ナウシカの兄 R18 作:虫大臣マーク2
クシャナは困惑し驚愕していた。
ただの辺境の片田舎。
そう思っていたが、コルベットで空から谷里を見下ろせば、主だった道にはランプの街路灯が設置されていた。
(…!ガス体を微電池で輝かせるガス灯だと!?王都トラスにもあれだけ整備されたものはそう無いというのに、こんな田舎で!)
クシャナだけでなく、親衛隊の面々も窓から眼下を覗きしきりに指差しをして驚きの声を小さく漏らしていた。
「クシャナ殿下…!あれを…」
「む…?」
「畑を…機械がゆっくりと進んでいます…!あれは、耕しているのではないですか!?」
親衛隊の一人に示された方を見れば、確かに畑の上をトリウマ無しの馬車がゆっくりと進んでおり、馬車が通り過ぎ後は畑の土が掘り返されているように見えた。
クシャナの切れ長の瞳が大きくなった。
「…!こ、これが風の谷…!規模は我がトルメキアの辺境都市にすら遠く及ばぬ。しかし、これ程生きた古代技術が充実した町はかつて見たことがない…!」
少し前に滅ぼした工房都市ペジテは、500年間地中を掘り進めエンジンや古代技術を活用する最先端の技術力を保持した都市国家だったが、それでも私生活で機械の恩恵を預かるのは王家と一部の上流階級…工房士ぐらいだ。
農人達までが機械で田畑を耕すなど聞いたことが無い。
当然、大国トルメキアの王都トラスでもそんな光景は見たことが無い。
なのに辺境の片田舎の風の谷では、農人達は皆機械に跨って田畑を耕している。
それを思った時、クシャナはゾッとした。
風の谷が小規模ながら非常に充実した古代技術を有していた事もだが、なによりも…トルメキアが方方に放っている間者はペジテが秘匿した巨神兵と秘石の情報さえ掴んでみせたのに、この風の谷がこうまで古代技術を保有し、使いこなしている等という情報は一切掴めていなかったからだ。
トルメキアの間者を秘密裏に始末する術…或いは間者の目を掻い潜る術がこの風の谷にはあるという事だ。
(…風の谷は、ただの田舎の小国ではない!何か…何か秘密がある…!)
ペジテの巨神兵にも負けぬ秘密の香りを、クシャナの鋭利な鼻は感じ取る。
そして、心に差していた魔が急速に膨れ上がり強固になってくるのも同時に感じた。
元々密かに決心していた事だ。
その秘密事は、クシャナの親衛隊も、直々に鍛え上げた第3軍の幹部将校も知っている。恐らく一兵卒までも。
〝巨神兵の力を我が者にし、王国を奪った父王と兄皇子達に断罪を。正統王家の血を引く母殿下の心を害した簒奪の毒蛇に正義の鉄槌を〟
(この風の谷と、ペジテの巨神兵があれば…トルメキア転覆…決して不可能ではない!)
クシャナは、兜上部に展開していた
重コルベットは、風の谷の塔から発せられる〝検疫せよ〟の発光信号を当然のように無視すると、そのまま谷の合間の開けた田畑目掛けてぐんぐん高度を下げた。
そして重コルベットが風の谷の東…畑の上に無遠慮に強行着陸する。
風の谷に前触れも無く不躾に来訪したというのに風の谷の反応は静かだった。
この時期は種蒔きも終えたばかり。そんな畑に強行着陸すれば普通は大騒ぎになってがなり立てるだろうに、それが無い。
だが無視されたという訳ではないらしい。
完全に無視されてはトルメキアの第4皇女と親衛隊の権威が型無しだ…とクシャナは少しホッとした。
こちら目掛けて十数人の男が駆け寄ってくるのが分かった。
後部ハッチから堂々と降りてきたクシャナ。
だが、それにしても谷の者らの反応に不気味なものを覚える。
(…気持ちの良い風……良い土地だ。しかし検疫要請を無視し、しかも畑に降りたというのにこの静けさ。…この谷の者達は感情が無いのか?)
種蒔きを終えたばかりの土地に検疫無しに着陸するというのは、つまり腐海の毒を畑に持ち込むかも知れないという事だ。土地を汚される等、宣戦布告に等しい凶行であるとクシャナも理解している。
なのに、目の前まで来た風の谷の男達は、怒鳴るでも無くただ静かにクシャナと親衛隊の前に立っていた。
ぼそぼそとヒゲ豊かな逞しい男達が、先頭の若い偉丈夫に耳打ちしている。
「私は風の谷のジルの子、メギド。コルベットの紋章を見るにトルメキア王家親衛隊の方々と見受けるが、蟲使いまで伴ってこの谷に何ようか」
「我らは偉大なるヴ王の命により、ペジテの謀反人を追ってきた。蟲使いはコマンドとして、我が軍に編入された兵である。この谷の探索を認めよ!」
クシャナはちらりと、彼らの背後の谷の者らの動きを見る。
青い腐海装束を纏った少女に率いられた、火炎放射器を背負った100人以上の者が、コルベットが持ち込んだ腐海の胞子への対策に動き出しているようだった。
(…迅速過ぎる。予測していたのか……)
クシャナが仮面の下からメギドをジッと見る。
メギドは、まるで仮面の下の視線を分かっているかのように真っ直ぐクシャナの目を見返してきた。
「探索は……しないで宜しいでしょう」
「なに?それはこちらが決める事……貴殿は早く我らの探索を認め、そこをどけばよい」
「謀反かどうか…では、ペジテの姫に聞きましょう」
「っ!?な、なに!?」
クシャナが意表を突かれた。
メギドの背後、屈強な城オジ達の輪の中から一人の娘が現れる。クシャナも少しだけ見知っている、ペジテで取り逃がした女であった。
「ラ、ラステル姫!」
驚くクシャナに、ペジテの姫は煮えたぎる感情を秘めた目を向ける。
「一瞥以来…ご無沙汰しております、クシャナ殿下。ペジテを滅ぼした折…御挨拶もせず御前を去った事、お許しください」
「…っ!」
白々しいまでのラステルの丁寧な物言いが、逆にラステルの秘めた怒りを物語っている。
クシャナも、そして親衛隊の面々も少しの動揺を露呈してしまう。
(やはりラステルを生きて保護していたのか、メギド。しかし…こやつ、何のつもりだ…!?ラステルをこちらに引き渡すつもりなのか…?)
「メギド殿…これはこれは助かる。既に謀反人を捕えてこちらに引き渡してくれるのだな。おい、引き取れ」
クシャナが兜の仮面を上げて美麗な素顔を晒し、心の籠もっていない謝礼をする。指を鳴らせば親衛隊がメギドの側まで行き…ラステルへ手を伸ばそうという時、メギドが親衛隊の腕を掴んだ。
「こやつ!」と振り払おうとした親衛隊だったが、突然、ぐるりとその場で一回転して頭を打って「むっ、う」と唸って昏倒してしまった。
「…!」
クシャナが眼を見張る。
(今の動きは一体何だ!重装甲を着た親衛隊が、あんなにあっさりと…片手で投げ飛ばされただと!)
メギドは笑った。
「辺境一の剣士ユパ・ミラルダ直伝の体術ですよ。…ラステル姫は私の妻になる予定の女だ。無体は止めて頂きたいな」
「豪胆か愚かか…謀反人を妻とするか!」
「謀反人ではない。そうだよね?ラステル」
「はい」
「ほら、本人もこう言っている」
「ふざけるなっ!」
クシャナの怒りを汲んで、親衛隊の一人が叫びながら抜刀し、メギドに迫る。
「親衛隊に手をあげ、姫殿下を愚弄するふざけた態度!許せん!一騎打―――」
そして迫った所で、バチリッと誰の目にも分かる放電現象のようなものの直撃を受けてガクリと膝から倒れて突っ伏した。
それを見て、蟲使い達も、使われる蟲も怯え、それ以上メギドに近づくのを止めた。「森の人と同じだ」等と小声でヒソヒソ言い合って、腰が引けている。
(チッ…役立たずめらが。所詮、捜し物の為に組み入れただけの連中だ…仕方あるまい)
蟲使いらに内心で悪態をついて、クシャナは目の前の男を睨みつける。
しかしメギドは全く相争うような態度を見せず、相変わらず薄ら笑いを浮かべてクシャナの仮面の下の瞳を見つめるだけだった。
「ラステルに拘る必要はない。お探しの物は、既に私が受け取った」
首からかけ、服の下に仕舞っていた秘石のネックレスを見せつける。
「それは…!」
クシャナの背後で親衛隊がざわめいた。
「…ならばその秘石、私に寄越せ」
クシャナが要求すれば、メギドは愉快そうに微笑んだ。
「条件次第では考えよう」
「条件?条件だと?…メギド、お前が私に条件をつけられるのか?我がトルメキアと、お前の風の谷…国力差を考えればそのような口の利き方は出来ぬはず」
「フフ…。そう思っていないのではないか、クシャナ殿は?」
「なに?」
「空から見ただろう?ここ風の谷の様子を…どう思った?」
「…」
クシャナは少し言葉に詰まる。
「大国トルメキアの白き魔女ともあろう者が初めて知っただろう?自国の属国にすぎぬ風の谷が、ここまで繁栄しているなんて。ただの田舎だと思っていた…そうだろう?」
「………そうか。貴様が間者を始末していたというわけか」
「まさか。始末した等と人聞きの悪い。私は説得しただけさ」
「説得…?フッ…成程…あの怪しき技であろう。超常の力…聞いたことはある」
クシャナが自嘲気味に微笑んだ。とんでもないダークホースがいたものだ、と。
「この谷の機械の数々…これもお前か」
「ああ」
「どういう人間だ、貴様」
「知りたいなら…これも条件次第だ」
またも抜刀仕掛けた親衛隊をクシャナが抑える。勝てぬと知っても不躾な態度の男に挑もうとするのは、さすが音に聞こえた親衛隊である。忠誠心は並みではない。
クシャナは部下達を抑え、そして蟲使い達をコルベットに退がらせると、メギドを見て微笑んだ。
「あくまで私と対等のつもりか。……よかろう、条件を言え」
「私の妻になってもらいたい」
待ってましたとばかりにメギドは笑顔で言った。
その笑顔は今までのような、どこか無感情で底知れぬ笑みではなく、屈託のない自然な笑顔だ。
クシャナは一瞬キョトンとした顔になり、そして段々と吹き出しそうになる。怒りが湧き上がるよりも、面白いという感情が強い。
「…っ。く、くく…私を妻に?」
親衛隊がまたまた抜刀しかけたが、クシャナがまた制する。
「トルメキアの第4皇女を…白き魔女を妻に娶るというのか?風の谷如き小国の王子が?」
「悪い話じゃないだろう。私と秘石が手に入る」
「クク…結納の品は秘石か…。フフフ…アハハハハ、なるほど、そう思えば悪くない」
冷笑を浮かべて鋭い目をメギドへ向ける。だが向けられたメギドは至って真面目な顔でそれを受け止めた。
「他にも、結納はあるんだ」
「…ふむ。なんだ?申してみよ」
「生きてここから帰れる。つまり貴方達の命」
「…っ」
クシャナの片目が細まる。
「そちらが調査した通り、私はペジテのフリッグを無事に着陸させ100人以上のペジテ人を救助した。今、この谷に移住を決意したその者達がいる。私が許可を出せば君達を皆殺して良いとも言ってある」
これはメギドの嘘だ。殺してはならないと厳命してある。
ペジテ残党の女子供達の中には、父、夫、兄弟、子供らをペジテ防衛戦で殺された者ばかりであるが、風の谷に移住する条件としてトルメキアへの復讐は二の次にする事を言い含めていた。
ここでトルメキアへの、クシャナへの復讐をしつこく声高に言う者あれば、逆にその者こそメギドに追放か、あるいはそれに等しい処分を受けるだろう。
復讐よりも、この風の谷にペジテの
しかしペジテ市民が復讐を二の次にする覚悟をしている等知らぬクシャナは、メギドの恫喝を中々恐ろしいと考える。
復讐者100人をけしかけられれば、クシャナと親衛隊と言えど死ぬしかない。
「…そのような事をすれば本国が黙っておらんぞ。メギド…この風の谷を第2のペジテにする覚悟があるのかな?」
「クシャナを殺したくはない。しかし、ここで貴方が〝うん〟と言わねば…私も行き着く所まで行き着こうと思う」
「どこまで行こうというのか」
「巨神兵を我が物にし、土鬼と結んでトルメキアを滅ぼそうと思う」
白き魔女の瞳が大きくなった。
親衛隊達も大きく驚いたのが、兜の上からでも分かる。
メギドは優しく微笑んだ。
「実は、私には予知夢の類の力もある」
「予知夢…」
有り得ぬ、と一笑に付す事がクシャナにはもう出来ない。
メギドは、親衛隊に触れること無く、微動だにせず彼らを倒してしまった。1人目は凄まじい体術で浮かせて転がしたのだろうが、2人目は明らかに違う。超常の力だ。
「だから、今回の事も予期して事前に色々とこっそり動いていた」
メギドの言葉で、クシャナは合点がいく。突然やってきた自分達への対応が余りに落ち着いていたのもそういう事らしい。
「随分、細かに予知したものだ。私がコルベットで風の谷に乗り付ける等という細々とした予知夢を視たのか?お前は…。普通はこういう予知夢は大雑把な未来を視ると相場が決まっているものだが」
「それだけ私の力が優れていると思って貰いたい」
自信過剰というわけでもなく、ただ事実としてそうだと淡々と告げるメギドにクシャナも唸り、そして薄く笑う。
「…その並外れた超常の力、そして掌中の秘石……なるほど。打倒トルメキア…不可能ではなさそうだな。先の言葉からすると土鬼にも渡りをつけているのだろうな」
にこりとメギドは笑って、首を横に振るでもなく頷く事もしない。
メギドの後ろに、じっと黙って立ち事の成り行きを見守っていたラステルが、つけ添えるように呟いた。
「メギド様は、蟲に襲われ墜落するフリッグを…その御力で浮き上がらせ、蟲を言葉だけで追い払いました。そのメギド様が守る風の谷…ペジテのようにはいかない」
呟くようであったが力強い。ラステル姫のその言葉はクシャナの耳にしっかりと残る。
(船を、持ち上げる…?そんなことが…いや、本当にこいつなら出来るのかもしれん。……メギドならば…こいつがいれば、もしや…本当に)
クシャナは、幼い頃に父ヴ王に暗殺を図られた。
クシャナの母は、娘を庇って毒酒を煽って心が砕かれ廃人となってしまったのだ。
真犯人はヴ王ではなく、兄達かもしれないが、とにかく父も救いの手を差し伸べてくれなかったのだから同罪だ。
それに、正統王…ヴ王の先代の王の血を引くクシャナを疎ましく思っていたのは、父も同じだろう。
ヴ王は宮廷の権力争いを制する為に、先代王の唯一の娘…つまりクシャナの母を後添えとしたが、政敵を排除し自分の王権を確立させてからは隠れたカリスマを持つ妻と、そして妻が生んだ己の娘を疎ましく思うようになる。
先代王の血を引くというだけでカリスマを持つだけなら、まだヴ王は許したかもしれない。だが、クシャナは成長するにつれ利発さと、器の大きさを示しだした。
ヴ王が止めようと思えば、暗殺を止めることなど容易の筈。
クシャナにとって、ヴ王も兄達も、全員が復讐の対象なのだ。
鍛え上げ、自分を慕い、例え反逆の狼煙を上げてもついてきてくれるだろう最強の第3軍が取り上げられている今のクシャナには、メギドの存在は非常に魅力的に写っていた。
(…或いは、メギドは私の心まで、その力で見透かしているのか…?)
ここでメギドの提案に乗るのは、そのまま反逆の道に突き進む事になるのかもしれない。
クシャナは即答出来なかった。
それを見透かしてメギドは更に言葉を重ねる。
「ここで私如き、小国の王子の妻となれば…お前に虐げられたペジテの人々の溜飲は多少下がるだろう。傍から見れば、大国トルメキアの第4皇女が小国に嫁ぐのは後継者争いからの脱落と没落に他ならない」
「…」
クシャナは黙ってメギドの言葉に耳を傾ける。
「だが実態は、私の超常の力と、この風の谷が密かに持つ古代技術と、そして秘石を得る。トルメキアの間者達には私から情報を渡しておくよ。クシャナは小国の王子の奸計に陥れられ手籠にされて覇気を失い愛に溺れている、と」
貴様っ!と親衛隊がまた言葉を荒げたが、柄に手をかけるまではしない。親衛隊達も、油断させるために敢えて醜聞を巻く事の有意義さは知っている。
クシャナは、ジッと自分を睨み続けているペジテの姫を横目で見てメギドに問う。
「…後ろのラステル姫も納得済みか」
「もちろん」
「フッ、フフ…故郷を滅ぼされたのは数日前。その恨みを忘れられるものか…復讐は人の心に最も深く根付く。ラステル殿は、同じ男の妻という立場になれるのか?私と並んで褥に並べるのか?どうだ、ペジテの姫よ」
クシャナの物言いにラステルの眉は険しく歪む。
しかし「メギド様がそうお望みなら」と、小声ながら強く言い切った。
(…よくもまぁ、この短期間に。ペジテの姫君をこうも手懐けるとは…)
クシャナの、メギドという男への興味がまた強まる。
メギドはラステルに微笑んでから、またクシャナの目を見据えた。
「ラステルもペジテの人々も恨みは忘れない。だが抑えることは出来る。私ならペジテの人達に恨み以上の喜びを与え、抑えられるだろう…それに、ペジテ襲撃はヴ王の勅命…とてもクシャナには断れない事だと説明してある」
「…お前はどこまで先回りしているのだ。こうなったら、既にトルメキア本国にも、先程の事…既に言ってありそうだな」
「実はその通りなんだ」
「…」
半分、ふざけて言った事が当たっていた。クシャナは絶句する。
「もう、私の
クシャナは思わず膝から力が抜けて崩れそうだった。しかし踏ん張り、そして自分がどういう状況に置かれているのかを忙しく思考しだした。
そして大笑いした。
「…はは、はっはっは…ハッハッハッハッ!そうか…ここに来た時点で私の負けか、メギド」
「そうだ。秘石を求めるあまり、そんな少ない手勢でペジテ残党がいるかもしれないここに来たのが軽率だ」
「飛んで火に入るなんとやら…か。フフ…ヴ王にも負けぬ野心家だ。トルメキアを滅ぼし、風の谷の時代を求めるか。…貴様の妻になるのも手かもしれぬ」
トルメキアが滅びる…それも良いとクシャナは思い始めている。そうすれば、醜い兄達も…ヴ王も滅びる。
母だけは、あのような心に成り果てても助けたいと思うが…。
こうまで先読み合戦で負けては、打つ手は無いとクシャナも理解した。
(超常の力の先読み…全くもって厄介で、恐ろしくも魅力的な技だ。……これも、私がメギドを虜にすれば我が力となるという事!)
どこか悟った、自嘲気味な笑みを浮かべる一方、心で野心の炎が萎えないよう薪を焚べるのも忘れない。
親衛隊がクシャナにすがりつく。
「姫殿下!こ、このような怪しき術を使う男に…本当に嫁ぐのですか!?」
「殿下ともあろう方が、こ、こんな田舎の弱小国の王子などに…!」
「すぐに戻れば、ヴ王陛下にも弁明の機会が…!」
重装甲の下で顔を青くしているだろう事が容易に想像できる声だ。
だがクシャナは乾いた微笑みを浮かべるしかない。
「どうやって戻るのだ?見よ」
腐海の胞子を燃やす為のセラミック製のタンク、火炎放射器を背負った者達の中に、銃を持った者達が紛れて遠巻きに円陣を汲み、構えて狙っている。
「あぁ…!」と親衛隊達が驚いて、マントの中の長銃に手を伸ばそうとした所でクシャナに止められる。
「先程メギドが言っただろう。あ奴の腕の一振りで我々は皆殺しだ。ここで無駄に命を落とす事もあるまい。メギドの結納の品…貰い受けよう」
「し、しかし」
尚もすがり説得を重ねようとする親衛隊達に、クシャナはピシャリと言う。
「お前達も知っていよう。元々…兄達は私を陥れようとしていた。例え秘石を持ち帰ったとしても…私に未来はない」
「ひ、姫殿下…」
「ならば、ここで奴の甘言に乗って賭けに出るのも悪くないかもしれん。…それに、案ずるな。私は奴に傅く気はない。奴が私に傅くのだ。手籠にするのは私の方だ」
クシャナは自信たっぷりにそう言い切った。
敬愛する主君がそう言うならば…と、ようやく親衛隊達も抵抗を諦める。
抵抗を諦めたクシャナ達を見、メギドが合図すると、直様、待っていた消毒隊が駆け寄ってコルベットとクシャナ達に白いモヤを思い切り掛け始めた。
「…これは?」
一瞬、クシャナは自分達は焼き払われるのではないかと思って身構えてしまった。メギドに尋ねる。
「これは消毒薬だ。これを掛けられた胞子は活動を鈍らせ、根を張る前に寿命で死ぬ。火で燃やすよりも簡単で安全だ」
「そのような物、初めて聞いた……これも、お前が関わっているのだろうな?」
「ああ」
自分の身一つでメギドを買えるなら、案外これは…本当に安い買い物かもしれないとクシャナはほくそ笑む。
(私を抱きたいというなら抱かせてやるさ…。そして、房事で貴様を屈服させれば…貴様と秘石、どちらも私の意のままになる…ククク)
王族で、この美貌で、男だらけの軍の中に身を置いて、それでも齢25にしてクシャナは処女だった。男とのベッドの作法等知らないが、しかし無駄に自信だけはある。
幼い頃、父と兄達の裏切りで母の心を殺されたクシャナは、根底で男への不信感を持っている。男に恋する等有り得なかった。
また、下手に男と肌を重ねれば、性病や妊娠のリスクは常に付きまとう。王家の女として、婚姻前の妊娠は
しかし肉体は成熟し、女盛りの中にあって、健康な体は溜まるものは溜まってしまう。クシャナが普通の町娘として生まれていたなら、既に結婚もセックスも済ませて子の一人や二人に囲まれていても可笑しくないのだ。
厳しい軍務や訓練の後は、火照った熟れた体を持て余し、夜な夜な自慰で満たす生活を長年続けていたので(オナニーに関する)性技だけは熟達していた。
だから、配下の軍人達の性的欲求に関しても理解しているのだ。
その捌け口になる娼館を都市攻略戦などでは保護もするし、近隣の市街から充分な手当を払い娼婦を陣に招く等…配下が略奪暴行等に暴走しないよう心掛ける事も出来ていた。
娼婦に軽くあしらわれる軍人を何人も見てきたからか…クシャナは〝同じ女である自分も、男を閨でコントロール出来て当然〟だし〝(オナニーの)性技に長けた自分は男を屈服させられる〟…そういう思いがあったらしく、それが無駄な自信に繋がっているらしい。
消毒のモヤに包まれて、クシャナはメギドにようやく頷いた。
「わかった。貴様の妻になってやる。…だが、約束は守れよ?貴様の力も、秘石も私のものだ。…そうだな、まずはその首の秘石を貰おうか」
「フフフ…私の力も秘石も、クシャナが使える権利がある、というだけだよ。使いたかったら私を説得するなり、この首飾りを私から取るなりしないと。一度取られれば、秘石はもうクシャナのものだと認める。私も、一度でも参ったと言えばクシャナに逆らわない。風の谷のジルの子の名に掛けて誓おう」
クシャナの顔がムッとなる。
「言ったな?」
「ああ。その代わり、お前にも誓って貰おう、クシャナ」
「何をだ」
「参りました、と私に言ったら…身も心も全部私の物」
「フッ…面白い。良いだろう。このクシャナの名にかけて、私も誓おう。……では、首飾りを取るのはいつでも良いのだな?」
「ああ。寝てる時でも良いし、水浴びの時でも良いし……セックスの時でも良い」
「っ!…フン。ならば簡単だな」
クシャナは己の美しさには一定の自信はあった。肉体も健康で、男が好みそうな大きな胸と尻をしているという自覚もある。
この美貌を使えば、男などあっという間に手籠に出来る。メギドは今夜にでも自分に傅く事になるのだ。そう確信していた。
「ならば今晩にでも、両方を貰うとしようか。体力には自信があるのでな…数時間後には貴様はへばって、私に参ったと言っている。……秘石も貴様も私の手の中だ」
「ん?今夜?祝言をあげる前に、もう体を許すのか?トルメキアの第4皇女ともあろう御人が」
「この体一つで秘石が手に入るなら安かろうよ…いいからさっさと支度をしろ。貴様の部屋でいいな」
「……そちらがそれで良いなら」
クシャナはニヤリと笑い、メギドもニヤリと笑った。