それと今回は大人向け描写が無いのもあって短めです。
○秦始皇8年(紀元前239年)堅水関攻防戦五日目朝 趙国南西部 太行山脈西側領域南部 軹関陘西側地域 険水関出城○
「「「「「ウオオオオオオオオオオォオオ!!」」」」」
趙国の太行山脈西側への補給網の要となる軹関陘地域の命運をめぐり、堅水関では今日も両軍が死闘を繰り返していた。
同地における趙側防衛戦の第一線である険水関出城には、陸側より筏や雲梯を浮かべて白漂軍が張り付いて押し寄せており、秦趙双方で激しい矢や石弾の応酬が繰り返されている。
「…やはり本城と出城を繋ぐ橋梁城壁を分断するのが要になるな…」
「じゃあ、風も趙側向けて吹いているから遠慮はいらんな」
「…っ…ああ」
粛尤の言葉に一瞬躊躇いを覚えるも現在の戦況を優先した河了貂の采配を受け、工兵隊の投石機部隊が大きく動き出す。
「…隊長、将軍の今現在の位置ですが…」
「そうですか、常に位置は把握してあの方には撃ち込まないように気を付けなさい」
望遠鏡を配した隊員らの言葉を受けた杏橋が静かに手を降ろすと、弩砲や投石機が大きく唸り声を上げ出した。
○趙国南西部 太行山脈西側領域南部 軹関陘西側地域 険水山山中○
「…ワアアアァアアア…!!」
「下の方も始まったようですね…」
河川で再開した死闘は、攻城戦真っただ中にある堅水関が築かれた山にある堅水山の中腹辺りを進んでいた。
「ぎゃあ! あぢぃ!」
「お、おい! ここまで石が飛んできてるぞ!」
「もっと奥から応援呼んで来い!」
麓では秦軍の中でも白漂軍が先達として詳しい弩砲等の遠距離兵器とそれを生かす戦術で、趙側に少なくない出血を強いて兵員を前線へ移動させていた。
その様子を山腹にある適当な窪地から白漂達は頭をひょっこりと覗かせて見下ろしており、聴覚が鋭敏なものは小さいがその悲鳴混じりの怒声より理由を知覚していた。
「よし、そのままガンガン行けー。白漂軍は強いからもっと大勢で当たらないと止めきれないぞー」
「いや、何で敵を応援しているのですか?」
「紅華さん、しばしば見せる悪乗りだからそんなに気にしなくていいですよ」
「君達の旦那のその軽い調子はあれとして…まぁ作戦としては悪くない。補給は完備してるから残弾は気にしなくていいこちらとは違って、ある程度接近せねば纏まった戦果を出せない趙軍は穴を埋めるため常にここから麓へ兵を送り続けねばいけないからな。そうなれば自然にこの中をうろつく見張りや歩哨は減り続けてこちらは動きやすくな―――」
「む? 何だ貴様ら? そんな怪しげな格好をして?」
「―――あ」
小さく見える戦場にズレた応援をする白漂とそれに突っ込む紅華や庶徐に対し、江殊幡は冷静にこの状況を生かして画板に張り付けた紙面に高速で筆を走らせていってくが、その最中に偶発的ながら一人の趙兵に発見された。
「邪魔」
「ぶっ!?」
だが、声を掛けたその趙兵は即座に口元を塞がれて羌瘣に塞がれてあっさりと首を刎ねられる。
「よし、死体を隠して次に行くぞ次」
「待て、さっきの返り血で図面が見えなくなったから書き直しだ」
戦場の真っただ中なのに緊張感があるようには傍目からは見えない一行であった。
○趙国南西部 太行山脈西側領域南部 軹関陘西側地域 険水関出城○
「よし! 雲梯を集めた先の拠点からどんどん広げろ!」
「例の妙な鉛弾には気を付けろ! あそこ側から来ているようだから竹束は構えながら進めぇ!!」
殺伐としながらどこか抜けたやり取りを白漂達がしていた頃、川では今も両軍が死闘を続けていたが、前日までの戦とは違い流血は増え続けつつも秦側に戦局が傾いていっていた。
「くそぉ! 朝日は向こう側に注いでいる時間帯であるはずだぞ…うぁぁ!?」
趙兵は時間帯からして自らが有利であるはずの戦場で不満の声を上げるが、そこで視界を猛烈な太陽光が埋め尽くして動きを鈍らせていく。
「よし! 今のうちにやれぇ!」
「連中は逆に朝日で目をやられて満足に動けねえぞ!」
そこを秦兵はすかさず雪崩れ込んで城壁上で拠点を次々と広げていく。
「お、思った以上に効果を上げていますな…あの江殊幡殿が持ち込んだ新兵器…“光熱鏡”は…」
それを目にしている白漂軍本営の参謀達は自軍の遠距離兵器部隊とは別箇所の後方にて陣を構える、江殊幡軍にて幾つも聳えたつその兵器に驚嘆の眼差しを送る。
「よし! 1の23の壁上は掃討が終わったぞ!」
「次は3の5の味方を横腹から矢を浴びせている敵弓兵隊を狙え!」
そこには木製のクレーン型機械が立ち並んでいて、それらの上端には薄くはあるが面積が広い大きな鏡が取り付けられており、その裏で兵士達が滑車や歯車を回すと鏡が動いて山脈の上部より降り注いでくる朝日を反射し、対岸で戦っている趙軍に眩い陽光を浴びせて視界を潰していっていた。
これこそが江殊幡が開発した新兵器“光熱鏡”であった。
「光を反射するだけと聞くと地味に聞こえますが…実戦で使うとなる恐ろしいですな…」
「最近の硝子や冶金を始めとした科学や工業技術の進展は凄い…」
「視覚は外部情報の殆どを受け取る機関だからね。けれども人間の目は強すぎる光には耐えられるようには出来ていないし、あれで視界を塞がれると瞬時の判断や行動を求められる戦場では致命的な障害になるよ…んん!?」
新兵器光熱鏡のユニークだが強力な性能に河了貂達が感心していた直後、彼女の真横に盾兵が現れてその手に持つ竹束で出来た盾を振りかざし、その直後に何かがバヂョンと豪速で粘性が高い代物に当たった音が響いた。
「例の趙側による新兵器か…」
「前日までに比べると数も精度も大幅に落ちているけどね。江殊幡が教育した哨戒部隊が山中に潜んでいる趙側の新兵器部隊も正確に見抜いてあの光で視界を塞いでくるから…」
河了貂が遠目で見捉えた盾兵が下したその竹束楯の表面には、この地での開戦より秦側を悩ませていた円錐形上の鉛玉が深くめり込んだ状態で付着していた。
ちなみに、鉛玉は楯の表面に塗りつけられていた半透明状の接着剤を思わせる塗料でくっついたままの状態になっている。
「…でもまー例の敵の新兵器を封じる防具を即興で作れる杏橋も凄いと思うけどね…」
現在、秦軍の各将校を守っているその楯は、杏橋がこの地に自生している竹と植物より即興で作り上げた代物であった。
鉛玉の速度から従来の鎧ではわずかながらでも穴を穿たれ、そこから猛毒でやられる可能性が高いと考えた白漂の入れ知恵で、杏橋は今回の盾を考え付いて実用化した。
ただ跳ね返すだけでは跳弾で周囲の味方に被害が及ぶと考えられて、その盾は前面が中央に向けて凹んで傾斜が取れるようになり、それで前面表面には落ちた鉛玉を踏んで味方が負傷することが無いように、この地で大量に自生する植物を用いて作られたゲル状接着剤が塗りつけられて着弾した鉛玉を絡めとるように出来ていた(似たような植物とそれを用いた接着剤は既にあって軍でも使われていたので、白漂軍はすぐに現地で大量生産できた)。
「よっしゃあ! これでもう出城はもう直に陥落させられ…!?」
そうした竹束製楯を片手に振りかざしながら、狭い城壁上の乱戦故に矛ではなく剣に持ち直していた信が次から次に趙兵を斬り捨てていって出城城壁上の拠点を広げていくが、そこで彼は自身に向けて近づいてくる味方の血飛沫に気付く。
「ふん!」
「!!?」
そして、そうした血飛沫に加えて絶命した味方の死体を跳ねのけて振るわれてきた大矛を、信は剣で受け止めるが膂力差からか一メートルほど後ずさりさせられてしまう。
「誰だテメエは!?」
一旦、距離を取って剣を構え直した信は、味方を殺しながら現れたその重厚な鎧に身を包む初老の巨漢を睨みつけて叫ぶ。
「趙北部軍より派遣された馬南慈である!!」
「「「「「!!!!!!???」」」」」
信の叫びに対して返されたその初老の猛将馬南慈の言葉に、この地の主力である白漂軍の多くを占める北の民出身者達から驚愕が走る。
「…“雁門の鬼人”!!」
それは対岸の秦側陣地にある林を用いて偽装迷彩された狙撃所の者達にも伝わり、特に藍蘭は珍しく険しい表情を浮かべて唇を嚙んだ。
「…ああ!? テメエが北出身の連中がよく言ってた李牧の鉞かぁ! 俺は白漂の懐刀である信だ! 冥途の土産に憶えとけ!!」
その大勢の秦兵を斬り飛ばして現れた馬南慈に信は臆せず啖呵を切るが、馬南慈は小馬鹿にした笑みを口元に浮かべて言い返す。
「ふん、勢いだけに乗った小僧が軽く渾名を名乗りおって! 貴様みたいに中央で名を上げた小僧があの戦いが起きる前の雁門には守備の為にぞろぞろと送り込まれてきたが、どいつもこいつも躯となって帰るかもしくは躯すらも残さずすぐに忘れ去られたわ!」
(…! 李牧が匈奴に大勝する前の頃を言っているのか…)
(…林胡や東胡の古強者達や旧長城の衛兵達が言うには…北方諸民族最大の匈奴の全盛期と趙の間で…今の中華の戦域すら微温湯に思える死地が無数に生まれていたと聞くが…)
壁上に上った秦兵達がその只ならぬ武威を感じて否応なしに視線が引き寄せられる中、馬南慈は笑みとは裏腹に声量と語気を強めながら言葉を続けていく。
「儂は趙北部を荒らさんとする狄戎共以上に憎たらしい者はいないと思っていたが…あの匈奴を大敗させて趙北部の民がやっと平和が訪れると喜んだ矢先にあの若造が横から盛大な冷や水をぶちまけてくれた時に考えは変わったわ…!」
強まり続ける怒気に白漂兵、特に遊牧民出身者達が表情の強張りを強め続け、馬南慈はそれらに対する威圧を更に強めていく。
「滅すべき狄戎共と手を組んで北の地のみならずここまで侵食しようなど! 蛮族を通り越して禽獣の所業よ!! 貴様らみたいな無知蒙昧な恥知らずにはこの馬南慈の鉄鎚を―――」
「信君、これ」
「あ、あんがとよ。じゃー…ゴタゴタ抜かす暇があるならくたばれ爺!!」
だが、いつの世にも必ずいる少数派の空気を読めない者達に今この場では属する一人の玲花が矛を持ってくると、信は軽い調子でそれを受けとると遠慮なく馬南慈に斬りかかった。
「―――ぉぬう!?」
空気を読まない信の攻撃を馬南慈は反射で大矛を振り上げて防ぐが、体格と経験で大きく差があるはずの信から繰り出された攻撃に今度は自らが少々後ずさりさせられて目を見張る。
「取ったり取られたりが普通なこの戦国でありきたりな恨みを偉そうにべらべら話すんじゃねえ爺!!」
「!?」
そして、今度は信が大きく口を開いて馬南慈に反論しだした。
「学を学ぶのが遅れた俺でも百以上あった言葉も文字も考え方も違う国が潰し合って今の八雄になったのは知ってらぁ!!」
「いや、七雄だぞ」
「た、隊長それだと毐国も含まれるように聞こえます…」
途中で綴などから突っ込みが入るが信は構わず言葉を続ける。
「テメエらが始めた弓使う騎兵だって元々は北の連中を雇って教官代わりにして教わったのが大元だし! 似たような例が腐るほど積み重ねて今の中華が有んだろ! それにマジで文句付けたいんなら乗馬止めて全部歩きで行け爺!!」
「…小僧がわかったような屁理屈をベラベラと…その意見を押し通したいなら力で示してみせろ!!」
「長ったらしい話を勝手に始めたテメエに言われるまでもねえ! ここでその無駄にデカい首をぶった切ってあの世に隠居させてやる!!」
そして、各々で言いたい事をある程度吐き終えた両者はお互いの矛を再び振り出した。
○趙国南西部 太行山脈西側領域南部 軹関陘西側地域 険水山山中○
「…あの怪物爺…部下はそこまで多くは連れてなさそうだけどここまで来てたの…」
ちなみに馬南慈の登場は堅水山においても砦内部の相当な深度まで潜入してきている白漂達も見ており、望遠鏡でその背中を見た紅華はウンザリとした表情を浮かべていた。
「…あー、確か北に李牧が来る前から全盛期の匈奴含めた北の諸民族と張り合ってきたって君たちが話してたあの趙将の?」
「そう、それで只の武勇頼みの猛将じゃなくて戦術眼も高いから雁門の戦い以前から知り合いや親戚を何人もやられましたよ…ん?」
そのように会話を交わしながらも趙兵がいないかもしくは少ない区画を、姿を消したり気配を殺したりして要塞内部の構造を記録しながら進んで行った一行であるが、そこで彼らは山中の奥側で焼けに合わない豪華な天幕を見つけた。
(…何あれ? こんな他の味方から遠く離れてる場所であれだけの護衛しかない天幕を―――)
「う…あぁぁ…!」
「せ…せ…ん様ぁぁ…お、お許しください…」
(―――お…!?)
それに紅華が北の民の血から宝の気配を感じつつも警戒心を高めて茂みの中を進んで天幕に近づくと、そこから苦痛を訴えて哀願する人の声が幾つも聞こえてきた。
(…こいつは……いつの時代も大した闇を見てなくてうこういう只の悪趣味でしか喜べないアレはいるんだな…)
続いて白漂も天幕に接近して隙間より内部を覗き込むと、そこには悪趣味な装飾が施された拘束具を装着された露出度の高い奴婢(奴隷)の姿が多数見受けられた。
(…ん? 何だあの少年は…?)
「ほうれ、まだもっと血を見せてみろ。どうせなら肉も削られ切って骨くらい見せてみよ」
そして、その中心には育ちの良さは感じさせるが見るからに性根が歪み切ったのがわかる面貌の少年がいて、その彼が振るう鞭を背に浴びて血を流している彼よりかは年上の少女がいた。
「……っ…! っっっっ!!」
その少女は本来なら白漂前世と中原のどちらでも十分に通じる、腰まで伸ばした綺麗な黒髪と可愛らしく整った美貌の持ち主で、基本は華奢だが武術の経験を覚えさせる豊満且つ健康的に整った曲線美のある肢体の持ち主だが、少年が振るう茨の鞭で背の皮が剥げて内側の肉も所々が深く抉れていた。
(…!? あの少女の足元にある飛刀は…!?)
そして、白漂は少女の惨状や彼女の足元に転がる、数日前に王京と情を通じ合わせていた時に襲い掛かった刺客が放ったものと同じ飛刀に気付いた。
だが、彼の心中を最も掻き立てたのはそれではなかった。
『…っぐぅ…早く…戻らないと…!』
(…え、この言葉…中華のどれとも違う…? いや…確かこれって生まれ変わる前にいたあの国の…)
その苦痛に耐える少女の口より漏れたその言葉は、嘗て
○同時刻 趙国南部 王都邯鄲 宰相府○
「…ええい! くそぉ北のあ奴らもここ最近は思った以上に派手な動きはせんし…毐国の奴らもここ最近は大人しくして秦の邪魔をせんくなっておるし…何より今あの白起の孫が攻め込んでいるあの地には…!!」
白漂が只ならぬ場面に出くわしていた頃、現趙国宰相の郭開がその肥満巨体をまた床板を踏み抜きかねない勢いでドスドスと揺らしていた。
(……王宮のあの方に悪い意味で似すぎているあの末子様がどういう気まぐれか…、今攻め込まれている険水一帯の領主で太行三賢などとほざく負けた方の六卿の末裔の一人である同地の現領主に興味を示してしまい…、外部には悟られないために護衛はそう多く付けられない状態で秘かに遊びに向かっている状態で攻め込んでくるとは…!! ええい! こうなったらこっそり腹心を送り込んで来ておるあ奴にまた責任を被せねば…!!)
そうしている今現在の郭開の心中は、暗君に悩まされるのは何も諫めがちなばかりに疎まれる賢臣だけではない事の証左でもあった
再び主人公が新たな(修羅場に繋がりそうな)出会い(とは言っても相手の子とはまだ顔を見合わせてもいませんが…)を果たしました…。
ちなみに最後辺りに出てきた趙のアレ二世ですが…この時期は原作の登場時期よりももっと年少なので、悪い意味で嗜虐心じみた好奇心で珍しく行動力を発揮したら、そこに偶々白漂達がやってきたという感じです。
ちなみに、中国史に出てくるアレな子供には原作のアレ二世よりももっと質が悪いものの記録が残ってます(まーそれから簒奪したりした側の宣伝もあるでしょうけど…)。
次回はここ険水関の真の意味での面倒さとそれを生かす難敵な新キャラの登場となる予定です。