俺は帰ってボコボコにされた後、1年程また留守にする事を伝えてシャンクスを追い掛けた。母さんと姉さんには泣かれたけど、俺だって譲れない。
母さんと姉さんは引かない俺に溜息ついて、最終的に折れてくれた。俺は修行を付けてもらった島とその近海の海図を描いてから、シャンクスを追い掛けて、到着した時にそこで出逢った1人の少年を見て暫し硬直した。
シャンクスに海賊になりたいから仲間にしろと言い続ける可愛い少年は、明らかにルフィだ。俺はそのルフィを微笑ましく眺めて、それから気持ちを切り替えてシャンクスに話し掛ける。
「シャンクスさん、遅くなりました。ご指導、宜しくお願いします」
「お、本当に1人で来たかナミゾウ」
シャンクスは既に苦笑いだ。でも他のメンバーもそうだから、何処かで1人で海を渡ってるという話を信じきれてなかったのだと分かる。
俺はシャンクス達から視線を外してルフィに話し掛ける。
「……はじめまして、ルフィくん。僕はナミゾウ」
「ナミゾウ?お前、シャンクスの仲間なのか?」
俺はその言葉に首を横に振る。そして、これが未来の海賊王かと思う。
この時点ではただ夢を語る可愛い少年でしかない。それを見極めたシャンクスの偉大さに頭が下がる思いがした。
「僕はシャンクスに武術を習ってるんだ。まだまだ追い付けないけどさ」
「……追いつくつもりなのか、ナミゾウは」
後から呆れを含んだ笑い声が聞こえて振り向けば、ラッキー・ルウが肉を食べながら言っていたようでそれに笑う。
「追い抜くつもりですよ。そうしないと守れないですから」
守りたいと祈っていても、祈るだけでは守れない。守るには力が必要だけど、俺にはその力を付ける為に使える時間があまり無い。
だから俺はシャンクスに視線を向ける。それにシャンクスは頷いてくれるから、ルフィと楽しい時間を過ごし終えるのを待って、修行を付けて貰う。
ルフィとの邪魔するつもりは無い。俺にはルフィに対抗心なんて無いし、この友情が大切である事は分かっている。
俺はただ、強くなる必要があるんだ。何1つ失わない為に。
それから1年、俺は鍛え上げて貰えた。それはけれども唐突に終わりを告げた。
シャンクスが、未来へと左腕を捧げてグランドラインへと帰って行くからだ。その時俺をシャンクスは心配そうに見てきたけど、俺はそれに笑うばかりだ。
「鍛えてくれてありがとうございました。これからは自力でどうにかしますので、心配しないでください。僕は1人で大丈夫です」
「ナミゾウは、頼る事を覚えろ。それと……途中なのに、すまない」
俺はその言葉に首を横に振る。それどころか、その大事件の起きた時何も気付かずに読書をしていた自分が恥ずかしい。
「大丈夫、理由は分かってますし、僕こそ申し訳ありませんでした。あれだけの騒ぎの中、気が付かなくて……。心配もかけてしまったそうですね」
「……早熟過ぎるのも、問題だな。なァナミゾウ、お前俺達と来るか?」
俺は静かにそれを拒否する。俺には守るべき人達がいるから。
「お誘いありがとうございます。けれど僕には守らなければいけない人達がいますから。旅の無事を祈って……あ、ルフィが」
遠くから走ってくるルフィが見えて、俺はシャンクス達に短く挨拶してその場を離れる。シャンクスがそんな俺にいつかまた会おうと言ってくれたから、ハイと答えて群衆の中に溶け込む。
ルフィの大切な思い出の時を邪魔するつもりは無い。ルフィが俺まで1緒に居なくなったと思わないように、シャンクス達が去ってからルフィに挨拶して、それから帰るつもりではいるけど。
シャンクスを泣きながら見送るルフィに、笑みがこぼれるのは幼いルフィが可愛く思えるからだろう。そして、麦わら帽子を幼い子供に預けたシャンクスの気持ちが、何となくわかる気がした。
どんなに長く付き合いがあっても、俺がそれを託される事は無い。それを不満に思う事も無い。
あの帽子は、ルフィの物だ。
俺は静かにシャンクス達を見送り、船が完全に見えなくなって、人が港から姿を消していくのを眺める。最後までその場に残っていたのは、俺とルフィだけになった。
本来無い筈だった出逢い。1方的で、かつ、我儘な願いの為に介入しかけてしまった事に多少の罪悪感を抱きつつ、ルフィに声をかける。
「ルフィ、別れを言いに来た」
「ナミゾウ!?お前はシャンクスと行ったんだと……思ってた」
ルフィは本気で思ってたらしく、その大きな瞳を見開いている。それが可愛くてその頭を撫でる。
「馬鹿だな。俺もお前と同じだ。子供を連れて行く筈ないだろう。……それより、俺、助けに行けなくてゴメンな。気付かなかったんだ」
本読んでたからとは言えなくて、無駄に高い集中力をどうにかしないとこの先危険だと初めて気付いた。ルフィがこれから先頑張って成長していく事を、俺は知っている。
だからこそ、せめてシャンクスの腕が犠牲にならないように何かするべきだったんだ。何も出来なくて、ゴメンな……ルフィ。
「ナミゾウは、俺と1個しか違わねェんだよな」
「そうだよ。どうした?」
ルフィは泣きそうな顔をしている。でも、ここで抱きしめるのは違う気がした。
「……ナミゾウなら、山賊に捕まらなかったよな」
ルフィの言いたい事に気付いて、俺は溜息を吐きそうになるのをこらえる。そうしなければルフィの心に傷を作る気がしたから。
「ルフィ、俺も大人相手に勝てたとは思わない。それでも、俺もルフィとは仲良くしてたんだから、助けに行きたかった」
「あれ?」
俺の顔を見てルフィが不思議そうに首を傾げる。どうしたんだろう。
「ナミゾウ、自分の事俺って言ってる。あれ?」
「元々はそっちだからな。シャンクス達には世話になってたからいい子にしてただけだ。さてルフィ、俺も行くよ。もしいつかまた会えたら、仲良くしてくれよな」
俺の謝罪に何かを答える余裕の無さそうなルフィの頭をひと撫でして、俺は船に飛び乗る。それから手を振って別れる。
ルフィは驚いたような顔で追いかけて来て、離れていく俺に何かを言っていたけど、俺はその言葉が何だったのかは聞こえなかった。恐らくは、別れの言葉だったのだろう。
シャンクス達を見送り、ルフィと別れてココヤシ村に帰り付いた俺は、そろそろ1人称を俺に戻せるかなと考えた。あまりにも幼いうちに俺というのもアレかと思って僕で通してきたが、正直自分が気持ち悪かった。
そんな事を思いながら家に帰ると、長く家を開けた事を詫びてこれからは近くにしか行かないからと約束する。それに母さん達は笑ってくれたから、恐らくは遠くに行かないと言う選択は正解だったのだろう。
俺はそれから、シャンクス達に鍛えて貰った修行法を1人でできる範囲で行い、海図や地図を描きながら蜜柑の収穫を手伝い、時々海に出て情報や宝を手にして戻る事を繰り返していた。
そして、俺はとうとうその日を迎えた。恐れていて、けれどもいつか来ると分かっていたその日を。
姉さんのスカートを縫い合わせてズボンに直してくれている母さんが見せて来たのはなんとも言えないライオンもどきの柄を着けた物で、恐らくその時だと分かってしまった。
「母さん、いつもありがとう。俺は母さんの子供でいられて幸せだよ」
「……ナミゾウ?」
母さんは不思議そうに俺を見る。俺は10歳になっていた。
今日がその日なら、俺は母さんから離れるべきではない。母さんを守れるのは、俺だけだ。
「……何かさ、言いたくなったんだ。いつもスカートをズボンに直すとかしてくれて、本当にありがたいと思ってるから。……今日はシャンプー作ってていいかな?」
「いいけど……」
不思議そうに言う母さんにお礼を言って、俺はシャンプーを作る。正確にはシャンプー&リンスみたいなものなんだけど、面倒だからシャンプーと言っている。
蜜柑洗剤シリーズのおかげで生活は楽になっているから、母さんも普通に食事くらいは出来てるし、蓄えも恐らく家族分位はあるだろう。それでも俺は心配で、だからこそもしも魚人を倒せるならば倒してしまいたいと考える。
万が一に備えてこれまでの稼ぎの中から20万ベリーを用意して、俺はまるでいつもと変わらない様子で行動する。
シャンプーとかを作るのは、比較的簡単だ。雑草のようにハーブも生えてるし、重曹は家にある上に他に必要なのはお酢だけ、もし必要なら蜂蜜はその辺で手に入れてくればいい。
蜂蜜は治療にも使えるからあまり多用はしない方が望ましいけど。化学が好きだった為に色々子供の頃に作っていたのが役立ち、現在この世界に来てからはほぼ無料で洗剤類を作っている。
それも蜜柑の香りがついてるから、本当に使い勝手が良くて、売れる。売れたお金で材料費を賄い、船で旅に出るのに必要な経費や家族の生活の足しにして貰ってる。
その生活も今日までかなと小さく溜息をついたのは、一対一なら勝てる相手でも何人も敵がいる所に理由がある。それも、何処まで力が及ぶか分からないという所に。
他の村や島まで抱え込むつもりは無い。だけど、母さんと姉さん、ゲンさんやドクター、そして、俺達家族を暖かく見守ってくれる優しい隣人達は守りたいんだ。
家の裏でシャンプーを作っていたら、俺の発言を喜んでくれた母さんと、何か悩みでもあるんじゃないかと勘違いした姉さんにより、ご馳走が作られていた。見れば煙突からは煙が出ていて、予想が正しければアーロン達がこの家に気付いた原因となるそれに俺は慌てて家に帰った。
いつも村の人達には安価に、他の島では高値で売り捌く為に作っていた大量の洗剤類の追加が出来たと思ったらしい2人は、優しく俺を出迎えてくれる。物を作るのは嫌いじゃないし、2人が喜べばそれだけで良いから俺は幸せだ。
その幸せを壊す相手が、家のドアをノックした。それを受けて母さんは姉さんと俺に隠れてるように視線で言うけど、それでは強くなった意味が無い。
姉さんを背に庇って部屋の隅に移動してから、母さんがアーロンに攻撃を仕掛けるのを見守り、アーロンが高笑いした所で俺がそこに参入する。母さんがリンチされるなんて、許せる筈も無い。
「ナミゾウ!?」
高笑いと同時に参入したけど、母さんは既にかすり傷ではすまない怪我をしていて俺はアーロンを睨み付ける。母さんを背に庇うようにアーロンと対峙すれば後から母さんと姉さんの驚きの声が上がる。
人間より随分大きなアーロンと向かい合うには、この体は何とも小さい。何処までやれるかと、内心焦りつつ武器を構えれば姉さんが母さんを家に引っ張り込んでくれた。
母さんの治療をしたかったのと、背後を気にせずに戦えるようにという配慮だと分かるから、俺は細く息を吐いてアーロンに向かう。力が人間の10倍あるのがデフォの魚人で、その中でも荒くれの方に分類されるアーロン。
それと対等にやれるとは流石に思えない。それでも、俺には守るべき人達がいるから簡単には退けない。
結局アーロンには勝てなかった。恐らくモブと言ったら怒られるだろうけど、雑魚な魚人達相手なら勝てたし、幹部とも一対一なら陸なのもあり勝てたと思う。
だけどアーロンには、勝てなくて今俺は地に伏している。背中に乗せられた足により、口から吐き出されたのは間違いなく血液で、シャンクス達に鍛えてもらってこれかと情けなくなる。
「末恐ろしいガキだな。アーロンさん、どうする?」
クロオビがアーロンに声をかけると、アーロンは走って来たゲンさんに視線を向けて足を俺から退けた。ゲンさんは迷わず俺を抱き起こして、生きているのを確認する。
「今日は挨拶だ。金さえ払うならこの反抗的な態度も見逃してやる」
「アーロンさん、この家の中に海図があったぞ!」
アーロンの言葉に続いたハチの台詞に、俺は体を反応させる。
「その、海図に触れるな。俺が……描いた海図だ」
「……お前が、描いた?」
声を出したら肺が傷んだが、それよりも俺は魚人達の反応が少し気になった。痛み方から見て心肺機能に問題は無さそうだけど、これは打撲で済ませられる状態ではないだろう。
俺とゲンさんは家の中からハチが出てきた事で、中に居た筈の2人が心配で視線を交わし合う。ゲンさんは俺の頷きを受けて室内に様子を見に行き、俺は地面に座った状態でハチを睨み付ける。
「ああ、俺が描いた」
「それは……いい人材だ。こいつの代金はいらねェ。こいつを貰っていく」
アーロンのその言葉にゲンさんが家から金を持って飛び出して来たけど、俺は既にハチによって体が浮き上がっている。怪我をしている俺には地味にキツい状態だけど、ゲンさんが金は払うから子供に手を出すなと叫んだのを聞いて、背筋が冷たくなった。
この流れは不味いと、俺はゲンさんに視線を向ける。その視線を勘違いしたのか、ゲンさんは決死の覚悟を決めたような顔で攻撃を仕掛けようとする。
「ダメだ、ゲンさ……俺は平気だから、やめてくれ!」
目の前でゲンさんが怪我を負って、ゲンさんが持っていた現金が空に舞った。倒れるゲンさんに興味を示さず、魚人はその舞う金を拾い集めて確かに20万ベリーあるなんて言っている。
その中から5万ベリーを家の中に投げ入れてから、何事も無かったかのようにその場を離れようとする。ゲンさんは倒れた状態から、幽鬼を思わせる動きで起き上がりゆらりゆらりと揺れながら俺を目指して歩き出す。
その背後から村の人達が集まってきてるのも見えて、その人達も口々に俺を助けようと言葉を口にしている。女の人達も家の中にいる2人の元へ向かっているのが見える。
だから俺は皆が何をしようとしてるか分かって、咄嗟に叫ぶ。
「助けなくていい!死なないでくれ!……アーロン、俺は逆らわない!もう誰も傷付けないでくれっ!」
「……お前達、大切な金蔓だ。程々にして殺すなよ」
「分かってる」
俺の言葉は無視されて、ゲンさんは意識がある限り何度も助けると言いながら向かって来る。村の人達も次々と倒れて、何の為に鍛えたのかと己を呪う。
俺の瞳からは涙がこぼれ落ちる。悔しさと情けなさと、大切な人達を傷付けられた怒りと悲しみで。
そうして俺は皆の安否を知る事も出来ないままに、ハチにアーロンパークまで運ばれて行った。
運び込まれた場所は、何時作られたのか不明な悪趣味な建物の1室で、その建物を色々な意味で見知っている気がした俺は息を呑む。彼等が歪んだ理由には、差別問題がある。
怪我が理由で発熱し始めた俺をハチが驚いたように見るけど、手を離してくれるなら自力でついて歩くから騒がないで欲しいと切に願う。もう、泣いている場合じゃない。
俺はアーロン達に与えられた部屋に投げ入れられて小さく呻くと、体を起こしてアーロンを見る。それに対してアーロンはつまらなそうな顔をするのが理解できない。
何が気に入らないのかと思うけど、今睨んだりするのは不味いだろう。呼吸を整えながら静かな気持ちでアーロンを見て言葉を待つ。
「お前、名は?」
「俺の名はナミゾウだ。それで、何をしろと?」
アーロンは生意気なと騒ぐ他の魚人をひと睨みで黙らせると、俺の顔を掴んで持ち上げてきた。首が体重を支える事になり、地味にキツい。
それでもアーロンは地に足を付けられていない俺を気に入らなさそうに見るばかりだ。
「お前には本当にあの海図を描いたのか示して貰う。もし嘘なら、お前の村は全員殺す」
偽る事は許されないと思い知らされて、俺は静かに瞳を伏せた。それに何を思ったのか、アーロンは俺を解放した。
体が言う事をきかずに、その場で崩れ落ちた俺を見て可愛げのねェガキだと笑うアーロンは、何処か満足そうだから人間の子供は生意気な方がアーロンの好みなのかも知れない。
憎んだり虐めたりしても良心の呵責がない方がいいのか、善意や愛情なんて人間は持たないと思いたいのか、どちらにしても迷惑な話だ。
「まさか、この俺を……月に5万ぽっちで扱えるつもりでいるのか。バカにしているにも程がある。証明しろと言うなら証明してもいいが、その対価は何だ?」
ただ搾取されてたまるかと笑えば、アーロンは楽しげに高笑いをした。商談かと笑うから、俺はニヤリと笑う事でそれに応えた。
思考を巡らせ、生き抜け、俺。家族を含む大切な人を守らなければ、ナミちゃんに申し訳が立たないし、俺自身としても嫌だ。
アーロンはいいだろうと言うと、俺と視線を合わせた。その瞳は明らかに俺を蔑んでいて、俺は何故かそれが物悲しく思える。
人間を蔑むその心は、結局魚人として蔑まれた劣等感の現れだからだ。それは敗北者の証。
「……お前の瞳は、抉り出したく成程憎らしい色を宿してるな」
アーロンの低い声に、感情を読み取られたと分かり俺は小さく自嘲する。それもまた気に入らないのか、アーロンは舌打ちしてから俺の襟首を掴むと、ベッドへと投げられた。
ベッドの横に製図台の椅子を移動させたアーロンが座れば、俺も体を起こすように視線で指示される。
「ナミゾウは自分を使うには、いくらの報酬が必要だと考えてんだ」
「まずは命代の免除と衣食住と図面を描く為に必要な備品の準備は、働かせる側の当然持つべき責任として、その他にお前達が不当に俺から奪ったものを返してもらう。それの1つ目が実家付近だ。それは俺の庭だから返してもらう。それとお前達が沈めた船には俺のが含まれてる。弁償しろ」
そこまで言って自信満々な様子を装い笑えば、アーロンは俺を睨み付けてくる。それが怖くないと言えば嘘になるだろうが、睨むアーロンが迷子のように思えたのも事実だ。
睨むアーロンだったが、先に折れたのもアーロンだった。深く息を吐き出して、アーロンは言う。
「いいだろう。まずは実力を示してみせろ。お前に描かせる為に必要な物はどちらにしても揃えるつもりだったからな」
それ程予定と変わらねェと言ったアーロンに、俺は報酬はそれとは別だぞと言って部屋を見渡す。それから描きあげた海図を干したり置いておく為の部屋が他に必要だと言えば、アーロンの後ろにいる魚人が苛立ちを隠しもしなくなったが、これは必要な物だろうとにんまり笑う俺に何も言えない様子だ。
俺は言われるままに海図を描いてアーロンに見せたが、アーロンはそれを見て突然立ち上がると船医を呼び付けた。
「ナミゾウの怪我を治療しろ。治ったら連れて来い。交渉に応じてやる」
その言葉に船医を名乗る魚人が姿を見せると、俺の治療を開始した。早く1度帰らなければと思うのだが、とりあえず怪我が元の熱で意識が朦朧としていて、治療を受ける他の選択肢が無くて、俺は大人しく治療を受けた。
そのまま解熱剤と鎮痛剤を投与されて俺は眠りに落ちた。翌朝目が覚めるまで、俺は深く眠り起きる事は無かった。
翌朝目覚めた俺はアーロンとココヤシ村の買い取りについて交渉してみたが、1億耳揃えて現金でと言われてしまう。宝ではなく現金。
その他の報酬は歩合制で周辺の島を巡るのはインクや紙、机や資料と同じように必要経費として認められた。衣食住の用意も同じように約束された。
それに頷き、契約成立と思ったら、逃げたりできないようにと入墨を強要されてしまう。そのマークを見て、太陽の焼印ではない事に少し笑えば、余裕と思われて休憩無しで入墨を入れられて、またもや熱を出してしまったのは仕方の無い事だっただろう。
入墨を入れられて、俺が逃げられなくなった事に安心したらしい魚人に船等の準備をさせてる間に、俺は村に帰る事にした。欲しい衣類や書籍があれば買えばいいと渡された現金に小さく笑って、俺は立ち上がる。
その時船医がアーロンにあれで男だとは人間とは分からないなんて話していて、ここでも女だと思われていたのだと知った。
村に帰ればまるで狙ったように武器を手にした皆がいて、俺は笑ってしまう。どう言えばいいだろうか。
協力しろなんていうつもりは無い。今の俺の実力なら、ただ貯めるだけならそんなに時間も掛からないだろうと言うのもある。
それでも、老人や妊婦がいない訳では無い。せめて老人や病人、5歳以下の子供の支払いは俺がやる位の覚悟が無ければ、250人を超える村人を待たせる事なんて出来はしない。
心配する皆に、俺は母さん達の安否を確認したが、死人も重傷者も居ないと言われた。それにホッとしてから、笑う。
「戦う事は無いよ、皆。俺、アーロン1味に入ったんだ。これが証拠」
脅されたのかと言う皆に、俺は首を横に振る。そんな俺にゲンさんが詰め寄る。
そりゃそうかと思う。俺がマザコンでシスコンなのは有名だ。
母さんと姉さんに関わる事を何か悪口で言えば、情け容赦ない攻撃で入院させるなんて事は日常茶飯事だったのだから。そんな俺が母さんや姉さんを殺そうとした奴らの1味に好き好んで入るとは思えなかったのだろう。
「……俺の自由意志だよ。ほっといてくれ。金も貰えるし、必要な物は揃えて貰える。何不自由無く生きられるようにして貰えるなら、逆らっても勝てない相手に無理する事は無い」
俺の言葉に激昂したゲンさんが、感情を持たない子なのかと嘆く。けれども村に2度と立ち入るなと言われた事以外は何も困らないので、俺は笑顔で村を後にした。
騒ぎに気付いて病院を飛び出して来た母さんと姉さんの顔を見るのが流石につらかったなんて、そんな理由で飛び出したとは自分でも驚きだ。宝を隠してる岬に座って波の音に耳を傾ける。
たったそれだけで、救われる気がする。何も知らずにこの状態に追い込まれた本来のナミちゃんはどれ程辛かっただろうか。
大切な愛しい母親と、今生の別れをした直後にその大切な人を奪った犯人であり、その理由も生い立ちもな何も知らない相手に無理矢理使われる日々。逃げ出せば大切な人達が殺されて、自殺してもそれは変わらない。
そんな中で希望も何もないままに……。なんて強いのか、俺にはきっと耐えられない。
だからこそ彼女は美しかった。だからこそ、俺は彼女を愛した。
自分がその立場に生まれた事で愛しい彼女は喪われた。ならばこそ、彼女がやりたいと望んでいた事はすべてやろう。彼女が守ったすべてを守ろう。
きっとそれが俺に出来る唯一の事だから。立ち上がり、背後に立つ2人に笑いかける。
「……頼みがあるんだ。2人に」
アーロンとの契約について俺は話す。ココヤシ村を買い取る事で話を出来た代わりに、逃げたり死んだりしたら全員が殺されると言う事と、2人の支払い分と老人と乳幼児の分の支払いを俺がするつもりだと言う事を。
だから、村の人には言わないで欲しいと。知ればまた俺に無理させる事を厭う皆が悲しんだり苦しんだりするからと。
俺の言葉に2人は頷いてくれる。支えてくれる2人がいる……だから俺は戦える。
母と姉の2人が幸せなら、今の俺は他に何も望まないから。だからどうか、悲しまないで欲しいと祈るように願う。
それからはまぁ、測量士という肩書きを持つ為に幹部として扱われた。最初に大暴れしたからか、肩書きを持たない……いわゆる幹部以外からのやっかみは酷くても、直接的な攻撃はほぼ無かった。
俺は俺でココヤシ村を買い取ってからは返して欲しい物も無くなるので、金での契約という形でなら海賊を続けても良いと平気で嘘をついていた。何故ココヤシ村に拘るのかと問われても、アレは元々俺のだと言うだけですむ。
「だから、あの村壊すなよ。今はアーロンが俺から奪ってるだけなんだ。無傷で返せ」
村の人達は元々そんなに島にいつもいた訳では無い俺の裏切りをすんなり信じてくれたのか、関わらない生活が続いた。人間不信の魚人を相手に何かを話すつもりも、信用するつもりもない。
契約書を手にしているので、金を集めながら海賊をいっそうしていくだけだ。器用貧乏とまさに俺の事で、得意な武器も無ければ扱えない武器もない。素手だと戦えないのが玉に瑕だ。
村の人達の事を思えばアーロン達に怒りはあるが、怨みはない。毒を盛られようと、食事を抜かれようと、寝込みを襲われようと、毎日体を壊す薬を飲む事を強要されようと、性欲処理に使われようと……俺はそれらを恨む理由には出来ない。
それをやられたのが母さんや姉さんなら、恨むし呪うし、怒るし即座に殺しているだろうが、俺がやられる分には気にならない。正直なところ、俺は本来死人だというのもある。
そうして金を集めていたある日、俺は手配書を見付けた。その手配書にはエースと書かれていて、もうそんな時期かと手紙を書く事にした。金を渡せば案外なんでも出来るものだ。
とりあえずサッチを助けておく必要性を感じた為だ。俺は手紙に何と書くか本気で悩む。
いっそジンベエに手紙を書けば解決するのではと村の事を考えたりもしたけど、結局書いたのはルーキーであるエースという少年が、いずれ白髭の命を狙って暴れるだろう事。そして、海賊団全員で加入するだろう事だ。
加入したのを確認したら、また手紙を書きますがくれぐれもお体大切にと白髭に労りの文を書き添えた。もしもジンベエに手紙を出すとしたら、アーロンが約束を違えた時だと決めて、俺は海賊から宝を奪う事に専念した。
どうしても他との関係を絶たれているから、村全体でお金が足りなくて苦しむ傾向があるので、その分も稼がなくてはならないからだ。それを姉さんと母さんは心配するが、村を買い取る為に必要な金額を貯めるついでだと思えば、それ程辛くもない。
途中で誰かが欠けては、村を買い戻す意味等無いのだから。感情の動きが日々鈍くなる中で、俺はただ唯一の光りを守りたいと願っていた。