総合評価500突破ありがとうございます。
○秦始皇8年(紀元前239年)険水関攻防戦二十四日目深夜 趙国南西部 太行山脈西側領域南部 軹関陘山間部 裏側鉱山町○
「…うぅぅぅ」
「あ、お、お嬢様!?」
「どうしてこのような所に!?」
白漂達が何かを起こすべく動き出していた頃、その潜入先からすぐ見下ろせる場所にある鉱山町で、ここ険水の領主流姞の親族とされるココロが邯鄲王都圏趙兵に縄で縛られた状態で住民らの前に引きずり出されてきた。
(…な、何という事だ…今の城主である流姞様とお嬢様の代になってから…少しずつではあるが良くなりつつあったこの地が再び趙氏の都合で…!?)
その光景へ見るに耐えられないという表情を向けていた長老の一人が顔を俯かせようとしたその時、邯鄲兵の一人の剣が彼の喉元に浅く触れさせられてきた。
「おい、何を余所見している?」
「い、いいえ!」
「まぁいい、もう既にお前らが山向こうの秦軍と密通をしているのは先の白漂暗殺の失敗での情報漏洩で知っておるわ! 故に…一人ずつその詳細を吐くまで公開拷問に掛ける」
「!!」
それから邯鄲趙兵らが発した無常な通告は住民らから言葉を奪うまでのショックを、特にココロに対して深くそれを与える。
「さぁ、早くこいつを縛り上げて―――」
「させる訳ねえだろボケェ!!」
「―――え…ぇべええ!?」
だが、それを止めようとする声を住民らが衝撃からどうにか立ち直って発する前に、物理的強制力が投槍となって更に品があるとは言えない叫びと共に割り込んできて、趙兵指揮官の首を穿ちぬいて止めさせた。
「た、隊長ーーー!!」
「だ、誰だー…あ、あの旗は…!!?」
それに他の邯鄲趙兵達が驚愕を発した直後、鉱山町を囲う山腹の茂みより無数の旗印が立ち上ってその原因を彼ら自身の口に叫ばせる。
「「「「「秦軍だぁぁぁぁぁ!!」」」」」
『やれ!』
『『『『『承知!!』』』』』
趙兵の狼狽した叫びの直後に、白漂の手話による指示を受けて茂み各所より白漂兵は声こそ発さなかったが突撃を開始した。
「しゃあ! 連中は完全に不意を突かれて動揺してるぞ! 殺せぇ!」
「まだ数はそこまで多く下山してはおらん! 逃げ道を塞ぎながら包囲殲滅しろ!」
「伝令とかを真っ先に殺せ! 合わせて向こう側も大きく攻めかかって気を惹き付けているとはいえ終わらせる前にバレたら面倒だ!」
「ぎゃあ!?」
「は、速すぎ…ぐあああ!?」
「ま、まさかこいつらまで地下道を…ウワアアアアアァ!?」
今回、邯鄲から派遣されてきた将兵はどうやらさほど戦慣れしているとは言えないようで、鉱山町に突入してきた白漂兵に瞬く間に討ち取られていく。
「お、おのれぇ! 小癪な真似をぉ! だがここまでのこのこ来た貴様さえ討てば終わりだ―――」
「そのとーり、だけどそんな腕前じゃー無理」
「―――あぶべぇ!?」
その中で数少ない例外である邯鄲からの派遣部隊指揮官の一人が先陣を切る白漂目掛けて斬りかかるが、当の彼には十星戟ではなくその辺になった鉱夫とかが使うハンマーで鼻っ面から打ち飛ばされ、そのままゴロゴロ転んでいって山積みされた鉱石にぶち当たって止まるも、その衝撃で崩れた鉱石に上半身だけだした状態で下敷きにされてしまう。
「…よーし、これで終わったな―――」
「いや、最後の仕上げがまだだ…」
「―――あ…?」
数分後、鉱山町に突入していた趙兵らが降伏を口にする前にほぼ鏖殺されて、それで秦兵の一人が当然の言葉を発そうとしたところで、白漂が下馬してある地点を目指してカツカツと歩き始める。
「おい、起きろ」
「がは!?」
そして、白漂は着いた先で先ほど鉱石の下敷きになって伸びていた趙兵指揮官を石突で叩き起こすと、あまりの急展開に思考が追い付いておらず半ば呆けて無視されていた住民らを見渡す。
「あー、テステス…今現在ここに集まってぼさっとしている白狄や智残党の皆さんに聞きます。今こうして地面に横たわって息の音が止まっている人々の無言の訴えが聞こえますか?」
「「「「「……………!!」」」」」
そして、その白漂の何処か無感情と言うか杓子定規的な宣言が発せられると、鉱山の住民達の視線は無意識的に彼へ集めていた視線を、ビクッとした震えを契機に各所へと向けだす。
それらの先には共通して、今晩の夜襲と取り調べで死んだ隣人らの死体が幾つも転がっていた。
「その見ている彼らの無言の叫びの内容はわかりますか?」
「「「「「…………………………」」」」」
そして、それらの屍を差して白漂が語った内容を受けて、徐々にだが住民達のほとんどがその辺に落ちている武器や鶴嘴にハンマーなどをぞろぞろと拾い出し、ある地点へと目指す。
「…え、き、貴様ら何を…ギャアアアアアアアアアア!!?」
そして、いつの間にか白漂に再び離れられていた趙兵指揮官を集団リンチで殺害した。
「うわ、無理ない流れだけど…爺さん婆さんやガキまで混ざってやるとなると…別な意味でひでぇ…」
「…さあ、問題はここからどれだけ早くここの住民の怒りを勝ちまで保ち続けるかだな…その鍵は…」
信が複雑な表情を浮かべる横で、白漂の眼差しは先ほどの混乱での巻き添えで意識を失ってしまったココロに向けられていた。
「…どうするんだ!?」
「もう邯鄲からの指揮官を殺っちまったら言い逃れ出来んぞ!!」
「こ、こうなったら逃げ…」
「馬鹿! もしそんなことしたら関所で戦ってる家族達が処刑されるぞ!」
「じゃ、じゃあ…その家族にも伝えて…」
「だから関所には中央部から来た連中が大勢来てるんだって!!」
やがて数分経過すると、鉱山町の中心にある集会場に集まった代表達が激しく口論していた。
その中には意識を取り戻したココロの姿もあり、彼女は周囲の状況を観察しながら非常に悩んでいた。
(…あかん、あの状況のままやともう大きな粛清に入ってたとはいえ…それが秦軍の手で阻止されるということになってもうたら言い逃れはでけへん…向こうの指揮官も一人こっちが止めを刺してしもうた。だとすると…私達のやるべきことは…)
「こうなったら戦うしかねえ! 幸いにもここには城主様の一族のココロ様もいるからこの人に城主様達を説得してもらって秦軍に寝返るんだ!」
「こ、子供が無責任にそんなことを言うな!」
「だ、だったらよー…このままあの秦軍を歓迎する振りをして…おびき寄せて生け捕りにして差し出した方がまだ生き残る目が…」
「た、大変だ! その当の秦軍が帰り始めてるぞ!」
「んな!?」
住民の代表達が驚いて屋敷を出ると、そこには確かに茂みに向けて帰り道に着いて背を向けている白漂達の姿があった。
「ま、待て! あんたらどういうつもりだ!?」
「あ、いやー何か凄く不穏な感じがしたんでこれ以上巻き込まれる前に仕事に戻ろうかとー」
「ハァアア!? あんたここまでやっといて何を言ってんだ!?」
つい先ほどまで修羅の如き戦を見せて邯鄲王都圏部隊を殲滅した秦軍の将には見えない、他人事全開な感じを見せる白漂の軽い態度に鉱山町の住民達は困惑と怒りを更に強める。
「ハア!? 何を言うんだおっさん!? 助けたってのにその後の礼を言うふりをして趙の馬鹿どもに引き渡そうとしてる連中の所に長居するわけねだろうが!!」
「っ! そ、それは…」
だが、秦の口から出た当然の理由に険水住民達は口籠る。
「…まーさー、この首を差し出してもほぼ十割の確率でそっちの首も晒しものになるのは間違いないけどねー」
「ど、どういう意味だ!?」
「はい、質問です。そこのお嬢さんどういう意味でしょう?」
(!? ここでウチにふるんか!)
そして、白漂が住民らの困惑と疑問を更に深める発言をしつつもココロに対して問題を吹っ掛ける。
「コ、ココロ様…あの秦将は何を言っておるのですか!?」
「…言葉…そのままの意味です。たとえ…あの人達を差し出したとしても…我々の将来は無い…」
ココロが表情の強張りを強めつつ周囲に転がる同胞達の亡骸を指し示しながら、周囲の逃げ道を閉ざしていく言葉を紡いでいく。
「…え、な、何で?」
「周囲を見てください。この惨状で…私達が彼らの身を手柄として無実を証明しようとすれば…この惨状を作り出した者達を送り込んだ邯鄲がどう思うか…」
ココロの出したその仮説の通り、この状況で険水の住民達が白漂を討ち取った事で手柄を上げて冤罪を証明したとしても、その直前に碌な調査もせずに住民らを取り締まりと称して殺傷していった邯鄲に対し、元から彼らに反感を抱く太行山脈一帯とその西側地域の住民らは不信を更に強めるだろう。
「…自分達の失態を隠すために、彼らの身柄かもしくは首だけを引き取った後は…反乱鎮圧という名の元に…口封じと他の山脈城邑への見せしめとして鏖殺…」
「「「「「……………………」」」」」
それは、ココロが口にした最悪の未来によって恐怖と共に決定的となった。
「…おい、何だかすっごく暗くなってきたぞ。どうするんだ?」
「この表情…まだ見込みはありそうだな…」
信がその陰鬱として思考が止まりだした険水の住民らに微妙な表情を浮かべた直後、白漂は怜悧すぎる将の顔となって彼らの中に入る。
「な、何だあんた?」
「おい、聞くぞ。皆…このまま奴隷暮らしを子や孫に引き継がせていいのか?」
白漂が戸惑う彼らに言い放ったのは短い問いだった。
「「「「「!!」」」」」
だが、それは短いがゆえに過酷な環境で生死の境に過敏となっていた彼らには本質を鋭く抉るものだった。
「恥ずかしくないか?」
「「「「「!!!!」」」」」
「自由が無いままでいいのか? これからもずっと?」
「「「「「!!!!!!」」」」」
言葉こそ発せられてはいないが、衝撃で焚き付けられていく住民達は身の奥底に眠っていた気概と反骨精神が蘇っていく。
やがて、沈黙していた身が徐々に震えていき、熱は喉から徐々に立ち上っていく。
「…いいわけないだろ!」
「恥ずかしくないわけないだろう!!」
「自由なんて欲しいに決まってるだろ!!!!」
「よし、今はそれだけ聞ければ十分だ。じゃあ、まずは―――」
だが、復活した熱意を白漂が確認したところで邪魔が入ってきた。
「おい、馬南慈がもう裏山を降りてここに近づいて来てるみたいだぞ」
「―――あり…?」
「「「「「!!!!??」」」」」
羌瘣のその割り込みの通り、白漂が住民の輪の外に出て望遠鏡を取り出すと、篝火こそ焚いてないが山腹からこちらに向けた山林が揺れており、その闇の中を馬南慈と武装した騎馬隊が猛烈な勢いで駆け下りてこちらに向かってきていた。
「うげ! あの味方の城壁すら大きく凹ませた怪力爺! いい歳して動きが速すぎだろ!!」
「あー、あれが北の民が鬼人と嫌ってる李牧の副官のか…。確かに白髪交じりの髪でめっちゃ元気そうだなーーー…ん? 城壁を凹ます怪力?」
信の面倒くさそうな叫びを受けて白漂は興味深そうな表情を浮かべるが、その叫びに混じる単語を受けて白漂の意識は山中を走る馬南慈の近場に点在するあるものに意識が振り向く。
それから白漂は何か思いついた表情を浮かべると周囲に矢継ぎ早で指示を下し始める。
「おい信、地下道を通って連れて来た面子の大半を使って住民を裏山から出来るだけ離れた高台まで逃がせ。水が来ない所までな」
「え?」
「それとココロ、君さーこの地域での緊急避難信号みたいなのは知ってるかな?」
「え…(そりゃまー表向きは別人名義でやけどここを治めとるし…でも何で今それを聞くん…)ええ!?」
「ああ!? 秦将がココロ様を脇に抱きあげて騎乗した!?」
「あーココロ君、お願いだから住民や城に居る皆の為にも高台への避難信号出しまくってもらうからねー」
「ええ!?」
「それと僕がこれから率いる隊だけど、まずはもちろん竜騎で他にはーー…」
「「「「「えーーーーーーーーーーー!!?」」」」」
そして、最後に白漂が鉱山町で下したその最後の指示に対する、秦兵側の不安多分な驚愕がこの場のこの時においては最大のそれとなった。
「…おのれぇ! またしても秦軍が山の裏側に性懲りもなくやってくるとは! だが! こいつは考えようによっては好機よ!!」
秦兵達が上げた驚愕より数分後、馬南慈達は猛烈な勢いで裏山を降りて鉱山町まであと数十秒という地点まで駆けつけてきていた。
「…昼に戻ってきた斥候の話によればどうやら白漂はこの前も交戦中に裏道や獣道にこちらも把握してない地下道などを駆使して城の内部にまで潜入していたようで…!」
「敵乍ら中々に大胆で且つ愚劣な小僧よ! 一度偶々成功した程度でまた来て更により味方から遠い所まで来るとは…! ここでその首を斬り飛ばしてくれるわ―――!?」
馬南慈が部下からの報告と老将の勘で今回の戦いにおける最大の首へ近づきつつある悦びを高めていっていたその時、彼目掛けて空高くより何か人の頭サイズの何かが近づいてきた。
「―――あぁ!? 何かまた投石か!? そんなズカズカと空から目立ってくるものに気付かんわけが無かろうが…!?」
馬南慈の大矛がそれを打ち払おうと大きく振るわれるが、刃がその何かに当たるとそれは容易く両断された代わりに、それから広がるように生じた何かが彼にぐちゃッとした粘っこく不快感全開な不定物状態で盛大にぶちまけられ、続けて他の趙兵達にもそれには及ばないサイズと音だが同様の現象が発生した。
「「「「「…………………」」」」」
馬南慈と配下の者達を立ち止まらせて沈黙に陥れたその正体は、何らかの方法で投げ飛ばされてきた極薄の紙袋とそれに詰め込まれていた臭いが強烈な糞尿の類であった。
「おお、さすが袁羽、この距離にこの暗さで人に当てるとは良好投擲」
「へいへい」
沈黙に陥っていた趙兵達を見下ろす小高い丘陵の上より、その称賛と共に坑夫衣装ではなく土竜を思わせる全身を包む鎧と衣裳で包んだ袁羽が姿を現してきた。
「…きついべなー。これじゃーどんなに距離が有っても一目瞭然ならぬ一臭瞭然だべ」
その背後には趙兵には角度の都合から見えず、愚痴みたいなつぶやきも小声なので聞こえない状態で越が鼻を摘まみながらのしかめっ面の状態でいた。
「ばっちーな趙の爺はよー! 糞で化粧する趣味でもあんのか趙には!?」
(…う、うちはもうどうしたらええんやろうか?)
「いや、投げつけたのはこっちだから」
そして、彼らの前に進み出て趙兵達の前に姿を見せるようにして、完全に馬鹿にしきった表情の郭巨丙、もはや完全に思考が追い付けていない表情のココロと共に愛馬に騎乗している白漂が姿を現した。
「「「「「殺れぇええええええええええええええええ!!!!」」」」」
その姿を見て数秒後、趙兵の思考が現実に戻ったのとほぼ同時に何かがブチっと千切れる音が小さくながら深く鳴り響き、直後に頭からひっかぶった糞尿の中に一筋の赤い線を伸ばし始めた馬南慈の号令と同時に彼らから憤懣に満ちた殺気が立ち上って白漂達に叩き付けられた。
終幕にて即興に思いついた作戦でやっちゃいましたこちらの時間軸の白漂一行。
今回は少々短いですがここが切りの良い感じなので一旦止めます。
次回にて、険水関攻防戦は意外ですが何処か見覚えのある経緯で終幕へ向かう予定です。