※この作品はR-18です。

遅咲きブーゲンビリア 後日談   作:パン de 恵比寿

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 さて本作は、現在連載中の『遅咲きブーゲンビリア』について、今後の展開のアンケート調査を行った結果、意見の多かった
『道中吹っ飛ばして恋人になった二人(白銀と早坂)が見たい 』
というリクに応えたものです。
 ……嘘ですごめんなさい。ぶっちゃけ本編がシリアスばっかりなために、息抜きとして先にこっちを書きたくなってしまいました。
 加えて初めての18禁。作者の挑戦と我儘と思い、どうか寛大な心でご容赦下さい。
 
<追記>
2024.9 本編完結につきようやく追いつけました。
引き続きお楽しみ頂けると幸いです。


そして歩む満開の先 前

 

 カリフォルニア北東部。本日の天気は快晴。

 

 温かな木漏れ日の差し込む昼下がり。

 今日も熾烈極まる午前の講義を乗り越えた多くの学生達が、食堂に集っては思い思いに昼食を楽しんでいる。数あるメニューの中でも、特にオリジナルのパテを使用したスタンフォード謹製バーガーは人気随一で、入り口にまで長蛇の列を築くほどだ。

 

 そんな喧騒からは一足早く抜け出すように、食堂外に伸びるテラスでランチを取る一組の男女。

 普段から少食でサンドイッチ二切れしか頼まなかった少女に対し、少年の方は水色のランチクロスを紐解き、弁当の中身(メイン)が好物のカキフライだったことに内心胸を躍らせていた。

 

 シャワシャワと揺れる木々の音。日は高いけれど頬を撫でる風は涼しく、芝生に横になり昼寝をすればさぞ気持ちの良いことだろう。

 午後の授業につなぐための小休止。そんな風雅で穏やかな憩いの時間は

 

 

 

 

「ほんと、いい加減にしなさいよアンタ達」

 

 向かいに座る少女、憤懣満ち満ちるべツィーの呪詛により儚くも終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

遅咲きブーゲンビリア 後日談 1話「そして歩む満開の先へ」

 

 

 

 

 

 

 

「……何のことだ?」

「何だじゃないわよ、ふざけんじゃないわよ。毎日隠れてこそこそイチャイチャ。ばれてないとでも思ってんのか」

「ぐぶっ」

 

 友人であれば泡を拭いて倒れそうなほど殺気に満ちた眼光を浴び、何より彼女の発言に飲んでいた珈琲を吹き出しかける。

 彼女が言っているのは間違いなく、自分とその同棲相手……早坂愛についてだろう。

 

 数々の紆余曲折を経て、晴れて恋人同士となった白銀と早坂(自分たち)。今まで溜め込んできた想いの丈。すれ違ってきた時間を取り戻すかの如く、二人は今まさに愛を深めている直中なのだが

 

「べ、別にそんな露骨にはしていないだろう。寧ろちゃんと場所を弁えてーー」

「それよ。そのやり方よ!別に恋人同士、普通にイチャつくぐらいなら私も文句言わないわよ。けどアンタ達なに?ちょっと手が触れ合ったぐらいでお互い顔真っ赤にして。そのままキスもせずに、指を絡めるだけで延々イチャイチャモジモジと……どんだけ幼稚だ!今時中学生(ティーンエイジャー )でも、もっとまともな恋愛するわよ!」

「そ、それは……人にはそれぞれペースというものがあってだな」

「やっかましいわ!おまけに昨日は論文書いてる私の隣で3時間も電話(ラブコール )続けやがって!そんなに余裕有るなら帰れぇ!」

 

 テラスに響き渡る少女の怒号。何事だろうと集まる周囲からの目も、流石の悪名というべきか、べツィーの姿を収めた瞬間みな察したようにそそくさと視線を戻すのだった。

 

ーーあの二人付き合ってんのかしら。

ーーうわぁ、お気の毒。

 

 そんな囁き声が聞こえてきた先を、べツィーは今度こそ万感の殺意を込めて睨み返す。

 

 ああ、それだ。何より腹立たしいのがそれだ。

 早坂(アイツ )もアイツで、今度は直接私に電話かけてきて、「研究室での御行くんはどんな風ですか?」とか「(貴方含め)仲良くなった先輩後輩(女生徒 )はいますか?」とか遠回しに牽制してくる始末。それが今月入ってもう3回も来ているのだから、いい加減堪忍袋の尾をブチ切ってもいい筈。

 もう限界(うんざり)だ。そんなに気になるならサッサと子供なりこさえて既成事実でも作ってしまえとさえ思う。

 

「けど、どうせアンタ達ことだから本番(セックス)もまだなんでしょうねぇ!分かってる?アンタらもう大学生よ?ここじゃとっくに成人扱いよ!?酒も薬も許される歳になっていつまでネバーランド彷徨ってるつもりだぁ!!」

「いや、仮にも女子が公衆の面前でそんな単語を」

「SHUT UP(うるっせえ) !!Bang!!Fuck!!SEEEEX!!!」

「やめないか!!」

 

 澄み渡る蒼い空に淫語が木霊する。

 温かな木漏れ日が差し込む昼下がり。騒がしさは哀なれど、今日もスタンフォード大学は平和だ。平和と言うからには平和なのだ。

 

 

 

 

 

■□■□

 

 

 

 

 

『実際問題、このままじゃアンタほんとに愛想尽かされるわよ』

 

 テラスに残る生徒が人っ子一人居なくなるまで暴れ回った後、肩で息をしながら吐き溢したべツィー。

 

『待たされる方も不安になるって、分からないわけじゃないでしょう。自分にはそんなに魅力がないんだろうか。愛されていないんじゃないだろうかって……そんな小さな擦れ違いからでも、亀裂ってのは広がっていくものよ。特にアンタらの場合、人一倍面倒くさい性格(タチ)なんだから』

『……だが』

『だがじゃないわよこの臆病者(チキンハート)。アンタさぁ……あの子が望んでないとでも本気で考えてるわけ?』

 

 

 耳に残る彼女の叱責に、息を零す白銀。こんなにも思い悩むのは、彼女の言葉が至極真っ当で、正鵠を射抜いたものだからだろう。そも告白の折には背中を押してもらった相手。助言を蔑ろにするつもりなど毛頭なかった。

 

 

 しかし、いったいどうすればいいのか。

 

 これまで仮面を被り、人の心というものに人一倍敏感であった自分たち。臆病で繊細。だからこそ、ただ一人心を許せる相手……親愛を情愛を重ね、想いを告げられる相手との時間というのは、何より貴重で心地好いものであった。たとえそこに身体的な接触が少なくとも、弱さや未熟さもそのままに、素直に求め甘え合えること……それだけ、この胸は満たされていたのだ。

 

 幼いと言われれば否定のしようもない。しかし周り(べツィー)からすれば酷くもどかしいと思える行為であっても、自分たち2人にとっては心を結ぶための大切なプロセスなのだ。

 誰にも邪魔されず、他の何者にも理解し得ない、仮面も鎧も脱ぎ去った二人だけの空間。そのムードのまま、自然とキスに至る機会も最近では増えてきた。

 

 

 だがしかし。いやだからこそ、『それ以上』にまで踏み込むとなると話が違ってくる。

親愛によって成り立つムードを乗り越え、或いは意図的に壊し、セ………情事にまで至るとなれば、より多くの関門を越えていかなければならない。

 

 もし彼女が望んでいなかったら?

 心の準備もできていない彼女に無理に迫り、結果、今の関係が壊れてしまったら……。

 そんな不安が過りどうしても肝心の一歩を踏み出せないでいる事実。

 

“やっぱり貴方も世の男性と同じ、下半身で物を考える獣なんですね”

 

 冷め切った瞳でそんな事を言われようものなら、今度こそショックで立ち上がれない自信がある。

 しかし恐れとは裏腹に、やはりそういう(・・・・)関係に進みたいと望んでしまうのも、哀しいかな、男の性(さが)なのだろう。

 

 

(まずは……そう先ずは、シチュエーション作りからだ。)

 

 現状で難しいというのなら、より見合ったムードを作り出すしかない。堅い想いを胸に、今しがたレンタル店で借りてきたDVDの袋を握りしめる白銀。タイトルは恋愛感動巨作としても世界的に名高い、氷山にぶつかって船が沈むアレである。

 

 映画を通して壮大な船旅へと想いを馳せる二人。

 データ処理のバイトを元に溜めに溜めた資金でクルーズ船を貸し切り、いざ二人きりの南国遊覧旅行へ。

 オレンジ色に染まる世界。水平線に沈みゆく夕陽のもとで見つめ合う男女。

 唇は自然と重なり。母なる広大な海、旅先という開放感、誰も止めるものはいない二人きりの環境に、次第に想いは熱を増していきーーー

 

 

(これ(・・)だ……ッ!)

 

 硬くビニール袋を握りしめ、何かを確信する白銀。

 哀れなるかな、数多くの試練を乗り越えた身なれど、心は未だMDT。自由の国、アメリカの空気を吸うだけで高く飛べるわけはなく、その中身(面倒くささ)は、まるで成長していないのであった。

 

 

 自宅の玄関前で大きく深呼吸すること数度。見慣れた我が家入るのに、何故こんなにも緊張せねばならないのか。三年前、早坂が初めて此処(うち)を訪れた時もこんな心境だったのだろうかと、そんな感傷に惑わされながらも、ええいままよと扉を開け放つ。

 

 

「帰ったぞ早坂!」

「お、おかえりなさい」

 

 普段なら決して言わないような言葉、かつ変に上擦ってしまった声に反省を抱く間もなく、応えは予想外にすぐ傍から返ってきた。

 開け放った玄関の先、まるで待っていたように、ちょこんと正座姿で出迎える早坂。

 気配で帰宅に気付いていたのか。あるいは中々入ってこない白銀(じぶん)の様子を不審に思ったか……。心の準備ができていなかっただけに、白銀の方が面食らってしまうほどだった。

 

 いいや落ち着こう。何を焦ることがあろう。

 再度息を整えること0.8秒、いつもの如く鞄を早坂に預け、後をついていくようにリビングへと歩いていく。

 平静を乱し、視野が狭くなってはいけない。事が事なうえに、彼女の方は全く事情を知らないのだ。無闇に緊張が伝わっては、ムード作りなどとてもーーー

 

「ーー?」

 

 その時、ふと。鼻をくすぐる嗅ぎ慣れたシャンプーの香り。その元であろう彼女の後ろ姿を見れば、赤みを帯びた耳に上気した肌。彼女が風呂好きなのは熟知しているが、いつもに比べれば随分と早い時間からの入浴だと思えた。おまけに…何だろうか。普段あまり化粧もしない彼女だからこそ分かる、その気合の入りぶり。

 

(……まさか)

 

 ふと沸いた想像に悪寒を覚えながらも、リビングへと辿り着く。

 同時に目に届く、テーブルの上に並んだ食欲を唆る美味そうな料理の数々。

 ローストビーフに焼き牡蠣のソテー。こちらでは手に入れるのが難しい鰻や山芋、オクラを使った料理などもある。おまけにかなり量も多く、普段の1.5倍はあろうか。現在進行形で緊張に疲れている心には非常に喜ばしい。これらのラインナップも、一般的に精のつく(・・・・)料理と知られーーー

 

 

(いやいや、まさか)

 

 消えてくれない疑念にチラリと早坂の方を盗み見る。そこにあるのは、風呂上りで未だ少し濡れた髪を片手でいじりながらも、普段と変わらない冷静な表情の彼女。

 ………だが、分かる。それが平静を保つための彼女の技(ルーティーン)であること。そして、その技を持ってしても、動揺を隠し切れていないこと。そもそも、家で二人きりでいるのに仮面を被ろうとしてる時点でダウトなのだ。

 

「早坂……割と確信を持って聞くぞ。

 べツィー(あいつ)に何を言われた?」

「……い、いえ。直接言われたのではなく……その……」

 

 一瞬口を紡ぐも、誤魔化し切れないと諦めたのか。白い肌を真っ赤にして俯いては、おずおずと自身のスマホを差し出す早坂。

 ああ。なんといじらしくも愛らしい。普段なら中々見せないそんな表情を写真に収めたいという願望を抑えながらも、携帯の画面へと目を落とす。

 そこには1通のメールが……

 

 

『ハァイ、憎(にっく)き八岐大蛇(ヤマタのガール)。

 どうせコレ読む時も、いつもの冷たい鉄面皮なんでしょうね。けれどお生憎様。これから御行(アイツ)のこと徹底的に吹っかけてやるつもりだから、夕方には馬鹿みたいに鼻息荒くして帰ってくるわよ。獣(ケダモノ)を前にしたアンタがどんな顔で慌てふためくのか、直に見れないのが残念だわぁ。次に会ったときは初体験の感想諸々、イヤっていうほど問いただしてやるから覚悟しておきなさい。

 

 

 

P.S

 …………それとね。もしこれで今週末に何の進展もなかったら、今度こそアタシが先にアイツのこと犯(く)っちまうからな』

 

 

 

「あ、あの女(アイツ)ぁーー!!」

「落ち着いてください!待って待って!」

 

 溢れ出る羞恥と怒りを胸に、リビングを背に直接抗議へ繰り出そうとする白銀を、早坂が必死に堰き止める。

 

 何という悪辣非道。友人が背中を押してくれたと思ったら、駅のホームから突き落とされていました。

 差出し時間から考えるに、昼に顔を合わせたときには既に彼女はメールを出し終え、白銀(じぶん)を叱責しながら内心ほくそ笑んでいた事になる。その手の話題に慣れてない早坂の動揺ぶりも全て知っての謀略だろう。

 畏ろしい。これが人間のやることだろうか。

 

「と、とりあえず冷めてしまう前にご飯食べましょう?その後で………あと、で……」

 

 宥める言葉の最中にも、顔を真っ赤にして、最後には消え入りそうな声で俯いてしまう早坂。

 

 ああ。普段から狼狽た姿など見せたがらない彼女だからこそ、なんと愛らしく、そして許せない。たとえその原因は自分にあるとしても、自分以外の人間が、彼女にこんなにも感情的な表情(かお)を浮かばせるのが、堪らなく腹立たしく思えたのだ。

 それが義憤によるものか、独占欲によるものなのかは、まだ分からなかったが。

 

 

 

 

■□■□

 

 

 

 

 多めの夕食を食べ終え風呂も浴び、リビングのソファで肩を並べては、借りてきた映画を鑑賞する白銀と早坂。

 だがそこにゆったりとした憩いの空間などある筈も無く、代わりにあるのは張り詰めたような緊張の空気。

 悪女、ベルトワーズ=べツィーの策略により、白銀が企てていた長期計画は全て水泡と化した。本来なら一つ一つの過程を乗り越え、雰囲気作りに雰囲気作りを重ね、ようやく至る筈だったセッ………目的地。それをなんの準備も無しに、いきなり意識させられたのだからムードも何もあったものではない。

 

 ならばせめてと見始めた映画も、正直、緊張と焦りで全然内容が頭に入ってこない。上映時間全3時間15分。目的(クライマックス)である恋人同士の口付けシーンまでも約1時間はあり、それまでの間、いったいどうやってこの重く沈みきった空気を乗り切れば良いのか。

 混迷する頭に蘇るのは懐かしきムード・ブレイカーの横顔。嗚呼、藤原。藤原書記よ。お前が遠くにあることが、こんなにも心細く思う日が来るとは。

 

 

「………」

 

 緊張に耐えきれず、気づかれぬようチラリと、隣に座る早坂の様子を盗み見る。このお互いを意識せざるを得ない状況。恋愛のABCを登る階段が突然高速エレベーターに変わってしまったかのような劣況に、彼女の方はどのような面持ちでいるのか気になって仕方がなかった。

 ……否。叶うことなら、彼女には純粋に映画を楽しんでいて欲しい。

 

 

しかし

 

「「ーーっ!」」

 

 盗み見た先、ばっちりと鉢合ってしまった少女の瞳。考えることは同じか、その対面、羞恥に二人して慌てて顔を逸らす。その驚愕ぶりといえば、座っているソファが大きくガタリと揺れ動く程。

 ドクンドクンと喧しいまでに鳴り響く心臓。彼女までこちらを伺っていたこともそうだが、一瞬見えた表情……その桜色に火照った頬、何より微かに潤んだ翠色の瞳に、心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚えた。

 

『今時ティーンエイジャーでももっとまともな恋愛するわよ』

 

 我がことながらなんという初心(ウブ)っぷり。蘇るべツィーの叱責が耳に痛い。

 早坂の気持ちだって分かる。そりゃ緊張もするし居た堪れないに決まっていよう。彼女からすれば、いつ襲って来るかも分からない男が隣に座ってるわけなのだから。

 こんな調子では、まともに会話することすら難しい。情事(その先)に至る姿など、想像できるはずもない。

 

 

ーーやはり自分たちには早すぎるのだろうか。

 

 動揺する胸の中で不安が囁く。

 本音を表に出すことに慣れていない自分たち。甘え方だってようやく知ったばかり。全てを曝け出すのは未だに恐ろしい。

 何せ自分自身でさえ、どれほどの劣情を秘めているかも分からないのだ。誰かに焚き付けられるまま思慮万考を欠き、本能のまま欲望を吐けだして……その結果、彼女を傷つけてしまったら、いったい何になるだろう。

 

 早坂だってきっとそうだ。こんな急かされるような関係、まだ望んではいない筈ーー

 

 

 

「ーーっ、早坂?」

 

 そう考えた矢先、不意に手を包み込む柔らかな感触。顔を向けずとも分かる。自分よりも一回り小さく、少しだけ体温の低いそれは、今まで幾度となく繋ぎ、支えられて来た彼女の手のひら。握るというには弱く、ただ添えるように、恐る恐ると触れるだけの繋がり。

 

 顔を向ければ、翠の瞳が自分を見つめかえしている。“真っすぐに”とはとても言えない。不安げにふるふると揺れ、上気し赤く火照り上がった顔は、見ているこちらの方が心配になるほど。

 

 ああ、恥ずかしくて堪らないだろうに。今すぐに逃げ出してしまいたいだろうに。繋いだ手から伝わる震え。互いの吐息がかかるほどの距離。見つめ合いは数秒か数分か、永遠とも思える時間。

 それでも彼女は顔を背けず、潤んだ瞳、震える唇のままーーーそっと静かに瞼を閉じた。

 

 

 

(……ああ。ほんと)

 

 ほんとに、まるで成長していないと思う。

 

『アンタさぁ……あの子が望んでないとでも本気で考えてるわけ?』

 

 彼女を思うフリをして、結局は本心から逃げていた。傷つけたくないと言い訳をして、自分が傷つくことを恐れていた。あれほど視野を狭めるなと注意していたのに、この体たらく。

 

 先に湯浴みを済ませてくれていたこともそう。期待と羞恥で高まる胸に、作り過ぎてしまった料理も。

 

 そう。彼女はずっとーー待ってくれていたのに。

 

 

 

 

「んーーー」

 

 震える手を握り返し、ソファから身を乗り出す。

 重なり合う影。触れ合う唇。

 ただ触れるだけのキス。それだけでも彼女はビクリと体を震わし、溢れる息を溢した。どこまでも近く伝わる声。結んだ唇越しに交わる体温と、その信じられないほど柔らかな感触に、ジリリと頭に熱が奔る。

 

 

(本当に、ずるいと思う)

 

 唇を離したのち、視界一杯に広がる彼女の素顔。

 ふるふると、子供のように瞳一杯に溜めた涙。ふっふっと短く溢す熱の篭った吐息。緊張に震える肩は止まる気配もない。

 普段は耳年増で大人びた事ばかり言う彼女なのに……キス一つだけでこの様相。そのギャップに……そんな彼女だからこそ、これ以上踏み込めば壊してしまうんじゃないかって、不安を覚えていた。

 

 

(……いいや、それも言い訳か)

 

 

 細い体を胸の中へと抱き寄せては、額にキスを落とす。触れればサラサラと零れ落ちる金糸髪に触れ、労わるようにそっと頭を撫でる。

 

「ーーん……」

 

 手を触れる度、腕の中で小さく身を震わせる少女。それでも安心させるように。宥めるように、抱擁を繰り返すうちに……髪を梳く大きな手の感触、伝わる温もりに安堵したように、少女はふっと目を細めた。

 

 

 

 

 

(ああ……暖かい)

 

 抱きしめられた体がではない。それは胸の奥、塞ぐ事ばかりしてきた本心から溢れ出る、蕩けるような温もり。

 

 ああ、知っている。心を晒す怖さ。拒絶される恐れも。

 それでも、恐れ、不安が大きいほどに……受け入れて貰えたとき。愛してくれていると分かったとき、この心に芽吹く溢れんばかりの悦びを……貴方も知ってくれているから。

 

 

「……ふっ……ん……んんーー」

 

 緊張ばかりだった息に少しづつ混じり始める嬉色の声。熱びた頬に手を寄せれば、甘えるように、すりりと顔を擦り寄せる。

 

 少しずつ長く。少しずつ深く。柔らかなソファへと倒れ込み、幾度とキスを重ねる白銀と早坂。頬にかかる吐息はヤケドしてしまいそうなほどに熱く、瞳に映りこむのは互い(じぶん)の姿だけ。

 そう。今、貴方の世界に在るのは、ただ一人、じぶん(わたし)だけなのだとーーそんな喜びに、交わすキスも次第に水気を増していく。

 

 

「ーーっ!」

 

 息を吸おうと開いた口の中、ほんの僅かに触れ合ったお互いの舌の感触に、一際大きく肩を震わせる少女。

 ビリリと全身に奔る、生まれて今まで感じたことのないの感覚。自分の中に入ってくる、自分ではないものの感触。

 その不可思議で、扇情的で、得体の知れない……それなのに胸は張り裂けそうなばかりに高鳴り、怖さと嬉しさ、そのあべこべな感情に、臆病な心はまた羞恥で飲まれそうになってしまう。

 

 ああーー嬉しいのに。もっと続けたいのに。

 また羞恥と恐怖が、心の邪魔をする。

 

 

そんなとき

 

「ん……、っ……?」

 

 再び背へと回された彼の腕に、胸中へと強く抱きしめられる。

 広く大きなその胸板。今まで何度も抱きしめられてーーその度、胸から湧き上がる歓喜と安堵の感情に、自然と恐れ(こころ)が溶かされていくのが分かる。

 

 それだけではない。

 

(……あ…)

 

 胸板の向こうから伝わる彼の心音。

 けっして普段のものではない。バクバクバクバクと心配なくらい、自分以上に激しく鳴り続ける鼓動に、どれほど彼が緊張しているのかが伝わってくる。

 初めて(ほんとう)のキスに戸惑い、恐れ……けれどそれ以上に、歓喜する情動。

 

 埋めた胸板から上を見上げれば、そこには困ったように……とても照れ臭そうに微笑む彼の表情。

 

 

(ああ……よかった。)

 

 

 貴方も同じなのだと。

 こんなにも、驚き、悦び……胸を高ならせてくれている。

 それが可笑しくて、嬉しくて、安心で……何より、泣いてしまいたいくらい、幸せだった。

 

 

(貴方で……本当によかった)

 

 

 少女の細い両腕が、少年の首裏へと回る。今までされるだけだったキスを、今度は少女の方から求める。

 

「…ちゅ……ん…んん……」

 

 微かに絡めた舌の感触。背中に奔るビリビリとした快感。まだおずおずとしたものではあったけれど、再び重ねたキスは、確かな甘えの色を宿していた。

 

 舌先に残る彼の味。歯でなぞり、唾液で溶かし……コクリと喉の奥へと飲み込む。そうして体の中に入った彼のものが、自分の一部となって、全身に広がっていくのを想像するだけで……心は例えようもない歓喜に震え上がり、お腹の下にジワリと熱を灯した。

 

「…ち……くちゅ……ふあぁ……ふ、んん……」

 

 もっと欲しい。もっと深く繋がりたい。そう懇願する心のままに、抱きしめる腕に力を込め、より深く口付けを交わしていく。もう止めるものは無い。恐怖は全て愛情に変わってしまった。

 

 つーーと。キスに傾けた顔の目尻から、溜まった涙が頬へと伝う。けれどそれは、どんなに溢れ出しても構わない……幸福の涙だった。

 

 

 

■□■□

 

 

 

 いったいどれぐらいの時間、そうしていただろうか。

 際限なく溢れ出で、止まることを知らない情愛、その行為(キス)は、舌の動きが疲れで鈍くなろうとも続いた。

 

 既にどちらからとも分からぬ嬌声。蕩け切った瞳の色。いつのまにか少年の方がソファを背に、上に乗る少女からの無数のキスを迎える体勢となっている。

 今まで抑えに抑え続けてきたイド。一度解放すれば止められないのはもはや当然の帰結。時間の感覚すら今の二人には邪魔なもので、体は疲れていようとも、心が互いを求めて離してくれなかった。

 

 気がつけば、流しっぱなしだった映画の中の主人公達も、画面の中でキスを交わしている。

 けれど今の自分たちには、それが不思議と酷く安っぽいものに見えてしまって……白銀はいつのまにかソファの下へと落ちていたリモコンを手に、テレビの電源を落とす。

 

「みゆき、くん……」

 

 そんな僅かな意識の疎外さえ寂しいというように、首裏に回した彼女の腕に力が籠り、再び唇が重なる。

 視界一杯に広がる少女の潤んだ瞳。甘え蕩け切った舌の動き。頭の中から響く彼女の嬌声に、微かに残ったなけなしの理性も、音を立てて壊れていく。

 

目的……映画を見ていた理由……

 

 溶けた思考が呼び覚ます記憶。もはや白銀にとって、成り行きなどどうでも良いものだったが、それを押し止める理由も、意思も、既に存在しなかった。

 

 腹筋に力を込め、少女の軽い体をソファへと押し倒し返す。微かな驚愕に揺れる瞳。それでもすぐに微笑みへと溶け、両の手を見上げる少年の頬へと伸ばし、再びキスをねだる。

 

 それに応えながらも、右手をそっと少女の肩へと置く。彼女の着る白色のワンピース……その肩から首元に繋ぐ大きな穴を広げるように、そっと服をずらしーー

 

 

「ま、待ってください」

「早坂?」

 

 慌てたように囁く早坂の声。予想外に飛び込んできた静止の声に、どこか拒絶を受けたようでシュンと表情を落とす。

 そんな誤解を埋めるように、少女は少年の首後ろへと腕を回し、抱き寄せるようにキスを重ねる。

 

「その……ここでは、明るすぎるので……」

 

 浮かべる恥ずかしそうな微笑み。けれど確かな期待を込める瞳で寝室の方を流しみる早坂。

預けられた体重。首裏に回された腕に、伸ばした脚。それは狙ったか偶然か、そのまま白銀が下から抱え上げられる体勢になっていた。

 俗にいう、お姫様だっこ、というものだが。

 

 確かな期待を宿す少女の瞳へ応えるよう、その軽い体を抱え、ソファから立ち上がる白銀。腕の中に収まる少女は、またその心音をねだるように……甘えるように、胸元へと頬をうずめる。

 

 

「それから……」

「……?」

 

 すりすりと頬をすり寄せ、愛しい人の鼓動を子守唄に、夢見心地に呟く少女。

 それはずっと、恥ずかしくて言えなかったこと。

 けれど胸の中に描き続けた夢でーー

 

 

 

 

「“愛”ってーーー名前で呼んでください」

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 




ゲボ吐くほど甘い白早を書きたかった。後悔はしていな(ry

てかまだキス描写だけで神ってもいないんですがそれは……
でもキスだけておっ勃たさせてこそ一人前だってばっちゃが言ってた。
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