※この作品はR-18です。

積もった初雪に足跡を   作:ルーガ龍

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立場が邪魔して素直になれない2人のすれ違いから起きる仲違い



冷却される世界

目頭を抑えて頭を振りながらプラマニクスは息を吐いていた。

ロドスに通いながらも、巫女の職務を疎かにして本国の者達に勘繰られたり、折角の秘密のルートを探られたり……まだ吹雪の中に隠れているかのような『 あの人』の掴めない思惑や思考に良いようにされたくないと、やれる範囲でプラマニクスは巫女として経文の解読や内政の書類を持ち込んで処理しているようだった。

 

最初のうちは1人で、都市への襲撃への対応や戦闘のない日、その合間に何度も休みながら行っていた。

 

「……今日は、どうした?随分と働き者だな。」

 

ドクターは珍しく疲れの色を滲ませるプラマニクスが心配でたまらなくなり、近付くとその頭上から声をかけた。

ドクターの声を聴きながら今は、こうしてドクターに巫女の職務すら手伝ってもらう様になったとプラマニクスは口が裂けたって兄や他の者には言えなかった。

 

「えぇ…まぁ。」

 

何時もの言葉回しに今日は付け足したり突っ込みを入れるのもプラマニクスは少し怠く感じてしまう。

確かに今日は何時もより長く文字と向き合っていた様に感じるし、頭も目を酷使しすぎたせいなのか重い気がする。

 

頭の中では(まるで私がサボっている時間の方が多いみたいじゃないですか)とか(ドクターの見てない所ではこれくらいやれてます)なんて返しが浮かんで来るのにそれが上手くまとまりそうにないのだ。

 

重しが乗せられた様な回転率の落ちた頭でそんな風に考えているとポンッと両肩に手が置かれたのが分かった。

ドクターは労るつもりで肩に手を置きマッサージをしようとしているのだ。

 

「なに、をっ、ひゃ!?」

 

何をしているのか、と問うより早く両肩が強く押されるのを感じて突然の事に変な声が上がってしまいドクターの手もピタリと止まった。

プラマニクスの手より遥かに大きな自分の手に、もし力を込めすぎてしまえばプラマニクスの肩など砕くことだって出来そうだなとドクターは考えながらも、痛みを感じさせぬ絶妙な力加減で身体が心地良さを感じる所を押したままの状態で手を止めて口を開いた。

 

「疲れているようだったからな……マッサージでもと……」

 

「……せめて一言かけてくれてもいいんじゃないですか?……まぁ……今更ドクターに言っても無駄ですね。」

 

頭上にあるであろうドクターの顔を見上げる様に上を向けば眉根を寄せて困惑した顔のドクターと少し呆れながらも微笑んでいるプラマニクスの目が合う。

疲れ過ぎて(相変わらず綺麗な目…)だなんて今の状況と関係ない事がプラマニクスの脳裏を一瞬過ぎったがすぐにそれを隅に追いやり言葉を続けた。

 

「ですがそもそも、私以外の女性にそう言う事をするとドクターと言えどセクハラだと訴えられるかもしれませんよ?もう……。」

 

ドクターはプラマニクスを見詰めたまま1度パチリと瞬きをしてから肩に置いた手の力を緩めもう一度力を込めるとそのままマッサージを普通に始めてしまった。

プラマニクスが(話を聞いているのか、この人は…。)とぼんやり考える。

 

「ふむ……嫌だったら俺を振り払えばいいのにしないと言う事は…続行していいんだな?」

 

ドクターはプラマニクスの言葉が自分を否定するものでは無かった事で口が軽くなっていたのだ。

そして言われてから、プラマニクスははたと自分が口にした言葉を頭の中で繰り返した。

そうだ、あんな言葉を使えば『 私ならドクターに突然触られても文句を言わない。』と自分から告げたような物だったと。

 

そう考えた時また顔に熱が集まりそうなのを感じてぱっと下を向きながらどうにか平静を装うよう何時もの声色で言葉を紡ぐ。

 

「えぇ、私はドクターを信頼してますから…それに、こうしてマッサージされるのも嫌ではないですよ?」

 

信頼、自分で口にしておきながら気持ちを誤魔化す単語を使ったせいか嫌なざわめきが胸中に生まれて自分の表情が曇るのを感じる。

それに、先程顔が赤くなる前に視線を外した時……ドクターが僅かに微笑んだような気がしてそれですら自分を落ち着かなくさせている事に気付いてプラマニクスは無意識に膝の上に乗せていた手を固く握っていた。

しかしそんなプラマニクスに気付いてか気付かずになのかドクターは優しく肩を揉み解しながら口を開いた。

 

「…エンヤは、偉いな。」

 

「え…?あ…ありがとうございます。 」

 

秘書になってどれくらい経った頃だっただろうか、ふとコードネームの話をしていた時に「そう言えばカーディは着任と同時に本名を名乗った 」と言う話が出てつい自分の名前を口にしてしまったことがあった。

それはドクターへの警戒心が無くなり、風貌からくるイメージとは違う一面を見始めた頃だったように思う。

 

その話の最中ドクターは別段普通と変わらないトーンで、作業の手を止めると「2人の時は本名で、呼んでもいいか」と聞いてきたのだ。

その時はプラマニクスも手を止めて一拍考えたあと「えぇ、構いませんが…」と返したもののいざ2人きりの時になってみたらドクターは滅多にその名前を呼ぶ事は無かった。

それが、なんだか少し寂しいと思う様になりだしたのは自分の気持ちがとうに誤魔化しようが無くなりだした頃だった。

ドクターとて本当は彼女のコードネームよりも本名を呼びたかったが、いざ口に出してしまえばもうこの気持ちに歯止めがかからなくなりそうだと察していた。

だからどれだけ呼びたくても我慢し続けていたにも関わらず、今日ドクターはとうとう口に出してしまったのだ。

 

(今日はどうしたんでしょうか…私も……ですけど。)

 

そう考えているとドクターは言葉を続ける。

プラマニクスから見えないであろうドクターの表情は僅かに歪んでいた。

 

「…今の、お前は…巫女である必要はない。……2人きりの時は、エンヤとして過ごして欲しい……俺の傲慢な願いだが………この時間だけでも息が詰まるほどの重責から逃げて…欲しいと…」

 

今日は、やたらと良く喋るんですね。理性回復剤を飲みすぎましたか?

と言う返しは喉に張り付いたかのように出てこない。

ドクターの、こんな言葉はすぐにでも遮って何時もの様に茶化してしまわねばと思うのに、張り詰めていた胸中にじわじわと広がって行く温もりを止めたくない。

好意を好意として受け入れたい、しかし絆されてもいけない、と言う気持ちがぶつかり合う。

 

「……巫女になる、試練は厳しいと資料で見た……それをエンヤは成し遂げた…それだけでも、とても…頑張ったと思う。そして、……今も逃げ出さずに巫女としての責務を果たし続けている。…………なのに、俺が…こんな事に巻き込んだばかりに、エンヤは」

 

「内密に抜け出して来たって言ったでしょ?忘れたんですか?あなたに祝福も捧げると言ったじゃないですか、全く。」

 

徐々に申し訳無さを滲ませ始めたドクターの声を遮り少し強めにそう返した。

きっとお互いに話せない秘密事も抱える身だ、いつ立場がどうなるかも分からない関係なのに。

だからまだ耐えられる今が瀬戸際で、彼にこれ以上心に入られたら不味いと警鐘がなる。

 

「そうだったな……なぁエンヤ。」

 

一旦言葉を区切って話しながらも器用かつ的確にツボを揉み続けていた肩揉みする手を止める。

 

「俺は……巫女としてのお前に祝福されるより、巫女の力を借りるより……エンヤと言う名の女性と……、取り留めない話をして何でもない時間を過ごしたいと思ってしまうんだ。俺と過ごす時くらいはせめて……少しでもいいから我慢したり取り繕う事は無いと………すまない。」

 

鼻の奥がツンとして喉が詰まる様に苦しくなる。

そろりと肩の温もりが離れると同時に温度の低い声で

 

「それは、告白ですか?」

 

とプラマニクス自身でも面食らう言葉が口からこぼれた。

後ろに立っているであろうドクターの気配が先程のいたたまれない悪事を白状する子供様な物からピシッ…と張り詰めた物に転じる。

そしてプラマニクスがドクターに恐る恐るといった風に振り返り2人の揺れる瞳が交わった。

 

「違う。俺はただお前が辛そうな顔で、貼り付けた様な巫女の顔で無茶しているのを見ていたくない。」

 

違う?違う。

こんなに口数が増えて今まで言ったことのない様な言葉を吐いているのに。

そしてプラマニクスの目に映ったのは今まで見た事のない顰めたような、今にも泣きそうな子供の様な顔をしたドクターだった。

 

「…す、みません。今日は、もう体調が優れないので…」

 

ドクターの顔から視線をすぐに逸らして立ち上がると同時に本当に調子が悪いのか、はたまた今の否定のせいで頭がグラグラして視界が回りそうになっているせいなのか一瞬ふらついた体を迷う事無く支えてくる、分厚い胸板と力強い腕が今は不快に感じる。

これは、きっとあの人に失望した日の感覚に少しだけ似ていてけれど、彼を……ドクターを嫌いになれない彼女自身の心との葛藤だった。

 

「……あぁ、分かった。片付けはしておく…だからしっかり休んでくれ………」

 

プラマニクスがドクターの手を、顔を一瞥することも返事を返すとこも無く振り払い押し退ければドクターは何事も無かったかのような普段通りの無表情で振り払われた己の手を見詰めていた。

 

「今度は、嫌がられたな。」

 

そんな言葉が後ろから聞こえた様な気がしたがプラマニクスは部屋を出るなり早足で己の宿舎に向かう。

途中走るようになって、視界が涙で歪みだした事に彼女が気付いていたのかは分からない。

 

 

ーーーーーーーーーside.Drーーーーーーーーー

 

 

シルバーアッシュが弊ロドスと同盟を結び、頻繁に顔を見せる様になってからと言うものプラマニクスはわざと自分の仕事を増やしているのでは無いかとドクターは感じていた。

 

巫女となった時、長兄シルバーアッシュと長女プラマニクスの関係に決定的な亀裂が入る事になったと言っていたのは誰だったか……。

クリフハートの心労も察するところではあるし、ケルシーはシルバーアッシュやカランド貿易が絡む者に心を許すなと言ってくる。

何があったとしても力でねじ伏せたら言い…と言ったら「それは君の身体を持ってしてできる君にしか出来ないだ解決策だ」と呆れられた。

そもそもシルバーアッシュだってきっと言葉にしない、出来ない理由があるだけで妹2人の事を考えているに違いなしもし敵対したとてそれは彼の理念に基づいた行動によるものだろうから。

 

悩みや不安がある時、人は様々な方法でそれを誤魔化そうとしたり解消しようとする。

プラマニクスは、そのらしさを忘れたのかストレスが溜まったのか逆に仕事を増やす(ドクターの中で感じただけだが)事でどうにかしようとしたのではないか……と。

 

だからただでさえ手伝うようになっていたプラマニクスの巫女の職務の一環に頻繁に手を貸していたが、今日はやってしまったとドクターは思った。

 

「私は貴方に触られても嫌じゃない」

 

と、暗に言われて舞い上がった。

だから上機嫌のまま少し調子に乗った事を言えばプラマニクスは下を向いて「信頼しているから」だと言う。

嬉しさと、所詮「信頼の置ける関係」でしかないと言う事が胸を締め付け表情を歪ませた。

好意を向けられたいなんて、なんて贅沢な願いなんだろうかと奥歯をバレない様に噛む。

 

そして、彼は取り返しのつかない選択肢を選び続けた。

 

あんまりにも1人で色々と抱えようとしている、本来なら穏やかな時間の流れと柔らかな雪解け前の様な澄んでいて朗らかな空気の中で生きるのが似合う彼女に、自己の欲求が混ざった身勝手過ぎる怒り抱いて口を出しすぎて本音がこぼれ落ちてしまった。

自分をもっと頼って欲しい、と。

途中で止めようと思えば止められた思いの数々が音になって、お世辞にも喋りや言葉選びが上手くはない口から出てくる。

そして口に出しながらどんどん心は沈んで行く。

なんて出過ぎた真似で、なんて傲慢だったんだろうと全てを吐き出した後にとてつもなく後悔したが、プラマニクス……否、エンヤが絞り出すように言った言葉で双眸が見開かれる事になった。

 

「告白ですか?」と。

 

そして彼は、気を張る。

ダメだ、「そうだ、俺はエンヤを」と大きな声で返さぬ様にギリギリと奥歯を噛み締める。

それが空気を張り詰めさせた事は分かったが彼は何とか嘘と……、確かな本音を混ぜた言葉を吐き出した。

その時どんな顔をしていたか、ドクター自身分からない。

 

その後下唇を噛み締め震える声で不調を訴えたエンヤに、なんの変化も与えられないつまらない返答をしながら立ち上がってふらついたプラマニクスに思わず手を出して支えてしまったが、二度と視線をドクター側に向ける事無く足早に立ち去るその後ろ姿を見てから払われた手を眺め、無力感と取り返しのつかぬ後悔で項垂れて己への皮肉を込めた言葉をこぼすしか無かった。

 

『 これで、本当に嫌われてしまえば諦めがつく。お前には勿体ない存在だ』と、せせら笑う己の心の声に逆らう様に手から血が溢れる程強く拳を握り締めても、想いを捨てきれぬ自分が憎くてたまらなかった。

 

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