人類の大半が女性になった世界でも、Hをするのは大変なんです。 作:冴木凛
俺は一度目を閉じ、そしてもう一度目を開ける。それを見たソフィーアの目に、少し驚きの色が加わった。ソフィーアに一歩近づく。更に一歩。
「君……」
何かを言いかけて、ふとソフィーアが自分の胸を抱えるように隠す。
「なぜ、隠すんですか?」
彼女に手が届くところまで近づいた。そして、胸を隠すソフィーアの手をつかむ。
「ちょっ、待ちたまえ」
腕をゆっくりと引っ張ったが、ソフィーアはそれに抵抗した。
「な、何をする」
「誘ったのは、先輩じゃないですか」
抵抗するソフィーアの手をつかんだまま、空いている右手で彼女の腰に手を当てる。
「君を誘ったわけでは……わ、私はQなのだぞ?」
「ええ、そう聞きました」
「なら、なぜ」
「なぜもなにも、先輩の体に触れたいと思ったからですよ」
「私の体? こんな、男のような体に触ってどうするつもりだ」
「いや、とても、魅力的です。というか、エロいです。先輩の裸」
背中に指を這わせる。すると、ソフィーアの体がぴくっと震え、「あっ」という声が漏れた。
「エ、エロいだなんて……私は……私は……Qで……」
「先輩がQなのか女なのか、そのことと先輩の体がエロいかどうかは、関係ないですよ」
ソフィーアの目には、今や驚きの色しか浮かんでいない。もう一度ゆっくりと、彼女の腕を引っ張る。
「あっ、あっ……だ、だめだ」
もう抵抗する力は抜けていた。隠していた胸――乳房というものをほとんど感じさせない痩せた胸、そしてピンク色のぷっくらと膨らんだ乳首が再び姿を現した。
それに顔を近づける。仄かなバラの香りがした。
「な、何をするつもり……」
「舐めても、いいですか?」
ソフィーアが絶句する。しかし、拒絶という様子ではない。いや……彼女の目の奥には、『期待感』すらあるように感じた。
ソフィーアの胸に、舌をゆっくりと這わせていく。
「あっ、だ、だめだ」
ソフィーアの体がびくびくっと痙攣を起こす。
「い、いけない」
そしてゆっくりと、花の蕾のような乳首を口に含んだ。
「そ、それ以上は」
舌で転がし、そのまま軽く歯を立てる。
「ふ、は、はあぁっ」
突然、ソフィーアの腕が俺の頭を抱いた。二度、三度、体が跳ねる。一旦、顔をソフィーアの胸から離そうとしたが、反対にソフィーアがそれをさせないように、俺の頭を抱く腕に力を入れた。
「あ、あ、だめだ、だめ、あ、ああ……」
その言葉とは裏腹に、俺の口を、自分の乳首にグイグイと押し当てる。
「いけない。だめだ、いけない」
まるで、その動きが自分の意志とは違うものだと言わんばかりに、ソフィーアの腕はその言葉とは正反対に、強く動いていた。
そのまま俺をぎゅっと抱きしめる。頬に、ソフィーアの硬い肋骨が押し付けられた。それが荒い呼吸と共に動いている。ソフィーアの膝はガクガクと震えていた。
「先輩」
そっと呼び掛けてみる。するとはっとしたソフィーアは、いきなり俺を強く突き放した。胸を腕で隠し、少し前かがみになりながら、荒い息で俺を見つめる。
「レント……君は……」
「先輩の話は、分かりました。俺の答えは、こうです」
もう一度、ソフィーアに近づく。
「待て、待て、レント。き、君は、Qになりたいのか?」
「まさか。もちろん男のままがいいですよ」
「じゃあ、なぜ」
「だから、先輩が魅力的で、抱きたいと思うから」
手を伸ばす。しかしソフィーアは俺の手から逃げるように、体を引いた。
「抱きたい? この私を? Qになりたいわけでもない君が? Qである私を?」
「ええ、だめですか?」
「一体君は、何を考えているんだ……」
「何も、何も考えてませんよ。ただ欲望のままに、かもしれません。触れたい、キスしたい、そして、抱きしめたい。先輩を好きになった。ただそれだけです」
そう言ってほほ笑んだ俺に、ソフィーアはその細く形のいい眉を中央に寄せ、苦しそうな顔を見せた。
「君は……君は私の話を聞いてなお、そう言うのか。なんて……なんて、罪作りな男なんだ」
俺はゆっくりと、ソフィーアに近づき、俺よりの少しだけ背の高いソフィーアの顔に手を添え、顔を近づける。そしてキスを……
しかし俺の手は、ソフィーアによって払いのけられた。
「それ以上私に踏む込むなら、君は後悔する。それは私がQだから、ではない」
苦しそうな、縋るような表情が消え、あのいつもの、冷静で少し笑みを浮かべたソフィーアに戻っていた。
「先輩」
「確かに私は、男になりたいとは思ってない。しかし、しかし……君が私を受け止めるというのなら、私は君を頼ってしまう。すべてを預けてしまう。溺れかけたこの心を、身体を、全て……君は必ず、後悔する」
「そんなことは」
「いい、言うな」
そう言うとソフィーアは、自分の上着の内ポケットから二枚のカードを取り出し、差し出した。
「これは?」
「私と、ヤヨイのプロフカードだ。IDが書いてある」
「ヤヨイさんの?」
「ああ。Qを公言する理由が知りたいのだろう? ヤヨイにはヤヨイの理由がある」
「それは?」
「その話はヤヨイに直接聞きたまえ。私が言うべきことではない」
「……はい」
「君は……本当に私が欲しいのか?」
「ええ」
「私の中に『出す』ことはできない。君の子を産むこともできない。それでもか?」
「はい」
「軽く言う……もう一度考えると良い。忠告はした。私が欲しいなら、連絡をくれたまえ。その時に、入部を歓迎しよう。そして……君のものに、なってあげよう。私を好きにすると良い。でもきっと君は後悔する」
随分と含みのある言い方。確かに、『単にQだから』というものではなさそうだが……
「分かりました。覚悟ができたら、連絡します」
プロフカードをソフィーアから受け取る。
「私はもうしばらくここにいる。一人にしてくれないか」
「分かりました」
これ以上、ここにはいない方が良いだろう。
そのまま俺に背を向けて景色を眺め始めたソフィーアを見て、俺はそう判断し、屋上を後にした。
※ ※
ヤヨイはどこに行ったのだろう。
そんなことを考えながら階段を下りていたら、二階の踊り場で誰かにぶつかった。軽い悲鳴が上がり、倒れる音。驚いて見ると、床一面に黒いもの……大量の髪の毛が広がっていた。まるでその中に埋もれるように、正装用制服を着た女性が倒れている。
「す、すみません、大丈夫ですか?」
腕を取って起こす。女性と目が合った。俺よりも頭一つ低い。半分閉じたような気怠そうな二重の目。その奥の瞳はどんよりと曇っている。薄い唇は、真一文字に閉じられていた。
と、その目が怯えたようなものに変わり、俺の手が振りほどかれる。
「ご、ごめ、なさいっ」
視線を逸らしながらそうつぶやくと、その女性は逃げるように、長い髪を揺らしながら階段を上がっていく。
「あ、ちょっと、すみません!」
そう声を掛けたが、彼女は三階の廊下へと消えていった。
「大丈夫、かな……」
結構派手に倒れていたような気がしたが……と、床に何か落ちているのが目に入る。拾ってみると、プロフカードと、紫色の高級そうな万年筆。
プロフカードには、『雲雀シエル』という名前とID番号が書いてあった。
そろそろ昼休みが終わる。それ以上どうすることもできず、俺は急いで教室へと戻った。
※ ※
放課後、サアヤを誘ったが今日は家の用事があるらしく、「ごめん、今日は帰る」と謝られてしまった。俺はすることもなく、とりあえず自分の部屋に戻ってくる。
一息つき、そして今日手に入れたプロフカードをテーブルに並べてみた。
「なんか、今日一日で随分プロフカードをゲットしたな」
プロフカードは名刺みたいなもので、知り合ったり、紹介されたりするときに便利なものだ。
橘花ソフィーア、陣風ヤヨイ。そして、彼女たちと同じクラスの八奈ミキ。随分積極的な、明るい感じのお姉さんだった。連絡ちょうだいと言っていたな。
もう一枚、これは拾ったものだが……多分この万年筆もあの人、雲雀シエルのものなのだろう。少し、気の弱い人のように思えた。連絡して、落とし物を届けてあげた方が良いだろう。
とりあえずどんな人なのか、端末で調べてみると、五年六組の生徒だということが分かった。どうも、誰のパートナーにもなっていないし、パートナーだった履歴もない。
五年生と言うと、最終学年。もう賢者モードの人か……
あの二人はQを公言しているからだが、他の二人も、こうしてみるとQに見えてくるから不思議だ。自分でもおかしいと思うのだが、会う女性会う女性、みなQに思えてくる。これが、男子が感じるプレッシャーなのか。
自嘲気味の笑いが込み上げてきた。
まあ、いいさ。
さて、どうするか。誰かに連絡してみようかと思うが……誰にする?