異世界に転生してから、二日目。
私は、基地内にある地下牢にいた。部屋の中には、簡易ベッド、テーブルと椅子。仕切りの無いトイレと洗面台があるだけ。私は、扉を背もたれに、床に座った。扉の横には、食事を乗せたプレートが、そのまま置ける台がある。すでに、その台には、朝食が置かれていたが、私は一切手をつけない。
『本当に、食べないの?美味しそうなのに』
(…食べたいけど、検証中なの)
『確かに、僕、食べなくても死なない身体だよって、言ったけどさ』
(実際に確かめたいの)
私の言葉に、転生案内人が溜め息をついた。そして、一日前に遡る。
異世界転生、初日。
異世界に転生してから、その日に、セイレーンのスパイ容疑が掛けられた私。ダイヤちゃん達に、司令室に連れて行かれたが、どうやら、司令官は取り込み中だったようで、私はとりあえず、地下牢で待機という事になった。
『やっと、君とお話しできるね』
私の頭の中で、転生案内人が、話し掛ける。地下牢に入ってから、私はずっと転生案内人と話をしていた。特に、この世界の事、自分の身体の事が気になって、質問してみた。そこで聞かされたのは。
『この世界は、君の要望通り、アズールレーンとラブライブのごちゃ混ぜ世界だよ』
(…本当に、要望が通っちゃった…)
『最初に、説明したでしょ?君の要望を聞くって』
床に座り込んだ私。茫然と天井を仰ぐ。
『勿論、君の身体の要望も。ちゃんと用意してたでしょ?』
(…まぁ、それは確かに。男になってるし、顔も。自分でも、惚れ惚れする程、イケメンなんだけど)
洗面台の上に、備え付けられていた鏡。そこに映っていた今の自分の姿を、思い出す。ダークブラウンの短髪、瞳も同じ色。目鼻立ちは、はっきりとしていて、睫毛も長い。その上、身長も高く、八頭身はありそうだ。モデルをしていても違和感はない。
(…どうして、声が出ないのかな?)
私の問いに、転生案内人は答えない。私は、溜め息を一つ。
『正直、僕もちょっと分かんないだけど、もしかしたら、その身体の持ち主が関係してるんだと思う』
(……はぁ!?持ち主って、この身体の?)
『そう、その身体の』
私の思考は、一瞬、停止した。
(…ちょっと待て)
『いゃ~、話すと長くなるんだけどさ』
転生案内人の長い説明。分かりやすく説明すると、この身体には持ち主がいて、海難事故で死んだ。そこに、私の魂を憑依させたらしい。
(まさか、この身体の持ち主、生きてんの~!?)
私は、地下牢で一人、絶叫した。実際は、声が出ないから、無言ではあるが。
『う~ん、流石にそれは分かんないし、今は何とも言えない。だから、様子をみてくれると。僕としては、ありがたいかな~』
緊張感のない転生案内人の声。私は、盛大な溜め息を一つ。
(…しょうがない。ここでごちゃごちゃ言っても始まらないし。声が出ないのは不便だけど、今は我慢するわ。でも、原因が分かったら、教えてよ!)
『勿論、ちゃんと報告するよ』
(なら、良いけど。っあ、聞きたい事が、もう一つ)
『何かな?』
(この世界での私の名前。教えて)
『倉本千尋。ちなみに、千尋って名前は、君の中の記憶を、活用させてもらったよ』
その名前に、私は『ある漫画』を思い出していた。
『それと。僕、しばらくは、君の中にいるから、何かあったら声掛けて』
そう言って、転生案内人の気配が消えた。私は、再び溜め息をつく。
(…本当、どうなるんだろう)
不安で胸が一杯だ。静かな部屋で、私は目蓋を閉じる。扉の向こう側が、次第に騒がしくなり始めた。ドアノブが、ガチャガチャと鳴り、背もたれにしていた扉に、圧を感じる。
「…開けなさい!」
怒号に、私はゆっくりと扉を開ける。そこに、いたのは、ダイヤちゃん。今にも殴り掛かりそうな表情で、私の胸ぐらを掴み、歩き出すダイヤちゃん。引き摺られる形で、私は、その後ろをついて歩く。着いた先は、司令室。
(そう言えば、まだ私の処遇、決まってなかったっけ?)
ふと、数時間前の状況を思い出す。思考が、混乱している状況だったから、確認する時間なかったけど。
(確か、絵里ちゃんいたよね)
そんな事を考えているうちに、扉が開き、ダイヤちゃんが、私の胸ぐらを掴んだまま、入室。部屋の中央まで進み、ダイヤちゃんは、掴んでいた手を離した。大きな机に、山積みの書類。沢山の本棚に囲まれた司令室。書類の山に目を通している女性。私の鼓動は高鳴った。
(…ああ、絵里ちゃんだ)
絵里ちゃんの視線が、手元の書類から、私に移った。私を見据え、怪訝な表情で、観察している。絵里ちゃんの口が開く。
「黒澤さん、何度も来てもらって、ごめんなさいね」
「…いえ、絢瀬司令こそ、お忙しいところ、申し訳ありません」
「それで?黒澤さん、彼は何者なの?セイレーンのスパイとか、話を聞いたのだけれど」
「それが、現時点では、分かりません」
ダイヤちゃんの言葉に、絵里ちゃんの眉間にシワが入った。溜め息を一つ。
「とりあえず、彼を見つけた時の状況を報告してくれる?」
「はい」
ダイヤちゃんが、私を発見した時の状況を、絵里ちゃんに話している。その間、私は部屋の中を見渡した。そこで、初めて気付いた。この司令室に、我が正妻。不動の嫁として『殿堂入り』している天城がいることに。そして、その横には、嫁ランクの上位にいるモナーク、土佐の二人がいた。
(…あ…天城!?嘘、マジで!?うわぁ、どうしよう。めちゃ可愛い!しかも、モナークまで!)
興奮気味の私。ただ、その興奮も表情に全く出ていない。恐らく、声が出ない原因と同じで、この身体の持ち主が関わっているかも知れないと、私は思った。
「…大体の状況は理解したわ。希、貴女どう思う?」
「そうやね。今は、地下牢に拘束しててもエエんやない?っとは言っても。一応、失礼な言動は控えんと」
「何故?」
「う~ん、はっきりは分かんないけど、彼はスパイとか、違うと思うんよね」
口元に人差し指を当て、天井を仰ぎながら、希が言う。
「…しかし、東條副司令」
「エエやん、ダイヤっち。何かあったら、ウチが責任取るから。絵里ちも、エエやろ?」
「…希の好きにして。黒澤さんも良いわね?」
「…分かりましたわ」
少し不満そうなダイヤちゃん。絵里ちゃん達の視線が、私に向けられる。私は、気付いてないけど。私の視線は、天城達三人をロックオン。ただ、天城達は、明らかに警戒している。
(天城に警戒されると、めちゃへこむ)
私は、視線を絵里ちゃん達に戻す。そこで、希ちゃんの存在に、私はようやく気付いた。ニコニコ顔の希ちゃんと、私に近付く絵里ちゃん。私の前に立ち。
「…貴方、名前は?」
「……」
「絢瀬司令。彼は、声が出ないようです」
ダイヤちゃんの言葉に、私は小さく頷く。私は、腕をゆっくりと持ち上げた。警戒する天城達とダイヤちゃん。右手の人差し指で、紙を指し、書く動作をした。警戒している絵里ちゃん達は、動かない。
「これで、エエ?」
希ちゃんが、私にペンと紙を差し出した。
「…ちょっと、希」
「警戒せんでもエエ人よ?彼」
「何で分かるのよ」
「…カードが教えてくれるんよ」
得意気な表情で、希ちゃんが言った。私は、希ちゃんから、ペンと紙を受け取り、机へ向かう。背中に感じる警戒の視線。
(…まぁ、出所が分からない相手に、警戒するのは仕方ない事か)
そう思いながら、私はペンを走らせた。書いたメモを、ペンと一緒に希ちゃんに渡す。
「綺麗な字、書くんやね。それにしても、これ。君のお願いなん?」
希ちゃんの問いに、私は頷いた。希ちゃんは、私の顔を覗き込む。
「希、危ないわよ」
絵里ちゃんと同じように、ダイヤちゃん達も、警戒が強くなる。私は、希ちゃんを見つめ、ゆっくりと頷く。
「…ウチが、これ読んでエエんやろ?」
私は再び頷く。そして、一歩後退。希ちゃんは、小さく咳払い。私のメモを読み始める。
『俺の名前は倉本千尋。見ての通り、声が出ない。その原因も分からない。話せる事と言えば、俺は記憶が、殆どない。覚えているのは、自分の名前と。乗っていた客船が何かに襲撃され、沈没。漂流した事だけ。気が付けば、ここにいた。信じてもらえないかも知れないが』
希ちゃんが、そこで言葉を切った。私に視線が集まる。その表情は、複雑。警戒心もあるが、どこか同情の感情がみえた。再び、希ちゃんが口を開く。
『君達が、俺に警戒するのは当然だ。信用出来ないのも分かる。だから、俺も君達の指示に従う。牢に入れと言われれば、それに従う。勿論、君達に、危害を加えるつもりもない。ただ、君達の指示に従う代わりに、一つだけお願いがある』
希の視線が、みんなを見渡し。
『俺の事は、放っておいてくれ』
「…って、書かれてるんやけど。絵里ち、どうする?」
満面の笑みの希。一同は、しばらく無言。私のメモを理解するのに、時間が掛かっているようだ。
「……信用出来ませんわ!」
一番最初に口を開いたのは、ダイヤちゃん。私に指を指し。
「そんな事を言って、油断させる魂胆見え見えですわ。絢瀬司令、聞く耳持つ必要ありません!」
「…しかし、もしそれが、本当ならどうする?」
腕組みしたモナークが口を開く。
「なら、放っておいてくれ。とは?自分に無関心になったら、好都合だからでは?」
その言葉に、モナークは小さく唸る。私は、内心ドキドキ。
(好都合なのは確か。だって)
「……では、絢瀬司令、しばらく監視を付けてはどうでしょう。それで、何もなければ、この方の要望を聞き入れても遅くはありませんわ」
天城が静かに話す。
「天城さん、監視が無くなった途端、何かするという可能性もありますわ」
天城の言葉に、ダイヤちゃんは抗議した。私は、小さく溜め息をつく。
「私達の指示に従う?なら、この場で首をはねてやるよ」
土佐が刀を抜いた。私の首に、刀が当てられ、場の空気が凍り付く。
(おおっと?異世界転生初日で、死ぬんだね。転生案内人、新記録叩き出せるよ!)
土佐の眼差しは真剣だ。私は諦めた。
「…ああ、そうか。分かった。無表情だから、分かりにくいんや」
場の空気に合わない、陽気な声でそう言って、希ちゃんは、私の前に立つ。私を含め、希ちゃん以外のみんなが、首を傾げた。ニッコリと微笑む希ちゃん。私の両手を掴み、自分の乳房に当てた。私は絶句。絵里ちゃん達も、真っ赤に顔を染めている。
(…希ちゃんの胸、柔らか!?)
しかも、唇を近付けてきた。私は、咄嗟に後退。バランスを崩し、そのまま後ろに倒れた。それは、一瞬の出来事。ゆっくりと身体を起こす私に、みんなの視線が集まる。その表情は驚き。私は、みんなのその表情に、訳が分からず。
「千尋君は、ウブやね」
悪戯に成功して、喜ぶ希ちゃんは、とても可愛かった。
希ちゃんの悪戯から、みんなの態度が柔らかくなった。その理由を、私はまだ分からず。ただ言える事は、私の監視役を、土佐と明石がする事になったという事実だ。
「…とりあえず、貴方を拘束している間、土佐と明石が監視をします。良いですね?」
絵里ちゃんの言葉に、私は素直に頷いた。土佐に連れられ、私は司令室を出る。地下牢に着くと、土佐が少し拗ねた表情。私は、首を傾げた。
「良いか。大人しくしてろよ」
牢の扉を開け、そう言う土佐。私は頷いた。部屋の中に入り、そのまま床に座り込む。
『いゃ~、大変だったみたいだねぇ』
(…そうなんよ~。危うく、初日に死ぬところだったわ。って、呑気に言ってる場合か!?)
『本当、面白いよね』
(……それより、何か分かった?)
『ああ…、すぐには分からないよ。でも、さっき表情が動いてたよ』
(嘘!?マジで?いつ?)
『えっと、君が。女の子の胸を触って』
(…いやそれ、語弊ある。私が触ったんじゃなくて、向こうが触らせた。ってのが、正解)
『ははは。まぁ、細かい事はこの際、どうでもいいよ。兎に角、胸を触って、驚いて転けた辺りかな。顔が、めちゃくちゃ真っ赤になってた』
それを聞いて、私は複雑。
(そう言えば、私の身体の要望って、どこまで可能にしてくれてるの?)
『そうだね、殆どの要望は可能になってるよ。飲食しなくても、死なない身体だし。戦闘能力もちゃんと付けてるよ』
タイミング良く、食事が来た。私は、思案して。
(…よし、今から検証してみよう)
その日から、私は断食を始めたのだった。
とりあえず、3話は、アップするよ!