プラマニクスは先程ケルシーと出会い頭に
「ドクターにこの前の戦闘映像の最後の編集をしてくれと、コレを渡しておいてくれ。」
と言われて作戦記録が詰められた封筒を渡された。
周りからの扱いとしてドクターとプラマニクスはニコイチで、ドクターが見当たらなければプラマニクスに聞けばいいし逆ならば聞く相手も逆にする、と言う風潮がオペレーターや職員達の間に生まれつつあった。
それはそれで悪い気がしないと、片隅で思いながら封筒を手にドクターに教えられている情報を頼りに頭の中でルートを構築する。
ドクターなりの気遣いで、よくシルバーアッシュが通ったり居座る場所をプラマニクスは伝えられていたのだ。
だからそこを避けて今の時間帯にドクターがいるであろう場所に目星をつけて移動する。
(この時間で……、今日はそんなにデスクワークが無いと言ってましたね。……そうなると今いる場所は、)
とチラリと時刻を確認してから向かう先は訓練所だ。
ただでさえ自室にもトレーニングマシーンを沢山置いているというのにうちのドクターは「万が一に備えて自分も鍛え抜いておくべきだ。あと身体を動かせないと死ぬ」と言う考えの元、空いた時間を見付けたりわざわざ纏まった時間を作っては筋力トレーニングやスパーリングに勤しんでおりそのおかげで虎の耳と尾に相応しい屈強な肉体を持っている。
「むぅ、やっぱりここにいましたか。」
そうプラマニクスが訓練所の中を覗きながら告げる。
訓練所の一角で、ドクターは上半身裸で逆立ちの状態で少し腕を曲げた体勢をキープしている。
備え付けのタイマーを見たら時間が10分以上は経過しておりまさかこの体勢をずっと続けていたのかとプラマニクスはドクターから目を逸らしながら思った。
「ん……プラマニクスか。…あと5分待ってくれ。」
コチラを見る事無く逆立ちを続けるドクターの体をチラリと見る。
記憶が無い…とはいえ彼の体には縞模様に混ざって大小の傷があった。
果たしてこれは本当にドクターに付くような傷なのか……どちらかと言えば戦場に立つオペレーター側なのではないか?とプラマニクスは疑問に思うが真相は分からない。
「5分間、私はドクターのこの姿を見ているしかないと……。」
「そうなるな。」
キッパリとそう言い切ったドクターを見て、要件を伝えて帰ると言う選択肢を捨てたプラマニクスが近くにあったベンチに腰掛けて封筒を横に置いた。
ドクターの姿を見ながら(しかしよくもまぁ彼の生活リズムが分かるようになったものだ)とぼんやり思う。
最初はなんで配属されたばかりの自分が秘書に任命されたか分からなかったが「ドクターである自分の傍にいればサボっていてもバレない 」「秘書になっていれば、多少ズル休みの融通が効く」とドクターはこっそり教えてきた。
私の性質を加味したとしてもだからといって入って日が浅い自分を秘書にする理由にはならない、と思ったのだがこれ幸いとそれ以上突っ込むことは無かった。
しかし最初は全く何を考えて何を言い出すか分からなかったのだ、このドクターは。
ある日普通に並んで次の戦地の戦闘シュミレーションをタブレットを見ながらしていたら突然ドクターが「白いな。」と呟いた。
プラマニクスが「はい?」と聞き返したら「いや、プラマニクスは髪も肌も白いな、と……。」と、言ってタブレットに添えられた自身のゴツゴツとして傷だらけで血色のいい手と彼女の手を見比べて「俺と比べたらなお白く感じるな……ところでこの高台なんだが」とそのままプラマニクスの返答を待たずしてまたシュミレーションの話へと戻ったのだ。
この時?マークを大量に浮かべ軽く混乱しながらも何とかシュミレーションの話に持ち直したのが懐かしい。
それが幾つもの戦場を渡り、仕事を共にこなすうちに何となく主語や確信的な部分が抜けがちで突飛なドクターの会話を理解できるようになったのだ。
最近では「ドクターがちょっと何言ってるか分からないから翻訳して!」とクリフハートこと、妹のエンシアに頼まれた事すらあった。
そんな風に出会った頃と今とを頭の中で比較していると、トンッと軽い音がしてドクターがようやく普通に立ち上がる所を見た。
床に投げてあったタオルを手に汗を拭きながら歩寄ってくる。
兄…シルバーアッシュが来ていた時遠目に2人を見たことがあるのだが、身長はたぶんそこまで変わらないのに体格差のせいなのかドクターの方が大きく見えてしまい何故笑みが溢れた事があった。
優越感、に近い様に感じたがついぞその反応と心情の答えは見付からないまま今に至る。
「プラマニクス……なんだ。」
「なんだとはなんだ、ですよ……ドクターにお仕事……で、す。」
やれやれ、と顔を上げてドクターに封筒を渡そうとしてぴたっと視線が釘付けになった。
汗を拭う為なのか何時もは顔を少し隠すように長い前髪が雑にかきあげられて顔がハッキリと見えてその双眸がしっかりとプラマニクスを映している。
しかも要件を聞くためなのか多少前屈みになっているドクターの顔が思ったより近くにあるのだ。
それを見て上がる脈拍を抑えるのに尽力し、何とか視線をずらすも彼は今半裸で鍛え抜かれた筋肉が惜しげも無く晒されているせいで下方には向けられず、だからといって顔も見れず少し視線を泳がせた後に何とか脇に目をやりドクター越しに壁を見る。
「封筒…………またデスクワークか……。」
そんな彼女の状態を分かって居ないかのように「はぁ」、と短く溜息を吐きながら尾と耳を下げるドクターの姿が目に入る。
既に何度か目にしているプラマニクスだが毎回物珍しいドクターの様相を独り占めできるのは特権だと思いながら今回の落ち込み具合も…目を逸らしつつ見ていた。
「えぇ、ですので早く終わらせる為にも早急に服を着て執務室に戻ってくださいね?」
と言えば「む。」と短い返事をしてからドクターは1歩下がり
「すまない、汗をかいていたのに近付いて。……少し待っててくれ。」
そう言うとまた封筒を返してきてから足早に踵を返してシャワー室の方に向かっていく背中を見る。
「これは………執務室には一緒に戻るから待て…と言うことでいいんですよね。」
封筒で口元を隠すようにしながら1人呟いて尾をゆっくりと揺らす。
短く息を吐いて、先程まで見ていたドクターの身体や顔を思い出しては忘れようと務める。
プラマニクスの中に芽生えたドクターへの感情は昔兄と呼んだ者に抱いた尊敬から、既に信頼を超えて恋慕の範疇に片足を入れていた。
しかしそれは『伝える事も叶うことも無いのだろう。だから諦めろ』としっかり自分を律するものの…
シャワーを素早く浴び、ノシノシと言う効果音が似合う足取りで何時ものドクター衣装…少しシャツがキツそうな物を着た彼が、機嫌がいい現れだと言わんばかりに尾をゆったり揺らしながら近付いてくるのを見てしまうと蓋をしようとした気持ちがまた頭をもたげ始めそうになる。
「待たせた。」
それだけ短く言って、待っていてくれたのが当然だからという態度で手を出してくる。
一瞬何を求めているんだろうか、と考えてからすぐに封筒だろうと思い直して淡い期待をかき消す様に封筒を渡す。
「むぅ……私が待ってるのが当たり前だとでも言わんばかりですね……はい。」
「待っててくれたからな……差し出すのは手でも良かったんだぞ?」
渡された封筒を手にしながら、開けて少し中身を確認しつつそう言うとドクターはプラマニクスとのすれ違い様にそう言った。
「冗談だ、怒るな。……仕事が待ってるから早く戻ろう。」
「怒ってません!それにそう言う冗談は控えた方がいいですよ、そもそもドクターの場合その顔のせいで冗談が分かりにくすぎるので。」
後ろを着いていく事無く振り返っていたプラマニクスが、先程の言葉に怒ったのかと勘違いしたドクターのセリフに怒り気味に返して後を着いていく。
「今怒ってるじゃないか……。すまなかったと言ってる、許せ。」
そう言って振り返りポンッとプラマニクスの頭の上に、ドクターの手が1度置かれてすぐに退いて行く。
「………本当に貴方と言う人は何がしたいんですか。」
なかなかに自分もマイペースなだと思っているのに、このドクターも負けず劣らず…というか上手を行く自由人か、飛び抜けた朴念仁と言うレベルのマイペース人であることだけは分かる。
諦めようと、忘れようとする気持ちに何度も踏み込まれて来て結局恋慕と叱責で心は板挟みのままになる。
執務室へ向かう道すがら、「俺は、俺がやりたい事をしているだけだ。人様に迷惑のかからない範囲で。」と言うので思わず立ち止まり「もう人を散々振り回してますよ。」と言い返せばプラマニクスに向いたドクターが僅かに驚いたんだと分かる様な顔をして見せる。
本当に僅かな瞳の変化だったのだがそれでもプラマニクスには十分に伝わり、
「なに驚いてるんですか……。」
と言っていたら、たまたま横を通りかかったエクシアが「えっ!?リーダー今驚いてたの!?」と正しい驚きのリアクションをしてみせたのだった。