○秦始皇8年(紀元前239年) 秦国東北部 対趙国境付近 号絡○
「始めよう」
「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」」」
試験農場での視察より数日後、白漂は軍務に戻って秦領内に残る趙側城塞の一つの攻略戦に取り掛かっていた。
今現在攻めている城である号絡は、先程の西録謀反で反乱した側の残党が立てこもっている場所である。
城は河川を天然の水堀としていて四方を囲まれており、城自体も数メートルから10メートル程度に高い台地の上に築かれているので、この辺りにある趙側残留の城邑の中で最も攻め辛いものとなっており、地理と規模の両面から見ても秦国東北部内における反抗勢力では現時点で中枢的な存在であった。
故に、この城を白漂軍らは半ば試験場代わりに用いていた。
敵の城と天然の水堀である河川を挟んだ西側区画にて、白漂軍の工兵部隊責任者である二千人将(黒羊戦後にあった出産後に昇格)杏橋が指揮を執っていた。
「大型投石機“剛投砲”準備出来ましたー」
「よし、それでは発射しましょう」
彼女達が構築した陣地に組み上げたその兵器剛投砲は、現在の秦軍、特に白漂軍で多く見かける投石機の類だが、それは黒羊戦で見られたものとはサイズが桁違いで、白漂前世で言う回回砲と同様に錘によって飛ばすものだった。
「放てぇ!」
「攻められないと高を括っている連中の度肝を抜いてやれぇ!!」
剛弾砲の留め金が外されて梃子が錘である土砂入り大箱の落下に伴いグオンと唸り声の如き回転音を上げ、重さ百キロ近い岩石で出来た石弾がブオンと撃ち出された。
石弾は水堀を容易く越して城壁の乗り越え、数百メートルの距離で弧を描きながら容易く城内へ着弾した。
「ぎゃあ!?」
「な、何じゃあ!? 雷が落ちたのかぁ!?」
「い、岩だぁ! 岩が降ってきたぁ!!」
「ひ、ひいいぃ!!」
石弾は着弾点にある城内の施設を容易く粉砕し、味方の軍と外殻による一定の安堵に包まれていた人々の不安と恐怖を一気に駆り立てていく。
「凄い飛距離に威力だねー」
「百五十丈(約350メートル)以上は飛ばせると聞いた時はまさかと思いましたが…」
その光景は杏橋達がいる陣地と隣接する南側区画で加わっている楽華隊にも見えて、彼らにも驚嘆の声を上げさせていた。
「将軍、準備が出来ましたー」
「よし、それではこちらも始めるぞ」
ちなみに、楽華隊がいる区画は江殊幡が総指揮を執っているが、そこは何やら大型の床弩が多く展開されていた。
「あれ? 確かあれは函谷関で呉鳳明が投入していたものに似ているような―――」
「確かに回収したその残骸を色々と参考にさせて貰ってはいるが性能はより向上させているぞ」
「―――あってぬおぉ!?」
それに既視感を覚えた胡漸の背後に江殊幡がスッと気配も無く現れた。
「あれを見てみろ」
「あ、あれは…!?」
江殊幡が指さした方角を楽華隊の衆が見やると、そこには小さめの桟橋とまで言うべき大型の梯子が幾つも組み立てられており、それと床弩に備えられた巨大矢は太く縄で結び付けられていた。
「将軍、準備出来ました!」
「よし、始めろ」
「「「「「承知!!」」」」」
江殊幡の号令が発せられると、まずはそれらの床弩とは別に弩砲に小型投石機で陶器詰めが大量に城壁目掛けて撃ち出される。
「ぎゃあ!? い、いでえ!?」
「あ、慌てるな! ただ蓋が施されただけの壷だ…め、目が染みるぅ!!」
「は、肌が焼けるように熱いぃぃぃ!!」
それらの陶器の弾は城壁に着弾すると破壊され、中から粉末が飛び出て煙を生じさせるが、それらに当たった趙兵達は次々と苦悶の声を上げていく。
「あ、あれは確か黒羊一帯で製造されるようになった毒兵器の…!?」
胡漸が驚いたその直後に、例の床弩より巨大矢が撃ち出されていく。
それらは呉鳳明製床弩程の豪速は無いが、水堀を悠々と越えて趙兵を射殺しながらガチャンと城壁に着弾して、釣り針のように凸凹にガチャリと引っ掛けられていく。。
「あ、あれも届いた! だがそこまでは倒せてはおれぬぞ!?」
「違う! あの矢の目的は…!?」
「今ぞー! 引き上げろーー―!」
「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」
蒙恬がその意図に気付いた直後、近場にいた江殊幡兵達が一斉に声を張り上げる。
彼らの手には縄が握られており、それは水堀を超えて城壁の上に引っかかった巨大矢に括り付けられており、それを基点としてさらに伸びている縄の先で括りつけられた巨大梯子をゆっくりとだが大きく引き上げだした。
「なぁ!?」
「な、なるほどねー。確かに呉鳳明が最初に作った奴よりもあれならより大量かつ安全に兵士達が上れるね」
白漂がその場にいれば“実写版指輪二作目での砦戦みたい”という感想を生じさせそうな床弩とその効果に蒙恬達が感嘆していた直後、ガンと梯子が桟橋のように城壁へ掛けられた。
梯子は部品に至るまで江殊幡の技術が施されているらしく、他ほど川幅は長くはないが短くもない水堀をまたいでいるにもかかわらず、何十人という兵士達が一度に渡ってもびくともしなかった。
「よし! 直ちに城壁へ渡れぇ!」
「連中は毒でやられてろくに動けんぞぉ!」
「ぎゃあ!? い、何時の間に!?」
「お、押し返せぇ!」
「だ、駄目です! 倒れて苦しんでいる味方が邪魔で…ぐあああ!?」
瞬く間に江殊幡軍は城壁上に乗りこんで迅速に壁上制圧を進めていく。
一方、白漂本人が本陣を置く東側もやや遅れたが本格的に動き始めていた。
「将軍、新型雲梯の準備が出来ました」
「よし、こっちも本格的にやろうか」
「「「「「ウオオオオオオオオオ!!!!」」」」」
白漂の号令と共にこの時代での攻城兵器の一種である雲梯が何台も進み始める。
雲梯とは箱型の大型台車に折り畳み式の大型梯子を搭載し、これが城壁に取り付いて梯子を展開することで兵士をより大量且つ迅速に登らせる梯子の改良型だ。
だが、今回で白漂軍が投入した雲梯は色々と従来のものより更なる改良が施されていた。
「よし、実験通り水堀でも浮かんで進めておりますな」
白漂軍本陣参謀の一人がそう口にした通り、今回投入された雲梯は黒羊で信が思いついたのと同類の浮袋を内部に多数備えており、その浮力で水堀の中も中の人間が押して進ませることが可能だった。
更に、雲梯を構成している素材も従来のものと違っていた。
白漂軍が使用しているその新型雲梯は、白漂が思いついて杏橋らが実用化した新型の取り付け部品を用いる事で、従来の車輪や槍の長柄と楯に梯子など既存の物品で即興にて作り上げられたものだ。
これで雲梯を別の資材で用いる場合によるリソースの無駄遣いを防ぎつつ、それでいて杏橋主導で規格統一やマニュアル化を徹底したことで従来以上の強度を保ちつつこの場で迅速に組み上げられた。
そして、城壁と川を挟んで対岸とは黒羊で信が思いついた筏の改良型を用いた桟橋で繋げられて、兵力を城壁へと吸い上げ始めていく。
「く、くそぉ! 誰だよ水堀があるから攻められないってほざいた奴はぁ!?」
「ごちゃごちゃ言う前に追い落とせ! まだ登られたばかりで数は多くは…ぎゃあ!?」
それに対し、趙兵達も何とか城壁上より秦兵達を追い落とそうとするものの、対岸側から工業化進展で大型兵器の量産体制も整っている秦側は、今回導入した水上移動可能新式雲梯を東側城壁へ次々と架けていく。
それも雲梯は離れず、隣接するように掛けられて行っているので東側城壁に開いた歪は時間の経過と共に大きくなっていく。
「ありゃあ、梯子というよりももう坂だなぁ。城壁の意味がもう無いぜ」
「だな、それじゃ僕たちもそろそろ上るぞ」
「え、白漂将軍ここはどうするので?」
「今回はそこまでの難敵じゃないから僕がずっとここにいる必要はないでしょ。今回は君達参謀部も含めた各員の自主性及び判断力強化のためによほどのことが無い限り任せるよ。それにずっと本陣に籠りっぱなしでいるとここが鈍ってくる」
それを見て頃合いだと感じた白漂は椅子より腰を上げ、その意図を察した参謀達を屁理屈で言い包めると、得物を片手に信を連れて東側城壁へ登っていく。
「!? おい! 秦将白漂が来たぞー! 今ここに来た奴さえ討てば形勢は逆転できる!!」
「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」
そして、白漂が東側城壁に上るとその姿を見た東側趙兵達から歓声が上がり、それに釣られて隣接する北側と南側からも趙兵が集まり出してきた。
「ちょっと将軍ー! 貴方が上がってきたせいでここに敵が大勢集まり出してますよー!!」
当然、その光景に東側城壁攻略へ加わっている子界からやや悲鳴が混じった非難が上がるが、白漂はさほど動じる様子を見せずに味方が制圧した城内へ階段の下側へ飛び降りた。
「き、来たぞー! 早速討ち取れ―――!?」
それを目にした階段付近で戦う趙兵らが声を張り上げるが、それは彼らの喉元諸共刃で絶たれてしまう。
「―――えぐ…?」
「将軍~、毎回~良い所でいつもいつも無茶するのは~いい加減にしてくださ~い」
その無数に伸びる刃の担い手は白漂に続けて降り立った彼の直下兵たる竜騎の隊員達であり、一人は薄いピンク色に染まった短髪が目立つ間が抜けた雰囲気と喋り方をした、垂れ目のおっとりとした美女であった。
彼女の手にはエチオピアにある三日月型両刃剣ショーテルに似た矛が握りしめられており、それもまた趙兵の血で赤く染まっていた。
「別にいいだろう。僕は君を含めて皆とは信を置き合っているよデボラ。それにこれはこれで良い流れだ。さー行くぞ」
ほんわかした口調で苦言を呈するデボラを含め、白漂は竜騎を率いて向かってくる城内趙兵達に向けて駆け出した。
「来たぞぉ! 白漂だぁ!!」
「槍衾を並べろ! まんまと串刺しにしてやれ―――!?」
当然、趙兵達は一斉に槍を構えて突き殺そうとするが、それが揃う前に白漂は彼らの穂先よりもやや内側に入り込み、真横に十星戟を振るって前面にいる趙兵らの脳髄か喉、もしくは視界を斬り潰した。
「―――えってめ、目がぁ!?」
「ど、何処に行きやがばぁ!?」
いきなり視界を襲った苦痛と闇に前面の趙兵達は慄くが、そこから竜騎の隊員たちが主君と共に切り込んでいく。
その中で、群を抜いていたのはやはり白漂であった。
「ま、前に来てるぞ早く討ちと…ギアアア!?」
「ぐあああ!? あ、足がぁ!?」
「と、飛び掛かって動きを止め…ぶげば!?」
円舞のように十星戟を回転運動上に振るえば大抵の敵は喉元を切り裂かれて血しぶきを上げ、その余波にて一撃で仕留めきれない敵も視界や手足を斬り潰されて崩れて味方を阻害する障害物にされ、それを乗り越えても白漂は上手くいなすかして趙兵同士の衝突に転換していく。
「前に見た時よりもさらに凄くなってるなぁおい!」
「当たり前だ! あいつは暇さえあれば! いーや暇さえなくてもめんどくせえ机仕事から逃げるために羌瘣やら綴やら伍鬼やら色々なのからの頼みって名目で真剣で磨き合ってんだからな!」
「信の説明はあれだけどまー実際にその効果はこういうところでは出てるよなー」
「将軍もそうだけどやっぱ周りの竜騎も腕っぷしとその連携はすげえぞ!」
そして、個としての技量で見れば白漂には比肩しないが彼ら個々の武技は兵卒としておくには高く、それをより相乗的に高め合う連携を見せていた。
「た、隊長ー! 逆にこっちがどんどん討たれていっていますーー―!!」
「ひ、怯むなー! 数で押し続ければ次第に消耗して追い討…!?」
それに怯みつつも階段下を包囲殲滅しようとする趙兵指揮官は声を荒げるも、そこで彼の上半身は轟音と同時に大きな風穴を開けさせられ、その真後ろにいた部下達の何名かが血飛沫を上げ乍ら宙を舞った。
「ぎゃああ!?」
「い、いでえ!?」
「う、腕がぁ!?」
趙兵の階段下指揮官は即死だったが、その後ろにいた趙兵らは各々の身がそれぞれ位置を異ならせつつもひどく欠損しており、その内の一人に槍のように大きくもこの時代の平均とは大きく異なる矢が腹部を穿ちぬいて串刺しにしている大矢があった。
「…め、命中です!」
ちなみに、その光景は水堀を挟んで号絡城よりもやや高い丘に築かれた砦より、白漂軍のある部隊が監視していた。
「よし、次の狙撃弩を」
「は、はい!!」
その部隊の隊長は白漂の側室の一人で二千人将である藍蘭で、先程に趙兵を多く屠った大矢は彼女が操る狙撃用大型弩によるものだった。
藍蘭の部下達は彼女に対し、白漂前世で言う対戦車ライフルを思わせる大型狙撃弩を新たによこすが、他にも同型のものが複数ほどハンドルを装着されてそれを兵士達が必死に回していた。
藍蘭はそうやって矢の装填が収まったものを受け取ると、即座にそれで数百メートル離れた敵指揮官の小さな身を撃ち抜いていく。
「…おい、さっきからずっと弩用の望遠鏡も無しにこの距離で連中を射殺していってるぞ…」
「距離だけでいやあ中華十弓以上なんじゃ…あ」
その様子に、弩砲や投石機などを操作して支援攻撃に加わりつつも、大まかに敵部隊がいる所へ攻撃という程度しか出来ていない隊員らがあんぐりとしか顔を向けるが、そこで彼らは城内の新たな変化に気付く。
「た、大変ですー! 例の白漂の懐刀が東側城門内側にどんどん近づいていってますーー―!!」
「な、何ーー―! い、いかん! ここにいる全予備兵をぶつけてでも止めろーー―!!」
その存在で否が応にも意識を集めていく白漂に気を取られ、更に藍蘭による狙撃を恐れて指揮官達が身を潜めて生じる趙兵間での指示や連携の遅れ、水堀や城壁を無視して撃ち込まれていく毒弾や石弾の雨に気を取られている隙に、信達が東側城門内側に近づきつつあった。
当然、それを阻止するべく近在の趙兵はそこへ集まっていく。
「ひゃっほーい♪」
そして、城壁内側の趙兵の大半が東側に集まった事で、一番手薄になった西側城門が破壊され、即座に楽華隊が突入してきたのだ。
「おい信! 反対側の方で城門が明けられて味方が突入したみてぇだぞ!」
「ふっざけんな! こっちもさっさと城門開けて味方を入れてこの場を押し付けて俺らも直ぐに内城に行くぞぉ!!」
「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」
その動きは競争心や克己心が強い他の秦兵達を刺激し、更に攻勢を苛烈なものにしていく。
結局、秦国東北部で残留していた趙側城で最も要害であったはずの号絡城は、城攻めが始まってから半日も経たぬ内に陥落させられた。
今回もまた異民族系の新キャラが登場しました。
次回は今回の舞台での後始末の一端も絡めたこの時代の位事情を描き、大人向けシーンに入る予定です。