○秦始皇8年(紀元前239年)険水関攻防戦二十四日目深夜 趙国南西部 太行山脈西側領域南部 軹関陘東側山間部 険水山裏側山中○
「「「「「待てええええええええええええ!!」」」」」
「いや、待つわけないから!」
険水関表側では秦趙両軍が再び衝突し、その裏側の鉱山町で邯鄲からの派遣部隊の大半が全滅させられたその直後、険水関の裏側にある山中を白漂達が汗を流しつつも何処か楽しそうに逃走しており、その後を馬南慈ら趙の他地域より派遣されてきた部隊が鬼の形相で追跡していた。
だが、追跡が続けば続くほどに馬南慈らの数は減っていっており、怪我人などの数も増えていっている。
「…くそ! また見失ったぞ!」
「何処だ! 何処に―――」
「あいよー! 此処だー!」
「―――いってそこか…ああああああああああぁぁぁぁ!!?」
馬南慈らが何度目か白漂らを見失ったところで視線を振り回していると、その頭上より郭巨丙の何処か人の気を逆なでする掛け声と共に大岩が幾つも降り注いで地味に痛い数を圧死させた。
「よし、次に行くぞー」
「…あんさんどうやったら敵地でこんな即興の罠を思いつけますん?」
それを見計らって白漂達は再び馬を駆けらせて、彼の前に騎乗させられているココロは非常に微妙そうな流し目を彼に送っていた。
「だってここって遠目から見ても脆そうな岩場とかたくさん見たし、それを前回と今回の潜入で通れそうな道や隠れそうな場所に何か大事そうな場所は粗方見つけたし」
「いや!? だからって何で地元じゃないにせよ他の趙兵さんよりもここで上手く逃げ回ってそんな余裕綽々出来るん!?」
「いやー、子供の頃から上手く逃げたり隠れたりできないと死ぬ前線で暮らしてたからそういう勘はあるっていうか…えい」
「ぐふ!?」
時折、懐に抱いてる形となっているココロに突っ込まれたりしているが、そんな状況でも白漂は先回りして茂みに隠れて待伏せしようとしたりする趙兵をあっさり返り討ちにしながら上へ目指して突き進んでいた。
「な、何故バレ…!?」
「いちいち商売でネタバレする手品師いないでしょーに(いや、さっきに投げつけて浴びせたその臭いので見えなくても悪臭で位置バレバレだから)」
「漂、あっちの方は糞臭しないべ」
困惑しながら絶命していく趙兵を適当に脇道に打ち飛ばして除けつつ、白漂達は適当に進んでいるように見えてある地点を目指して進んでいるのをココロは気付いていた。
(…お、可笑しい…この人のしてる事…ふつうにみればイカレとる様にしか見えへんけど…何か引っかかるんやが―――)
「今度こそ死ねぇ! 白漂ぉ!!」
「―――あってのわぁ!?」
それが嫌に気に掛かってるココロの視界に、馬南慈が生傷と出血量を増やしながらも何度目かの待ち伏せからの大矛攻撃を彼女ごと両断しかねない勢いで白漂目掛けて振るってきた。
「はい、それもまた躱す」
だが、それを白漂は紙一重の差ながら完全に慣れた表情で馬ごと斜めに進みながら回避し、空振りとなった大矛は彼の背後にあった人口の土壁をズガっと容赦なく大きく抉った。
「あ、あかん! ここでこのえぐり方…皆逃げてーーー!!」
「言われなくても逃げるぞ皆ーー!」
「「「「「承知ー!」」」」」
「「「「「逃さんわぁ!!」」」」」
それを見てココロが青ざめた表情で笛を吹いて何らかの指示を出している間も、白漂達の逃走と馬南慈らの追撃は続いた。
残された土壁に生じた破損は、人がいなくなった後もミシミシと音を立てながら広がり続けて、徐々に噴水の如く勢いを強める水漏れを生じさせていった。
○趙国南西部 太行山脈西側領域南部 軹関陘西側地域 険水関内城 貴賓室○
「…っ…何だ? やっと痛みが退いて来たと思えば…やけに城内が騒がしくなってきてるぞ?」
険水山裏側での微妙な接触より数時間後、邯鄲からの要人子弟である少年は不穏な気配を感じて怪訝な表情を浮かべる。
先ほどから裏側より妙な笛の音が響き続けており、しかもそれは徐々に近づいて来ていて、それに比例して城内の険水兵達が慌ただしさを増していっているためだ。
「おい、誰か様子を見に―――」
「し、失礼します御曹司様!!」
「―――い…?」
その最中で少年は周囲の奴隷を甚振りながらも一応側近に外部の状況を確認させようとするも、そこで扉を乱暴に開いて伝令が駆け込んできた。
「何だ? どうした?」
「く、詳しく言う時間は御座いませんが地下道のいずれかを通って裏山に現れていたあ奴らが山を駆け上って猛烈な勢いでここまで近づいて来て…!?」
血相を変えた表情で伝令が報告しようとするも、そこで内城内部で突然生じた剣戟の音に怒号と悲鳴が、猛烈な勢いで彼らのいる貴賓室に近づいてきた。
「はい! 邪魔だから退いてーーー!」
「ぶぼべぇ!?」
「「「「「えーーーーーーーーー!!?」」」」」
そして、その音声が貴賓室に到着するとその音源の一人である白漂の得物が、伝令を後頭部より打ち飛ばし、貴賓室内部にいた側近や奴隷達は思わぬ乱入者に恐怖も忘れて驚愕に陥る。
「な、何で貴様が―――!?」
「あ、何か怪しい匂いがプンプンするから最終目的地の手前で寄ってみれば…、生け捕りな」
「おうよー」
「―――あべぇ!?」
その姿に見たのは一瞬だが嫌な意味での記憶を大いに刺激された少年は恐怖と困惑を露わにするが、今度は信の拳を鼻っ面から浴びせられて再び意識を刈り取られ、縛り上げられて彼らの馬に荷物の如く引き上げられた。
「…こらー! 待てーーーー!!」
「あ、少々遅くなったけど追いついてきた。また逃げるぞ」
「は、白漂を討ち取れぇ!」
「いや! あんだけ速いのに下手に攻撃するとココロ様まで巻き添えにするんだって!」
そこで再び馬南慈の声が近づいてくると、白漂らは貴賓室を飛び出て再び馬を駆けらせる。
「…ふーーー、さすがにここまで逃げると…少ししんどくなってきたなぁ…」
「そうか…だったらもうこの辺で終わりにしてくれるわ…!!」
数分後、険水関城内にあるやけに大きな土壁の前で白漂が少々息を荒げ始め、それを落石やら何やらで連れを大勢失って怪我を負いながらも追い縋り続けた馬南慈が獰猛な笑みを浮かべていた。
「…え、えー―っと…まさかお二方…ここで―――」
「仕留めてくれるわぁ!!」
「―――えってやっぱりーーー!!」
それにココロが大きく引きつった笑みを向けた直後、馬南慈が今度こそ仕留めんと大矛を振り被って馬を駆けらせ、彼女に悲鳴混じりの絶叫を上げさせた。
「ああ、確かに終わりだな」
白漂はそれを見やると、何やら懐より適当な小瓶を取り出すと馬南慈の馬の足元目掛けて投げつけた。
「馬鹿めぇ! そんなこざかしいもので止められはせんわ―――!?」
それを馬南慈はあざ笑った直後、彼の身は乗馬ごとふらつきだしたコマの如く不安定な躍動感に襲われた。
先ほど、白漂が投げつけた小瓶は馬南慈に踏み砕かれるも、同時にその内部から非常に潤滑度が高い液体をぶちまけ、それで馬は猛烈な勢いでスリップしだしたのだ。
「―――あってぬおおおおおおお!!?」
「…よし、これだけの勢いも加われば十分そうだな。それ」
液体を他の小瓶を投げつけて背後の壁まで繋げさせた白漂達は、長年の乗馬経験から落馬こそしていないがスピンしながら迫りくる馬南慈を見切って馬を避けらせた。
「ぬごぉ!!?」
白漂達に真ん中を明けられる形となった馬南慈はそのままの勢いで、大矛を握っていた拳を彼らの背後にそびえる土壁に叩き付けて小さなクレーターと広範囲のひび割れを生じさせ、そのまま続けて我が身ごと壁にへばり付いた。
「…あ…」
それを見せつけられたココロは完全に血の気が退いた真っ白な笑みを浮かべ、続けざまに土壁は馬南慈が叩き付けられた箇所を基点に猛烈な勢いでひび割れ出して、そこから噴水の如き水漏れが無数且つ迅速に出現しだした。
○趙国南西部 太行山脈西側領域南部 軹関陘西側地域 険水関対岸秦側陣地○
「…え、これは漂から全軍への緊急厳令信号…!?」
険水関上部でドリフのコントを思わせる死闘(?)が繰り広げられていたのと同じ頃、陽動のため険水関を正面から攻めたてる総指揮を執っていた河了貂は、山の上部より鳴り響いてきたその“即時撤退及び遠方高台への絶対避難”を耳にして胸騒ぎを覚えた。
数秒遅れで続けて、趙側内部を大きな銅鑼の大音量が鳴り響いて彼らの大半を占める険水兵達に困惑と恐れから来る引き攣った顔を浮かべさせる。
「…え!? な、何だ!? どうして山から例の“絶対緊急避難”の指示が鳴らされているんだ!?」
それに趙兵達も困惑しながら徐々に反応を見せて動き出した直後、山の上部から震動が下るように伝わってきて、それは徐々に大きくなっていく。
「え、何だこの震えは―――」
「この揺れは不味い! 皆! 敵も無視していいから漂の指示通り動け!!」
「―――あ…!? は、はは!!」
秦兵達もそれに只ならぬ気配を覚えた直後に河了貂の指示がすかさず発せられ、彼らは慌ただしくも迅速に指示通りの場所へ避難していく。
その動きは趙側の大半も同様で、彼らは城をあろうことか捨てて秦兵達とは別方向の高台に逃げ出した。
「な、何だ貴様ら!? まだ戦は終わって―――!?」
それに邯鄲や他地域から派遣されてきた趙兵は困惑と怒りを見せるが、そこで揺れは決定的に大きくなって轟音を添えた状態で上部から水飛沫となって彼らの身に降り注ぎだす。
「―――え…な、なん…だぶぁああああああああああ!?」
それに城へ残っていた他地域趙兵らが不安に駆られて恐る恐る背後の上側を見やったその瞬間、山肌を包み込むように猛烈な勢いで駆け下りてきた濁流が彼らを飲み込んだ。
「な、何が起きてるんだぁ!?」
「ちょ、趙の城ごと残ってた趙兵達が濁流に飲み込まれて流されていってるぞぉ!!」
その光景に高台に逃れていた秦趙両兵らは呆然と眺める他なかった。
十数分後、水の勢いが落ち着く代わりに、各所を押し流されて無残な残骸を残している険水関が残され、すると残骸の一つから傾斜が緩やかな場所を駆け下りてくる一団があった。
「あ!? ひょ、漂! 無事だったのか!? というか何が起きた!?」
「あー色々話さなくちゃいけないことはあるが落ち着け、幾つか土産が出来た」
その一団の正体は先ほどまで険水関内部を逃げ回っていた白漂達で、河了貂達は驚喜しつつも問いただそうとするが、そこで彼らの前に帰還組が持ち帰ってきた土産が降ろされる。
「…ここ険水関領主一族の一人であるココロと、悪趣味と暇を持て余してここまでこっそり遊びに来てた趙王末子の趙遷君だ」
「「「「「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!??」」」」」
もう何をしていいのかわからないという呆然とした表情のココロと、完全に怯え切っている邯鄲要人子弟改め趙遷に、秦趙両兵らの顎が外れんばかりの驚愕が浴びせられた。
「…と、とりあえず守備陣形! この二人は奥まで運んで! 流されずに残ってる趙兵らが持ち直す前に有利な陣形を固めて!!」
「「「「「ハ、ハハ!!」」」」」
数秒後、真っ先に理性が現実に戻った河了貂らの指示で秦兵達が何処か慌ただしいが迅速に隊列を整えていく。
「い、いかん! 何としても遷様を救出しろぉ!」
「あの方を取り戻さねばお前たちの未来は無いぞぉ!」
「…え、あ…そ、それはぁ…」
その動きに邯鄲など趙中央圏や後方から派遣されてきた趙兵達が切羽詰まった表情を浮かべるが、大半を占める現地険水の兵士達は居城崩壊の衝撃から立ち直れてはおらず動きは非常に遅かった。
「…よし、まーこれで勝負はほぼ決まったとして次はこっち…特に…」
「…あ…」
「ひっ!?」
その様子を合戦の趨勢を悟った白漂の視線を受け、意識が現実に戻りつつも呆けが大分残っている表情のココロの間が抜けた声と、特に視線が偏って向けられている遷の悲鳴が発せられた。
「…こんなのでも王族だから無碍な扱いは出来ないよなー」
「そ、そうだ! 丁重に扱えば父上に頼んで返礼は弾む―――」
「ほれ、新型毒薬を混ぜ込んだ西域渡来の銘酒。これを飲み干せば眠るように死ねるからお勧めするぞ」
「―――うってええええええええええええええええ!!?」
初めに比べて幾分か穏便さを感じさせる白漂の態度に遷は希望を感じるが、非常に手早い動作で実質的死刑宣告を下されると、再び恐怖のどん底に突き落とされて今度は失禁まで起こしてしまう。
「お待ちください白漂将軍、そのような事は…」
「そ、そう、そうだよ漂、こんなのでも敵国の王族だから交渉材料に―――」
「そんなクソガキに銘酒振る舞うくらいならさっさと首をズバッと刎ねた方が安上がりよ」
「―――いってそっちかい!?」
仕舞には始めは穏便そうに見えるもシビアな発案をする紅華等とそれに対する突っ込み役として河了貂らも加わって場の空気は混沌とし始める。
「おい、確かに戦況はこちらが断然有利で押してるがまだ抵抗してる敵がいるぞ」
ペンテシレイア等が一応注意を促したりするが、それにも余裕が大分感じられた。
「…そうだなー、やっぱ細かい調整は後にして残りの趙軍をどう降伏させる考え―――」
「何を他人様の土地で好き勝手に戦をしてるんだお前らーーー!!?」
(((((今になってそれでキレたーーーーーーー!!!!)))))
そのまま趙遷の事などほぼ忘れ去られて目前の戦況に意識が戻ろうとしたその時、彼の涙混じりながら怒りの咆哮が発せられて周囲の秦兵達が驚きつつも場違い感を覚えさせられた。
「―――っ…」
ただ一人、白漂だけは何か感じる所があったのか再び趙遷に向き直して静かにその叫びに耳を傾ける。
「他人を馬鹿だの糞だの言ってるけどお前らみたいに戦争強い連中が好きなように戦争してるから世の中乱れてそういう連中が生まれやすくなるんだろ!? そういうのを増えるのをほったらかし同然な時代を何百年もしてるから桓公とか白起とか武霊王とか凄く言われてる連中も結局馬鹿な死に方したんだろうが!? そんな頭が良い馬鹿なお前らにあれこれ言われたくないわ!!」
「「「「「………………」」」」」
それは失禁と嗚咽混じりだが一片程度には真理を内包した必死な叫びで、周囲の大半を数秒程だが沈黙に陥れた。
「…確かにそれはそれで正しいです。だけども間違ってもいますよ遷王子」
「…え…漂?」
白漂がその沈黙を止めさせると、彼の言葉に周囲は戸惑いつつも意識が引き寄せられて行く。
「…人間というのは他の動物と違い他者と自己の違いを明確に認識できる生き物です。故に他の動物とは違って些細な行為にも喜びも罪の意識も抱きます。だからこそ…知恵を深め合って工夫を凝らし合って縁を結び、時には傷つけながらもそれを広げていって文明を大きくしていきました。それら全てが一概に愚行だと判断してよいものだとは僕は思えません」
「「「「「………………」」」」」
「…ほとんどの人が傷つきながらでも進んでいる中で、生まれつき良いものを選んで前に行ける道が有るのに、他人の失敗を
「「「「「………………」」」」」
白漂によるそれらの言葉は聞き分けの悪い子供を思い諭す声音のもので、浴びせられている趙遷含めて周囲から静かな空気が生じ始める。
「…だったら貴様から死ねぇ! 白漂オオォォォォォォォ!!」
「「「「「!!!!??」」」」」
その空気を搔き乱したのは、白漂に険水山奥深くまで誘い込まれるも濁流で行方不明になっていたが、いつの間にか秦側陣地の茂みから迂回してきてその場に近づいて来て、大矛を振り上げながら乱入してきた馬南慈であった。
(…あ、しまった…まだこの爺が残ってた。面倒くさ…!?)
周囲が呆気にとられる中で白漂は内心で舌打ちしつつも冷静に得物を振り上げるが、その彼の前をある影が瞬足で飛び出して馬南慈の懐へ一気に踏み込んだ。
「…せやったら、(敵の挑発と誘導に乗って城中の水路に溜池ぶっ壊しまくって城をああした)あんたがまず手本を見せんといかんちゃいますぅ? ふん!!」
「ぼげぇえ!!!??」
その影である、満面の笑み(但し額に青筋を浮かべた)をしているココロが踏み込みで地面を大きく凹ませる勢いを添えて放ったその細見に似合わぬ剛拳は、馬南慈の腹部に鎧を殴り壊す勢いで打ち込まれ、彼は血を吐きながらその巨大で後方目掛けてすっ飛んでいく。
「ぶぼべーーーーーーーー!!?」
そして、その方角にいた趙遷を巻き込んで馬南慈は再び濁流に落ちて流されていった。
「「「「「……………………」」」」」
その光景を見せつけられた秦趙両軍は動きが止まり、深い沈黙に支配される。
「(…あ、やってもうた…)あーーーーーーー……」
周囲の沈黙で我に返ったココロであったが、そこで背中に付けられていた無数の傷が大きく開いて噴水の如き勢いで出血しながら倒れた。
「(…やっぱ…今の技って…まだこの時代にはないはずの八極拳…それと、ココロって名前からしてこの子やっぱり…まーそれは後回しで良いとして…)とりあえず―、あの二人の捜索隊は一応出して。残りの趙兵を上手く降伏に追い込む」
「…あ、は、はい、ですよねー」
「皆ー、行くぞー」
その光景に記憶を深く刺激されつつも現実に踏みとどまった白漂の指示を受け、秦軍は残りの消化試合の片づけに戻った。
○秦始皇8年(紀元前239年)険水関攻防戦二十七日目朝 趙国南部 王都邯鄲 王宮○
「……もう一度聞くぞ宰相、何が起きたのか本当のことを話せ」
険水関攻防戦より三日後、早馬と伝書鳩で戦況の結果を知った現趙王趙偃が病弱で元より血色が悪い顔に青筋を幾つも走らせながら口を開いていた。
「…つ、つまりですなー…現地である険水の領主一族はだいぶ早期より秦側と密通していたようで…その証の人質である一族の娘を連れた白漂の挑発に乗せられてー、それを追った李牧副官の馬南慈が城内で暴れ回った影響でー城が水害を引き起こして崩壊。その流れで末子遷様は馬南慈の巻き添えを食って濁流に飲み込まれて行方不明となったらしく…」
それに対し、肥満体を冷や汗でびっしょりにしながらも郭開は(色々自分らに不都合な部分は削除してはいるが)険水関攻防戦の結果を上奏した。
「だ、大王様! どうか遷救出と此度の秦軍討伐の為に軍を―――」
「貴様は今日呼んでおらん! あの愚図など如何なっても知らん! 帰れぇ!!」
「―――おっひぃ!!?」
郭開の斜め後ろより趙遷の生母である江姫が懇願しようとするも、趙偃は彼女の額に盃を投げつけて傷を負わせて追い出すと、再び郭開を見やって唾をまき散らしなら怒号混じりで命令を下す。
「白漂もだが馬南慈とかいう木偶を送りおった李牧にも討伐軍を送りつけろ!! 連中の首を全て上げるまではお前も王都には戻って来るな!!」
「はいいいいいぃ! 畏まりましたぁぁぁぁぁ!!」
宮廷内で寵妃と目されていた女性の惨状に、深入りすれば次は自分もだと感じた郭開は直ちに玉座の間を逃げるように後にした。
数十分後、そのやり取りを知った延臣達は驚愕と不安を口にしていく。
「…大王様、今日はものすごく荒れたなぁ…。だが…江姫まであのような」
「いや、遷様を贔屓していたのもそもそも太子である嘉様に王位を継がせたくないための当て馬に建てようとしただけらしいからな…。元々愛情はそこまで抱いていないらしい…」
「だが、今回の事態は非常にまずいぞ…」
「これまで邯鄲から実質的に国政を曲がりなりにも仕切っていた郭開様まで王都に居れなくなった…」
「…その上で、本来この状況に乗じて戻られるべき李牧様まで腹心が失態を犯して協力者も寝返ったとなると…」
それは自国を覆う暗雲がますます強まっているのを如実に感じていることを現しており、延臣達の表情は一様に暗かった。
「…想定以上に趙がしぼみ出している。今この状況でこれ以上進むのは不味い…」
そして、宮廷内を出入りしている外部者の中に混じる、毐国でも見受けられる墨字衣装の覆面の者達もまたその様子に危惧を抱いていた。
「…これは予定を早めた方が良いのでは?」
「…そうだな。今後の状況や軍の向き不向きを考えれば…昌平君も同様の事を考えているだろう。早めさせれば幾つか不審がられるだろうが…急がせるとしよう」
彼らもまた今後の状況を見込んで、今現在の各国王宮で最も荒れだそうとしている趙国のそこでも暗躍を深めるべく動き出そうとしていた。
今回の話、キングダム本編における馬南慈のパンチが炸裂しそうになるも避けられた話と、あの眉毛がめっちゃ太くて濃い警察官のアニメ版での埋蔵金伝説の数シーンを見て思いつきました。
次回は、険水の地での後始末が中心になる予定です。