人類の大半が女性になった世界でも、Hをするのは大変なんです。 作:冴木凛
魚心あれば水心あり……
通常、『Q』は、男から『性別』を奪うために、そのことを秘密にしている。バレてしまっては、男が寄り付かなくなるからだ。Qになってしまった『元男』のほとんどが学校をやめてしまうのは、そういう理由だからであるが、世の中にはどうもそうではない者たちがいるらしい。
※ ※
二人の三年生が教室を出ていくのを見届けた後、サアヤは心配そうに俺の顔を覗きこんだ。
「大丈夫? もしかして、あの人たちって」
「ん? 知ってるのか?」
「知ってるも何も、超有名人よ」
「有名人? へえ」
「ショートボブの人が
「なんだそりゃ」
「知らないの?」
呆れた顔をして、サアヤが首を振った。
「あの二人はね、Qであることを公言してるのよ」
「へ? 何でまた」
この学校に入学してくる女子のほとんどは、如何に優秀な男子のパートナーになるかを考えている。そして、その中に潜んでいるQはどうやって『男』を奪おうかと考えているのだ。
ところがあの二人はそうではないらしい。
「そんなの、知らないわよ。でも、この学校で自らQを明らかにしてるのは、あの二人だけね。だから『Q2』って呼ばれてるわ」
なんてダイレクトでイージーなネーミング……とは言わない。
さっきのことを思い出してみる。あの二人が俺に会いに来た理由はなんだろう。男を奪うためのターゲットとして、下級生を物色しにきたとか? いや、そんな話が既に出回っているのなら、ありえない。
いまいち分からないが……そう言えば部活の話をしていたな。
「サアヤは、色々知ってるんだな」
「女の子の間じゃ、そういう『情報』は直ぐ出回るのよ」
「なるほどね」
「とにかく、あの二人には近づかないことよ」
「なんで?」
「アンタ、馬鹿?」
哀れみをこれでもかと詰め込んだようなサアヤ視線。
俺、そんなに痛い子なのか?
そんな俺の手を握ると、サアヤは俺を体育館へと引っ張っていった。
※ ※
一年生の中では学科と芸術の
まあ俺はそんなものには興味がない。体育が終わり更衣室で着替えが終わると、教室に帰るのももどかしく、端末を使って成績を調べながら廊下を歩いていた。
俺の成績は平凡……そう、平凡でいい。目立てば『狙われる』のだ。
ただ、少しやり過ぎただろうか……そんなことを思いつつ、次に三年生の成績を調べる。あの二人の成績……二人とも総合順位が二十位以内であるのを見て、俺は少し驚いた。特に、あのヤヨイと言う女。
「レント、おつかれ!」
そこに、
「おう」
「何見てるの?」
「ん? 成績表だよ」
「へえ、レントも成績、気にして……って、なんで三年生の見てるのよ」
「ちょっとね」
つれなくされたサアヤは、ちょっとむっとした表情で不機嫌になる。
と、そこに、
「やあ、レント君」
同じく、体育を終えた天河キユレが、声を掛けてきた。どうも一人のようだ。キユレは少しくせっけのある巻き毛を左手でいじっている。サアヤからみれば、こいつは『イケメン』になるのだろうか。優男系というか、女装させればサアヤよりかわいいかもしれない。サアヤにそれを言ったら、シバかれるだろうが。
「学年一の『神童』に声を掛けられるとは、光栄だな。何か用か?」
俺は、取りようによっては相手を馬鹿にしたような言葉で応じた。しかしキユレは、気にする様子も無く、穏やかな微笑みを顔に浮かべている。
こういうやつって、何だか怖い。
「うん。君、面白いね」
その言葉の裏にあるものに、どこかぞくっとした。思わず表情が変わりそうになるのを必死でこらえる。
「ギャグを言った覚えはねーぞ」
「違う違う。君の成績が、だよ」
「俺の? どこが?」
「学科の素点。中間と期末足すと、六十点が並んでるね」
五教科十科目、狙った点数を取れるかどうかやってみたのだが、想像以上にうまくいってしまっていた。合計点数は表示されないだけに、誰も気づかないだろうと思っていたが……
「あ、ああ、たまたまじゃないか?」
俺はそう言って、キユレから視線を外した。すると驚いたことに、キユレは俺の肩に手を置き、耳に口を寄せる。そして、
「わざと、だよね?」
とつぶやいた。はっとして、キユレの目を見ずにはいられなかった。そして後悔する。
何か言おうとして……言葉が見つからない。そんな俺を横目で見ながら、キユレは今度は傍にいたサアヤに声を掛けた。
「
「は、はいっ」
俺の時とは別人のような声で、サアヤが返事をした。それにキユレが天使のような微笑みで応じる。
「良かったら今度の日曜日、食事にでも行かないかな」
「えっ」
サアヤは絶句し、そして俺を見た。
「なんでこっち見るんだよ。行きたいなら、行けばいいだろ」
突き放すような俺の物言いに、しかしサアヤは困った顔を見せる。
「だって……」
その視線は、明らかに助けを求めているようだ。まったく……サアヤらしくない。
「悪いな、キユレ。日曜は俺が先約だ」
仕方なく俺はキユレとサアヤの間に割り込んだ。そんな約束はしていないのだが。
キユレが俺を横目で見る。その微笑みは崩さない。それがどうにも計算ずくのように見えた。
「そう。それは残念」
キユレの涼やかな声。
「お邪魔してごめんね。じゃあ、僕は失礼するよ」
そう言うとキユレは、サアヤに小さく手を振り、この場を立ち去った。それを見つめるサアヤ。何を思うのか、それは俺には分からないが……
「せっかく神童に誘われたのに、なんでうんって言わなかったんだ?」
そんなサアヤに訊いてみる。
「うーん、だって、キユレ君にはもうパートナーが二人もいるでしょ?」
「らしいな」
「誰か知ってる? レント」
「いや、興味ねえし」
「まったく、アンタは……」
サアヤが呆れ声を出す。俺がどうみられているかは別にして、そういう方がサアヤらしいと思う。
「二年生の
学園祭は秋だ。ミスコンには、もうすでにパートナーがいる女性は出場できない。
『去年のミスコン優勝者』や『出場すれば優勝したかもしれない女性』というのは、こんな時代であっても、男を選べる立場と言える。そういう女性たちがキユレを選んだ、という事実には驚きはなかったが……
「サアヤが三人目か?」
キユレの趣味がよくわからん。
「馬鹿言わないでよ。そんなわけないでしょ」
「まあ、そうだよな。どこから見ても平々凡々なサアヤを、あいつが狙うなんて、そんながっつかなきゃいけないような身分じゃないわな」
俺はサアヤの言葉を即座に肯定した。ついでに余分な言葉も添えて。しかし、それを聞いたサアヤの顔は、見る見るうちに真っ赤になっていく。
あ、これ、あかんやつだ……
「馬鹿っ!」
サアヤの平手が俺の頬を薙ぐ。首があさっての方向に曲がりそうになるのをなんとかこらえた。
「いってぇ」
サアヤに文句を言おうとしたが、サアヤの目に少し涙がたまっているのに気が付いて、言葉を飲んでしまう。
「なんで叩くんだよ」
とだけ抗議したが、サアヤは呪い殺さんばかりに俺を睨むと、
「ほっんと、アンタって、馬鹿なんだから!」
と言い残し、走り去ってしまった。
全く、女はよくわからん。