景が役者を目指してから二週間が過ぎた。オーディションは順調に4次審査まで通過していた。
ただオーディションに受かってもすぐに仕事があるわけではなさそうだ。ウィキペディ〇で調べたところ、スターズは何百人の俳優やタレントが所属しており、すぐに映画やドラマのオファーが来るとは限らない。特に景は演技未経験なので当分はレッスンに励むことになりそうだ。
そんな景は演技を勉強するために、今までより映画を観るペースが速くなっている。おかげでアニメを観る時間が平日の日中しかなくなってしまった。
小説家を生業としながら通信制に通う俺だが、今年の仕事は先月で終わっている。むしろ2年後に出版予定のプロットも編集に提出しているまである。
なので今の俺は家事を一切しない専業主夫のような生活を送っていた。家事をするとしたらルイをお風呂に入れてあげることくらいだ。
そんな優雅な日々を過ごしている俺だが、久しぶりに書き物以外の仕事が入った。
バラエティ番組の出演である。
番組の内容は各界で活躍する高校生が、紹介を交えてMCとトークするものになっている。
テレビ出演なんて面倒極まりないが、編集者に土下寝(土下座の上位互換)をされたので渋々承諾した次第だ。
「やっぱり制服は慣れないな」
「そうなの?」
「通学なんてしばらくしてないし」
「みーくん、ニートだもんね」
「ニートじゃない」
「だって仕事してないんでしょ?」
「今年分の仕事を終えてるだけで、仕事をしていないわけじゃない」
「あいかわらず執筆が早いねー」
「まぁな。……それよりなんで俺の楽屋にいるの?」
時間に厳しい俺はすでに楽屋で出番を待っていた。
「なんでって私も同じ番組に出演するからだよ?」
「いや、自分の楽屋があるでしょ」
「あるけど出番まで暇なんだもん」
「ドラマや映画の脚本でも見てればいいでしょ」
「もう全部覚えたよ?」
「ちなみに何本?」
「ドラマ1本、映画が3本だよ」
「……化け物だ」
「ひどーい。今をときめく若手女優になんてことを言うの」
「自分で言うなよ。百城」
百城千世子。
俺や景と同い年で、『天使』の異名を持つ若手女優の代表格だ。
「だって事実でしょ?」
「そうだけど」
「それより私と同じ制服だね」
「そりゃ同じ学校だし」
百城は俺と同じ紺色のブレザーを着ている。
超多忙な百城だが、実は俺と同じ通信制の高校に通っているのだ。
これだけ売れていれば中卒でも問題なさそうだが、事務所の指示で入学したのかもしれない。
「だよね。そういえばこの番組に出るのって久しぶりじゃない?」
「中学生以来だな」
「私と出会ったのもこの番組だったよね」
俺と百城は2年前に、今回出演する番組で共演していた。
その時は、各界で活躍する中学生を特集する内容だった。……今回と年代変えただけじゃねえか!
「もう2年も経つんだねー」
当時は俺を含めて6人の中学生がゲストで招かれており、前室で各々が雑談をしているとき、百城が俺の横顔をずっと見つめていたのだ。
顔はそこそこ良いと自負している俺は、一目惚れされたのだと勘違いをしてしまった。
だが勘違いをするのも無理はない。
なぜなら、5分以上も横顔を見つめてきたのだ。
そんなの一目惚れされてるって思うだろ!
だから俺は言ってしまったのだ。
「俺のこと好きなの?」
言った直後、百城は腹を抱えて笑い出した。
まさに大爆笑だった。
それで、俺は勘違いをしたのだと気づいた。
あまりの恥ずかしさにその場から逃げ出そうとしたら、百城が俺の腕を捕まえて、こう言った。
「君、面白いね。私とお友達にならない?」
もちろん拒否しようとしたが、断ったら殺されそうな気がして、うっかり承諾してしまったのだ。
それから連絡を取り合ったり、たまに食事に行ったりしている。
「まさか勘違いくんと、こんな仲良しになるとは思わなかったな」
「あれは俺は悪くない」
「うん、私が悪いよね」
「そうだ」
絶世の美少女なので気をつけてほしい。おっぱいが足りないけどな。
「……なにか失礼なこと考えなかった?」
「っ……!?」
百城はたまに俺の心を読んでるようなことを言うときがある。
もしかしたら
おっぱいがない学園都市第五位だな。
「また失礼なこと考えたでしょ?」
「考えてません!」
まったく油断も隙もない女だ……。
さすがスターズのトップ女優の看板を背負ってるだけあるな。
「ならいいけど。そうだ、今日はこの後、仕事入ってないんだけど、みーくんも暇だよね?」
「なんで暇って決めつけるの?」
「だって今年分の仕事は終わってるんでしょ?」
「そうだけど……友達と遊ぶかもしれないだろ?」
「みーくんには、私しか友達いないじゃない」
「うぐっ……!?」
確かに友達は百城しかいない。景はセフレだけど家政婦だから当てはまらない。
「実は来週からクランクインするんだけど、役作りに協力してほしいんだ」
「どんな役なんだ?」
「引きこもりの幼馴染に片思いし続ける女子校生」
「俺は引きこもりじゃない」
☆☆☆
収録を終えた俺たちは夕食をとるためにうなぎ屋に来ていた。
ここは担当編集に教えてもらってから行きつけになったお店である。
「まさかデートでここに連れてこられるとは思わなかったよ」
付き合いが長い百城だが、このお店には連れてきたことがない。
「江戸時代だとうなぎ屋がデートスポットだったらしいぞ」
「うん、今は令和だよね?」
「令和を代表する作家と女優が密会するにはいい場所だろ」
「確かにお店は目立つ場所に建てられてないし、個室だから変装し続けなくてもいいのは助かるよ」
「でしょ?」
「なんだかんだ言って、私を気遣ってくれるところは好きだよ?」
「彼氏だからな」
「うん。彼氏だもんね」
収録から3時間後。俺は百城千世子の彼氏役になっていた。
「今日はみーくんがいて助かったよ」
「そんなにしつこかったのか?」
「うん」
俺が百城の彼氏を演じている理由。
それは彼女をしつこくナンパしていたMCの芸人を撃退するためだ。
その芸人は収録前の前室で、やたら百城に絡んでいた。会話を盗み聞きしたところ、しつこくライ〇のIDを聞いたり、過去の武勇伝を語ったり、下ネタで百城を辱めようとしていた。
そんな輩には慣れている百城だが、あまりのしつこさに苛立っていたようで、隣に立つ俺の足を踏んで冷静さを保っていた。
収録が終わると百城は逃げるように楽屋に向かったが、入る直前に芸人に捕まってしまった。
どう撃退するか様子を見ていたところ、なぜか百城が俺に近寄ってきた。
そして―――俺を彼氏だと紹介したのだ。
いきなりの彼氏います発言に、その芸人は呆然としていた。
一刻も早く局から去りたかったのか、制服のまま俺に抱き着いてその場を後にした。
ちっぱいかと思ったら、思ったより柔らかかった。
「あの芸人さん、女癖が悪いって有名なんだよね」
「だろうな。見てればわかるよ」
「うちの事務所のタレントさんも何人か喰われてるみたい」
「芸能界って怖い」
「うん、怖いんだよ。だからみーくんは控えたほうがいいと思う」
「控えたいんだけど、出版社が出ろって言ってくるんだよ」
「……そっか。なら今後は出演する番組が決まったら教えてよ」
「いいけど……録画したいのか?」
「あはは、違うよ。さすがにバラエティ番組まで観る時間はないから」
またも勘違いをしてしまった……。
「私がみーくんと共演するためだよ」
「共演……?」
「そう。みーくんは私が守ってあげる」
やだ。俺って女の子に守られるほどか弱く見られてるのか……。
「でもドラマや映画の番宣じゃないと出れないだろ」
「事務所の力を使えば余裕だよ。それに最近は番宣なしでバラエティ番組に出演する役者も多いし」
「な、なるほど……」
「だから情報はちゃんと共有してね」
「わ、わかりました」
「うん。それじゃ冷めちゃうから食べよっか」
「だな」
百城は何気に面倒見がいい。
ファッションセンスが皆無な俺に洋服や靴を買ってくれたり、行きつけの美容院や接骨院を紹介してくれる。
売れっ子女優の休日は少ない。そんな貴重な休日を俺の為に犠牲にしてくれるのだ。
もし俺が巨乳好きじゃなければ、百城に告白して振られて、悲惨な結末を迎える恋愛小説を執筆していたと思う。
「美味しかったね」
「だろ」
特上のうな重をたいらげた俺たちは食後の一杯を嗜んでいた。
「ちょっとお花を摘まみに行ってくる」
「いってらっしゃい」
今日の百城は終始ご機嫌だ。
これなら朝野市子のサインを頼んでもオッケーしてくれるかもしれない!
以前、頼んだら冷酷な笑みを浮かべて断られたからな。恐らく生理で機嫌が悪かったんだろ。
「ただいま」
「……おかえり」
トイレから戻ってくると、先ほどの笑顔はどこへやら、百城は俯いており、不穏な雰囲気を醸し出していた。
「ねえ、みーくん」
「……なんでしょうか?」
「今日、私の家に来てくれないかな?」
「え、急に言われても……」
「来てくれるよね?」
「い、イエス・マイ・ロード!」
俺はこの百城を知っている。
これは激おこモードだ。
朝野市子のサインを頼んだ時と同じ状態だ。
「それじゃ行こうか」
「あ、はい」
☆☆☆
うなぎ屋を後にした俺たちはタクシーで百城の家に来ていた。
百城の住む部屋は、芸能人ご用達の高級マンションで、家賃は月100万以上はするだろう。
「みーくん、私に言わなきゃいけないことがあるでしょ」
リビングにある高級ソファに座る百城が呟くように言った。
「えっと……デビュー作の映画化が決まったこと?」
「それは先週聞いたよ」
「身長が170センチを超えたこと?」
「おめでとう。……でも違うよ」
百城にまだ報告していないことなんかあったか?
「……実はさっきお店で受信したライ〇見ちゃったんだ」
今の発言でわかった。
百城は景からのメッセージを見てしまったんだ。
景には今日は夕食はいらないこと、帰りが遅くなることを伝えていたのだが、うなぎ屋で俺がトイレに行ってる間に以下のメッセージが来たのだ。
『帰りは何時ごろになりそう? あまり遅いとセックスが出来なくなっちゃう』
百城は、景からの卑猥な文章が含まれたメッセージを見てしまったのだ。
「そう。見るつもりはなかったんだよ? でも画面に表示されたのが目に入っちゃって」
「あ、ああ……」
夜凪家のことは百城には伝えていなかった。別に隠したつもりはないが、自宅で会うことはなかったので、わざわざ言う必要はないと思ったのだ。
「説明して」
「……わかったよ」
俺は素直にすべてを話した。
景が家政婦になったこと、一家全員で俺の家に住むようになったこと、俺と景がセフレになったこと。
包み隠さず、すべてを吐き出した。
「……そうだったんだ」
話を聞き終えた百城は俯いたまま動かなくなった。
きっと失望しているのだろう。
友人がセックスフレンドを作っていたのだ。
俺だって百城にセフレがいたら引いてしまう。
「みーくんは、彼女でもない人とセックスが出来る人なんだね?」
「……そうだ」
「よくわかったよ。それじゃ……」
百城が椅子から立ち上がった。
思いっきりぶたれるのかもしれない。
俺は衝撃に備えて目をギュッと閉じた。
「……むぐっ!?」
刹那。とてつもない衝撃が俺の唇を襲った。
「んっ……んんっ……」
百城が俺に跨り、濃厚な口づけを交わしてきた。
予想外の出来事に身体は反応出来ないでいる。
両腕を首の後ろに回され、絶対離すもんかという意思を強く感じる。
「んちゅっ……ぢゅぷっ……れろっ……」
わずかな隙間を見るやいなや、百城が舌を侵入させてきた。
あの百城千世子に舌を犯されている。
そう思うと、自然に舌を絡めだしてしまった。
「んぁっ、んちゅっ、んふぁっ」
すぐに口中に互いの唾液が交じり合い、いやらしい水音が鳴り響く。
ねっとりと舌を絡めながら、何度も何度も唾液を交換しあう。
キスだけで蕩けそうになってしまう。
「んはぁっ……はぁ、はぁ……」
息苦しさの限界が来たのだろう。
百城がようやく唇を離した。
「……急にどうしたんだよ?」
舌を絡め合って何をいまさら言ってるんだ俺は。
でもそんな野暮なことでも口に出していないと、本能を抑える自信がなかったのだ。
頬を紅潮させ、瞳を潤ませた百城の蕩けた顔を見てしまった。
そんな百城を見てしまったら、理性に絶対的な自信がある男でも、彼女を襲ってしまうだろう。
それほどまでに今の百城は蠱惑的だった。
「はぁ、はぁ……みーくん……」
「……なんだ?」
「私とも……エッチしてよ」
次回はがっつりエッチやりますんで