「購買センターで買い物したいんだが……。」
「クッキーでお願いします。」
「……善処しよう。」
こんな会話が繰り広げられたのは仕事に疲れはじめたつい数十分前の事だった。
この短いやり取りだけでドクターが休憩を兼ねてプラマニクスと購買部に行くのを希望していると彼女は気付く事が出来るようになっていて、そしてドクターもプラマニクスが着いていくのに報酬を要求する事も織り込み済みだった。
「……購買センターの菓子はよく買い占められると聞くから、あればいいんだが……。」
「そう言えばそんな話を聞いたような気がしますね……。無ければ他の物でも構いませんよ?」
「あぁ。」
ロドス基地内部でこの2人が並んで歩く時、軽口や雑談を交えながらプラマニクスに目線を合わせようと少し猫背になるドクターの姿を見ている戦闘や仕事で一緒に過ごす事が多い戦場に出るオペレーター達では無い職員達は(イェラグの巫女を『あの』ドクターが口説き落としたのか?)と誤解する事が多いらしい。
購買部や共有の休憩スペースでも姿を見かけた時はだいたい一緒。
購買部で物を買う時、離れた位置で品物を見ていても気付けばどちらかが近付いて並んで品定めをしているし、菓子類を買う時等お互いが手にした物を見比べている姿など恋人同士と勘違いされてもおかしくないものだった。
「……そう言えば。」
購買部に到着してプラマニクスが早速お菓子を物色しに行く後ろを着いて行こうとしてドクターは足を止める。
「どうかしましたか?」
と、プラマニクスはドクターではなくお菓子の棚に目を向けたまま人差し指を顎に当て様々なお菓子の中から何を買って貰うかを吟味しながら聞く。
「クロージャに頼んでいた物が………。」
それだけ言ってノシノシと購買部の各々が注文している品物が届くコーナーに向かうドクター。
そしてプラマニクスは珍しくまだ誰にも買われていなかった、高級そうな缶に入ったクッキーとチョコの箱を手にご満悦といった風だ。
そんなプラマニクスの元にノシノシと戻ってくるドクターが缶と箱を見てからちらりと金額を見て一瞬肩を落しかけるもプラマニクスの上機嫌な尾の揺れとその幸せそうな横顔が目に入ればそちらの方が優先事項で「それだけでいいのか?」と尋ねる。
「んー…そうですね。今日はこれくらいでよしとしてあげましょう。」
と、笑いながら振り返りドクターに缶と箱を渡そうとしたプラマニクスだったがドクターが両手に抱えた大きな箱に目が行く。
「それが欲しかった物ですか?」
大きな箱の上に当たり前の様にお菓子を乗せようとするプラマニクスに合わせる様に、ドクターが箱の位置を下げて乗せやすくしつつ頷く。
「そうだ、少し前に……頼んでな。」
「ふむ、ドクターがそれなりの大荷物を……ですか?」
大きな箱の上に箱と缶を乗せてからようやくプラマニクスが「あっ」と言ってから「カゴがあった方が良かったですね」と、待つように告げるとカゴを取りに行く。
待つように言われたドクターがそのままボーッとお菓子の棚を眺めならがつったているとクロージャが寄ってきた。
「ハロー!ドクター!基地内デートの真っ最中かな?」
手をヒラヒラとさせながら、そういつもの調子で声をかけてくるクロージャを一瞥する。
「……デート?誰とだ。」
「いやいや……、まぁドクターだもんね。仕方ないか……。」
(これで付き合ってないんだもんなぁ)と内心思っているクロージャに疑問符を飛ばすドクターに対し、呆れを通り越しここまで朴念仁が過ぎれば一種の才能になるか、とクロージャが関心しているとプラマニクスが戻ってきたのに気付いたドクターのがゆらり、と横に大きく1度揺れた。
「2人の邪魔はしないけどさ、ドクター言うことあるよね?」
わざとらしくプラマニクスが戻って来てからクロージャが腰に手を当てながら言えば、何かを思い出した様にドクターはクロージャに向き直した。
「あぁ………そうだったな。仕入れリストにない物を頼んだと言うのに入手してくれて助かった。感謝する。」
「どういたしまして〜、それじゃあごゆっくり。」
来た時と同じ様にヒラヒラと手を振りながら立ち去るクロージャだけが、2人の事をずっと見ている2つの人影を捉えていたのだった。
「仕入れリストに無いものを、わざわざ注文したんですか?」
物欲には乏しそうなドクターがそうまでして…?とプラマニクスは疑問に思いながら尋ねる。
プラマニクスが手にしたカゴを受け取って自分の荷物と彼女のお菓子をそこに入れながらドクターは頷く。
「……まぁ、ここではあまり欲しがる奴もいないような物だったからな……、それでもどうしても欲しくて。」
「そうですか…。」
気にはなるもののドクターの私物について根掘り葉掘り聞くのもなんだか、とプラマニクスはそれ以上言及はしなかった。
ドクターがカゴを手に持ち、支払いしようと歩き出したのでそれに着いて行く。
するとある棚の前でピタリ…、とドクターが足を止める。
急な事だったのでプラマニクスも一瞬遅れて立ち止まる。
「と、急に立ち止まらないでくれませんか?」
プラマニクスが不満げに眉を顰めながらドクターを見れば、棚に手を伸ばし陳列されていた物を取りしげしげとそれを眺めてからプラマニクスを見てきた。
「……突然無言でジロジロ見てきてどうしたんです?」
とプラマニクスが言えば短く「いや」と言ってから彼女の目の前に少し光を反射する薄紫と水色が混ざった様な淡藤色と、青紫がかった群青の鉄紺色の紐が編まれた組紐を差し出す。
「……プラマニクスに、似合うかと思ったが……もう既に色々身に着けているから増えても邪魔だな。」
そう言いながらプラマニクスと組紐を交互に見たあと、手にした紐を元の棚に返そうとするドクターの手をプラマニクスは引き止めていた。
自身でも咄嗟の事だったのかプラマニクスは1度目を泳がせてから口を開く。
「邪魔かどうかは私が決めるので!あ、あと…そうですね、別にオペレーターとしての任に就いていない時などに着けたら……えぇ、邪魔にはなりませんから。」
そんなプラマニクスのどこかそわついた様な様子にドクターも1度目を瞬かせ
「分かった……なら、これも…買うとしよう。」
と言ってからカゴに入れた。
そしてしばらくプラマニクスが顔を隠すように少し俯いたままドクターの腕を掴みっぱなしで、ドクターもそんなプラマニクスを見詰めたまま固まる、と言う事態が発生したのだった。
「アーミヤよ、あれは本当に付き合ってないのだな?」
「えぇそうなんです、どちらかがあれ以上何の行動も起こさないのであの関係性のまま止まっているんです。あとドクターはまだお仕事を残しています。」
と、購買部の外で隠れながら話す長身の男とロドスのCEOでありドクターを射抜くような目をした少女の姿が目撃されたのもまたこれと同時刻であった。
買い物を終えて、もう少し息抜き(ただでさえ買い物はかなりの息抜きのような物だったが)しようとどちらからともなく提案し、共有の休憩スペースにドクターは手にした荷物を置いてプラマニクスにも座って待つように言う。
この2人が現れた瞬間スッ……と2人が座るであろう定位置の近辺からオペレーター達が離れた席へ移動したことに2人は気付いてないが。
珈琲とお茶…それからガムシロップとミルクを手に、席についたドクターがプラマニクスの前に全てを置けば少し思案した後にプラマニクスがお茶を取ったので、ドクターは珈琲を手にガムシロップとミルクを入れた。
甘い珈琲を飲むかお茶を飲むかプラマニクスに先に選ばせて、自身は彼女が選ばなかった方を選ぶのはドクターの習慣だった。
双方1口飲み物を飲んでリラックスした辺りでドクターが思い出した様に己の通信用末端に記録させた画像を展開してプラマニクスの目の前に持っていき見せる。
「あの場所で偶然見れた、……プラマニクスにも見せようと思ってな。」
と自慢気なドクターに微笑みながら画像を見るプラマニクスが
「虹ですか。こんなにはっきり写っているならさぞ実物は綺麗だったんでしょうね。」
と返しながら談笑している。
(ドクターのあれどんな感情?)
(こっちから見たって無表情なんだから分かるわけないでしょう!?)
そしてそれを遠巻きに見るオペレーター達からすれば全てを察してにこやかにしているプラマニクスとひたすらに無表情で過ごすドクターの組み合わせに謎が深まるばかりであった。
「あと、30分して執務室に戻らなかったらカチコミます。」
(あれほどアーミヤには枷をしておけと言ったではないか盟友よ…。)
臨界点を超えそうになっているアーミヤとそれを見ながらため息を吐いたシルバーアッシュを目撃したケルシー女史が頭を抱える事になったのはこの後の事である。
しかしアーミヤの心配?も杞憂に終わり、その後コップ1杯分の飲み物を双方が飲み終わるとそのまま2人は執務室へと戻っていったのだ。
それを無事に見届けたアーミヤはようやく追跡の心配が無くなったと安堵した様子だったが、シルバーアッシュの方はこの時まだ己の妹とドクターの関係性のもどかしさが胸に突っかかる様に感じていたらしい。
「……仕事を再開しなければ、アーミヤの部屋の床に敷く毛皮にされてしまう。」
とドクターなりの小粋な虎ジョークを言うものの
「冗談が分かりにくいですね。」
とプラマニクスにバッサリ切られてしまった。
しょんぼり、と言う風な効果音が似合いそうな耳と尾の垂らし方をしながらドクターは荷物をソファに置くと執務用の机に向かう。
しかしその足を止め踵を返してソファに腰掛けたプラマニクスの方に戻っていく。
「……プラマニクス、これを。」
買い物した袋から、件の箱を取り出すとそれをドクターはプラマニクスの目の前に差し出したのだ。
予期していなかった事でプラマニクスが驚いてドクターと箱を交互に見た。
「これを……私にですか?」
状況が掴めないままに箱を受け取りながらドクターに聞けばコクリ、と頷いている。
「……開けてみて、いらなければ…、破棄したらいい。俺が渡したかっただけだ……いつもの礼として。」
「またそう言う事を言う……まだ何も言ってないし現物を見てもないんですよ?」
そんなマイナスな事を言うドクターを軽くたしなめる様に言いながらプラマニクスは箱を開封する。
そして、中を見て蓋を開けた手が止まった。
その横で少し落ち着かない風に尾を揺らすドクターへと視線を移す。
「これ、を……わざわざ取り寄せて?」
「あぁ、……以前、俺の仕事を見るのが暇なら…やりたい事をすればいいと言っただろ?その時プラマニクスは『読書用の本か、編み物が出来る物があればわざわざ昼寝なんてせずにしている』と言ってたからな。」
箱の中には数冊の本と、棒針かぎ針と言った編み物をするのに必要な道具に様々な種類の糸の束が入っていた。
「中々の出費だったが……プラマニクスの息抜きになればと。……ここでは心置き無く趣味に没頭してくれ…。」
プラマニクスの様子を伺うように、ドクターは近付いてしゃがんでいた。
そしてドクター自身気付いていないがその表情は慈しむ様に柔らかくなっていた事をプラマニクスだけが見ていた。
「っ、ありがとうございます……大事に、大事にしますね?」
と、微笑んで返したプラマニクスが大事に箱を抱き寄せる姿を見てドクターは心の底から満足し同時に贈って良かったと思うのであった。