人類の大半が女性になった世界でも、Hをするのは大変なんです。 作:冴木凛
「ちょ、ちょっと、レント。頭大丈夫?」
先輩二人が教室を出て行った後、戻ってきたサアヤに、二人に部活に誘われたこと、そして部活に入ろうと思うことを告げた。すると返ってきた言葉がこれだった。
「ひどい言い方だな」
思わず笑ってしまう。
「笑い事じゃないでしょ! 怪しすぎるじゃない。部活って言ってるけど、それ単なる同好会だし。成績に入んないし、それにあの人たち、Q2よ?」
サアヤは、噛みつかんばかりにまくし立てた。
「だから?」
「だからって……レント、性別を奪われたらどうするのよ」
「いや、Qだと分かってるんだから、Hなんかしないって」
「分からないわよ。あの先輩たち、見た目すっごく美人だし、レントが誘惑されてる……」
これでもかというくらい顔に心配を浮かべてサアヤが俺を見ている。
「こうやって見ると、サアヤも意外にかわいいな」
「ふざけないでよ!」
バァン!という大きな音を鳴らし、サアヤが机に両手をついた。その拍子で、ゆったり目に着ていたセーラーシャツの胸元から中が丸見えになる。ブラが胸の小ささに合っていないせいで、ブラと体とにできた隙間から、ピンク色をしたサアヤの『小さなさくらんぼ』が見えていた。
サアヤの体から漂う体臭が俺の鼻をつく。サアヤは普段から、シャボンの香りにつんとした塩気の混ざった、不思議なにおいのする体臭を気にしている様子だったが、俺からその話をしたことはない。
俺の視線に気が付いたサアヤが、慌ててシャツの胸元を押さえる。
「な、何見てんのよ!」
「いや、見たんじゃなくて見えたんだよ」
「ば、馬鹿!」
全くもって理不尽だ。怒った顔のサアヤを見ながら、俺は苦笑した。
「ど、どこまで見えた?」
「どこまでって、そんなには」
「そ、そう……べ、別にアタシの見ても、うれしくないよね」
「んなこたあ、ない」
しれっとそう言った俺の顔を、サアヤは驚いた表情で見る。そしてすぐに横を向いた。
「ね、ねえ、レント」
「何?」
「やっぱり、男の子って、『したい』って思ってるの?」
「いきなりだな。そりゃ、まあ、そうだけど」
「そ、そう……ア、アタシがレントの『初めて』に、なってあげようか」
消え入りそうな声で、そうつぶやく。
その言葉を頭で消化して……それが終わらない内に、
「あ、いや、冗談、冗談よ。真に受けないで。こないだのお返しだから」
と、サアヤは慌てた様子で笑いながら顔の前で手を振った。
「なあ、サアヤ」
「ア、アタシもう行かないと。また後でね、レント」
そして、俺が何かを言う前に、サアヤはそそくさと自分の教室へと戻っていった。
※ ※
翌日、土曜日。授業は午前で終わり。しかし授業が終わっても、二人の上級生、ソフィーアとヤヨイは現れなかった。昨日の申し出――部活への勧誘ができたのでもうここに来る用が無くなったのか、それとも他に何か用事があるのか。
返事を聞きに来るかと思ったんだが……
考えても仕方がないと思い、一旦そのことを頭の片隅へと追いやることにする。
「レント」
サアヤが教室に顔を見せる。教室の真ん中らへんで立っていた俺の傍へとやってきた。朝あった時は、昨日のことなど無かったように振る舞っていたが……
前の授業は体育だった。男女は別メニューだが、学年一斉に行う授業だ。でも彼女は体操服のままだった。
「おう」
「これからどうするの?」
体育の影響か、サアヤはまだ少し汗をかいている。昨日よりも強いサアヤの汗のにおいを感じ、ふとサアヤを見る。サアヤが少し慌てた様子で俺から体を離した。
「これから? 考えてないなぁ」
「そ、そうなんだ。アタシ、今から部活してくるね」
「おう……あ、そうだ」
行きかけたサアヤを引き留める。
「ん? どうしたの?」
「明日、暇か?」
「明日? う、うん、暇、かな」
「じゃあ、一緒にどっか、いこうか」
「へ? 何で急に?」
サアヤが驚いた様子で俺を見た。
「こないだ、日曜日に約束したって、キユレに言っただろ。そのまま全くの嘘になるのは嫌だからな」
その言葉に、サアヤの顔がパッと明るくなる。
「へえ。ちゃんと『約束』守ってくれるんだ」
「約束、した覚えないけどな」
「いいじゃん、いいじゃん。どこに連れてってくれるの?」
「どこがいい?」
「んー、どこでもいいよ」
女性の『どこでもいい』ほど怖いものはない。それは『私を満足させるところに連れていけ』という意味なのだから。
サアヤの行きたいところ……とんと思いつかない。
「じゃあ、俺の部屋に来るか」
という『かませ』からの~
「いいよ」
サアヤがぽつりとつぶやいた。体操服の裾をいじっている。
「えっと……どっち?」
「ど、どっちって?」
「行く、なのか、遠慮する、なのか、分からないぞ」
そう聞き直した途端、サアヤは不機嫌な表情になってしまった。
「って、なんでアタシがアンタの部屋に行かなきゃいけないのよ」
「なんだ、そっか。どきっとして損したな」
「えっ?」
「いいよって言うから、来るのかと思った」
「そんな訳ないでしょ!」
「そっか……じゃあ、どこ行くかなぁ」
俺は両腕を組んで考え始める。女の子とデートをしたことはないが……とりあえず、うまい物でも食わせておけば、満足するかな。
「ねえ、レント」
思案を続ける俺に、サアヤがおずおずと声を掛けてきた。
「何?」
「ど、どきって……した?」
「ああ、したした」
「な、なんで?」
「なんでって、そりゃ、なあ」
女の子を自分の部屋に呼ぶということは、まあ、そういうことだから。
「え、いや、でも、ほらアタシだよ? アタシなんかさ」
「『なんか』って言うなよ。誘ったのは俺からだし、別に嫌ならいい、気にすんな。なんかうまいもんでも食いに行こう。調べとくよ。ほれ、部活行ってこい」
俺はサアヤに、あっちいけというように手を振った。
「あの……その……」
しかしサアヤはその場から動こうとはしない。
「どうした?」
「い……嫌じゃ、ないんだよ。嫌じゃないんだけど」
「無理しなくっていいってば。悪かったよ」
「ち、違うんだってば」
「何が?」
「レント、気付いてない?」
「何をだよ」
「ほら、体育終わった後だし」
「ごめん、意味が分からない」
「その、ア、アタシ、た、体臭がきつくてさ。汗っかきで、その、特にね、腋が、その、におう……みたいでさ。あまり、他の人と狭いところにはさ、いたくなくて」
たどたどしい言葉を口にした後、サアヤは下を向いてしまった。
「お、おお、そっか」
「レントだって、本当はくさいって思ってるでしょ?」
「別に、くさくは……ていうか、俺は好きなんだけどな、サアヤのにおい」
サアヤが顔を上げる。まるでエンガチョを見るような表情。
「えっとね……汗のにおい、だよ?」
「なんか、フェロモンの匂いというか……」
「……アンタ、変態?」
「ちげえよ!」
少し声を荒げたが、サアヤは言い返すことなく、横を向いてしまった。
「ねえ、レント」
「何だよ」
「ほんとに、アタシの腋のにおい、気にならないの?」
「鼻をつけて腋をにおったことがないし。気にならないとしか言えない」
こちらが思ってる以上に、サアヤはそのことを気にしていたようだ。その割には、香水のようなものを使っている様子はない。まあ、香水のにおいをぷんぷんさせてるなら、俺はサアヤとここまで一緒にいることはなかっただろう。
「におって……みる?」
横目で俺を見るサアヤ。なんかいいなと、思ってしまう。
「変態扱いされたくはないからいい」
少しだけわざと、突き放してみた。
「お、男の子が、というか、レントが、本当はどう思ってるのか、知りたい、んだ……アタシのにおいを」
消え入るような声でそうつぶやいたサアヤ。俺はその手を取る。
「ひゃっ」
変な声を出したサアヤを、俺は密着するように引き寄せた。
「ちょ、ちょっと」
体を離そうとするサアヤを押さえ、耳元にそっと囁く。
「日曜来いよ。俺の部屋」
しばらくじっとしていたサアヤが、こくんとうなずいた。