人類の大半が女性になった世界でも、Hをするのは大変なんです。 作:冴木凛
それから四日経った金曜日。一学期末のテストが終わった後の授業は緩い。一年生は男も女も、夏季休暇まで『パートナー探し』の方が重要課題であるようで、何やら忙しなく動いている。
しかし俺の日々はというと、変わりなく普通に過ぎていっている。はずだったのだが……
「なんで今日もここにいるんですか?」
傍で何やら話をしている二人の上級生に、俺はそう声を掛けた。
「なんでと言われると……」
橘花ソフィーアが、少し困った表情を見せる。そして陣風ヤヨイに目線を向けた。
「余計なこと言うなよ」
そのソフィーアを、ヤヨイが睨みつける。ソフィーアは首をすくめて、両手を軽く上げた。
この二人、あの日以降毎日、昼休みになると決まって俺の机のところにやってくるようになっていた。しかし、俺に絡んでくるというわけではない。ただ、傍で様々な話、例えば授業の内容であったり、誰が誰のパートナーになったという話であったり、夏休みの予定の話であったりをするのだった。
「余計なことって、何です?」
「何でもねーよ!」
思わず聞き返した俺の言葉に、ヤヨイがそう言い返す。まったくもって理不尽だ。
ソフィーアの様子は、相変わらずひょうひょうとしている。しかしなぜかヤヨイは、次の日からスカートを少しずつ長くはくようになっていたようで、四日経った今、あれだけ短くはいていたヤヨイのスカートの長さは、他の女子とほとんど変わらない位になってしまっている。
「ヤヨイ先輩、なんかスカートが長くなってますよ」
「あたいの名前を気安く呼ぶんじゃねーよ」
「じゃあ、ヤヨイさん」
「ぶっ殺す!」
なにかしら地雷を踏んだのかもしれない。ヤヨイは俺を羽交い絞めにし始めた。
「く、苦しい」
腕が首に食い込んでいく。いやそれよりも、ヤヨイの大きすぎる胸が、俺を窒息死させそうで、ヤバイ。
深山レント、パイ圧で死す! うん、でもそれはかなり恥ずかしそうだ。
「で、でも、幸せ」
薄れゆく意識の中、そうつぶやいた俺の言葉に、
「ば、馬鹿かお前!」
と反応したヤヨイが、俺を乱暴に突き放した。サアヤといい、ヤヨイといい、俺はそんなに馬鹿なのか?
「いてて……というか、本当に、ここで何してるんですか?」
「ここは静かだからね。二人でいろいろ話すにはちょうどいいのだよ」
俺の質問にソフィーアが答える。
「いや、先輩たちが来るから静かになるんでしょ」
「あたいらが来たら駄目だって言うのか、ああ?」
「そんなことは、言ってませんよ」
体の前で手を振ってヤヨイの言葉を否定したが、ヤヨイはそのままそっぽを向いてしまった。
「ねえ、レント……」
突然、別の方向から声を掛けられた。見ると、いつの間にやら来ていたサアヤが、遠慮がちにこちらを見ている。
「おう、どうした?」
「あ、いや、何でもないよ。わ、私、ちょっと用事してくるね」
「ん? 手伝おうか?」
「いや、いい、いいの。一人で大丈夫だから。行ってくるね」
「おう」
来たばかりなのにそそくさと出ていったサアヤの後ろ姿を見て、首をかしげてしまった。
「なんか用があるなら言えばいいのに」
「レント君。彼女は君を心配して見に来たんじゃないかな」
「俺を? なんでです?」
「何でと言われても、そうだな、『Q2に絡まれている』からじゃないかな」
ソフィーアが珍しく、茶化すようにウィンクをする。
「ふむ……ねえ、先輩」
「何かな」
腕を組んで姿勢よく立つソフィーアは、なるほどカッコイイ。もしかしたら、女子にモテるんじゃないだろうか? 今度サアヤに聞いてみよう。
「そろそろ本当に、何の用だか言ってくださいよ。別に、俺から『男性』を奪おうと思って、ここに来てるわけじゃないんでしょう?」
「さあ、どうかな」
ソフィーアが、俺に顔を近づけてくる。どこか清々しい香りがした。ソフィーアの指がのび、俺の顎を持ち上げ……
「こうやって油断させといて……かもしれないよ」
ソフィーアが目を細める。こうやって見ると、かなり色っぽい。あー、でもこの人、Qだったっけ……
「も、もしかして、逆レイプですか!」
貞操の危機だね、うん。
そこで思わずソフィーアが吹き出した。
「……君、面白いね」
いや、真面目に言ったつもりなんだけど……
「ソフィーア先輩も、そんな風に笑うんですね」
そう指摘すると、ソフィーアは呆気にとられた表情に変わる。すると今度はヤヨイが吹き出した。
「あっはっは、こりゃ愉快だ」
「いや、ギャグを言ったつもりじゃないですよ」
「お前、頭湧いてるなぁ」
机に座ったままのヤヨイは、自分の頭を指さしながらにやにやと笑っている。
「な、何でです?」
「別に我々は男になりたいわけじゃないよ」
やれやれと言った表情で、ソフィーアはそうこぼした。
「じゃあ一体、どういうつもりです?」
「いいだろう。実は、君に提案があってね」
「はい、何でしょう」
「君、部活やってないよね」
「ええ、まあ」
「なぜだい?」
「んー、スポーツ系は全部個人競技だし、あまり興味はないです。文化部は、もっと」
「でも、成績に係わるだろう」
「まあそうですが……興味ないものは、やりたくないですから」
そうきっぱりと。それを聞いた二人は、しかし満足そうな顔を見せた。
「じゃあ、我々の部活に入らないかい?」
「部活、ですか?」
想定外の勧誘だった。そういえば、この二人の部活動は調べてなかったのを思い出す。
ふと、ヤヨイの方に視線を向けた。
「嫌なのかよ」
なんという脅し。
「嫌と言うか、せめて何部かくらい教えてくださいよ」
「ははは、それはそうだね。我々の部活は『探Q部』だ」
再び腕を組む態勢に戻ったソフィーアは、薄笑みを浮かべながら目を閉じた。
「えっと……何を探求するんですか?」
「探Q部なんだから、探Qするに決まってるじゃねーか」
呆れた口調でヤヨイがそう突っ込んできた。何がどう決まっているのだろうか……
「だから何の探求?」
「探Q」
ヤヨイが、真面目な表情で俺に訴えかけている。いや、分かんないですから。この人たち、実は頭湧いてるんじゃないだろうか。
「あー、とりあえず活動内容を詳しく教えてください」
「ふむ……レント君は、Qとは何か、疑問に思ったことは無いかな」
ソフィーアが片目だけを開けて俺を見つめている。
「んー、避けることだけを考えてましたから、何かなんて考えたことないです」
「ははは、随分正直だ。でも、実際、Qとは何か、あまりよく分かっていないんだよ」
確かに、中学校でも高校に入ってからも、教わったことは無い。
「ええ……で?」
「あたいたちは、それを『探ってる』ってわけだ。分かるか?」
「でも、先輩、Qなんですよね?」
「あ、ああ、まあ、そうだな」
公言している割には、ヤヨイの返事は余り歯切れのいいものではなかった。それを少し不思議に思う。
「Qが何かなんて、本人がよく知ってるんじゃ?」
「それが、そうでもなくてね」
ソフィーアが肩をすくめる。
「なるほど、それでQを……自分を調べてるってわけですか」
「まあ、その通り、かな」
「それ、成績に関係あります?」
「ない」
「他に部員います?」
「いない」
「そうですよねー」
そうは答えたものの、俺にしてみれば、決して成績の悪くない、いやかなりいいところにいるこの二人が、この学校にいるにもかかわらず男になることを望んでおらず、Qを公言し、そして『得体のしれない』部活動を行っているという事実のほうが、Qとは何かということよりも興味深かった。
何を考えているのだろう。
「少し、時間をくれませんか」
そう答えた俺に、ソフィーアの顔がぽっと明るくなる。
「へえ、断らないんだね」
「ええ、面白そうですから」
更に答えた俺の言葉に、ソフィーアが満足げにほほ笑んだ。
「期待以上の答え、かな」
そう言うとソフィーアは組んでいた腕をほどき、俺にまたウィンクをした。ヤヨイも座っていた机から降りる。
「いい返事を待ってるよ」
そう言い残し、二人が教室から出ていく。去り際にヤヨイが俺の方を見て、そして俺と目が合うと、プイと顔をそむけた。