船が島に帰り着いた時俺は今の立ち位置に相応しい表情を作る。気持ちを切り替えるのにこれ程まで苦労したのは……初めて奴らに犯された直後以来かも知れない。
俺は村が壊されてない事を確認したくて、辺りを見渡した。今の所血の匂いも無くて、問題は無さそうに思える。
「変わってないな……」
破壊以外では変わるわけもないのに、俺はそれだけ呟くとアーロンの元へと歩を進める。進みたくないと思ったところで現実は変わらないから、俺は脳裏にアーロンの高笑いを響かせて表情を凍らせる。
すると視界の端に子供がいるのが映る。その子供は武器を手に殺気立っていて、何をするつもりなのかは一目瞭然だ。
何をしているんだよ……歯向かおうとなんてしたら、村ごとすべて消しさられる。下手したら島ごとって事も有り得るのを知らない筈無いのに。
俺は念の為に子供から話を聞いて、子供を多節棍で殴り飛ばす。それなりに、けれど深くない傷を負わせてから俺は冷たい眼差しで言い捨てる。
「アーロンは、お前みたいなガキ相手にしないぞ」
言葉と共にお金を投げ付けてから後はもう、存在さえ無かったかのように俺は門の内側へと歩みを進めた。ここから先、1瞬でも気を抜けば全てが無駄になる。
アーロンはいつものように、くつろいだ様子で俺を出迎える。こういった対応をされるようになるまで、大分時間がかかった。
「今帰ったのか、同胞ナミゾウよ!今回の稼ぎはどうだった?」
「まぁまぁだな。……そうだな、もう少し奴らといて稼ぎたかったよ」
いいカモだった様だなと言って笑うアーロンに俺は騙しやすくて楽だったんだと笑ってみせれば、それに満足したらしいアーロンは宴を開くと言う。
「俺は行ってきた場所の海図を描きたいから部屋に行くぞ。宴をしたいなら俺に構わず好きにしたらどうだ?」
「待て、ナミゾウ」
呼び止められて面倒臭いというのを隠さずに振り向けば、突然アーロンの腕が俺に伸ばされる。その腕に抱き寄せられて、体がゾワリとしたのを感じる。
それをアーロンはどう思ったのか口元を愉しそうに歪めるから、俺は嫌な予感に襲われる。そんな俺の様子を眺めるアーロンの瞳は、相変わらず実験動物を眺める科学者のようで、嫌悪感を感じてしまう。
アーロンの腕が俺の体を押さえていて、その開いている片手が俺の腰を撫でる。そんな僅かな刺激に俺の体はビクリと反応する。
「……飲んでるみたいだな。それなら良い」
薬を飲んでるかの確認だったのかと分かれば、もう充分だろうとその手を振り払う。気安く無意味に触れるなとの意味を込めて睨めば、何故か少し不愉快そうな顔で見返して来る。
アーロンのこれは昔からだ。何が気に入らないのか、アーロンは時折このような表情を見せたりする。
ハチはそれを見るとナミゾウは鈍感だなとか言うが意味が分からない。アーロンの考えはいつも理不尽で、その癖時々驚く程甘い。
どちらかに傾いていれば、対応もしやすいんだがな。そう思いながら俺は自室として与えられている部屋へと向かう。
与えられた部屋で俺はいつものようにペンを手にして、何も描けないままに動きを止める。今までは、いつかルフィ達に渡せる可能性があると、2枚ずつ描いていた海図が、もう渡す事も出来ないのだと気づき手が動かなくなる。
いつか渡せるかもしれないと期待していた未来があったからこそ描けた海図を、今は描ける気がしない。自ら後を追えないように、アーロンの手配書にも反応せずに少し遠回りして帰ってきたのだ。
特徴的な船も残して来たし、ここに来られる筈がない。……来られない方が良いに違いないのにな。
分かっているのに、2度と会えないだろうという現実が辛い。今回描いたら東の海の海図と島はほぼ全て描き終える形になる。
金も溜まったし、どう転がろうとも俺と村は後少しで開放される。偉大なる航路を目指せるのだから、絶対に会えないとは言えないが、恐らく俺にはもう時間が残されていない。
俺は深呼吸してから、海図を漸く描き始める。渡せるわけもないのに、いつもの癖で2枚描いた海図のうち1枚をアーロンに確認させる為に持って、宴をしている筈の所へ行けば、何故かそこにゾロがいるのが見えた。
どうして、ゾロがいるんだ?
どうやってここを突き止めたんだ?
演技を1瞬忘れて呆然とゾロに視線を向けて、すぐさま強く瞳を閉じて表情を裏切りのナミゾウへと切り替える。
「おおナミゾウか。どうした?」
「おいナミゾウ!これ解け!」
アーロンとゾロの声がほぼ同時に聞こえて俺は小さく笑う。どうしてかなんて、どうでもいい。
ルフィにゾロを返さなければならないと言う事実がある。疑われないように、どうしたら返せるか考えないと。
「1枚海図が描けたから持ってきただけだ。確認してくれ」
考えてる事はともかくとして、この場でおかしく見えないように振る舞わないと。アーロンの肩に手を置いて、俺がそっと耳元で囁くように言えばアーロンは機嫌良さそうに笑ったので、どうやら正解だったらしい。
アーロンにしなだれかかるようにしてから、ゾロに視線を向ける。嘲笑うようにして見せれば、ゾロが不審そうに眉をひそめた。
「まさか、騙されたと本当に気付かないでこんな所まで来たのか?宝なら返さないぞ、馬鹿な奴」
「こいつは面白い。相当深くまでくい込んでから騙して来たってのか!」
アーロンはそう言って笑うとナミゾウは金の為なら、自分の産まれた村も、親や姉妹もどうでもいいのだと言いながら幹部である事をゾロに楽しそうに話す。それを聞きながらただ、何を今更というようにアーロンを見ながら頷けばいい。
いつもと何が違うんだ。笑え、笑うんだナミゾウ。
表情が引き攣りそうになるのを堪えて俺は綺麗に、妖艶に微笑む。慣れてる筈だ、感情を隠す事くらい。
「当然だろ?何を今更言ってる。そんなくだらない事の為に俺を呼び止めてるのか?」
イタズラを叱るように言えばアーロンは少し焦ったように、悪かったと謝ってくる。アーロンは近年俺の体に対して独占欲が芽生えているから、意外と気を使って来るようになった。
だから、アーロンの言動を不愉快そうに見てから、ゾロを牢に入れるように言えばいいだけ。そうすれば、隙を見て逃がしてルフィの元へ返せる。
なのにどうして、どうして大人しくしてないんだよっ!
ゾロは何かを呟くと水の中に自ら落ちていった。それを見て魚人達は自殺したかと笑うけれど、それどころではない。
ゾロはルフィに返さなくちゃいけないのに。ゾロはルフィの大切な仲間だってのに!
考えるより先に体が動いた。言い訳とか色々考えておかないといけないのに、体が勝手に動くんだからもうしょうがない。
水に沈むゾロを見付けて、浮力を使って引き上げる。1気に押し上げなければ、今の俺の力でこの男を上にあげるなんて不可能に近い。
やっとの思いで陸にゾロを上げれば、ゾロは咳き込みながら助けるならもっと早くしろだの、1人の人間さえ見殺しにできない小物がとか、色々言ってきて、思いっ切り傷を狙って殴り付ける。棒術も俄ではないからそれなりに威力もあると分かっているのに、この苛立ちを他にどうしたらいいのか分からない。
邪魔しないでくれ、平穏を乱さないでくれ、あと少しなんだよ!
そんな俺を魚人の1人が慌てて止める。掴まれた腕が熱を持つ。
「どうしたってんだナミゾウ」
「それなりの宝を奪ったから、ここから帰すくらいはしてやろうかと思っていたけど、こんなに生意気な奴だったとはな」
言い訳は勝手に口から零れてくる。髪をオールバックにするように持ち上げて、顔に海水が流れるのを減らしつつゾロに視線を向けると、ゾロが俺を見て獰猛な笑みを浮かべたのが分かった。
「俺がいたぶりながら始末する、牢にでも入れておけ」
俺は自分でも賞賛したく成程冷たい眼差しでゾロを見た後、アーロンに視線を向ける。髪から手を離して居なかったからか、アーロンの瞳に欲情を感じ取り面倒な事になったなんて思う。
俺が濡鼠なのがアーロンには色気があるように写っているらしい。体力は日々減っているのに、アイツに狙われるとなると随分厄介な事だ。
「服が濡れて気持ち悪いから、着替えてくる」
後ろから随分荒れてるななんて会話が聞こえたけど、どうでもいい。何か良いタイミング見て逃がさなければ、あの怪我だと流石に心配だ。
ナミゾウは明らかに自分が悪化させた事は棚に上げてそんな事を思う。
アーロンパークの中には、アーロンが買い揃えてくれた洋服が置いてある。その中からアーロンが着た時に喜ぶような物ではなく、少し気に入らなさそうにする物から選んで着替えれば、気持ちも少し落ち着いた。
アーロンから幹部になった記念にと渡されていた短刀を腰に差して、どこにでもあるような果物ナイフを胸元に隠して階段を降りる。
アーロンの機嫌が悪い時や、アーロンを喜ばせた方が都合が良い時等にしか着ない服は俺には少し派手に思えて好きになれない。恐らくナミちゃんなら喜んで着るであろう華やかな衣装だが、男の俺に似合うとは思えない。
お話として過去を知っているからこそ、アーロンに心が無い等と言うつもりは無い。アーロンが何故こんな事をしたのかも理解している。
それに俺は、ナミちゃんと違って誰も喪ってはいない。失ったとしたらそれは、尊厳とかそういうものと時間と、体力だ。
それでも、大切な人達を苦しみの中に置かれているし、ゲンさんの傷は生涯消える事は無い。母さんや姉さんの事を思えば、笑顔でこの状態を受け入れるなんて事も出来ない。
優しい村の人達は裏切り者だと俺を見捨てる事も出来ずに、遠巻きに時折様子を見守ってくれてる。そんな優しい大切な人達が、生活も精神も含めていつ死んでもおかしくない極限状態に置かれて、笑って許せる程俺は聖人君子ではないんだよ。
何より今の体力の減り方を考えれば、この薬を飲まされ続ければそう長くは生きられないだろう。ルフィにはまたななんて言わずに、サヨナラと言えば良かった。
後悔は尽きないが、今出来る事をしようとゾロのいる牢に足を向けて、感情を悟らせ無いように気を付けつつ早く去れと冷たく言い放つ。その直後2度とその姿を見せるなと言って、果物ナイフを投げ入れる。
それには、奪われた刀の在処を記載したメモを挟んでおいたから、義理は果たしたと思う事にする。くいなさんの形見の場所さえ分かれば、後は自力でどうにかするだろうと思って、内心ホッとする。
「さよなら」
たった1言、本当に伝えたい感謝の気持ちも、巻き込んだ事に対する謝罪さえも言えないままに、俺はゾロの元を去った。2度と会えない事をわかっていても、涙を流す事は許されない。
涙はもう、枯れ果てた筈なのだから、勝手に出るなと自分の体に言い聞かせながら、外に出た。宝を運ばなくては、な。
俺が建物から出ると、いつもの幹部全員と雑魚が半数程いない事に気付き表情を曇らせる。それに気付いた残っていた魚人が声を掛けてくる。
「アーロンさんならココヤシ村に行ったぞ」
その後に、ナミゾウは本当にアーロンさんの事好きだよなとか言ってるのは5年程前から俺の体に溺れている奴だ。そんな魚人の言葉等気にする必要も無い。
俺はそう思い不自然にならないように相槌だけでそれに答えると、興味無さそうに門を出る。辺りを確認して、近くに魚人がいないのを確認してから俺は全速力で走る。
どうして、まだ集金の時期じゃないのにアーロンが村に向かったのか。アーロンは無駄な事はしないから、皆が何か行動を起こしたと考えられる。
不安を感じながら俺は、少しでも早く様子を知りたくて自分の村へと急いだ。殺されてさえいなければ、俺が止められる筈だ。
ココヤシ村につくとそこに魚人の姿は無かった。村も多少壊れた建物がある程度で、血の臭いがあまりしないから、恐らく治療を受けてるゲンさん以外は無事なんだろうと思う。
ホッと息をついてから、言い訳を考えるがなかなか言葉が浮かんでこない。感情を揺らさないように気を付けながら、俺は声を出す。
「久しぶり」
やっとの思いで絞り出した声は、情けなくも掠れていてどこか震えてさえいた。表情は乱れてないと思うが、こんなんではダメだ。
「相変わらずアンタの評判最悪だよ」
突然かけられた声に、俺は振り向くと笑った。村の人達の変わらない対応に少し胸は痛むけど、気にしてはいられない。
「当然だろ。俺は、海賊だぞ」
にっとルフィの真似をするようにして笑えば、姉さんは軽く頭を小突いてくる。そのまま促されるように村から離れると、姉さんに言う。
「大丈夫だよ。後は運ぶだけだから、2人にはもう少しだけ辛い思いさせるけど、もう少しで開放されるから」
笑って言う俺に姉さんは何も答えず、ただ、共に家までの道を歩く。家につくのと同時に俺は今回の稼ぎから20万ベリーを取り出して置くと、隠し場所へ向かい足りなく無いように数えていく。
「よし、溜まった。これを持って行けば……開放される筈だ。もしも、約束を違えられた時には、それに合わせた手段も考えてある。もう少しだ」
それだけ言って現金を台車に乗せると、俺はアーロンパークへ向ってその台車を押し進める。引いていては、背後から襲われたり奪われた時に対応出来ない。
しかし俺がアーロンパークに到着するとそこは阿鼻叫喚の巷と化しており、恐らく仲間意識の強い魚人には地獄絵図に見えるであろう光景が広がっている。これは不味いと咄嗟に思うが、もはや成り行きに任せる他無い。
このシーンは見た事がある。思い出せ、ナミちゃんはどうやってこの場を乗り切った?
疑いの視線と言葉が突き刺さる。ああ、もう考えるのも面倒だ。
「何が言いたいんだよ、クロオビ」
怒りの表情を浮かべて俺は左肩と運んで来た現金を見せる。
「8年も前に俺はここの1味になった。契約もあるし、その契約の1億ベリーもここにある。今更それを疑うと言うなら、証拠を見せろ!」
その場がその瞬間に静まった。けれども幹部は俺の勢いに完全に押されはしなかったのか、平然と言葉を紡ぐ。
「地下にいたロロノアが姿を消した。その縄は刃物で切られていた」
「それで?」
それを平然とした態度で見ながら俺は顎で続きを促す。けれども何も言葉は返らないから、代わりに俺から嘲笑うような表情で問い掛ける。
「使った刃物が落ちてたか?それとも俺が裏切った証拠でも落ちてたのか?」
内心はバクバクだ。そう言えば漫画では使ったナイフがその場に残されてただろうか。
記憶が無い。まさかあの紙でも残されていたのだろうか。
ゾロには刀が必要だ。親友の形見でもあるあの刀は、大切な物だろう。確か原作通りなら今は1本しかないのは、鷹の目にやられたからだろう。
「いや、何も無かった。だが、奴は刃物なんて持っていなかったように思っていたが、刃物で切られていてたから、ナミゾウが渡したか逃がしたのかと思ってな」
「そう、証拠もなく、8年も共にいた俺を疑う訳だな。なら……」
そう言って視線をアーロンに向ける。アーロンはただ、この成り行きを楽しむように眺めている。
「この契約は、そちらから破棄してきたと思えば良いんだよな?」
艶やかに見えるよう意識して笑えば、アーロンは1瞬言葉に詰まってから笑い出した。目の前には1億ベリーが用意されている。
「悪かったなぁ!疑う訳ねぇだろう?我等が同胞のナミゾウよ。少し皆気が立ってたんだよ。許してくれ、な?」
アーロンの言葉にわざと大きな溜息をつけば、アーロンは嬉しそうに肩を抱き寄せて来る。本当は下等生物だと思ってる相手に、よくも平然と手を出せるものだ。
それに身を任せるのだから俺も大概だけど、アーロンは何が楽しいのか機嫌をとるように、甘い声で囁く。それに嫌悪感から鳥肌が立つのはいつもの事だ。
「契約の1億ベリーなんだろう。村を返してやるから、機嫌なおせよ」
「なら、早く俺にその証拠を出せ。今後あの村は俺の管轄になる。それと、破壊した分の値引きして、多い分は返せよな」
高飛車に言えば捕まっているウソップが視界に入る。……何で捕まってるんだよ。
その瞬間、アーロンは俺から離れてウソップを抱え込むと獰猛に笑った。そしてゆったりとした動作でウソップに近付いていく。
「そうだ。悪いのはロロノアと……その1味だ」
流れるような動きで、アーロンはウソップにナイフを突き付ける。それから怒りを抑えて穏やかに話すアーロンは、ウソップを恐怖のどん底に陥れる。
ウソップがそんなアーロンにハッタリをカマしたりするから、余計に殺されそうになる姿を見て、変わらないなと笑いそうになるのを抑える。
仕方ない。漫画のナミちゃんと同じ事が出来るかは分からないけど、やるしかない。
ウソップもまたルフィの大切な仲間で、ウソップは仲間達から本当に愛されている人物だ。他の誰の為にも、初めからバンダナを巻かなかったゾロが、ウソップの時だけ初めからバンダナを巻いていたのがその証拠だろう。
「待てアーロン」
「なんだ、仲間の命乞いか?」
今も疑う魚人達には目もくれずに、アーロンに笑いかける。
「ここまでコイツらが来たのは俺の過失だ。だから、コイツは俺が始末する。だからそれを確認したら、契約を進めろよ」
アーロンはまじまじと俺を見てから面白いと呟いた。だから、このまま話を進めれば何とかなると言葉を重ねる。
「どうでもいいお前等とは言え、疑われ続けるのも面倒だ」
「今まで殺しは見たくもないと言っていた癖に、随分海賊らしくなったもんだな」
「……今更だろう」
俺がアーロンに笑いかければウソップはその瞬間に解放される。しかしルフィは信じているのにとか色々言うその姿は必死で、魚人達の笑いを誘うだけだ。
知ってるよ、この流れならルフィは迎えに来てしまう可能性が高い事は。……ずっといつかナミちゃんを助けてくれたルフィなら来てしまうのでは無いかと思っていた。
巻き込みたくなくてやった行動で、結局ウソップを巻き込んでいる。ウソップとゾロを無傷でルフィに返す必要があると言うのに。
ルフィは初めて会ったあの日から変わらない。無邪気で前向きで、暖かい。
俺よりも年下で、少し背も低くて、元気で明るい少年を、こんなリスクしかない事に巻き込めない。何よりも、俺はナミちゃんとは違うから、助けてもらう必要は無い。
もしもアーロンに裏切られたとしても、大丈夫なように手はうってある。換金した時にジンベエには手紙を出した。
俺の決断が遅かったせいで、ルフィや村の人達が傷付く姿なんて見たくもない。俺のせいで……。
脳内にゲンさんの大怪我した姿と、母さん達の嘆く姿を思い浮かべて、表情を作り変える。早く皆を逃がさないと。
ウソップはルフィとゾロの大切な仲間だ。そんな決意を胸に秘めて、表情は愚か者を嘲笑う稀代の悪女のように見えるものにする。
馬鹿な奴だな、今の俺はお金しか信じないのに。……そんな感じの事を返しながら、海をウソップが背にするのを待つ。
なのにウソップがアーロンに1撃入れようとするのが見えて、内心で慌てる。……やめろよ。
いい加減に、してくれよ。俺は、誰も喪いたくないんだよ。
我儘でも良い、傲慢で結構。ただ……生きていてくれ。
本気でウソップを多節棍で殴り、手にしていた玩具を蹴り飛ばす。
「無駄な事しないでくれよな」
俺は今、冷たい顔を出来てるみたいだ。その証拠に魚人は何も言わない。ウソップも声を失ってる。
そのままウソップを海に追い詰めた所で、アーロンから貰ったナイフを腰から取り外して構える。それにアーロンはそれに気付いたみたいで、目を見開くのが視界の端に映った。
手に持って気付く。俺に合わせて作られている。
切れ味の良い普通より少し頑丈なナイフで、前に毒とかは仕込まれてないと確認していた。だけど、こんな時に役立つなんて思いもしなかった。
「俺の待望の為に、大人しく死ね」
ウソップの事を刺すフリをして、自分の手を刺す。そして体を密着させて耳元で囁く。
「海から顔を出さないで出来るだけ遠くまで泳いで、逃げるんだ。後はどうにでもするから、早く」
驚いた顔をしたウソップが何かを言おうと口を開いたから海に蹴り落とす。その直前に名前を呼ばれたけど、もう振り向かない。
うまく、逃げろよ。無事に、島を出ろよ。
ウソップが海に落ちると歓声が上がる。疑って悪かったと泣き出す魚人達に目もくれないで、アーロンに近付く。
「このナイフ、使いやすかった。ありがとう」
アーロンにナイフを返せば、それから血が滴るのを見て、嬉しそうに笑ったのがわかった。
「海図を描きたいから、暫く邪魔しないでくれ……。その海図で、東の海の海図は揃う筈だ。渡して欲しければ、契約書を持って来い」
手が汚れて気持ち悪いと呟けば、魚人達が楽しそうに盛り上がった。それを聞き流しながら、自分の部屋へと入り、備え付けられた風呂に入る。
切れ味の良過ぎたナイフは、良く切れたから血も多く出たけど跡も残らずに治りそうだとホッとして治療する。跡が遺ると心配性な2人が悲しむから。
自らの意思で閉じ篭った俺に、魚人は満足して宴を開く。これで全てが終わったと俺は理解して、なのに勝手に流れ出る涙を誤魔化す為にシャワーを強目に流す。
水で水を無かった事にしようと、いつもより数倍長い時間、俺がシャワーから出る事は無かった。涙なんて、枯れたと思っていたのに、呼び起こされたように溢れ出る涙を止められなくてシャワーをいつまでも止める事が出来なかった。