※この作品はR-18です。

遅咲きブーゲンビリア 後日談   作:パン de 恵比寿

6 / 7
K to M ①

 

 

 『これからは、また3人で暮らしていこう』

 

 思い出す錆色の記憶。

 

 父の営む工場の倒産をきっかけに、母が私を連れ、白銀の家を離れてからの数年。

 それからの母は以前にも増して、子供(私)への教育に執着するようになり……あるいはその頃にはもう心を病んで(壊して)いたのか。過去の失敗を取り返そう躍起になるソレは、教育と呼ぶにはあまりに行き過ぎたものであった。

 

 それは少なくとも、まだ幼かった頃の私が……子どもなら母に抱いて当然であろう筈の『愛着』さえもかなぐり棄てて、逃げ出してまうほどに。

 

 

 泣きながら白銀宅前へと現れた私に、その後、父と母の間でどのようなやり取りがあったかは知らない。

 

 ただ一つ言えるのは、その出来事を機に母は私への執着をも捨て、白銀家そのものと完全に距離を置くようになってしまったこと。

 父と母の間にあった繋がり。子供という名の『鎹』。その関係を終わらせてしまったのは、他でもない私だったのではないかと……月日の経った今では、不意にそう思い返すことがある。

 

 

 寂しそうに語る父の背中。

 捺印(お)さず終いの離婚届。愛する人との別離に、どれだけの苦悩があったのか。ただ泣きじゃくるばかりの当時(子供)の私には理解できなくて。胸に占めていたのは、もっと別の不安。

 

 母を失くしたことで形を変えてしまった白銀家。

 以前(まえ)と同じように暮らしていこうと語る父だけれど、それが上手くいかないことは幼心(こども)ながらによく分かっていた。

 生活は以前にも増して苦しくなり、常日頃となる家事を分担しなければならないのは当然のこと。久しぶり帰ってきた家のキッチンには、代わりに兄が立つようになっていた。

 

 そう。私にとってなによりの気掛かりだったのは、兄(おにぃ)のこと。

 

 

 ーーお兄ぃ(あなた)の目に、私はどのように映っているだろう。

 

 母が家を去る際、その手に選んだのは長男(お兄ぃ)ではなく、妹(私)の方。

 貴女の方が、覚えが良いから。まだ未来(さき)があるからと。合理性ばかりを突き詰めた言葉(声)には優しさのカケラも無くて。

 ……ううん。たとえどんな理由を並べられたとしても、納得できる筈がない。受け止め切れる筈がない。

 決して向けられることのない愛に、どうしてと泣き縋る兄の姿は、今でも瞳の奥に深く焼きついていた。

 

 そう。お兄ぃが何より欲していた母からの愛。それを奪ってしまったのは、他でもない私なのだと。

 奪っていながら、期待されていながら。それさえも裏切って、逃げてきた私をお兄ぃはどう思うだろう。

 

 お兄ぃ達のいる家に帰りたい。その一心で母の元から逃げ出し戻ってきた家だったけれど。散々に泣き疲れた後、平静さを取り戻した心には不安ばかりが溢れてくる。

 

『圭ちゃん』

『……』

 

 家に帰ってからというもの、ずっとソファで膝を抱え込んだまま。顔を埋めてばかりの私に呼びかけるお兄ぃの声。

ああ、それに応えることもできず。逃げるようにまた深く顔を埋める。

 どんな顔をしているのか、確かめるのが怖くて。向けられる失望の瞳が怖くて。

 

 嫌われたいなんて思う筈がない。それでも、嫌われたってしかたがない。

 

 固く閉ざした瞼の裏に浮かぶ、ありし日の情景。

 どこに行くにも、お兄ぃの後ろをついて回ってた……ああ、もうそんな日々には戻れることはないんだって。

浮かぶ想像に、ただただ涙が溢れて止まらなかった。

 

 

 しゃくり声を上げるばかり私に、降りかかる微かな溜息の声。

 ああ、やっぱり失望されてるんだって……膝を抱きしめる手にギュッと力が籠る。

 

『圭』

 

 その頭を不意にくしゃりと撫でる感触。

 

 髪越しに伝わる手の温もり。その懐かしさと柔らかさに、思わず両手の囲いを緩めてしまう。

 

 目の前へと映る、膝を折り曲げて目線を合わせるお兄ぃの姿。心配そうに覗き込む表情はーーー自分が想像したような、暗い影なんて微塵もない。

 

 

『お腹、空いてないか?』

 

 

 いつもと変わらない、優しい兄の顔だった。

 

 

 

 

▪️▪️

 

 

 

 カリフォルニアの大地に熱い風が吹き荒れる。

 

 燦々と照りつける太陽の下、麗らかな桃色の髪の中央に座す漆黒のリボン。

 広大な学び舎を前にしてなお意気揚々と、挑むように地面を踏み締めて嘶く。

 

 

「ここが早坂さん(あの女)のハウスね!」

 

 

HERE‘s NEW CHARENGER!!

 

『藤原 千佳』 参戦!!

 

 

 

 

「………もう。また変なことやってないで。早く行くよ千佳姉ぇ」

「え“っ冷たい!?ちょ、ちょっと待ってよ圭ちゃーん!!」

 

 けれどせっかくの決めポーズも束の間。銀髪の少女の背を追いかけてはトランクゴロゴロと駆け出していくのだった。

 

 

 

 

遅咲きブーゲンビリア 後日談 第6話

 

『K to M ①』

 

 

 

「二人とも長旅ご苦労様。書記ちゃんは慣れてるだろうけど、圭は飛行機とか大丈夫だった?」

「う、うん。用意は全部千佳姉ぇがしてくれたから」

「わー!わぁーー!!」

 

 大荷物を抱え、玄関先へと現れた2人を出迎える早坂。お互いこうして直に顔を合わせるのは4年ぶりのこと。

 たがそんな感慨や挨拶などお構い無し言うように、トテトテズカズカと勝手に家の中へと入り込んでいくのが藤原だった。

 

「此処が二人のお家なの!?

 すっごーい!キレーイ!せまーい!」

「狭い言うなし」

「え……狭いの?これで?」

 

 父が配信業で成功を収めてからは、念願の新しいマンションへ引っ越したという圭。それでもアメリカンスケールの家屋を前にすると、やはりその違いに圧倒されるようだ。

 藤原書記については普段の親しみやすさから忘れそうになるが、一応立派なお嬢様。この程度の大きさの家は別荘感覚でいくつも持っているだろうから、基本慣れっ子なのだろう。

 

 なお。お互い卒業した今、もう書記ちゃんでも何でもないのだが、本人が「可愛いから」と言う理由でこの呼び方続けていた。

 

 人の色恋沙汰に首突っ込むのは相変わらず大好きなようで、リビングや浴室、家の至る所に勝手に首を突っ込んでは、その度にキャーキャーと黄色い歓声を上げている。

 

「二人お揃いのマグカップに、思い出の写真いっぱいのコルクボード!すっごい本物のカップルっぽい!」

「いや本物のカップルですけど……そ、そんなに珍しがるものでもないでしょう?」

 

「同じコップに入った二人分の歯ブラシ!?じ、実物初めて見た……!写真撮っていい?」

「なんで?」

「インスタあげていい?」

「絶対やめて」

「千佳姉ぇ!寝室探したけどYES/NO枕無かった!」

「クローゼットの中も見て!絶対あるから!」

「ちょっと!?」

 

 その後も興奮冷めやらぬ様子で家中を駆け回る2人。

 別々に逃げる背中をふん捕まえてリビングに正座させられたのは、それから十数分経ってのことだった。

 

「千佳ねぇ……やっぱりYES/NO枕無かった……。両面YESの枕だった」

「そ、それって……!!」

「ふたりとも?」

「「ごめんなさい」」

「はあ……知り合いの家ではしゃぎたい気持ちは分かりますけど、ちょっとは自重してください。あと書記ちゃんは、これ以上妹に変なこと吹き込まないで」

「じょ、冗談。冗談だからね?そんな怖い顔しないで早坂さーん」

「妹……」

「だいたいカップルのお家なんてそう珍しくもないでしょう?ずっと前に結婚した柏木さん……今の苗字は田沼さんか。あちらのお宅には伺わなかったんです?」

「行ったよ?でも、とてもじゃないけどそんな雰囲気じゃ無かったんだもん……」

「……?まあその話も後で聞くとして。まずは荷物を部屋に置いてきてください」

「妹……」

 

 一人感慨深げに呟く圭を他所に、ティーセット片手にお茶の用意を始める早坂。

 

「4年ぶりの再会なんです。お互い聞きたいこと、話したいこと。沢山持ってきてるでしょう?」

 

 

 

 

■□

 

 

 

 

 

「いやぁ……しっかし凄いですねスタンフォード。スケールとか金遣いとか、色々バグり過ぎでしょう」

 

 フーバータワーを一望できる噴水広場前。

 暑い日差しが降り注ぎ、観光客で賑わうその広場にて、長い黒髪を垂らした青年は呆れ混じりに呟く。

 

 桁違いの広さや人混みに圧倒されたのか、まだ案内を初めて数分だというのに、その声はもう疲れ気味だ。

 

「先輩はよくこんなとこ平気でいられますね」

「まあ俺も初めは戸惑ってばかりだったが……要は慣れだ。お前もすぐに何も感じなくなるさ。石上」

「それはそれでなんか怖いですけど」

 

 噴水に向けてカメラを向けるかつての後輩、石上優へと暑さ対策のスポドリを手渡しながら呟く。

 

 学生時代よりも少しだけ高くなった背丈。目元まで隠れる長い黒髪は相変わらずだったけれど、そこから覗く瞳は以前よりも遥かに凛々しく、逞しくもなったように思える。

 

 高校卒業後、すぐに親の会社を引き継ぎ働いている彼の身を思えば、社会人という意味では寧ろ向こうのほうが『先輩』と言える。

 

 その様相はスーツ調の服装に加え、首から下げた一眼レフカメラと、まさにステレオタイプの日本人観光客姿そのものであった。

 

「ま、実際半分は仕事できてますからね。ゲーム作成の素材集めなんかに、ロケーションとしちゃこれ以上ないってくらいの場所ですから」

 

「悪かったな。忙しいところ来てもらって。会社の方は大変なんだろう?」

「まあ以前と違って、経営の方もだいぶ落ち着いてきましたから大丈夫ですよ。それに“来たい”って言ったのは自分の方ですから。

 ……まさか藤原先輩と予定が被るとは思いませんでしたけど」

 

 

『何で同じ日に旅行の日程重ねるんですかー!!』

 

 このぼっけなすー!と憤る姿が今でも甦る。

 お互い忙しい身。以前より予定が合わせにくくなっていることや休日の日程がどうしても重なってしまう事は彼女も分かっている筈なのだが、我儘かつ自身の欲望に忠実なのは相変わらずのようである。

 

 

「あれで総理大臣目指してるってマジか」

「割と本気らしいですよ。何でも四宮先輩に“一緒にこの国を変えていきましょう”ってお願いされた(唆された)そうで。

 若手政治家目指して、今もSNSで人気集めたりとか色々頑張ってるみたいです」

 

 ほら、と見せられる携帯の画面。ネット(そこ)にデカデカと映る藤原のプロフィール写真。

 ピシリとした真面目そうなスーツを身につけているが、笑顔で目元にピースサイン作りウインク浮かべたりと、アイドルの載せる写真とそう変わらないように見える。

 他にも「えへへー。もっと褒めてー」とでも言いたげな緩み切った表情(かお)の写真もあったりと、本当に大丈夫なのか。

 

 しかし意外にも、寄せられているコメントには肯定的なものも多くーー

 

“いいんじゃない?女性かつ若手政治家。元アイドルが政治家やれんだからこの娘だって行けるだろ”

 

“こう言うタイプは一見社会舐め腐ってるように見えて、実は全部計算づくみたいなとこがあるから怖い”

 

“とりあえず調子乗らせとけば、そこまで悪どいことはしなさそう”

 

“承認欲求ダダ漏れなところが逆にいい”

 

“なにより可愛い。そこがポイントでかい”

 

“でかいですよねホント。どこがとは言いませんが”

 

“私の母になってくれるかもしれない女性だ”

 

“↑情けないやつッ!!”

 

 

「……色々と大丈夫か日本。暫く離れて、帰ってみたら世紀末になってやしないか不安なんだが」

「まあ四宮グループ始め、四大財閥の中でも役員連続逮捕とか色々きな臭いことが起こってますからね。うちら庶民は上手く波に乗るしかないですよ」

 

 どこか達観した様子でまた一枚、パシャリと写真を撮る石上。流石は藤原(アレ)と長年殴り合ってきた仲。見事な肝の据わり様である。

 

 

「ーーと」

 

 ヴーッ!とポケットの中で震える携帯電話を取り出し、耳にあてる。

 

 

「もしもし。エイスか。

 ……ん。今ちょうど噴水前で待ってるとこだ」

「…?誰かと待ち合わせですか?」

「ああ、流石に俺一人で此処を案内するのには限界があるからな。応援を呼んでいたんだ」

 

 ほれあそこ、と指差した先。人でごった返す広場の向こうから、手を振りながらゆっくりと此方へ近づいてくる一人の男性。

 

「はぁ、あの人が。結構おっきい……………ってあれ!?まだ遠い!?なんか距離感バグるくらいデッカい人が近づいてきます!?」

 

「落ち着け石上。大丈夫、安全な奴だから」

 

 地ならしとかしないタイプの巨人だから、と。逃げ出しそうになる石上を抑えつつ彼の到着を待つ。

 

 幸いあのサイズだからこの人混みの中でも互いに見失うことはないだろう。だからのんびり待っていたのがーーー

 

 どうしたのか、顔が見れるほどの距離になるや否や、突然ドドドドドと全速力で走り寄ってきた。

 

「お、おおエイス。よく来てくれた。

 こっちが元後輩のーー」

「み、みみみ、ミスター・イシガミ!!?」

 

 白銀(自分)の存在などまるで目に入らないというように、そのまま石上へと突っ込んではその両手をがっしりと握るエイス。

 自分よりも二回りも大きい相手。熊とも見間違うその迫力だけに、石上も飛び上がりながら縮み込むという、よく分からない反応(挙動)になっていた。

 

「な、なんだエイス。石上のこと知ってたのか」

「いや知ってるもなにも!?ミユキこそ、ご存じないの!?この御方がどなたか!

 かの有名な一大ゲームメーカー『アップストーン』の御曹司!オタクの心を掴んで離さないコアな作品を世に送り続け、その手腕一つで会社の経営を立ち直した、僕らギークの間じゃ名を知らぬ者はいない程の超一流クリエイターなんだから!」

 

 ブワッと熱量(圧)を感じる発言と共に食い入るように身を乗り出すエイス。

 

「そ、そうなのか。凄いじゃないか石上。

 ……石上?何でそんな頑なに目を逸らす」

「いえ……あの……」

 

 視線の先、両手を掴まれ逃げられないまま、全力で首を背ける石上。

まるでエイスよりも、白銀(自分)の視線から逃げたいように。

 

「代表作の『竹取物語テイルズ・オブ・タケトリア』なんて正に近代恋愛ゲームにおける金字塔!魅力と個性に溢れ過ぎる登場キャラクターによって織りなされる、甘酸っぱく心躍る高校生活!作者の実体験なのでは?と錯覚させるほどの綿密なる心理描写に心掴まれるユーザーは数知れず!

『陽キャ先輩と堅物風紀委員のどちらを選ぶかで、私がどれほどの時間を費やしたことか』

『これ書紀ちゃんが攻略対象じゃないとか、いったい何のバグだよ』

『ツンデレ先輩が幸せになれるスピンオフはよ』

『寧ろ会長に攻略されたい』

など絶賛コメント多数!今も続編が待たれてやまない神作品なんだから!」

 

 止まらない早口解説に、ますますと視線を明後日の方向へと泳がせていく石上。ギギギッと背けられた首の角度は既に90度を越えている。

 

「いやごめんなさい。ちょっとした出来心だったんすホント。会社の危機を前になんとか新作を出さなきゃ、って書いたのがまさかこんなに売れる事になるなんて……」

 

「続編の進捗はどうなんですか!例の曰く付きスゴロクゲームの再販は!?命・半額!キューバリフォカチンモは!?」

 

「いやあ“あ”あ“あ”!!やめて!アレのことは思い出させないでぇぇ!!」

 

 悲鳴を上げてのたうつ石上を前に、どうどうと進撃の巨人を止める。

 大格差にズルズルと引き摺られながら、以前べツィーが語っていた、『アイツにその手の話をさせ始めるとヤバい』ってのはこういうことかと、遠い目を浮かべていた。

 

 

「まあ、なんだ……曰く付きのスゴロクって?」

 

 数分後、ようやく落ち着いたエイスに3人ともゼイゼイと息を切らしながら、ふと気になったことを尋ねてみる。

 

「……ほら。以前、藤原先輩が生徒会室に持ってきたじゃないですか。カードを列にして並べて、スゴロクのマスに見立てて遊ぶっていうアレです」

「ああ……」

 

 そういえばそんなこともあったなぁ、と辿る懐かしい記憶。自分が藤原書記と結婚する事になったり、最後には離婚したりと、とんでもない結果に終わったアレだ。

 

「ゲームとしてはよく出来ていましたからね。卒業後、うちに就職してくれたギガ子先輩と一緒に改良してから商品化したんですよ。

 ただそれが……」

「スゴロクで出た目の内容が、現実でも実際に起こるって話題になったんだよね」

「ええ……」

 

 思わず上がる困惑の声。何でそんなことが、と怪訝を浮かべるも、「藤原先輩が作った物ですからね」の一言に納得しそうになる自分が怖かった。

 

「というか大丈夫かその作品(内容)?版権的にアウト(どーん)なんじゃ」

「ハハハ、何を言ってるんですか先輩」

「おかしな事を言うミユキだなぁ」

「なんで2人して全力で目を逸らす」

 

「……いやまあ別に、出た目(こと)全てが現実になるわけじゃないんですよ?ただその内の一つ……全体のゲーム結果なんかが、もうとんでもない再現度でまき起こるってだけで」

「台風で家を飛ばされた。油田を掘り興して億万長者になった。庭先に遊びに来た野良猫が雄の三毛猫を産んだ、等々。叶うイベントは人によってランダムだけど、どれか一つは必ず起こるって話」

「その性質を逆手にとって。”希望の出来事”以外が起こる可能性を全て事前に潰すことで、無理矢理自分の願いを叶える、なんて人も出て来ました」

「『落雷に打たれて死ぬ』と『小指を失くす』の二つが出たら、自ら小指を切り落として死の運命を回避したり」

「何でそんな闇のゲームみたいな事になってんの?」

 

 というか何で大衆向けのスゴロクに指切り落とすイベントがあるんだとツッコミを入れたくなるも、もはやキリがなさそうなのでグッと飲み込んだ。

 

「会社の名前を背負って出してるだけに放っておくことも出来ず、今は生産中止と自主回収を行っているんです」

「けどそのおかげでプレミアもついて。今じゃ億の値段で裏取引されてるらしいよ」

「……そういう意味じゃ僕、逃げ場無いんですけど。出た目一発目に交通事故で死んだんですけど」

 

 死ぬんですかね、僕。と懐かしい絶望(アンニュイ)顔を浮かべる石上。

 まあ、高校時代(あの時)にやったのはプロト版だったからと一応フォローを入れるも、それでもあの藤原が残した呪いだ。現実がどうなるかは全く保証できない。

 

 そう考えると、以前自分が出したマス目についても俄然、危機感が湧いてくる。

 

(あの時出たのは確か……)

 

 藤原書記と結婚する。

 生涯かけて貧乏生活を送る。

 その後、男側(自分)の浮気がバレて熟年離婚する……。

 

 あれ、ヤバいのでは?とゾクリと浮かぶ冷や汗。

 石上達の話ではこれらの内どれかが必ず実現されてしまうのだという。

 もしこれが彼女(愛)との間で起こったら……。いやしかし、たとえどれが起こっても。どの可能性を潰したとしても、碌な未来が待っていない事実に、喉奥から干上がるような焦燥感が上がってくる。

 

 もっと他に。他に出た目はなかったかと、朧げな記憶を無理矢理起こすようにガンガンと叩く頭。

 高校時代の楽しかった筈の思い出に、何故こんなにも苦しめられなければならないのか。

 

(あとは、そうだ。子供がーーー)

 

 その考えに辿り着いた途端、思考がピタリと止まった。

 

 

「あー……なんだ。因みにそのこと……愛は?」

「…早坂先輩?別に直接教えてはいないですけど……知ってるんじゃないですか?情報通のあの人事ですから」

「……そっか」

「何で顔真っ赤にしてんのミユキ」

 

 最近彼女がよく熟読している医学書。

特にクロミッド……双子妊娠促進薬の記事に目を通してたのはこれかと、顔が熱くなるのを感じる。

 

 白銀のゲーム結果……子供が9人。

 

 

「ちなみに、このゲームの名前って?」

「「呪卍」」

「はいアウト(どーん)」

 

 

 

 

■□■□

 

 

 

 

 カーテンの合間から差し込む柔らかな日差し。

白銀宅のリビングでは3人の少女がテーブルで向かい合いながらお茶を楽しんでいた。

 

 スコーンやフォカッチャ。早坂がこの地で厳選したアールグレイなど、柔らかな香りと味わいは二人にも大好評だったようである。

 

「私が田沼さんの家にお邪魔したのは、卒業してすぐ後のことだったんだけどね……」

 

 それまでの楽しい思い出話とは一転。少しだけ眉を落として話し始める藤原。

 

 柏木渚。現在は田沼家に嫁入りしたことで田沼渚に性を変え、医者志望の翼(夫)と共に、東京の一等地で二人暮らしをしている。

 

 元々が童顔ということもあって、再開した際もその雰囲気は高校時代とそう変わっておらず……しかしお腹はその存在を主張するようにこんもりと盛り上がり。部屋の隅には、いつ生まれてきてもいいようにとベビーベッドや哺乳瓶などの器具も取り揃えられていた。

 

 ……もっとも、そのすぐ隣にはーー

 

『じゃあ藤原さんは衆知院付属の大学にそのまま進学するんだね』

『う、うん……』

 

 高校時代の思い出や千佳の将来について楽しそうに話す渚。普段あまり話せる相手がいないのか、その表情はとても和かだった。

 

 以前とそう変わらない姿なだけに、膨れ上がったお腹とのギャップが凄い。自分と同い年の相手がこう(・・)なってるという事実に、感動より先に緊張の方が優ってしまう。

 

 ……それだけじゃない。上手く言葉には出来ないが、なんだかこの家を包む空気そのものがが、常に緊張感を帯びるようにピリピリしていてーー

 

 

『ただいま』

 

 会話の途中。玄関の扉が開きのそりとリビングに顔を出す翼。二人を一瞥するも、そのままヨタヨタとした足取りで自室の方へと歩いて行ってしまう。

 

『ちょっと。せっかく友達が遊びに来てくれてるんだから、ちゃんと挨拶ぐらいしてってよ』

 

『疲れてるんだ。藤原さんとは顔見知りなんだし、いいだろ』

 

『………。何よ疲れてるって。また私の知らない友達と遊びに行ってきただけでしょう?』

 

『……』

 

 渚の言葉を無視するように、バタンと強く閉められる自室の扉。

 ピキリと、部屋を纏う空気がより一層張り詰めていくのを感じた。

 

『……ごめんね。最近あんまり話せてなくてさ』

 

 少し疲れたように呟く渚。

 

 ベビーベッド横に置かれたギターケースにゴルフバック。部屋に微かに香るタバコの匂い……。

 

 子育てへの覚悟が出来ている妻と、まだまだ若く遊びたい盛りの夫。

 二人の意識の差が、家の雰囲気(なか)へと如実に現れるようでーー

 

 

 

「ほんと、二人の行く末が見えちゃうようでさー……」

 

 ズーンと、リビングの机に突っ伏しながら呟く藤原。圭の方も両手でもったカップを口元に、どこか神妙な面持ちである。

 

「だから早坂さん達もああなってないか凄く不安だったし、実際この家を見てほんと安心したっていうか〜」

 

 泣きながらモゴモゴと頬張るスコーン。

 まだ恋への憧ればかりが強い書記ちゃんには、少し刺激が強すぎたか。

 ウチはウチ。外は外と、あまり気にしないようにしていたけれど。ああ、他のところはそんな風になってるんだ。そうもなり得るんだなぁと。

 今この家にある雰囲気。彼と共に織りなしてきた日々は、決してありふれたものでは無いのだと、改めて感謝を覚える気持ちだった。

 

「……それは、ウチのラブ師匠に怒って(叱って)もらわないとですかね」

「え、私?」

「いや書記ちゃんじゃなくて」

 

 未だに常備しているのか。チェック帽と伊達メガネを取り出す藤原書記。

 そんな姿に少しだけ微笑みながら答える。

 

「この学校(うち)にもいるんですよ。妙にお節介焼きというか、人の色恋に逐一駄目出ししてくるというか……。そんな意地と偏見に凝り固まった、眉間に皺寄せキューピッドが」

 

 

 

■□■□

 

 

 

「そういう意味では今でも驚いてるんだよ」

「なんの話?」

「べツィーのことだよ。まさかアイツが真剣に恋愛相談に乗ってくれるなんてな……」

 

 数年前の飲み会の日。胸に抱えていた錘や酒の勢いがあったこともあり、半ばヤケになって相談を持ちかけた白銀だが……。

 

 一笑に付されるものと思っていた当初の予想とは真逆。返ってきたのはしっかりと親身に乗ったアドバイスであったことに白銀は驚いていた。

 

 恋愛など女々しいと。

 あれだけ自分に厳しく、それ以上に人にやったらめったら厳しい性格を思うと、色恋沙汰になどまるで興味がないと思っていたのだけど

 

 

「あー……。ヒント。アイツの出身は?」

「…?フランス……ああ、なるほど」

 

 彼の国といえば、世界一恋愛事に対して情熱的と云われる国。

 恋人の呼び方だけでも十数種類もの表現があり、mon amour(僕の愛する人)、 ma princess(私だけのお姫様)など、年齢を問わず誰もが日常的に用いるほどだ。

 告白のためのフラッシュモブを街頭で頼めば、誰もが喜んで参加してくれるという。

 

 その一方で、実は日本以上の離婚率を持つ彼の国。

 そこで育ってきた彼女には、彼女なりの培ってきた憧れや理念というものがあったのだろう。

 

「じゃあ、割とアレで告白とかに憧れてたり?」

「本人の前で茶化しちゃダメだよ。

学生時代からの決まり事で、バカにしたやつは例外なく(社会的に)ぶち殺すって決めてるから」

「oh……」

「けど、なんか可愛らしい人ですね。そういうのを恥ずかしがってひた隠すなんて。なんか一度会ってみたい気も」

「どうしてそうやっていつも死亡フラグを積み重ねるかな、石上」

「短い間だったけど楽しかったよ、イシガミ」

「なんで!?」

 

 

 

 

 

 

「っクシュン!ああ、もうまた誰か私の悪態吐いてる。直接言いに来なさいよ切り刻んでやるから」

 

(そういう所だと思うんだけどなぁ)

(この前もラップバトルで相手を精神病棟送りにしたってマ?)

(嫌な事件だったね……。もう最後は“生きててごめんなさい”しか喋れなくなっちゃったらしいよ)

(てか今のクシャミめっちゃ可愛くなかった?)

 

「というかまだ出力データの演算できてないわけ!?プロット一つ解析するのにどれだけ時間かけるつもりよ!」

 

「おいキリー。お姫さんがお怒りだぞ。ボンヤリ携帯眺めてる場合か?」

「……あの日見た真夏の女神が日本の総理大臣目指してた」

「何言ってだおまえ」

 

「ったく、これだから他の研究室との共同作業は嫌なのよ。処理が遅い、気概がない、おまけに質も悪い!こんな時にミユキはどこ行ってるわけ!?アイツさえいればこんなの秒でーーー!」

 

(先輩(ミユキ)に偶には休んでくださいって言ったこと死ぬほど後悔してきた)

(ああもう、ちょっと可愛いって思った矢先にコレだよ!)

(返して!ちょっとでもトキめいちゃった僕の純粋な乙男心返して!)

(乙男心!?なんて読むのこれ!?)

「……どうて」

「言わせねーよ!?」

 

 

 

■□■□

 

 

 

「聞いて早坂さん。

 なんかね。最近ね。圭ちゃんからの扱いがどんどんぞんざいになってきてる気がするの」

「……まあ圭も大人になったってことですよ」

「そっかぁ。なんだかちょっと寂し…………え、ちょっと待ってそれってどういう」

「愛姉ぇ。この辺の写真見てもいい?」

 

 いいですよの言葉を待ち、コルクボードの横にあるアルバムへと手を伸ばす圭。

 

 陽光の降り注ぐカーテンを背景(バック)に、頬にかかる髪をたくし上げる。じっとアルバムに視線を落とす横顔は……なんだか以前より大人びて見えた。

 

「圭、少し雰囲気変わりました?」

「え?なにが?」

「……そういう所だと思うんですけど」

 

 ぺかっ、と頭に疑問符を浮かべる藤原に溜息一つ。

 

 ボーン、となる鐘の音に時計を見れば、既に時刻は16時。

 話をしていたらあっという間。あと1時間もすれば、御行くんが帰ってくる時間だった。

 

 

 

■□■□

 

 

「ああ、そういえばミユキって妹がいたんだったね。あんまり話題にださないから忘れてたよ」

「あれ、そうなんです?昔は事あるごとに圭ちゃん圭ちゃん言うシスコンぶりだったのに」

「今ではどっちかって言うと彼女さんの話題だねー。ほんと、仕事以外の9割以上が彼女さん」

「ヒュー」

「い、いや……そんなことは、ない……多分」

「自分で言って自信失くしてるじゃないですか」

「それで?その妹さんがどうしたの?」

「ん。ああ……最近なんだか妙に余所余所しいというか……俺に向けてくる態度が変わってきたような気がしてな」

 

 以前の圭はーーー電話をするにもラインをするにも、二言目には「死ね」の罵倒(一言)が帰ってきた。

 返事が有ればいい方で、既読スルーが殆ど。会話の機会さえも極力作ろうとせず、自分からの視線や小言を避けるように、いつも疎ましげな視線を送ってきた。

 

 ーーーそれが最近では。

 電話では無言で黙る事が多くなったり。ラインでは既読スルーが無くなった代わりに 、やけに時間のかかった長文を返してくるようになったりと。

 文から感じる印象も、どこか距離のある感じで……

 

 

「だからなんか、怒ってんのかな、と」

「あれ。そっち行く?」

「いやだってホント今までは無かったんだぞ。それに……本当は年に一度は必ず日本に帰るって約束してたのに、忙しさにかまけて、この4年間結局一度も家に帰れなかった……」

「いやまあ、その忙しさを間近で見てきた僕からすれば、仕方ないとは思うけどもね」

「そんなにヤバイんです?」

「「ヤバイ」」

「二人して真顔で目ぇかっ開かないでください怖いです」

「初めアメリカ(ここ)に来る時だって、今まで分担してた家事を殆ど押し付ける形になってしまったし、最近家を引っ越したっていうのにも手伝いに行けなかった……だから」

 

 後悔するように視線を落とす白銀。

 エイスが言ったとおり。知らず知らず、自分があまり妹のことを話なさなくなったのも、圭の存在を自分の中で蔑ろに扱ってきたからではないかとーー。

 

「なるほど。ミユキなりに負い目があるんだね。……でも心配いらないと思うよ?」

「…どうしてだ?」

「だってさ……」

 

 言葉を区切り、視線を上げるエイス。

 釣られて前を見れば、その先には傾き出した夕日を一身に浴びる、愛しい我が家の姿があった。

 

 

「そういうの(・・・・・)が終わる時期ってさ。大抵、家族との別離(わかれ)の時だからね」

 

 

 

 

 

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