それに伴い、各方面で色々と被害が出たりします。
○秦始皇8年(紀元前239年) 秦国北部 朔方郡 朔方城○
「…おおー、この子達が此度に生まれた漂様のお子様かのう…」
咸陽にて重大な政策決定がなされた日と、白漂が自身の居城の城壁を登っていた日の間の日中にて、彼の居城にある大広間に生まれたばかりのその二子のお披露目会が開かれていた。
「でもー、当の父君とお産みになられたお二人はどうしてこの場にいないのでしょうかー?」
但し、この場で一番目にしないとおかしいはずの三人の姿は別室にいた。
「大体ですねぇ! 貴方は良い考えも出すには出すけどそれ以上に周りに悪影響を出す愚作の頻度も多いんだから…!」
「「「「…………………………」」」」
今朝に生まれた二子の父である白漂、二子をそれぞれ一人ずつ産んだ彼の側室である藍蘭と杏橋、三者の再会を支援していた庶徐は正座を付かされて紅華に説教され続けていた。
「…あのー…これ…いつまで続くんでしょうか…?」
「……あー、少なくとも今日一日中は続くと思う…」
「…私、まだ産んだあの子をこの腕に抱けていないのですが…?」
「そういった系の苦情を言ってもさらに長引くから今は大人しくやり過ごすしかないなぁ…」
4人は説教を浴びつつ小声で会話しているが、その中で現状を打破できる有効的なものは感じられなかった。
○秦国中央部 王都咸陽 大広場○
「…む? 何だ何だー?」
「大きい巻物がたくさん壁に張り付けられて行ってるぞー」
「他にもその後ろの建物に本がたくさん運び込まれているなー」
白漂達が奥方に説教された日より数週間後、この世界の文化史でも大きく影響を与える一大書物が、ある
「相国様の作品らしいぞー」
「…確かー、名は“呂氏春秋”とするってさー」
呂氏春秋、白漂の前世でこの時代の中華の百科事典と言うべき書物であり、この世界でもそれと共により広範囲で多大な影響を残す書物である。
そして、その切っ掛けを作る宣言が呂不韋の上客の一人によって始まった。
「ここに集まられた各々方! 今ここに飾られているこの書には古今東西これまで全ての知識が集約されておる! 百家の誰であろうと構わぬ! もしこの書物に一字でも添削できた者には千金の褒賞が与えられる!!」
「「「「「!!!!!!!!????」」」」」
また、この世界でも今回の催しによって一字千金と言う言葉が生まれたのは共通であった。
「ほー、久々に咸陽に戻れば相国さんが面白いことをしてるね~」
今回の呂氏春秋発表の催事で沸き立つ群衆の中に、一人の軽そうな雰囲気だが身分は低くない気品のある佇まいの客が一人混ざっていた。
「ほう、白漂の方から移ったうちの後輩のものも幾つも散見されますね」
その傍らには整った面貌を持つがこの時代の女性にしては大柄な美女の姿も居り、彼女の掲げられている書物に対する視線には親しみのある色が混ざっていた。
「むー? どの辺に見れる糸凌」
「天文と道具系が多いですね。それ以外の科学系にも幾つか…」
「おー、何だか暦の方は読んでみれば今までのよりももっと正確そうだな…」
しばらく自国の相国が公表した中華のみならずこの世界の歴史及び学問における重要資料の一つとなる書物に人々は夢中となる。
同じ年の後日にて、今回の発表を吹き飛ばす大事件が自国内で起きるなど、一部の人間たちを除いて誰もこの時点では気付けなかった。
○秦国東北部 黒羊五丘樹海地帯○
「……何? 予定していた増員の半分が今日になっても届いていない?」
一方、秦国の対趙重要拠点の一つである黒羊にてペンテシレイアが困惑を浮かべていた。
「は、それがー山陽著雍及び旧趙西部長官が新しくなったのでー、それに連動して軍の配置や人員を再編成するための一環との事で…到着していない分は別の地で再編成してから送るとの事で…」
「え? 何処で?」
「それがー河了貂軍師ー、“太原”だと…」
「太源と言えば、確か先に騒ぎが起きたという屯留より北でこちらからはそう遠くない地だ。これまでは北東部の国境を守る要所だったところか…」
「そうだねペンテシレイア。前線がより趙側に向けて進んだから防衛上の価値は下がったけど、それでも広がった秦国北部と繋ぐ街道の要衝で行政機能も整っているから、そこで再編成を済ませてから送るというのは不思議じゃないけど…」
同席していた河了貂ら参謀に軍師達も、伝令が伝えてきたその報告の内容は平時なら不自然ではなかったが、近日の中央でなされた人事異動の不可解さがそれに不安を感じさせていた。
そして、それらは黒羊にいる者達だけの感覚ではなかった。
○秦国東部 著雍 同地要塞化工事現場○
「…どういう事だ?」
「? どういう事かな王偉副長」
今も要塞化工事の拡張が進んでいる著雍でも現場の変化を敏感に感じて違和感を覚える者達もいた。
「近日に来た労働者の数が書類上の予定と一致していない」
普通の軍略だけでなく、築城と機械工作系にも詳しいためにそれらを中心に同地で机仕事にも従事していた王偉は、その変化に素早く気付いた一人だった。
「はぁ!? 一番地だけでなく五番地まで儂らで守れだとぉ!? 他は昨晩に到着するはずだった隊の担当であろうがぁ!!」
そうした面子の一人の代行として、王偉と同じ部隊所属の番陽が伝令相手に声を荒げていた。
「そんな我らに当たられても困る! 今の山陽長官の命令でここは要塞化の要所は済みつつあるから優先度の低い隊は対趙方面に送るのだと!!」
「対趙方面? どういう事だ」
「ぬおお!?」
それに対し同じく気がたっている伝令の言葉に違和感を覚え、王偉は望楼から垂らしていた縄を用いて素早く彼の前に降り立って問答に加わった。
「確かに黒羊周辺が本営の予想以上に手に入ったから各所から人を集めているのは聞いたが、その後に今の趙王の急所を突いた停戦条件で同地に対する趙軍は薄いから部隊はそこまで必要ではないはずだ。実働戦力が今一番求められているここからどうして引き抜く必要がある?」
将校だが女性(それも見た目込みで上位)である王偉には急な登場で驚きつつも、落ち着くと伝令は幾分か言葉遣いも柔らかくなる。
「い、いやーだからそんなのこちらに聞かれてもこま…あ、でもちょっと待て。確か旧趙西部に送る前にその途中の別の場所で再編してからだと聞いた」
「別の場所?」
「……え―っとだな…場所は場所はーーーーーーーー……太原だ…」
「「?」」
「「「「「はぁ!!?」」」」」
だが、今度は伝令から出た兵力減少の理由に、今度は困惑した関常と王偉を除いた他の玉鳳隊面子が声を一斉に荒げた。
○秦国東北部 太原○
秦国の太原は数カ月前に謀反が起きかけた屯留よりも北に位置する同国東北部の要所であり、近年の拡大で領域と重要性が増した秦国北部とを繋げる要所の一つにもなっていた。
また、本年度の白漂による対趙遠征の影響で更に重要度が増し、各地から将兵や流民込みで移民が多く押し寄せて賑わいが増えていた。
「仕事を割り振るぞー! 今さっき着いた者らは西の広場に集まれー!」
「蜀方面より鉄と銅が届いたぞ! 工場に運べ!」
「武器も地平線まで続くまでに到着したぞ!」
「城壁を今日中に二段高くするぞ!」
だが、そうした事情を考慮しても異常なまでに太原には人と物の流入が発生していた。
「くっくっく、やっと着いたよ嫪毐」
「こ、これは…!!」
そして、極めつけとして何故か秦国の山陽・著雍・旧趙西部長官となった嫪毐が、太后に連れられる形で同地に姿を現した。
「「「「「……………………」」」」」
二人を守るようにして囲って同行する高官達の姿もあったが、その中に顔を墨色のフードと墨による意匠が施された覆面で肌を隠す異様な姿の者達もいた。
○秦国北部 朔方郡 朔方城○
「…う…う…うわーーーーーー………」
各所で後宮派を中心にきな臭い空気が漂い始めていた頃、白漂の地元では2歳から3歳程の男子が、生まれたばかりの赤ん坊二人にプニプニと触れて不思議そうな顔をしていた。
「どう白陵、この子達があなたの弟と妹よ」
「は、はいははうえ…なんだか……プニプニしてて…ふしぎです……」
紅華が息子達に対して微笑んでいる光景に、藍蘭と杏橋も気持ちが和らいで我が子を愛しんでいた
「ほらほら―、初めて味わうお兄ちゃんの感触はどうかなー白蓮?」
「…うぶーーー…」
白漂の第二子で長女である、自身よりも薄いが焼けた肌に黒髪及び翡翠色の瞳をした白蓮に、彼女を生んだ藍蘭はカラカラと笑っていた。
「うわー…けっこうにぎるちからがつよ…わわわー?」
「むーーーー…」
「いけませんよ白頼、兄君の肌をそのように強く抓っては…」
その妹の方を可愛がる異母兄にやきもきしたのか、白漂の第三子で次男である白頼はやや眉間に皴を寄せて白陵の耳を掴み、母親である杏橋を困らせた。
「…うーーん、この柄はどうかしらー? 案外こっちの方が似合うかもー」
「あわわわわ、だだだ駄目ー手足動かさないでーー」
「子供ってこの時代本当にわんぱく盛りよねー。あー歌ってあげるから大人しくしてねー…」
更に子供三人に譜孝が自ら編んだ衣服を楽しそうに重ね、庶徐はそれに着替えさせようとするも自由に身じろぎする赤子に苦戦し、それに苦笑しながらも王京が優し気に子守唄を謳ったりしていた。
「……………ううぅ…僕も…僕も今度生まれた子供達を早く胸に抱いてみたいし…陵も久しぶりに高い高いしてあげたいのに……!!」
ちなみに、己が子供たちの声を聞きながら、白漂はそれとは壁一枚で隔てられている書斎に紅華のお仕置きで缶詰状態にされ、旧趙西部を中心とした対趙及び北方戦略のための机仕事に従事させられていた。
彼は先の黒羊攻略における慶舎討ち取り一度目の失敗、それによる子供達との面会禁止令違反のお仕置きで、紅華によってここに半ば幽閉状態にされていた。
「(諦めない! 僕は何としてのあの部屋に父として返り咲く! そのためには僕はいくらでも徹夜する! そのためにはいくらでも限界を超えるーーーーー!!)グビグビグビ――――」
「白漂将軍! 大変です!!」
「―――っ!!!!!??」
己が現状に対する呪詛も込めて、白漂は戦場で培われてきた体力と精神力で何日も寝ずに押し付けられた大量の書類を捌き続け、それが終わる見通しがどうにか建てようと、何やら怪しげなものが多く混じった薬湯を飲み干そうとした直後に、書斎の扉を伝令が慌ただしく開いて現れ自分の中で何かがプッツンと切れるのを覚えた。
「さ、先程伝書鳩が来たのですが…それによると、太原に入られた太后様と新長官殿が…“毐国”なるものを名乗って独立を宣言したと―――」
「……あ………?」
「―――おってぇええ!?」
伝令は興奮も落ち着かないままにその大事件を報せるも、白漂はそれが聞こえているのかも定かでないままに、意識が闇に落ちた。
○秦国中央部 王都咸陽 王宮○
白漂が昏倒した数日後、同様の報せが既に届いている咸陽の王宮は騒然となって百官が正殿に詰め掛けていた。
「た、太后様は何をお考えなのだ!」
「勝手に国を作るなど!」
「これは明らかに国家反逆罪だぞ!!」
「向こうからは返事はどうなっておる!?」
「何度も使者を出しておるがその度に大王様か相国閣下でなければ相手にせんと一点張りだ!!」
だが、如何せん起きた騒動の内容とその首謀者が余りにも前代未聞なために、朝廷は派閥を問わず収容が付かない状態であった。
「…俺が言うのもあれだが…
「……っむぅ…!」
その収容が付かない論争を一時停止させたのが、公式上は存在しない謀反を以前に起こした王弟成蟜で、昌文君は苦い顔を浮かべるが言葉は続けさせる。
「…封建制が機能麻痺した西周失墜を契機とする百以上の小国が半独立乱立した春秋時代でもなく、有名無実化した晋を魏趙韓の三晋が分割した戦国時代初期でもない! 今この超大国秦で外戚ではあっても王族が道理もろくに知らん孺子でもないのに首謀となって独立宣言などそれ以外にない!! だが、その意味も知らぬ連中ではないのに独立を宣言するなど…本人達にすればそれ相応の準備を既にしているということになるから言葉を聞く気はないし、早々に自壊するつもりも無かろう」
「そ、それでは交渉は通じんと言うのか…!?」
「で、ではまさかー…!?」
「力技で制圧するしかない」
「「「「「!!!!??」」」」」
そして、少々荒れていた語気が和らいだ成蟜が出した結論に場は再び騒然になる。
「な、何だとぉ!?」
「さ、先の著雍攻略と黒羊攻略で只でさえ国力を大きく消費している状況でそのような…!!」
「…今回の渦中になってる東北部を預かっている俺が一番文句を言いたいがな?」
「…う、うぐ………!」
だが、声を荒げて詰め寄ってくる周囲に成蟜は静かだが濃密な怒気を向けて幾分か落ち着かせた。
(………母よ、貴方のこの行動は…長く…大きくなる……)
その様子を静観していた嬴政の胸中で、情を向けられた思い出がほとんどない実母の姿が浮かび、同時に此度の事態への憂慮を深めていった。
○秦国東北部 毐国 首都太原○
あまりにも突然且つ予想外の事態のために各国から上下問わず戸惑いを集めた毐国独立宣言だが、首脳部の多くは実を結ばないと当初見ていた。
だが、咸陽での論争から数日も経ぬ内に、当の毐国は迅速かつ着実に独立国家としての基盤造りを進めつつあった。
「ハッハッハッハ! 内情が分かった時の咸陽の顎が外れる様が目に浮かぶよ!!」
事実、毐国は首都と勝手に定めた太原で朝廷もまた開いていたが、そこには国内外より集った多くの重臣達が揃っており、その光景に太后は哄笑を放っていた。
「文官武官もこの時世あちこちに燻ってる奴なんざぁ大勢いる。王族身分の金とコネさえあればそいつらを幾らでも引き抜けるもんさ。なー趙高?」
「は、はひぃ!」
その太后の傍らには上級宦官の一人にして、此度の建国の裏の立役者と言うべき趙高が付き従っていた。
「そんで咸陽がこっちにうるさい口を挟めなくするようには出来てるよなぁ?」
「は、はい…れ、
「「「「「………………」」」」」
何処か頼りない口調ながら既に対策もしているらしい趙高だが、彼も見下ろしている位置にある重臣達の中には、例の墨で独特の意匠を凝らした衣装の者達も混ざっており、彼らは趙高達と無言ながら時折視線が合わさっていた。
○秦国東北部 黒羊五丘樹海地帯○
「報告! 太行山脈方面の趙軍が集結し国境近辺の西貴を伺う姿勢を見せてきています!! 更に北東部では匈奴が再び慌ただしくなっている模様です!!」
太源での謀議より数日後、秦国の対趙西部最大拠点となりつつある黒羊も再び緊迫感と慌ただしさに包まれていた。
「やはりこの機会を逃さなかったか。防備施設自体は十分にそろっている。問題は兵力とここの司令が―――」
「フフフフフ…後者の方は心配いらないよ……!!」
「―――あってぬぉお!?」
黒羊中央丘に設けられた会議所にて蒙恬が難しそうな顔を浮かべていたが、その背後に突然黒い笑みを浮かべた白漂が現れると心臓が止まりかけた。
「も、戻ってこられたので!?」
「…あーうん、例の独立宣言を出された直後にここがまず起きる戦争の一つになるだろうからねー。直ちに北からある程度増援引き連れて戻ってきたよ…ククククク!!」
同じように驚く自軍幕僚達の前で、暗く沈んだ不気味な笑い声を発しながら白漂は中央の席に座る。
「…おい信、これ…何が起きた……?」
「…あー、たぶん…北に帰り許された時期からしてー藍蘭や杏橋との子供生まれただろうけどさー。紅華の仕置きもあるからそれとろくに遊べない内にここへ引き戻されたってオチっぽいな…」
「報告ー! 伝書鳩の報告からして南方では楚軍が既に南部国境にて我が国と衝突した模様! 蒙武将軍が現在その本隊と交戦中の模様です!! ですが更に十万規模の別動隊が…!」
その理由に信が的確過ぎる推測を小声で上げた直後、新たな伝令が寄せられて別所も緊迫しだしたことがわかりだしてきた。
「…おい! 蒙武将軍が直接受け持っている地点だけでも十万以上は来てるのに…別動隊にも十万を投じて来たのか!?」
「…相変わらずだなー、あの国は兵士が畑からとれるんじゃないかと思うよ…それでその別動隊は何処に向かってる?」
「は、それが別動隊の方は東の“堅陽”に向かっているとの事で―――」
「あ、それならたぶん大丈夫だね。こっちは趙と匈奴に専念しよう」
「―――えぇ!?」
だが、その緊迫しだした空気は白漂がいつもの軽い調子に戻って放ったその言葉に中断される。
「将軍そんな言い方ないでしょう!? 確かに我々が最初に対処すべきは趙でその次は匈奴ですが!!」
「あー、媧燐や“楚の虎”に“凶仙”とかの厄介なのとは違う他の将軍が指揮官そうだから十中八九大丈夫。そこにいる“
「琉宗? いったい何者ですかそれは?」
「楚が情報操作してて秦とも裏取引してるから知らない人が多いけど、先の山陽戦の際に牽制で秦に侵入してきた楚軍10万を全滅させて同戦争中はあの国を動けなくした堅陽城主だよ」
「「「「「!!!!!??」」」」」
そして、白漂があっさり口にしたその内容によって彼以外の一同は驚愕させられた。
原作以上に大事になりそうなこの世界での後宮勢力の独立宣言ですが、果たしてどうなるでしょうか…?
次回は、今回の終わり辺りに再び名が出てきたあのオリキャラも登場する予定です。