ふと夜中に目覚めた俺は、俺のベッドに張り付いて寝ているビビと、室内で寝ている仲間を見て少し笑みが浮かんだ。大切にされてる事が、幸せだと思う。
部屋にいるメンバーを見て、外にいるのがサンジだとわかった俺は、それなら無理に起きなくても大丈夫だと安心して布団に潜り込んだ。そういう意味では、1番信頼出来るのは、サンジだと言うのが大きい。
長い間、寝たり起きたりを繰り返していて、日付けの感覚が分からなくなる。だからこそ、違和感が強くなるのは当然で、何故こんなにも高熱が続くのか、風邪やインフルエンザにしてはおかしい。
次に気がついた時にはルフィが外へと飛び出して行ったところで、島が見えたのだと聞こえた。それに少し笑ってから顔の向きを変えれば、ゾロの姿が見える。
その視線に気付いたらしく、ゾロがこちらを見て首の後ろをかきながら口を開く。他には誰の姿も見えないが、常に誰かがそばに居てくれてるらしいと分かる。
「あー……。なんか、飲むか?」
ゾロの言葉に頷けば、ゾロは机の上に置かれていたグラスに何かを注いで持ってきてくれる。そして自分で起きようとした俺の体を軽々と支えて起こしてくれたので、それに甘えて水分を補給する。
「本当に熱いな。まだ寝てろ」
後ろから聞こえた声に返事をしようとして、上手く声が出せなかったので頷けば、ベッドに勢いよく倒れそうだった俺の身体を支えながらゾロは俺を寝かし付けてくれる。その勢いのままに額のタオルを取り替えてくれるのは、実は慣れてたりするのだろうかと考えて、答えは出ない。
「ありがとう」
上手く声になったかはよく分からないけど、そう言ってゾロを見れば額にタオルを置いた後その手で瞼を伏せられる。おかげでゾロの表情は見えないが、優しい声だと思った。
「いいから、今は寝てろ」
その声が思いの他優しくて俺は身体の力を抜いて眠り込んだ。身体は想定以上に疲弊しているらしい。
その次に目覚めた時には、誰かに背負われているようで、意識が朦朧とする中外の寒さもあってその背中に縋り付く。縋り付いた背中からタバコの香りがして、サンジが背負ってくれているのだとわかると、少し申し訳ない気持ちになった。
「サンジ、ありがとう」
「ナミゾウ、気が付いたのか。もう少しで人のいる所につくから耐えてくれ」
嬉しそうに声を弾ませるのを聞いて、何故か泣きそうになる自分を不思議に思いながら、もう1度ありがとうと言ってその背に身体を預ける。
ベッドに下ろしてくれたサンジが、やうやうしく俺を寝かせてくれて、きっとサンジは病人を身近にしていた事があるのだろうと考える。そうしたらふと思い出して、ああ……お母さんかと気付く。
寝かせた後離れて行こうとするサンジの手をほぼ無意識で掴んで、俺は何かをサンジに言おうとして、言えないままに眠りに落ちた。何を言おうとしたのか、それはもう分からない。
体力が減り過ぎていて、起きている事もままならない。
早く、ビビを連れて行かないといけないのに。
眠った俺にサンジが何かを言ったけれど、それは俺の耳には届かなかった。
それからどれくらい寝ていたのか、ルフィに頬を叩かれて声をかけられた事で意識が浮上する。
「おいナミゾウ!ナミゾウ!!聞こえるか?」
ルフィにしては真面目な顔しているから、何かあったんだろうとは思う。珍しい表情に俺は小さく首を傾げてから、可能な限りの笑顔を見せる。
「……無理して笑わなくていいから聞け!あのな……ヤマ登んねぇと医者いねェんだ。山登るぞ」
ルフィの言葉に皆が心配して色々言ってくれている。その中にゾロの声がないので、ゾロはあの蝋の奴と戦った時の足の怪我で船に残ったのかと余計な事を考える。
会話はその間も続けられて、幸せだなぁと思った。だからこそ、早く……治さなきゃな。
「よろしく……キャプテン」
そう言って布団から手を出せば、ルフィは嬉しそうに笑ってその手を叩いてくれる。これで、ビビをこれ以上苦しめなくてすむ筈だ。
ああ、ルフィを船長としてついてきて良かった。ルフィの笑顔はそう思わせるもので心が温かくなる。
「任せとけ」
おう、任せる。それは言葉に出来なかったけれど。
それでも意識を失わない様に、精一杯頑張ってルフィに腕を回してつかまっていると、ルフィからもしっかり捕まってるように言われる。
それに何とか答えながら、ルフィと並ぶサンジに視線を向けようとして、歪む視界の為に何も見えずに終わった。
ルフィの背中にいるなら、何があっても大丈夫な気がして、ただ抱きついている事に全力を賭した。ルフィの役に立てる存在でありたいと、それだけを願うのは、これも刷り込みの1種なのだろうか。
いつ意識を失ったのかさえわからない中で、ルフィの必死な様子だけは感じ取っていた。その温もりに包まれながら、心からありがとうと感謝する。
次に意識が浮上した時、随分と体が楽なっている気がして、俺は辺りの音を気にしてみる。その音は聞き覚えが無くて、でも、足音には何故か聞き覚えがあるような気がして身体を起こして様子を見てみる。
そこに居たのは紛れもないチョッパーで、俺から見れば既に大切な仲間だ。何度も心の中で加入を求め続けた大切な船医。
「ここは?」
そんな俺の1言にさえ、怯えて後退るチョッパーはただひたすらに可愛くて、でも隠れ方がおかしくてつい、突っ込めば慌てて物を落としたり崩したりする。そのままの勢いで体調を聞いてくるその声に、やっぱり可愛いと思う。
「随分楽になったみたいだ。ありがとう」
声をかければ、再び盛大に物をひっくり返してドクトリーヌに叱られている。それがまた微笑ましくて、つい、触れてみたくなる。
けれど、チョッパーはすぐさま部屋を飛び出してしまいそれは叶わなかった。伸ばしかけた手は即座にベットに下ろして、諦めたような溜息が自分から漏れたのが分かる。
その入れ替わりに現れたドクトリーヌに、居場所と病気について教えられると、俺は不思議な気持ちになった。どうしてチョッパーを知っているのに、チョッパーが仲間になる経緯は分からないのだろう。
どうしてチョッパーの過去を知っているのに、今の病については知らないのだろう。中途半端としか言えない知識に、無性に苛立つのを抑えて、自分の腹に出来た跡を睨む。
「並の苦しみじゃなかった筈だが、ほっといても5日たてば楽になれた」
そう言われてしまえば、つい笑ってしまう。大した事じゃないから記憶からも消えていて、知識としても蘇らなかったのかと思えたから。
「それなら、ルフィ達に無理させなくても良かったって事か?なら、悪い事したな。後でビビとルフィに謝らないと」
「あァ、放っておいたら残りの2日後には、死んでいたんだから無理する必要は無かっただろうね」
ぞくりと背筋が寒くなった。ルフィ達があの時決断しなければ、俺は死んでいた。
そうなったら、ビビをアラバスタに送れなくなる所だったという事だ。……何が大した事ないだよ、俺の馬鹿。
その後も説明をしてくれて、太古の密林で腹出して歩いてでもいなければ普通はかからないという単語に、少し前の自分を思い出す。
爆弾で服が燃えて…………腹丸出しで闊歩したよな。アレか、アレが原因か。
そんな俺の様子にドクトリーヌは呆れを隠さない。それでも、休むよう言われて俺は渋々ベッドに戻る。
でもその後に続いた3日は寝てろという言葉に、俺はベッドから飛び起きるとそれを否定した。その瞬間、生命の危機を感じる勢いでベッドに押し倒され、喉元にはナイフが突き付けられる。
早い動きに、病気中と言うのを差し引いても怖いババァだなと思う。本当に、医者、なんだよな?
しかし、そんな雰囲気もルフィ達のドタバタで消失する。
「ルフィ、サンジ、辞めろ。チョッパーが可哀想だろうが」
その言葉はドクトリーヌにしか届いていなかったけど。
「チョッパーの名を知ってるんだね」
「さっきドクトリーヌが呼んでただろ」
笑って言えばドクトリーヌは成程と笑いながら、チョッパーについて話してくれる。それは、悲しいチョッパーの過去の1部。
俺はそれを聞いて、小さく頷くと三人の消えたドアを見つめる。その後いつの間にかルフィ達の追いかけっこにドクトリーヌも加わっていたが、俺は船の上の雰囲気と変わらないそれに笑いしか浮かばない。
開いているドアから雪が吹き込み、それを閉めようとベッドから降りるとチョッパーがコソコソと帰ってきた。
心配して説明しながら寝かせようとするチョッパーにお礼を言えば、可愛い反応を返されて、つい抱き締めたくなるけど、今やれば逃げられそうでそれも出来ない。
理由は分かっていても、海賊に興味を持って、怖々近付くチョッパーが本当に愛しい。じわじわと近寄って来た所をつい抱き締めて、驚いて暴れるチョッパーに1緒に来て海賊にならないかと誘う。
驚き抵抗を見せていたチョッパーは、けれどもすぐにその抵抗を辞めて、小さく色々と否定してくる。その否定が悲しくて、抱きしめる腕に少し力を強くしながらその後頭部を撫でる。
「俺を怖がらせたいのか?」
笑いながら身体に隙間を作って顔を覗き込めば、チョッパーは小さく青鼻だしと言う。それに応えようとしたところでルフィ達が現れて、チョッパーは腕の中から逃げていってしまう。
腕の中にいてくれたら、2人から守れたのにと思いながらそれを見送れば、ドクトリーヌにそれを見咎められる。
「感心しないね、坊主。あたしのいない間にトナカイを誘惑かい?」
「おや、あの程度の事が誘惑に見えたのか?……ドクトリーヌのような美しい方なら、誘惑したいところですが、僕のような子供にはまだまだお相手も務まりそうにありませんので、ご容赦を」
「心にもない馬鹿言ってんじゃないよ、小僧」
笑う俺にドクトリーヌは嬉しそうに、楽しそうに笑った。それから切なそうにチョッパーについて再び語ってくれる。
そして最後にこう聞いた。
「お前達に……あいつの心を、癒せるかい?」
俺はそれに何も答えられなかった。
ドクトリーヌの話が終わると俺は静かに身体を横たえた。知っていても、聞けばやはり涙が出そうになり必死で耐えるしかない。
情けない顔をする俺にドクトリーヌは珍しく優しい顔をして部屋を出て行った。それを見送れば少し気分が落ち込んでいくのが自分で分かる。
そのうちに、バタバタした音さえも聞こえなくなり静寂が戻った。それから俺の心が安定するのを待っていたかのように、寒い寒いと言いながらルフィが戻って来る。
上着を探すルフィに、俺が上着を貸してやるよと言えばルフィはそれを借りて着込み、喧嘩してくると言って笑った。だが、その笑顔は俺の顔を見て固まり、1瞬で間を詰められる。
「誰に泣かされた」
その顔は真剣で俺はつい、誤魔化した。それも、全力で。
「病気の時は、心細くなるって言うだろう。それだけで、誰かのせいじゃねぇよ。心配すんな」
その俺の言葉に反応したルフィは、にっと笑うと私を抱き締め耳元で囁く。
「身動きも取れねぇ時に、んな事言ってると……喰うぞ」
そして何事も無かったかのようにルフィは外へと飛び出していった。今のは、何だ……?
ルフィは頭でも打ったのか?どうしたらいいんだ。
俺は慌てて布団に潜ると乱れた感情が落ち着くのを待った。外からの音が小さくなり、自らの顔の熱と脈が安定したのを期に俺は黒いフード付きのコートを羽織って病室をそ~っと抜け出した。
3日もこんな所で寝てられねぇんだよ。ビビを早くアラバスタに連れて行かなきゃいけねぇんだから。
「さては麦藁の仲間だなァ?」
突然かけられた声に俺は即座に否定する事で答えた。
「いんや、全然違うな。何の事だかサッパリわからん!!」
そんな俺の対応に声を掛けた奴は動揺する。それを見て俺は自分の選択が正しかったと知る。
アレは敵顔。上手く言いくるめて逃げなきゃな。
俺は混乱して納得し掛かっている敵顔に早口に言い募ると、何事も無かったかのように優雅に背を向けて歩き出した。しかし、そう上手くは行かないもので、敵顔の男は俺の嘘を簡単に見破り怒りの形相で追い掛けてくる。
俺は剃を使って必死に逃げようとしたが、身体が思うように動かずに転げ落ちるように階段を下りるも、階段を降りきって少しした辺りで距離を確認しようと言う思いで1瞬振り返り、足を止めてしまった。
結果として、男がみるみるうちにバケツへとその姿を変えて、階段から転がり落ちて来るのが見えた。
「なんだ、あれ?」
その直後、敵顔男が細くなった姿で現れて俺に飛び掛ってきた。それを見て必死で逃げるが、弱り切った身体は無様にも足元に積もる雪に足を取られてしまい、上手くいかない。
僅かな時間と距離しか稼げないままに、俺は敵顔の男に押し倒され馬乗りにされる。そのまま首を絞められて、殺されると思った次の瞬間、その手の力が緩んだ。
「いい女だな。オレサマの妻にしてやろう!」
その言葉と同時に、何故女だと思ったんだという怒りが込み上げてくる。筋肉質過ぎるだろうと叫びそうになりつつも、俺は必死にそれを耐えて抵抗を試みるがそれも虚しく衣服は破られその素肌を男に晒した。
寒さや病気とは違った寒気に苛まれながら、俺は男を睨み付ける。その状態になり俺が男だと気付いたのか固まったのが分かる。
良い事だと思いながら逃げようとしてみるが、熱に浮かされた身体は力を入れる事が出来ない。男は俺が男だとわかった上で何故か体に触れようとしてきて、小さく舌打ちしたその時長く伸びた足が男を蹴り飛ばした。
足早に近付いてきたルフィが俺の隣に立つと、ルフィが俺のみっともない姿に何か言うよりも早く俺が怒りの鉄槌を下した。
「ルフィ?どうして俺のジャケットがこんなにボロボロなのかな?」
ルフィは俺の姿に1瞬動揺して見せしつつ、その言葉と表情に恐怖を抱いて少しずつ逃げて行く。それを俺が怒りながら追い詰め、ルフィに壁ドンして、笑った。
「ったく!でもいい。許してやろう」
俺の言葉にルフィはホッと息を付いたので、壁から手を離した俺はニコニコと続きを口にする。
「ルフィに服を貸して、綺麗に返ってくるとは思ってなかったからな。弁償の場合は3倍返しにちょっと利子を付けて十万ベリー、ルフィに貸しだぞ」
その直後顔色を変えてルフィが文句を言っていたけれど、そこは無視を決め込む。
そんな2人のやり取りを見ていた敵顔の男が高らかに何やら宣言しつつ、閉まっている扉を開けようとして、鍵が無い事に気付いて逃げ出した。ルフィがそれを追って行くのを確認してから、俺は前を合わせる事も難しくなった衣服の隙間から鍵を取り出して溜息をつく。
「なんだ、武器庫の鍵か。宝物庫なら良かったのに」
心からの言葉を呟いて俺はその場に立ち尽くす。メリーは何時でも金欠なんだよ。
それから微かに聞こえた声の方に振り向けば、サンジがそこに居たので共に城をコッソリと抜け出す。戦いが終わったら隙を見て逃げようというのは、変わっていない考えなのだ。
しかし、1蹴りで壁を破壊するドクトリーヌに見つかり、サンジと俺はあえなく御用となった。
俺は治療のついでに着替えさせられると、ベッドに寝かされた。そしてサンジの治療から戻るったドクトリーヌから、武器庫の鍵を求めている内容の会話が聞こえてきた。
「ドクトリーヌ?うちのクルーの治療代なんだけど……タダにして、俺を今すぐ退院させてくれないかな?」
これは、勝ち戦だと俺は内心ほくそ笑む。
「そりゃ無理な頼みだと分かっていて言ってみただけかい?」
ドクトリーヌは呆れた様子で言い募るし、ビビもまたそれを止めようとする。それでも俺はニンマリと笑うと鍵を指先に乗せて見せた。
「武器庫の鍵、必要なんだよなー?」
驚く面々にスったと言えば、ドクトリーヌは苦虫を噛み潰したような顔をして俺を見る。そして鍵を奪うように受け取ると、治療代はいらないと言って、けれども寝ていろと言うので俺は慌てる。
けれどもそれに続いた言葉に、チョッパーの親だと実感する。素直ではない言葉で、俺を送り出してくれた。
俺がビビと共にサンジをソリに乗せて城から出た所で、チョッパーの姿を見付けて足を止めた。チョッパーはルフィに誘われて、それを断っている所で、俺はただ、その成り行きを見つめた。
そして、ルフィの勧誘に押し負けたチョッパーが挨拶に行くのを見送り、チョッパーが戻ればいつでも出られるように準備を進める。その途中で城が騒がしくなり、野暮な事だと笑った直後、チョッパーがソリを引きながらドクトリーヌに追い掛けられている姿が目に入り、チョッパーに言われるままに全員がソリに乗り込んだ。
必死になって逃げ出すチョッパーへの追撃は、途中で止まった。それでもチョッパーは走り続ける。
止まるべき場所を見失ったのかのように。そんな中で突然大砲の音が響き渡り、チョッパーは足を止める。
音のした方を振り向くと、空が突然ライトアップされた。そこに現れたのは大きな桜の木。
雪が桜色に染まり、あたかも桜の花びらのように見える。それを見たチョッパーが涙を拭う事無く真っ直ぐに見つめながら、大声で泣くのをただ、皆黙って見ていた。
後に……語り継がれるこの〝ヒルルクの桜〟は、まだ名も無きその国の、自由を告げる声となって夜を舞う。丁度、この土地でおかしな国旗を掲げる国が誕生するのは、もう少し後の話だ。
チョッパーが涙を流し終えた頃、俺はチョッパーの手をひいて共に船へと向かった。夜だというのに人に溢れた街で、最低限の買い出しとして、少量の酒と食料を積み込んでいると、ビビが川で凍り付いているカルーを見付けた。
悲鳴をあげながら助け出したカルーをビビが温めて治療している間に、4馬鹿に指示を出して船を出させるが、気がついた時には酒盛りを始めていた。海からも見える祖国の桜を見つめるチョッパーを、四馬鹿が誘う。
それについて俺が怒るとルフィはカルーに対して生きていたから良いと言い、ゾロは足を滑らすなんてドジだと笑う。酒の席とは言え、コイツらには思いやりがないのではないかと先日とは正反対の事を思う。
「ゾロって奴が川で泳いでていなくなったから」
そう言って通訳をしたチョッパーの言葉を聞いて俺はゾロを殴ってから、チョッパーを褒める。チョッパーは相変わらず口は素直じゃないけど、態度がそれを覆すからつい、抱き締めてしまう。
うん、可愛い!チョッパーは2重の意味で癒しだ。
しかしそこで何故かサンジとルフィがチョッパーが医者である事に驚きの声を上げるから、俺はつい冷たい反応を返す。その時の男達の反応で、チョッパーがどこかへ逃げようとするからそれを抱きしめる事で抑えて、危険人物達から見えないように庇う。
「大丈夫だよ、チョッパー。コイツらが危険そうなら、夜は俺と寝よう」
チョッパーにそう声をかけていたら、チョッパーは医療道具が無いと言い始めた。けれど、ソリの中には袋があって、俺は不思議に思いながら確認する。
それはチョッパーが用意したものではなく、ドクトリーヌがチョッパーの為に用意していてくれた物だった。それがわかってしんみりするチョッパーを撫でながら俺は笑う。
「素敵な人だな」
そんな雰囲気を破壊するルフィとウソップに誘われて、チョッパーも宴に混ざっていく。アホな事を教えるなと俺がいくら怒ってもそれはどこ吹く風。
チョッパーはそんな輪の中に入って、泣き笑いを浮かべる。
「こんなに楽しいの、俺、はじめてだ!」
そんな可愛い……いや、嬉しい事を言われたクルーは、迷う事無く酒を手にして、新しい仲間に乾杯をした。船は今〝最高速度〟で……砂の国アラバスタを目指している。
その日の夜中、俺は酔い潰れて眠るビビを静かに抱き上げて部屋へと移動させた。ベッドに横にたえ布団を掛けてから、眠っているのを確認して、部屋の隅に置いてあるタオルケットを持って甲板へと戻る。
カルーにそのタオルケットを掛けてから、その近くで眠るチョッパーを抱き上げて再び自分の部屋に戻ると、チョッパーを自分のベッドに寝かせてふぅと息を吐き出す。
見た目より重いのはやはり、野生動物であった名残なのかと思いながらも、チョッパーが風邪をひかないように布団をかける。
それからまたもや部屋を出ると、倉庫から毛布を3枚取り出して甲板へと急ぐ。眠りに落ちているルフィとウソップにそれをかけると、そっとゾロに近寄る。
「まだ飲まれてないだろ。毛布使うか?」
小声で話しかければゾロは軽く腕を回してから、いらねェと返してきたのでその毛布を持ってサンジの元へ向かおうと俺は踵を返した。時間は有限だ、大切に使わなければ。
「どこ行くんだ?」
突然腕を掴まれてそう聞かれたので、素直にサンジの所へと言うと嫌そうに顔をしかめられた。……厄介な奴だ。
「あのなぁナミゾウ、そんな無防備に動き回って、何されても知らねぇからな」
「何も掛けずに寝かせるわけにもいかないだろう。今日はサンジが見張りだし、毛布の1枚もなかったら流石に体調を崩すかも知れないだろう。そもそも俺は男だ、何をされるってんだよ」
俺の言葉にゾロは苛立ちを隠さず、少し強めにその腕を引き寄せた。その力に逆らえる筈も無く、俺がゾロの胸に倒れ込むと早技でその毛布を肩に掛けられる。
「俺やクソコック、ルフィがその気になれば今のナミゾウなら簡単に組敷ける。少しは警戒しとけ」
ゾロの胸に顔を押し付けられた状態で言われたそれに、俺はふぅとこれみよがしに溜息をつく。ルフィを筆頭に仲間に対して警戒する必要性を欠片も考えていなかったのだから、俺も多少は悪いのかも知れないが……そんなに溜まってんのか、こいつ。
「アラバスタは大きな国だ。そこで娼館に行けばいい。耐えられないならビビにさえ配慮するなら、別に適当に抜けばいいだろう。若いんだから無理は良くないが、男に走るな」
俺はそう言ってゾロから離れようとして、顎を掴まれる。えっと言うよりも早く唇が触れ合い、言葉を発する為に開けていた唇の隙間から当然のように侵食される。
「んっ……うっ……」
病み上がりだと言うのもあり、上手く抵抗も対応も出来ないでいる俺からゾロは1瞬唇を離した。そこで呼吸を整えていたら、低く言葉が落とされる。
「良いから、眼、閉じてろ」
その表情と声に俺は背筋をゾクリと震わせしたが、逃げる間もなく再び唇を奪われた。これまで感じた事の無いそれに、心を許した相手とはこうも違うのかと愕然としたような気持ちになるも、そのまま流される訳にはいかない。
顎にあった筈の手は、いつの間にか頭を支えていて、頭を動かして逃げる事も叶わない。せめてもの抵抗として唇を閉ざそうとしても、舌の強さもゾロの方があるのか口内を蹂躙され貪られる。
「うん……ぁ……やっ……」
時折唇が離れる瞬間に、抵抗の言葉を発してみるがゾロはそれをやめようとはしない。厚い胸板を押して抵抗してみても、効果は無い。
どれ程長くそうしていたのか、ゾロの唇が離れて、互いの唇から銀糸が繋がっているのを、何処か遠いところの物を見るような心持ちで見ているとゾロが自らの唇を舐めて、獰猛に笑った。
「油断してるからだ。ご馳走さん」
前回俺が少し教えた事を忠実に守り、技術を上げていた事に驚きつつも、頭の何処かでそうじゃねェだろうと思う部分もある。だが、今の体調ではやり返せば返り討ちに合うのが分かっているから、俺は仕方無く深々と溜息を落として立ち上がる。
「……病人襲って、満足か?馬鹿馬鹿しい。手近な俺で済まそうとするんじゃねェよ」
娼館が必ずしも安全とは限らないから、近場の俺で済まそうとしたのかと思えば理解は出来るし、ビビに手を出さなかっただけ偉いと思うが……。納得は出来ない。
部屋に帰る俺にゾロが何かを言う事は無く、俺もまた今更サンジの元へ行く気力もない。サンジへの対抗心もあるのだろうが、厄介な事だ。
部屋に入ると、ゾロお前金払え!と脳内で叫んでから、カルーとチョッパーに挟まれて幸せそうに眠るビビを見て、無事で何よりだと息を吐く。今夜は海図でも描いてから寝るかと、机に向かった。
翌朝、進路を確認してから軽くシャワーを浴びた俺は、爽やかな気持ちでサンジが用意してくれている朝食を皆と食べた。朝食を終えて洗い物を纏めて運んでいると、サンジが真剣な顔でこちらを見ているのが分かり、足を止める。
「何かあったか?」
また食料が盗まれたのかと心配して聞けば、サンジは言いにくそうに表情を歪めた。まさかネズミでも出たのか?
「ナミゾウさんは、マリモと付き合ってるのか?」
「は?なんでそんな誤解が?」
あまりにも予想外な言葉につい本音がこぼれると、サンジは視線を逸らして困ったようにしていた。それを見て、俺はあまり気にしないようにしながら、次の食器を運んで行く。
「昨夜、指針を見ながら見張りしていたのは、俺だってのは覚えてるか。ナミゾウ」
それは知っていると思ってそう言おうとした所で、昨夜の事を思い出した。そうなると、と考えて言葉を口にする。
「あれは、ゾロが酔ってた上に盛ってたんだよ。娼館で性病貰いたく無かったのかもな。迷惑な話だが、ビビを襲わなかっただけ良しってなもんだろ」
とりあえず俺の見解を話せば、サンジの表情に微かな怒りが滲んだ。本当にサンジとゾロは相性が悪い。
「あいつはあの程度の酒で酔ったりしない。それは、ナミゾウも良くわかってる筈だ。仲間に安易な気持ちで手を出すとも思えねェ。特にナミゾウは、ルフィのモンだと分かってるからな」
その声は真剣で、俺はどう言えばいいのかと言葉を詰まらせる。1体何がどうなって、俺がルフィのものになったと言うのか。
少しの間俺を見詰めていたサンジが、突然驚いた表情で聞いてくる。
「ナミゾウ、まさか本気で?分かってないのか?」
「何が?」
意味が分からずに首を傾げれば、サンジは疲れたような顔をして笑った。
「いや、昨夜の事でナミゾウが嫌な思いをして無いなら良いんだ。余計な事言ったな」
「あのなァ……嫌な思いはしたさ。だが……ビビに手を出すよりはマシだろ。それに……俺は慣れてる。あ!それから俺はルフィのものじゃねェからな!」
いつもの調子に戻ったサンジにそう言って俺はキッチンを後にする。ボーッとしている暇は俺には無い。
その日の昼過ぎ。サンジがルフィを追い詰めている声が船内にまで聞こえて来て、航海日誌を描いていた手を止めて様子を見に行く。
するとどうやらその犯人はルフィだけでは無かったようで、ウソップ、チョッパー、カルーが釣りをしているフリをしながら口をモゴモゴさせているのが見えた。ルフィだけに責任押し付けんなと、内心で溜息を落とす。
とりあえず俺による拳の制裁を受けた面々は甲板に倒れ込み、サンジが希望する鍵付きの巨大な冷蔵庫を購入できるように計算する事にした。アラバスタで売ってたら良いんだけどな……。
そして今後の為にクロコダイルがどんな人物なのかを海が安定している間に、ビビから聞いておく事になった。俺以外は情報が足りなさ過ぎるから、必要な時間だ。
そうして語られるクロコダイルの英雄譚。それのなんと見事な事か。
「クロコダイルが英雄かァ」
ついこぼれ落ちた俺の素直な言葉にビビは唇を噛む。それからビビがクロコダイルの行動や、国民の考えの説明を続けるとそれを聞いていたルフィが頷いた。
「とにかく、クロコダイルをぶっ飛ばしたらいいんだろ?」
ルフィの空気を読めない発言も気にせずに、ビビはバロックワークスのシステムを話す。そしてルフィはまたもや同じ言葉を繰り返すので、何も理解出来てない事は、全員が理解出来た。
「って事は間違い無く。BW社最後の大仕事、アラバスタ王国の乗っ取りとなれば、その〝オフィサーエージェント〟って奴らの残り全員が」
俺がそこまで言えば、続きはビビが引き継ぐ。
「ええ……集結する筈」
緊張感に包まれたそこで、クロコダイルがスナスナの実を食べていると確認できた俺は、記憶の間違いも無さそうだからと考えて、皆には対策を考えると言って船内に入った。
仲間と共にアラバスタを目指すその船は、もう他の島に立ち寄る予定も無く、真っ直ぐに海を進んでいく。
船は順調に進み、4日程前に船の食料を食べ尽くした馬鹿達に釣りが命じられている他には、特に変わった事は無かった。倉庫に入れてあった網をその4日前の夜に取り出して、簡単に調整した後、俺が海に入れておいた。
翌朝、それを俺が1人で持ち上げようとしていたのをゾロに見つかり、苦労していたのが馬鹿らしく成程簡単に引き上げられた。……それが悔しかったなんて、言わないぞ。
その中に何匹か捕まっていたので、漁は成功したと言っていいだろう。それを見たサンジが喜んで抱きついてきたから、ハイハイとそれを受けて頭を撫でたが、これからは毎晩網を下ろしておくように言えば、それに否は誰からも無かった。
そうして盗み食いした馬鹿以外は普通に、馬鹿達にはその半分の量が提供され、それからも食べる事に成功したものの、既に肉も魚も無い事に変わりはなくて、残っていた野菜も既に無い。
仕方無しに毎日俺が蜜柑を幾つか採ってはカゴに入れてを繰り返して、サンジの元へと届ける。春菊辺りを育てるべきかと思うが、腹の足しにはならないんだよなと溜息が出る。
「これでなんとか今日も凌いでくれるか?」
「ありがとなナミゾウ。本当にどうしようかと思ってたんだ」
それはそうだろうと思う。腹持ちする野菜は基本的に根菜で船で育てるには向かない。
不可能ではないから、今度麻袋で育てるべきかと脳内にジャガイモをイメージしながら、サンジに頷く。サンジの気持ちは良くわかるぞとの意味を込めて。
今の所朝網に魚がゼロという事は無かったけれど、食料不足は深刻な問題だ。俺は気にしないで良いとサンジに笑って調理場から出る。
その足で自室に帰り、海図を描く為の物を手にキッチンへ戻ればチョッパーが何やら本を読んでいたのでその前に座った。海図を描く為の時間は少しでも有効活用しなくてはと、ペンを手にすると外が騒がしくなる。
恐らくはビビがルフィ達を叱り飛ばしているのだろうと気にもとめず、真剣な顔で海図を描き進めているとビビがキッチンへ飛び込んで来た。
「ナミゾウさん来て!正面に何かあるみたい!」
その声に促されて俺が甲板に出ると、チョッパーとサンジもそれに続いた。そこで俺が海底火山の説明をすれば、ビビはその瞳を輝かせるから、俺もつい笑ってしまう。
話が落ち着いた頃、俺はチョッパーとビビをその場に残して船内に戻った。海図も中途半端にしていては気持ちが悪い。
そこへサンジが蜜柑ゼリーとオレンジティーを作って持ってきてくれたから、それを有難く受け取る。
「ビビには良いのか?」
外に行く気配もなく、目の前の椅子に腰掛けるサンジを見て意外だったので聞いてみれば、サンジが困ったように笑った。女が第一優先事項だろお前、とは口には出さなかったが。
「『この蜜柑はナミゾウさんのだから』ってビビちゃんは食事以外は断るんだよ。だから、気にしないでいい」
そういう事ならとゼリーを食べながらサンジを見れば、煙草を咥えている。その姿に少し悪戯心が刺激されて、ゼリーをスプーンですくった後それを差し出してみる。
「はい、あーん」
言われるままに口を開けたサンジにそれを1口食べさせて、再び残りは自分で食べる俺の目の前で、乗せられたサンジが何してるんだ俺はと言って悶えている。
「何だって、突然」
「俺だけ食べてるのもアレだから。……共犯にしただけだが?」
特に理由の無い悪戯だったのでそう言って笑えば、サンジは呆れた様子でキッチンに戻るかと思っていたのに、何故か耳まで赤くして顔を背けるからその照れが伝染する。
どうしたものかと考えながら最後の1口を口にした瞬間、サンジが真剣な顔で俺を見て、言う。
「もう1口、くれるか?」
とはいえ今口に入れてしまったし、出す訳にもいかないからとゼリーを口の中から動かせなくなった俺の返事を待たずに、サンジの顔が近付いてきて、机越しに口付けられる。何か特別変な味でもなかったのに、何故味見をしたがるのかと思っていたから、反応が遅れた。
「んっ?!……まっ……」
口内を蹂躙さしながら器用にゼリーを奪った犯人は、唇を離すと目の前でそれを飲み込んだ。昨日から何なんだ、この悪戯小僧共めとの怒りを込めてサンジの胸ぐらを掴むと、俺からサンジに唇を合わせに行く。
歯列を割って侵入させた舌でサンジの口内を蹂躙していれば、サンジが辛そうに喘ぐがそれを無視して続ける。薄く瞳を開いて俺を見る眼差しには熱がこもっていて、随分と可愛く思えるが、大人に悪戯するもんじゃないと教える為にもしっかりとその身に俺を刻む。
ゆっくりと唇を離して見れば、サンジが顔を赤く染めて荒い呼吸をするからその唇を軽く舐めて掴んでいた胸ぐらを放す。それによりふらつくサンジに俺はニンマリと笑う。
「子供が大人の真似をするんじゃない。俺を襲うには、まだまだ、経験不足だ……坊や」
「ナミゾウの方が年下だろうが!……まさか、アーロンに仕込まれたのか?」
サンジの言葉に俺はピクリと反応する。それに気付いたサンジが成程とか言うから、何を分かった気でいるのかと無言で睨み付ける。
けれどそれを気にせずに、その場から空になったゼリーの器を持って立ち去るサンジに俺は何も言えずに見送る。サンジがこちらを見ていないのを確認して、俺は息を吐き出した。
ただ、アーロンの名を聞いただけで。ただ、アーロンにされた事を言い当てられただけで。
俺の体は小刻みに震える。どうして、どうして、俺は……こんなにも弱いのか。
成長しない自分に内心ダメージを受けながら、震える体を誤魔化すように俺はサンジが用意してくれていたオレンジティーを口にする。それを1口口に含んだ時、俺は驚愕に目を見開いた。
サンジに俺の好みの茶葉なんぞ教えてはいない。それなのに茶葉はセイロンのオレンジペコを使っていたようで、お気に入りのその味に心が少し落ち着いていく。
世界が違うから、正確にはセイロンでは無いだろうけど、味も香りもそのままだ。だとしたら……キームンもあるのだろうか。
もしもあるのならば、ラベンダーティーを作ってもらえたりはしないだろうか。そんな事を真剣に考えながらサンジの背中を見れば、サンジがその視線に気付いたようで俺に視線を向けた。
「どうした?」
「この紅茶、茶葉は?」
無意識に問い掛ければサンジは聞いた事もない産地の名を言うが、説明を聞けばセイロンで間違いなさそうで、キームンの茶葉についてサンジに俺が話せば、その条件ならと言って少し考えるような仕草をした後、小さく頷いた。
「少し待ってろ。条件に合いそうなのいくつか持って来る」
食料は尽きても茶葉はあるのかと少し笑いながら、サンジを見送り俺はティータイムを堪能する。その時外が騒がしくなったけれど、それを気にするだけの余裕は俺には無かった。
まさかその時、表ではNo.2のボンクレーが来て騒いで帰ったのだなんて、思っても居なかったのだ。帰って来たサンジと茶葉について話をしていたら、扉を蹴破る勢いで中に入ってきたチョッパーに、俺達は珍しいなと思いながら視線を向ける。
そこに来て漸く状況を知った俺達は慌てて外へ出た。そこでゾロが対策をと言い出したので、偽者疑惑が持ち上がった程の騒ぎとなる。
描くマークを選ぶのに、色々と騒いだけれど、ルフィの言葉でバツ印に決まると、ゾロがそれを隠すように包帯を巻いた。
「怪しいと思ったら、包帯を〝取って〟見せ合う。それが出来なきゃ偽者だ」
その言葉は衝撃で、ゾロは皆に弄られる事となったが、概ね平和だ。そして拳を付き合わせるようにして、仲間の証を再認識する。
その数分後、突然現れたウミネコに3人の男が駆け寄るのを眺めて、船の進路を確認する。もう、アラバスタは目前に迫っていた。
ここまでで、ナミゾウ編はリクエスト止まってますのでほぼ、未完の完と言う扱いになります。
この先に続いて掲載されますのは、side作品等になります。
それ等の移動掲載が完了しましたら、今後はリクエストが入らなければ続きの書かれない作品となります事、御理解ください。