ちなみにこのSSの存在理由の一つであるあのシーンは…もう少しお待ちください…。
○秦始皇8年(紀元前239年) 黒羊争奪戦三十五日昼 趙国南部 王都邯鄲 王宮○
「……そ、そういうわけで趙国西部防衛上の要所黒羊は秦軍によって占領され、更にそれと内応していた離眼及び西貴はこちらの取り締まりを寸前で逃げ切って秦側に周辺城邑群を引きつれて寝返り、更に防衛軍司令官慶舎及びに唐満含めた監査団の大半が捕虜とされました…」
黒羊において離眼が驚嘆する内容を白漂に聞かされてから五日後、敗北した側である趙の中枢にて郭開は前線からのその報告に無数の青筋をこめかみに浮かばせられていた。
「…お、お、お、おのれおのれおのれ李牧めえええええええ! 貴様の所のものがどれだけ死のうと構わんが貴様が贔屓にしていた離眼と西貴にまんまと逃げられるとはぁ! しかも大王様お気に入りの寵臣である唐満に手柄を立てさせて喜ばせようとした儂にまで責任が及びそうな終わり方ではないかぁ! ええい! 何とかして全責任を奴に被せねばぁ…特に今現在大王様の寵愛を最も受けてる一人の唐満まで捕虜にされたのはまずい! だが、どうすれば…!?」
憤懣と狼狽で肥満体の巨躯をドスドスと動かし、今にもギシギシと悲鳴を上げている床を踏み抜きそうな郭開に、秦からの間者である姚賈が助け舟を出した。
「…落ち着かれてくださいませ宰相閣下、実は解放された監査役の一人の手によって秦国からこのような提案が…」
「…む、ど、どのような内容じゃ…こ、これはぁ!?」
姚賈が取り出したその書簡の内容を読み進めて歓喜して落ち着きを取り戻すと、郭開は彼と共に保身へ全労力をつぎ込み始めた。
○中華南部 楚国北西部 対秦国境地帯○
「ムグー! ムグー!?」
邯鄲で再び郭開らの良からぬ企みが進行していたまさにその時、秦国とはある河川を挟んだ楚のある城の望楼でバミュウが今にもへし折れそうな背骨の痛みを訴え続けていたが、それは彼に噛まされたボールギャグらしきものに空しく打ち止めにされていた。
「…まーんまと良い所だけを掻っ攫っちまったよーだなー。白漂の坊ちゃんはよー」
「ぶはぁ!? ぜーぜー…で、ですがこの結果は未だに信じられません! まさかあれっぽっちの兵で黒羊のみならず趙の西側をあそこまで大きく削り取るなど…損害も考慮すれば媧燐様の予想すらも超え…え? 何か軽くな…もげぇ!?」
そのバミュウが四つ足を付いて曝け出した背中に媧燐は含みのある笑みで乗っかっていたが、ボールギャグらしきものから解放されたバミュウのその言葉を聞くと、すぐに笑みは消えて彼の背に高価だが重そうな座布団を乗せて再び座りなおした。
「なーにを言ってるんだねバミュウ君? 私はー黒羊戦開始の報せが入った時になんて言ったかなー?」
「は、はいいいいい! 地元だし守戦は得意な慶舎もいるしで基本は趙有利だと言われてましたぁあああ! けれども慶舎の上司の李牧と仲が悪い郭開の豚野郎の干渉次第ではそれが入れ替わる可能性も高いと仰られてましたーーー!! 言い忘れてしまっててすみませーん!!」
「…だがまー、確かに趙の現馬鹿王のせいで仲が最悪とはいえ…山脈西側の連中を今回の段階でこんなに寝返らせるとはなー…」
「か、感心したい気持ちはわかりますがこの状況ではそればかりしてられる暇は趙側にはなさそうですよ! 郭開の邪魔のせいで李牧が進めようとしている趙西部防衛線強化が遅い状況で中間点に位置する西貴とかが秦に付くと奴らは太行山脈早期攻略を可能にし得るやも…もごぉ!?」
その笑えない主従漫才に絡めてバミュウが苦痛以外にも苦言を呈そうとするが、そこで媧燐が再び含んだ笑みを浮かべて彼にまたボールギャグらしきものを噛ませた。
「…言っただろーが、戦場で有利でも文官の豚共のせいで駄目になる例なんざいくらでもあるって。今回の大戦果で今度は秦の連中がそうなるんだよ!!」
「!?」
そのやり取りで出た媧燐の何か訳知り顔なその発言に、彼女と同じ望楼で対岸の秦側の城を見張っていた白麗の顔に困惑の色が浮かぶ。
「…それになー、ここまで大勢の連中の予想を裏切る真似を仕出かして
「……………」
「もごおおおおおおおお!!」
媧燐が強調したその単語が白麗にはなぜか只ならぬ気配を感じさせて、バミュウの今にも折れそうな背骨が鳴らす悲鳴を聞こえさせなかった。
「…なーんか対岸の楚軍から妙な声が聞こえてくるのー」
「…攻めに来る気配は無いしそれくらいはどうでもいいでしょ…」
「……
但し、対岸に位置する秦側にはバミュウの悲鳴は微かにだが届いており、それが秦側の望楼で特徴的な冠を被って茶を注いでいる男と、その隣にて車椅子に乗っている、顔が被さっている巻物で見えないが艶のある黒髪に混じるメッシュを入れたような赤髪が印象的な女性に反応させた。
○中華西部 秦国東部 対魏国境地帯 著雍○
「コココココ、まんまとしてやったようですねぇ白漂とその下の若人らは」
「ふん! 拠点一つに一月も掛けるなど悠長過ぎだ!」
「おい」
山陽及び著雍奪還を狙う魏軍を最前線で警戒している騰もまた北からのその朗報で楽しそうに喉を鳴らし、対照的に録嗚未は鼻息を荒くして隆国に窘められていた。
「まあまあ二人ともそう熱くなるのはおよしなさい。彼は今回の拠点攻略は犠牲を当初の想定の半分以下で済ませた。更にそれと連鎖させて起こした趙西部進出ではそれの想定も含めれば本来出る被害の一割以下で済ませたのだ」
「チ!」
騰にも続けて窘められて録嗚未は舌打ちするが、騰は対峙している魏軍と自軍の建造中の要塞を見渡して言葉を続ける。
「今回制圧した地の広さと人口の規模で言えば白漂の抑えた地の方が大きい。こちらの要塞化の重要な部分も進めばこちらからも幾つかの隊は白漂に回さねばならなくなるな」
「そうですな、対趙攻略を考えれば今回白漂が成した働きはすぐにそうせねばならぬ重いものです」
「「「「「………………」」」」」
騰達の言葉のやり取りに、周囲の将兵達も期待と緊張感を強めた様子で北の方角を見やった。
○秦始皇8年(紀元前239年) 黒羊争奪戦三十七日夕刻 秦国東北部 黒羊五丘樹海地帯○
「……そういうわけでー、先ほど伝書鳩のやり取りで例の捕虜交換を主軸とする停戦協定が咸陽と邯鄲の間で概ね合意に至ったことがわかりましたー」
各地で今回の戦果を受けて駆け引きが繰り返されている間に、その現場における当事者である白漂は戻った黒羊の本陣でその報告を受けていた。
「よーし、ちょっと時間は掛かったけどやっと勝利が確定したな。それじゃー行くか」
白漂はその報告を受けて大きく背伸びして全身の骨を鳴らすと、天幕を出て中央丘の最頂上へと昇る。
「「「「「……………………」」」」」
そこから見渡せる樹海各所の樹木の開けた合間より、離眼や西貴から安全の確信を得たので、白漂の口からあれを聞くために戻ってきた者達も含めて白漂軍のほぼ全将兵が期待で顔を覗かせていた。
「…この戦! 秦軍の勝利で終わったぞ!!」
「「「「「…ウオオオオオオォォォ!!!!!!」」」」」
そして、主将から聞かされたその宣言を受けて樹海全体が秦軍の歓喜の咆哮で震えた。
「よっしゃあ! おおっぴらに酒を飲めるぞぉ!」
「ばーか! おまえの休日は明日だろ!」
「宴が終わって帰れたら彼女とやりまくるぞぉ!」
「この一月の間に男を作ってなきゃいいけどなぁ!!」
咆哮が一通り過ぎ去ると、今度は隣り合う者同士で今後の期待へ談笑や雑談を交わしての宴に将兵達は移っていく。
「………ふーーーーー…初のこっち単独での中華での大軍戦は最初の予想とは違ったが上手くいったねぇ……」
その光景に悠然と背を向けて天幕に戻った後、白漂は会議の場で重大な発表の代行を終えた直後の若いサラリーマンの如き疲労感に身を支配され、ドサッと勢いよく自身の寝台に腰を下ろした。
「漂将軍、そんな姿を公務中で皆に見せるのは無しですよ。はい、お酒」
その一気にだらけ出した白漂に本日の机仕事を終えた紅華が呆れ顔で酒杯を渡し、天幕の中は彼女を始めとする白漂の妻妾達に夫しかいなかった。
「あーもう、奥様ーそんな固くしてたらー気が削がれちゃいますよー。旦那さまーここ黒羊産果実を用いた甘点心でーす❤️」
「…うぅ…今ここにいる戦が終わった後の妻達で優しくしてくれるのは君くらいだよ譜孝…いけないとわかってても…ハムハム…甘い…」
正室とは対照的に側室には優しく振舞う者がいることに、白漂は過去にならった女難の故事を思い出しつつも欲望に負けて譜孝が差し出した菓子類を素直に食べた。
「あのー白漂様…譜孝さんがそうやって優しくするのは何か大抵裏がある場合が大半ですからすぐに食いつくのは―――」
「あ…あ…んん……??」
「―――あ、遅かった…」
その光景に庶徐が同僚たちとの付き合いや職務上での経験から苦言を呈するが、それが受け入れられる前に白漂は急に催した眠気に寝台へ引きずり倒された。
「ちょっと、あなた今度は何をしたの?」
「…あー、将軍の若気溢れる肉体のお相手を妻である私達はこの一月の間は戦とはいえあまりしてあげられなかったので―、早くその分の挽回をしなくては思ったのですよー♪ まー旦那様に食べてもらった点心には少しでも負担減らそうと眠りを深く催させる食材を使って…む?」
紅華のジト目に譜孝はしてやったりという小悪魔的な笑みで返すが、後者の姦計で眠りだした白漂の身に触れた最初の女性は意外な人物だった。
「…何をしているの?」
「!? いやいやいや! わわわ私はこの人が鎧のまま寝込んでしまったものですから体痛めたりしないように寝巻に着替えさせようと!?」
「ほほう、その前に旦那様のあそこが男としての意味込みで無事かどうかも確かめると…真面目な顔して妓楼育ちなだけあって大胆ですなぁ?」
「ななな何を言ってるんですかぁ!?」
いつの間にか白漂のベルトに手を掛けていた王京は紅華に赤面しながらも苦しい言い訳を放つも、その本心を推論含みで譜孝は刺激し、この中で一番幼い庶徐は真っ赤な慌てふためいた顔を晒してしまう。
「…コホン、まあ…あまり…ウチの軍以外では表沙汰にはなってないけど…面倒くさいことにはさぼり癖結構出し過ぎな旦那様だし…夜の方でもさぼりださないように私達が共同で仕込めるうちに仕込まないとねー」
そうした若さがまだある反応が側室らから出る中で、正妻で一番白漂とは肌を重ねてきている紅華が息を付きつつも情欲で潤いだした瞳を夫に向けだすと、他の女性達も続々と飢えた雌豹の如き視線で白漂を見下ろし始める。
「わ、私…漂様に女の悦びを教えてもらえたのは…ここへ出陣する前の晩だけですから…い、色々お願いします…」
「うふふふ♪ だったらこの人の目を悦ばせられるように私が女の子同士の愛し合い方を―――」
「譜孝、あなたこの一月の間この人と何度かちゃっかりしてるから繋がるのは一番最後よ」
「―――おってぇええーーーーー…」
「旦那様…寝ている間に申し訳ありませんが…私達の情欲が蘇りだした身にお情けを………」
そして、各々愛欲の言葉を吐き合いながら雌豹達は眠り続ける白漂へその美麗だが妖しい指を這わせ始めた。
○秦始皇8年(紀元前239年) 黒羊争奪戦三十七日夜 趙国北部 某要塞都市○
「……山陽と著雍、更に今回の黒羊・離眼・西貴………」
秦側の勝利確定後及びにそれを受けての秦趙停戦の報せは、北の山岳地帯防衛線に属するその都市に左遷中の彼にも伝わり、机上に広げられた地図を睨むその顔は歪んでいた。
「…そこまで気になるなら様子見に行きましょうか?」
「様子見だけで済む話ではありません。本来なら今すぐにでも動かなくてはいけない時が目前まで来ました」
「時?」
「“戦国七雄崩壊”の開幕が迫っています」
「「「「「!!!!??」」」」」
地図を最も睨んでいるその男たる李牧の言葉に、周囲の人間全てが無言の驚愕を浮かべる。
「…ほ、崩壊ですと…!?」
「これまで絶妙な均衡を保ってきていた各国の力関係が変化し…大国はより大きくなって反対に小国はその餌として削られ続け…消滅する時代が来たのです…。その幕を開く寸前まで来ているのが…秦」
「「「「「……………………」」」」」
李牧に続けて全員の視線が此度の議題の中心である秦に移るが、その領域図は白漂の前世の歴史やもう一つの物語と比して大きく変貌していた。
秦の領域は今回得た領地だけでなく、主に北のモンゴル方面と西に向けて大きく領域を伸ばしており、それほどではないが昨今の開明的な進出や開発に進んで白漂前世で言う雲南方面にもじわじわと勢力を伸ばしており、面積で言うならば中華南部の超大国楚に匹敵かそれ以上に広がっていた。
更に全容は秦側の防諜対策で把握出来ていないが、草原の道やオアシスの道を生かした対西方貿易増大と、工業化発展で国内の未開拓地で開発可能領域が増えた事も加わって把握できている以上に国力は大きく伸びていると見てよいだろう。
「……本来ならばもはや新たな金策を探す暇もない以上、我々は国民に掛ける負担を増やしてでも軍強化に動かねばならん立場ですが…」
「!?」
「だ、誰だ…って貴方はもしや!?」
そこでもう一人新たな人物が部屋に現れるが、その姿を見た途端に何人かから懐かしさが滲み出た驚きが出る。
見た目は坊主刈りで口周りが髭で覆われた平凡な顔付きに体躯は小柄だが、纏う雰囲気は濃密な武威を宿していて周囲より向けられる視線には畏敬のものすらも幾つか出ている。
「その通りです。ですが我が国でそれを進めるにはー…」
「今の秦の王様に丞相とは正反対のウチの王と宰相が障害っすねー」
「おい!」
その人物に言を合わせる形で李牧が懸念を示すが、彼の子飼いの将の一人で口元をマスクで覆っているのが特徴の傅抵が軽口だが不敬罪とも取れる発言をして周りに叱られる。
「…それと話は少し変わりますが、邯鄲に留まっている同輩から報せが届きました。秦側と王都の間でこのような条件で停戦はまとまったようです。我々には関係があるようで…」
「…停戦の内容ですか。あまり良い予感はしませんね……!?」
新たな男が持ち込んだその書簡に李牧は目を細めるが、その内容を確認すると困惑と驚きが混ざり合った表情を浮かべる。
「…? 何ですかそのようなお顔を…っ!!?」
それに女性ながら李牧の雁門時代からの配下であるカイネが怪訝そうな顔を浮かべるが、彼女も書簡の内容を確認すると驚愕に戻った。
「……この内容はいったい!? 秦側の狙いは…!?」
「少なくとも本音は額面通りの良いものではないでしょう。ですから私は予定を早めて邯鄲へ調査に戻ります。その事を伝えに来たのです。無論、あちらから我々の復帰のための仕込みも進める所存です」
男は表情こそ平静だが一刻も惜しいという雰囲気で返事も聞かずに背を向けて部屋を後にしだす。
「……ええ、我々も早く邯鄲に戻れるよう勤めます。それまではよろしくお願いします…巷淹中将軍!!」
李牧はそれを咎めずに彼の背を見やってその名を強く呼んだ。
…また、今回もこのSSの存在理由の一つであるムフフなシーンに入れませんでした…。
次回辺りにようやく入れる予定なので、どうかお待ちください。
後、今回出てきた新要素ですが…まだ詳しいことは言えませんが、改変要素もありますけど“漫画版寄り”の予定です。