「ドクターも、ここがお気に入りの場所になったんですか?」
プラマニクスが、巫女としての職務の一環でロドス基地内に持ち込んでいた書類に目を通し終え一息着こうと、眺めのいいお気に入りの場所に向かえばそこには先客が座っていた。
「……ん。今回は俺が先にいた、脚を凍らされる言われはない。」
歩みを止めずにそう尋ねれば座ったままのドクターはちらりと視線をプラマニクスに移してそう返す。
初めてこの場所で会った時、サボりを邪魔されてはたまらないと反射的に攻撃の体勢に入りかけたのをドクターは忘れてたおらず、こうして時折蒸し返してからかってくる。
しかし顔は何時もの無表情なので人に寄っては嫌味とも受け取れるが…
「むぅ……揶揄うんだったら少しでも表情筋を動かすべきですね。まるで嫌味か脅しの様に聞こえますよ?」
「顔を……ふむ…。」
大きくてフワフワとした尻尾で座るドクターの背中をペシリと叩いてから、拳2つほど空けて隣に座る。
背中を叩かれても逞しい身体はびくともしないが言われたドクターは自分の口角を触って首を傾げる。
「えぇそうです。ちょっとは笑顔の1つでも作って見たらどうですか?」
「…………どうだ?」
何とか自分なりに少しは微笑んだつもりなのだろうが、それはプラマニクスから見てあんまりにも不器用で名状し難い顔だった。
「フッ、フフッ…それは、ええ、えぇ。いえ、その顔は…んふっ、あまり…人に見せない方がいいですね。」
思わず笑いが込み上げて彼女の方が笑ってしまったのを見てドクターは「プラマニクスが言ったんだろう……」とだけ呟くとなんとも心外だと言わんばかりの顔をし、それがまた面白さに拍車をかけてしまう事になってプラマニクスはしばらく笑ってしまった。
「ふぅ……こんなに笑ったのは久しぶりの様な気がします。」
自分の目元を指先で拭う動作1つにドクターが心奪われている事など知りもしないプラマニクスが、そう言って遠くを見詰める。
「確かに、そんな風に笑えるんだなと思った。」
「む……失礼ですねぇ…笑うことも出来ないドクターには言われたくありません。」
そう言い合いながらドクターは思い出したかの様に脇に置いていた保温ボトルを空けるとカップとして使える蓋に中身を注いでプラマニクスに手渡す。
「ふむ……これは……コーヒー、ですか。」
「お前の味覚に合わせてミルクと砂糖たっぷり入れておいた。……いつも紅茶だと、俺が飽きる。」
「小馬鹿にしてます?…と言うかそれならわざわざ同じ物を飲まなくてもいいじゃないですか…。」
けれど、自分が前にコーヒーを苦いと零したのをしっかりと覚えていてくれたドクターが、甘く苦味の少なくなったコーヒーを用意して持っていた事に胸中が暖かくなって行くのをプラマニクス自身感じていた。
「……いや、俺がプラマニクスと同じ物を口にしたいからな。」
コーヒーの入ったボトルを手にしたままドクターはプラマニクスの顔を見てくる。
「……そう言うところ、天然なんですか?」
と返してカップの中身を飲み干すと、ドクターは意図を測りかねているのか首を傾げてていたのでそのままカップを返す。
そして、ドクターはあろう事かカップを拭くでもなくそのままボトルの中身を注ぐと自分もそのカップでコーヒーを飲んだ。
「………甘すぎたか?」
親指で自分の唇についたコーヒーを拭ってからプラマニクスを見てそう尋ねてくるドクターの、一連の行動にプラマニクスが止まっている事に彼が気付いて眉根を少し寄せた。
「……どうした?やはり甘すぎたか?それで不機嫌に…。」
「どうしたらそう………違います。違うんです……ただ、私が変な事を気にしてしまっただけです。」
このままだと謝罪されると思ってそうでは無い事だけ告げる。
せめて自分が飲んだ箇所と違うところから飲んでくれればいいのに、なんで同じところから飲むのだろうとか。
それをドクターは全然気にしていないのに自分だけがまるで少女の様に間接的にキスをした事に動揺しているのも驚いてしまって。
それに、言葉が足りてない人なのに時折私を混乱させる事を言ったりしたりする。
気を張り詰めていないサボりの時の顔が好きだと、私と同じ物を口にしたいと言う。
時折作戦でも考えているのかと酷く真面目な顔をしながら、布団の寝心地の悪さについて悩んでいたり普通に食事の事を考えていたりする。
巫女の職務とロドスの傭兵業務が重なって多忙だった時『 休め』とぶっきらぼうに言われてソファに無理に運ばれた事もある。(この時は流石に抱き上げられた瞬間お互いに慌て、すぐに降ろされて歩いて向かったのだが…。)
この時(この人はこんな顔もするのか)と珍しい物が見られて少し得した様な気持ちになった。
今だって、きっと彼女の頬には寒さとは関係ない朱がさしているはずなのにドクターは相変わらずの顔だった。
しかし、はっと何かに気付いた様な顔をしていつも着ている上着の胸元のポケットに手を入れた。
未だにザワつく胸中に振り回されているプラマニクスの目の前に包みに入ったお菓子が差し出された。
「これを忘れていた……菓子だ。茶請けが無いと、気にしていたんだろ。」
お菓子が欲しくて俺を見ていたんだな?間違いあるまい、とどこか自信さえ感じさせるドクターの雰囲気にプラマニクスは再び時を止めてしまう。
「……やっぱり凍らせていいですか?」
そして動き出したプラマニクスの口から出た言葉に本日2度目の「なぜだ。」と言う表情を浮かべたドクターの手から奪い取る様に包みをひったくって気持ち乱暴に開けてから雑に口に入れる。
「ゴミ、捨てておいてくださいね!」
それっきりドクターと目を合わせぬ様にそっぽを向いて尻尾で床を叩くプラマニクスを見ながら「菓子が気に入らなかったのか……」と呟いたドクターの腕をバシンと尻尾で叩くのだった。
ーーーーーーーーーside.Drーーーーーーーーー
間接キスになっていた、と気付いたのはドクターを見たまま硬直したプラマニクスを見た時だった。
だから思わずコーヒーが甘すぎたから不機嫌になったのかと切り出した。
我ながら、間接キスが嫌だったからと言われる前に張った予防線としてドクター的にはいい返しだったと思っているのだが、プラマニクスは「変な事を気にしただけだ」と言ったきり顔を合わせたまま視線だけ泳がせる姿に彼は(やはり間接キスが嫌だったのだろうか)と思ってぐるぐると思考を巡らせた。
プラマニクスの頬が少し紅くなっているのも先程吹いた風のせいで寒くなったからだろうと予測を立てる。
そして何とか思い出したのは、プラマニクスに渡そうと思って貰った菓子の存在だったのだが……。
これで機嫌がとれるだろうと踏んだ目論見も虚しくハズレ何故か不機嫌になったプラマニクスにそっぽを向かれてしまったのだ。
しかも「菓子が気に入らなかったのか」と聞けば尻尾でまた叩かれる始末であった。
しかし、最初の頃は事務的な会話ばかりだったのに、今では尾で叩いてきたり軽口を言ったり…不機嫌になっても自分の前から去ろうとしないプラマニクスを見ていると、ここまで心を許して貰えていると言う事実が嬉しくて彼の胸は満たされると同時に締め付けられる程苦しかったのだった。