西貴側の代表が息を飲む。
(……若い…それゆえに精気が漲っており、それでいてそれに見繕う以上の器量と智慧を携えた瞳を備えておる。我が国も…このような若人が王であってくれたなら…この子がこのようなことには……)
「…この度、西貴代表として参りました姫昭でございます。これまで幾度となく逆らいながらも厚かましく救援を求めた我らをお救い下さり、誠にありがとうございました…」
「…き、姫昭様……」
「…う…ぐぅぅうぅ……」
鋼仲はその敵将であった男の姿に感嘆し、同時に自分達が置かれていた状況に対する嘆息を覚え、姫昭はこれまで苦渋の末に積んできた努力の悉くが本来味方であるはずの者達に無駄にされた事実で気力が消沈していたために力ない声で答え、他の側近たちはその事に悔恨の声を上げて、中には目じりを濡らす者達までいた。
「(…本当に強いものが堕ちるは…根元が曲がるのではなく…そこからぽっきりへし折れるようなもので深さが酷いというが…これがまさしくそれだろうな。このまま放っておくと、この者達に抑え込まれていたこの地の連中が今こそと立ち上がって不安定になりやすい。なら、まずは少しでも守らなくてはいけないものを戻さなくてはな。先生たちに送ったあの書簡が受け入れられれば…)いや、こちらこそ逆にこうしてそちらの慈悲にすがらなくてはいけない可能性もない訳ではなかった。先ずは…」
これが旧趙国西部国境地域での今後の政情にまで影響を及ぼすと見抜いた白漂は、それの解決が一朝一夕ではないと共に、その第一歩を確かなものとするべく言葉を続けた。
○秦始皇8年(紀元前239年) 黒羊争奪戦三十日昼 趙国西部 黒羊近郊原野○
「…………来たか…」
西貴での最初の会談を終えて三日後、大急ぎで黒羊樹海地帯の近くまで戻った白漂はもう一つの会談相手の姿を見た。
その姿は、自軍の大半を居城に置いて再びここ黒羊に帰順交渉のために訪れてきた紀彗ら離眼の代表達であった。
「……改めてお会いします。離眼城主紀彗です……」
「「「「「……………………」」」」」
姫昭と違い憔悴こそないが重い緊張感を纏って紀彗が同地の会談場所にて白漂達の前に現れ、そのすぐ後ろには声こそ出していないが憤懣と敵意が隠しきれていない離眼の重臣達が出そろっていた。
「此度の秦国対趙遠征軍司令官白漂である。貴殿らの恭順を我ら一同は歓迎する」
「…歓迎ねぇ…それはまーあれだけ手の込んだ大芝居でこっちがここに来るしかなくなるまでしたんだからそれだけこっちを評価してるんでしょうなぁ?」
「馬呈!」
その場での白漂の第一声に、馬呈が此度の経緯を絡めて皮肉を吐くが劉冬が叱る。
「構わない。どの道にこの場ではそこへの苦情もある程度吐かせた方が良いと判断したから側近たちの同行も認めたからな」
「「「「「????」」」」」
それを白漂が予想外の理由で窘めると離眼側代表の多くが戸惑う。
劉冬がそれを見渡して今一度眼光を鋭く引き締め直すと、白漂に向かって問いを放つ。
「…それでは白漂将軍、私から一つ問いをさせてもらいたい」
「構わない。言ってくれ」
「……此度の我々の趙国からの離別と秦への帰順、この結果は…私を捕虜交換でこちらに帰したその時から思い描いていた結末か?」
「「「「「!!!!!!!!!!」」」」」
その問いで離眼側に怒りとは別の不安と警戒心による緊張が走る。
此度の結末がそれほど早期の段階で練られていたものだとすれば、白漂はこちらよりも洞察力が高くて且つ頭も切れる逸材だという事だ。
その点で彼の真意を読み取れるようにしていかなければ、今度は離眼らが秦によって捨て駒にされる未来を辿りかねない。
逆に、その白漂将軍と利害関係を一致できるように出来れば今後の故郷の安全保障で大きく役立つ。
劉冬はそのために自分が睨まれてしまう危険性を承知の上で即座にその問いを放ったのだ。
「…いや、その時は単純に離眼や西貴とかが不安憶えた今の趙王や趙宰相に無茶ぶりされて負かしやすくなれそうだなーって感じだった」
「……っ…当然だろうな。あの時点でここまで読み切れている男であるがゆえにこうなったのも必然…え!?」
「「「「「えぇ!!!!??」」」」」
故に、白漂が若干気まずそうな表情で当時の心境を正直に語ると、劉冬の押さえつけるように冷静さを保っていた表情が搔き乱されるのも、他の者達の顎が大きく開いたのも自然だった。
「いや!? ちょっと待て!? あんた俺らが寝返らざるをえなくする状況にするのが初めから目的だったんじゃなかったのか!?」
「いやさあ、こんな何日も殺し合いをしてきた仲にそんなことを普通いきなり期待できるわけないだろ?」
それが余りにも自然体過ぎる態度だったので戸惑う離眼側を代表して馬呈が思わず上体を机に乗り上げさせるが、白漂は逆に何を言っているんだという感じで言い返す。
「考えて見ろ。幾ら過去に確執があるからって国防が掛かっている一戦の間にそれを理由に疑える要因が出来たからって指揮官を処分しようとしたりするなんて普通あり得るか? 敵の謀略の可能性もあるんだから通常は監視役を付けてあれこれ注文を付けるのに留めるのが普通だろ。僕たちとしてはそこで生じる隙間から中央丘を要塞化出来た後で奪い取ればいいくらいの算段だったんだよ」
「…え、じゃ、じゃあ待て…それじゃあ中央丘を一時明け渡して以降の行動は…!?」
「あれもその時は隙を作らせるのが目的くらいだった。だが…それ以上を行ったのが今の趙王と趙宰相のあれっぷりだ」
「「「「「……………………」」」」」
白漂の言動に離眼側の脳裏に先日まで所属していた国の歪んだ性癖の王と、それの最悪な意味での忠臣である今の肥え太りまくった宰相の姿が思い浮かんで奇妙な納得を得る。
確かに、あの二人の暗愚ぶり及び姑息ぶりは自国内でも有名だったが、ここまで酷いとはこうなるまで気付けなかったという点で彼らも同じであったためである。
「…それでさー、その結果として今の邯鄲が自国の安全保障すら後回しにしてそちらを潰すように動き出したわけじゃないか。当然、戦場で対峙してるんだから間諜は常にしてるもんだし直ぐに入ってくる。それをこっちで色々調べてみたらどうやら邯鄲側は今回の戦で生じた不審点を理由にどっちみち離眼と西貴を潰す本音だったのが見えて来たからー、こっちが攻めるんじゃなくてそれを押せばこっちの味方に出来そうだなーって思えたから押してみたら予想以上に都合の良い流れになったからー、それで生じた流れに乗っからせただけだ」
「「「「「…………………………」」」」」
戦時における白漂があの謀略を推し進めたその際の判断のあんまりな理由と、それを飾り立てず真っ正直に述べた理由に離眼側は却って絶句する。
普通なら、たとえそうであってもそれを隠して初めから計画済みであったと騙って自分の立場を大きく見せるのが普通だからだ。
故に、意識が戻ると離眼側は大半がヒソヒソ声だが大混乱しだした心境を打ち明け合う。
「お、おい! こいつ本気で言ってるのか!?」
「あれだけの謀略が場当たり的な産物だと!?」
「そんなの信じられるか!?」
「普通はすべて計算通りだったと押してくる材料にするだろ!?」
「だ、だがそうした方が良いのは普通分かるのにあえてそれと真逆であんな言い方をするなど…!?」
「な、何か裏があるのではないか…!?」
主君が有能な善君であるためになまじ有能な彼らは混乱がますます深まるが、それに紀彗は心底恐ろしさを感じていた。
(違う! 白漂は嘘をついてるようには見えん…! だが、ここで実情を一部暴露したことで我らの内部を自分自身に対する見識の違いから混乱させて独力では纏められぬようにしたのだ! 私がその事を後で説いてもここまでなったこの者達は信じ切る事は出来ん! これでは趙に猜疑心を極限まで抱かれて離反せざるをえなくなった我々は故郷を守るためには秦から増々離れられなくなる! 郭開とは別の方向で油断ならん恐ろしい男だ…!)
軍の総大将を一時とはいえ任されるだけに知啓が深い紀彗は、白漂が正直にある程度情報を開示した方が良いという程度で話した内容から、却って彼の意図を深読みして畏怖を強めてしまう。
「…そのような経緯だから、急にこちらを信用しろとは言えないから今日は一つそちらにとっても悪くはない話を用意したんだ。今朝に軍総司令から鳥である許可が下りてね。実は………」
「「「「「………!!!!??」」」」」
そして、白漂が信頼回復のための第一歩と言う程度でこの場で持ち出した次の話題が、紀彗のその畏怖を離眼全体へと浸透させた。
色々と紹介したい話が有りましたので、今回だけでは収まりませんでした。
次回も黒羊攻略の影響を受けた各所の話になります。