いい加減慣れたほうがいいと思ってはいる。でも慣れない。無理だった。
ATMで
下手をすればその吐息を、その肌のぬくもりを、その大きく反り返った立派な――。
昼間の往来で女子中学生が脳裏に浮かべる想像の域を超えそうになって、景は慌ててカードと現金を財布にしまい込んだ。
「はやく帰らないと……」
火照っているのが自分でも分かるくらいには顔が真っ赤に染まっているだろうことや、スカートの下で自分の女性器がはしたなくじゅんと濡れてしまっていることが分かるくらいには、景は冷静だった。全然冷静ではなかったが。
ATMで真っ赤になってもじもじと股をすり合わせる中学生くらいの美少女がいるという都市伝説を最初に言い出したのは誰だったか。
エロい。
その文章の字面だけで、女子に縁のない男子中高生なら抜けるまである。目撃情報は結構あった。
曰く、黒髪を伸ばしていて、すらりとした手足の凛とした美少女である。
曰く、お尻はキュッと締まっていて綺麗だが、胸は残念である。
曰く、真っ赤になってるときにはやたらエロい雰囲気を放ち、まわりの男子を
曰く、スカートの中から、しずくが脚を伝って流れ落ちるのを見た。汗かもしれないけど違うかもしれない。
曰く、スマホで撮影しようとすると気配を察知してダッシュで去る。速すぎてうまく撮れないし追いつけない。
曰く――
とりあえず、二番目の証言者は早めに逃げたほうが身のためだと思う。死すら生ぬるい報復を受けてからでは遅い。四番目は別の意味で危ない。ことが起こる前に少女幼女からは隔離したほうが良いだろう。
そんな都市伝説が流布していることを景は知らなかったが、ATMで恥ずかしい姿を晒すたびに結構まわりから注目されていることは自覚していた。なにしろもともと美少女なのだ。周囲の視線には敏感である。
なんとかする必要はあった。自分の頭が一時的に桃色に染まってしまったときに自分の中のオンナが目覚めてしまうことを。
景の周りから性犯罪者を出すわけにはいかない。あんなエロい女がいなければ手は出さなかったとかリアルに言われかねない。
自分が引き金を引いてしまって他の女の子が犠牲になったりしても寝覚めが悪い。もしかすると奥手なカップル未満に大人の階段を登らせるきっかけになったかもしれないが。途中を飛ばしすぎるのも良くない。
発情してしまった景の取る手段は、限られている。中学生の女の子がするようなことではないけれども、この際は仕方がない。
恋人たる樹を呼び出してセックスしてもらうか、自分で慰めるか。選ぶまでもなく前者になるだろうことは明らかだった。
実のところ、景は自分で自分を慰める――俗に言うオナニーをしたことはほとんどないので。
性的なことを樹に教えられてしまった初体験の時以前は割と純真で、ぼんやりとした性的欲求はあったものの気にしていなかった。それ以降は性的な欲求というよりは樹とするのが楽しいのであって、身体が疼いたりするようなこともない……ことはないが、樹に訴えればわりといつでも会えるし解消されてしまうので気にするほどでもなかった。
本体がすぐ手の届くところにあるのに、劣るおまけで満足する必要はあまりない。
とりあえずスマホのライイン(LieIn)で樹に連絡してみることにした。なんかおかしな名称だが大丈夫なんだろうか。無料通話も出来てスタンプとかあるあれである。
夕食後に相談したいことがあると送ると、すぐに返事が来た。連絡しておかなくてもまず家にはくるだろうが、こういういかにもなやり取りも実は楽しい。
スマホはお付き合いをはじめた後に半ば強制的に持たされていた。本体も月々の支払いも樹持ちでと言われては断れない。
わりと普通のバカップルっぽいやり取りをするくらいにしか使ってなかったが。
あとはルイとレイがたまに無料ゲームをしているくらいで、徘徊対策や連絡用にスマホを持たされるお年寄りとあまり変わらないレベルの活用度ではあった。
景と樹は、そういう関係になってから、同棲こそしていないものの土日は一緒にいることが多い。平日でも夕方以降は顔をあわせている。
ルイとレイも一緒の時間が多いのでずっといちゃいちゃしているわけではないものの、下手をすれば同じ中学高校に通うカップルよりも同じ時間をすごしているかもしれない。
同じご飯を食べていれば仲良くなれるし性格も似ると言ったのは誰だったか。それは友愛的な意味なのか、栄養学的な意味なのか。
ともかく、毎日のように夕ご飯を一緒に食べる仲だった。毎日味噌汁を作るという条件ならすでにクリア済み。まだ女子中学生なのに、下手をすれば新妻を通り越して長年連れ添った嫁である。
ごちそうさまを言った後、ルイとレイが別の部屋で遊んでいるのを確認してから、景が切り出した。
「その、援助のお金を入れてもらってる口座なのだけれど」
「あれ? 今月まだだったっけ。入金してるはずだよね」
むしろ入金があったから問題が出るとも言えるのだけれども、それはとりあえず置いておく。
「いえそうではなく、……えっと、ATMでお金をおろすたびに、樹とそういうことをしてのお金なんだと認識してしまうのが困るというか」
「……なんか問題あるんだ」
「その、身体が……すこし」
「想像してえっちな気分になったりするの?」
「……すこし」
実際のところはすこしどころではなかったが、一応そういうことにしておいた。
「作ったほうじゃなくて、前から使ってた口座に振り込むようにしたほうがいい?」
「普段使いの口座を見ても身体が反応するようになってしまったら、すごく困るわ」
「ならいっそ、現金で渡そうか? もともとあまり会えない状況を想定したから振り込みにしてたけど、現状だとあまり意味はないし」
樹は近くにマンションを借りて引っ越してきていた。一緒に住んでもよかったのだが、一応は近所からよく遊びに顔を出す親戚という位置づけになっている。訪問頻度が多くてよくわからなくなっていたが。
「ルイとレイが寝てから渡してもらえるなら、それで」
「渡したあとは?」
「そのまま抱いてほしい、かしら」
「……なんかいやらしいことを無理やり言わせてる気分になってくるんだけど」
気がつけば距離が近い。景が距離を詰めていた。
「だって、覚えてるの。初めての日にあんなにされたこと、忘れるわけない」
「……景ちゃん?」
「あのとき私の処女を買ってもらっておにーちゃんのおちんちんが大きくなって私のおまたの奥に入ってきていっぱい中に出してもらったお金なんだと考えるとおまんこの奥がきゅんって……」
「いやなんでわざわざすこし舌足らずでいやらしい言い方で全部言うの」
「……キャラ付け?」
メソッド演者の真骨頂が無駄に発露している景だった。自身がロリだった頃もこんな感じではなかった気がしたが。
「景ちゃんの美人系の外見でロリキャラとかなかなか攻めてくるね」
「恥ずかしい……」
「照れるタイミングがおかしくないかな……」
あざとかわいい。とりあえず樹はスルーしておいた。かわいい無罪。
「……きゅんってなるのだけど、どうしたらいいと思う?」
「続けるんだ?」
「わりと切実なの」
「する直前にお金渡すとかなんか生々しいけど、かまわないよ」
「ありがとうございます、ご主人さま」
「なんで俺が調教完了したみたいな反応になってるのか……」
「なんでかしらねご主人さま」
とても愛らしいのでやめてくれとは言いづらいが、聞かれると双子に悪影響を及ぼしそうな呼称ではあった。
「でも、そんなことになっていたのなら、もっとはやく相談してくれてもよかったのに」
「ごめんなさい」
「もしかしたらこんなことになったかもしれない。すこし想像してみて」
『メイド服』と大きく書かれた謎Tシャツに着替えた景を前に、樹が警告する。この可愛いイトコはどうにもあぶなっかしいところがあるので。
「ATMでいやらしい気持ちになってる景ちゃんを物陰に連れ込もうとする人影」
「は、走って離れるようにしてるから、それは大丈夫だとおもう、けど」
「去ろうとしてる景ちゃんを捕まえて無理やり車に乗せてそのままホテルに連れ込む俺」
「!?」
颯爽と助けに現れるヒーローかと思いきやまさかの加害者だった。
「景ちゃんの淫気にあてられてケダモノと化してしまってるから」
「えっちな小説並みの展開ね」
「後ろから襲ってもいい?」
「…………ケダモノみたいに後ろからされるのは少し」
脳内シミュレーションの結果、悪くはないけど恥ずかしいという結論で却下されていた。悪くはないけど。
「そ、そういうのじゃなくて」
もじもじしながら、甘えたような景の声が樹の耳に届く。
「その、前からいっぱいぎゅってしながら、してほしい……」
そのあと滅茶苦茶お互いにぎゅってしながらした。いつもよりも盛り上がって二人して寝不足になったのは当然の結果だったかもしれない。