今日は……朝一に地方支社で打ち合わせ……だったな。出張自体は初めてじゃないけど、後輩を連れては初めてのこと。それに、山下さん自身は初めての出張である。カッコ悪いところは見せられない。
色々と緊張もあったのか、俺はセットしておいたタイマーより前に目を覚ました。しかし……!?
「うをっ!?」
な、な……な……これはのんびり微睡んでいる場合じゃねぇ! この、この……眼の前の肌色は……!
「きゃっ!? あの、その……すいません……」
ちらりと見えた顔と、その声で改めて確信する。彼女は……
「や、山下さん……?」
慌てて顔を背けるようにゴロゴロ転がった結果、無様にベッドから落ちてしまった。が、おそらくマズイところは見てないと思う。そもそも彼女自身、ちゃんと手足でガードしていてくれてたし。
ということで、一旦状況を整理しよう。
後輩である山下さんと俺は、今日の九時から支社の方で打ち合わせの予定だ。そのため、昨日のうちから移動しておくことになり、このビジネスホテルに泊まっている。とはいえ、当然二部屋取らせてもらった。そして、朝に備えて各々早めに就寝。
だが、目覚めてみると……
「お、おい……俺の鞄は?」
「私のもなかったです」
内装は、泊まっていた部屋と同じと思われる。だが、妙に物が少ない。ベッド、鏡台や棚はそのまま残されているが、そこに置かれていた小物が消えている。というか、脱いで掛けていたジャケットや手荷物類がすべてなくなってしまった。それどころか、お互い素っ裸である。ゲームキャラの初期状態でも最近は下着くらい着ているぞ。
ベッドに備え付けられた時計を見てみると……デジタルで四時七分を示している。私物がなくなっているので、この時間が合っているのか間違っているのかはわからない。が、外は真っ暗だ。例え午前四時だとしても、そろそろ日の出も近い。外は薄っすらと明るくなっているはずである。というか、カーテンもなくなってるんだな……。それがあれば、彼女の身体を包むこともできただろうに。
山下さんに気をつけつつ、ちらりと後ろを振り向くと……俺が横になっていたのは、スプリングマットレスそのものだったようだ。シーツすら掛かっていない。そして、掛け布団もなくなっている。何と徹底していることか。
「部屋の中は、確認した?」
「は、はい……ですけど……」
彼女の方が先に起きていたこともあり、一通り調べたに違いない。というか、部屋から出られるなら、とっくに逃げ出しているはずだ。山下さんは、既婚者である。他の男と全裸で密室になど籠もっていていいはずがない。
なので、大方予想はついていた。外への扉の前にやってきた俺は、落胆して肩を落とす。
「……うーん……ドアノブごと無くなってるなんて……」
これは、ちょっとした事故ではない。何らかの形で明確な意思が働いている。というか、トイレの扉も掴みどころがなく、これは真剣にマズイような気がしてきた。
靴箱やクローゼットなんかも開いてみるも、備品まで含めてもぬけの殻である。そして部屋に戻ってきたが……ベッドの縁に座るくらいなら、いいよな。山下さんは奥の方で体育座りしてくれているし。
「先輩、これって、その……もしかしたら、なんですけど……」
「そうだな。俺も同じことを考えてた。これは明らかに……」
こんな不自然な状況は、他にない。
「脱出ゲームってやつだろ」
「えっ?」
行動が著しく制限され、道具も徹底的に奪われている。となれば、ひとつずつ謎を解いていけば、互いの私物も取り戻せて、部屋からも出られるに違いない。これが夢か現実かはわからないが、試して見る価値はあるだろう。
「大丈夫、こういうの得意なんだよ」
スマホアプリでさんざん鍛えたからな。とはいえ、自信過剰はいけない。
「けど……山下さんも何か気づいたことがあったら、一声掛けてくれるかな」
「は、はい……」
相方が裸でなければ、手分けして探せたのだろうけれど。うっかり事故が起きてもヤバイし。何しろ彼女は……部長の奥さんなのだから。
***
この手のゲームは、
「くそっ、ここもハズレか」
鏡台の引き出しを抜いて、その奥どころか箱自体も念入りに調べたが、結局何ひとつ手掛かりはなかった。ありがちなパターンとしては、一見ただの板だけど、ネジ回しのような出っ張りがついていて、それを使って扉を開ける……というギミックなのだが、それもない。
一時間くらい漁りまくっていたはずだが、ベッドの時計は四時のまま。電源が落ちていることもないし、完全に狂っている。こうなってくると、これは夢である公算が高い。が、こう意識がはっきりしていると、現実を疑いたくもなってくる。
しかし……
「せ、先輩……」
ここまで静かに待っていた山下さんが、ふいに俺の背中に声をかける。
「何か気づいたことでもあった?」
「そのー……どうして時計が四時七分で止まってるのかな、って」
「……! なるほど、俺としたことが!」
早く道具を集めて、彼女に何か着せてやりたい――そう考えて、物理アイテムばかりに気を取られていた。が、このような情報も重要なヒントである。何しろ、宿泊規則に関する冊子さえもなくなっていたのだ。この数値は、何らかの鍵になることは間違いない。
さらに山下さんは、とんでもなく重要な情報を思い出してくれた。
「それから、うろ覚えで申し訳ないのですけど……私が最初に気づいたときには、
「本当か!?」
だとすると、この情報は値千金である。何ひとつ変わらなかったこの部屋で、そのような変化が起きていたとなれば……
「山下さん! 俺が起きてくるまでに何をどう調べたか……覚えてる範囲で教えてくれないか?」
「えっ!?」
間違っても時間が遡るはずがない。ならば、この四時七分と八分に何らかの意味があるはずだ。
しかし……
「いっ、いえっ、それは、その……とっ、特に……何も……」
「そんなはずはないんだ! 絶対に何かしていたはずなんだよ!」
この手のゲームで、時間経過がギミックになることはあまりない。何より、俺が動き回っていた一時間で変化がないのである。間違いなく、山下さんはキーになる行動を起こしていたはずだ。が、どうやら意識して動いていたわけでもなかったようで、山下さんはしどろもどろになっている。
「せっ、先輩! それよりも四時八分について考えませんか!?」
「うーむ……それもひとつのアプローチといえなくもないけれど……」
そうだな、焦っちゃいけない。四時八分――先ずは、このスタートラインの謎を解いてみるべきか。
「4と8……共に偶数であり、倍の値であり、2の階乗でもあり……」
だが、8が7となったことを顧みると、4と8の関係性をあまり密に結びつけるべきでもなさそうだ。
「これ、そのー……48、という二桁の数値、とか」
「うーん……あながちないとはいえないな」
8から7に減ったわけではなく、48から47になった、という線は悪くない。だが、48という数字自体にどんな意味があるというのか。
ここで、分数や約数ばかりに意識が向いてしまう俺と違い、山下さんは新たな可能性を指し示す。
「48で思いつく単語や名詞とかってありませんかね」
「といわれても……例のアイドルグループくらいしか……」
芸人の方は二時五〇分だし。
「最近のものではなく、昔のことわざとか……」
「人の噂は……75日、逃げるに如かずは36計……」
ダメだ。俺にはそういう素養がないらしい。ゆえに、そちらは山下さんに任せて、俺は俺なりに考えてみよう。そもそも、最初は48だったとしても、いまは47に減っている。その理由は、なんだ。
「山下さん、もう一度思い出してくれないか? 俺が起きるまでに何をしていたのか」
そこが分かれば一気に道が開けそうな気がする。しかし……そりゃ、仕方もないか。目が覚めたら男上司が同室で寝ていたのである。それも、全裸で。慌てて混乱していた中で、偶然何らかのトリガーに触れたのかもしれない。
「それじゃ、俺は手当たり次第に何かしてみるよ。時計が変わったら声をかけてくれる?」
「は、はい……」
と言っても、他にできることなどあるものか? 仮に山下さんが目を覚ましたとして、彼女はどういう行動に出るかを考えてみる。
だが、のんびり構えていられないほど、状況は少しずつ悪くなってきているらしい。
「はぁ……あぁ……んっ」
俺の背後で、じっとしてる山下さんがつらそうだ。
「大丈夫? 山下さん」
「え」
「息が苦しそうだけど。もしかして、寒い、とか?」
幸いなことに、裸でも寒い季節ではない。が、あまり健康には良くない気がする。
「大丈夫です! 大丈夫ですから……っ!」
俺に心配かけまいと気丈に振る舞っているが、やはり彼女の服だけでも手に入れたい。
「山下さんは、ずっとこの部屋にいた?」
少しでもヒントになる情報を引き出そうと様々な角度から尋ねてみると、彼女も徐々に記憶を取り戻していく。
「そ、そういえば……玄関の方を調べてた……ような……」
「……たしかに」
やはり、真っ先に部屋から出ようとするよな。ということで、俺は再び廊下への扉の前へやってきた。が、ここもまたすでに調べ尽くしている。他の可能性を考えると……部屋からここまでのこの通路を移動することに意味がある? とりあえず、踵を返して部屋の手前まで。そして再び玄関へ。この往復の中で新たな視点で見出そうとしていたのだが……
「ん、あん……はっ……」
山下さんは、本当に苦しそうだ。熱もあるのかもしれない。
「俺はしばらくこっちにいるから寝ててもいいよ」
「はい、すいません……あぁんっ」
容態のことは気がかりだが、彼女の分まで俺が調べなくてはならない。だが、やはり……
「山下さん、時計はどう?」
廊下から問いかけてみると、彼女は疲れた声で返してくれる。
「変わり……ありませんね……」
だろうな。俺では収穫がないらしい。
「そのー……悪いんだけど、俺の代わりにこっちを調べてくれないかな」
「え?」
「多分、俺の感覚では気づかないことも、山下さんなら気づくと思って」
場所を入れ替える際には、本当に気をつけなくてはならないが。
「わかり……ました……」
ということで……先ずは、俺が部屋の隅へと移動する。もちろん、山下さんには背を向けて。その後ろを彼女に通り抜けてもらい、出ていったのを確信したところで、俺は改めて部屋を見渡す。
「……あ」
やはり、脱出ゲームも画面の中ではなく実際に参加してみると間抜けた見落としがあるらしい。
「先輩は、少し休んでてくださいね」
山下さんはそう言ってくれるが、じっとしてなどいられない。
「いや、俺はいまのうちにベッドを調べておくよ」
「え」
ずっと山下さんが座っていたこの場所は、男の俺にとって半ば聖域と化していた。しかし、ここは情報の宝庫である。ベッドをズラしたらその壁に……なんて王道だ。
とはいえ、先ずは単純なところを。ベッドの表面をじっと観察しながら手触りを確認していくと……ん、何だ?
「冷たい……?」
マットレスが、濡れている……?
「このシミは……一体……」
「えっ!?」
天井から垂れてきた……わけでもなさそうだ。様々な可能性を調べていこうとしたその矢先に――
「やめてくださいっ!」
玄関へ行っていたはずの山下さんが、俺のすぐ後ろに来てるんだ!? というか、力任せにベッドの手掛かりから引き剥がそうとして……! そんなことしたら……
「あ」
俺はとうとう、正面から彼女の姿を見てしまった……。胸は服の上から見ていたとおりに少し控えめで、けれど、色づいたところは鮮やかにツンと突き出している。
だが。
「山下さん、その手に握ってるものは?」
柔らかな乳房はもちろん気になったが、それより気になったのは不自然に握られた右手の方。中身はよく見えないが、何かを持っていることには間違いない。
「いえっ、これは!」
咄嗟に隠すように両手を背中へ回すと、今度こそ完全に魅せつけられてしまう。山下さんの柔らかそうな曲線のすべてが。しかし当然、本人もそれに気づく。
「きゃあっ!」
慌てて胸を押し潰すように両腕を前に戻したことで、俺は改めて確認した。何らかの単語帳のようなものを、彼女が手にしていたことを。
俺はここまで、典型的な脱出ゲームだと思っていた。しかし、その出発点から間違っていたらしい。
「なんだよ、これ……」
俺たちはベッドに座って会話をしている。とはいえ、向き合うことなどできるはずもなく、少し離れて、横に並んで。山下さんは、両足をベッドに上げて、膝で身体を隠してくれている。それもあり、この異質な状況でも、俺はそれなりに落ち着いていられる。
さて、彼女が握っていた単語帳のようなそれは、チケットの束だった。一辺がメモ帳のように糊付けされているが、反対側には切り取り線がついており、半券をもぎれるようになっている。
しかし、その内容は……
「『
裏面にはしっかりと図入りで解説してある。裸の女が股を開き、その間に男が腰を差し込んでいる写真である。だが……
「いや! 俺はこんなことシてないぞ! 断じて!」
「大丈夫です! ……はい、私も、されてませんから……」
俺と山下さんが、ベッドでこんなことをしているなんて……合成にしても酷すぎる。万が一、他人が――もし部長にこれを見られたら、釈明さえも聞いてもらえることか。何より、山下さんもこんな嬉しそうに微笑んでいては、合意しているとさえ思われてしまう。
そういう意味でも、山下さんが隠したくなったのは無理もない。そして、そもそもこの部屋は……
「……言い出せなくてごめんなさい。でもこれは、脱出ゲームの方ではなく、いわゆる……」
“セックスしないと出られない部屋”……
「そんな馬鹿な!」
最初に表示されていた四時八分――48という数値は、まさに四十八手を意味していたのだ。しかし……俺たちが恋人同士ならまだしも、相手は人妻だぞ!? さすがにヤバすぎる!
「ま、待て……。まだそうとも言い切れない……」
やはりこれは脱出ゲームであり、この悪趣味なアイテムも、実は謎解きに一役買っている、という可能性も残っている。もしかすると、一枚だけ無関係な情報が混ざっていて、それによって解決の糸口が見出だせるかもしれない。
そう思って、パラパラ捲っていると……おっ!
「これ、一枚だけ半券が切れて……え?」
危うく見逃しそうになったところを、俺はすぐさま引き返す。だがそれも、他のチケットと何ら変わりない。ただ、半券が千切られているだけで。
「これは……『千鳥の曲』……?」
裏面を見ると……うわ、山下さんが俺の股間に顔を近づけて……!
チラリと山下さんの方を見ると、膝を抱えて身体を隠しているが、その顔はみるみる赤くなっていく。
「ご……ごめんなさいっ!」
「え、いや、その……?」
とても申し訳なさそうだが、俺には何を謝っているのかわからない。
「私、気づいたら先輩の隣で寝てて……ふたりとも裸で……とてもビックリしたんですけど……」
山下さんは膝に顔を埋めて、消え入りそうな声で言葉をつなぐ。
「部屋の中を調べていたら、棚にそのチケット帳が置いてあって、中を見ていたら、どうしようもなく、変な気分になっちゃって……」
まあ、裏の絵面だけでもヤバイ感じだもんな。
「先輩は寝てるのに、つい気になっちゃって……それで……
そのまま……まさか……?
「ごめんなさい、
それは、まさにその千切られた写真のとおりに……!?
さすがに射精させられれば、当然目も覚める。その瞬間を、俺は目の当たりにした、ということらしい。
「ですから……その……」
山下さんは、言葉を繋ぐことなくじっとこちらに眼差しを向けている。何も言えない理由はわかるし、これまでこの事実を隠していたことについてはなおさらだ。ここまで材料が揃ってしまえば、これから行うべきことはひとつしかない。
とはいえ、相手は事もあろうに上司の奥さんである。軽々しくそのような行為に及べるはずもない。
だが……このままでは……!
「そっ、それは最終手段として……もう少しこれを調べさせてくれ!」
山下さんの視線を振り切るように、俺は立ち上がって背を向ける。あんな近くに寄り添っていたら意識してしまうし、何より……くぅ……意識については手遅れか。何しろ、このチケット帳自体、扇情的な合成写真がこれでもかというほど並んでいる。こんな状況では……
耐えきれず握ってしまった左手のぬるりとした感触に、俺は慌てて覗き見る。すると……これは、まさか……カウパー……というやつか……? トロトロと溢れ出したものが、袋の方まで垂れてきている。こんなこと、いくらなんでもありえない。一体これは……
戸惑いながらも、俺は山下さんの言葉を思い出す。
『部屋の中を調べていたら、棚にそのチケット帳が置いてあって、それを見ていたら、どうしようもなく、変な気分になっちゃって……』
まさか、このチケット帳にはそんな効果があるというのか? しかし、勃起だけならともかく、こんな状況になっては隠しきれない。何よりも……
「く、ん……ぅ……」
ゆっくり、バレないように、それでも、握った左手の動きを止めることができない。その上、背後からも怪しい雰囲気が。
「ん……ぁぅん……んん……っ」
懸命に声を抑えようとしているが、山下さんも一緒なのだろう。密かに見えないところで蠢かさずにはいられない。
我に返り、力任せにチケットを破ってやろうとするも……やっぱりダメか。破線状に切り取りやすくなっている半券さえもびくともしない。このままでは……ふたりともおかしくなってしまう!
「山下さん」
「ひゃいっ!?」
いや、このような提案をしようとしている時点で、すでにおかしくなってしまっているのかもしれないが。
「えーと……この、『
と、いきなり言ってもわからないと思うが。
「そ、そうですね……私も、そのシてしまいましたし……これはお詫び、ということで」
どうやら伝わったらしい。これが、いわゆるクンニリングスと呼ばれる前戯であることが。
俺が振り返ると、山下さんは腕で胸を抱えたまま、ぽて、と背中からベッドに倒れる。そして、足の間をおずおずと開き始めた。
「恥ずかしいから……あまり、
「あ、あぁ。目は瞑っておくよ」
と言っても、その場に着くまでは見ていないと辿り着けないわけで。
山下さんのソコは……毛も綺麗に整えられており、貝の部分はつるりと光り輝いている。それどころか……色鮮やかな部分が、そこに収まりきれていない。きっといまのいままで自分の指で掻き回していたのだろう。今度は俺が、この舌で……
足の付根と口づけを交わすように、俺は目蓋を閉じていく。そして。
「ひゃぅんっ!?」
山下さんが可愛らしい悲鳴を上げた。割れ目の中でも、やはりここが一番
「だっ、だめですぅ! そんなこと、しちゃあ……」
「ご、ごめん……」
俺としたことが、つい調子に乗ってしまった。慌てて顔を離して、チケット帳の状況を確認してみる。
「えっ」
驚いた様子で身体をもたげる山下さんだったが、時計を見れば、その変化は明らかだ。四時……六分……。そして、花菱攻めのチケットの半券も、案の定無くなっている。
これは、確定だ。いや、確定ではないにせよ、これをすべてこなしていくことが、脱出への唯一の手掛かりであることには違いない。
「それじゃ、その……山下さん」
俺は意を決して彼女に迫る。しかし――
「……いやです。こんなの」
俺の視線から逃れるように、身体を丸めて背を向けた。表情は見えないが明らかなる、拒絶。山下さんの気が重いのは当然だ。これから行われることは、女性にとって苦痛以外の何物でもない。表層を撫で合うだけでなく、より深くまで。それも、チケットの注意書きのとおりだと、夫以外の子を身ごもってしまうかもしれない。
だとしても……!
「でも、他に手掛かりが……」
「じゃあ!」
突然強くなった山下さんの語気に、俺は思わず後退る。
「他に手掛かりがあれば、私となんて……シたくない、ってことですか?」
「え……それはどういう……?」
混乱する俺に、山下さんは言葉をつないでいく。
「あんな恥ずかしいことされて……このあとも四〇回以上抱かれて……それをただ、部屋から出たいから、って理由だけで……!」
それは……彼女に対して失礼だったかもしれない。様々な事情はあるにせよ……俺自身の欲望に言い訳をすることは。
これから行われることは、単なる作業ではない。結果として変わらないのであれば、いまだけは……自分が望むままに……!
「きゃっ、先輩! 何を……!?」
俺は女のコの足首を掴むと無理矢理こちらに向けて開かせた。そして、強引に顔を突っ込んで……
「やめっ、あんっ、やめてください! こんなの……」
「やめないよ。だってこれは……」
俺が、シたいことだから。
「こんな……こんなことしても……あぁんっ」
そう、花菱攻めのチケットはすでに消化している。だから、これ以上続けても意味はない。脱出だけのことを考えれば。それでもあえて続けているのは、他ならない自分の意思。
「嫌だと言っても
「だめぇっ、もう……先輩の……ばかぁ❤」
甘い喘ぎ声と共に、彼女の足から力が抜けた。代わりに、アソコにはより一層の力が込められたような気がする。
「先輩に向かってそんなことを言う後輩には……少し指導が必要だな」
ヒクリ、ヒクリと脈打つ肉の波の、もっとも深く暗いところに、俺は指を挿し入れる!
「やぁんっ! そこは、その、そのぉ……っ」
どこまでもぬるぬると湛えられた蜜壺の中。そこを押し広げるように、俺はグリグリと突き上げていく。
「だめっ! だめなんです……お願い……やめてぇ……」
やめてと口にしても、その声色はどこまでも甘ったるい。だから俺は、さらに攻め手を強めていく。
「どうしてダメなんだ? ちゃんと口にしないとやめてあげないよ」
指を出し入れする度にちゅぷちゅぷと泡立つ厭らしい音。それを吸い込むように唇をつけると、さらにじゅるじゅると滴りが増す。
「い……言えませんっ! そんなこと……はぁんっ❤」
これは、続けてほしいという意思表示に他ならない。女のコの弱いところを重点的に攻めつつ、さらに
「だめ、だめぇ……あぅん……そんな……」
唾液など比べ物にならないほど溢れてくるとめどない愛液。それを舐め取るだけでも、山下さんの腰はビクビクと跳ね上がる。だが、これはまだ序の口だ。舌で集めた蜜を、その先の敏感なところへ……
「ひゃああぅんっ! そこっ、そこぉっ!」
やはり
「もう……ホントに……あ、あ、あ……っ」
緩んでいたはずの足をグイグイと俺の頭に押し付けてきた。けれども舌は休ませず、最後の一線を――
「あ、あ……ああああああああっ❤❤❤」
ビクビクッ、ビクビクッ、ビクン……ッ!
彼女はもう、胸を隠していない。無防備に腕を広げ、腰を激しく脈打たせている。ひと波越えても、熱くなった呼吸は収まらない。絶頂後の余韻か、身体の自由も利かないようだ。ぼんやりしているところに、俺はさり気なく尋ねてみる。
「山下さん、気持ち良かった?」
幸せそうにはにかみながら、正直な気持ちを、小さく、一言だけ。
「……はい❤」
もう先程のような拒絶は見られない。何より、俺自身が求めている。だから俺は、股から上げた頭を欲望のままに胸へと
「それじゃあ……今度は俺を気持ちよくしてもらおうかな」
「私も……先輩となら、その……なのですけど……それなら……」
山下さんは女のコとして、具体的な単語を口には出せない。けれど、言いたいことはわかる。
そして、伝えたいことだけは、きちんと。
「私のことは……下の名前で、呼び捨ててください……」
照れながらそんなことをお願いされては、もう……!
「ゆきっ!」
「あああ……先輩……っ!」
……こっちへの呼び方は変わらないんだな。まぁいいけど。この温もりの中では、些細なことなどどうでも良くなってくる。
「はぁんっ、あぁん! 先輩、先輩……!」
膣外射精禁止……といわれるまでもなく、俺の先からはずっと溢れ出していた。最初からきちんと避妊しないと、妊娠させてしまうかもしれない。だが、彼女は求めてくれている。ただ、ここから逃れるだけの手段としてではなく、すべてを承知の上で。
「いいです……先輩……先輩……あああっ」
胸を求めれば、唇をも。ただ顔を近づけただけで、俺たちはその内側までも貪り合う。
「あん、あむん、あ、ん、あん……♪」
舌と舌を絡ませ、胸と胸を押し付け合い、そしてその下では遥か
「ゆき、ゆき……俺……っ」
どんなに忘れようとしても、彼女が他人の妻であることは変わらない。ゆきも忘れてないはずだ。それでも――
「はい……先輩の赤ちゃんなら……私……」
ただ部屋から出るためではなく、その先さえも共に見つめて、俺たちは……!
ビュルッ、ビュルッ、ビュクッ、ビュクッ!
「あ、あ、あ……ああああああああっ❤❤❤」
ビクンッ! ビクッ、ビクッ……ビク……ッ!
ドクン、ドクン、と鼓動は未だ止まることはない。そして、ゆきの抱擁も。だが、時計は四時五分を示しており、チケット帳の一枚目の半券も消えている。ここまでくれば疑いようもない。だが少なくとも、俺たちはここに書かれているすべてをこなす必要がある。
とはいえ……体力は続くのか……? 何より、食事もない。それでも、何とかなってしまう気がしてくる。この、止まった時間にいるような感覚の中では。
「先輩……先輩……」
これまでとは比べ物にならない激しさに、ゆきはうっとりと力を抜いている。俺の身体のすぐ下で。あまり密に抱き合っているのも恥ずかしいので、俺はそろりと身体を起こしていく。
「ゆき、その……大丈夫か……?」
この先は長丁場だ。きっと不安もあるだろう。
と、思ったが。
「はいっ! 大丈夫です!」
勢いよく、飛びつくように跳ね起きてきたので、俺は逆に押し倒されてしまった。
「先輩となら、どんな恥ずかしいことだってしちゃいますからっ♪」
楽しげに両手に握り拳を作るゆきに、もう恥ずかしげな様子はない。むしろ健気に……抜けた俺に指を添え、自分からのしかかろうとしている……!?
「えーと、名前は忘れましたけど……ありましたよね、こういうのも」
「た、多分……」
ないはずはない。代表的な、騎乗位なのだから。
「ですから……ほらほら、ちゃんと寝てください! 次が控えてるんですから」
俺は促されて横になり、その上にゆきが跨ってくる。自分の
「はぁ……ん……あぁ……❤」
躊躇することなく腰は下ろされていく。そして、コツンと骨盤がぶつかりあったところで。
「あ、結構無茶な体位もありましたし、そっちから先にシた方が良かったですかね」
「じゅ……順序は任せるよ……」
一度男女を交わらせたことでタガがハズレたのか、ゆきはすっかり自然な笑顔になっている。いや、職場で見たどんな笑みより、ずっと可愛らしいか。
「でしたら、せっかくですし、これはこのまま進めちゃって、次は……手押し車みたいなヤツかなぁ……」
終わる前から、すでに次のことを考え始めている。ただ、それだけのことで、ゆきの
「……それじゃあ、始めますねっ」
腰をずーっと上げ、とすんと下げる。そして再びずーっと。調子も掴めてきたようで、そのペースは速くなってきた。すると、
「あっ、あっ、んっ、はっ、いい……っ」
ず、ず、ず、と楽しげに男の上で腰を上げ下げしている裸のゆきを見ていると……もう、先輩後輩の関係には戻れなくなりそうだ、と不安にもなってくる。
しかし……
「はぁ……先輩……いいですか……?」
「あぁ……とてもいいよ……ゆき……」
この先のことは、すべてが終わってから考えよう。
面倒くさそうなものは先に済ませ、わかりやすいものは最後にまとめて。道具が必要なものは、それっぽく行えばカウントされてくれた。一体何時間抱き合っていたのか、俺たちにはわからない。ただ、すべてを終え、部屋を見回したとき――すべては元に戻っていた。そこは俺が泊まっていた部屋であり、ジャケットや手荷物は戻ってきている。スマホを確認すれば、零時……一分。これには少し焦ったが、普通に時間が進んだだけのようだ。着信履歴もメッセージ着信も特になし。日付も打ち合わせ当日だし、本当に何もなかったかのようだ。
俺の部屋だけに、ここにゆきの服はない。そこで、備品のバスローブを貸して隣の部屋を確認してもらったところ、そちらも同じようにすべて元に戻っていたようだ。
戻らなかったのは、俺たちの関係だけで。
「……今夜は、一緒に寝させてもらっていいですか?」
このままひとりで眠ることに一抹の寂しさを感じていたのは、俺だけではなかったらしい。報告に戻ってきたゆきは、返却するようにバスローブの合わせを解いていく。その中は着たときのままで、再び彼女の素肌が顕となった。
しかし……ここまで一度も萎えなかった俺の
「ん、ん、ん……ほら、元気になりました❤」
「ん、ん……はむん……」
彼女は言葉にすることなく、身体で想いを示してくれる。優しい舌使いで鼓舞してくれたところを、さらに握り込んで、ゆっくりと上下に。もう、待ちきれないのだろう。
直に触れ合う快楽に没頭してきた俺たちの間に、余計なことなど頭にない。当然のようにそのまま求め、ゆきもまた、当然のように受け入れていく。
「あ、はぁ……先輩……先輩……」
しっかりと抱きしめる両手両足は、俺に対する信頼の現れ。彼女が求めていることを、俺が満たしてくれると期待して。
「はぁ……あぁ……ゆき、ゆき……」
「先輩……もっと……先輩……っ」
このまま求め続ければ、この行為ははっきりとした形で産み出されることだろう。それでも、俺たちは離れられない。ゆきの温かさの中で、最高の幸せを迎えることを。そして、ゆきもまた。
ビュルッ!
「はんっ❤」
びゅるっ、びゅるっ、と
しかし、ゆきもまた、これで打ち止めだと察してくれたようだ。
「ふふ、これでおやすみなさいですね、先輩」
「あ、あぁ……」
俺が彼女の横に降りると、シングルベッドはやはり狭い。それでも俺たちは、肌と肌を寄せ合っていた。
ぎゅっと腕を抱くゆきを、俺もまた片腕で抱き返す。少しでも、この夢から覚めないように。
***
それでも俺たちは、先輩と後輩の関係であり、彼女には愛すべき夫もいる。
「先輩、その……このタスク、今日中、でしたっけ」
「あ、あぁ……悪いけど、頑張ってくれ」
東京の本社に戻り、俺とゆき――山下さんは、再び同じ仕事に従事している。だが……俺は、彼女の温もりと、健気さと、そして、可愛らしさを知ってしまった。このように意識していては、山下部長にも怪しまれてしまう。
平静を装っていても、定時を過ぎれば職場から人が減ってゆき、ふたりきりになれば……期待せずにはいられない。
けれども、決して触れ合うことはなく。
「では、先に失礼します……」
「……お疲れ様」
二二時過ぎ、山下さんが掛けてきたのはその一言だけ。俺からも他に何ひとつ言えず、彼女はいつもどおりに退社しようとしている。
しかし。
「あ、あれ……?」
ガタガタと扉が押し引きされる音に俺はそちらを振り向いた。そして、彼女も同じように助けを求めてこちらを見ている。
「せ、先輩、扉が開かないんですけど……」
嫌な予感に、俺はすぐさま時計を確認した。すると、これは……!?
「零時……三分、だと……!?」
たったいま、二二時を過ぎたばかりのはずだ。なのに……俺のスマホも同じ時刻を差している。どうやら、山下さんのものも同じだったらしい。
あのホテルでの一夜とは、少し状況は異なる。だがきっと、根本的なところは同じに違いない。それを察して、山下さんもおずおずと俺のところへやってくる。あの晩魅せてくれた、可愛らしい微笑みを湛えて。
「あのー……先輩、これは、もしかして……」
「おそらく……だな。とはいえ……」
前回はワンルームの個室だったからともかく、今回は……どこにあるんだ? 広い部屋には机が一〇以上。この中から、あの小さなチケットを探し出せ、というのか?
俺は途方に暮れそうになるも、ゆきは物怖じすることなく、俺のジャケットに手をかける。
「でしたら……一通り、順に試してみればいいんじゃないでしょうか」
頬を朱に染めながら見上げられては、男としては拒めない。
「今夜も長くなるぞ……
「望むところです❤」
俺がブラウスのボタンを外していくと、可愛らしいブラがチラリと見えた。それを上にプルリとずらすと、中から可愛らしい蕾がこぼれ出す。
「あんっ、ちゃんと……脱がせてくださいっ」
俺のワイシャツを脱がしていたゆきが、さっと自分の両腕を広げた。それに応じて、俺はブラウスのボタンを最後まで外し、その腕から抜いていく。そしてブラも、きちんとホックを外して……ストラップをスルスルと流していった。
飽きるほど眺めたと思っていたが、久々に
「それじゃあ……まずは
「いえ……もう、
俺はすぐ、彼女のパンツに下着ごと手をかけた。そして、そのままするりと床まで下ろしていく。職場で後輩の女のコを裸にするのは、とんでもない背徳感だ。
けれども、それを感じさせない軽やかさで、ゆきはくるりとお尻を向ける。
「あ、でも先ずは
同じような軽やかさで、俺は女の裸の腰に手をかけた。部長の奥さん、という許されざる異性の
やはりもう、俺たちは……元の関係には戻れそうにない。