Am/8:00
「今日は雨だな…。」
「そうですね…故郷では雪ばかりだったので目新しくもありますが…髪の毛の手入れに少し、手間取ります。」
執務室でずっとデスクに向かっていたドクターが顔を上げ、ソファで編み物に勤しんでいたプラマニクスに向けて言えばため息混じりに手を止めて、自分の髪をいじる彼女からそんな返事がきた。
予報でもそうであったように今日は午前中は大雨で、夕方から夜にかけて曇りとの事で先程見た窓には、大粒の雨が無数に叩き付けられて流れ落ちていた。
ロドス艦船の汚れも落ちそうだ…と考えながら少しだけ雨粒の流れを目で追ったのを思い出す。
「…今日は、お気に入りの場所には行けんな…。」
「むぅ……仕方ありません。また別の日にしましょう。」
本来なら今日は仕事の合間に休憩としてプラマニクスと彼女のお気に入りの場所に行こうと話していたのだが、あの場所は雨が振り込んでしまうのでこんな大雨の日には到底出られる物ではなかったし、雨が止んでもきっと濡れていて座る事はままならないだろうと断念せざるを得なかった。
「あぁ……しかしそうだ、エンヤ知ってるか?」
「はい?」
「雨上がりの空は素晴らしいと聞く。大気のチリや汚れが雨に混じって落ちて、空気が掃除されて…綺麗になるそうだ、雨が上がったら空を見に行こう。」
このドクターは本当にこういう事を思いつくとすぐに口に出すのだな…とプラマニクスが編み物を編んでいた手を止め、尻尾をゆっくりと1度揺らしてドクターに微笑みかけた。
「えぇ……もちろん、喜んで。」
『雨上がりの空は綺麗だから見に行こう』だけならロマンチックな誘いなのにわざわざ空が綺麗になる理由を添えてしまうから彼は彼なのだ、と再び作業するためデスクに向き合ったドクターを見ながらプラマニクスは1人でクスッと笑いながら再び編み物を再開するのだった。
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PM/22:00
オペレーターに昇進に関しての手続きをしてもらった書類に目を通しまた足りなくなりつつある作戦記録をまとめ、それから製造所や発電所への配置票を整理して勤務時間を管理する…それらの仕事をしていたらすっかり夜になっていた。
プラマニクスはそんな仕事の途中で部屋に帰ってしまった。
なんでも読みかけの本をドクターの自室の机に置きっぱなしにしたのでそのままゴロゴロしながら読みたいとの事。
もうほとんどのプラマニクスの私物はドクターの自室にありさながら同棲の様相になっているのでドクターも好きにさせている。(あとアーミヤももうツッコミを入れる事は無くなった)
そうしてドクターの部屋で先日届いたばかりの新しいベットの上で、ドクターの帰りを待ちながらも読んでいた本を読み終え(ドクターはまだ仕事だろうか)と考えながらふと小窓の外を見たプラマニクスの目に飛び込んできたのは、今朝の雨が嘘のような満点の星空だった。
いつ雨が止んだのか外の音が聞こえない部屋にいたので分からないが、窓越しにみる濃紺の空に星が煌めく光景は窓枠によって1枚の絵画のように切り取られて見える。
プラマニクスはそれに気付くとドクターとの個人用の連絡末端を手に取って手早く彼に『仕事は終わりましたか?甲板で会いましょう』とだけ送ったのだった。
「まさか、夜になってここまで晴れるとはな…。」
「曇り、の予報はハズレましたね。」
2人並んでまだ水溜まりや雨露の残っている甲板に1歩出て、空を見上げたドクターが先に口を開く。
雨上がりの独特な香りとじっとりとした空気がまとわりついてくるがこうして何時もより澄み切った星空を、愛しい相手と見ているからか、それを不快には思うことは無い。
丁度仕事を終え、自室に戻る途中だったドクターと甲板に行くなら…と紅茶をボトルに入れて用意したプラマニクスはタイミングよく通路の途中で合流することが出来た。
曇りの予想はなんだったのかという程に邪魔な物が存在しない星空は美しく、2人の視線を釘付けにしている。
「満天の星空、と言うやつだな……」
「雪がひとしきり降ったあとの空も澄み渡っていて綺麗ですが……雨上がりの空もなかなかですね。」
そう言ってドクターは横で紅茶をすすってから返事をしてきたプラマニクスに振り向いた。
「むぅ?どうしました…?」
「エンヤ、ちょっとこっちに来てくれ。」
そう言うが早いかドクターはプラマニクスの肩を抱いてから顔を覗き込んだ。
「こうして傍で星を見る方が、何倍も格別だ…。ところでエンヤ、あの星の並びだとどちらが北になるか分かるか?」
「えっ?え、えぇ…ええと……なんでしたっ、け。」
突然される行動には慣れたとは言えやはり不意打ちで顔を近付けられてピッタリと密着されるのは慣れないし胸も高鳴るものでプラマニクスは紅茶を注いだボトルを両手で握ったまま視線を泳がせる。
と言うか最初はロマンチックな事を言ったのになんで直ぐにそんな実用的な話を?ともプラマニクスは考えずにはいられなかった。
「ふむ……イェラグだと星の見方や星座なんかの位置、逸話も変わってくるだろうか……星座や星の名前でだいたい方角がわかるんだが……俺が知っているのだとな、」
そう言うなりボトルに添えていたプラマニクスの片手を掴んで離させるとプラマニクスの手のひらを包むように拳を作った。
(もう身体を重ねた仲とはいえ、これは……)
不意打ち続きで高鳴る心臓のせいでドクターの話がろくに頭に入ってこない。
拳1つ分が角度としては何度で、人差し指と親指を広げたのが15度だから親指と人差し指の先にあるのがどんな星かと言われても、そうして解説する度に指を絡ませながら解説するもので話を聞く所ではない。
顔には熱が集まってしまうし星空とドクターの横顔を交互に見るのに必死でまったく解説が入ってこないので「そ、そうなんですか。」といったような生返事しかできないでいる。
「……こうして方角が分かれば……、離れ離れになっても距離を測ってまた会えるだろ?エンヤ。」
そう言われてハッとしたプラマニクスがドクターの顔を見ればドクターも同じようにこちらを向いていた。
どこか寂しさを滲ませるように見えたドクターの優しげな表情に魅入ってしまう。
「えぇ……きっと、会えますね。たとえどれだけ離れる事になっても……私も必ずまたアナタと出会う為に尽力します。」
もうとっくに貴方を手放したり、貴方から離れる気は無いですけど…と言う言葉は飲み込んでドクターに微笑み返す。
プラマニクスはドクターの手から己の手を離してコートの襟を自分側に引っ張りながら背伸びして、夜空と同じように深く濃い青色の瞳に吸い込まれるままドクターに触れるように口付ける。
顔を離してからふと我に返って赤面するが、ドクターは少し驚いたように目を開いた後プラマニクスの腰を抱き寄せて顔を近付け、額同士を合わせた。
言葉を交わさなくてもなんとなく、お互いに「この先もこうしてずっと2人でいたい」と思っているのが伝わって心が満たされ軽くなるような感じがした。
「これから私が見る景色の中に……必ずいてくださいね?ドクター。」
「あぁ、もちろんだ……俺は何があってもエンヤの傍で同じ景色を見て、お前の世界にいる。」
「ふふ、そう言ってくれるのは分かっていましたが、やはり言葉にされると嬉しいですね。………ねぇドクター、いつか一緒に故郷の……イェラグの空も見ましょう?」
「そうだな……是非とも見たい。その時は今日のように、エンヤと2人で。」
ふわりと微笑んでスリ…とドクターの額に自分の額を寄せ返す。
そんなプラマニクスを見ながらドクターは更に強く(エンヤと引き離されてたまるものか)という気持ちを胸に刻むのだった。