クリフハートの本名バレ注意
あの日から数日、ドクターとプラマニクスが一緒に行動する事が無くなったと言うのは基地内で少し話題になったがすぐに「きっと言葉足らずで誤解を生むような事を言ったか、逆に余計な事を言ってプラマニクスを怒らせたんだろう」程度の認識に収まった。
それも、ドクターが全く顔色を変えず通常通りに働いておりプラマニクスの事を聞かれても「元から働きたがりじゃないから休んでいるんだろう」と返すからだった。
それにマッターホルンやクーリエから何も言われる事も無かったので完全に油断していたと言える。
ドクターが1人人気の無い通路を通り訓練所へと向かう道すがら、ヒュンと背後から音がしてから締め付けられる感覚を感じてやれやれと下を見たら胴体を登山用のピッケルが着いた頑丈そうなワイヤーが締めていた。
もう少し早く、自分を問い詰めに来るかと思っていたが…などと考えながらドクターは振り返る。
何となく背後の気配は分かっていたし、ピッケルが風を切る音でもう誰なのか目星はついていた。
「クリフハ「ドぉークぅータぁー……?」
鋭い目と声色が、自分への怒りを顕にしているのを瞬時に察して遮られた名前を呼び終える事無くスッ……とドクターは目を逸らす。
というかやはりクリフハートはシルバーアッシュの方に似ているなぁ、等と思考を逃げさせるドクターにクリフハートはズカズカと足音にすら怒りを滲ませながら近付いてきてドンッと胸を1発殴ってきた。
「お姉ちゃんに何したの?」
ロドス内では昔の様に姉妹として過ごす2人が時折見られる。
その時のクリフハートはとても年相応で活発さを感じさせ人あたりの良い表情しかしないのだが…。
ギロリ、と下から睨み付けてくるクリフハートから全力で目を逸らしながら何と言ったものかフル回転させた脳で考える。
そもそも、クリフハートならばいつかこの事に言及してくると分かっていたのだから言い訳なりなんなり考えておくべきだったのだが、ドクター自身その実素知らぬ顔で仕事こそすれどその内心は常にテンションは地の底であり、ずっと後悔の念に苛まれプラマニクスの事ばかり考がえておりそんな事へ思考の枠を割けなかったのだ。
「なに、とは……」
「お姉ちゃんのとこに行ったら!!すっごい落ち込んでたの!!!いつもより倍増ししてぐーたら気味だったし!!」
「…ぐーたらなのは割とよくあ「それで聞いたら『ドクターとはなにもないですよ、えぇ』って泣きそうな顔で言うんだから絶対何かあるじゃん!!!!あとこっち見る!!」
今にも唸り声が聞こえて来そうな剣幕で言われて胸ぐらを下に引っ張られる。
こんなにも野蛮でアグレッシブだったろうか…と思いながらしぶしぶクリフハートに向いた。
あと出来ればそろそろワイヤーを外して欲しいなとも思う。
というか、プラマニクスは泣きそうな顔をしていたのか……とここでさらにドクターの中で申し訳無さと消えたいと言う気持ちが強くなっていく。
「いや……その、考えの相違と言うか……なんと言うべきか……」
本当に、なんと言えばいいか分からない。
しかし下から睨みをきかせて牙でも剥きそうなクリフハートの圧には勝てない。
ので時系列で詳細は隠しながら説明するしかない、とドクターは結論付けた。
「まず、俺が疲れていたプラマニクスの肩を揉んでいた。それからプラマニクスを褒めた、そして……2人で過ごす時間だけは、素の巫女じゃないプラマニクスでいて欲しい…とお願いした…前から2人で過ごすのは俺の至福の時で好きだと言ってたからな…それで、エンヤと言う女性として一緒に過ごして欲しいと……伝えた。」
「うん…?それって捉えようによっては告白チックな……」
「そう言われたから即座に否定した。」
ギリィ!と身体に回されたワイヤーが締まって流石に少し苦しさと痛みを感じて焦る。
「そんな事自分から言っといて否定するって絶対それが原因じゃん!!ドクターさいってー!!」
「いや、しかしエン……プラマニクスはイェラグの、宗教トップでシルバーアッシュ家の長女だ…そこで肯定してもいい未来にはならないと、だな……」
「今もじゅーーっぶんに!良くない結果なんですけど!!」
「ぐぬ……」
更にワイヤーの締め付けを強くしてくるクリフハートの射抜く様な視線を浴びて、苦しさと居心地の悪さからへどもどになりながらも言葉を返せば、言い返す事が出来ない様な返事がかえってくる。
「確かに2人とも立場はあるだろうけし、いい未来は見えないかもしれないけどだからって今!ここで!折角割と両想いっぽいのに諦めていいの!?それにどんな窮地でも乗り越えるくらいの男気みせなよドクター!!」
グイグイ話しながらワイヤーを引っ張りつつそう言う。
オリパシーを患い、このままいつか病で死ぬと分かっているのに常に真っ直ぐ未来への事を語るクリフハートの言葉に胸が詰まって思わず下唇を噛む。
「あたしいつも言ってるじゃん?登頂できない山はない、乗り越えられない窮地はないって!」
ふんっ!と胸を張りながらそう言うとようやくワイヤーを解いてくれた。
そして言い終わる頃には先程までの怒りが嘘だったかのように笑顔を浮かべている。
「そう、そうだな……クリフハートの明るさに、助けられた。」
ポン、とクリフハートの肩に手を置いてそう返せば少し驚かれた。
「へぇ、ドクターってちょこっとなら笑えるんだ。」
「……笑う?…しかし、やはりプラマニクスに色々と……伝えるのはもう少し考えてからと言う事で…謝罪はしに行くが……。」
「うーん、まぁそれならいいけどね!それに、お姉ちゃん…ドクターといる時は巫女になってから初めてかもってくらい笑ったり和んだりしてるんだからね!………あ、でも次にお姉ちゃん泣かせる事があったら……」
また胸ぐらを掴んで睨み付けてくるクリフハートに「あ、あぁ。分かった。」と短く返して頷けば「分かればよろしー!」と笑顔で元気に言い手を離してくれた。
クリフハートから解放され、彼女が立ち去ってから「ふぅ」と短く息を吐いて訓練所に行くより1度甲板にでも出て頭を冷やし、プラマニクスにどう謝罪するかを考えようと向き直った時だった。
先程とは違う…しかし頭を抱えたくなる気配が近付いて来ていた。
「さっきはエンシアと随分話しこんでいたな?盟友。」
「……………シルバーアッシュ……。」
走って逃げる間もなく、クリフハートが立ち去った方向とは反対の通路の曲がり角から威圧感を湛えてシルバーアッシュが歩み寄りながら声をかけてきた。
と、言うか話しているのを知っていたならどこからどこまで……と最悪のパターンが脳裏を過ぎる。
そして何故今日、続け様のタイミングで雪豹2人に睨まれて威圧されねばならないんだと天を恨んだ。
「最近盟友が……1人でいる事が多い話をエンシアとしていたようだが?」
「あぁ、まぁ色々あってな。」
「ほう、色々か。」
あくまで自分からプラマニクスの名前を出さないあたり(拗らせてるんだな)と考えてしまう。
そしてドクターの無口っぷりではシルバーアッシュとの会話が中々続かない。
「………立ち聞きしてたならある程度は知ってるだろう。」
からのこの返事である。
シルバーアッシュが目を細め僅かに口角を上げているがそれが何の感情を含んでいるかなんて考えたくもなかった。
身長差は無いので双方の顔は良く見える。
ドクターは前髪で隠しがちではあるのだが。
「たまたまお前を探して歩いていたら話し声が聞こえたからな。邪魔してはいけないと思っての事だ。……しかしふむ、まさかエンシアにまで手は出してないだろうな?」
「出してない!!」
自分でも驚いた声量だったが、それはシルバーアッシュも同じだった様で僅かに目が開かれた気がした。
と言っても元から表情を隠すのは得意そうなので本当に少しの変化だったのだが。
「そんな声も出せたのか……まぁいい。それよりも、盟友はすでに『秘書』とそう言う仲かと思っていたが違ったのか。」
「……まだ肩を揉んだくらいしか手は出てないしそう言う仲でもない。」
「そう言う意味の手出しでは無いが……そうか、あまりにも2人でいる時の距離の近さや表情が恋人同士の様なソレだったのでな。」
カツン、と杖の底で金属製の床を叩く。
「どこを見たらそう見えたんだ……。」
「どこから見てもだが……何時だったか2人で何処からか戻ってきた時にやたら中睦まじそうにじゃれていたしな。」
シルバーアッシュが一瞬困惑したような、なんとも言えない者を見るような目をした後に軽く首を振った。
ドクターが記憶の糸を手繰り寄せるがプラマニクスと過ごした記憶はどれも楽しいものばかりで、時折尻尾で攻撃してくる事もあってそれすら愛しいのだから何をもってじゃれあいとするか分からなかった。
顎に手を当てて首を捻っていると、耐えかねたのかシルバーアッシュが軽く息を吐いてからどこで見たのかを教えてくれた。
「あぁ……あの場所か。」
それは、いつかプラマニクスのお気に入りの場所で2人仲良く珈琲を飲んだ時の帰りだった。
あの後も機嫌を損なっていたプラマニクスに別のお菓子の話やケーキがあると言う話を振っては「もういいです、私がまるで食いしん坊みたいでしょ」と尻尾で背を叩かれていたのだ。
それに対して「あまり尻尾を武器にするな。」と返せば「誰のせいだと思ってるんですか」といよいよ一周して面白くなったのかプラマニクスは笑ってくれた。
「……あの時、遠目ながらも何時ぶりに見たか分からぬ表情で笑っていたのを見て、……お前には更に信頼を置いたのだがな。」
シルバーアッシュの尾を見れば、それは早めのスピードで揺れていて少し苛立ちのような感情を抱いている事を察知させた。
「……すまない、俺は……少し、恐れ過ぎていた。」
「…そうか、しかし忘れるな。このシルバーアッシュはお前を認めていると言うことを。……たとえこの先、どうなろうとお前は止まる様な男ではあるまい?」
真っ直ぐにシルバーアッシュを見詰めるドクターを見て、その心情と覚悟を読み取ったシルバーアッシュが「やれやれ」と言わんばかりに少し微笑みながら目を伏せて首を振ってからそう言った。
「あぁ、何を考えているか分からない……と良く言われる俺が、型にハマった行動なんてするものじゃないな……。まして自責と恐れで惚れた女を泣かせるなんて……」
と改めて決意を固めるドクターをシルバーアッシュは満足そうに眺め、先程からシルバーアッシュ同様ドクターを見定めるかのように目を光らせていたテンジンもバサリ、と翼を1度羽ばたかせた。
そうして漸く覚悟を決め、プラマニクスの元に向かおうかと思った矢先に通信機に連絡が入る。
『ドクター!近くの市街でレユニオンらしき暴徒が…』
と火急の要件を伝えるアーミヤの声が焦りを含んで状況を説明する。
「了解した、すぐに部隊を編成したら出陣する。各職員達にも帰還した時の治療の準備と出発の為の用意を頼んでおいてくれ、それから…………あぁ、あとは頼んだ早急に向かう。……と、言うことだ…頼めるかシルバーアッシュ。」
「ここでの指揮官はお前だ、お前は思うままに私を使えばいい…そう伝えているはずだが?」
アーミヤに指示を与えながら通信を終えると同時にシルバーアッシュにそう告げれば自信に満ち溢れた男が杖を再びカンッ!と慣らしてから頷く。
それだけの自信が俺にもあれば、とドクターは少し考えてからシルバーアッシュと並んで早足で出陣の用意の為に通路を駆けた。
その間に
「そう言えば先程、肩を揉んだくらいだと言ったが……思い返せばお姫様抱っこもした事があった。………すぐに下ろしたがあれだ、見た目の通りでとても柔らかかった。」
「……………盟友、私はお前を信頼しているし見込んでもいるが……もし万が一今回の戦場でテンジンがあらぬ軌道を描いてお前に体当たりしてもただの事故だと思ってくれ。」
と言うやり取りが行われていたそうだ。