※この作品はR-18です。

降霊術師たちの手記   作:榊 華枝

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読む前の注意書き。
本作品にはショッキングなシーンがいくつかあります。
それを読み気分を害されても作者は一切の責任を負いかねます。
以上のことを踏まえてお読みください。


降霊術師たちの手記

「神は、我々を人間にするために、何らかの欠点を与える」

男は私の問いに舌を這わせるようにしてぶよぶよと白く膨れた唇を苦労して開き、酷く嗄れただみ声で言った。それは人に不快感と生理的嫌悪を与えるのに充分な光景であったが、長い付き合いで慣れていた私は男の言葉の意図を探る。私が熟考していると口に沢山の蛆が湧いている肥満体の男は楽しそうにひたひたと滴る愉悦を舐め取るように、机に横たわっている娘の秘部をさらけ出し膣液を再び啜り始めた。

石造りの地下室に品の無い汚れた水音が響く。私は耳障りな水音を頭の外に出そうとさらに熟考しようと、宛がわれた木製の椅子に深く腰掛け目を閉じた。そして昔は私の古き良き友人であった男の"神は、我々を人間にするために、何らかの欠点を与える"という言葉を口の中で転がす。確かこの言葉はシェイクスピアが残したものだった筈。そもそもこの言葉は欠点があるからこそ人間であり、神になれない...と言いたいのか?しかし神とて他者の命を奪い取る。最も知恵を得てしまったアダムとエヴァを神は楽園より追放したではないか。もし欠点が無いが故に神であると論ずるなら、何故知恵を得たアダムとエヴァを追放した?知恵は欠点なのか?否である。それは魔術師である私カミル=エル=トンや、目の前で自分の娘の秘部から膣液を啜り続けているラーク=カシュル=トン並びに先祖たちも同じく異を唱えるだろう。何よりもこの国は我々魔術師の貢献があって栄えたし、魔術師が無知で理解できないものには狂気というレッテルを貼り、未知のものが原因と決めつけ目に見えてわかりやすいものを悪役にしたて挙げる俗人とは異なり、己の探求心と知識を以って原因を突き止め数多の魔術を編み出してきたからこそ在るのだ。故にこの国にとっても、魔術師にとっても知恵とは永久の資産であり、"欠点"などに成り得ない。なら何故、男はラーク=カシュル=トンは私の問いにシェイクスピアの言葉を返した?

「あまり深く考えてはなりませんわ」

手の甲に死後硬直したような冷たく固い触手のようなものがひたひたと蛆が這うような感覚を覚え我に返る。すると私の手を握り心配そうに私の顔を覗く娘の顔が視界に入った。私が大丈夫だと返し不自然にならぬよう手を振りほどくと、オレンジの香りを讃えた笑顔を向け少し冷めたコーヒーを差し出してきた。

「お父様、ラーク様の言葉にそれ程深い意味はありません。わざわざ戯言にカミル様程優れたお方が頭を悩ます必要はありませんわ」

私は彼女の言葉に半ば驚き、部屋中を見回したがラークの姿は無く点々と蛆虫がさらに続く階段へ続いていた。どうやら彼女は父親が居なくなったことを良い事に、少々愚痴を口にし貶したくなったらしい。父親にいい様に実験台にされていたとなれば当然といえる。私は彼女に静かにとジェスチャーをすると、壁を上下に這う金属の管から伸びた摘みを押し込んだ。この管は私が考案したもので、建物内のあらゆる音、使用人の小言からねずみが走る音まで全て増幅し人間の可聴領域まで達した状態で記録するための装置だ。そして今押し込んだつまみは遮断機であり、音が管内に入らないよう蓋をするものだ。つまり今から彼女が父親のことを酷く罵ろうが、ラークは一切それを知り得ないのだ。それから約一時間ほど、私は彼女が父親から受けた卑劣な行為と愚痴を永遠と聞き続け、泣き嘆くしかない彼女の髪が蝋燭の光を反射し、プリズムを放ち壁に幻想的な世界を描写している事に感嘆を覚えながら半ば相打ちをうっていた。

彼女が泣き疲れ眠ってしまった後、私は彼女というラークの娘にして"作品"を自分が腰かけていた木製の椅子に座らせ、風邪をひかぬようにローブを肩に掛けた。

「良く出来ているだろう?中国から取り寄せた個体だ。なんでも不老長寿のために、桃しか与えられず育ったらしい。まあ俺のところにきて多少は肉付きが良くなっただろ」

いつの間に戻ってきたのかラークは自分の口から雨漏りの如く落ちる蛆を踏みつぶしながら言った。私はラークの元に寄り、手を差し伸べた。ラークは木箱を私の手のひらに置くと、用事は済んだろう帰れと言わんばかりに手を振った。そしてローブを脱ぎ捨て、腰の紐を緩めた。私は彼がこの後するであろう行為を察し、哀れみの目を椅子で私のローブを布団代わりに眠っている彼女に向けた。どちらにしろラークには悪いが、彼の願望が達成される事は永遠にないだろう。私は木箱を脇に抱え直し、ローブは彼女に掛けたまま地下室を後にした。

地上に出る錆びた鉄製の扉が軋み唸り声をあげながら開く際、地下から男の野太い悲鳴が聞こえた気がしたが私は気付かぬふりをし、いずれ戻ってくるであろう自分のローブに冷笑を讃えならが帰路についた。

 

*

 

ナスの谷に聳え立つ黒々とした黒曜石の塔、我が家につきセラニアンの伝書鳩がいない事に安堵を覚えながら、二日ぶりに暖炉に火を灯す。そして暖炉の前に対になっている一人用のソファに腰掛け、対のソファには脇に抱えていた木箱の中身を置いた。それは四肢が無い少女であり、眼はサファイアの青を讃えていながら不規則な暖炉の火をエメラルドグリーンの光で反射していた。髪は腰まで伸びた艶やかな金髪で、くせ毛が目立つのはラークの管理がずさんだったからなのか生まれつきなのか。どちらにせよ大変私好みの"作品"だった。私はそれだけで満足し、しばらくの間このまま飾ろうと考えていた。彼曰く気付け薬でも嗅がせなければ起きる事はないとのことだったし、私はお気に入りの梅を漬け込んだブランデーを片手に彫刻の様に美しい少女の躯体に見惚れていた。

時に魔術と科学は同一のものと説かれる事がある。それに補足を加える様に、進歩した科学は魔法と見分けがつかないなどと主張する者たちも多くいる。少し優れた者は魔術も科学も理(ことわり)の探求者故に、同期にも等しい仲間であると主張する。しかし魔術と科学が全くの別物であると断言できる者は我が同志に多くいれど、魔術と科学そして魔法が別物であることを断言できる者はこの私カミル=エル=トンの他にいないだろう。そもそも科学と一括りにしてもその傘下には数多の学問があり、それは魔術とて同じであり神への祈りはそれを嫌う魔術師から呪文として認知される。常に世界という神は数多の誰かの祈りから紡がれ唱和され、それを望まぬ者たちから呪詛として異端尋問の如く問答無用の暴力が振り下ろされる。そういった人間の不完全性が私は嫌いだった。だから私はラークに問うた。

「君に不完全ではない完全な人間を創る事は出来るか?」と。その答えがあのシェイクスピアの引用と、目の前の四肢なき少女の躯体だ。容姿だけで言えばこれ程までに完成された美はないだろう。しかし欠点無くして人間に在らず。そう論じるラークは敢えて四肢をもぎ取ったか、造らなかったのだろう。彼の錬金術の腕は生命工学に秀でており、特に人間を造ることに関して彼の右に出る者はいない。

私はグラスに残り少なくなったブランデーを見て少しのもの悲しさを覚えた。今や私の家系に伝わる降霊術の多くは無に等しい。覚醒世界で高度に発展し量子力学の地位まで登り詰めたあの堕落した人類は今や滅び、紀元前1万500年前ヒューペルボレアスより予言されていた地球上最後の大陸ゾシークが文明開化を続ける一方である。それに合わせる様にあの喰屍鬼の神モーディッギアンがこの幻夢境で力の権化をこれ見よがしに披露していた。予言において喰屍鬼の神はゾシークにて都市を一つ統べ、人間から敬意と感謝を示される存在となる。何故なら埋葬という金がやたら掛かる死者の弔いをしなくて良いからだ。死体は全て彼へ献上されるだろう。あの黒き太陽に。しかし幻夢境の人間は覚醒世界のゾシークの人間たちとは異なり、死者を弔うことを大切なこととして認識しているため、彼によって死体を略奪されることは我慢ならない。とはいえダイラス=リーンの災厄よろしく人々は誰もその意思を行動に移そうとはしない。そう言う私も愚痴るだけで行動に移していないのだから悪くは言えない。ただそうした死体略奪のせいで私の降霊術を振るえる対象がおらず、いよいよ名声も地に落ちかけていた。

だから私は余生は美しい妻と共に過ごし一生を終えられれば良いと思っていたが、妻に成る予定であった者は美しいサファイアの目と金髪をもつ少女だが、四肢がないことが欠点と言わざるを得ない。私はせめて四肢の無い少女の髪を整えてやろうと躯体を抱きかかえた。瞬間、私の背筋は凍った。人肌という温もり、心臓の鼓動音とは人に安らぎを与えるものだが、今この瞬間に至っては違う。四肢の無い少女の躯体、否身体からしっかり心臓の脈打つ音が私の心臓に仲間だと、同じ命を紡ぐ心臓だと訴えかける様に脈打っていた。私は恐る恐る彼女の顔を見やる。するとサファイアの目はどこか潤んでおり、頬は赤らんでいた。その羞恥の表情は疾うの昔に枯れ果てた筈の情欲を再び湧き立たせるには充分であった。

「あの妖術師様、どうかお召し物を恵んでくださるとありがたいのですが...」

凛と鈴が鳴るような美しい声色によって紡がれたそのか弱い意志は私の情欲をさらに振るい立たせたが、私は毛布を用意し赤子を包むように少女の四肢の無い身体を隠した。少女は礼を述べると、私は笑顔を返した。そして長い沈黙が我が黒曜石の塔に沈殿していた。

 

 *

 

さて覚醒世界のナート降霊術師たるウァカルンによる友人カミル=エル=トンの最後の記録は以上だ。私が過去の夢想の残り香も無い虚ろな廃墟の街と化した幻夢境を訪れた際、彼はエミル=エル=トンは美しい少女を抱いて絶命していた。彼の躰は廃墟同様に腐り落ち、灰色に変色し、骨をむき出しにしていたが少女の躰は未だ美しいままであった。幻夢境で何があったのか覚醒世界の人間が知る術はもはやない。誰も夢を見ないが故、ただただこの地ゾシークは地球の人類の最後の汚点と成り得るだろう。

 

完




どうも読者の皆様、鈴猫です。
いつもとは違う異質な作品で驚いている方も多いと思います。しかしまあ私は職業柄こっちの方が書きやすいのも事実でして、試しにハーメルンに投下してみた所存です。あまり深く考えず、雰囲気をだけを楽しむのがこういった作品の楽しみ方だと思います。書いてみたところ自分的にはラブコメっぽい作品よりかなり順調に書けました。
なのでもう一作こういうタイプの作品を書くと思います。それまでに感想等頂けたら作品に反映させていただきたいので、どうぞよろしくお願いします。
またクトゥルー神話関係の用語がかなり出て来たので、今後用語集を投稿予定です。

追記:ウァカルンについて
クラーク・アシュトン・スミスが描くゾティークに住まうナートの降霊術師です。登場作品は「ナートの降霊術」で、ウァカルンの降霊術の力量の高さが伺える作品です。本作では降霊術師という理由だけでエミルの友人役をやってもらいました。
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