気付こうと思えば気付けたのに、意識をプラマニクスに集中させ過ぎて敵の気配に気付けなかった己の不甲斐なさを呪うしかない。
だからプラマニクスも泣かせたしシルバーアッシュも怒ったのだ、当然だ。
仲違いしているとは言え妹が危険に晒されたんだから…。
などと血で汚れた服を脱がされ半裸になり、傷口の手当をされた後ガーゼと包帯で顔の片側を覆われ豊富に用意されている医療用のベットの上に放置され医務室で1人掛け布団に下半身を突っ込んだまま座るドクターは頭に片手を当ててため息を吐きながら考えていた。
あの後大慌ての医療オペレーター達に簡易的に手当され、そのまま急いで基地まで連れ戻され医務室で手当てされながらアーミヤやケルシーにしこたま文句を言われた気が……する。
それと言うのもプラマニクスが気になって、危険が無くなった今は他の事柄に気や思考をやる余裕がなく疎かになっていたからだ。
だから言われた事の半分以上は覚えてない。
ただ「大人しくしてろ」と言う言葉に対して頷くまで圧をかけられた事だけは覚えており、今だってプラマニクスの元に走って行きたいというのに我慢していたのだが(そろそろ抜け出そうか…)と考えていた時だ。
顔を見たいと思ってやまなかった人物の気配が近付いているのに気付いたのは。
「……来てくれたのか。こっちから行こうかと思っていた。」
「大人しくしてろ、って言われた意味…分かりますか?」
そう呆れながらベットの横に置かれていた椅子を調整しながらプラマニクスはドクターの見える視界側に座る。
「………分かっているがさっきは話の途中だった。」
そこまで言って、プラマニクスの目元が赤くなっている事に気付いて口を噤んだ。
「……そう言う顔、しないでくれません?………もう、嫌です…疲れました。」
それからプラマニクスに絞り出すように言われた言葉と、その表情にハッとさせられる。
突き放す様な言葉と裏腹に彼女の顔は、あの日「告白」か聞かれ否定した自分のそれに似ていると本能的に察した。
「貴方のいつもいつも足りない言葉を補うのも、言葉の真意をはかるのも……行動だって予測できなくて突然私を喜ばせる様な事をしたり突き放そうとしたり突飛なくて……今回だって、私の事ばかりで……貴方はそんな顔になったのに…」
俯きながらも辛いのを耐えようとするように下唇を噛んで、固く膝の上でその手を固く握り元より白い手は更に血の気を失って白くなっていて、そんなプラマニクスの手をそっとドクターが握ろうとするも、それをはらわれる。
あの日の様な拒絶、それでも今回手を離してしまえばきっともう二度と掴むことが出来ないと反射的にその手首を掴んだ。
「だから!「話を聞いてくれ!」
自分でも、懇願するかのような必死な声が出て驚きかけたが目の前で一瞬たじろいだプラマニクスに言葉が詰まる。
「……俺は、言葉を上手く紡げない……エンヤを前にすると尚更そうで…今からの事も、途切れ途切れになって言葉につまづいて、誤解させるかも……、しれない……それでも、最後まで聞いてくれ。」
プラマニクスの目を見詰めながら改めて手を握ると今度は振り払われる事が無かった。
「……最初に、見た時から……俺の全てを、奪っていた。……一目惚れだった、だが……立場もあるし、俺の様な不器用で無愛想な男では振り向いてもらえないと……」
1拍置いてから深く短く息を吸う。
「……しかし、エンヤは……次第に俺に心を開いてくれているのが分かって……怖くなった。このまま大きくなる想いも、それを告げても、いつか離される日がくる……ずっと一緒に居ることは叶わないと……だから、俺は逃げた。俺も…疲れたんだ、この何処にも行けない気持ちを抱えたままエンヤと過ごす事に。」
笑顔がみたい、でも見れば手離したくなくなる。
声が聞きたい、けれどいつかは聞けなくなってしまう。
ドクターの視線は気付けばベットの波打つシーツの海に逃げていた。
言葉を紡ぐために定期的に短く深く深呼吸しなければ、窒息死してしまいそうになる。
静まり返った部屋に聞こえる機械の控えめな音が鼓膜に刺さるようだった。
尾と耳が緊張で張り詰めて痛い。
「……あの日から、考えて考えて……そして今回ようやく踏ん切りがついた。もう好きじゃない……俺との関係を終わりにしてくれ。」
ビクッとするプラマニクスが誤解せぬように手を掴む手に力を込めて今度は深く深呼吸して、彼女が口を開くより早く言葉を紡いだ。
「それで、新しく始めてくれないか。……好き…ではなくて愛しているに変わってしまった……俺の視界が半分無くなったのなんて気にならない……例えこの先がどうなったって構わない、どんな障害が立ち塞がったって絶対に壊してやろうと思える程に…『エンヤ』が欲しい。」
そう言うとようやく力を込めていた耳と尾が脱力する。
言いたい事は言ったからあとはもうどうなろうと良いと思った。
「……………。」
「…………………。」
沈黙が痛い。機械の駆動音が責めてくる様に感じる程にこの空気に耐えられそうにない。
そうして沈黙に耐えかねたドクターが口を開こうと僅かに口を開けた時、プラマニクスが片手を伸ばし頬に触れた。
「自分の事を、大切に出来ない人にそんな事言われたくありません。」
言葉とは裏腹に、プラマニクスは微笑んでいる。
「…っ、すまない!今度からはエンヤの次に自分を大事にする!!」
思わず声を張れば、クスッと笑ってくれる。
ドクターとしてはここが踏ん張りどころであり真剣なのだが。
「口説き文句もまぁ……ドクターとしては頑張った方かと思います。そうですね……そう、とても嬉しいですよ?こんな事の後でなければ。」
プラマニクスの感情が読み取れないが、そこはかとなく怒っているのが伝わる笑顔で言われドクターの耳が後ろに倒れる。
そう言われてしまえば言葉に詰まるしかなくなり再び小さな声で「すまない…」と返すしかない。
「出会った時からそうでした、無愛想で何を考えているか分かりにくい。人の事を振り回すのに意識してない…本当に、本当に疲れるんですよ?今もそうです、普段からこんなに話さないから溢れた想いがひたすら言葉になっていて……予測のつかないことばかりして……そんな貴方から目が離せなくなってしまった私も大概なんですけどね。」
そう口にしたプラマニクスが、そっと立ち上がるとそのままドクターを抱き寄せたのだった。
「私が、しっかり見てないとますますダメになりそうですから。えぇ……無茶苦茶な言葉でしたがそこまで言って下さるなら…これからも貴方の傍に居て差し上げましょう。それにこんな貴方の面倒を見れるのは私だけです。」
抱き寄せられて、今まで嗅いだことが無いほど胸いっぱいプラマニクスの香りに包まれて一瞬(こんな幻覚を見る程に自分は血を流しただろうか)と疑う程だった。
そもそも顔に当たる感触だって…柔らか過ぎて(やはりこれは鎮痛剤が効きすぎて見ている夢か?)と沈黙しながらパニックに陥っていると上から柔らかな声色の声が聞こえてくる。
「私も沢山気持ちを我慢してきて…………って、今もしかして凄い失礼な事考えてますか?」
「………柔らかいなとか、いい匂いがするとかでこれは夢や幻覚だったかもしれないと考えている。」
「今言うには素直すぎる感想ですね、本当にペースが掴めないと言いますか……けど、これは夢じゃありませんよ?」
「そう……らしいな。」
自分を抱き寄せているプラマニクスの腕にそっと触れながら顔を上げると、同じようにこちらを見ているプラマニクスと目が合う。
こんなに意識しながら間近で顔を見る事は、お互いあっただろうか。
ただ惜しいのは、ドクターの視界が半分になってしまった事だろう。
今少しだけ彼は悔やんだ。
「……やはり、何度見てもエンヤは綺麗だ。」
「…ありがとうございます。」
「……独り占めしたい、誰にも渡したくない。」
「子供ですか?それに……これからは1番近くで私を見れるでしょ?」
そう言いながら少し顔を近付け、言い聞かせる様に話しながら包帯越しにドクターの顔の傷を優しく撫でる様に指を滑られせるプラマニクスに、言い様のない興奮を覚えてしまう。
「……それは、今……は止めてくれると助かる。」
色々誤魔化すべく身体を動かせばプラマニクスが何かを察したのか少し顔を赤くして小さな声で謝罪した。
「……嫌ではないが、今は困る………また今度別の機会に頼めるか?」
「むぅ……もう、そういうのは頼んだりするのではなく……いえ、ドクターにそう言う空気の読み方を求めるものではありませんね…。」
「何かおかしかったか?」
「いえ……お気になさらず……色々と先が思いやられますねぇ。」
眉根を寄せて何か粗相をしただろうか、と僅かばかり表情に出して不安げにしているドクターに眉を下げながら笑うプラマニクス。
こんな人でも、私は心奪われて目が離せなくなって……立場を捨てて好意を受け止める事を選んだのだ。
自分も彼と同じように悩んで気持ちに蓋をしようと努めた事も、好意を自覚してはいけないと戒める日々もあったのにいざこうして想いを受け止めて、両想いになってみたら今までとあまり変わらないではないか。
と思うとプラマニクスは可笑しくなって笑ってしまった。
もうとうの昔に、2人の想いは隠して誤魔化して消せない程に大きくなっていたのだ。
先の事が不確かな2人でも、何故かこのドクターならどんな困難や障害がきてもそれを乗り越えて……否、壊して新しい道を掴み取ってしまいそうな気がしてプラマニクスはドクターと額を合わせた。
ようやく、ようやく暗かった世界が明ける。
たとえ未来の見通しが悪くともきっとどうにかしてみせようと。
「…これからもよろしくお願いしますね?私の大好きな、」
これは、以前たった1度だけ言われたドクターの本名だった。
ドクター『 』はアーミヤが呼んだ名前であって自分が唯一覚えていた本名は別にあると。
「あぁ……、愛しいエンヤ。これからも傍にいてくれ。」
ゴロゴロ、と低くドクターの喉が鳴る音を聞きながらプラマニクスはそっとその額に口付けるのだった。
「あ、ですがドクター?」
「なんだ?」
「………今度自分の身体を危険に晒してその後まっっったく自分に無頓着だったりした時は………分かりますね?」
「あ、あぁ……、肝に命じよう。」
そしてこのカランドの巫女の威圧のあと、しばらくして現れたクリフハートにしこたま怒られて怪我が増えそうになったのは別の話である。