総合評価400pt突破ありがとうございます。
○秦始皇8年(紀元前239年) 秦国東北部 黒羊 黒羊五丘樹海 某集落○
黒羊樹海中央丘要塞内部にて刺客が一人捕らわれてから数日後、樹海内部の各集落はある深刻な問題に悩まされていた。
「ゴホゴホ…」
「混お婆に皆、体調はまだよくならねえか?」
「…駄目だ、むしろせき込む間隔が増々短くなってきてる…」
そうした集落の一つで、別の時間軸では無残な虐殺で終わりを告げたその村も、その別問題に悩まされている一つである。
原因不明の疫病が黒羊樹海内に点在する各集落群で突如として発生し、老人や子供など身が弱い者達から罹り始めていたのだ。
(……おばあちゃん、薬草も効き目無くて苦しそう。何とか出来ないかな…?)
そうした病者を身内に持つある少女が村を囲う茂みに生える薬草を必死に探していたが、そこである気配に気づく。
(…え、何だろう…? 猪…? けれど何か違う……)
少女が見つけたのは茂みの中をかき分けて進む猪だが、それは何かが、特に臭いが他の動物の臭いなども強く付いているなど通常のそれとは違っていて、少女に不気味さを感じさせながらもそれで興味を掻き立てていた。
(…猪にしては足音が妙に静かだし…所々で隠れるのが上手いし……いったいどうして………、あ、あれ…? 山小屋……?)
その猪は急に姿を消したり、あるいはひょっこり顔を覗かせたりして少女を森のより奥へと誘い込んでいき、やがて少女は猪の代わりに古ぼけつつも怪しい雰囲気の山小屋へたどり着く。
(……どうしてこんな所に山小屋が…え? あれは確か隣村の村長さん……!?)
そこを茂みの中より少女が様子見していると、樹海内にある別の村の村長達が見慣れぬ者達と共にそこを出入りしている姿が見えた。
ちなみに、その村長は黒羊攻防戦にて白漂に内応している振りをして趙側にその情報を流していたものの、見抜かれていて逆に嵌められて裏切り者として趙側に粛清されそうになるが、趙軍敗北の際に有耶無耶になって助かった身である。
「…それで準備はどうなっている?」
「は、はい…もう、樹海内各所の水源には皆さんがお渡しになられた遅効性の毒を撒き終えてます…」
(………え…!?)
その彼の姿が気になって少女は恐る恐る山小屋に近づいていくが、そこで彼女は村長の口より信じられない言葉を聞いてしまう。
「…さ、先に白漂めは自分の女が殺られたという報せを受けてより表に出てきてないという話で…連中は上手く隠しているようですが…」
「焦るな。劇毒を使えば何人か派手に死んで連中は直ぐに警戒しだす。今は弱毒を用いて気付かずにひっそりと弱らせていき…一撃で仕留められるようになるまで待つのだ…」
「は、はは…その時が来るまでは…私どもで今度の疫病が秦側によって村人共を邪魔に思って流した毒によるものだという噂を流しておきます…」
だが、村長の顔には汗が流れつつも瞳には明らかに恨みが宿っており、それを童心故に少女は明確に感じ取って真実だと気付いてしまう。
(…い、急いで混婆や皆に報せないと…!?)
そこで彼女は来た道を戻ろうとするも、そこで自身を覆う大きな影の存在に気付く。
「…!!」
その影の正体である猪の空っぽな眼孔より伸びでてきた人の手が振るう、闇に隠れて見えない何かによって少女の意識は刈り取られた。
○秦国東北部 黒羊 黒羊五丘樹海要塞付近集落○
「…お前ん所の村はどうだ?」
「駄目だ。まだ死人こそ出ちゃいないが…老人や子供とか体が強くない連中とかが今度の流行り病にかかり続けてる」
「噂じゃあ誰かが毒を撒いてるからだとか…」
少女を何者かが襲った日の翌日も、樹海の住民達は今の自分達を襲う苦境に戦々恐々とした顔で噂し合っており、その密談を近場の川よりある漁師達が網を引きながら盗み聞きしていた。
「…ここにまで噂が流れて来てますね…」
ちなみに、その漁師の中には庶徐の姿もあった。
「そうだね。だけど…警戒と監視を続けつつも今はまだ手を出すな。何も早く動く事だけが死人を減らす道じゃない…」
そして、何故か白漂もまた薄汚れた衣装で漁師の中に混じっていた。
「だが、連中が毒を撒いている水源にはそれを弱める中和剤を撒くのは良い。自分達の計画よりも効き目が遅くなったりすれば…連中も新たな動きを見せ始めるからな」
「はい」
「それとし…漂さん。ここら中の連中の隠れ家に村の童らを導いてその奸計を目撃させる試みの方ですが…」
「そうか、それじゃあ…」
その後、彼らが漁に勤しみながらも紡いだ密談は他に気に掛けるものは出なかった。
○秦国東北部 西貴 西貴城○
「…姫昭様ー、今週でもうここを去るというのは本当ですかー?」
「寂しいですー」
白漂の漁より一週間後、姫昭は荷造りを進めていたがその最中も大勢の民衆が最後の別れを済ませようと挨拶に来たり、何とか引き留めようとしたりしていた。
先月に推薦した西録元城主の謀反の連座で姫昭も責任を問われたため、彼女は爵位も階級も降格となり、更に今の領地が召し上げられて北のより監視しやすい土地へ左遷されることになったためだ。
(…ふん、そんな悲しまずとも良いわ。どうせあの女はここで一生を終える事になるのだからな。但し、この数日の間で我らの毒で表向きは病死というという形でな―――)
「白漂将軍が言われていた樹海の○○村の村長は貴方ですか?」
それを表向きは悲しみつつも数日前に怪しい輩と謀議を重ねていた樹海某集落のある村長は嘲っていたが、その彼に突如として話しかける人物が現れた。
「―――あ…ってあ! 貴方は白漂様ご婦人のお一人の…!?」
村長が目にして驚いたその人物は白漂軍で工兵責任者を務めている杏橋だった。
その技術者や設計士としての高い技量から、この辺りでの土建や技術開発及び普及の責任者を任されていたので、村長も含めてこの辺りの住民には広く顔が知られている人物だった。
「実は本日のつい先ほど、樹海内で幾つか誘拐事件が発生しておりまして…」
「………!!!!??」
そして、その藍蘭に周りには聞こえないように耳打ちで話された内容は、村長から血の気を奪い去っていく内容であった。
○秦国東北部 離眼 離眼城○
「…そういうわけで、白漂軍は表向きこそ通常通り動いているようですが、やはり白漂が何日も姿を見せていない点からして刺客に襲われて重傷を負ったというのは本当のことかと…」
「他にも黒羊樹海内で蔓延し続けている疫病についてですが…」
杏橋が樹海内某集落村長と接触した日よりまた数日が経過した後、秦に帰順して今では黒羊一帯の責任者に任じられている紀彗は寄せられている報告の内容に頭を悩ませていた。
「紀彗様、樹海にある○○村の長が貴方様にまずお聞きしてほしい話が有ると…」
「…? あの村の長が…?」
そこで、杏橋に接触された某村長が脂汗を多く滲ませた余裕のない様子で紀彗を尋ねてくるが、持ち込まれたその情報は彼らの立ち位置を再び動かすこととなる。
○秦国東北部 黒羊 黒羊五丘樹海 某所○
「……よし、時間が想定よりも掛かったので計画は何点か修正となったが…遂に時は来た…」
紀彗が某村長にある情報を持ち込まれた日より一週間後、後者を含めたある怪しい集団が殺気と武装を隠さない表情で、樹海にある秦側もまだ把握しきれていない大きな洞窟に設けられた隠れ家で大勢集っていた。
「…それでは各員、共に各集落へ向かって扇動せよ」
「「「「「ハハァ!!」」」」」
そして、洞窟にいた人員の大半が疾風の如き速さで出ていき、中には首謀者とその側近達だけが残された。
「…よし、後は我々も予定位置に移るとするか―――」
「おい、その前にこっちと話ししねーか?」
「―――あ…えぶべぇ!?」
だが、首謀者が体の向きを変えようとしたその時、ちょうどそこに何故か現れた馬呈が振り下ろした斧の柄で彼の意識は情け容赦なく刈り取られた。
「…な、成程…そういう事でしたか…」
「し、秦軍め…ひ、卑劣な真似を…!」
洞窟の中の待機班が襲撃を受けてから数時間後、各集落に辿り着いた扇動者達は自分達が蒔いた毒による疫病を秦国に擦り付ける演説を各集落で繰り広げており、それは概ね予想通りの成果を上げているように見えた。
趙国からの使者の証しである紋章すらも用意して彼らに証拠として誇示までしているので、数月前までは趙人であった彼らから信用を得るなど造作もないという算段は成功したと扇動者達は内心でほくそ笑んでいた。
「そうだ! 今こそ立ち上がるための準備を始める時だ! 西戎の徒である秦に対し今こそ反撃の狼煙を―――!?」
故に、林に潜んでいた者達にとって、扇動者達の隙が丸見えとなっていた地肌に吹き矢を撃ち込むなど造作もないことであった。
「―――あ…が…!!?」
「よし、命中したべ」
「内通者の情報通り今日この時間に来たべ」
「生きてるべ」
「よし、それじゃさっさと連れてくべ」
吹き矢を撃ち込まれて視界と頭が混濁とし始めた扇動者がこの場での意識を失う最後で目にしたものは、越や彼と酷似した格好で新型吹き矢を構える集団だった。
「ほれ、これ約束の前金だべ」
「…あ、ああ、どうも…」
その集団はどうやら知人らしい村人に袋包みで金銭を渡した。
「…ほ、本当にウチの童らやあんたらが言っていた通りに今日ここにこの毒を水源に撒いていた連中が扇動に来たな」
「安心するべ。ちゃんと働いてくれる味方にはケチらないべ(その分滅茶苦茶働かせるけどべなうちの大将は)」
「そ、それで他の集落の方はどうなっているんだ…?」
「安心するべ。もう他も動いてとっ捕まえてる頃合いだべ」
そして、越が教えた通りに樹海内に位置する各集落では、事前に子供や白漂の手の者で知らされつつも交渉と買収で知らない振りをした住民達によって、扇動者達は各集落で様々な方法で捕らわれていった。
○秦国東北部 黒羊 黒羊五丘樹海要塞 中央丘本部要塞○
「…で、とりあえず今回の破壊工作員取り締まりで捕まえた連中はこれで全員か」
「はい、こちらで誘拐に見せて保護した後に脱走成功したと思わせて上手く逃がした子供達の報せで村の人々がその偽装疫病工作に気付かされた後、こっちの入れ知恵で知らない振りした村人達におびき寄せた所で捕縛し連行した趙国を始めとした他所の工作員にその元締め達です」
馬呈が何故か洞窟で陰謀を進めていた工作員達と出くわしてから三日後、要塞にある吹き抜け式構造廊下の上階から白漂は興味薄そうな表情で今回捕まって連行されていっている工作員達を見下ろしていた。
「…ですが、今回の今回の功績の件は宜しいのですか? 彼らに今回の件での功績を立たせる形にするなど…?」
「良いよ、長い目で見ればこの形の方がいい。今頃はこの件で一番喜んでいる所が良く知ってるよ」
そして、工作員らに対する興味がこの場で失せて廊下から書斎に移った所で、側近の一人が疑問を口にするが、白漂は小窓から見えるある方角を見据えつつ酒を飲んだ。
(…里甲様は西録の時みたいにまだ迷っている者達を暴発させるみたいな深い謀略はまだ早いと仰られていたけど、今回はいくら向こうが仕掛ける気だったとはいえこの手際の速さに良さ…別に大丈夫だったんじゃ…?)
主君の成長と共に深まっていく得体の知れなさに、傍らの衛兵達は頼もしさと得体の知れなさを同時に覚えた。
○秦国東北部 離眼○
「…き、紀彗様ありがとうございます!」
「これで疫病の恐怖から解放されました」
白漂が視線を向けている方角の先に有る離眼城では、久々に人々が喜色を見せていた。
黒羊戦敗北後の経緯で敵対していた秦国に帰順しての冷や飯食いから始まり、更に親戚関係にある西録が謀反を起こした連座で関係が深い西貴も転封が決まり、更に疫病の発生と暗いニュースが続いていた所で、最近の災厄を自分達の手で解決できたと信じているためだ。
だが、その中心になった紀彗達は安堵こそしていたが内心では民衆ほど楽観的にはなっておらず、今後の選択肢が更に狭まった事に対する危惧が強かった。
「…城主…領民たちの安全が戻ったのは良いことですが…」
「ああ、西録の失態でこの地の元趙人の立場が弱まっていた後で名誉挽回できたといったところだが…おかげで増々秦から離れられなくなった…」
今回の疫病偽装事件で秦に残留する旧趙系達は表向きにおいて手柄を立てて本領安堵という形になってはいるが、その結果として彼らは趙側が再びこの地へ伸ばそうとした裏のパイプを自ら断ってしまう形となった。
疫病が趙の謀略によるものと知った後では黒羊一帯に住む住民は向こう側に不審を抱き、逆に謀略で嵌めて再び自らに靡かせようとした趙とて彼らを本格的な裏切り者とみなして今後は策略ではなく武力による奪還を主軸に変えるだろう。
そうなれば、先の敗戦によって少なくない人口が流出した黒羊の旧趙系は自衛のために秦の武力を借りるしかなくなり、その見返りとして更に協力と依存を深めなくてはいけなくなってしまう。
「…まー、胃痛で言やーあそこで囲まれてる連中が一番ひでーでしょうが…あいつらがチクらされたおかげでこっちも元締め共を待伏せで捕らえられたっすけどねぇ…」
離眼首脳部の中で馬呈が高楼より視線を下ろしている先にも人だかりが出来ていた。
「いやー! それにしてもまさか今回の疫病を撒いた連中の正体と居場所を暴いたのがあんたらだったなんてな!」
「この前の黒羊戦で白漂将軍に繋がってるふりして趙に密通しようとしたら逆に嵌められて首刎ねられそうになってたのにな!」
「お、おおおおうぅ…」
その人だかりに囲まれていたのは、先の黒羊戦で白漂に内応を偽ってその情報を趙側に流出させようとしたものの逆に買収疑惑を駆けられて趙国邯鄲派に粛清されそうになり、紀彗らと共に救出されるも秦を逆恨みして今度は疫病偽装事件を趙や他勢力の間者と共に推し進めようとしたが、結局は彼らを密告して売り飛ばして手柄を立てた形になった黒羊の元反秦派有力者達だった。
(……うぅぅ…どいつもこいつも人の気も知らないで喜びおって…! これで儂等は趙や毒撒いた連中に狙われるようになった我が身を守るために忌々しい秦の連中の命令に逆らえなくなったのだぞ…!!)
表情こそは周囲からの賞賛を喜びつつも元反秦派有力者達は自分達の立場がこの中で一番弱体化した事に歯軋りしていた。
本来の予定なら扇動者達と共に疫病の犯人を秦に被せて、一揆等を起こさせた後にその混乱の隙を突いて趙軍を再び引き込んでの内応の手引きで栄達するはずであったのに、あろうことか彼ら各々の子弟などが黒羊地方を根城にしている匪賊に身代金目的のために誘拐されてしまったのだ。
当時、行政及び軍の再編と疫病対策のために離眼など元趙系諸侯は余力が無かったために当てには出来ず、けれどもそれがある秦には密約の手前から自ら接触するのは躊躇われていた所で、誘拐した一味も含めた黒羊一帯の匪賊討伐の為に協力を秦側から求められたのだ。
あまりに丁度良過ぎる要請に反秦派有力者達は秦側にまた嵌められたのか疑心暗鬼に囚われたが、結局は他の当てが無かったので身内の救出は彼らに依頼するほかなかった。
そして、救出作戦は離眼への疫病偽装グループ情報の提供は反秦派有力者達自身がするという条件が達成された後、離眼による疫病偽装グループ取り締まりとほぼ同時に成功で終わった。
(証拠こそは無いが確実に今回の件はあいつらの自作自演だ! だ、だが…今ここでそうして文句言っても少なくなった頼れる相手を更に失ってしまう…)
反秦派有力者達が内心でそう不満を募らせていた通り、実際に白漂は今回の件をほぼ把握して自国の有利へつながるように誘導していた。
正確には、黒羊一帯で事情を知らない兵士達に反秦派有力者達が懐柔の為に貰った多額の金銭の存在を匪賊たちがいる地域に噂話として広めさせ、それを匪賊たちが知った所で適当に警戒網を緩めて彼らによる反秦派子弟誘拐を誘導で実行させた後、証拠抹消も込めて匪賊らを討伐したのだ。
証拠こそないが、あまりに良過ぎるタイミングを考えれば少しでも目敏いものは踊らされていたことに気付くし、それから秦側にはより一層逆らえなくなることを自覚させられた。
(…このままでは済まさん! 何れほとぼりが冷めた所であいつらの寝首を掻いてやるぞ―――)
「あのー、もしもーし、ちょっと宜しいですかなー?」
「―――お…!?」
だが、そこまでされてもなお懲りずに反秦派有力者達が憤慨を強めようとしていた所で、秦国の文官達が話しかけてきた。
「○○殿達ですね。此度の趙側による疫病偽装工作における貴方がたの功績への褒賞を伝えに来たのです」
「む、な、何ですかな? え、遠慮なされず申して下され」
そのような思考の中でもやはり手柄を認められて褒美が貰えるとなると、反秦派も下心ながら喜んで表情を緩めていく。
「今回の件で貴方がたは蜀南の地へ加増及び転封が決まりました」
「「「「「!!!!!!!!!?????」」」」」
だが、
この話を考えている時には、昔から栄転と左遷は紙一重だと感じる事例を幾つか参考にしました。
その中でも地元に残れた辺り、紀彗達は日ごろの行いの良さが功を奏しましたね(笑)