シーンアマイン 作:Solo collo
ごめんね、と言った。彼女は泣いていて、笑いながら。
公園。通学路にある、遊具の少ない公園。子供はいない。ベンチが二つある。それだけの公園で。
彼女は言う。吊り上がった口角と、涙をこぼす瞳。謝って、でも、躊躇は無かった。
彼女の腕が僕を掴む。肩と頭。
彼女の顔が僕に迫る。正面。いや、少し左。
迫る。迫る。
彼女の口が、僕の首を──食んだ。
それが、最後。
それが最後。
それが。
彼女の、最後。
*
夏──。
蝉の無く季節。汗をかく季節。熱気と湿り気の混じった空気が肺を焼き、吐く息も吸う大気も煮え滾った鍋の底。
僕と彼女は、バス停でバスを待っていた。
暑さを超えて熱そのものとなった日差しも、バス停の屋根が遮ってくれる。気温ばかりはどうしようもないけれど、日差しが無いだけで十二分に涼しい。
「永樹くん」
彼女が口を開いた。
だから、答える。
「何かな」
「次のバスはいつ来るの?」
聞かれた。聞かれたから、僕は時刻表を見る。すぐ近くにある時刻表。次に来るのは。
「一時間後だね」
「そう」
彼女は。
ただ、言った。
「ねえ、血が欲しいわ」
「ダメだよ。今週分は、昨日ので終わり」
「渇くの。ねえ、お願い」
彼女は、吸血鬼だ。正確には吸血行為を行う長寿生物……彼女に伝承にある吸血鬼との関連要素はないから、吸血性物、と言う方が正しい。けど、長いから吸血鬼。彼女も別に気にしていないようだから、僕は吸血鬼と呼んでいる。
彼女は、吸血鬼だ。それも、とりわけ長くを生きた吸血鬼。他方に恨みを買い、常に付け狙われ、討伐隊が組まれる程の大怪異。恐怖の象徴。悪魔の代名詞──だった。
だった。
「永樹くん」
「何かな」
「暇よ」
「そうだね」
彼女は人間社会に紛れ込む事を得意としていて、しかし吸血行為を止めなかった。
おかげでこの街全体の未解決怪異事件は他に追随を許さない程にまで膨れ上がっていて、だからこそ国によって討伐隊が組まれた。
討伐隊。
彼女を殺さんとする人達が。
「血液を頂戴。少しでいいのよ」
結果。
彼女は討たれた。討伐隊の用いた罠に引っかかって、その首を落とされた。
だけど。
「サラさん、飲まなくても死なないでしょ」
「死なない事と欲しい事は比例しないわ」
「僕の血液を上げるわけにはいかないからね」
「永樹くんこそ、飲まれても死なないでしょう」
「どうかな。全部飲まれたら死んじゃうかも」
「少しでいいのよ」
彼女は死ななかった。
首を落とされても、心臓を貫かれても、彼女は死ななかった。
だから討伐隊は仕方なく、彼女に封印を施した。再生を阻害する封印。呪い。祝福。
それは彼女の首に。落ちた首に。
断たれた体は厳重に拘束を受けて、別所に冷凍保存されているらしい。
だから今。
彼女は首一つしかない。
「永樹くん」
「何かな」
「惚れた女に、少しくらいの施しをしても、バチは当たらないわ」
彼女は僕の管理下に置かれた。
吸血鬼討伐。その立役者──あるいは、最大の貢献者。
罠として、囮として。最も危険な役目を担った、僕の手に。
僕の大好きな彼女は、僕の手に落ちたのだ。
「でも、これ以上吸ったらサラさんは封印を破ってしまう」
「……」
「頭まで、冷凍保存されたい?」
彼女の頭を撫でる。
彼女は吸血鬼で、血液を求める。渇く。そうだろう。体の九割を失った今の彼女は、その再生を行わんと血液を欲する。しかし、それこそが彼女の贖いだ。殺す事の出来ない吸血鬼。眠らせるのではなく、意識を持たせた状態で、渇きに喘げと。それが彼女に与えられた罰だ。
一週間に与えられる血液量は極僅か。血液が完全になくなると、雲散霧消して凍った体の元へ行く可能性があるから、そのストッパーとしての措置。その役目も僕が担う。
「だから、我慢してほしいな」
「……次のバスは、いつになるかしら」
「あと50分だね」
「そう」
首一つでは頷くことも、顔を向ける事も出来ないから。
彼女の不便は、僕が補助する。
それが。
彼女の罪悪感に付け込んで、彼女をおびき出した、僕の贖罪だから。
*
ただ一つ、国には隠している事があった。
血液は与えていない。吸われていない。だけど。
「ふ、ぅぅ……」
ぬるぬるとしたそこに、ゆっくりと……挿入する。
暖かく、粘着き、蠢くその穴。
「ご、ぁえ、う」
僕の陰茎が、そこを開きながら進む。艶やかで淫靡な輝きを持つ穴を。
喉を。
「サラさん……あぁ、サラさん!」
封印は別に符や布を巻かれているわけではなく、喉の断面がそのまま見える形になっている。断面を触れば感覚があるし、物を食べればそこから抜けていく。唯一血液だけが、咥内でそのほとんどを吸収できるみたいだけど、水も食料も基本は素通りする。
その喉を。穴を。
僕は使う。
彼女の頭を持って、挿入した陰茎を上下に扱く。
「げっ、ぇっ、げっ」
潰れた蛙のような声を出す彼女を、しかし構わずに、強く強く。
絡みついてくる粘液が潤滑剤となり、喉の粘膜と肉をガリガリと震わせる。亀頭は口蓋垂へとたどり着き、引き戻せば舐め上げられるかのような感覚に快感を覚える。付け根を勝手に使用された舌は痙攣で暴れまわり、時たま亀頭にぶつかって、それが更なる快感を生む。
サラさん。
僕は彼女が好きだ。学生だった時から。社会に紛れ込んだ彼女は憧れの人で、彼女が吸血鬼だと知った時は──僕の討伐対象だと知った時は、心から絶望した。
それを上手く立ち回って、どうにか彼女を手に入れて。体は手に入らなかったけど、今こうして僕を受け止めてくれる彼女の頭がここにある。
下を向かせていた彼女の顔を僕の方へ向ければ、その瞳からは涙が零れていた。
苦しいのか。はたまた境遇にか。その涙の理由はわからないけれど、その悲愴は僕の劣情をさらに加速させる。
「あぁ! 本当に気持ちいい。気持ちがいい。ああ、もっと泣いて、サラさん。その可愛い顔が、たまらなく、どうしようもなく──魅力的だから」
また一回り、太くなった気がする。
彼女の瞳がぐるんと逆返る。
ああ。
ああ──!
「は、ぁ……!」
出る。出す。
夏の熱気に負けない熱を持つ、白い液体。
それは喉から放出され、彼女の口蓋へと辿り着き、その歯と舌根を染め上げ、口外へ──至る前に、彼女が口を閉じた。裏返っていた瞳が戻る。
僕はゆっくりと彼女の喉から陰茎を引き抜いて、一息を吐いた。
「ぐぶ、ぷ……ふぅ、ぐ、ん、ん……」
彼女の喉からは、しかし精液が零れだすことは無い。
喉を鳴らし、吐き出す手順を取る事で精液が零れるのを防いでいる。
彼女は。
愛おしくてたまらない、というように顔を上気させて、僕の精液を楽しむ。その顔に今まで犯されていた……オナホールが如く使用されていた時の悲愴はなく、ただただ美味しい物を食む時の幸福が、そこにあった。
口は危険だ。
噛まれる可能性があって、そのまま血液を吸い尽くされるかもしれないから。
だから喉を使う。
でも、国への許可は取っていない。だってこれは。
「あ、あぁ……あぁ! 美味しい……美味しい、美味しい、美味しい!」
僕の体質上、彼女に血液を与えているのとなんら変わりが無いから。
喉から吐き出された精液を咥内で転がす彼女に、細心の注意を払う。いつ、再生をするのか。今までしていないことは、これからもしないことと同義ではない。
彼女は僕を、討伐隊を、そしてこの国を恨んでいるだろう。当然だ。
もし彼女が体を取り戻せば、この国は終わる。それくらいの力を持っていた。
それは、させられないから。
でも、僕も彼女への劣情が抑えられない。
好きな女の子の首を前にして、性的欲求を抱かないという方が変だ。だから僕は毎日のように彼女を使って精を吐く。彼女はその精を食んで、心を満たす。
これが僕と彼女の、恋人としての在り方なんだ。
ようやくすべての精液を吸収し終わったらしい彼女。
幸せそうな顔で。
「本当に……本当に美味しいわ。貴方の精液。ねぇ、フェラ。させてくれない?」
「そう言って、噛む気でしょ?」
「違うわ。ちゃんと根元から舌で味わいたいだけ。貴方のペニスを気持ちよくしてあげたい、という気持ちもあるのよ?」
「十分気持ちいいよ。君の喉は、本当に名器だ」
「嬉しくはないわ」
もう何度と繰り返したやり取り。
転がされた彼女の生首と、壁に寄りかかって座り込んだ僕。
陰茎を晒した僕と、喉口を晒した彼女。
僕は幸福だった。
*
怪異。妖。妖怪。
それらがいる、ということは、一般常識にさえ存在する事実だ。
ただ受け入れられているかどうかというと、地域による、という答えになる。何故なら、怪異は人間を食らうから。ほぼ全ての怪異が人間を食らう。ただし主食ではなく、若さを保つ、寿命を延ばす、力を得るといった、肥料の意味合いが強い。
究極的には食らう必要がなく、しかし食べたい。
それを万人に受け入れろ、というのが難しい話であることくらいは怪異側も分かっている。だから自分たちの街を……領土を設け、ほとんどはそこで暮らしている。
いくつか、人間の街で怪異を受け入れている場所がある。怪異が有益であると気づいた為政者やリーダーが、怪異と人間が共存できるシステムを作り上げたのだ。
即ち、罪人の引き渡しを。
広場で世間話をする長耳族の奥さんの昨晩の夕飯は強盗殺人犯だった、なんてことは当たり前で、罪を犯した人間が食料に成り下がる事に、その街の人間さえも同意しているというのだから……恐ろしい事だと、僕はまだ思える。
そしてまだ、怪異を受け入れていない地域。ほとんどがソレで、この街もそう。
唯一受け入れられている怪異が、僕と彼女のように、人間の管理下にある怪異だけ。それはあるいはペットのような感覚で、恐ろしいけれど制御されているのなら、と。
彼女が未解決怪異事件を引き起こしていた張本人だとは知られていないために、人間と同じ顔をした、しかし生首のまま生き永らえる怪異として、僕のペットとして、認知されている。
彼女の事件こそ、彼女単体による被害者数が群を抜いて多かったものの、怪異事件そのものは後を絶たない。怪異領土から抜け出てきた者。受け入れている地域で舌の肥えてしまった者。そして彼女のように遥か古代から存在し、人間の決めたルールなど知らぬと我を貫く者。
それらによって度々怪異事件が引き起こされ、だからこそ人間はまだ怪異を受け入れきれないでいると言っても過言ではないだろう。
そういう、怪異事件に対して。
一応僕は、対処をする立場にあった。
討伐隊にいたことも含めて、僕は怪異を狩る側の人間で。
こうして彼女の首を持って、日中外をぶらついているのは──。
「La──」
彼女の匂いに、そして僕の匂いにつられてのこのこ出てきた不法侵入怪異を釣り上げるため、である。
*
「こんにちは、お兄さん」
「やぁ」
それは少女だった。
背丈は一メートルに満たないだろう、小さな少女。
小さな少女の、人形。
「君は、海外の怪異だね。
「なぁんだ、お兄さん、こっちの人だったのね」
人形の少女は、球体関節の腕をぐりん、と回した。そこから仕込まれていた鋸が飛び出す。
西洋人形のくせに、絡繰搭載か。
「善良な人間を殺してしまうのは心苦しいから、その首だけを置いていけば逃がしてあげるつもりだったけれど」
「そうはいかないな。この人は僕の恋人なんだ」
「怪異と人間が恋人? ふふ、おかしな人ね。
「知っているよ。捕まえたのは僕なんだ」
恋人と聞いて目をまんまるにしていた少女が、少しばかり真剣な顔に戻る。人形にしては表情が豊か。これは……最初から怪異だった、というわけじゃなさそう、かな。
善良な人間を殺してしまうのは心苦しいと言っていた辺り、元の持ち主が極悪人か。余程の恨み……人形に変えられた恨み、というのが今予測できる生い立ちだけど。
「……お兄さんが、ソレを?」
「うん。だからこうして、彼女を好きに扱っている」
「そう。人間はやっぱり、見かけによらないから嫌い。善良な人間だと思っていたのに」
好きに扱っている、という言葉が、逆鱗に触れたらしい。
「お兄さんも──アイツと同じなのね。もう躊躇はしないわ。死んで、ソレを渡しなさい」
「君の名前は?」
「ルベラ」
「そうかい。僕は永樹という。よろしくね」
さて、応援はいつ到着するかなぁ。
*
顔を掠める鋸に、彼女の首の入った円柱型のケースをぶつける。このケースは世界有数の硬度を持っている。物理的にも怪異的にもやたらめったら固い。言わずもがな、彼女を封じるためのケース故に。
ガラスにぶつかった鋸が、まるで金属同士が衝突したかのような音を立ててはじかれた。驚いた顔をする少女。その驚きは、自慢の鋸が弾かれた事に対してか。あるいは、僕が抵抗した事に対してか。一旦、といった様相で少女は僕から距離を取ると、反対の腕からも仕込み鋸を取り出した。
「やぁ、人間相手に随分と物騒だね。君も知っているだろうけど、人間は酷く脆いんだよ?」
「ハンターの常套句ね。善良な人間とハンターは別の生き物だと思っているから、その舌先が通じる事はないわ」
「ふむ。君の所有者はハンターだったのか。同じハンターとして、心から謝罪をするよ」
「要らない。代わりに命を貰うわ」
鋸が来る。
左の鋸はケースで受け止めて、右の鋸はそのまま腕でガード。ぞぶ、と、いとも簡単に鋸の刃が骨にまで到達する。
「あぁっ!」
悲鳴を上げた。
僕ではなく、サラさんが。今まで沈黙を貫いてきたサラさんが、悲痛な声を上げる。
「勿体ない! 永樹くん、その血、零してはいけないわ。全部私に頂戴!」
「緊張感って美味しいよね」
「ああっ、地面に落ちて……あぁぁ……」
僕への心配など一切なく、僕の血液がケースの外側を滴り落ちていくのを物欲しそうな目で眺めるばかり。特に何の防護もなく腕への斬撃を許した僕に一瞬呆然としていた少女も、サラさんの言に気を取り直したようで、さらに鋸へと力を込めた。
使い古された鋸は切れ味が悪いようで、だからこそ僕の腕の肉がズタズタに切り裂かれている。
それを、腕ごと思いっきり蹴り上げて突き放した。
ぶらん、と垂れ下がる右腕。だくだくと血液が流れ、地面に吸い込まれていく。
「痛みを、感じないの?」
「まさか。死ぬほど痛いよ。今だって叫び出したい程にね」
「冷静にいられる傷ではないわ。強がれるようなものでもない。叫び出すのを我慢できるのは何故?」
「だって叫んだら、誰かが来ちゃうだろ?」
怪異事件に一般人を巻き込むと、そのクレームが国に行く。回りまわって僕の所属する協会の責任になって、当事者たる僕が大目玉を食らう。勘弁願いたいよね。彼女の所有だけでも結構無理言ったっていうのにさ。
「頭がおかしい事が、ハンターになる条件なのかしら」
「少女一人を誘拐して、怪異に変えてしまった、君の元所有者みたいに?」
「知っていたの?」
「ううん。今、考えた」
それは極悪人とされて然るべきだ。というか人間側でも普通に犯罪。協会においても犯罪。怪異達がどうかは知らないけど、同情くらいはしてくれるんじゃないかな。当のハンターとやらがもう死んでいるようだから、それ以上は裁けないけれど。
少女はそう、と息を吐いて、再度鋸を構えた。
「顔が白くなってる。死なない、というわけではないと見たわ」
「人間だからね。血を失えば倒れるさ」
「なら、全身切り刻んであげる」
うん、でも。
「時間切れだね。主戦力の到着だ」
「──っ」
一瞬の事だった。
風が吹いて、少女がバラバラになる。残す言葉も無く、悔やむ言葉も、恨む言葉も。何も。
しかし死んだわけではない。怪異を殺しきるにはもう少し特殊な手段が必要で、少女はバラバラになっただけ、だ。
振り向く。
振り向いて、言う。
「お疲れ様です」
「よ、お疲れさん」
そこには、偉丈夫がいた。
*
僕の仕事の本質は、戦闘そのものでなく、囮にある。
彼女と僕、その双方がそれぞれ別の種類の怪異をおびき出し、魅了する。魅了といっても惚れさせる、とかではなく、欲しくてたまらなくさせる、という感じ。僕らの匂いにつられ釣られた怪異が僕らを見ると、彼ら彼女らが本来持っているはずの生存本能に阻害がかかる。つまりは、逃げる気を失くすのだ。
脅威の感知範囲が狭まり、奇襲をしやすくなる、という効果もある。
古き吸血鬼たる彼女が討伐されたのも、僕の体質によるところが大きい。
そしておびき寄せて、しかし僕に目立った戦闘能力は存在しない。戦闘能力が高いと逃げる気を復活させてしまいかねない、というもっともらしい理由もあるけど、単純に僕が死ぬほど弱いのだ。話にならないくらいに。
彼女のケースを用いたガードくらいは行えるけど、それを使った攻撃なんて出来たものじゃない。
だから応援に来てもらう。
周囲にいるハンターに、あるいは協会に常駐しているハンターの誰かに。
今回は、周囲にいたハンターだった。
「ハギネさん。彼女は?」
「一般人を殺していなければ、義体を与えられて怪異保護区行だな。お前の話とこいつの話が正しければ、こいつは完全なる被害者だ。今持ち主とやらを調査中で、裏が取れ次第、ってところか」
「そうですか。良かった」
身長2m越えの偉丈夫。こんなナリでも近くの大学で教授をしている教職の身で、彼を慕っている生徒も多いと聞いている。
「お前こそ、その腕は?」
「あと一時間くらいで治りますから、ご安心を」
「……治るからってなぁ。痛くないわけじゃないんだろ?」
「そりゃもう。めちゃくちゃ痛いですよ。気をヤってしまいそうなほど」
「お前にその役目を課しているのは俺達とはいえ……ああいや、野暮だったな。すまん」
ハンターもピンキリだ。ルベラと名乗った少女の持ち主のような極悪人から、ハギネさんのような面倒見のいい善人。僕のように性欲に侵された者も少なくはない。怪異は大体見目麗しいからね。死姦趣味のハンターは、数えるくらいはいる。
人間だって同族を殺すし、同族を襲う。怪異も同じだ。まぁ怪異はあんまり性欲とか無さそうなんだけど、同族殺しはする。彼女曰く怪異は人間みたいな同族と言う括りにするには多様すぎるらしいけど。
僕も彼女も、どちらかと言えばあんまりよろしくないタイプだから、ハギネさんの優しさが身に染みる。
「そいつ」
「サラさんですか?」
「ああ、変わりはないか? 暴走の兆候とか……」
「ええ、問題ありません。大人しいですよ。なんたって、僕の恋人ですから」
「そうか」
ハギネさんは深く踏み込んでこないから楽だ。その善人さが心苦しさを、心配を伝えてくることはあるけれど、こちらが大丈夫だと言えばそれ以上は来ない。大学で色々な生徒と触れ合っているから、なのだろうか。
怪異扱いはしても、サラさんを物扱いしないのも高評価。
「よし、あとは調査室にぶん投げるか。その傷、治る前に一般人に見られるヘマは」
「大丈夫ですよ。サラさんを持っていれば、僕を注視する人はいませんし」
「……そうか。じゃ、気を付けて帰れよ」
ハギネさんと、回収室の人達が撤収していく。
僕はベンチに座ったままそれを見送って。
ぶらん、と垂れ下がっていた腕を、完全に再生させた。
*
「どっちが怪異なのか、みたいな所、あると思うわ」
「そうかな? 君に比べたら可愛いものだと思うけど」
「そうね。私に比べたら。でもあのルベラという子に比べたら?」
「仕込み鋸なんて無いからなぁ」
「そう。再生に時間がかかる、なんて嘘を吐いて。死なないくせにすべての血を失ったら倒れる、なんて嘘を吐いて」
「嘘じゃないさ。倒れるけど、死ぬとは言ってない。一時間後に再生することだってできるよ。不便だったから今やっただけ」
彼女はあんまり人前で喋りたがらない。特にハンターの前では。
生首のまま、たとえ位置的に下にあったとしても、周囲を見下している。二人きりになった途端に話し出してくれる辺り、どれだけ僕を愛しているのかがわかるだろう。相思相愛だ。
「勿体ない。あれだけの血液があれば、上半身までを再生する事だって出来たわ。そうすれば胸を使ってシてあげることだって出来るのよ?」
「胸より胃がいいなぁ。肺とか心臓でもいいんだけど」
「……永樹くん、本当に悪趣味よね」
上半身まで再生したら、僕を腕で押さえつけて血液を吸い尽くそうとする癖に。
どっちが嘘つきなんだか。
「僕は相手の外身より中身が好きなんだよ」
「素敵な答えね。心から嫌悪するわ」
「勿論サラさんの顔、好きだよ? 綺麗で、可愛くて。君が吸血鬼じゃなかったら四六時中キスをしていたいくらいに」
「別に噛まないから、今、する?」
「魅力的なお誘いだけど、遠慮するよ」
根本の部分で、人間と怪異は違う。
彼女はほとんどが人間と同じ容姿をしている……容姿になれるけど、やっぱり紛れ込んでいた時から幽世が如き雰囲気があった。
怪異と人間が分かり合えると、信頼し合えると、僕は思っていない。
それでも。
一緒にいられるだけで、幸福だから。
「そろそろ日が暮れるわ。帰りましょう、永樹くん」
「うん。今日も楽しかったね」
「幸せな思考ね。羨ましいわ」
「明日もまた、僕の幸せをお裾分けしてあげるからね」
「……ええ、ありがとう」
これが、僕と彼女の日常である。
この作品には猟奇的な表現が存在します。