「あのさぁ、………お姉ちゃん。」
プラマニクスが妹であるクリフハートと、クリフハートの自室でカップに入れた飲み物片手に大皿にドクターに買わせたお菓子を広げいつもの様に世間話をしていればクリフハートが何か意を決しつつも、言いにくそうに口を開いた。
「どうしました?エンシア。」
「ドクターのことなんだけど……あの天然と言うか、こう……変なとこでストレートな性格どうにもならないよね?」
「変な、ところで………。」
会話から出てきたドクターの話題と『変なところで』の一文だけで凄まじく嫌な予感をプラマニクスは感じてしまう。
背中にいやぁな汗が伝うのを感じながら先を促す様に見ていれば苦笑いとも取れる笑みの妹が目をそらし、コップの淵をなぞりながら事の顛末を話した。
「2、3日前なんだけどさ………、」
ーーーーーーーーー、
それはクリフハートが購買部の近くを通りながら『今日は何をしようかな』と考えている時の事だった。
ロドス職員の…仕入れ担当者だろう人物を捕まえて何やら話しかけるドクターを見かけ、からかおうと思ったのだ。
姉であるプラマニクスとドクターが恋人同士であるのはロドスで知られる所であり、ある時1日中まったく姉の姿を見掛けておらず「もしかしたら!」と思っていたところで『俺の自室でプラマニクスが動けずに寝ているので仕事は出来ない』と言う話をドクターがしてしまいオペレーターたちの前でケルシーとアーミヤにドクターが叱られる事件があったのは記憶に新しい。
その日はすぐに姉に連絡してドクターの自室に行ってプラマニクスをからかったのだが、体が痛むのかたまに眉間にシワを寄せながら揶揄う妹をたしなめつつも常に幸せそうに笑っていた姉の表情と、ずっと上機嫌にゆっくりと揺れる尾を見て心の底から「良かった」と思ったものだ。
だからこそ紆余曲折はあったももの今は色んな意味で家族に近い認識を抱いたドクターにクリフハートはだいぶフランクに接している。
「ドークター!何してんの?お姉ちゃんへのプレゼントでも買うの?」
ドクターに声をかけながら押したところでビクともしないのは知っているので背中を押す。
そんなクリフハートにゆったりとした所作で振り返ったドクターは口を開いた。
「いや、ベットを新調しようと思って、な……ふむ、ベットの新調は言われてみたらプラマニクスの為にもなるか?」
言葉の途中で何かに気付いたドクターがこう言った時にピタッと周りの空気が変わり、クリフハートの視線の先にいた仕入れ担当者もバツが悪そうに頬をかきながら視線を逸らす。
そしてこの時クリフハートは悟った。
碌でもないことになる事を言った、と。
「……さっきのベットへの注文だが、硬くないの他に激しく動いても壊れない、音がしにくいも追加してくれ。」
そんな周りの固まった空気など一切気にとめず平然とドクターは言ってしまった。
当然だ、恋人と1番濃く深く愛を語る場所が安いスプリングの軋みで煩くシーツが爪なんかで破れたりしたら雰囲気も台無しになる、だからこのオーダーは胸を張っていいものだ。
しかし購買部近辺に沈黙が流れたあと、それを壊すようにゲラゲラと笑い始めたのはスナック菓子を手に持って近くでこちらを見ていたラップランドだった。
「アッハハハ!!ド、ドクター!君ってそんなに激しいんだねっ!いや、いやうん、確かにその身体だし戦う時も激しかったから当然かぁ……ソッチ方面は大人しいかな?とちょっと思ってたけどなるほど、そっかそっか。けど、壊れないっベットって……ベットより先に彼女を壊さない様にしなきゃね?ハハハ!」
ドクターに近付いて肩を肩を叩きながら笑うラップランドにクリフハートはもう何を言っていいのか分からず黙し、仕入れ担当者は虚無を見詰めドクターはドクターで「ソッチについては労るのが大事だからな。最初は静かな方で力加減は得意だし心配無用だ」と付け加えたせいで更にラップランドがツボって笑いながら腹を抑えてしゃがんでしまう。
ドクターとしてはなぜラップランドがここまで笑うのかは分からないが、まぁ面白い事があるのはいい事だなと解釈している。
「最初は静か」という事はお互いにヒートアップしたら激しくなっている、と暗に伝えているにも等しいのだと無論気付いていない。
見るに耐えかねたのか、弓の手入れ用の道具を物色していたらしいメテオが困ったような様な笑顔を浮かべながら歩み寄る。
「ドクター…そうね、あの……あまりそう言うのは言わない方がいいと思うわ。いえ、とても彼女を大事にしてるのは伝わるのだけど……」
「む……?そうなのか。まぁ大事にしてるのが伝わればいい。激しくなるのは、」
「だから、そう言うところよ!言わなくていいの!」
とうとうラップランドは耐え切れず床で笑い転げる程になりメテオも聞きたくもないであろうドクターと、最近能力の関係でよく戦地で組まされる同僚のそう言う方面話を危うく聞かされかけて赤面しながら注意し続け、クリフハートもこんな状況に巻き込まれるとは全く予見しておらず揶揄うとかイタズラしようとか言う目論見はとうに消え失せ、仕入れ担当者は置物になっていた。
ーーーーーーーーー、
「っーーーーーー!!!」
予想以上に問題を起こしていたドクターの話を聞かされたプラマニクスから綺麗なソプラノの高音叫び声が出ると共に。
そのまま顔を覆ってしまった。
当然と言えば当然である。
「お姉ちゃん!?そんな声出るの!?じゃなくて…とりあえず常にドクターの手綱をお姉ちゃんが握るか……うん、これは人前で言うな!って事を教えてあげた方がいいと思うなぁ……ドクター下衆な感じでワザと言ってる訳じゃなくて明らかにお姉ちゃんへの好意とかを口からそのまま出力してるっぽいし…。」
「分かっていました……数日前から私を見る周りの目が労る様な感じだったりメテオさんに「大変かもしれないけど頑張ってね」と突然言われたりしたので彼が何かやらかしたのだろうとは……ですが、そこまで……はぁ…もう関係性が周知されているとは言え彼に注意すべきですね。私と周囲の為に。」
カップに注がれたぬるくなったお茶を飲み干すと善は急げとプラマニクスはクリフハートに「ドクターを探してきます」と告げて立ち上がると部屋を後にする。
その背中に手を振りながら他者との会話の中でドクターを呼ぶ時、いつの間にか『ドクター』から『彼』に変わっているのに気付いたクリフハートはニヤニヤしながら姉の変化を喜ばしく思うのだった。
クリフハートの部屋を後にしたプラマニクスが、ドクターの居場所を探して歩いていると最近着任したばかりのヴァーミルとイフリータ、それからフロストリーフ達にお菓子を渡しているドクターを見掛けた。
思えばドクターは以前からまだ幼さを残すオペレーターの事を良く子供扱いしていたなぁ、とプラマニクスは遠巻きに見ながら思う。
3人の頭を雑に撫でればイフリータからは手を払われながら、苦情を言われフロストリーフからは「優しく撫でれないのか」と文句を言われヴァーミルだけが比較的大人しく撫でられていた。
偶然揃っただけの様な面子は、ドクターがその後ノソノソと歩き出せばすぐに散り散りになったので後をついて行ったのだが……
「ドクター!相変わらず鍛えてるねぇ、今度またあたし達と手合わせしてよ!」
「そうだぜボス!またハチミツ集めたからよ、トレーニングの後皆で食おうぜ!」
ドクターが、分け隔てない男である事は知っていた。
知っていたがまさかああしてエフイーターやビーハンター達にベタベタ胸やら腹部やら体を触られたり腕を引っ張られても、いつも通りぼんやりしながら「あぁ」とか「そうだな」と返すだけに留め好き勝手触らせ続ける程とは考えて無かった。
確かに彼女達の様な力の強いウルサスの、特に武闘派気質の面々には気に入られやすい体格と力量を持っているしスパーリングの相手も彼女達の様に快活で本当に身体を動かすのが好きなオペレーター達だと知ってはいたが……。
(流石に、目の前で見るとモヤモヤしますし……ふつふつと怒りがわきますね…。)
一言文句を言ってやろうと、訓練所の前でまだ引っ付かれたたままでこちらに気付かないドクターに歩みを進めた時だった。
「テメェ!そんなとこで何してやがる!!」
と、力強い咆哮の様な声がプラマニクスの後方から飛んできた。
ビーハンターとエフイーターも音の出処の方を向いてプラマニクスと背後の人物に気付き、これにようやく振り返ったドクターが「プラマニクス?」と言うので声をかけようとしたが、それより早くズカズカと早足でドクターに歩み寄って物凄い勢いでケリをその横腹に入れた者がいた。
「ズィマー、いいケリだな。」
「軸ズラして急所を避けやがった癖になに言って…、じゃねぇ!テメェは自分の女の前でナニ他の女に囲まれてるとこ見せてんだ!あと邪魔だ!!入れねぇんだよ!」
そう言われてようやく蹴られた横腹を抑えていたドクター含めた3人のうちの誰かから「あっ」と言う声が聞こえて慌ててエフイーターとビーハンターは謝る為にプラマニクスに近付いた。
「あちゃー、ごめん!つい今までの癖でさ…あのドクター相手だから全然変な意味はないんだけど次からはしないよ…。」
と手を合わせて謝るエフイーターに
「ボスはただの喧嘩仲間だから気にしないでくれよ!ボスはあの性格だからアタイそう言う意味じゃタイプじゃねぇし心配いらないぜ!」
と言うビーハンターのセリフからそこはかとなく2人からのドクターの内面に対しての微妙な評価をくだされながら謝られてプラマニクスの溜飲は下がっていた。
それに2人の後ろでズィマーからみぞおちを殴られて呻いたドクターを見たおかげでだいぶ満足したのだった。
満足はしたが、だからと言ってプラマニクスの不満が全て解消された訳ではなくそのままドクターは彼女に連行されていた。
もう怒りは収まりつつあったものの二重にお灸を据える意味を込めて怒っていると態度に出しながら「着いてきてください」と言えば、トボトボとした様子で尾を項垂れさせて着いてくるドクターの様子が可笑しく少し笑いそうになるのを耐えながら歩いて向かうのは、2人のお気に入りの場所だった。
「全く、貴方への小言が増える事になりました。」
「す、すまん……。」
「内容を聞いてないうちから謝らないの!さて、まず1つ目ですが……」
お気に入りの場所に、先に座り自分の横を叩いてドクターに座るよう促せば肩を丸めていたドクターが身を縮めながら座った。
それからクリフハートから聞かされた話の内容についてドクターをたしなめる。
そう言う話をされると恥ずかしくて外を歩けなくなるから止めて欲しい、それに周囲も聞かされたら困るでしょう?と。
「それに……そう言う話から色々連想する人がいないとは限らないでしょうし。」
と、これは念には念を入れた釘刺しとして言ってみたが…言っておきながらもし下世話な妄想をされたらと我ながら考えてとても嫌な気持ちになってしまった。
「っ!そうだな…すまなかった。エンヤとの事を考えるとつい、嬉しい事ばかりで口が変に軽くなってしまってな…それに確かにもし仲間であれそんな事をするやつがいたら俺は許せない。」
そう、本当に申し訳なさそうに眉根を寄せながらプラマニクスを覗き込むために背を丸めて謝って、それから怒気を僅かに含ませるドクターのおかげで先程の嫌な気持ちは霧散していく。
こんなに彼は表情が変わるものだったか、それとも自分だけが気付けると言う特別感なのか分からないが、そんな気持ちが不快感を打ち消すに足りたのだ。
「ふふっ、分かってくれたなら次から本当に気を付けてくださいね?それからさっきの、」
続きを言う前に服の袖を引っ張られ、プラマニクスは止まった。
「それは、俺が先に謝罪しよう……エンヤ以外の女は等しく同じか、幼ければ面倒を見る位の認識しか無かった。殴ったら簡単に死にそうか、殴り合うに足るかくらいの違いで……俺が抱きしめたい、身体を繋げたいと思うのはエンヤだ「そっ、っ〜!もう分かりましたから!!」
怒られた子供の様に袖を引っ張ってきたドクターに呆気に取られていると、続いた言葉に更に驚かされて思わずドクターの口を手で塞いだ。
「だから、そう言う…繋げたいとかあんまり口にしないでくださいと言ったばかりでしょ!?」
塞がれたままの状態でモゴモゴと言い返すドクターに手がくすぐったくなり手を退ければそのまま手首を掴まれる。
「2人きりの時はいいだろう?……ただ、こっちは約束はしよう。もうあんな風に人に身体を触らせない…他に約束して欲しい事が出来れば言ってくれ。俺には言われなければ分からない事が多くて……すまない。」
言いながら、隻眼を閉じてプラマニクスの手にそっと口付けるドクターの言葉と動作を取りこぼさない様に見ていると本当に先が思いやられると思いながらも、惚れた弱味なのかそんな欠陥すら愛おしく感じてしまう。
「2人きりの時は……まぁ、許してあげましょう。それから、私が怒ったらちゃんとその都度教えてあげますから1つも忘れないでくださいね?もし忘れたら……そうですね、今度は凍らせるのは脚だけじゃすみませんよ?」
耳を伏せながら揶揄う様に、微笑みながら言えばドクターの尻尾と耳が立って焦ったような表情になるのが面白くて笑いがこぼれた。
ドクターにとって、「愛し合う2人の仲睦まじさを語る」事がなぜ控えるべき事なのか理解出来なかった。
しかし今日プラマニクスに言われ、それが自分の落ち度であると言う事をしっかりと理解し深く反省した。
自分から恋人の良さを語ると周りに奪われる可能性だって出てくるし、不埒な輩が出てこないとも限らないのだと。
そんな危険な事をしていたと痛感し、二度とするまいと思った。
2つ目、これに関してはイマイチ理解出来なかったがプラマニクスが心底嫌だという雰囲気を醸し出していたので誓ってもうしないと心に決めた。
ドクターの中で「殴り合っても平気もしくは立ち回れる者」「力があったとしても大人が保護しなければならない者」「殴ったら容易く死ぬ者」そして「プラマニクス以外の女」「敵か味方の男」程度のざっくりとした認識で人を見ていたからだ。
だからプラマニクス以外の女性に身体を触られてもそれがどれだけ魅力的な肉体をしていようと、ドクターにとっては「プラマニクス以外」であって身体まで繋げたいと思えないからだった。
自分は理解出来ていない事が多すぎると、申し訳なくなりながらもプラマニクスの手に自分なりの愛情を込めてキスを落とせば、きっと冗談ではない台詞が返ってきた。
(シルバーアッシュ家の血筋だ、きっと本心だな)
そう思えば自然と焦るかのような対応になってしまって、それがプラマニクスには面白かったのか笑っている彼女の姿を見ればこのかけがえない笑顔の為にも言われた事……プラマニクスの願いは全て必ず叶えようと心に誓って、そんな彼女を見ていればふと唇を重ねたくなったドクターがいつの間にか距離を詰めていたプラマニクスの腰に手を回して抱き寄せる。
そうして抱き寄せられれば、まだ少し恥じらいを見せながらも身を委ねてきたプラマニクスに、優しく口付けるのだった。