※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(パラレル)   作:夢枕 七変化

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小さな誓いsideノジコ

 気がついた時には、既にナミゾウは普通の子供じゃ無かった。……そんな気がする。

 いつも何処か遠くを見ていて、普通なら考えられないような事をしていると言う印象。石鹸、シャンプー、洗剤、そういった物を息をするように簡単に作り出して行くナミゾウは神様に愛された子なのだろうと思っていた。

 誰も教えてないのに、文字の読書が出来て、簡単な治療とかも出来て、暇を見付けては体を鍛えながら……我儘1つ言う事なく、勉強している。まるで何かに追い立てられるように、いつも走っているような子。

 優秀な自慢の弟。そんな言葉で片付けられるような、簡単な存在じゃ無かった。

 いつも時間が無いと言うように焦燥感を滲ませて、走り続けて休む事を知らないかのような弟を心配しない家族はいない。どうして、何も話してくれないのだろうか。

 村の人達も、心配してくれてるけど、多分ナミゾウは気付いてない。何も周りを見ないでただ、前だけを見て、走り続けているそれは、ブレーキの無い乗り物が暴走しているように思えてならない。

 そんなナミゾウはベルメールさんや私を大切にしてくれてるのは、痛い程伝わって来て……どうしたらいいか分からなくなる。何かをやるのはすべて結局は私達の為。

 そんなナミゾウだから、この子は特別だから、何処かでそんな風に思っていたのかもしれない。出来ない事なんて何も無くて、穏やかで優しくて、綺麗で家族思い。

 だから……苦しんでるんだって事、心が悲鳴を上げてるんだって事に、気付けていなかった。それに気付いたのは、ナミゾウが4歳で、私が6歳の時。

 海の見える切り立った崖の上で、月明かりの中で歌うその姿を見た時だった。その日は何だか暑くて寝苦しくて、夜中に目を覚ましたらナミゾウの姿が無かった。

 慌てて探し回った私は、外に出て蜜柑畑の中へ進んで行った時に微かに聞こえてきた声に導かれる様にして、ナミゾウを発見した。声をかけようとしたのに、声を出せなかったのは……月を見上げて歌うナミゾウが綺麗過ぎたから。

 聞いた事のないその歌は、何曲もあって、その中で特に印象に残ったのは出だし方で知らない単語が混ざっていた歌だった。

 

 「ーーー」

 

 ヒコウキって何だろう。鳥の名前かな?

 そんな印象を与えられながら、その歌を聞いていた。その時はまだ、ただ呆然としたような表情だったから、落ち着いていられた。

 

 「ーーー」

 

 出来ない事なんて何も無くて、多彩で優秀で……むしろ天才で、強くて非の打ち所なんて無いようなナミゾウが不甲斐なくて泣くなんて想像もできない。だから驚いてナミゾウの顔を見たら、苦しそうなものに変わっていて、本心なんだと気付かされた。

 

 「ーーー」

 

 何がナミゾウには見えているんだろう。どうしてナミゾウはあんなにも苦しそうに、息ができないと歌うのだろう。

 どうしたらいいのか、わからない。慰めに行くべきなのか、このまま吐き出させるのが良いのか。

 

 「ーーー」

 

 ただ、こうして迷ってる間にも歌は進む。初めて聞く歌詞とメロディに、驚き……初めて目にしたその表情に、困惑する。

 

 「ーーー」

 

 その歌は悲痛な叫びに聞こえた。だからこそ、私の足は固まったように動かない。

 誰を想って歌ってるの?

 どんな未来が見えているの?

 声に出せない問いが渦巻いて、ナミゾウをただ見つめる。いつもナミゾウは私達に当然のように愛してると言うけど、私達はそれにちゃんと応えられているのかな。

 

 「ーーー」

 

 誰を守ろうとしてるの?

 どうしていつも焦ってるの?

 質問したい事も、問い詰めたい事も沢山あるのに、それを口にしたらナミゾウが消えてしまうような気がした。失いたくない、大切な家族だもの。

 

 「ーーー」

 

 独りになんてしないから、もう少しでいい。周りを見てよ。

 皆もちゃんとナミゾウの事を想ってるから。自分から独りになろうとしないで。

 

 「ーーー」

 

 涙がこぼれ落ちた。その心に触れられるなら、私がナミゾウの心に触れたい。

 難解な性格してるのを、優秀なその能力で隠してるだけなんだって分かってしまったから。天才だからとか、特別な子だからって距離を置いてたのは私の方。

 

 「ーーー」

 

 分かりにくいけど、いつもドアを開けて独りにしないでと泣いていたのはナミゾウの方だった。そう理解してしまえば、口煩くても構わないと開き直れる。

 

 「ーーー」

 

 きっとナミゾウを頭ごなしに叱り飛ばしても、嫌われたりはしないと確信できたから。泣く以前に弱音さえ吐けない臆病な弟を守るのは、姉である私の役目。

 

 「ーーー」

 

 これから何が起きるのかなんてわからない。それが絶望と呼ばれるような事であるならば、尚更私が守ろう。

 これ以上独りで戦わせるなんてしたくない。喪ってから嘆いても何もならない。

 

 「ーーー」

 

 思い出すのはベルメールさんと出逢ったあの戦場。人は簡単に死ぬ。

 人は簡単にすべてを喪う。そして、安定した生活を手に入れるのは、物凄く大変なんだって事を……私も知っているから。

 

 「ーーー」

 

 人生をやり直すなんて事は出来ないから、ああすれば良かったなんて思わずに生きられるように、やれる事をしよう。何処か遠くへ走って行こうとする無謀な弟を、抑える為の手綱も必要な筈だし。

 

 「ーーー」

 

 ナミゾウが誰のヒーローになりたいのだとしても構わない。私はナミゾウの理解者でいよう。

 

 「ーーー」

 

 どんなに世界がナミゾウを悪いと判じるような事が起きても、私は常に味方でいよう。ずっと……側で愛していよう。

 歌を聞き終えた私はそう心に誓った。これが私の中でナミゾウとの関係が確立した日の思い出。

 その翌年から、ナミゾウは船でどこかへ行ってお金を手に帰る事が増えた。帰ってくると海図や地図を描いて、蜜柑畑の手伝いして、売る為に多くの洗剤達を作って……ずっと動いている。

 休んでる日なんて無くて、休んでるのかなって思ったら勉強してたり、いないなって思ったら体を鍛えてて、私は不安になる。ナミゾウはいつか崩れて動けなくなるんじゃないかって。

 そんなナミゾウが6歳になって暫く経った頃、突然帰ってこなくなった。行き先もいつもの様に分からないから、何があったのか、無事なのかさえわからない。

 時は無情に過ぎて行って、島の人達が外に出るタイミングでついでに探してもらって、最悪の事だって考えた。ヒソヒソとあの子は綺麗だし賢いから神様に召されたんじゃなんて会話まで聞こえてくるようになった。

 何かに焦ってたのは、自分が早く死ぬって本能的に分かってたからなのかな。嫌だ、ちゃんとしたお別れも出来ないなんて。

 そんな風に考えながらベルメールさんとナミゾウの無事を祈り続けた。そんな日々が続いて半年程経ったある日、村の人達が家に来て暗い雰囲気で口を開いた。

 

 「もしも、1年帰らなかったら、遺体は無いけど葬儀をしよう。怪我して動けないとかならば、あの子なら1年以内には帰るだろう?」

 

 その言葉は絶望。嫌だと叫びたくても、村の人達も譲らない。

 ベルメールさんと私は生きてる筈だとお互いに言い聞かせるように口にして、泣き明かした。その翌日……ナミゾウは何でもないような顔をして帰って来た。洗剤完売だよなんて笑ってるのを見た時は、嬉しさと憎しみが同居出来るって事を初めて痛感した。

 それからベルメールさんと2人で然り飛ばしてもナミゾウは何処か嬉しそうで、その上またすぐに出ると言う。更には今度は1年位は帰らないとか言う。

 縋り付いて止めた私をナミゾウは優しく笑って頭を撫でながら、決めたんだと決意を秘めた瞳で言うから……止められないと分かった。普段穏やかで優しくて、何でも譲ってくれて、何でもやってくれるけど……いざとなった時のナミゾウは誰にも止められないと知っているから。

 いつだったかベルメールさんの蜜柑が美味しくないと言った村の子供を病院送りにしたし、私の事をからかった奴を殺しかけた。それを止めようとした私にナミゾウは笑顔で言った。

 

 「この世で最も尊く美しい人に手を出したんだ。死んだ方が世の中の為だよ。でも、ノジコは優しいから見たくないよね。だから、ゲンさんの所へ帰ってて良いよ。後はすべて僕が殺るから」

 「だから、殺っちゃダメー!」

 

 それ以来村どころか島の人達は、仏のナミゾウと呼ぶ人が増えた。普段は仏のように穏やかで優しいけど、逆鱗に触れたら仏にされるって事らしい。

 ちなみに逆鱗は私とベルメールさんの事。それと、蜜柑。

 そんな過去があるから、ベルメールさんと私が折れるしか無かった。それによりナミゾウは姿を消した。

 それから本当に1年程帰らなくて、その間に私は文字の読み書きとかを勉強しては、ナミゾウは天才なんだと思い知らされた。埃がたまらないように定期的にナミゾウの物を掃除して、今度は皆のんびり待ってた。

 帰って来たナミゾウはたった1年なのに、妙に大人びていて、ドキリとさせられる事が増えた。前よりも穏やかな雰囲気になったし、前よりも力も強くなった。

 でも、相変わらずいつもなにかしていて休んでる時がない。それでもその1年の間に友達が出来たらしくて、何度もルフィくんの話を聞かされた。

 いつも友達さえ作らずに、私とベルメールさんの為だけに生きてきたナミゾウだから、私もベルメールさんも突然発生した見た事の無い友人を大歓迎した。そんな穏やかで優しい日々に戻ると、ナミゾウは月に1度だけ船を出すようになり、その他は常に島にいるようになった。

 そして夜中に時々姿を消しては、いつもの様に崖の上で歌っているみたいだった。その歌はいつも違っていて、それでも私が動けなくなったあの歌は必ず歌っていた。

 他は変えても、あの歌だけは、必ず歌って、それから帰り道で蜜柑の手入れをしている。使う洗剤類も蜜柑だから、ナミゾウからはいつも蜜柑の香りがしていて、そばに居ると落ち着く。

 そんな日々は私が12歳になり、ナミゾウが10歳のあの日に唐突に終わった。その日のナミゾウは少しではなく様子がおかしくて、私にはそれが少し怖かった。

 その日刺し違えてでも私とベルメールさんを守るつもりで、その為にナミゾウは1人で旅をしていたのだと知ったのは、随分経ってからの事だった。これが平和だった頃、私が記憶している大まかな話。

 この先で私が誓ったそれが活きる事になるなんて、想像もして無かった。……世界は恐ろしく残酷で、そして暖かい。




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